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2010-01-13

教育の機能 4

 生という、微妙なすべて、そのとてつもない美しさ、悲しみ、喜びのある大いなる広がりを理解する助けとならないなら、教育には確かに意味がありません。君たちは学歴を得て、名前の後に肩書きを連ね、とてもよい仕事に納まるかもしれません。しかし、それからどうなるでしょう。その過程で心が鈍り、疲れて愚かになるなら、それが何になるのでしょう。それで、若いうちに生とはどういうものなのかを探して見出さなくてはならないでしょう。そして、これらすべての問題の答えを見出そうとする智慧を君に涵養することが、教育の真の機能ではないのでしょうか。智慧とは何か、知っていますか。確かに智慧とは、何が本当で何が真実なのかを自分自身で発見しはじめるように、恐怖なく公式なく、自由に考える能力です。しかし、怯えているなら、決して智慧は持てないでしょう。精神的だろうと現世的だろうと、どんな形の野心も不安と恐怖を生み出します。そのために野心は、単純明快、率直で、それゆえに智慧のある心をもたらす助けにはなりません。


【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ/藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】


 よく考えてみよう。実は「社会のために役に立つ」という言葉は、正当化された野心に過ぎない。我々は学校教育という通過儀礼を経て、社会を構成する一員として社会を支えることを強いられる。我々は労働に従事し、税金を支払い、法律を順守することで、国家の安定に寄与している。しかしながら、国民の努力によって安定しているはずの国家は、他国の戦争を手伝い、大企業優先で税金をばらまき、病指定を認めなかったりしている。一見すると安定しているように見えるが、国のあちこちで混乱が起こっている。学校教育の目的は、兵士と労働者を育てるところにある。このため我々は死ぬまで野心を抱いて競争に参加する羽目となる。


子供たちとの対話―考えてごらん (mind books)

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