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2010-01-23

真蹟主義について考える


 ゆくゆくは大きな問題になるであろう「真蹟」(真跡とも)に関する覚え書き。書こう書こうと思いながらも、いたずらに日が過ぎているので、中途半端な状態ではあるが書いてしまおう。


 日蓮の遺文を我々は「御書」と呼んでいるが、直筆遺文を「真蹟」(しんせき)という。次に「曽存」(かつては真蹟が存在したもの)は、火災などで焼失しているが記録や写本によって判断される。確証が高いものを「真撰」と呼ぶ場合もある。そして明らかに日蓮が書いたものと認められないものを「偽書」と名づける。その他は「真偽未決」。


 古来、洋の東西を問わず宗教の歴史には偽書が跋扈(ばっこ)してきた。印刷技術がなかったため、書写する際の誤りも多かったことだろう。今となっては確認のしようがない。


捏造された聖書 偽書の精神史―神仏・異界と交感する中世 (講談社選書メチエ) 日本の偽書 (文春新書)


 聖教新聞社版『日蓮大聖人御書全集』だと、目次の「正筆所在」が明記されているものが真蹟である。一見すると驚くほど少ないことに気づく。真蹟については以下のページからダウンロードできる。

 偽書は日蓮の名を騙(かた)っている以上、各教団の正当性を示すための政治的意図が込められていた。有り体にいえば、共産主義者が得意とするプロパガンダ怪文書工作、歴史修正主義と同じ手法だ。邪悪な意図は隠すべくもない。


 ここからは「真蹟主義」について触れる。真蹟以外の一切を認めない立場の人々を真蹟主義と呼称する。これは何も私が勝手につけたわけではなく本人達がそう言っているのだ。


 日蓮系の相手と話したことがある人なら承知していると思うが、「御義口伝」や「百六箇抄」を持ち出すことはできない。なぜなら、これらを日蓮思想と認めない人々が存在するからだ。

 偽書に共通する点としては「本覚」、「無作」、「久遠元初」+「自受用報身如来」というキーワードが挙げられる。つまり、日蓮を「わかりやすい本仏」に祭り上げようとする魂胆が見て取れる。


 私は御書の真偽について研究することは大変結構だと思うが、真蹟主義を否定する立場だ。なぜなら、「主義」と名がつけば必ず原理となり、教条となって人々の思考を束縛するからだ。真蹟主義者はおしなべて神経質である。彼等はラインからはみ出たプレイに対して、けたたましくホイッスルを吹くような種類の人間である。


 近頃では、「如説修行抄」に偽書の可能性ありという論文もあるそうだ。仮に偽書であったとしても、そのまま摂受を採用することにはなるまい。ところが真蹟主義者は、精確な第一次情報の間口を狭めるだけ狭めてしまっているため、主張がどうしてもニッチ(隙間)な方向や新奇かつ珍妙な説に傾きがちだ。


 開目抄は曽存であるが真撰であることに異論を挟む者はいないだろう――


 夫れ摂受折伏と申す法門は水火のごとし火は水をいとう水は火をにくむ、摂受の者は折伏をわらう折伏の者は摂受をかなしむ、無智悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし、譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属寒月に苦をう諸水は月輪の所従熱時に本性を失う、末法摂受折伏あるべし所謂悪国破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かとしるべし(235頁)


転重軽受法門」は真蹟である――


 これは世に悪国善国有り法に摂受折伏あるゆへかとみへはんべる、正像猶かくのごとし中国又しかなり、これは辺土なり末法の始なり、かかる事あるべしとは先にをもひさだめぬ期をこそまち候いつれ(1000頁


 その国が「無智悪人」であるのか「邪智謗法」であるのかが問われている。つまり衆生の機根だ。


摂受・折伏に関する考察」にも書いたが、私は末法という時代相を「国家という枠組みが支配する情報化社会」と考えている。劇的なパラダイムシフトが生んだのは、「一切を知識化」する脳内作用と社会構造であった。これを日蓮は本已有善と本未有善という過去世の物語に仮託したのだと思う。つまり、思考や価値観がネットワーク化された時代が末法なのだ。


 真蹟主義者は真偽の判断に全力を傾注しているため、それ以上の仕事はできない。彼等の精力は「それは偽書だ」と叫ぶことに注がれている。だから、何が書かれた文章であろうと偽書を見掛けただけで、思想的な吟味を放棄する。


 では、もう一歩本質を探ってみよう。真蹟主義者が行っているのは「分析」である。そして彼等が真蹟を語る時、それは「解釈」となり「翻訳」とならざるを得ない。真蹟原理主義を踏まえると、この瞬間に真蹟日蓮から離れ、「自分の言葉」に変化している。結局、真蹟主義はタコツボ教学となる運命を辿っているのだ。


 ここからは完全な私論となるので要注意。


 そもそも言葉は絶対なものだろうか? 生涯の愛を誓ってから2〜3年後に離婚した夫婦の言葉が絶対でないのは確かだろう。言葉は名詞から始まったと考えられている。つまり名前だ。

 名前は付与された途端、世界から分け隔てられる。山、川、犬、猫といった名詞は、「それ」と「それ以外のもの」に世界を二分するのだ。つまり、言葉は分析のための道具なのである。これを科学の世界で徹底的に行う立場を「要素還元主義」という。このため西洋の知性は帰納法的アプローチとなって「分かる」ことを目指す。なぜなら、「神は細部に宿る」からだ(笑)。これに対して東洋の英知は演繹的(えんえきてき)な「悟り」を目指す。


 ブッダ日蓮も何かを悟った。では果たしてその悟りを言葉で表現することは可能であっただろうか? 無理だね。なぜなら、悟りが言葉で表現された瞬間にそれは知識になってしまうからだ。


 言語道断の経王心行所滅の妙法なり(「持妙法華問答抄」465頁)


「悟り」は経験されるものであって、人から教えてもらうものではない。言葉には限界があるからだ――

 もっと踏み込んだことを述べよう。日蓮は自分の文言を「教義」と考えていたのだろうか? 私は日蓮が文証を重んじたのは、仏教界が権実雑乱している様相を明らかにする目的があったのだろうと考えている。つまり、思想を吟味・検討する際には何らかの物差しが必要となる。日蓮は翻訳の危うさを承知していた――


 経教は西天より東土に■(およ)ぼす時訳者の意楽に随つて経論の文不定なり、さて後秦の羅什三蔵は我漢土の仏法を見るに多く梵本に違せり我が訳する所の経若し誤りなくば我死して後身は不浄なれば焼くると云えども舌計り焼けざらんと常に説法し給いしに焼き奉る時御身は皆骨となるといへども御舌計りは青蓮華の上に光明を放つて日輪を映奪し給いき有りき事なり、さてこそ殊更彼の三蔵所訳の法華経は唐土にやすやすと弘まらせ給いしか、然れば延暦寺の根本大師諸宗を責め給いしには法華を訳する三蔵は舌の焼けざる験あり汝等が依経は皆誤れりと破し給ふは是なり、涅槃経にも我が仏法は他国へ移らん時誤り多かるべしと説き給へば経文に設ひ法華経はいたずら事釈尊をば無明に迷へる仏なりとありとも権教実教大乗小乗説時の前後訳者能く能く尋ぬべし、所謂老子孔子は九思一言三思一言周公旦は食するに三度吐き沐するに三度にぎる外典のあさき猶是くの如し況や内典の深義を習はん人をや、其の上此の義経論に迹形もなし人を毀り法を謗じては悪道に堕つべしとは弘法大師の釈なり必ず地獄に堕んこと疑い無き者なり(「聖愚問答抄」484-485頁)


 で、何と日蓮サンスクリットが読めた――


 天竺の梵品には車の荘り物其の外聞信戒定進捨慚の七宝まで委しく説き給ひて候を日蓮あらあら披見に及び候(「大白牛車御消息」1584頁)


 ということは、大乗非仏説をも視野に入れていた可能性が高い。それゆえ尚のこと、日蓮が経典を「仏の金言」として仰いだのは、思想戦の土台作りであったように感じてならない。


 日蓮鎌倉時代に妙法が広まる様子を次のように書いている―― 


 当世此の十余年已前は一向念仏者にて候いしが十人が一二人は一向に南無妙法蓮華経と唱へ二三人は両方になり、又一向念仏申す人も疑をなす故に心中に法華経を信じ又釈迦仏を書き造り奉る、是れ亦日蓮が強言より起る(「善無畏三蔵抄」890頁)


 尚、善無畏三蔵抄は「日蓮聖人御遺文 解題 その1」によれば、「近年、京都妙覚寺所蔵の真蹟断片が本書のものであると確認された」とのこと。


 教義は人間を束縛する。そして教義は異端を生み出す。教義は内と外との間に明確な線を引き、敵味方へと分断する。日蓮が示した教義があったとしても、それは現代の我々が考える教義の意味とは異なっていたのではないだろうか? やかましく教義を説いたのであれば、1〜2割もの人々が題目を唱えていたはずがない。


 ブッダや日蓮は人々を自由にしようとしたはずだ。そこには教義で人間を縛る発想は皆無であったことだろう。言葉が多くなり、氾濫(はんらん)するほど人々は「知識の奴隷」となってしまう。


 南無妙法蓮華経は法華経文底に秘されていた。秘されていた以上それは言葉ではないだろう。「言葉にできない何か」なのだ。


 日蓮の言葉を絶対視すると落とし穴にはまるような気がしてならない。個々人が絶対的に信ずることはあって当然だが、言葉を金科玉条として振りかざす行為に日蓮の心があるとは思えないからだ。


 何と書き上げるのに3時間もかかってしまった。それだけ、私自身の中でまとまっていないということだ。

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