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2010-03-31

シャーマニズムと密教


 古代仏教が密教中心に普及したことも、それ以前からあったシャーマニズムとの関係から理解されなければならない。古代において、シャーマニズムや密教などの呪術がさかんだったのは、人知蒙昧のせいばかりではない。天災地変、飢饉、疫病などの恐怖からぬけだすのに、それ以外の防災手段を求めることができなかったからである。


【『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】

鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮

2010-03-30

公明新聞「皮」殿御返事


◆総合雑誌の9月号は各誌こぞって7月の参院選の結果分析と今後の展望を取り上げていた。そこで「論壇時評」にならって◆共通しているのは自民党の「劣化と衰退」(世界)、「『瓦解』の予兆」(現代)、「生き残れるか」(中央公論)への言及。「自民党が質的にも量的にも大きく転換するときが来た」(「現代」での対談で御厨貴東大教授)。これは自民に限らず93、94年以降の政権獲得を目指した大競争時代にどの政党にも求められていること◆「過渡期がようやく終わりに近づいた」「この2〜3年のうちに本当の政治決戦がやってくる」(「論座」で山口二郎・北大教授)ということを実感できず変われない政党は生き残れない。支持基盤としての業界団体、労組のやせ細りの指摘も多い。政党が目線をどこへ置くべきかの参考になる◆民主党の躍進は「小泉さんへの批判票にすぎない」では大方一致しているが今後については論者の心理的距離によってさまざま。山口氏が民主に期待を寄せて提言している中でも「政治主導による政策形成」への布石などは連立時代の各党が心すべきものではないか◆憲法改正問題で自民と民主の幅で国民に選択を迫るのはどうなのか、との指摘も(「論座」で山口氏、小林良彰慶大教授がそれぞれ)。これは二大政党制論と実態の乖離を示すものだ。(皮)


北斗七星/公明新聞 2004-08-30】


 6年前のコラムである。今になって読むといかに的外れな内容であったかが理解できる。その上、著名人を利用するという浅ましさが目立っている。いつまで経っても我田引水の主張しかできないところに、無党派層を取り込めない原因があるのではないか。聖教新聞や公明新聞がバックナンバーを公開していないのは、こうした検証を嫌うためであろうと私は察している。尚、聖教新聞の縮刷版は東京杉並区にある某宗教団体の図書館で閲覧・コピーが可能だ。

特異点


 フリードマン解はすべて、ある一つの特徴をもっている。それは過去のある時点(100億ないし200億年以前)には、隣りあう銀河の間の距離はゼロだったはずだということである。ビッグバンとわれわれが呼ぶその時点には、宇宙の密度も、時空の湾曲率も無限大だっただろう。数学では無限大の数を本当に扱えないのであるから、このことは、一般相対性理論(フリードマン解はこれにもとづいている)が、宇宙にはこの理論自身が破綻するような一点が存在すると予測していることを意味する。このような点は、数学者が特異点と呼んでいるものの一例である。


【『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』スティーヴン・ホーキング/林一〈はやし・はじめ〉訳(早川書房、1989年/ハヤカワ文庫、1995年)】


 思考における特異点が本尊である。そしてホーキングが説く実時間と虚時間は、霊山会と虚空会であると私は考える。

ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで (ハヤカワ文庫NF)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-03-29

労働は神の呪いであった


 労働に対する嫌悪は、時の始まり以来の規範であったとすら言えるかもしれない。創世記のなかで、神はアダムとイヴをエデンの園から追放するとき、彼らに多くの呪いを掛ける。イヴには出産の苦しみと夫への服従を与え、ふたりには「君は額に汗してパンを食(くら)う」と告げ、労働生活を与える。つまり生存に不可欠な労働とは、ユダヤキリスト教の伝統にあっては原初の呪いであり、原罪に対するなのである。古代ギリシャ文明において神々と人間とを峻別するのは、神々が「労苦と不幸から遠く離れて」いることだとヘシオドスは書いている。彼は金の時代に生を受けられず、堕落した鉄の時代に「昼夜の絶え間ない苦痛のなかで」苛酷な労働をしながら生きるよう呪われたみずからに絶望したのだった。古代ギリシャ文化における労働とは、堕落した世界のなかで死すべき人間に課せられた呪いであり、奴隷の領分、頽廃、あるいは債務であった。そこには今日の私たちが知るような労働観はなく、ただ強制のかたちがあるだけだ。農奴召使いたちが労働について何を思ったのか、私たちには知る由もない。彼らの読み書き能力のなさに加えて、知識人たちは奴隷や召使いの経験に思いを馳せる価値を見いださなかったことから、彼らの記録はほとんど残されなかったためだ。アリストテレスにとって、こうした労働者はたんなる「人間の道具」であり、彼らにはただ敏捷さや効率の良さの違いがあるだけだ。プラトンは『国家』のなかで、彼らにできるのは働くことだけで、それが彼らに適したことであり、それに対し「市民」はより高次の物事に適していると述べている。

 旧約聖書には、怠惰や無精さを禁ずる箴言がいくつかあるが、そこでも労働は主として障害、面倒、必要、よくて義務とされる。それは自己価値や自己愛を根づかせるための機会や、純粋な満足の源泉などではまったくなかった。新約聖書のパウロ書簡にある教訓は、私たちの耳に聞き憶えのあるものだ――「働きたくない者は、食べてはならない」と彼はテサロニケ人に向けて書いている――日曜礼拝の何千という説教が示唆するように、パウロは創世記にある神の呪いからの重要な変化を象徴している。彼は労働の価値を最初に広めたスポークスパーソンであった。とはいえ、パウロはまだ、労働はなによりもまず義務であると主張している。その後の説教者たちの教えにより、勤労のモラルが内面化していくのは、宗教改革期になってからのことだ。それ以前の労働は依然として強制であり、悪魔の誘惑を避ける道であり、よくて人間の本分であった。労働は人間の表現というよりも、第一に人間を貶めるものだった。


【『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』トム・ルッツ/小澤英実〈おざわ・えいみ〉、篠儀直子〈しのぎ・なおこ〉(青土社、2006年)】

働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち

2010-03-28

激震マスメディア テレビ・新聞の未来


 飛ばしながら観た。既得権益の上に散々あぐらをかいてきた老人達が、目も当てられない惨状を露呈している。コスト構造&紙媒体という点では聖教新聞社も避けて通れない問題だ。「博士の異常な鼎談」と見比べると、問題がより一層明らかになる。

2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)

我々は自分の信じている価値を体系化し、一元化し、絶対化したがる


 明らかに創価学会ものみの塔エホバの証人)を想定した文章である。反論を募集する。


 第一に、生きるための価値を求めるふるまいは、きわめてはた迷惑である。そのような価値は幻想に過ぎないわけだから、心の底から納得できる確かな根拠があろうはずはない。したがって、どのような価値を信じているにせよ、われわれはつねに不安である。自分一人で勝手に信じているだけならまだましだが、われわれはその不安から逃れようとして同じ価値をできるかぎり多くの人たちに信じさせようと、相手の迷惑を顧りみず、伝導や折伏をしようとする。それはおのれの心の安定を得るために相手を引きずり込んで利用することだが、主観的には、傲慢というか愚かというか、まだ啓蒙されていない人に「救い」の道を示してやっているつもりでいる。そしてまた、その不安を消し去ろうとして、われわれはともすればわれわれの信じている価値を体系化し、一元化し、絶対化したがる。不安であるがゆえにわれわれは、その価値と矛盾する別の価値を認めるゆとりを失う。一元化され、絶対化された価値体系ができあがれば、その結果は火を見るよりも明らかである。すべての存在がその価値体系にもとづいて系列化される。われわれは、すべてのものについてその価値の高低を判断し、あるものは無価値におとしめられる。価値体系というものがある以上、何らかのものが不可避的に価値の低いもの、価値のないものにされざるを得ないからである。そして、価値というものはもともと根拠のない幻想で、恣意的なのだから、価値体系は何種類でもつくることができ、対立する価値体系を信じている者同士のあいだに無用の争いが起こりがちである。対立する価値体系を信じている者同士の争いはまったく始末がわるい。一人分しかない食物を二人の人間が奪い合うという争いなら、もう一人分の食物をどこかからもってきさえすれば、簡単にやめさせることができるし、それができなくて、どちらかが勝ち、負けた方が餓死するとしても、もともと一人分の食物しかなかったのだから、二人が争わずゆずり合ったにせよ、どっちかは餓死せざるを得なかったわけで、その争いは無用に被害を増大させたわけではない。それに、こういう場合なら勝ったほうはどうしても多かれ少なかれ罪悪感を感じるから、その罪悪感ができるかぎりそういう事態が起こらないようにする歯止めになる。それに反して、対立する価値体系を信じている者同士の争いには歯止めがない。おたがいに相手を滅ぼすことを価値あることだと信じているわけだから、ときには自分が滅びてでも相手を滅ぼそうとする。そのあげく、両者が共倒れになったり、一方が勝つとしても、負けたほうを必要以上に残酷に扱ったり、その必要もないのに徹底的にやっつけたりすることになる。そして、勝ったほうは、価値あることを成し遂げたつもりだから、勝利感、優越感をもちこそすれ、罪悪感などは感じない。


【『続 ものぐさ精神分析』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(中公文庫、1982年/『二番煎じ ものぐさ精神分析』青土社、1978年と『出がらし ものぐさ精神分析』青土社、1980年で構成)】

ものぐさ精神分析 (中公文庫) 続 ものぐさ精神分析 (中公文庫)

2010-03-27

集団と個人


 初めて読んだのは10年前のこと。当時、養老孟石川九楊を併読して、脳味噌がグチャグチャになった覚えがある。唯幻論、唯脳論、唯字論といったところだ。


 今読むと、驚くほどスッキリと頭に入ってくる。知的吟味、健全な懐疑、思想的格闘を経て初めて見えてくるものがある。


 時代を揺るがす思想というものが折に触れて出現する。それは人類に対して突きつけられた、骨太のクエスチョンである。例えば相対性理論不完全性定理不確定性原理嘘つきのパラドックスミルグラム実験ネットワーク科学など。社会問題であれば脳死クローンアレルギー精神疾患、民族紛争、大量虐殺などが該当する。そして、岸田唯幻論もその一つであると私は思う。


 人類が遭遇する新たな局面をどのように捉え、解決の鍵を提示するか──ここに思想の役目がある。宗教においては、そのたびごとに教義を再構築するほどの作業が求められるのだ。これを怠ると、全ての問題を教義にはめ込んで安易な図式化をつくり上げるようになってしまう。このようにして思想性は過去の遺物と化し、滅んでゆくのだ。三国四師には明らかな思想性の違いがありながらも、人間主義の系譜に貫かれている。


 本書が刊行されたのは1977年(昭和52年)のこと。既に古典といっていいだろう。この本をまともに読める学会員は多分5%もいないよ。真の思想は、恐ろしいまでの動執生疑に満ちている。実にスリリングだ。


「幻想」とは「物語」である。

 集団と個人は同時に成立する。集団がまずあって、その精神構造を、白紙(タブラ・ラサ)で生まれてきた個人が、たとえば外国語を学習するときのように、受け容れて内面化するのではない。逆にまた、個人がたくさん寄り集まって、それぞれの精神構造の最大公約数的なものを集団の精神構造として設定するのでもない。集団と個人共同幻想を介してつながっている。集団を支えているのも、個人を支えているのも共同幻想である。集団の共同幻想は、個人の私的幻想の共同化としてしか成立し得ず、個人はその私的幻想を共同化することによってしか個人となり得ない。したがって、集団の共同幻想は、個人の私的幻想の共同化された部分(超自我)と一致する。そして、共同化されなかった部分(エス)は、集団を構成する個人のあいだで大体共通している。そこで、各人のエスは、集団のなかで、忌わしいもの、おおっぴらには言えないもの、罪深いもの等々を形づくる。かくして、集団が公認するもの(共同幻想)と公認しないものは、各人の超自我とエスに対応する。共同幻想は集団の超自我であり、その裏面は集団のエスであると言えよう。前者を顕在(マニフェスト)的文化と呼ぶならば、後者は潜在(レイテント)的文化と呼ぶことができよう。集団心理を個人心理のごとく扱い、その病理を語ることができるのは、集団の文化が個人の精神と同じ構造をもち、同じ葛藤をはらんでいるからである。また、何度もくり返すように、自閉と全能の私的幻想を共同化したものに支えられている集団が、多かれ少なかれ「病的」──現実からずれた幻想を抱いているという意味での──でないことはあり得ない。


【『ものぐさ精神分析』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(青土社、1977年/中公文庫、1996年)】

ものぐさ精神分析 (中公文庫) 続 ものぐさ精神分析 (中公文庫)

2010-03-26

党派性を超越した友情


 自民党参議院議員会長の尾辻秀久(元厚生労働大臣)議員による民主党の故山本孝史参議院議員への追悼演説。党派性を越えた友情はかくも美しい。


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世界の分断を促す教育


 もし人間が紛争をただ繰返しているのだったら、私たちが例えば法律家としての訓練をつんだとて何の価値があるだろうか? もし人間が混乱状態をたんに続けるだけなら、知識を習得することに何の価値があるだろうか? もし私たちが相互に傷つけ合うために技術や産業上の知識を用いるのなら、そのような知識に何の意義があるであろうか? もし私たちの生存そのものが私たちを暴力と悲惨に導くのなら、人生にどんな意味があるであろう? たとえ私たちが金銭に恵まれ【かせぎ】がよいとしても、娯楽やら制度的な宗教に保護されているにせよ、私たちは逃れられない葛藤の中にいることになるのだ。

 私たちは、人間のことといっても、偶然的にある個人につきまとうようなことと、本来的にその個人に根ざすこととを区別しなければいけない。偶然的なこととは、生まれた時の事情とか、たまたま育った環境とかがそうであるが、更に愛郷心・迷信・偏見・階級意識……なども含まれる。偶然的にまとわりついたこのような事柄は一時的なものに過ぎないが、この一時的なものが一生ついてまわることだってある。ところで現在の教育制度は、こうした一時的・偶然的な事柄にとらわれているのではないだろうか。とすると、それは思考をゆがめ、自己防衛の恐怖を植え付けていることにならないだろうか?

 私たちは教育と環境とによって、自分の利得と安全とを得ようとする方向、つまり自分のために努力するという道に向かわされる。そして、私たちは口先ではうまいことをいってごまかしているが、その実、搾取に基づき恐怖をはらんでいるような制度の中で、様々な職業生活が送れるよう訓練されているようなものだ。そのような訓練は、必然的に私たちと世界とに混乱と悲惨をもたらす。というのは、それは各個人の中に他人を分けへだてる心の壁をつくっているからである。


【『道徳教育を超えて 教育と人生の意味』クリシュナムーティ/菊川忠夫、杉山秋雄訳(霞ケ関書房、1977年)】


道徳教育を超えて 教育と人生の意味

2010-03-25

オシムの強烈な負い目


 オシムは内戦時に自分がサラエボにいなかったことを、強烈な負い目として感じている。心から愛して止まなかった故郷で人が殺されている時、別の場所にいたことを「一生かかっても消えない自分にとっての障害(ハンディキャップ)だ」とまで言い切る。公務、つまり代表監督として包囲される前にたまたまベオにいたこと、帰ろうにも戻れなかったことは、彼の中では言い訳にならない。死んだのは撃たれた者だけではない。隣人が殺し合う惨い状況に絶望して、自らを手にかけた自殺者の数がいかに多いことか。絶望、そう、皮肉なことに理想郷だったサラエボを知る者だけが、感じられる感情。ベオにいた代表監督も間違いなくその淵をのぞいていた。


【『オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(集英社インターナショナル、2005年/集英社文庫、2008年)】

オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える オシムの言葉 (集英社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)


「私は教師だ」


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2010-03-24

任期途中で議員辞職する意味


 昨日、公明党神崎武法元代表と坂口力元厚生労働大臣が任期途中で議員辞職する事が明らかになった。「体調のため」とされているが、それを信ずる者はいないだろう。二人は自公連立を象徴する政治家である。その二人が政界から姿を消すことは、鳩山邦夫氏の離党などよりずっと政治的意味を持つと思う。農協財界もどこを向いているかを考えると、参議院選挙に向けた布石は着々と打たれている。そして「風頼み」でしか選挙の出来ない連中だけが、得体の知れない「世論」という幻想にすがって政治をやろうとしているのである。


【「毎度バカバカしい日本のメディア」田中良紹】

名伯楽


 井岡は、エディの様子にハッとしたようだった。そばに寄ると、短い間、老人と眼でうなずき合って、それから離れていった。その後若武者は、部屋の隅にほとんど視線をやらなかった。

 その日エディには、グリーンツダジムの近くで開業医をしている二木日出嘉(にき・ひでよし)が付き添っていた。二木がエディの瞳孔が開いているのに気付いたのは、神代が戻ってきた直後である。リングサイドで観戦するという願いも、もはやかなわなかった。二木は百合子と打ち合わせ、すぐに救急車の手配をした。危篤状態のエディが控室から運ばれていったのは、井岡がリングに向かう直前である。エディの状態を、このとき井岡は知っていない。エディが控室から運ばれていったのは気付いたのだが、別の部屋に行ったのかなと、そのときは思っていた。


【『遠いリング』後藤正治〈ごとう・まさはる〉(講談社、1989年/岩波現代文庫、2002年)】

遠いリング (岩波現代文庫―社会)


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2010-03-23

質問する前に必ず要約を入れる


第1段階:質問したくなったら質問の前に、どんな形でもいいので要約を入れる

 あなたが発言(質問やコメント、アドバイス)するときは、その前に必ず、相手の話の一部を繰り返して(要約して)から、発言しましょう。


【『目からウロコのカウンセリング革命 メッセージコントロールという発想』下園壮太〈しもぞの・そうた〉(日本評論社、2008年)以下同】


 この要約では、相手の話を通訳する気持ちで聞きます。すると、おのずと真剣に聞くようになります。そしてそれは相手に「この人は真剣に私の相談に乗ってくれている」という強いメッセージを与えるのです。

目からウロコのカウンセリング革命―メッセージコントロールという発想

2010-03-22

神崎元公明代表、引退へ 坂口副代表も勇退検討 自民離れ加速



 神崎武法氏 公明党常任顧問の神崎武法元代表(66)=衆院比例九州ブロック=が、任期満了前に議員辞職し、政界引退する意向を固めたことが21日までに関係者の話でわかった。早ければ平成22年度予算案の成立を機に月内にも引退表明する考え。坂口力副代表(75)=衆院比例東海ブロック=も参院選後の引退を検討している。

 神崎、坂口両氏は自公連立政権を支えた象徴的な存在。

 公明党では、参院選で改選を迎える浜四津敏子代表代行(65)が引退表明したほか、太田昭宏前代表(64)も参院選への出馬を取りやめた。世代交代で党勢立て直しを図るためだというが、「自公連立の立役者が身を引くことで、民主党との関係改善への理解が得られやすくなる」(党幹部)との判断があるとされ、公明党の自民党離れはますます加速しそうだ。

 2月26日には都内のホテルで公明党の支持母体、創価学会の秋谷栄之助前会長、谷川佳樹副会長が民主党の小沢一郎幹事長と極秘に会談した。小沢氏は参院選で「自公の選挙協力を止めるべきだ」と強く求めたという。秋谷氏らはこの場での返答は避けたが、小沢、秋谷両氏は、今後も谷川氏が窓口となり、小沢氏サイドと協議を続けることで合意したという。

 神崎氏は元検察官で昭和58年に初当選平成10年から8年にわたり代表を務めた。引退後は遠山清彦元参院議員が繰り上げ当選することになる。坂口氏は医師昭和51年に初当選。小泉純一郎政権などで4年半あまり厚生労働相を務めた。


産経ニュース 2010-03-22

孤独と怒り


 孤独の何であるかを知っている者のみが真に怒ることを知っている。


【『人生論ノート』三木清(創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】

人生論ノート (新潮文庫)

2010-03-21

信仰の進化的利益


 本書の翻訳をしたのは茂木健一郎である。茂木は文学にも造詣が深く、書評家としても名を馳せている。彼は多分、宗教を脳科学の視点から「機能」として捉えていることだろう。先生との対談白眉もそこにあると私は予想している。


 われわれは、宗教の根底に神秘体験があることを示唆する証拠を得ている。はるか昔に誕生した宗教が世代を超えて存続しているのは、脳の構造が信者たちに各種の合一体験をさせ、それが、神が存在する証拠として解釈されているからである。既に見てきたとおり、超越体験の神経学的機構が、純粋にスピリチュアルな目的のために進化してきたとは考えにくい。にもかかわらず進化がこの機構を採用し、宗教的な傾向を持つ脳が作られてきたのは、信仰を持つことや、信仰に基づく行動パターンが、ヒトに実際的な利益を与えてきたからだろう。

 多くの研究が、この推測の正しさを裏づけている。例えば、主な宗教を信仰している男女は、平均的な男女に比べて、脳卒中を起こす確率や心臓病の罹患率が低く、免疫系の機能が良好で、血圧が低いという研究結果がまとめられている。また、信仰が健康に及ぼす影響に関する1000件以上の研究を検証したデューク大学医療センターのハロルト・コーニグ博士は、最近、『ニュー・リパブリック』誌上で、「信仰を持たないことが死亡率に及ぼす影響は、40年間にわたって一日にタバコを一箱ずつ吸い続けることに匹敵する」と結論づけている。このように、信仰は、少なくとも、「魂」と「体」に同じくらい良い影響を及ぼしているようだ。それでは、「精神」に対しては?

 多くの研究により、信仰と良好な健康との関係は、生理機能だけでなく、精神衛生にも認められることが明らかになっている。つまり、信仰を持ち、それに従って生きることは、精神的・情緒的な健康に資するらしいのだ。例えば、信仰を持つ人々がドラッグを濫用するようになったり、アルコール中毒になったり、離婚したり、自殺したりする率は、一般の集団に比べてはるかに低いことが分かっている。また、思考に従って生きる人々は、憂鬱な気分に沈んだり、不安に悩まされたりすることが一般の人々に比べて非常に少なく、たとえそうなっても回復が早いことが分かっている。瞑想、祈り、礼拝への参加などの宗教行為と、肯定的な心理状態との関係を裏づける実験もある。こうした行為には、不安や憂鬱を大幅に軽減し、強い自尊心を持たせ、対人関係の質を高め、人生に対してより積極的にさせる効果があるらしい。


【『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース/茂木健一郎訳(PHP研究所、2003年)】

脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス

2010-03-20

Rock the Era


 これまた、JunkDark君情報。SGI-USAの小規模な文化祭か。下の映像では、先生の指揮をモチーフにした舞いを披露している。翻(ひるがえ)って日本の学会組織では青年を育てる機会が本当に少なくなった。それにしても、海外の自由な雰囲気は羨ましいばかりだ。


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「正義」という名の偏見


 つまり「正しい」という言葉を使う時、あなたは既に何が正しいかについての【理念】をお持ちである。ところが「正しい」ことについて理念を持ってしまうことは「正しくはない」のである。というのは、この「正しい」なるものはあなたの偏見──おかれた条件、あなたの恐れ、あなたの教養、あなたの会社、あなた自身の特異性である種々の恐怖、宗教的制裁などに基づいてできているからなのです。あなたが物指しであるパタンをもって居られるとしても、そのパタン自身が正しいとは言えない、つまり不道徳なのです。社会的な行動のしきたりは不道徳です。あなたは同意されますか? 御同意いただけるなら、あなたは社会道徳を拒否したわけです。というのはそれは貪欲・羨望・野望・愛国心階級意識などを基盤にしているからです。社会的な行動のしきたりは道徳的でないということにあなたが賛成された際、あなたは本当にそう思っていますか? それとも言葉だけのことですか? 真に道徳的な美徳を具えるということは人生で最もまれで困なことの一つです。というのは道徳とは、社会的、環境的なしきたりとは全く関係のないものだからです。人は自由でなければならない。そして真の徳を具えねばいけない。ところがみなさんが貪欲・羨望・競争心・成功心をもとにした社会道徳に従っている限り、自由にはなれない──ところがそういう困った社会道徳を教会や社会が道徳的なこととして【あおって】いるのですよ。


【『自由への道 空かける鳳のように』クリシュナムーテイ/菊川忠夫訳(霞ケ関書房、1982年)】


自由への道 空かける鳳のように

2010-03-19

ヘヴィメタル「フォーエバー・センセイ」


 サビの部分をフラット気味にするあたりにセンスが窺える。JunkDark君に教えてもらった。


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物語の伝承には「取捨選択」の力学が働く


 宗教の歴史もこれを避けて通ることはできない。リアリティを追求すればするほど、想像力を働かせるためだ。


 日本言語が「文字」ではなく「音声」を媒体とするコミュニケーションである以上、話者は「常に自然の印象と記憶力とによって」物語を伝達するほかはない。印象深い場面は記憶に永く留められるであろうし、逆に陳腐なディテールは記憶の濾過作用によって忘却されるに任されるであろう。そこには自ずからなる「取捨選択」の力学が働くはずである。その選択は、柳田が指摘するように、物語が伝達される「場」や「コンテクスト」の圧力によっても積極的に促進される。聴衆が耳を傾けてくれなければ話が続かない以上、話者は絶えず「聴衆の顔色によって影響を受ける」からである。記憶と忘却との拮抗によって洗い出された細部は話者の想像力によって補完され、さらには聴衆の興味関心の方向に沿って膨らんで行く。それゆえ、物語は「話者」の作用と「場」の反作用とのせめぎあいとその止揚を通じて形成されて行くのである。


【『物語の哲学 柳田國男と歴史の発見』野家啓一〈のえ・けいいち〉(岩波書店、1996年/岩波現代文庫、2005年)】

物語の哲学 (岩波現代文庫)

2010-03-18

特殊法人とファミリー企業


 特殊法人(や許可法人)はどんどん子会社(公益法人も含む)、孫会社などを作る。株式持ち合いの関連企業を含めるとファミリー企業は約2000社にのぼる。

 その役職員数は本体を除いて少なくとも100万人と推計される。本体と合わせると150万人である。政府が大半の株を保有している旧特殊法人であるJRJT日本たばこ産業)などを含めると、関連企業数はさらに1000社以上増え、就業者数も数十万人増加する。

 特殊法人のなかには民間企業をほとんど丸がかえしているものもある。しかも、特殊法人の事業は公益事業や委託業務が多く、特殊法人によって生計を立てている企業は非常に多い。したがって、特殊法人関係の実質就業者数は200万人は下らないはずだ。

 特殊法人は資金調達は思いのままだし、株主に対する事業報告書の開示義務もなければ、経理内容も公開しない。国の財投計画の大半を受け入れて事業を展開し、膨大な下請けを抱える特殊法人は、いうなれば企業の王様だ。製造業を除くほぼ全産業分野に君臨している存在なのである。


【『日本が自滅する日 「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!』石井紘基〈いしい・こうき〉(PHP研究所、2002年)】

日本が自滅する日―官制経済体制が国民のお金を食い尽くす

2010-03-17

主義


「いや、君は主義を恥ずかしく思っていて、主義のほうも君のことを恥ずかしく思っているんだ」


【『木曜の男』G・K・チェスタトン/吉田健一訳(創元推理文庫、1960年)】


木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

2010-03-16

死刑囚の俳句


 綱(つな)

 よごすまじく首拭く

 寒の水


 和之(31歳)


 作者が残した二枚の色紙。その一枚が「布団たたみ/雑巾しぼり/別れとす」。もう一枚がこれである。色紙を手渡された係官は「もうこれは人間のワザではない。神様に近い存在だ」と感じ、「手の震えが止まらなかった」という。執行の瞬間、立ち会った全員が、夢中で「南無阿弥陀仏」を唱和していたとも。


【『異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩』異空間の俳句たち編集委員会(海曜社、1999年)】


異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩

2010-03-15

極貧をはね飛ばす笑い声


 生きるか死ぬかという貧しさの中で、人はかくも朗らかに生きることができる。富裕であっても侘(わび)しい人生を送る人は多い。父親が語る内容は、期せずしてハードボイルドのような文体となっている。


 長橋カツエ


 夜、飯をくってから、みんないろりばたに集った。そのとき、

「おらだ(私たちは)、いろりばたて(と)いう題で、みんなつづり方書くんだぜ。」と言ったら、

「いろりばたて(と)いう題のつづりかたあ?」とおっつあ(父)が変な顔して聞いた。

「ン、ンだ(そうです)。」と云ったら、

「にさな(お前)の、つづり方なの(なんか)書ぐえっだが(かけるか)。」と兄さんがわらじをあみながら云った。

「書ぐえがらあ(かけますよ)。」と私が云ったら、

「どれ、おれ、おせっかなあ(おしえてやるからね)。」とおっつあが云ったのでみんなげらげら笑った。私は、まじめなつら(かお)をして、

「ンだが(そうですか)。ンだら、おせろ(そんならおしえて)。」と云ったら、

「兄(あん)つぁ、わらず(じ)作るす。姉(あね)はんは縄をなう。おっかあ(母)はいもをふかしている。おっつぁは、それを見ながら腹あぶりしている。カツ子は、おっつあからつづり方を聞いてるす。豊七は早くねだす。すずがな(しずかな)夜で、いろりの火あ(は)ぼんぼんもえでいる。みんなだまって仕事をしった(していた)て書いてやれ。」とまじめなつらをして云ったので、みんなゲラゲラでんぐりかえる(ひっくりかえる)ほど笑った。

 そんな話をしているうちにさつまいもがふけたので、さつまいもを食いながら、

「ほだごど(そんなこと)書いて、みんなから笑ろわれんべっ(笑われてしまうでしょうよ)。」と私が云ったら、

「馬鹿ほに。えま(今)の話しは本当のことだどれず(ではないか)。本当のことを書いたのを見て笑ろう人なのえねっだな(なんかいないよ)。」とおっつあが云ったので、笑ろう人いるかいないか、このとうり、つづり方書いたのです。


【『山びこ学校』無着成恭〈むちゃく・せいきょう〉編(青銅社、1951年/角川文庫、1992年/岩波文庫、1995年)】

山びこ学校 (岩波文庫)

2010-03-14

鳩山邦夫氏、新党結成に意欲「覚悟は完全にできている」


 自民党の鳩山邦夫元総務相は14日のフジテレビの番組で、新たな政党の結成に言及し、「覚悟はもう完全にできている。自民党は賞味期限切れ。古臭いしがらみを持っており、出直さないといけない」と強い意欲を示した。結成の時期については「少なくとも参院選を堂々と戦えるタイミングだ」と述べた。

 また、新党の枠組みについては、執行部批判を強める与謝野馨元財務相や舛添要一前厚生労働相の名前を挙げ、「私自身は裏方で捨て石でもいい。みんなが一緒になれるように接着剤(の役割)ができればと思う」と語った。

 これに対して沖縄県を訪問していた谷垣禎一総裁は、名護市で記者団に「(党の)中でいろいろ議論するのは結構ですが、外に向かってこういうたぐいの発信をなさるのは極めて遺憾だ」と不快感を示した。


asahi.com 2010-03-14

食欲と人間関係


「乳児はもし彼が全く何もしたくない時には、あるいは愛情を失った時には、食べることへの関心もなくなることがある」と、霜山徳爾はその著『人間の限界』のなかで述べている。

 ひとはごくわずかな「感情の浮沈」によってその存在が深く惑わされてしまうものなのであって、他人との交わり、あるいは信頼にもとづいた関係というものを失ったときに、ひとは食欲そのものをもひどく狂わされてしまう。霜山はこうも書いている。「(中略)精神分裂病者や老年性精神病者における、食物に毒が盛られていると確信している被毒妄想は、人間学的には信頼というものの喪失のすさまじい表現に他ならない」、と。人間としての近さや親しみの感情を失ったとき、食もまた崩れるのである。食べると言えば、食べるものと食べられるもの、つまりは単体としての生き物と自然環境の関係としてイメージしやすいが、ほんとうは他人との関係のなかに深く根ざした行為なのである。


【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

悲鳴をあげる身体 (PHP新書)

2010-03-13

神も見放す場所


 ティム・ゲナールは3歳で母親に捨てられ、11歳で少年院に入れられた。17歳の時、ボクシングの国内チャンピオンとなり、18歳で信仰と巡り合った。


 ここ(少年院)では泣いてもだめ、叫んでもだめ、慈悲を乞おうが、憐憫にすがろうが、神に祈ろうが関係ない。そんなもの誰も聞いちゃくれない。となったら、残された道は二つしかない。ひとつは、ここのやり方に従い奴隷となって自滅を待つこと。もうひとつは、不当な扱いと無理解をはねのけて自分を取り戻すこと。つまり“反逆”だ。ぼくは後者を選んだ。


【『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール/橘明美訳(ソフトバンク クリエイティブ、2005年)】

3歳で、ぼくは路上に捨てられた

2010-03-12

新しい情報がないことも重要な情報


(小渕首相からの指示で毎週モスクワに飛んで、ロシア情勢を調べた)

佐藤●しかし、そこまでしても何の動きもないことのほうが多かった。官邸に「何にもありませんでした」と報告に行くわけですが、小渕総理の返事は大したものでした。「何もないというのも大事な情報だ」というのです。

 インテリジェンス(=情報)の世界では、新しい情報がないことも重要な情報なのです。その意味で小渕総理はセンスのいい人でしたね。


【『北方領土 特命交渉』鈴木宗男佐藤優(講談社、2006年/講談社+α文庫、2007年)】

北方領土「特命交渉」 北方領土 特命交渉 (講談社+α文庫)

2010-03-11

「公明党が民主党にすり寄っている」だと?


 今日、親しい友達から言われた。やり取りは以下の通りだ──


 馬鹿言っちゃいけないよ。

「じゃあ、すり寄ってないのか?」

 ああ。すり寄っているのではなく抱きついているのだ。

「ガッハッハッ(笑)。そりゃ失礼しました」

 その上、ほっぺにチューしているという話もあるほどだ。

「随分と薄気味悪い関係なんだな」

 多分、愛が芽生えたのだろう。

体験談


「宇宙人に誘拐された」と実際に証言するアメリカ人は400万人もいる。


 科学者は、体験談を証拠とはみなさない。


【『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』スーザン・A・クランシー/林雅代訳(ハヤカワ文庫、2006年)】

なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか (ハヤカワ文庫NF)

2010-03-10

子ども手当:公明が賛成へ 民主と修正合意


 民主、公明両党は10日、子ども手当法案について修正協議を行い、付則の一部を修正することなどで基本合意した。公明党は同法案に賛成する。自民、公明両党は昨年の衆院選で民主党の政権公約マニフェスト)の目玉だった子ども手当を強く批判してきた経緯がある。公明党が賛成に転じたことは、参院選を前にした同党と民主党の接近を示すものだ。

 修正は法案の付則に、児童養護施設の入所者など子ども手当の支給対象とならない子どもへの支援や、11年度以降の子育て支援施策の拡充に関する文言を盛り込む。

 公明党山口那津男代表が鳩山由紀夫首相に介護政策の提言を申し入れるなど、政策面から連携する動きを見せている。これに関連し、鳩山首相は10日、首相官邸で記者団に「公明党が大変大事にしている子どもに対する政策なので、協力関係ができることは政権にとってはありがたい」と述べた。

 一方、両党の接近には他党から警戒感も出ている。自民党幹部は「公明党もいよいよ独自路線を出してきた」と不快感を示した。また、社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相も「公明党から修正(要求)があれば連立3党で協議をして返すことが筋だ」と批判した。


毎日jp 2010-03-10

往復書簡「科学と宗教の対話 池田大作×茂木健一郎」


 日本有数の宗教組織のトップ池田大作氏と、脳科学者として科学の先端を見つめる茂木健一郎氏の往復書簡が実現した。常日頃から「宗教について議論することをタブー視してきた日本のメディアのあり方に疑問を感じる」と発言してきた茂木氏。その茂木氏からの「通俗的な話に興味はない。本質的な議論をしたい」という呼びかけに池田氏が応じる形で対話が始まった。2008年から2年間にわたり、互いに交わされた言葉は、時に緊張感をはらみ、時に温かい共感に満ちていた。


中央公論 2010年 04月号 [雑誌]

必要なのは改革ではなく根源的な革命


 たいていの人にとって、行動とは環境の部分的修正に他ならず、そしてこの行動は監獄の壁、あるいは環境の制約の増大に帰着します。もしあなた方が、何かを理解せずに、闇雲にそれを部分的に修正しようと努めれば、あなた方の行動はすでにある障壁をかえって強めるだけでなく、別の新たな障壁を築き上げてしまうのです。そしてこれらの障壁のことを人は環境と呼び、その内側での営みを活動と呼ぶのです。(カリフォルニアのオーク・グローブでのトーク、1934年)


【『片隅からの自由 クリシュナムルティに学ぶ』大野純一著編訳(コスモス・ライブラリー、2004年)】


片隅からの自由―クリシュナムルティに学ぶ

2010-03-09

世尊の語源


「幸あるお方」(bhagavat)は、仏教の開祖ゴータマ・ブッダの尊称でもありました。漢訳では、ふつう「世尊」とされます。


【『インドの「二元論哲学」を読む イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』』宮元啓一(春秋社、2008年)】


インドの「二元論哲学」を読む―イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』 (シリーズ・インド哲学への招待)

2010-03-08

参院選で公明、自民を部分支援 選挙後は対民主連携も


 公明党は夏の参院選で、自民党との選挙協力を一部地域で継続する方針だ。与党を過半数割れに追い込み、自らがキャスチングボートを握る一方、選挙後は一転して民主党との連携も視野に入れ、政局の主導権を取るとの戦略が背景にある。

「これまでのように自民党支持者にあいさつに行くと『どうせ民主党と組むんだろ』と嫌みを言われる」

 2月下旬の公明党常任役員会。昨年落選し地元活動に専念する元衆院議員は、最近の国会対応や政策課題で民主党への接近が目立つ公明党の中央政界での動向に苦言を呈し、山口那津男代表ら幹部は「事情は分かった」とその場を収めた。

 公明党執行部は「党本部同士の協力は考えていない。地域で培った人間関係は尊重する」(山口氏)との立場。10年間の連立政権が崩壊したのを機に党本部としては全国一律の自民党支援態勢は見直すが、連立時代から続く協力を継続するかどうかは各地の現場責任者の判断に任せる方針だ。

 民主党と激しい選挙戦を繰り返してきた現場サイドの立場からは、簡単に方向転換しづらい事情もある。衆院小選挙区候補を抱えていた神奈川、大阪、兵庫各府県に加え、与野党対決となった2月の県知事選で自公支援候補が圧勝した長崎をはじめ九州各県で特にその傾向が強い。


共同通信 2010-03-07

地球規模の寒冷化、乾燥化が戦乱の原因


安田●今から4000年前、すなわち紀元前2000年ころにも環境の大きな変化がありました。気候が非常に寒冷・乾燥化したのです。先ほど申し上げた都市文明が誕生した5700年前も、やはり気候が寒冷・乾燥化したわけですが、その後、4000年前の寒冷・乾燥期が大きな革命を引き起こします。

 それが、長江やインダスの古代文明を消滅させる人々が拡大した時代と重なります。西ではインド・ヨーロッパ語族が、東では畑作・牧畜民の漢民族が爆発的に拡大しました。その結果、東では長江流域の文明を漢民族が破壊し、西ではインダス文明がインド・ヨーロッパ語族であるアーリア人の侵入により崩壊していくわけです。


【『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之〈いし・ひろゆき〉、安田喜憲〈やすだ・よしのり〉、湯浅赳男〈ゆあさ・たけお〉(洋泉社新書y、2001年)】

環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)

2010-03-07

ドルが暴落すれば為替仕組み債が爆発


 創価大学は大丈夫か?


 とにかく、驚くべきデリバティブ汚染が日本中に蔓延しているのです。それも、デリバティブのデの字すら知らないような、地方自治体、大学、果ては幼稚園の資産運用にまで、及んでいるのですからたまりません。なんと日本では、40自治体、総額4670億円が仕組み債に汚染されているのです。これらは円高によって、ほぼ100%近く、大損する運命にあるのです。昨年から問題になった大阪産業大学や、駒澤大学、経団連、慶應義塾大学などの多額の損失は、主に豪ドルとの契約で起こったことです。それに比べて、これから起こってくるであろう円ドルでのデリバティブ契約は、その額も広がりもケタ違いになっているのは疑いありません。


円高で、為替仕組み債が破裂(破綻続出へ)

ムシャラフ将軍とシン首相


 インドと聞いただけで嫌な顔をする側近をしり目に、シン氏(※インド首相)のことをもう少し教えてくれと身を乗り出してきた将軍。彼の真剣な眼差しは、私の脳裏にいまだに鮮明に焼き付いている。

 シン氏もムシャラフ将軍(※パキスタン大統領)も、常に草の根の国民の視点から国家の百年先を見つめ、政策を考えていた。そして、国民の過半数が声なき民である事実を熟知していた。国民とは、貧困に苦しむ人々であり、女性であり、身体障害者であり、子供たちであり、さまざまな少数部族であり、インドでは階級制度のどん底にある「アンタッチャブル」である、という事実を念頭に置いていた。

 両氏ともに自分を飾らない気さくな人柄である。草の根を自分の足で歩き、権力者を恐れる人々の心を開き、自分の目と耳と肌で彼らの夢と苦しみを学ぶ。それが自然にできる人であり、また、そうする時間を多忙なスケジュールから練り出す努力を惜しまない人だ。

 インドもパキスタンも長年の政治家官僚汚職腐敗が国家財政を悪化させ、生産性を抑え、貧困解消を妨げてきた。権力者が甘い汁を吸い続ける有り様を前にし、親も子も、またその親も子も、何世代にもわたって社会のどん底に生き続けてきた人々。彼らが日常持つ挫折感は想像を絶する。同情や施し物はいらない。希望がほしい、せめて我が子には教育を、と望む人々を裏切り、公共教育制度の内部までも蝕む汚職は、子供の人口密度を無視して学校を建て、建築費をピンハネし、教師資格のない人間を賄賂と票集めに雇い、教科書の配布制度をも腐らせる。


【『国をつくるという仕事』西水美恵子〈にしみず・みえこ〉(英治出版、2009年)】

国をつくるという仕事

2010-03-06

1979年(昭和54年)のヒット曲


 冒頭のカーペンターズの曲は別。私が中学3年から高校1年になった年で、いずれの曲も鮮やかに覚えている。


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自己の紛失


 小林秀雄今日出海(こん・ひでみ)とのやり取り。この二人は学生時分から親友であった。「手前」は自分の意味で、今日でも「手前ども」「てめえ」などと使われている。


今●それは君、手前がないからさ。


小林●結局は自己の紛失だ。自己を紛失するから、空虚なお喋りしか出来ないエゴイストが増えるのだ。自分が充実していれば、なにも特に自分の事を考えることはない。自分が充実していれば、無私になるでしょう。それは当り前な事でしょう。それが逆になっている。手前が全然ないから、他人に見放されると不安になるでしょう。だから画家が売り絵を描くのも、文士が売り原稿を書くのも、みんな、あれは不安なんですよ。ただ金のためじゃないと思うね。寂しいんですよ。僕はそう思っている。


【『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』(新潮社、2004年)】

小林秀雄全作品〈26〉信ずることと知ること

2010-03-05

インドに歴史概念がない理由


 では、なぜインドに、ユダヤキリスト教的な歴史概念がないのか。おそらくそれは人間の行為が生むもの、あるいは人間の行為の目指すものに、インド精神がそれほどの価値を置いていなかったからであろう。ユダヤ・キリスト教的伝統は、人間の行為を神の望むことを遂行するものにほかならないと考える。つまり、人間の行為は常にそれ自体が積極的な意義を持つものであるが、インドの宗教思想にあっては、一般的に人間の行為は一度は否定されるべき運命にある。

 つまり、人間の行為が止滅させられたときに、人間の行為を超えた何ものか――例えば、霊我の光とか悟りの智慧――がその人間に輝くのである。したがって、人間の行為によって達成したものは、副次的なもの「俗なるもの」であって、「聖なるもの」は人間の行為の彼岸にある。このように人間の行為を止滅させようとする考え方にあっては、ユダヤ・キリスト教の伝統によってつちかわれてきたような、行為を中心とした歴史の概念は育たない


【『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』立川武蔵(講談社選書メチエ、1998年)】

最澄と空海―日本仏教思想の誕生 (講談社選書メチエ)

『水滸伝』の結末


 吉川英治の『新・水滸伝』は絶筆となっており完結するに至らなかった。百八星が勢揃いして、これからというところで終わっている。『水滸伝』には七十回本、百回本、百二十回本とがある。百回本には吉川幸次郎・清水茂訳、百二十回本には駒田信二訳がある。


 百八星が集ったのち梁山泊軍は官軍となる。数々の武勲を立てるも、奸臣たちが揉み消したために何の恩賞もなかった。憤懣(ふんまん)やる方ない者たちが、再び廷に反旗を翻すよう宋江を促す。しかし宋江は首を縦に振らなかった。ある者は去って行った。そして別の者は廷軍に引き抜かれた。


 方臘(ほうろう)の討伐を命じられた梁山泊軍は連戦によって疲弊していた。激戦によって3分の2の仲間を喪った。凱旋の途中で抜ける者も現れ、結局27人となった。奸臣たちは宋江に帝の名前で毒酒を送る。ある者は毒殺され、他の者は自害し梁山泊軍は滅ぶ。


 公明党は同じ轍(てつ)を踏んではならない。


完訳 水滸伝〈1〉 (岩波文庫) 完訳 水滸伝〈2〉 (岩波文庫) 水滸伝―完訳 (3) (岩波文庫) 水滸伝―完訳 (4) (岩波文庫) 水滸伝―完訳 (5) (岩波文庫)


水滸伝―完訳 (6) (岩波文庫) 完訳 水滸伝〈7〉 (岩波文庫) 完訳 水滸伝〈8〉 (岩波文庫) 完訳 水滸伝〈9〉 (岩波文庫) 完訳 水滸伝〈10〉 (岩波文庫)


水滸伝 (1) (ちくま文庫) 水滸伝 (2) (ちくま文庫) 水滸伝 (3) (ちくま文庫) 水滸伝 (4) ちくま文庫


水滸伝〈5〉 (ちくま文庫) 水滸伝〈6〉 (ちくま文庫) 水滸伝〈7〉 (ちくま文庫) 水滸伝〈8〉 (ちくま文庫)

2010-03-04

大勢に流されるな


 しょくん、しょくんは、テンノウとかコウシツとかゆうものをもち出されると、畏れ多いと頭を下げる。

 しかし、考えろ、いったい、テンノウがなぜ尊いのか? と。

 そんなことを考えちゃいけない、と言うやつがいる、また考えたってわかるもんじゃないなどとも。けれども、ほんとに尊く畏れ多いものなら、それを考えれば考えるほど、尊さありがたさがしみじみ魂にしみこむものでなければならないはずだ。

 しょくん、ごまかされちゃいけない。よく考えろ。それを考えるな、などとゆうのは、何か後ぐらいところがあるんだ。手品の種が、ばれそうなんだ。

(※菅季治〈かん・すえはる〉が京大で学びながら、京都府立五中の嘱託教師をしていた頃、試験問題の裏に鉛筆で書いた文章。1943.11.20)


【『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治〈ただ・しげはる〉(社会思想社、1994年/文元社、2004年)※社会思想社版は「シベリヤ」となっている】


 これを単純な天皇批判と読むのは底が浅い。大勢に唯々諾々(いいだくだく)と従う国民を追求することで、天皇を担ぎ上げて利用した軍部政府をも糾弾しているのだ。

内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史


内なるシベリヤ抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史

映画『インビクタス/負けざる者たち』

 2/5(金)より公開される4度のアカデミー賞受賞を誇るクリント・イーストウッド監督の最新作『インビクタス/負けざる者たち』の特別映像(MUSICCLIP)。新しく就任したネルソン・マンデラ大統領は、アパルトヘイトにより人種差別や経済格差が依然として残っていることを痛感する。誰もが親しめるスポーツを通して、人々を団結させられると信じたマンデラは、南アフリカのラグビーチームの立て直しを図る。マンデラの不屈の精神はチームを鼓舞し、団結させ、奇跡の快進撃を呼び起こす。クリント・イーストウッドが、今の時代に贈る、実話を基にした、ヒューマンドラマの傑作。


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2010-03-03

死を必とすればすなわち生き、生を幸とすれば則ち死す


 呉子曰く、「凡そ兵戦(へいせん)の場は、屍(しかばね)を止むるの地、死を必(ひつ)とすればすなわち生き、生を幸(さいわい)とすれば則ち死す。

 其の善く将たる者、漏船(ろうせん)の中(うち)に坐(ざ)し、焼屋(しょうおく)の下(もと)に伏するが如く、智者をして謀(はか)るに及ばず、勇者をして怒(いか)るに及ばざらしむれば、敵を受けて可なり。

 故に曰く、『兵を用うるの害は猶予最も大なり。三軍の災は疑より生ず』」と。


 呉子はいわれた。

「戦場とは屍(しかばね)をさらすところだ。死を覚悟すれば、生きのびることもできるが、生きながらえようと望んでいると、逆に死をまねくことになる。

 良き指揮官は、穴のあいた船に乗り、燃えている家の中で寝ているように、必死の心構えでいるものだ。そうなればたとえどんな智者がはかりごとをめぐらそうと、勇者がたけりくるってかかってこようと、どんな敵をも相手にすることができるのだ。

 だからこそ軍隊を動かすにあたって、『優柔不断を避けるべきであり、全軍の禍いは、懐疑と逡巡から生まれる』といわれるのだ」



【『呉子』尾崎秀樹〈おざき・ほつき〉訳(教育社、1987年/中公文庫、2005年)】

呉子 (中公文庫BIBLIO)

2010-03-02

学会幹部と会談 小沢「不満分子7人衆」封じ/公明票欲しい若手は沈黙


 小沢一郎幹事長創価学会幹部が会談していたことが明らかになり、民主党内の「反小沢一派」が真っ青になっている。党内の「小沢降ろし」の動きは沈静化しそうだ。

 小沢幹事長は26日夜、輿石東・参院議員会長と一緒に都内のホテルで創価学会幹部と会談。創価学会関係者と政治家との会合は、普通はしばらく経ってから漏れることが多いが、今回は当日から広まった。

創価学会公明党が、民主党に接近することは既定路線だったが、26日の会談はハッキリと意思表示したということでしょう。創価学会は、民主党が宗教法人の優遇税制に手をつけることを警戒していた。民主党に近づくことで阻止するつもりでしょう」(政界事情通)

 小沢一郎にとっても、創価学会公明党を抱き込むことは、悪い話ではない。一石二鳥にも三鳥にもなる。

「大きいのは7月の参院選での選挙協力です。たとえ民主党に票を入れなくても、自民党支援をやめるだけでもプラス。もし、参院選で単独過半数を得られなくても、選挙後、公明党と連立を組めば参院で過半数を得られ、政権を安定させられる。さらに、文句ばかり言っている社民党を牽制することになります」(民主党事情通)

 この突然の会談に衝撃を受けているのが、党内の「反小沢勢力」だ。

「反小沢の頭目、渡部恒三が束ねる『不満分子7人衆』は、予算が成立したら本格的に小沢降ろしを始めようともくろんでいた。しかし、創価学会公明党が小沢サイドについたとなると、状況は違ってくる。衆院300選挙区に、平均3万票を持っている公明党の威力は大きい。公明票が欲しい民主党議員は、小沢一郎に頼らざるをえなくなります。なにより、参院選で過半数を得られず、政局が混乱した時、まとめられるのは創価学会公明党とパイプがある小沢一郎しかいないことがハッキリしてきた。会談のタイミングは絶妙で、反小沢一派は出はなをくじかれた形です」(政界関係者)

 小沢一郎を追い落として実権を握ろうと企んでいた渡部恒三たちは、ガックリしているのではないか。


日刊ゲンダイ 2010-03-01

小沢氏、創価学会秋谷氏と会談 民・公連携へ意見交換か


 民主党の小沢一郎幹事長が2月26日夜に公明党の支持母体である創価学会前会長の秋谷栄之助・最高指導会議議長と都内のホテルで会談していたことが、明らかになった。民主党の輿石東・参院議員会長も同席していた。夏の参院選や選挙後もにらみ、民主、公明両党の連携について意見交換したと見られる。

 小沢、秋谷両氏は1993年の細川連立政権樹立のころから親交がある。関係者によると、小沢氏が民主党代表に就任した直後の06年4月にも会談、その後も数回の会談を重ねているという。

 小沢氏は参院選では社民、国民新両党との連立政権を維持しながら、民主党の単独過半数をめざす方針。ただ、選挙結果次第では、公明党との連携の可能性も視野に入れているとの指摘もある。


asahi.com 2010-03-02

大乗仏教の逸脱


 これは、この間、最初期の仏教やゴータマ・ブッダの思想を紹介したり論じたりする機会にずいぶん恵まれたこととも関係する。こうした仕事をすればするほど、大乗仏教、ひいては日本仏教が、仏教の出発点からいかに遠ざかっているか、いかにそれをないがしろにしているかが、ほとんど耐えがたいほどの思いをともなって浮き彫りになってくる。大乗仏教は、ゴータマ・ブッダの透徹したニヒリズムと経験論、それに裏打ちされたプラグマティズム、そしてかれの中道精神、これらからまったく逸脱してしまっているのである。


【『日本奇僧伝』宮元啓一(東京書籍、1985年/ちくま学芸文庫、1998年)】

日本奇僧伝 (ちくま学芸文庫)

2010-03-01

瞑想とは


 瞑想とは

 あるがままに ものを見ることであり

 それを超えていくことです


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】


 瞑想とは「観心」である。


瞑想

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