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2010-04-30

エルンスト・ユンガー「写真のない戦争はない」


 写真のない戦争はない、と戦争から神話を紡いだ高名な作家エルンスト・ユンガーは1930年に言った。そのことばによって彼は、カメラと弾丸との蔽い隠せぬ同一性を、被写体を「シュート(撮影)する」行為と人間をシュートする(撃つ)行為との同一性を、端的に表現している。戦争をメイクするのと、写真をテイクするのは同じ行為なのである。「偉大な歴史的事件を詳細にわたって記録しようと努めるのと、絶滅をもたらす武器で敵の位置を寸秒違えず把握しうるのは同じ知性の働きである」と、ユンガーは書いている。


【『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ/北條文緒訳(みすず書房、2003年)】

他者の苦痛へのまなざし

2010-04-29

W杯で母国が勝つなら「1週間断食」51%=調査


【シンガポール 21日】サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会開幕まで2カ月を切ったが、国際通信サービス会社のVIPコミュニケーションズが実施した調査では、母国の勝利のためなら1週間断食できるという人や、デートを1年間我慢するという人が約半数もいることが分かった。

 調査は、母国の代表チームがW杯に出場する北米在住者2万人を対象に、同社が「冗談半分」に実施。イングランド出身者の93%が母国の勝利のために1週間何も食べないでいられると答えたほか、イタリア出身者の約70%はW杯での栄光のためなら仕事を失っても構わないと答えた。

 また、全体の4%は、自分の体の一部を失っても母国を勝たせたいと思うほど熱烈なサポーターだという。

 一方、最も冷めていたのはスロバキア出身者で、母国の勝利のために何かを犠牲にすると答えた人はわずか3%にとどまった。


ロイター 2010-04-22


 面白いアンケートだ。犠牲の度合いでもって国民の「意気込み」を測ろうというわけだ。ユダヤ教から派生したキリスト教やイスラム教の「契約」を思わせる。古代宗教の生贄(いけにえ)も同様の発想だろう。犠牲とは取引の異名である。小さな犠牲で大きな何かを得ることができるとすれば、それは投資となる。功徳目当ての信心は、行学が犠牲と化していることが多い。幸せになるために我慢しながら修行していることになる。御本尊との取引だ(笑)。商行為。「働いているんだから給料をくれよ」と言わんばかりに。本当のことを書いておこう。功徳とは欲望を満たすことではない。自由になることが真の功徳だ。

マンネリ化は脳に毒


「ドーパミンニューロン」は集中力ややる気を維持するのに重要な働きをしている。となれば、実験結果(※シュルツ博士による)はとても重要なことを意味している。そう、「マンネリ化」は脳には「毒」なのだ。新鮮な気持ちを忘れてしまっては、もう脳は活性化しない。

 身辺を振り返ってみよう。自分が「当たり前」に思ってしまっていることがいかに多いことか。給料だけではない。日頃、顔を合わせる同僚や顧客との会話、連日繰り返される単調な仕事、通勤路の風景、家族や恋人の存在。マンネリ化は脳の天敵である。生きることに慣れてしまっている人は、これを機に反省してみるのもよいだろう。世の中とは本当は刺激に満ち溢れているのに、それに気づけなくなっているのは他ならぬ“慣れきってしまった脳”なのだ。

 シュルツ博士が2003年3月に『サイエンス』誌に発表した続報がまた面白い。合図と餌の関係に「確率」を使ってみたのである。確率が100%だったらいつでも餌が出る、0%だったら餌は出ないという具合だ。博士はこの確率をいろいろと変えてみた。するとドーパミンニューロンの活動は確率50%で最大になった。つまり、どっちつかずの確率で報酬がもらえるときにもっとも快楽を感じた。そう、脳というものは“不確実さ”を楽しむようにできているのだ。スポーツやカジノが面白いのは「未定の要素」を含んでいるからにほかならない。推理小説も結末を知ってしまっては面白くない。よくよく考えてみれば、そもそも人が生きていられるのは「未来」が未確定だからではないだろうか。筋書きどおりの決まりきった将来は脳をダメにする。逆説的だが、「将来への不安こそが脳にとっての栄養源」なのである。


【『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二〈いけがや・ゆうじ〉(祥伝社、2006年)】

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (新潮文庫)

2010-04-28

踏み固められた道を避ける


 美という次元において、数学はもっとも宗教に近い学問であると私は思っている。また、数学が対象とする量、構造、空間も極めて哲学的な示唆に富んでいる。数珠(じゅず)は数学である(笑)。


 結局、真にすぐれた問題とは、数学者がその解決に取り組むなかから、まったく新しい数学的【方法】と、新しい数学的【対象】とを必然的に産み出す問題であるといえるのです。つまり、数学者は一つの問題をとことんつきとめることで、数学的視野の拡大に到達するわけです。(中略)

 現代数学の巨人アンドレ・ヴェイユ(1906-98)が、『数学の将来』のなかで述べた次の言葉ほど、数学の発展のダイナミズムと、数学にとっての未解決問題のもつ意義とを、みごとに表現したものはない、と私は思っています。

「将来の大数学者は、過去においてもそうであったように、踏み固められた道を避けるであろう。彼らは、われわれが彼らに残す大きな問題を、われわれの想像の到達できない思いがけない近づき方で、まったく姿を変えて解くであろう」。


【『新装版 数学・まだこんなことがわからない 問から見た現代数学入門』吉永良正(講談社ブルーバックス、2004年)】


新装版 数学・まだこんなことがわからない (ブルーバックス)

2010-04-27

自民党溶解で民主党圧勝も見えてきた


 有馬晴海氏もこう言う。

「民主党にはさらに公明票も加わってくる可能性が高い。表向きは決まっていないが、すでに公明党が候補者を擁立しない選挙区では、民主党に協力することで話がついているともいわれている。新党の乱立で『死に票』が増えるから、民主党はますます優位に立つことになります」


日刊ゲンダイ 2010-04-23

邪(よこしま)な結婚


「だが、彼らは屑ではない。女役者にだって名誉もあれば貞操もある。しかし、野心を満足させるために自分を売る貴婦人、結婚という形で、地位と富とりっぱな肩書と引きかえに自分を売りわたす貴婦人には、そいうものはありえない」


【『スカラムーシュ』ラファエル・サバチニ/大久保康雄訳(創元推理文庫、1971年)】

スカラムーシュ (創元推理文庫 513-1)

2010-04-26

いかにして人々を変えるのか?


生徒●世界は冷淡な人、無関心な人、残忍な人でいっぱいです。では、あなたはどうやってこれらの人々を変えることができるのですか?


クリシュナムルティ●世界は冷淡な人、無関心な人、残忍な人でいっぱいです。ではどうやってこれらの人々を変えることができるのだろう? これが君の質問だね? どうして他人を変えることを気にかけるのだろう? 君自身を変えなさい。でないと、成長するにつれて君もまた冷淡な人間になってしまう。君も同じように無関心で、残忍になってしまうのだ。過去の世代は消え去りつつあり、代わって君たちがやって来た。しかしもし君たちもまた冷淡で、無関心で、残忍になるのなら、やはりいまと同じ社会を築き上げてしまう。肝要なことは、【君】が変わること、【君】が冷淡ではなく、【君】が無関心ではないことなのだ。君が、こういうことはみんな古い世代の責任だと言うとき、君は彼らを見、彼らを見守り、彼らを思いやっただろうか? もしそうしたのなら、君は何かをすることになるはずだ。君自身を変え、そしてそれを行為によって試しなさい。そのような行為は、もっとも並はずれたことの一つなのだ。が、私たちは自分自身を別にして、あらゆる人を変えたがる。ということは、実のところ、自分は変わりたくない、他人は変えたいということ、つまり自分は冷淡で、無関心で、残忍なまま、環境が変わってくれ、一方自分はこれまで通り生きていけるようにと願っているという意味なのだ。私が話していることがわかるかな?


【『英知の教育』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1988年)】


英知の教育

2010-04-25

「真実」が「誤り」となる様相


 ジョン・スチュアート・ミルがはるか昔に理解したように、継続的な批判に晒されない真実は、最後には「誇張されることによって真実の効力を停止し、誤りとなる」のである。


【『ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』ノーマン・G・フィンケルスタイン(三交社、2004年)】

ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち

2010-04-24

人類初の核実験


 1945年7月16日、遂に核爆発が起きることになりました。世界初の核実験です。実験場に選ばれたアメリカ南部のニューメキシコ州アラモゴードの砂漠には、高さ30メートルの鉄塔が建てられ、この上にプルトニウム原爆が設置されました。

 そして午前5時半。夜明けの砂漠に、強烈な閃光が走りました。

 290キロも離れた都市ですら、住宅の窓ガラスが割れる被害が出て、大騒ぎになりました。自国民にも極秘にしていた開発プロジェクトですから、アメリカ軍は、アラモゴード航空基地で弾薬庫が爆発したと虚偽の発表をしました。


【『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰(ホーム社、2003年/集英社文庫、2008年)以下同】


 人類初の核実験はアメリカ国民に知らされることもなく隠密裏(おんみつり)に実施された。しかも国家が国民に対して嘘をついたというのだから呆(あき)れる。大統領はハリー・S・トルーマンだった。そして、わずか20日後に広島が攻撃される。その様子はこうだった──


 19458月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾は、広島市上空600メートルで爆発しました。爆発でできた火球は、爆発の1秒後には直径280メートルの大きさに達しました。温度は、爆発の瞬間には数百万度、1秒後の火球の表面温度は約5000度であったと推測されています。小さな太陽が広島上空に誕生したのです。

 直径2キロ以内にある可燃物は、すべて燃え上がりました。

 爆発と共に周囲の大気は膨張して爆風となり、地上を襲いました。爆心地から500メートル離れた場所で秒速280メートルもの爆風が吹いたと推定されています。

 上空で突然発生した火球の下にいた人たちは、爆発の際の高熱で、一瞬にして蒸発してしまったり、大やけどを負ったり、爆風で吹き飛ばされたりしました。

 やけどを負った人々は、皮膚が焼けただれて垂れ下がり、まるで幽霊のような様子になったといいます。被爆者たちは、何が起きたのかもわからないまま、市内をさまよい、川に飛び込んだりして、次々に死んでいきました。


 アメリカは今日に至るまで一度たりとも日本に謝罪していない。人間は正義のために人を殺すことができる。

そうだったのか!現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

2010-04-23

前衛党の無謬神話


マルクス・レーニン主義科学的社会主義である。科学的ということは、正しいということである。ゆえにマルクス・レーニン主義の党は正しい。正しい党が選出したリーダーは、もちろん正しい。リーダーは正しいのだから、その指示や命令によって行われることも正しい。

 命令は科学にもとづいている。それなのに、もしうまくいかないことがあれば、それは内部の陰謀や裏切りでしか説明がつかない。陰謀を摘発しよう。人民のための党を裏切るのは、人民の敵である」

 こうした論理を「前衛党の無謬(むびゅう)神話」と呼ぶこともあります。


【『そうだったのか! 現代史池上彰(ホーム社、2000年/集英社文庫、2007年)】


 無謬とは「謬(あやま)りのない」こと。自らを絶対的な正義と錯誤する姿勢によって、自己を省(かえり)みようとしなくなる。ナルシシズム(自己愛)が肥大すると人格障害傾向が強まる。社会との摩擦を恐れる必要はないが、社会に迷惑をかけても反省することがなければ、そこには明白な独善性が顔を出している。無謬性は幼稚な論理だ。「正しいから正しい」と言っているに過ぎない。教団や党に人間を額(ぬか)づかせる時、そこにドグマが生まれ、人々は隷属させられる。真の強靭さとは「柔らかさ」「しなやかさ」である。硬いものは必ず折れる。とどまったり、後ろへ下がる自由を確保することが大切である。結論を声高に主張する人物よりも、一緒に考える人が偉い。無謬性は、偽善者面(づら)した幹部と善良を装いながら忍従に甘んじている会員の間に構築される。

そうだったのか!現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

2010-04-22

組織は個人の良心を失わせる


 集団のなかの個人の役割が専門家しているときには、つねに、個人の道徳責任が集団の他の部分に転嫁される可能性があり、また、転嫁されがちである。そうしたかたちで個人が自分の良心を捨て去るだけでなく、集団全体の良心が分散、希釈化(きしゃくか)され、良心が存在しないも同然の状態となる。いかなる集団といえども、不可避的に、良心を欠いた邪悪なものになる可能性を持っているものであり、結局は、個々の人間が、それぞれ自分の属している集団――組織――全体の行動に直接責任を持つ時代が来るのを待つ以外に道はない。われわれはまだ、そうした段階に到達する道を歩みはじめてすらいない。


【『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学M・スコット・ペック/森英明訳(草思社、1996年)】


 集団は効率を求めて必ず組織を形成する。機能的には意思統一を図るための連絡・伝達システムとなり、忠誠心に応じた利益を分配することで求心力を維持することが可能だ。時間が経過すると組織内を利害関係が支配するようになる。と共に妥協させられる場面が多くなってゆく。戦闘が泥沼状態と化した軍隊や、国民の血税を湯水のように使う官僚などに良心は全く見当たらない。


 私のもとに最も多く寄せられる相談メールは新聞啓蒙に関するもので、非常識なマイ聖教推進に業を煮やしてはいるものの何をどう言ってもわかってもらえない、という内容が大半だ。現場の幹部が語る「戦おう」という言葉には、「苦しみを分かち合おう」という響きが満ちている(笑)。


 上からは数字だけが命ぜられる。弱い組織帳尻を合わせる必要が出てくる。目標という名のノルマを果たすために強いる金銭的な負担が、多くの学会員を苦しめている。


 新聞啓蒙のトーンが明らかに変わったのはバブル崩壊後のこと。それまでは折伏した際に購読させるのが普通だった。


「正しい」ことをする場合に人は「我慢」をすることがある。「強いて勉める」と書いて「勉強」と読むが如し。しかし、その「我慢」が心を死なせる時、良心のダムは決壊する。西洋では魔女狩りをすることが正しい時代もあった。戦争においては敵を殺すことが正しいのだ。悪徳商法に手を染める会社内では、どんな手を使っても売ることが正しい。


 ナチス高官のアドルフ・アイヒマンは自らの裁判で、「命令に従っただけである」と主張した。この公判時に「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」という有名な言葉を吐いている。


 スタンレー・ミルグラム1963年に心理テスト(アイヒマン実験)を行い、人間が権威に従属する心理メカニズムを立証した。これによって社会心理学が花開く。

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

長い一日


 まだの8時をまわったばかりだというのに、すでに長い一日になってしまった。どこかで子供たちがしい割り算の問題を解こうと悪戦苦闘し、大人は怪我や死を恐れることなく仕事に取りかかり、ティーンエイジャーは言葉を使わない繊細な欲求のダンスを始め、この世に生まれ出た赤ん坊は両親が吸っているのと同じ空気を初めて吸い、魚は餌を追って海流にさからって泳ぎ、そして卑劣な犯人は毛穴にジャネットの血を染み込ませている。

 わたしは叫びたくなったが、それは仕事のマニュアルには含まれない。


【『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド/駒月雅子訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2006年/ハヤカワ文庫、2008年)】


あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

(※左がポケミス、右が文庫本)

2010-04-21

閉ざされている人間


 閉ざされている人間、自分の手で自分の心を閉ざしている人間とは、内部の人間のことである。なぜ内部にいるのか。自分の心が外部から傷つけられるのに耐えられぬからだ。その第一歩は臆病者、あるいは卑怯者であり、これはもっとも低級な種類である。外部から傷つけられぬためのもっとも簡単な経済的な防衛は、自分が外部からすっかり拒否されていると思いこみ、閉め出された状態に身をおくことである。いちばん受身の最小の地点、いちばん弱い地点、それがもっとも巧妙な隠れ場所なのである。


【『内部の人間の犯罪 秋山駿評論集』秋山駿〈あきやま・しゅん〉(講談社文芸文庫、2007年)】


内部の人間の犯罪 秋山駿評論集 (講談社文芸文庫)

2010-04-20

電気コードの火災多発、注意呼びかけ


 電気コードのタコ足配線やほこりがたまっていることなどが原因のいわゆる「電気火災」が、東京都内で毎年およそ1000件起きていることが東京消防庁の調査で分かりました。

 コンセントとプラグの間から立ち上る炎。これは、プラグについたホコリや湿気が原因で放電が起こり、発熱や出火を引き起こす「トラッキング」と呼ばれる現象の実験映像です。

 このほかにも規定以上の電流がコードに流れたり、電気コードが家具などで踏みつけられたりして起こるいわゆる「電気火災」が東京都内では毎年、およそ1000件発生し、火事全体のおよそ18%を占めているということで、東京消防庁が注意を呼びかけています。


TBS News i 2010-04-20


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陸軍中野学校の教育


 小野田寛郎は陸軍中野学校二俣分校で学んだ。本書を読むと、真のエリート教育が行われていたことがわかる。諜報活動における候察とは、「一を見て十を知る」知見のことであった。


 その不安を一段と深めさせたのが、教官の一人、沢山浩一大尉の質問であった。

「諸官らは、この二股の町にきて、まず、何を感じたか」

 沢山教官はさらに次のような質問をやつぎばやに浴びせた。

「この町に軍隊が宿営するとしたら、何個大隊ぐらい収容できると思うか」

「ここの主産業は?」

「この町の性格は?」

「この町からどれくらい食糧が調達できると思うか」

「各町家の平均した間取りはどれくらいだと思うか」

 むろん、私たちに答えられるはずがなかった。みんな、しどろもどろだった。沢山教官は質問のあとでこう言った。

「これらを称して候察(こうさつ)という。軍にとって必要な地図を作るには、さまざまな角度から候察しなければならない。自分はこれから諸官に主として兵要地誌候察を教える。諸官らの目に映(えい)ずる森羅万象、ことごとさようにこれ候察の対象ならざるはなし、というのである」


【『小野田寛郎 わがルバン島の30年戦争』小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉(講談社、1974年/日本図書センター、1999年)】

小野田寛郎―わがルバン島の30年戦争 (人間の記録 (109))

2010-04-19

東京選挙区 大激戦 みんなの党有名人2人で“殴り込み”


 今度の参院選の東京選挙区は大接戦になりそうだ。民主、自民、公明、共産だけでなく、「たちあがれ日本」や「みんなの党」も有名人擁立に動いているからだ。なかでも注目は、このところ政党支持率がウナギ上りの「みんなの党」だ。

 東京でダレを立てるかに関心が集まっていたが、タリーズコーヒー創業者の松田公太氏(41)が立候補する予定であることが日刊ゲンダイ本紙の取材で分かった。松田氏は筑波大卒。旧三和銀行から実業家に転身し、1997でタリーズコーヒー1店をオープンさせ、アッという間に店舗を拡大、2001年には上場を果たしたベンチャーの旗手だ。当時、外食業界の最速上場で、若手起業家の中でもトップランナーとして注目されたものだ。

「本人は、起業の経験も資金もコネもなく、まさにゼロからスタートして成功した。ベンチャー志向の若い人の中には憧れている人も多い。資金もタップリあるでしょう。上場益はもちろん、その後、自身が保有していたタリーズ株を伊藤園に売っているからです。一時、多角化に失敗し、台所が苦しかったようですが、相当の利益を得たはず。今現在は新たな外食産業を立ち上げています」(金融機関関係者)

 しかも、イケメンだから、こりゃあ、“台風の目”になるかもしれない。松田氏のプレス担当者は「そのような話は一切聞いていない」と答えたが、出馬を否定しなかった。民主党もウカウカしてはいられまい。

 もうひとり、「みんなの党」の候補者として名前が挙がっているのは、「おもいッきりテレビ」などのキャスターとして活躍した元日本テレビアナで、現在調布市市議会議員の真山勇一氏(66)だ。こちらは、圧倒的な知名度と人気を生かして、参院比例での出馬が決定的だ。

 3前の市議選では当選ラインをはるかに上回る9346票を獲得し、同市議選としては過去最高得票を得た。バツグンの知名度から6月の調布市長選に出る話もあったが、参院選への出馬を固め、つい最近、自民党の会派から離脱した。真山氏は日刊ゲンダイ本紙に「まだ地元との調整があり、話せる段階ではない」と語ったが、こちらも言外に出馬意欲をにじませた。こんな展開になってくると、自民はいよいよ埋没である。


日刊ゲンダイ 2010-04-16

虚空蔵求聞持法


 もう10年以上前になるが青年部首脳でこれを実践していた人がいた。本当に記憶力がよくなるそうだよ(笑)。


 空海はある山岳修行者から『虚空蔵求聞持法』(こくうぞうぐもんじほう)という密教の秘法があることを教えてもらう。この秘法を身につけることができれば、一度見聞きしたものを忘れることなく完璧に記憶に留めておける力が得られる。

 空海はその秘法を身につけるため、さらなる苦行の道を歩んだ。虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の真言を毎日1万回唱え続けたのである。


【『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』一条真也監修、クリエイティブ・スイート編(PHP文庫、2008年)】

世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本 (PHP文庫)

2010-04-18

インセンティブ


 ソフトパワーの実体が、実は損得という価値観に基づいていることが理解できる。


 インセンティブ(incentive)とは、「動機づけ」とか「誘因」と訳されることが多い。「奨励策」と訳されることもある。インセンティブとは、ある主体から特定の行動を引き出すためのエサ(あるいは則)や、そのエサが与えられる仕組みを指す。個人がある行動をとるためには何らかの理由があるわけだが、その理由にあたるものと考えてよい。


【『戦略的思考の技術 ゲーム理論を実践する』梶井厚志(中公新書、2002年)以下同】


 経済問題で重要になるインセンティブには、大きく分けて価格・金銭によるインセンティブ、法律や制度によるインセンティブ、あるいは習慣や宗教によるインセンティブに分類できる。


 インセンティブが人の行動を決めている、人はインセンティブによって行動しているということは、裏を返せばインセンティブの構造を変えることで、人の行動を変えることができるということであるし、インセンティブの構造を変えない限り人の行動は変わらないということを示唆している。


戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する (中公新書)

2010-04-17

政局ネタ


 政局ネタは以下のツイッターを参考にされよ。松田光世は日本経済新聞の記者上がりで、管直人の政務秘書を務めていた人物。最近は『週刊日』でペンを振るっている。

人と人との出会い


 民は愚かである。そして弱い。虐げられても声を上げず、声を上げた時はいつも手遅れだ。集団や組織は効率を求めて形成される。個人は分業を割り当てられる存在となり、人間は細分化され卑小になってゆく。そして所属、帰属は必ず依存心を育てる。


 現代社会において自己実現とは競争に勝つことを意味する。つまり、我々は競争に依存しているのだ。人々の興味は常に数字に向けられている。与野党議席、企業の売り上げ、視聴率、発行部数、進学率、東大の合格者数、年収から子供の人数にまで及ぶ。もちろん信徒数というのもある。


 人間が細分化されるているのと同様に社会も細分化されており、集団・組織の内側で熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられている。ここで一つの事実に気づく。競争に励む者ほど依存性が強くなっているのだ。


 善悪の判断を誤る──あるいはできない──ことを私は「愚か」と表現する。牧口先生が言ってたように「正義」は「善」ではない。なぜなら、泥棒の世界にあっては物を盗むことが正義であるからだ。国家、社会、組織、集団、部族、教団の数だけ「正義」は存在する。


 善悪をきちんと判断できるのは、辛酸をなめ尽くし、不幸のどん底にいる人々だけだ。このような人々は悪の実体を知悉(ちしつ)しているがゆえに、鋭い眼差しで善を見抜くのだ。そこに人と人との出会いが生まれる。


 長いだらだら坂を下る途中も、例の揺れ動く灯りはずっと宿場の中から見え隠れしていた。揺れ動く灯りは、次第に大きくなり、どうもたくさんの提灯(ちょうちん)の光に似ているという気はした。しかし、今時、宿場で祭などあるわけがなかった。

 宿場脇を流れる川にかかった橋のたもとまで来て、木戸と常夜灯の見えるそこに見たものは、まぎれもなく提灯の百をこえる灯りであり、しかも、それを持って集まっていたのは信じいことだが、宿場の女郎衆だった。小雪のちらつくなか、女たちは土色になった唇を震わせ立っていた。なかには素足のままの者もいた。寒さで青ざめてはいたが、どの娘も、しかし美しかった。宿場女郎はたいてい25歳を数えずに死んでしまう。逃亡を逃れるあまり普段から食を減らされ、連日春をひさぎ、生を呪って若くして死んでゆく。その女たちが、一斉に全員が宿を飛び出し、雷電を迎えるために待っていた。「雷電様、雷電様」と口々に叫び、どの顔も泣くまいとして笑顔をつくって立っていた。百名を越える娘たちのなかには、あの辺りで生まれた者たちもいたに違いなかった。飢えが始まれば、まず牛馬を売り、売るもののない所では娘が売られる。どの娘も飢餓に苦しむ村々から売られてきたに違いなかった。宿場女郎が無断で宿を抜け出せば、ただではすまない。殺されて当然の仕打ちが待っている。一人や二人なら間違いなく見せしめに殺される。しかし宿場じゅうの女郎が意を決して一斉に飛び出せば誰も何も出来はしない。あきらかに女郎屋の主と思われる連中が途方に暮れて女たちを遠まきに見ていた。雷電は橋のたもとで馬をとめ、馬上で大きな手を顔の前に出し、眩しくて見えないという仕種で、娘たちをまず笑わせた。馬から下り木戸をくぐり女たちの持つ灯りの中にその巨人の影が吸いこまれていった。

 ずっとこの寒空、一心に女たちは待っていた。古今最強と謳(うた)われる雷電為右衛門が、一文にもならぬ疫病退治のためにはるばる飢えに苦しむ村へ出かけ、この寒空を戻って来る。その時に、女郎部屋などで白粉をつけ馬鹿な男など相手にしえてはいられない。それこそ死んだ方がマシだったろう。どの顔も痩せ衰えてはいたが、神々(こうごう)しく輝いていた。今日一日、娘たちはずっと富岡の方からやって来る人々に、雷電が今どの辺りを歩いているのかを、逐一聞いていたに違いない。そして暮れ六ツと同時に提灯を手にし、宿を一斉に飛び出した。そしてずっと寒風にこごえながら待っていた。友吉も重太郎も、鍵屋助五郎までもが木戸をくぐるなり娘たちに抱きつかれ、身動きがとれなくなった。助五郎は後にも先にも、あれほど美しい娘たちを見たことはなかった。白粉どころか紅さえひかぬ素顔の娘たちの、泣くまいとして作った笑顔がただ眩しかった。


【『雷電本紀』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(河出書房新社、1994年/河出文庫、1996年/小学館文庫、2005年)】

雷電本紀 雷電本紀 (小学館文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

首相退陣なら同日選も 仙谷氏


 仙谷由人国家戦略担当相は16日の民放テレビの番組収録で、鳩山由紀夫首相が夏の参院選前に退陣した場合の政局について「ダブルで(国民に信を)問う可能性があるというか、論理的にはそうなる」と述べ、衆参同日選挙の可能性に言及した。主要閣僚が首相の進退に言及したことは波紋を広げそうだ。

 発言は米軍普天間飛行場移設問題の混迷などで政権運営が行き詰まった場合を想定したもの。仙谷氏は、首相退陣の場合は次期首相が衆院の解散・総選挙を行うべきだとの指摘に「言うとおりかもしれない」と肯定した。

 ただ「1年ごとに首相が代わるのは具合が悪い。政党政治に不信感が生まれる」とも指摘。「日本で初めて選挙を経て政権交代した。何とかしのぎ、日本が直面している大きな課題を一つ一つ片付けていくことで信頼を取り戻さないと(いけない)」と、鳩山政権を支える考えを示した。


どうしんウェブ 2010-04-17

2010-04-16

民主幹部、参院選で「公明票に期待」


 民主党幹部は15日夜、都内で記者団に対し、夏の参院選について、「衆院議員と違って参院議員は支持率(低下)を気にしない。(支援)組織の重要さを知っているからだ。(参院選勝利には)あとは民主党幹事長室でどれだけ業界票を持ってくるかと、公明票だ」と語った。


産経ニュース 2010-04-15

視覚という世界


 マイク・メイは3歳で失明し、46歳で視力を取り戻した。見るという行為は受動的なものと考えている人が多いが実は違う。視覚は触覚と連合しており、幼児期に数年かけて脳内でシナプスが結び合う。このため後天的に視覚を得た人は、目に映るものを理解することができない。見るという行為が「読み解く」営みであることが理解できる。そしてまた「見る」ことは残酷な世界を知ることでもあった。世間とは差別の義である。


 しばらくすると、目の前の歩道の上に、白と茶色の物体が放置してるのが目に入った。立ち止まって考えてみた。このような物体が唐突に路上にあるというのは、ここがきちんとした町のきちんとした通りではないということだ。通行人が誰も気にとめる様子がないということは、これはゴミにちがいない。そう判断すると、白と茶色はもはや単なる物体でなくなり、メイの内側で一つの感情を生み出しはじめた。その物体が風に吹かれてはためく様子は無神経に思え、その色は生気に欠け、その存在自体がまちがっているように見えてきた。いまその物体は紛れもないゴミに見えた。そのときまで見たことのないものに見えはじめた。吐き気がした。(中略)

 今度は、ジョシュ(盲導犬)が歩道の上のなにかをよけようとする仕草をした。メイの目には、大きな暗い影か、大きなゴミ袋のように見えた。そのあたりは、ゴミ袋が路上に散らかっていても不思議でない一画だった。もう少しよく見ようと思ってしゃがみ込んだ。物体の中央に人間の腕と脚の形をしたものがあるのに気づき、心臓がドキンとした。腕の上に目をやると、首が見え、次に頭が見えてくる。頭の中で急速に映像が形をなしはじめる。これは人間だ。ホームレスの人が横向きに丸まって寝ているのだ。顔を見ようとしたが、やはり人間の顔はよくわからない。腕と脚に目を戻す。喉がぐっと締めつけられて、目に涙がたまってくる。目が見えるようになってからずいぶんたくさんの腕と脚を見てきたが、それは一つ残らず動いていて、なにかを表現したり、持ち主をどこかに導いたりしていたのに、この人の腕はなにも語っていなかったし、脚はどこもめざしていない。微動だにせずただそこに横たわり、こっちをにらみ返している。その夜、この人物がいくらかでも通行人の目に触れずに過ごせるようにとメイは願った。その人が服を体に巻きつけていることは見てわかったが、こんなにむき身の無防備な姿で路上に横たわっているところを世界の人々に見られずにすむようにと、願わずにはいられなかった。

 ジョシュのハーネスを引き、メイは歩きはじめた。あふれ出る涙を押し戻しながら歩いた。クリックまであと数区画。落ち着きを取り戻すまでに与えられた時間はあまりに短かった。いま見たばかりの路上の人のことしか考えられなかった。ホームレスの人たちのことは、知識としては知っていた。しかしこれまではまわりの人に守られていたおかげで、そういう人たちに直接遭遇する機会がなかった。目を閉じて動揺を静めようとしたが、さっきの人の姿がますますくっきりと脳裏に浮かび上がるだけだった。


【『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン/池村千秋訳(NTT出版、2009年)】

46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生

2010-04-15

砂漠に緑を取り戻した男


 中村哲NPO法人ペシャワール会のアフガニスタン代表を務める人物。既に四半世紀以上にわたってアフガニスタンの復興支援に従事している。我が子を10歳で喪い、彼(か)の地が紛争に見舞われても中村の志が変わることはなかった。


 カエルの声がかしましく、トンボが舞い、小魚が清流に群れている。アメンボが水田の中で軽やかに跳ねる。小魚を狙って鳥たちが上空を舞う。牛や羊たちが涼を求めて水辺にたむろする。懐かしい。生きとし生けるものの命の躍動だ。砂漠が水郷に激変する奇跡を目の当たりにして、静かな感動が初めて湧き上がってきた。

 そうだ。これを待っていたのだ。着工からまる2年。アフガニスタン空爆と「アフガンいのちの基金」設立から3年半、私は総てに優先して事業の先頭に立ってきた。そのために失ったものも少なくなかった。子供と姉の死の際も、まともに世話ができなかった。多くの恩人や友人たちにも不義理をした。職員たちを叱咤し、多数の日本人ワーカーを厳しく指導した。過酷ともいえる現場指導で、あるいは他に耳をかさぬ私の頑迷さによって、失意のうちに現地を去った者もある。

 だが今、目の当たりにする光景は、一つの奇跡である。「有り余る恵みが人知を超えて準備されている」という確たる事実は、ここにある。それは同時に、人の心を和ませ、平和を実感するものである。


【『医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む』中村哲〈なかむら・てつ〉(石風社、2007年)】

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む


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2010-04-14

武田邦彦「人間は教育をするほど悪くなる」


 私はその後、偶然の機会があって大学に移り、教育を志すようになった。

 そこで第一に感じたことは「人間は教育をするほど悪くなる」ということだった。頭の良い人、知識のある人は総じてたちが悪い。そうでない人は、ズルはするが根本的には人柄が良い。これまで我慢をしてきているからそれだけ人格が磨かれているという印象を受けた。(中略)

 知識が付き、教育を受けると、一般的に「利己的」になる。しかしそれと同時に「利己的ということを隠す技術」を学ぶ。だから見かけは利己的には見えない。衆議院議員が「国民の為に一切を投げ出す」等と言うのと同じだ。庶民はそんな歯の浮くような事は言えない。

 次に、知識が付くと「惻隠の情」を失う。相手の悲しさがわからないのだ。環境関係ではそういった例が多く、インテリの住む杉並区の住民は自分たちのごみを江東区が引き受けないと言ってもめたことがあった。

 教育とは何だろうか? 公的には「人を人たらしめる」とされているが、それなら「人」とは利己的で相手をやっつける存在ということになる。その上、「教養教育」というのがある。ほとんどがヨーロッパの学問を学ぶのだが、それがまた人を悪人にするのだ。

 16世紀からの世界はヨーロッパの知識人が世界中の人を奴隷にした歴史であった。世界のほとんどの国がヨーロッパ人の植民地となって苦しんだ。ヨーロッパの人は教養は高かったが有色人種を人間とは見ていなかった。日本人のことは「サル」と呼んだ。

 ベートーベンの素晴らしい音楽、カント哲学、そしてピカソの絵画すらも圧迫された民族の血塗られた楽譜やキャンパスの上に書かれているのだ。


武田邦彦中部大学教授)】


環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks) 環境問題はなぜウソがまかり通るのか2 (Yosensha Paperbacks)


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殺人鬼を殺すことは罪になるか?


 このような本質的な「問い」と「答え」にこそ真の宗教性がある。対話とは問答であり、より重要なのは「問い掛け」である。偉大な「問い」は、万人をして人生の深い部分へと誘(いざな)う。学会組織で見受けられる質問は、「どうすれば○○ができるでしょうか?」といった功利的・技術的なものが殆どである。多くの学会員が損得という経済性で動いていることが明らかだ。成果主義に毒された帰結といえよう。ま、実態は質問すら出ないという有り様だ(笑)。幹部からも嫌な顔をされるしね。


問●「たとえば、解放されている殺人鬼がいて、私の中にその殺人行為をやめさせるために彼を殺そうという力があったならば、どうしたらよいでしょうか?」


K●では、すべての先入観、統治者、暴君を殺しましょう。そして隣人も、あなた自身も!(笑) いえいえ、笑いごとではありません。わたしたちは、その暴力の一部分なのです。わたしたちは、自分たちの暴力で現在の社会に貢献してきたのです。だがわたしたちはそのことにはっきりと気づいていません。わたしたちは少数の人びとを殺したり体制を押しのけたりすることによって、全問題を解決しているのだと思い込んでいます。いままでの物理的革命(フランス革命や共産革命など)は、すべてそのようにしてその官僚政治や暴君制を終わらせてきました。

 みなさん、いままでと違う生き方をするとは、他人の為にではなく、自分自身の為にそれをやるということです。なぜならば、“他人”とは自分自身であり、自分自身だけが存在するのであって、“われわれ”も“彼ら”も存在しないからです。このことを理論的、知的にではなく、実際に全身で気づいたならば、今までとは完全に異なる結果を持つ総合行為と、体制をつくり変える必要のない新しい社会構造があり得ることがわかるでしょう。


【『英知の探求 人生問題の根源的知覚』J・クリシュナムーティー/勝又俊明訳(たま出版、1980年)】


英知の探求 人生問題の根源的知覚

2010-04-13

キリシタンの殉教


 宗教五綱は思想が広まる様を社会科学的に捉える視点であるが、江戸時代にキリスト教が受け入れられた歴史的事実を振り返ると、結局は「人の振舞」(1174頁)に尽きることが明らかだ。また多くの民衆が信仰する契機が「宗教的奇蹟」にあることも共通しており、病気を克服する思想性と具体性とが宗教に求められていることがわかる。


 板倉(勝重)は、「生来温厚寛仁の人」だった(『イエズス会日本報告集』)から、彼らをすべて放免するつもりだった。しかし(徳川二代将軍)秀忠は、牢にいる全員を火焙りにするように命じた。(中略)

 処刑される予定のキリシタンたちは、殉教できること、それがキリストと同じ十字架上の死であることを喜んだ。

 板倉は、キリシタンたちがあまり苦痛を感じないで死ねるように、大量の薪を用意した。(中略)

 そして、52人の者が背中合わせに2人ずつ十字架にかけられ、薪に火がかけられた。そのときのキリシタンたちの様子は次のように書き留められている(『イエズス会日本報告集』)。


 大人の眼にも顔にも驚くばかりの喜びが輝き、死も苦痛も感じていないように思われた。異教徒までが殉教者の不動の比類ない忍耐を認め、少しでも身体を傾けて炎を避けようともしなければ、四肢(しし)を縮ませて苦痛を表しもしないのを認めた。


 こうして、52人の殉教者が新たに生まれた。見物した者たちは、しばらくはこの殉教の話でもちきりだった。

 支配的な意見は、「キリシタンは頑固な頭を持った輩である。彼らは強情を貫き通し訳もなしに生命を捨てている。しかし彼らの精神や極刑をも耐え忍ぶその比類ない勇気に至っては、どれほど感嘆し称賛してもしきれぬほどである」というものだった。

 キリシタンたちの死を恐れない勇気を、信仰の差を越えて多くの人が感心し、称賛したのだった。


【『殉教 日本人は何を信仰したか』山本博文(光文社新書、2009年)】

殉教 日本人は何を信仰したか (光文社新書)

2010-04-12

幼児虐待


 家庭では、親がその気になれば、子どもに苦痛を与える機会がいくらでもある。


【『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット/真喜志順子〈まきし・よりこ〉訳(ソニー・マガジンズ、2005年/ヴィレッジブックス、2007年)】

囚われの少女ジェーン―ドアに閉ざされた17年の叫び (ヴィレッジブックス)

2010-04-11

「命を惜しまなければいけない」時代


 私は戦場での30年、「生きる」意味を真剣に考えた。戦前、人々は「命を惜しむな」と教えられ、死を覚悟して生きた。

 戦後、日本人は「命を惜しまなければいけない」時代になった。何かを“命がけ”でやることを否定してしまった。覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが、死を意識しないことで、日本人は「生きる」ことをおろそかにしてしまってはいないだろうか。


【『たった一人の30年戦争』小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉(東京新聞出版局、1995年)】

たった一人の30年戦争


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2010-04-10

ペリー・ショックが日本国民を精神分裂症にした


 ペリー・ショックによって惹き起こされた外的自己と内的自己への日本国民の分裂は、まず、開国論尊王攘夷論との対立となって現われた。開国は日本の軍事的無力の自覚、アメリカをはじめとする強大な諸外国への適応の必要性にもとづいていたが、日本人の内的自己から見れば、それは真の自己、真実の伝統的日本を売り渡す裏切りであり、この裏切りによって、日本は自己同一性の喪失の危険にさらされることになった。この危険から身を守るためには、日本をそこへ引きずりこもうとする外的自己を残余の内的自己から切り離して非自己化し、いいかえれば真の自己とは無関係なものにし、内的自己を純化して、その回り(ママ)を堅固な砦でかためる必要があった。(中略)そこで、不安定な内的自己を支える砦としてもってこられたのが天皇であった。


【『ものぐさ精神分析』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(青土社、1977年/中公文庫、1996年)】


 外敵を知らなかった日本は、それまでナルシシズムに満たされた幼児のような世界観しか持ち得なかった。そして黒船という暴力によって無理矢理外の世界へ引きずり出された。日本人の精神分裂傾向は現在にまで受け継がれている。欧米には額(ぬか)ずき、アジアを蔑視するのがその証拠だ。分裂した自我は精神をコントロールできない。統合失調症という病気は自分以外の何者かに支配されている症状(幻聴、幻覚)が現れる。


 三類の強敵は見方を変えれば、社会と融合する段階を示していると考えることも可能だ。なぜなら、対立関係を止揚することなしに広宣流布はあり得ないからだ。こう考えると言論問題、第一次宗門問題において創価学会鎖国状況を解いていなかったように思える。世間の人々が共感を示したのは第二次宗門問題における葬儀の簡素化や、聖職者vs信者という構図であった。


 ただし宗教政党である公明党を取り巻く状況はさほど変化していない。情報公開の時代の流れに逆らうような不透明性が拭えないためだ。党人事、議員選出の透明化が求められよう。また、政権与党入りしたことが、我々学会員を無理矢理成熟へと促したが、世間の反応は逆方向へと動き、「権力と手を結んだ宗教政党」と見られてしまった。

ものぐさ精神分析 (中公文庫) 続 ものぐさ精神分析 (中公文庫)

2010-04-09

型にはまった思考


 われわれが生活と呼ぶ不断の戦いにおいて、われわれは自分たちが育った社会、それが共産主義社会であれ、いわゆる自由社会であれ、それにしたがって行動の基準を確立しようとする。そして、ヒンズー教や回教もしくはキリスト教、あるいはわれわれがたまたま関係する他の宗教といった伝統的存在の一部としてその行動基準を受けいれるのである。また、何が正しい行為で何が間違った行為であるか、そして何が正しい思想で何が間違った思想であるかを誰かに教わり、それを一つの絶対的基準として遵奉するが、その場合、すでにわれわれの行動と思考は型にはまったものになり、あらゆるものに対して機械的な反応しかできなくなる。このことは、われわれ自身の中にきわめて容易に見出すことができるのである。

 何世紀もの間、われわれは学校の教師や権威者、書物や聖者の教えによって育て導かれてきている。われわれはいう、「あの丘や山や陸地の向うには何があるのでしょうか、本当のことを全部教えて下さい」と、そして彼らから与えられた説明に満足し、教えられたとおりに生きてゆく。だが、その人生は浅薄で、しかも空虚なものにすぎない。われわれはそこで、哀れな中古品(セコハン)人間になりはてる。自分の性向と傾向にしたがうか、あるいは境遇や環境に強制されて、その教えられた言葉を固守して生きてゆくだけである。われわれ人間はあらゆる種類の存在の影響によって生みだされた産物であって、何一つとして新しいものはわれわれの中には存在しないし、われわれ自身で発見したもの、独創的で清新で明確なものは何一つ存在しない。


【『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ著、メリー・ルーチェンス編/十菱珠樹〈じゅうびし・たまき〉訳(霞ケ関書房、1970年)】

自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法

2010-04-08

十字軍遠征はルネサンスの淵源となった


 歴史を実際に動かしているのは暴力と富の力である。今月の課題図書を読んでもそれが明らかだ。


 こうして、聖地の回復という意味では、十字軍運動は成功とはいえませんでした。しかし、7回以上にもおよんだこの大遠征で、ヨーロッパ人は、イスラム世界との交易の筋道をつけることに成功しました。また、当時、自分たちのそれよりはるかに高いレヴェルにあったイスラム世界の文化、とくに、医学や科学の技術をすすんで取り入れることにも、成功しました。西洋近代の科学の基礎は、こうして築かれたのです。のちに「ルネサンス」とよばれるヨーロッパ近代の開始をつげる大きな文化運動は、このことがきっかけで起こったともいわれています。


【『砂糖の世界史川北稔(岩波ジュニア新書、1996年)】

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

2010-04-07

7.11


「ダブル選挙になるのでは?」という噂が各所で散見される。

新しいものは常に謀叛である


 諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と看做されて殺された。諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である。


【『日本の名随筆 別巻91 裁判』佐木隆三〈さき・りゅうぞう〉編(作品社、1998年)】

裁判 (日本の名随筆)

2010-04-06

秋谷×小沢会談


 日経新聞電子版によれば、「『秋谷さんと小沢さんが会ったという報道がありますが、どうして会ったんですか』。学会本部には会員からの問い合わせが殺到した」とのこと。


 まだ、「まともな会員」がいるようで私は少しばかり安心した(笑)。両サイドとも会談を否定してると報じられているので、学会本部は「そうした事実はありません」とでも答えたに違いない。


 疑問を抱く会員と、何とも思わない会員とがいる。あと、わかったフリをしている連中も。そして会員に対して平然と嘘をつく本部職員と、嘘を本部職員に命じる指示系統が存在する。


 明らかな事実を静かに見つめれば、答えは自ずから出る。


「民衆を利用する」一切と戦え。騙されるな。

ダメ人間


 自分のことを「ダメ人間」と思っている人は決してダメ人間ではないのです。どうしてかというと、ダメである自分を外側から観察しているもう一人の自分がいるからです。もしほんとうのダメ人間ならば、自分がダメであるということに気づきません。


【『インテリジェンス人生相談 社会編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)】

インテリジェンス人生相談 [個人編] インテリジェンス人生相談 [社会編]

2010-04-05

牧師は寄生虫である


キリスト教会の内部紛争に心を痛めている(※電話相談)


佐藤●それから教団の本部だって、今、内部では旧日本キリスト教会系、つまり長老派系の力が強いんだけどね、そんなにケンカができないから。だいたい、牧師なんかは基本的にどういう職業かといえば、人のお賽銭で食っている寄生虫なんです。「お前らは社会の寄生虫なんだ。そこをちゃんと自覚した上で仕事しろ」という話でね。だから同志社教会は、「同志社教会の連中が出すカネに寄生して牧師は生きている。だから宿主である、血を提供しているところの信者たちがそれでいいと言っているんだから、外部からガタガタ言うな」と言えばいい。ものすごい下品な言葉で、教会の上のほうを脅せばいいんです。そうしたら、牧師たちというのはみんな怖いの嫌いですから、ひゅるひゅるといった感じで、おとなしくなっちゃうからね。「けっ」という感じでやっておけばいいと思う。ただそこで重要なのは、聖餐式というのはただの形だけで紛争するんじゃなくて、やっぱりイエス・キリストを信じることによって救われたんだという確信を持っていないといけないわけね。


(中略)


佐藤●そういうことをちゃんとしないと、神学的に弱くなってくるでしょ。キリスト教神学の要である、キリスト論が弱くなってくると、行政的な手法によって、教会を統治しようとするんですよ。それはやっぱり、信仰の弱さなんです。


【『インテリジェンス人生相談 個人編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)】

インテリジェンス人生相談 [個人編]

2010-04-04

言葉の力


 この年になって、Tha Blue Herbにハマっている。それも完全にだ(笑)。札幌平岸発だぜ。私が高校生の頃、1年間ほど通っていた地下鉄駅だ。会合で話す時はこのスタイルにしようかなあ、と思案中だ(笑)。


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【渋谷区宇田川町のレコード店「シスコ」が閉店した時のゲリラライブ】


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STILLING STILL DREAMING

う=ん?


 これらの語では、「う」と表記されている部分が、くせものなのです。平安時代では、撥音表記が確定していません。撥音に該当する部分を表記しなかったり、「む」や「う」で表記したりしています。ですから、「ちう」「こうこう」「ちりう」の「う」が、現在の「ん」の音に近い音を表わしていた可能性が大きいのです。


【『犬は「びよ」と鳴いていた 日本語は擬音語擬態語が面白い』山口仲美〈やまぐち・なかみ〉(光文社新書、2002年)】


犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い (光文社新書)

2010-04-03

与謝野新党 政界の流動化が加速か 背後に小沢氏の影?


 自民党の与謝野馨元財務相がついに新党の立ち上げを決意した。すでに鳩山邦夫元総務相ら6人が次々と党を離れ、舛添要一前厚生労働相ら不満分子を抱えたままの自民党。今回の新党構想には、与党・民主党の小沢一郎幹事長の影もちらつく。与謝野氏の今回の行動は、野党・自民党の致命傷となるのか。約3カ月後に迫った参院選をにらみ、政界の流動化も予感させる。

 自民党の谷垣禎一総裁は与謝野氏が求めた執行部一新を拒否した。これが“決起”の大義名分を与えたのは間違いない。

 党内には「参院選を今の体制で戦えるのか」という不安が渦巻いているが、「民主党の支持率が急落する中、党内のゴタゴタは敵を利するだけ」(ベテラン)との意識も作用し、党内のマグマはかろうじて抑えられている。

 与謝野氏がこの時期に行動を起こすのも、自らの離党・新党立ち上げが及ぼす参院選への影響を最小限に食い止め、民主党に党勢回復のスキを与えないため−との見方がある。

 ただ、真の狙いは別にあるとの指摘もある。

 3月28日に投開票された神奈川県逗子市議選の結果が与野党の国会議員に衝撃を与えた。トップ当選したのはみんなの党公認候補。その得票が1人で2371票だったのに対し、自民党公認の2候補の得票総数は2586票。民主党公認候補も2人で2604票。みんなの党の躍進ぶりを如実に示していたからだ。

 昨夏の政権交代により民主、自民両党による本格的な二大政党時代が訪れたかにみえた。だが、新政権はことあるごとに迷走。下野した自民党も国民の信頼回復にはほど遠い状況だ。

 そうした状況下で無党派層を中心に「第三極」を求める声が高まりつつある。みんなの党はその唯一の受け皿となりつつある。

 与謝野新党が結成されれば、こうした「第三極」の一翼を担うことになるが、みんなの党の支持層は民主党支持層と重なるのに対し、与謝野新党は保守色の強い自民党支持層が基盤になる公算が大きい。

 そうであるならば、与謝野新党で支持を失うのは自民党であり、民主党の支持率にはさほど影響しない。さらにみんなの党も打撃を受ける。

 そこで、指摘されるのが与謝野氏の「囲碁仲間」である小沢氏の存在だ。

 参院選の改選2人区での2人擁立方針をとる小沢氏だが、最も警戒しているのが2人区でのみんなの党の動向だ。状況次第では、民主候補は共倒れの危険性が高まる。与謝野新党で得するのは実は民主党なのかもしれない。

 参院選を前に交錯する与野党の思惑。これにもし首相候補としてナンバーワンの人気を誇る舛添氏が動きに加われば、政界は一気に緊迫する。その舛添氏は2日、鹿児島市内で参院選の自民党公認候補の会合に出席し、こう宣言した。

「参院選で民主党が過半数をとれば、自民党、日本の保守が終わる。ありとあらゆる手段を使って過半数を渡さないようにする」


産経ニュース 2010-04-03

政界再編含み 政局は5月「最大のヤマ場」へ


 2月26日、公明党の支持母体である創価学会の秋谷栄之助最高指導会議議長が民主党の小沢一郎幹事長輿石東参院議員会長と東京・紀尾井町のホテルニューオータニで会談した。

 会談は秘密裏に開催されたかのように報じられているが、実はそうではない。会談が始まる前からホテルのロビー周辺には、多くのマスコミ政治部記者がうろつき、会談の現場を押さえようと血眼になっていた。つまり、会談があるという情報は、事前に漏洩していたのだ。そもそも国会議事堂からほど近いこのホテルは、政界関係者やマスコミの目を避けて誰かと会うには不向きであり、この会談は、あえて見せるために開かれた可能性がある。民主党の「反小沢系」議員の一人は、「会談は、民主、公明両党の蜜月の始まりを学会信者や民主党支持者に知らしめるセレモニーの意味があった」と指摘している。

 民公接近にみられるように、2月から3月にかけてこれまでの政界の枠組みを超えた新しい動きが広がりつつある。これは民主党の失速と関係がある。

 鳩山内閣の政策的な迷走と民主党のトップ二人を巻き込んだ「政治とカネ」の問題で民主党は一時の勢いを急速に失いつつある。民主党にとって、さらに大きな衝撃だったのは、2月21日投開票の長崎県知事選など地方選挙での相次ぐ惨敗だった。昨夏の衆院選のような民主党の勢いは衰えたとは言っても、これまでは多くの政界関係者が、それでも今夏の参院選では民主党が勝つことを想定してきた。「支持率は落ちても、実際の選挙では民主党の方が自民党よりまだ強い」(親小沢系若手議員)とも言われてきた。だが、一連の地方選の結果は、支持率という統計上の数字だけでなく、実際に民主党が退潮傾向にあることを目に見える形で示した。多くの人が信じていた参院選での民主党の勝利はもはや確実なものではない。鳩山政権をめぐる政治情勢は大きく変化したのだ。


『フォーサイト』2010年4月号

先進国ほど農業が発展している


 今、世界的に見ると農業というのは先進国ほど発展しているんです。フランスしかり、アメリカしかり、カナダしかり、オーストラリアしかり、ニュージーランドしかりです。

 日本の農業が弱いというのは私に言わせると円が強過ぎるせいなのです。円が強過ぎるがゆえに外国の農産物が安く買えて競争力がなくなってしまったのです。(中略)また円が強過ぎるがゆえに外国米がどんどん入ってきます。円が弱くなれば農業は回復する。農業が回復するということは経済学的にどういうことかっていうと、日本人が中国の農地を売って、日本の農地を買い戻すということなのです。


【『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』藤巻健史〈ふじまき・たけし〉(光文社新書、2003年)】

藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義 (光文社新書)

2010-04-02

学会・公明党囲い込みの布石か 矢野絢也氏の息子が仙谷氏秘書に


 法廷闘争に及んで創価学会と袂を分かった矢野絢也元公明党委員長の息子の清城氏が、民主党の仙谷由人国家戦略担当相の公設第二秘書に登録された。清城氏の名は創価学会二代目会長・戸田城聖氏から一字をもらったもので、名付け親は池田大作名誉会長と言われる。創価中学・高校を経て一橋大学を卒業、早くから学会を担う人材として期待されていた。

「就職先がみつからずぶらぶらしていた清城氏を、父親と旧知の仙谷氏が公設秘書として面倒をみることになった。秘書登録は昨年11月だったが、ハレーションを懸念して伏せられていた。最近になって国会便覧にも名前が掲載され、明るみに出た」(仙谷氏周辺)

 創価学会サイドからは「民主党が反学会の象徴として清城氏を参院選に出馬させるのではないか」などという声が漏れるが、折も折だ。公明党は自民党との決別を鮮明にし、民主党との連携に舵を切り始めている。このため、民主党ベテラン議員は「小沢一郎幹事長が学会・公明党を取り込むために、清城氏を『人質』として矢野氏と親しい仙谷氏の秘書に押し込んだ」と指摘する。民主党はこのところ、学会批判を抑えている。


『選択』2010年4月号

茂木健一郎の新著


田原総一朗責任編集 2時間でいまがわかる!アタマがよくなる勉強会


まえがき


 人間の脳というのは、大脳皮質だけでも百数十億の細胞がある。ところが、その数は生後2か月でほぼ確定してしまう。それ以上増えないから、20歳を過ぎると脳細胞は少しずつ死滅していく一方になる。だから、私たちは忘れることがだんだん早く、多くなっていく。年月を重ねるとともに脳の回転は鈍くなり、アイデアも出なくなっていく。

 これが、いままでの“常識”だった。この常識にしたがうと、もうすぐ後期高齢者2年目に入る私などは、生きている価値もなくなる。だが、七十数年生きた私は、どうもこの考え方は違うのではないか、と思っている。

 たとえば、日本では偏差値が頭のよさを示す指標の一つとされる。だが、偏差値の高い大学を卒業した者と、さほど高くない大学を卒業した者の差は、ほとんどない。偏差値が高くない大学を出た人物も、大学すら出ていない人物たちも、大勢活躍している。私よりずっと年上なのに、若者たちを驚かせるような斬新なアイデアを連発する人もいる。

 私は人と会うことが仕事で、唯一の趣味とすら思っているが、彼らは脳に関する常識や俗説がまったく当てはまらない人物たちばかりのような気がするのだ。

 では、頭がよいとか、脳が活発に働くとはどういうことか? 年を取っても頭はどんどんよくなるのだろうか? そんな脳に関する疑問がどんどんふくらんでいったとき、脳科学の第一人者で、脳ブームの火つけ役でもある茂木健一郎さんに会った。

 茂木さんは、のべ10時間におよんだ対話のなかで「誰の脳でも鍛えれば鍛えるほどいい脳になる。これは筋肉を鍛えるのと同じだ」と指摘し、「脳は冗長性や代償機能があり、工夫次第でいくらでも若返る」とも言った。そんな言葉に、私はとても勇気づけられた。

 これは読者も同じに違いない。学生もお年寄りも、ビジネスマンも家庭の主婦も、すぐに始めることができる脳を鍛えるコツや勉強法、さらには脳を活かす生き方を、茂木さんは熱く語ってくれた。誰でも一読すれば、俄然ヤル気が出てくるはずだ。脳についての最新かつ決定版ともいうべき対談本ができあがって、私はたいへん満足している。

 なお、本書をまとめるにあたっては、アスコムの高橋克佳、小林英史、ジャーナリスト坂本衛の諸氏の絶大なる協力を得た。感謝の意を表して筆をおく。


 2010年3月 田原総一朗

少数精鋭が大軍を破る


 マケドニアのアレクサンダー大王は3万6000で20万のペルシャ軍を、漢の韓信は5万で20万の趙軍を、ローマのユリウス・カエサルは5万で35万のガリア軍を、北条氏綱は8000で8万の関東菅領軍を、毛利元就は5000で3万の陶勢を、織田信長は4000で2万5000の今川勢を撃破し、楠木正成はわずか500で鎌倉幕府軍20万を手玉に取った。

 兵隊の多い少ないは、戦争の勝ち負けを決める多くの要素のうちの一つでしかない。

 有能な指揮官は兵力以外の「勝てる要素」をいくつも見つけ出し、それを徹底的に活用したのである。


【『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ』廣宮孝信〈ひろみや・たかのぶ〉(彩図社、2009年)】

国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ

2010-04-01

神崎公明元代表が議員辞職 遠山氏が繰り上げ当選へ


 公明党常任顧問の神崎武法元代表(66)=比例九州=は1日の中央幹事会で、衆院議員を辞職すると正式表明し了承された。この後、横路孝弘衆院議長あてに辞職届を提出した。辞職後も当面は常任顧問にとどまり、山口那津男代表ら執行部を補佐する。

 神崎氏の任期は2013年8月まであり、辞職に伴い、昨年の衆院選比例九州で次点だった同党の遠山清彦元参院議員(40)が繰り上げ当選する。

 辞職の理由は体調不良のほか、参院選を前に世代交代を図る狙いがある。同じく高齢で引退が取りざたされている坂口力元厚生労働相(76)=比例東海=は当面、議員を続ける見込みだ。

 神崎氏は1983初当選、現在9期目。細川内閣の郵政相などを歴任。98年に党代表に就任し2006年まで約8年務めた。99年に小渕内閣で自民、旧自由両党との3党連立政権入りを果たし、約10年間続いた自公連立時代の象徴的存在だった。

 神崎氏は都内で記者団に「政治活動を十分行うには(体調面で)支障がある」と説明。自公連立政権について「自民党との距離感を常に考えながらメリハリをつけるのに大変苦労した」と振り返った。


西日本新聞 2010-04-01

老老介護の一場面


 落ちた家内は、私に背を向けているから、顔の表情はわからない。急いでシャツとズボンに着替え、両脇に手を入れ、起こしにかかった。重くて、抱き上げられない。起きる気持がないのだ。

 二、三度こころみたあと、どうしたらよいか寝間着の裾の方をぼんやり見ていると、静かに流れ出、畳を這い、溜りを作った。

 呆然と見ていたが、これも50年、ひたすら私のため働いた結果だ。そう思うと、小水が清い小川のように映った。

「起きなさい。いま体を拭いてあげるからね」

 気力を奮い立たせ、抱き上げようとしたら、すっぽり抜け、私の脚もとにうずくまった。私の首筋は棒のようで、右にも左にも動かない。肩は石のようになって、力が入らない。起こすのをあきらめ、台所にゆき、湯沸器に点火し、沸くと、ポリ容器に移した。それから家内の体を避け、雑巾で、小水の溜りを拭き出した。すると家内は起上り、ベッドの縁に腰掛けた。

「しめた」と思い、容器の湯を取りかえ、手拭をしぼり、家内の腰から脚の爪先まで拭きはじめた。家内はその私を見ていたが、

「どんなご縁で、あなたにこんなことを」と呟いた。

 私はハッとした。(「どんなご縁で」)


【『一条の光・天井から降る哀しい音』耕治人〈こう・はると〉(講談社学芸文庫、1991年)】

一条の光・天井から降る哀しい音 (講談社文芸文庫)