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2010-05-08

唱題行と悟りについて


 やはり何かを感じたら、直ぐに書かないといけませんな。数ヶ月前に読んだテキストだが、温めようと思いながらも結果的に冷めてしまった(笑)。


 日蓮は建長5年に唱題行という新しい修行方法を人々に勧め始めたということは、確実であろうが、その唱題行にどのような宗教的意義があるかを、どのように人々に説明したかは、検討の余地がある。

 法然は、称名念仏だけで極楽往生ができる(専修)と主張し、他の修行方法は末法においては無効である(排他)と主張した。しかし、これは伝統的な天台教学における、称名念仏は機根の低い衆生の低級な修行方法であり、それだけでは往生できないし、ましてやそれ以上の高級な修行方法が無効であるなどということはないという解釈を真っ向から批判したものであった。そのために、異端、邪説として天台宗から批判され、廷からも弾圧された。

 日蓮の真筆や真筆曾存、直弟子写本の文献では、唱題行には不堕三悪道功徳はあるが、六道輪廻を越えるには一分の悟りが必要であるということを述べている。これは唱題行の功徳は、伝統的な天台教学の枠内に収まっていることを、日蓮が認めていることでもある。

 しかし本覚思想文献には、×●『一念三千法門』(×=天台宗批判をしているテキスト、●=本覚思想が濃厚なテキスト)のように、唱題だけで本覚の仏が現れる=成仏する、しかも今生、一生という短い期間で成仏が可能だとする専修思想があり、また、天台宗の観念観法は末法においては唱題より劣るという思想を主張しているが、これは、唱題行以外は末法では無効であるという排他思想に発展する可能性を示している。

 日蓮が法然と同様に専修、排他思想を持ち、天台宗の枠外で、活動したと解釈するならば、初期本覚思想文献が日蓮の著作であると認めてもよいだろう。しかし、日蓮が天台宗の学僧としての立場を対外的には取り続けたとするならば(少なくとも『立正安国論』は天台宗の学僧の立場から主張されていると見てよいだろう)、もし万一、本覚思想文献を他の学僧に閲覧可能な形で表明したならば、日蓮はその二重基準を他の学僧から責められたであろう。

 唯一、初期本覚思想文献を日蓮の著作とする道は、日蓮は多くの弟子達には天台宗の学僧としての立場から、不堕三悪道の功徳がある唱題行を勧め、ごく一部の弟子にのみ、本覚思想により成仏の直道としての唱題行を勧めたという二重基準を持つ秘密主義者日蓮という解釈しか残されていないと思われる。


「『守護国家論』について(1)」宮田幸一


「健全な懐疑」は迷いではない。それは悟りへの扉である。単純な確信は複雑な問題の前に呆気(あっけ)なく崩れ去ることが多い。


 六道輪廻とは本来、バラモン教(古代ヒンドゥー教)の教えでカースト制度を維持するために編み出された詐欺的教義であった。つまりバラモン階級が「お前が奴隷の家に生まれたのは過去世の行いが悪かったからであり、私がバラモンの家に生まれたのは過去世の行いがよかった証拠だ」という論法になる。


 かくの如き奴隷支配の論理をブッダ「空」なる思想で打ち破った。そこには差別の解消と輪廻の超克とがあった。


 仏は苦悩に喘ぐ民衆の生命に感応して現れる。ブッダとは覚者(かくしゃ/目覚めた人)の謂いであり、仏とは悟った人の異名である。その一方で民衆が求めているのは「悟り」ではなく「幸福」となっている現実がある。


 古来、いつの時代にあっても民は愚かであった。階級を支える土台の役目を担わされてきた。虐げられる中で誰もが「幸せになりたい」と願うことは当然のなりゆきといえる。だがその「幸せ」とは多くの場合、「現状からの逃避」であったことだろう。


 仏が悟ったのは真理である。その真理を伝えるには機根を調(ととの)える必要があった。よくよく吟味すれば、「幸せになれる」という言葉には邪(よこしま)な響きがある。「この壷を買えば絶対幸せになれますよ」。


 幸不幸とは概念であり、社会という集団の中に現れる差別相を基準にしている。調機調養(じょうきじょうよう)とは「幸不幸の基準を転換すること」であったのだろう。人生において目指すべきは「安穏」(御書検索:77件)ではなく「成仏」(御書検索:393件)なのだ。


 即身成仏という思想は空海(弘法大師)が編み出したもので、ここから日本仏教における本覚思想が生まれた。しかしながら日蓮が説いた即身成仏、速疾頓成(そくしつとんじょう)、当位即妙、凡夫即極は一念三千から展開しているように思われる。つまり、「仏に成る」から「内在する仏の生命を成(ひら)く」という新しい視点が与えられている。


 信仰とはおしなべて、何かを信じることである。信じる対象は異なっていても、信じるという心理的次元は一緒だ。日蓮は「而るを天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり」(「開目抄」215頁)と指摘しているが、では本尊とは何なのかが問われなければならない。


 戸田城聖は獄中において無量義経に説かれる「三十四の非ず」という一文を身読し、「仏とは生命なり」と開悟した。出獄して自宅へ戻るなり、安置した御本尊をしげしげと見つめ、「確かにこの通りだ」と呟(つぶや)く。とすれば、「本尊とは生命」である。


 日蓮が一幅の曼荼羅に認(したた)めたのは縁起という生命の構図であり、生そのものであったと私は考える。原始仏教の最後の教えが「依法不依人」であったことを踏まえると納得できる。


 何も考えずに行躰即信心を鵜呑みにすると、悪しきプラグマティズムに陥る危険性がある。


 何だかまとまりがつかなくなってきた(笑)。今日はここまで。

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