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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2010-06-30

もっと侍のように勇ましく戦うべきだった


サッカーでは自分の命をピッチの上で失う危険はない。もっと侍のように勇ましく戦うべきだった」(イビチャ・オシム、W杯パラグアイ戦を終えて)

創造か表現か?


 西欧には、数学的真理は数学者が創造したものなのか、それともすでに存在していたものが彼らによって暴かれただけなのか、という論争が昔からある。ラマヌジャンは紛れもなく後者の陣営に属していた。数字とその数学的な関係式は宇宙の成りたちを知るための重要な手がかりだ、と彼は考えていた。新しい定理が発見されるたびに、底知れぬ無限の断片がひとつずつ明らかにされてゆく、と。従って「神についての思索を表現しない方程式は僕にとって無価値である」と友人に語ったときの彼は別に愚かだったわけでも、巫山戯(ふざけ)ていたのでも、洒落(しゃれ)気があったわけでもなかったのである。


【『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル/田中靖夫訳(工作舎、1994年)】

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン

2010-06-29

ビデオ判定


サッカー:ビデオ判定導入、選手協会がFIFAに要求


 国際プロサッカー選手協会(本部オランダ)は28日、国際サッカー連盟(FIFA)に対し、ワールドカップ(W杯)などの重要な国際試合の判定で、審判だけに頼らず、ビデオなど現代テクノロジーを導入するよう求める声明を出した。


毎日jp 2010-06-29


 ビデオ判定を導入した方がいい組織もあるよ(笑)。昨今の風潮は地元組織の多数決原理を重んじる傾向が強く、学会本部は口をつぐんで介入することはない。かような背景があって閉鎖的な組織では平然と村八分がまかり通っているのが現状だ。自衛策を講じる目的で保存された録音、録画情報がネットに流出するのも多分時間の問題だろう。組織の自浄能力を過信する者は、組織の実態を知らないのだ。

ユーモアという武器


 収容所生活を知らない外部の者にとっては、強制収容所の中に自然を愛する生活あるいは芸術を愛する生活があるというがごときことは、それだけですでに驚嘆すべきことのように思われるであろうが、しかしもし収容所にはユーモアもあったと言ったならばもっと驚くであろう。もちろんそれはユーモアの芽のごときものに過ぎず、また数秒あるいは数分間だけのものであった。ユーモアもまた自己維持のための闘いにおける心の武器である。周知のようにユーモアは通常の人間の生活におけるのと同じに、たとえ既述の如く数秒でも距離をとり、環境の上に自らを置くのに役立つのである。私は(中略)一人の同僚の友人(中略)に提案して、これからは少くとも一日に一つ愉快な話をみつけることをお互いの義務にしようではないかと言った。


【『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル/霜山徳爾〈しもやま・とくじ〉訳(みすず書房、1956年/新版、1985年/池田香代子訳、2002年)】

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録

2010-06-28

馬鹿な上官、敵より怖い


 要するに、日本軍の上層部は軍部共同体のメンバーの地位と名誉を守ることに熱心で、共同体の外部にいる下級将校や兵士、ましてや国民のことはほとんど気にかけていなかった。軍隊では「馬鹿な上官、敵より怖い」とよく言われていたそうであるが、これは日本軍の兵士たちの悲痛な叫びであった。

 なぜこういうことになったか。

 ふたたび繰り返すが、それは近代日本軍が兵士は上官の命令に服従するという近代軍隊の組織原理は模倣しながら、無能な上官を排除するというもう一つの組織原理は採り入れなかったからである。


【『歴史を精神分析する』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(中公文庫、2007年/新書館、1997年『官僚病の起源』を改題)】

官僚病の起源 歴史を精神分析する (中公文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-06-27

公明票には浮動層の部分がない


 文中の「先」は先生役の高橋洋一


竹●民主党の支持母体で一番大きなものって何なんですか?


先●会員数だけで見れば、【一番大きいのは自治労。ここは90万人】いる。


竹●あれ? そんなものなんですか?


先●そんなもん。でも、その先にある地方公務員という支持層は、300万人はいる。


竹●えっと、それは大きいんですか、小さいんですか(笑)?


先●支持母体としての規模だけで言えば、決して大きくはない。たとえば、【公明党の支持母体になっている創価学会の会員は800万世帯ぐらい】じゃないかって言われているの。


竹●それと比較すると、民主党の支持母体って、意外に小さいんですね。


先●支持母体という部分だけで見ると、たしかに小さいですよね。でも、【公明党の支持母体がたとえ800万人以上の規模だとしても、この政党の場合は、その先の支持層には期待できない】よね。


竹●宗教法人だから?


先●そう、浮動層の部分がない。その宗教の信者でない人は、ほとんど投票しないからね。でも、民主党の支持母体である【自治労の場合は、その先の支持層として地方公務員300万人の票が期待できるし、自治労が加盟している連合(日本労働組合総連合会)には700万人ぐらいの会員がいるから、そこまでの浮動層を支持層として期待すれば1000万人ぐらいの大きさになる】わけ。


竹●1000万人ですか。これはかなり、大きいですね。


先●でしょ。だから、【日教組だって組合員の数は30万人】くらいなんだけど、その先にある【「子どものいる家庭」という支持層は、2000万世帯くらいある】から。


【『鳩山由紀夫の政治を科学する 帰ってきたバカヤロー経済学』高橋洋一、竹内薫(インフォレスト、2009年)】

鳩山由紀夫の政治を科学する (帰ってきたバカヤロー経済学)

2010-06-26

反戦写真集


 本書の写真を、いまだに戦争をしようと考えているすべての人間に見せよ。見せられてなお大量殺戮行為を良しと信ずる者がいるなら、彼を気狂い病院に繋いでしまおうではないか。私たちは、ペストを避けるように彼を避けようではないか。そうすれば戦争は、国粋主義者、戦争挑発者、国王そして将軍たちだけが他国のそれらを相手に、自らの費用で、自らの責任により行なわれるようになるであろうし、その際何人も、その意志に反して徴兵されることはなくなるであろう。このような戦争なら、すべての平和主義者、すべてのプロレタリアートの歓迎するところであろう。そしていつか、戦争熱狂者たちは勝手に戦争を起こし、互に滅亡し合うことになり、この地球上に平和が、恒久の平和がもたらされることになるであろう。


【『戦争に反対する戦争』エルンスト・フリードリッヒ編/坪井主税、ピーター・バン・デン・ダンジェン訳編(龍渓書舎、1988年)】

戦争に反対する戦争

2010-06-25

人間の責任


 人間は責任を「問われたり」、責任を「逃れたり」します。こうしたことばには、責任を負うまいとする抵抗力が人間にあるという教訓が示されています。そして実際、責任というものには測り知れないところがあります。責任というものを直視すればするほど、その測り知れなさに気づくのです。そしてしまいには、一種のめまいを起こすほどです。人間の責任の本質に沈潜していくと、ぞっとします。人間の責任とは、おそろしいものであり、同時にまた、すばらしいものでもあります。

【おそろしい】のは、瞬間ごとにつぎの瞬間に対して責任があることを知ることです。ほんのささいな決断でも、きわめて大きな決断でも、すべて永遠の意味がある決断なのです。瞬間ごとに、一つの可能性を、つまりその一つの瞬間の可能性を実現するか失うかするのです。さて、その瞬間その瞬間には、何千もの可能性があるのに、そのうちのたった一つの可能性を選んで実現するしかありません。しかし、一つの可能性を選ぶというだけで、いわば他のすべての可能性に対して、存在しないという宣告を下すことになるのです。しかもそれらの可能性は「永遠に」存在しないことになるのです。


【『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル/山田邦男、松田美佳訳(春秋社、1993年)】

それでも人生にイエスと言う

2010-06-24

デレク・シヴァーズ「社会運動はどうやって起こすか」


D


完全教祖マニュアル』にも同じ話が出てくる。これを学術的なアプローチで読み解いているのがネットワーク科学だ。フォロワー=コネクター(ハブ)である。このネットワークが「弱いつながり」であるというのがミソ。

一つの中に全体がある


岡●私がいま立ち上がりますね。そうすると全身四百幾らの筋肉がとっさに統一的に働くのです。そういうのが一というものです。一つのまとまった全体というような意味になりますね。だから一のなかでやっているのかと言われる意味はよくわかります。一つの中に全体があると見ています。あとは言えないのです。個人の個というものも、そういう意味のものでしょう。個人、個性というその個には一つのまとまった全体の一という意味が確かにありますね。


【『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄(新潮社、2004年)】


 これを本末究竟等という。

小林秀雄全作品〈25〉人間の建設

2010-06-23

自分の人生における刷りこみやアンカーを検討する


 ソクラテスは、吟味されない人生は生きる価値がないと言った。わたしたちもそろそろ、自分の人生における刷りこみアンカーをよくよく検討していいころだ。その刷りこみやアンカーがかつてはまったく合理的だったとしても、いまも合理的とはかぎらない。ひとたび昔の選択を考えなおせば、新しい決断に、そして新しい一日の新しいチャンスに気持ちを向けられるようになる。


【『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー/熊谷淳子訳(早川書房、2008年)】

予想どおりに不合理[増補版]

2010-06-22

シンボルと言葉


クリシュナムルティカトリック仏教徒は、聖母マリア仏陀の像を建ててそれらを守りますが、そうするとヴィジョン(幻視)を呼び招いた無意識の、あの同じ未解明の層に、これらの構築物が激しい感動を生み出し、それらを実在物と思い込んでしまうのです。

 かくしてシンボルや言葉が、実在そのものよりも重要になってしまうのです。それらは意識のなかに記憶として残り、意識は、「私は霊的な経験をしたのだから、まちがいがない」と言うのです。言葉と言葉による条件づけとが、おたがいに悪循環のなかで活力を与えあうのです。強烈な感動、エクスタシーの衝撃といったものが反復への願望を生み出し、シンボルが最高の内的権威、あらゆる努力の収斂対象である理想になるのです。ヴィジョンを再び捕捉することが人生の目標、渇望となり、たゆみない規律・手段を伴うのです。しかし思考それ自体が、個人のあるがままの姿とシンボルまたは理想との間にギャップを生み出すのです。このギャップを埋めないかぎり、変容はありえません。あらゆる経験が完全に終わるときにはじめて、変容が起こりうるのです。覚醒した人は経験から自由なのです。しかし誰もが、より深い、より広い経験を求めているようです。われわれは皆、より多くの経験をすればするほど、それだけ自分が生きているのだと確信しています。しかしわれわれは真実を生きているのではなく、シンボルや概念、理想を言葉を生きているのです。われわれは言葉を食べて生きているのです。われわれの霊的な生が絶え間ない葛藤の場となってしまったのは、「パン」と書かれた紙きれを食べている飢えた人間のように、われわれが概念で生きているからなのです。われわれは、事実ではなく、言葉で生きているのです。生のあらゆる領域――霊的なあるいは性的な――で、仕事で、あるいはレジャーで、われわれは言葉による刺激を受けているのです。言葉はそれ自身を、思考および観念へと組み上げるのです。それらはわれわれを興奮させ、そして現実(あるがままの自分)と理想(あるべき自分)とのギャップが大きければ大きいほど、それだけ強烈に自分が生きていると想像するのです。このようにして、われわれは変容のあらゆる可能性を損なってしまうのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-06-21

読む者と文章との関係


 確かに、読む者と文章の関係は、文化によっても、歴史によっても異なる。聖書をはじめとする聖典を文字通り具体的に読むか、解釈を膨らませて生成的に読むかで、多くの人々の人生が変わり、多くの命が失われている。ラテン語の聖書をドイツ語にするというマルティン・ルターの行為は、庶民が聖書を読み、自分なりに解釈することを可能にして、宗教史に重大な影響をおよぼした。一部の歴史学者が言うように、時とともに変化する読む者と文章の関係は、まさに思考の歴史の指標のひとつと考えることができる。


【『プルーストとイカ  読書は脳をどのように変えるのか?』メアリアン・ウルフ/小松淳子訳(インターシフト、2008年)】

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

2010-06-20

師(ブッダ)は人々が目を瞑る漆黒の夜に目を開いた


 人間の暗い夜の面に背を向けたり、目を瞑(つぶ)ったりしては、その暗黒から立ち上がる瞬間の人間の偉大さは分かりません。挫折の深さを知らない人は、勝利の歓びも分かりません。南京大虐殺やアウシュヴィッツのような、「人はここまで残酷なことが出来るのか」ということに目を背けては、それに対して戦った人々の勇気の大きさを、本当に理解できないのではないでしょうか。

「師は、人々が目を瞑る漆黒の夜に、目を開いた」と、ブッダの一人の弟子は師を讃えました。闇に目を閉じず、暗黒を見つめる勇気を持つ人が、太陽の恵みを本当に感謝できるのでしょう。逆に、アナキン・スカイウォーカーのあまりに澄んだ目に、ダース・ベーダの心が宿るのです。

 空虚な明るさ、単純なプラス思考が、どれほど精神をむしばむかは、ここ数年、各種の「自己啓発セミナー」が心に与える影響についての研究や調査が発表されてきたので、それにつれて少し理解されるようになってきました。単純な「プラス思考」「前向き」――これらは、人の心を「多幸(euphoria)」状態に落とし込みます。「多幸」についての精神病理学的な分析については、野田正彰さんの名著『戦争と罪責』(岩波書店)を参照してください。


【『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥〈ともおか・まさや〉(第三文明社、2000年)】

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

2010-06-19

空間世界の座標軸


 しかし、人間の意識は、「私」に中心化された形でしか、空間を経験できないのである。


【『脳と仮想』茂木健一郎(新潮社、2004年/新潮文庫、2007年)】

脳と仮想 脳と仮想 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-06-18

博士の自由な対談 苫米地英人×水道橋博士


 IE以外のブラウザだと観れない場合もあるので要注意。苫米地英人(とまべち・ひでと)は1996年以降に仏教を学び始めた。元々キリスト教の造詣は深い。


 http://www.forestpub.co.jp/ustream/hakase/

 http://www.ustream.tv/recorded/7716988

なぜ、脳は神を創ったのか? (Forest2545Shinsyo 15)

プロセスと結果


「プロセスと結果はどちらが重要か?」という問い。一般的にはプロセス=努力、結果=成功と考えられている。で、他人には結果を求め、自分に対してはプロセスを重んじる傾向が強い。


 この考え方でゆくとプロセスと結果は同じである。なぜならプロセスは結果のための手段となっているからだ。例えば人材育成というプロセスは、【結果を出すため】の手段となる。


 果たして「経験」と「成長」は別のものだろうか? 現在が未来のための手段と化す時、未来は過去の繰り返しとなることを避けられない。そして現在性が失われる。


 仏法で説かれる「即」は現在性である。更に「メタ」(「高次な−」「超−」)を意味する。因果の呪縛を現在性の中で瞬時に解体することが解脱である。

生命の意味についての問いの観点変更


 反対に何の生活目標をも、もはや眼前に見ず、何の生活内容ももたず、その生活において何の目的も認めない人は哀れである。彼の存在の意味は彼から消えてしまうのである。そして同時に、頑張り通す何らの意義もなくなってしまうのである。このようにして、全く拠り所を失った人々はやがて仆(たお)れて行くのである。あらゆる励ましの言葉に反対し、あらゆる慰めを拒絶する彼らの典型的な口のきき方は、普通次のようであった。「私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ」。これに対して人は如何に答えるべきであろうか。

 ここで必要なのは、生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち、人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなく、むしろ、人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的展開が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われたものとして体験されるのである。人生はわれわれに毎日、毎時間、問いを提出し、われわれはその問いに、詮議や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことにほかならないのである。

 この日々の要求と存在の意味とは人毎に変わるし、また瞬間毎に変化するのである。従って人生の生活の意味は決して一般的には答えられないのである。ここで意味される人生は決して漠然としたものではなく、常にある具体的なものである。各人にとって唯一つで一回的である人間の運命は、この具体性を伴っているのである。如何なる人間、如何なる運命も他のそれと比較され得ないのである。如何なる状況も繰り返されないのである。そしてその状況ごとに、人間は異なった行動へと呼び欠けられているのである。彼の具体的な状況はある場合には、彼から積極的に運命を形成する創造的活動を求め、ある時には体験しつつ(享受しつつ)ある価値可能性を実現化することを求め、また時には運命を──既述のように「彼の十字架」として──率直に自らに担うことを要求するのである。しかし、どの状況もその一回性と唯一性とによって特徴づけられているのであり、それは具体的な状況の中に含まれているのである。

 ところで、具体的な運命が人間にある苦悩を課する限り、人間はこの苦悩の中にも一つの課題、しかもやはり一回的な運命を見なければならないのである。人間は苦悩に対して、彼がこの苦悩に満ちた運命と共に、この世界でただ一人一回だけ立っているという意識にまで達せねばならないのいである。何人も彼から苦悩を取り去ることはできないのである。何人も彼の代わりに苦悩を苦しみ抜くことはできないのである。まさに、その運命に当たった彼自身が、この苦悩を担うということの中に、独自な業績に対するただ一度の可能性が存在するのである。


【『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル/霜山徳爾〈しもやま・とくじ〉訳(みすず書房、1956年/新版、1985年/池田香代子訳2002年)】


 これが一念の変革であり、従因至果から従果向因への劇的な反転である。「戦争の世紀」といわれた20世紀を代表する一冊。既に60年以上の長きにわたって読み継がれており、英語版だけでも900万部が発行されている。

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録

2010-06-17

勝者と敗者の違い


1.勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。

 敗者は「私のせいではない」と言う。


2.勝者は勝因は「運が良かった」と言う。たとえ運ではなかったとしても。

 敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。


3.勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。

 敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。


4.勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。

 敗者は問題の周りをグルグル回る。


5.勝者は償いによって謝意を示す。

 敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。


6.勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。

 敗者は妥協すべきでないところで妥協し、戦う価値がない所で戦う。


7.勝者は「自分はまだまだです」と言う。

 敗者は自分より劣るものを見下す。


8.勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。

 敗者は自分より勝るものを不快に思い、粗(あら)探しをする。


9.勝者は職務に誇りを持っている。

 敗者は「雇われているだけです」と言う。


10.勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。

  敗者は「なぜ変える必要があるんだ? 今までうまくいっていたじゃないか」と言う。


Geekなページ

サッカーと戦争


 イギリスとアルゼンチンが戦ったフォークランド紛争時の、有名な逸話がある。

 オジーが〈トットナム〉でプレーしていた1982年の4月2日、アルゼンチン軍4000名が英国領フォークランド諸島に突如上陸。イギリス海兵隊60名を捕虜にする、通称「ロザリオ作戦」を展開した。フォークランド紛争の勃発(ぼっぱつ)である。アルゼンチンはフォークランドを24番目の州として軍政下に置き、イギリスはアルゼンチンと国交を断絶した。

 互いの国民の憎悪は頂点に達したかに見えた。

 しかし、その翌日のFAカップ、対〈レスター〉戦。〈トットナム〉のサポーターはわがチームでプレーするアルゼンチン人にブーイングどころか、最大の敬意を表した。彼らは「オジーがいてくれるなら、フォークランドなんかくれてやる」と記した横断幕を掲げたのだ。


【『蹴る群れ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(講談社、2007年)】

蹴る群れ

2010-06-16

つぶやく力


 ツイッターの使い方が少しわかってきた。ま、私としてはブログをメインにやっているわけだが、これはこれで面白い。もはやツイッター抜きで政治にまつわる情報収集はできない。プロやセミプロが多数参入してきているので、私はひたすらリツイートしまくっている。


 東浩紀(あずま・ひろき)がツイッターを集合知一般意志ルソー)で読み解いているが、少し理解できるようになってきた。


 無数の言葉が飛び交い、消えたりつながったりしながら、ゆっくりと大きなうねりが形成されてゆくことだろう。


 会合をUstream生中継して、ツイッターで突っ込みまくることは既に可能である。iPhoneがあれば今直ぐにでもできる。


 実現したら面白いだろうねー(笑)。幹部が「悪と戦おう!」と指導している最中に、ツイッター上では次々とツイートが流れる――


「で、あんたは何やってんの?」

「抽象的な話は聞き飽きた」

「悪と戦う前に、自分の子供を何とかすべきだと思うぞ」

「声だけでかくて中身がないね」

「だってこの人、個人折伏2世帯ですから」

「エッ、それしかやってないの? 俺より少ない」

「20代で宗門問題が起こったため、思うように折伏できなかった模様」

「同年代でも、もっとやっている人はたくさんいる」

「2世帯の態度じゃないよね」

学生部です。僕はまだ1世帯もできていません」

「人生は長い。ぐわんばれ!」

「うちの息子です。激励に感謝。(母)」


 ウム、盛り上がりそうだ(笑)。ということで、区長以上の正役職にはツイッターをやることを義務づけたい。サンドバッグ状態になることは必定。でもまあ、このくらいできないと学会組織の民主主義は実現不可能だろう。

高次の情緒とは


 高次の情緒とは何か。それは生得的にある情緒ではなく、教育により育まれ磨かれる情緒のこと言ってもよい。たとえば自らの悲しみを悲しむのは原初的であるが、他人の悲しみを悲しむ、というのは高次の情緒である。

 他人の不幸に対する感受性も高次の情緒の一つであると思う。伝統的に、この情緒を育てるうえでの最大の教師は貧困であった。働いても働いても食べて行けない、幼い子供たちが餓死したり医者にもかかれず死んでいく、という貧困である。有史以来40年ほど前まで、我が国にはこの貧困が常に存在した。これが失われてからこの情緒は教えにくくなった。日本に貧困を取り戻す、というのは無論筋違いである。幸いにして我が国には、貧困の悲しみや苛酷を描いた文学が豊富にある。これら小説、詩歌、作文などを涙とともに味わい、その情緒を胸にしっかりとしまいこむことが大切と思う。


【『祖国とは国語』藤原正彦(講談社、2003年/新潮文庫、2005年)】

祖国とは国語 祖国とは国語 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-06-15

世論調査を考える


 岩上安身(いわかみ・やすみ)の電話コメントをしっかりと聴いておくこと。

革マル派が支配するJR東労組


 綾瀬アジトの摘発によって、革マル派のなかに「JR委員会」という組織が存在することも明らかになった。そして、このJR委員会に所属する約150人のメンバーが「マングローブ」というコードネームで呼ばれていたのだ。

「マングローブは、松崎がJR各社の組合員に革マル派思想を浸透させることを目的に作った組織です。メンバーの大部分が、トラジャと同じく、動労出身の組合員です。

 警視庁公安部は、綾瀬アジトから押収した大量の暗号文書を解読した結果、約150人いるとされるマングローブのうち約100人を特定したのですが、全員がJR総連の関係者で、うち6割がJR東労組の幹部や専従、組合員で占められていました。

 彼らは今でも、JR東労組をはじめ、JR総連傘下単組の内部に作った革マル派組織の防衛と、さらなる拡大を目指し、活動を続けているのです」(前出・公安当局関係者)

 まるで多足類生物のごとく、熱帯地域の河口の泥地に根を張りめぐらせる「マングローブ」。そのマングローブの根のように、配下の革マル派組合活動家を、JRの隅々まで浸透させてやる――。松崎が、JR内の革マル派秘密組織につけたコードネームからは、そんな彼の目論見が透けて見えるようだ。

 この松崎の目論見が、JR東日本のなかで成功を収めていることは、本書を読めば、理解していただけると思う。そしてこれらの革マル派秘密組織の全容は『週刊現代』の連載キャンペーンによって初めて明らかになった。だからこそ私は、この革マル派秘密組織の名前を、本書のタイトルに据えたのだ。

 綾瀬アジトの摘発から約5年後の01年5月。漆間巌(うるま・いわお)・警察庁警備局長(当時、現警察庁長官)は衆議院国土交通委員会で、これら二つの革マル派秘密組織の存在を、初めて公式に認め、こう答弁した。

〈警察としましてはJR総連、東労組内において、影響力を行使でき得る立場に革マル派系の労働者が相当浸透していると見ているところであります〉(衆議院議事録より)


【『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』西岡研介(講談社、2007年)】

マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実

2010-06-14

ナショナリズムは戦争に行き着く


質問者●あなたは、われわれインド人が独立を獲得したのだということを考慮していないように思われます。あなたによれば、真の自由とはどのような状態なのですか?


クリシュナムルティ●自由が民族(国家)主義的なものであるとき、それは孤立になるのです。そして孤立は必然的に葛藤に帰着します。なぜなら、なにものも孤立して存在することはできないからです。「ある」ことは関係することであり、そしてただいたずらに国境の内側で自分自身を孤立させていれば、いやおうなしに混乱、悲嘆、葛藤、戦争を招かざるをえません──これは何度も何度も証明されてきたのです。そのように、他からの別個の国家としての独立は必然的に葛藤、戦争に帰着するのです。なぜなら、私たちのほとんどにとって、独立は孤立を意味しているからです。そして皆さんが国家という存在としての自分自身を孤立させたとき、皆さんは自由を得たのでしょうか? 皆さんは搾取からの自由、階級闘争、飢餓、異宗教間の衝突からの自由、司祭、宗教的・人種的団体間の争い、指導者たちからの自由を得ましたか? 明らかに得ませんでした。皆さんはたんに白い皮膚の搾取者たちを追い出し、代わりに浅黒い──たぶん、もう少し冷酷な──搾取者たちをかれらの後釜に坐らせただけなのです。私たちはあい変わらず以前と同じものを持ち、同じ搾取、同じ司祭、同じ組織宗教、同じ迷信、そして同じ階級闘争をかかえています。で、これらは私たちに自由を与えたでしょうか? そう、私たちは実は自由になりたくないのです。ごまかさないようにしましょう。なぜなら、自由は英知、愛を意味しており、それは搾取しないこと、権威に屈従しないこと、並外れて廉直であることを意味しているからです。先ほど言いましたように、独善は常に孤立化していく過程なのです。なぜなら、孤立と独善は相伴うからです。これに反して、廉直と自由は共存するのです。主権国家は常に孤立しており、それゆえけっして自由ではありえないのです。それは、絶えざる紛争、猜疑、敵意そして戦争の原因なのです。

 ですから、自由は全的な過程である個人、集団に対立した存在ではない個人から始まらなければなりません。個人こそは世界の全過程であり、そしてもし彼が自分のことをたんにナショナリズムや独善のなかで孤立させれば、彼は災いと不幸の原因になるのです。が、もし個人──全過程である個人、集団に対立しておらず、集団、全体の結果である個人──が自分自身、自分の人生を変容させれば、そのとき彼にとって自由があるのです。そして彼は全過程の結果なので、彼が自分自身をナショナリズム、貪欲、搾取から解放させれば、彼は全体に対して直接作用を及ぼすのです。個人の再生は未来においてではなく、【いま】起こらなければなりません。もし自分の再生を明日に延期すれば、皆さんは混乱を招き、暗黒の波に呑まれてしまうのです。再生は、明日ではなく【いま】なのです。なぜなら、理解はいまの瞬間にのみあるからです。皆さんがいま理解しないのは、自分の精神・心、全注意を、自分が理解したいと思っているものに向けないからです。もし皆さんが自分の精神・心を理解することに傾ければ、皆さんは理解力を持つことでしょう。もし自分の精神・心を傾けて暴力の原因を見い出すようにし、充分にそれに気づけば、皆さんはいま非暴力的になることでしょう。が、不幸にして、皆さんは自分の精神を宗教的延期や社会道徳によってあまりにも条件づけられてきたので、皆さんはそれを直接見ることができなくなっているのです──そしてそれが私たちの困なのです。


【『自由とは何か』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1994年)】


自由とは何か

2010-06-13

19歳で英語塾を開き、31歳で正則英語学校を創立した斎藤秀三郎


 19歳で仙台に戻って英語塾を開き、その後、仙台英語学校を創設した。詩人の土井晩翠はその1回生である。次いで新設された第二高等学校にも勤めたが、英語主任の米国人と諍いを起して退職した。

 父の言葉に従い、知人を頼って岐阜中学に赴任するが、校長から中等学校英語教師資格試験を受けるよう求められたため、「誰が私を試験するのか」と言い放って再び辞職した。

 秀三郎は生地を聞かれると、機嫌のよいときには「間違って仙台に生まれました。実はロンドンの真ん中で生れるはずだったのですが」と答えていた。福原麟太郎は、「日本の英語」で語っている。

「斎藤氏は豪傑で酒を好んだ。酔っぱらって帝劇へ行って(中略)西洋人のやっている芝居を見た。てめえ達の英語はなっちゃいねえ、よせ、よしちまえ、というようなことを英語で吐鳴り散らすので、座方がお願いして退去して貰ったという話を聞いているが、先生には、日本へ来ている英米人など眼中になかった。英米人を傭うときには自分で試験した」

 秀三郎は赴任先のいたるところで問題を起こし、職場は長崎鎮西学院から名古屋第一中学へと移っていった。たまたま東京から知人の教師を訪ねてきた学習院大学教授が秀三郎とめぐり会い、英語の実力に驚嘆した。これがきっかけとなって、第一高等学校に教授として就任することになった。1893年、28歳のときのことである。

 それから3年後、31歳になった秀三郎は神田錦町に正則英語学校を創立すると、自ら校長となった。恐ろしく短気な秀三郎は、板書のときには左の手で消しながら右手で書いていくという猛スピードぶりだった。授業中に生徒が立つと、振り向いて一喝した。生徒が「便所に行くのです」というと、「そこでおしなさい」といった調子である。授業は一週に50〜60時間も受け持ったことすらある。生涯を通しての著書は、『英会話文法』『実用英文典』4巻をはじめ200冊以上に及んだ。


【『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪〈なかまる・よしえ〉(新潮社、1996年/新潮文庫、2002年)】

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-06-12

タントリズム(密教)は儀礼とシンボルの機能を重視


 この数年間、「思想とマンダラ」について思案中。まったく前に進んでいない(笑)。化儀と智慧との関係は、身体能力に関連しているような気がする。


 ところで第4期(※紀元600-1200年/ヒンドゥイズム興隆の時代)に入ると、インドでは正統派バラモン系の思想・宗教のみならず、非バラモン系の思想・宗教にも新たな運動が台頭してくる。タントリズム(密教)の台頭である。

 タントリズムとは、儀礼とシンボルの機能を重視し、「シンボルは宗教の目的としての究極的なものを指し示すことができる」という前提に立つ宗教形態である。サンスクリットの伝統的な学問をおさめたエリートたち――あるいは専門家たち――の宗教とは異なって、宗教の専門的知識のない、一般の人々も直接参加できたところにこの宗教形態の特質がある。またタントリズムのテーマも、ヴェーダーンタ学派のそれと同じく、宇宙原理と自己(個我)との同一性の直証であった。


【『はじめてのインド哲学立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社現代新書、1992年)】

はじめてのインド哲学 (講談社現代新書)

2010-06-11

幸せな営み


「お母さんのお裁縫はとても綺麗だけど、一つのものを作るのに半年や一年、ときにはもっと長い時間がかかるわ。最近は同じ事をあっという間にやってしまう性能の良いミシンがあるのよ。私が探してあげようか」と姉のスラジが尋ねた。

「どうして?」と母は聞いた。

時間の節約ができるのよ、お母さん」

時間が足りなくなるとでもいうの? ねえお前、永遠っていう言葉を聞いたことある? 神様は時間を作るとき、たっぷりとたくさん作ったのよ。私は、時間が足りないなんていうことはないわ。私にとって、時間は使い果たしてしまうものじゃなくて、いつもやって来るものなのよ。いつだって明日があり、来週があり、来月があり、来年があり、来世さえあるのよ。なぜ急ぐのかしら」、スラジは納得しているように見えなかった。「時間を節約し、労働を節約して、それ以外の事をもっとできた方がよくないかしら?」

「あなたは無限なるものを節約して、限りあるものを費やそうとしているのよ。ミシンは金属から作られていて、世界には限られた量の金属しかないわ。それに、金属を得るためには掘り出さなければならない。機械を作るためには工場が必要で、工場を作るには、もっと多くの有限な材料が必要なのよ。掘るということは暴力だし、工場も暴力に満ちているわ! どれだけ多くの生物が殺され、金属を掘るため地下深く潜るような仕事でどれだけ多くの人が苦しまなければならないでしょう! 彼らの苦しみの話を聞いたことがあるわ。なぜ自分の便利さのために、彼らを苦しめなければならないの?」。スラジは理解したように見えた。

 スラジがうなずくのに勢いづいて母は続けた。「私の体力が足りないっていうことはないから、いつだってエネルギーがあるわ。それに私は仕事が楽しいのよ。私にとって仕事は瞑想(めいそう)なの。瞑想は、ただマントラを唱えたり、静かに座禅を組んだり、呼吸を数えたりすることだけじゃないのよ。裁縫も、料理も、洗濯も、掃除も、神聖な心持ちでなされるすべてのことが瞑想なの。あなたは、私の瞑想を取り上げようというのかしら? 針仕事で忙しいとき、私は平和な気持ちになるの。すべてが静かで、穏やかだわ。ミシンは大きな音を立てて私の邪魔をする。ミシンがガタガタいっているときに瞑想するなんて想像もできないわ」

「それに、ミシンが仕事を減らすというのは、単なる錯覚に過ぎないかもしれない。年に一つか二つのショールを作る代わりに、年に10ものショールを作る羽目になって、材料をもっとたくさん使うことになるかもしれない。時間を節約したとしても、余った時間で何をするというの? 仕事の喜びは私の宝物みたいなものなのよ」

 これはまさに真実だった。刺繍をしているとき、母はほんとうに幸せそうだった。母が作るものに同じものは二つとなかった。母は新しいパターンやデザインを作り出すことに喜びを見出していた。もちろん母は、どんなパターンを作るか前もって考えたりはしなかった。母は作りながら即興的にデザインしていった。母の針仕事の最も驚くべき点は、母がそれから多大な喜びと幸せを引き出していたことだった。


【『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール/尾関修、尾関沢人〈おぜき・さわと〉(講談社学術文庫、2005年)】

君あり、故に我あり―依存の宣言 (講談社学術文庫)

2010-06-10

政治プレイヤーに変貌するジャーナリスト


 つまり、オブザーバーではなく、政治に寄り添うプレイヤーになっていくのである。

 電話一本で、時の首相や官房長官までを動かし、NHK人事に介入することが可能だった島桂次記者(のちに会長)や、田中派全盛期に同派を担当した海老沢勝二(えびさわ・かつじ)記者(同じくのちに会長)などがまさしくその典型である。そうした状況は現在でもあまり変わっていない。

 安倍政権崩壊時に、そのブログで自身の失意を綴(つづ)った阿比留瑠比(あびる・るい)記者や、内閣退陣で涙を流した元共同通信青山繁晴氏などは、政治権力との距離感を忘れた派閥記者といえる。


【『ジャーナリズム崩壊』上杉隆(幻冬舎新書、2008年)】

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)

2010-06-09

人生の道行きがなだらかであれば、人は容易に自分へ到達できない


 思うに、人間にとって何より大切な「自我」は、順境にあっては、ともすると眠りこんでしまうものである。人生とは自分への旅だ――とは詩人ヘルマン・ヘッセの言葉だが、その道行きがなだらかであれば、人は容易に自分へ到達できないのである。逆境にあってこそ自我は試され、強烈に育ってゆく。そして、それが一点に凝結したとき、芸術であれ、事業であれ、そこに生れるものは「神品」となる。八大山人の花鳥図は写生画などではけっしてない。そこに描かれているのは山人という一人の強烈な自我の化身なのであり、人間そのものなのだ。私は山人の絵を前にして、ガク然とし、ただ頭を垂(た)れるのみである。


【『生き方の研究』森本哲郎〈もりもと・てつろう〉(新潮選書、1987年)】

生き方の研究

2010-06-08

『世界』2010年7月号


世界 2010年 07月号 [雑誌]


創価学会は縮小路線に舵を切るか


政治進出55年の試練と迷走

 歴史的な政権交代選挙となった昨夏の衆院選の前、創価学会が政治との関わりという点で大きな曲がり角にきていることを論じた (本誌09年9月号参照)。近く行われる衆院選で公明党の苦戦は必至であること、80歳をこえた名誉会長の池田大作が、もはや公明党議席拡大よりも自分が没した後も学会が「池田教」であり続けるための内部固めにより大きな関心を向けていること、そのため衆院小選挙区からの撤退を柱に、政治との関わりを縮小させる方向で内部の議論が進んでいることを指摘した。さらに既に2年前には池田が民主党とのパイプ作りを密かに指示していたことなどを明らかにした上で、仮に民主党政権が誕生すれば、創価学会は早々に民主党に近づくことになると予想した。

 その後、衆院選で公明党は「苦戦」どころか惨敗を喫したが、今後の政治路線についてはなお明確には定まっていない。全体としては、私が指摘したように政治との関係を縮小させる方向に進んでいるものの、揺り戻しの動きもあって迷走しているように見える。

 鳩山首相の退陣、菅政権の誕生という流動的な政治状況は、7月の参院選で公明党が再び参院のキャスティングボートを握る、すなわち政権の生殺与奪の権を握る可能性も生んでいる。迷走を続けているように見える創価学会の内部で何が起きているのか。そして今後、政治との関係をどうしようとしているのか。(中野潤)

耳を傾ける


「ほかの考えやご意見があれば遠慮なくいって下さい」

 一人がいう。

「我々は貴方の話を聞いてよくわかりました。何も反対することはありません」

「いいえ、絶対こわいことも遠慮することもありません。もし、何かありましたら、私は喜んで聞きますから話して下さい」

 マスードの演説が終わると、何人もの老人が、マスードの話に感激して、前に進み出て、彼の手を腰をかがめながら両手で挟みこみ、「頑張って下さい」「よくきてくれました」と感激に声を詰まらせて話しかける。

 ここに集まった300人以上の男たちは、アンダローブ各地から、戦士になろうと集まってきた男たちなのだ。つぎはぎだらけのチャパンを着た男、裂けたゴム長靴を、靴下もなくそのまま履いた男、白いあごヒゲの老人、肩から弾帯を袈裟がけにして胸を張る老人、栄養不足のためか、やせきって一押しすれば、倒れそうな男、日に焼け、赤銅色に肌を輝かしたたくましい若者、マタハリックに入るんだというまだ幼さの残る少年、羊の脂の匂いをプンプンさせた羊飼いの男、裂けた衣服を白糸で縫いつけた男……。そんな男たちが山あいから峡谷から、300人以上もマスードの前に集まってきている。


【『マスードの戦い』長倉洋海〈ながくら・ひろみ〉(河出文庫、1992年/『峡谷の獅子 司令官マスードとアフガンの戦士たち』日新聞社、1984年に一部加筆)】

マスードの戦い (河出文庫)

2010-06-07

魚住昭の記事はデタラメな作り話か


「聖教グラフマニア」さんという方からお叱りを頂戴した。

 マニア氏によれば、池田先生が識者と対談している写真で「ルノワールとかマチス」の絵画が写っているものは見たことがないとのこと。


 そうだったのか。そう言われてみると不審な点は他にもある。魚住昭はカギカッコ付きの伝聞を引用することで、事実確認を怠っている節(ふし)がある。大体、「岡本(元学会幹部)」って誰なんだ?(笑) 聞いたことのない名前だ。


「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」という野中のセリフまでもが伝聞情報に過ぎず、自分の著書のために利用できる風聞を切り貼りした可能性が高い。


 とするとこの記事に関しては、「行き過ぎた誇張」というよりも、「デタラメな作り話」と断じて構わないだろう。

松下幸之助「日本の婦人解放をじっさいにやったのは、このわたしだ」


 5年ほど前、当時のソ連のミコヤン副首相と会ったときも、2時間ばかりのあいだに、人民解放の話が出ましたが、なごやかな話のふんいきのなかで、わたしは、あなたは人民を解放したといわれるが、日本の婦人解放をじっさいにやったのは、このわたしだ、と笑いながらいったものです。

 それはどういうわけか、とミコヤン氏がいうので、今日、日本の婦人たちは、台所にしばられていた以前にくらべて、遊ぶ時間ができ、本を読む時間をたくさんもつようになっているが、それは、わたしが家庭電気器具をずっとつくってきて、それを普及させたからだ、といったのです。するとミコヤン氏は、わたしの手をぐっとにぎって、おまえは資本家ではあるが、偉いといいました。


【『若さに贈る』松下幸之助(講談社現代新書、1966年/PHP文庫、1999年)】

2010-06-06

『世界の識者が語る池田大作』鳥飼新市


世界の識者が語る池田大作 世界の識者が語る池田大作〈2〉 世界の識者が語る池田大作〈3〉インタビュー・寄稿集


 世界の知性はそこに21世紀の曙光を見た。人間主義の精神、希望と平和の哲学、師弟の道を貫く人格。

『池田大作 20の視点 平和・文化・教育の大道』前原政之


池田大作20の視点―平和・文化・教育の大道


 多様で壮大な池田大作SGI会長の思想と行動――。その全体像に「20の視点」から光を当てる! 『第三文明』の好評連載が待望の単行本化。

国会会期延長へ…参院選7月25日投開票か


 政府・与党は4日、郵政民営化を抜本的に見直す郵政改革法案を今国会で成立させるため、16日までの国会会期を2週間程度延長する検討に入った。

 この場合、7月11日投開票だった参院選の日程は、7月8日公示−7月25日投開票にずれ込む見通しだ。

 菅新首相は4日の記者会見で、会期延長に関し「(国会は)会期で終わるのが普通だが、いずれにせよ新しい体制で議論が必要だ」として、民主党の幹部人事後に決断する考えを示した。また、郵政改革法案の扱いについて、「(国民新党と)今国会で成立を期すと合意している。この合意に沿って全力を挙げていきたい」と述べた。

 郵政改革法案は5月31日に衆院を通過したが、鳩山内閣の退陣に伴う国会の混乱もあり、参院の審議は始まっていない。民主党の山岡賢次国会対策委員長は4日、同法案の今国会での成立に関し「実現していくにはある程度の日数を要する」と記者団に述べ、会期延長に含みを持たせた。

 ただ、会期延長には、選挙を控えた参院側に異論もある。


【YOMIURI ONLINE 2010-06-05

ル=グウィン「左ききの卒業式祝辞」


「左きき」とは少数者=弱者を意味する。


 成功とは他の人の失敗を意味します。成功とは私たちが夢見つづけてきたアメリカン・ドリームです。我が国の3000万人を含む様々な地方の人々の大半は貧困という恐るべき現実をしっかり見据えながら生活しているのですから。そう、私はみなさんに御成功を、とは申しません。成功についてお話する気もありません。私は失敗についてお話したいのです。

 なぜならみなさんは人間である以上、失敗に直面することになるからです。みなさんは失望、不正、裏切り、そして取り返しのつかない損失を体験することでしょう。自分は強いと思っていたのに実は弱いのだと気づくことがあるでしょう。所有することを目指して頑張ったのに、所有されてしまっている自分に気づくことでしょう。もうすでに経験ずみのことと思いますが、みなさんは暗闇にたったひとりで怯えている自分を見出すことでしょう。

 私がみなさん、私の姉妹や娘たち、兄弟や息子たちすべての人々に望むことは、そこ、暗闇で生きていくことができますように、ということなのです。成功という私たちの合理的な文化が、追放の地、居住不可能な異国の地と呼び否定しているそんな土地で生きていくことを願っています。

(「左ききの卒業式祝辞」と題された作家ル=グウィンによるミルズ・カレッジ卒業式の講演、1983年)


【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎(日新聞出版、2009年)】

13日間で「名文」を書けるようになる方法

2010-06-05

「本番は9月だ」小沢氏が独自候補擁立に意欲


 民主党の小沢幹事長は4日夜、東京都内で開かれた小沢グループの会合で、菅新首相が選出された同日の代表選について「今回は自分が表に立てなくて申し訳なかった。しかし、本番は9月だ」と述べた。

 菅氏の任期(鳩山首相の党代表としての残任期間)満了に伴う9月の代表選で、独自候補擁立を目指す考えを示したものだ。

 同グループは今回、独自候補擁立を見送り、自主投票となった。出席者からは小沢氏の立候補を求める意見も出た。


YOMIURI ONLINE 2010-06-05

思想の一般化と梵天勧請


 思想は一面で単純化されることを嫌う。思想のいのちは、概念をモザイクのように組み換える点にあるのでなく、思想家が彼の生の中でそれを組み換えることを促された、そのプロセスにあるからだ。しかし、思想はもう一面で、概念的な単純化の作業をこうむらないでは決してひとりひとりの人間に【受け取られない】という性質を持っている。つまり思想は、最終的には一般化(誰にも明敏な意味として受けとられる形をとること)され得ない部分を持つのだが、しかし思想がそういう固有のニュアンスを伝え得るのは、それが一般化されるような場面を【通して】なのである。


【『現代思想の冒険』竹田青嗣〈たけだ・せいじ〉(毎日新聞社、1987年/ちくま学芸文庫、1992年)】


 このテキストを私の言葉で翻訳してみよう――「悟りは人に伝えることはできない。しかし人々を悟りに至らしめようとするならば、誰もが共感できる言葉で説かねばならない」。


 悟りを得たブッダの葛藤もここにあった。梵天勧請から初転法輪への物語がそれを示している。梵天・帝釈による三度の勧請(かんじょう)は迷いであり、葛藤に他ならない。そうでなければ、ブッダは「頼まれたから」法を説いたというレベルに堕してしまう。「しょうがねーな」と(笑)。


 竹田は「思想のいのちはプロセスにある」としている。これを読んだ時、私の脳細胞が火花を散らしてバチバチと目まぐるしく回転した。プロセスとは過程である。過程とは経験だ。悟りもまた経験である。とすると、実はブッダが仏に【なった】姿よりも、悟りに至る変容の過程にこそ「宗教のいのち」があるのだ。そしてこれこそが本果妙(従因至果)と本因妙(従果向因)の決定的な違いである。


 日蓮がなにゆえブッダの法華経を「熟益」(じゅくやく)として斥(しりぞ)けたのか? それはブッダ滅後の弟子達によって築かれた大乗仏教が「悟りを知識化」したことを日蓮が知っていたからであろう。日蓮が否定したのは「智慧の教条化」であった。


 悟りは言葉によって語られる。その瞬間から智慧の知識化が始まる。智慧は「死んだ言葉」で紡(つむ)がれるのだ。本来であれば、ブッダの言葉を手掛かりとして自分の内側に智慧を薫発(くんぱつ)することが我々に課せられた命題である。にもかかわらず、ブッダの言葉を教条として仰ぎ、訓詁注釈に没頭していては、ブッダの悟りから遠ざかるばかりであろう。


 既に何度も書いている通り、日蓮が経典を金言としたのは鎌倉時代の思想的混乱の中で、「対話の基準」とするべく依拠(いきょ)したものであって、教条とは無縁なことが明白だ。


 もう一歩踏み込んでおこう。智慧を知識化するのは集団であり組織である。理論が無謬性(むびゅうせい)に向かって構築される時、「言葉による支配」が見え隠れしている。人間を言葉に従属させようとするのは第六天の魔王の働きだ。おわかりになるだろうか? 本因妙と本果妙の相違には、組織化(ヒエラルキー化)と権力の問題まで織り込まれているのである。


 智慧は言葉(知識)として放たれる。修行とは言葉(知識)を智慧化することに他ならない。

現代思想の冒険 (ちくま学芸文庫)

2010-06-04

緊急対談 田原総一朗×上杉隆「民主党政権について」


 昨夜、放送されたコンテンツ。この国のジャーナリズムメディアがどれほど薄汚れているかが、よく理解できる。インターネット放送ということもあって、驚くほど踏み込んだ対談となっている。こんな連中が「政治と金」の問題を論じているのだ。まったくもって空いた口が塞がらない。


 http://www.ustream.tv/recorded/7412783

事実は小説より奇なり


 ちなみに日本の東端から西端までが、およそ3000kmである。


 1841年にカナダのプリンスエドワード島東岸の町で生れたチャールズ・フランシス・コフランは、当代きってのシェークスピア劇の名優だった。

 1899年11月27日、コフランはアメリカ南西部にあるテキサス州の港町ガルベストンでの公演中に、突然の病に倒れてまもなく亡くなった。遺体は、遠く離れた故郷に送るのは無理だったので、鉛で縁取った棺に入れられ、町の共同墓地にある石造りの地下納骨所に埋葬された。

 およそ1年後の1900年9月8日、大きなハリケーンがガルベストンを襲った。大波が墓地に激しくたたきつけ、納骨所はめちゃめちゃに壊れた。コフランの棺は波にさらわれてしまった。

 棺はメキシコ湾に流され、そこからフロリダ沿岸を漂流して大西洋に達し、メキシコ湾流に乗って北に運ばれた。

 1908年10月、プリンスエドワード島の漁師たちが、風雨に打たれてひどく傷んだ長い箱が浅瀬に浮かんでいるのを見つけた。9年の歳月を経て、チャールズ・コフランの遺体は5600キロも離れた町から故郷に帰ってきたのである。棺は島の人びとの手で、彼が洗礼を受けた教会の墓地にあらためて埋葬された。


【『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング:有沢善樹、他訳(アスペクト2004年)】

本当にあった嘘のような話 (アスペクト文庫)

2010-06-03

戦争に至る情況


 戦争を起こす国家は、どんな化粧をして現われるのか?

 戦争に向かう時代は、どんな臭いがするのか?

 そうなるまで、本当に気がつかないものなのか?

 突然、兵隊にされるということを、どう受け入れたのか?

 どうやって兵隊になっていったのか?

 殺し、殺されるという状況に、どれだけ鈍感になれるのか? それには、どれ位の時間があれば充分なのか? そのことに、絶対に抵抗できないものなのか? その時の自分は、一体何者だったのか?


【『小野田寛郎の終わらない戦い』戸井十月〈とい・じゅうがつ〉(新潮社、2005年)】

小野田寛郎の終わらない戦い

2010-06-02

創価学会が野中広務を恐れた理由


 それにしても、なぜ学会はそれほど野中を恐れたのか。

「まあ、理由はいろいろありますが……」

 と言いよどんだ後で、岡本(元学会幹部)が例を挙げたのは学会発行の『聖教グラフ』に関することだった。聖教グラフには、池田と外国要人などと会見場面を撮った写真がたびたび掲載された。

「写真のバックには学会施設にあるルノワールとかマチスとかいった有名画家の高価な絵が写っているんですが、野中さんがそれを創刊号から全部調べ上げて、学会が届け出ている資産リストと突き合わせた。その結果、届出のない絵がいろいろあることが分かったというのです。もちろん野中さんは直接そんなことを学会に言ってくるわけではない。何となく耳に入るので、秋谷会長は『野中は怖い、怖い』としきりに漏らすようになったんです」

 後に野中が自公連立政権作りを成し遂げた後、有力支持者の一人が「どうやって学会・公明党とのパイプをつくったんですか?」と野中に聞いた。

 すると野中はこう答えたという。

「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」


【『野中広務 差別と権力』魚住昭(講談社、2004年/講談社文庫、2006年)】

野中広務 差別と権力 野中広務 差別と権力 (講談社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-06-01

普天間基地問題と自公連携


普天間基地


 野中がつくりあげた自公体制は国政のあり方を変えただけではない。在日米軍基地の75パーセントを抱えて苦悩する沖縄の政治状況をも一変させた。

 1995年(平成7年)9月4日に起きた米兵3人による少女暴行事件をきっかけに、住民の抗議運動はまたたくまに広がり、県知事・大田昌秀は9月末、国の米軍用地強制使用手続きに必要な代理署名を拒否する姿勢を明らかにした。

 橋本政権は、こうした沖縄県民の声を受けて海兵隊の普天間基地返還を米国に要求した。米国側は96年4月に入って、代替施設の確保を条件に普天間「返還」を表明し、両国政府は名護市の辺野古沖に海上ヘリポートを建設することで合意した。

 だが、新たな基地の建設に対する県民の反発は強かった。橋本は大田との会談を重ねながら海上基地受け入れを再三要請するとともに、沖縄の経済振興策を次々提示した。

 翌97年12月21日、海上基地建設の是非を問う住民投票が名護市で行われた。政府側は賛成派の劣勢を覆そうと、港湾整備や市街地再開発などの「振興策」を提示し、地元ゼネコンや防衛施設局の職員たちまで大量動員して戸別訪問させた。

 幹事長代理の野中は現地入りして、その後押しをした。結果は、反対派が投票総数約3万1500票のうち53パーセントを占め、賛成派に約2400票の差をつけて勝利した。海上基地建設に「ノー」という住民の意思がはっきり示されたのである。

 だが、それから3日後、名護市長・比嘉鉄也は首相官邸に橋本を訪ね、海上基地の受け入れを表明した。比嘉は市長を辞任し、翌年2月の市長選で賛成派が推す前助役の岸本建男が反対派の前県議・玉城義和に約1000票差をつけて当選した。

 賛成派の中心人物の一人だった県会議員の安里進が語る。

「自公連携の効果が大きかった。約1500票あると言われる学会票の大半がこっちに来たからね。もともと公明の女性市議反対運動の先頭に立っていた人だから、住民投票のとき地元の学会は基地に反対だった。ところが市長選では学会本部から賛成に回れという指示が出たらしい。おそらく野中さんが自公連携を働きかけたんだろう」

 自民党沖縄県連の会長だった西田健次郎もこう証言する。

「あれは野中さんがやったんだ。沖縄県連では当時は自公路線をとっていなかった。だけど学会が岸本支持で動いているのは感じでわかっていた。自民党本部から『公明批判はするな』という指示もたしか来ていたし、岸本陣営に旧公明党の国会議員も出入りしていたからね。学会中央が野中さんの要請で岸本支持を決め、自公連立に向けた一つの実験をやったんだろう」

 98年11月に行われた県知事選でも自公連携は絶大な威力を発揮した。当初、三選確実と見られていた大田が自民党などが推薦する稲嶺恵一(県経営者協会特別顧問)に約3万7000票の差で敗れたのである。

 学会側は稲嶺支援の条件として衆院沖縄一区(那覇市)の議席を要求し、野中はそれを受け入れた。このため一区から選出された自民党の下地幹郎2000年の総選挙では比例区に回り、公明党白保台一が一区で当選した。

 こうして基地撤廃を求める沖縄民意はねじ曲げられていった。


【『野中広務 差別と権力』魚住昭(講談社、2004年/講談社文庫、2006年)】


 そして2010年、沖縄県民は立ち上がった。当初、国内の大手メディアはこれを無視したが、海外メディアはきちんと報じていた。沖縄県民は米軍基地に対して「ノー」を突きつけると共に、政治的な思惑に利用されることを拒否したのだろう。

野中広務 差別と権力 野中広務 差別と権力 (講談社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)