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2010-07-31

ピグマリオン効果


 この方法はけっして独創的なものではありません。むしろ、古典的といってもいいくらいです。たとえば、ローゼンタールという人が行った次のような心理学の実験があります。

 研究チームの人間が学校へ出かけて行って、いきなり知能テストを実施し、成績が突出して優秀だった生徒数名の名前を発表して帰ってくる。半年後に、名指しされた生徒の成績の変化を調べる。すると、生徒の成績は例外なくグンと伸びているのです。

 この実験には大きなカラクリがありました。知能テストで優秀だと名指しされた生徒は、実はランダムに選んだものであって、必ずしも頭のいい子が名指しされたわけではなかったのです。

 にもかかわらず、成績が伸びるのは、周囲の期待や自分が得た自信によって、勉強に関係する遺伝子がオンになったからと考えられるのです。これを「ピグマリオン効果」といいます。


【『人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている』村上和雄、棚次正和〈たなつぐ・まさかず〉(祥伝社、2008年)】

人は何のために「祈る」のか 人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている (祥伝社黄金文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-07-30

ツイッターで市政を活性化 行政相談や職員の連絡に


 インターネット上で短文を“つぶやく”交流サイト「ツイッター」を行政に生かそうという佐賀県武雄市の試みが話題だ。「市役所のツイッター化」を掲げる樋渡啓祐市長(40)は、9月までに全職員をサイトに登録させ、行政相談や職員同士の連絡の場として活用することを目指している。

 今月22日、職員から「5時にエアコン切れてしまい汗が…。働きやすい職場にしてください」とのつぶやきが。市長はすぐに庁舎管理の担当者に費用の算出を指示し、予算上問題ないと判断して「やりましょう」と返信。23日から午後8時までの延長を決めた。

 市長がツイッターを始めたのは昨年12月。市民から「マンホールのふたが落ちていて危ない」「道の駅の景観を維持してほしい」などのつぶやきが寄せられ、市政に反映させてきた。病患者から「申請に手間がかかりすぎる」と書き込みがあり、職員が代行したこともあったという。

 ただ、職員になりすまされる懸念がある上、職員からは「何でもかんでも市長に直談判になったら収拾がつかない」との声も。

 市長はそれでも「いつでも見られて、指示ができ、行政がスピードアップする。若手職員も言いにくいことが言える。いろんな可能性が広がる」と期待を込める。


47NEWS 2010-07-30

意味と解釈


【すべて】の神学が――したがってたとえばインド教のそれもが――有するものは、世界はなんらかの【意味】をもっているにちがいない、という前提であり、したがって、すべての神学にとっての問題は、それが合理的に納得されるためにはこの意味はいかに解釈されるべきか、ということである。


【『職業としての学問』マックス・ウェーバー/尾高邦雄訳(岩波書店、1936年/岩波文庫、1980年)】

職業としての学問 (岩波文庫)

2010-07-29

哺乳類は一生のうちに20億回心臓を鳴らし、5億回呼吸する


 寿命を心臓の鼓動時間で割ってみよう。そうすると、哺乳類ではどの動物でも、一生の間に心臓は20億回打つという計算になる。

 寿命を呼吸する時間で割れば、一生の間に約5億回、息をスーハーと繰り返す計算できる。これも哺乳類なら、体のサイズによらず、ほぼ同じ値となる。

 物理的時間で測れば、ゾウはネズミより、ずっと長生きである。ネズミは数年しか生きないが、ゾウは100年近い寿命をもつ。しかし、もし心臓の拍動を時計として考えるならば、ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生きて死ぬことになるだろう。小さな動物では、体内で起こるよろずの現象のテンポが速いのだから、物理的な寿命が短いといったって、一生を生ききった感覚は、存外ゾウもネズミも変わらないのではないか。


【『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄〈もとかわ・たつお〉(中公新書、1992年)】

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

2010-07-28

カストロ軍は農民から信頼された


 それから3日間、かれはシエラ・マエストラの主峰トルキノ山頂を目ざして進んだ。途中に炭焼小屋があり、わずかな食料と水があった。カストロは代金を置き、それを隊員に分配した。このような、何か品物を得るさいは必ず代金を支払うやり方は、それ以後も厳重に守られた。バチスタの軍隊は、農民たちからじつに多くの物資を徴発したが、いまだかつて代りに金を払ったことはなかった。バチスタ軍が払うものといえば、不平をいうものに対する弾丸と鞭(むち)だけだった。農民たちは、カストロ軍が金を必ず支払うことにまず仰天した。そのような軍隊に決して会ったことがなかったからだ。当然のことながら、かれらの反乱軍に対する目が違ってきた。信頼を深めたのである。カストロの奇蹟的な成功の、それはひとつの背景でもあった。


【『チェ・ゲバラ伝』三好徹(文藝春秋、1971年)】

チェ・ゲバラ伝

2010-07-27

「やるぞ!」という音頭に従う日本社会


 ともかく、「やるぞ!」と音頭を取るヤツがいたら「おお」と全員で唱和するといったような暗黙の了解の上に日本の社会は成り立っている。「やるぞ!」と来たのに、「何を?」と言ったのでは話が進まない。やる時には何がなんでもやる! のである。大切なのはその「何がなんでもやる」気合いであって、何をやるのかなんてことは、どうでもいいのである。


【『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆日新聞社、1992年/日文庫、1995年)】

パソコンゲーマーは眠らない

2010-07-26

マンダラの定義


 マンダラ成立史の第一人者とされる田中公明氏は、マンダラをこう定義する。


 仏教で信仰される尊格(仏神)を、一定の幾何学的パターンに配置することで、仏教の世界観をあらわしたもの


 さすが第一人者だけあって、この定義は簡潔で、とてもわかりやすい。しかも、よく的を射ている。私も、狭義のマンダラにかんする限り、もっとも基本的な定義としては、これを採用したい。

 いっぽう、マンダラがもつ機能に強い関心を寄せる仏教学者立川武蔵氏は、1500年にもおよぶ歴史を考えると、そう簡単には定義できないと断ったうえで、マンダラの本質にまつわる要件を三つあげている。


1.仏菩薩や神々、もしくはそのシンボルが配置されていること

2.仏菩薩や神々が住む場所があること

3.そういうマンダラを見ている人間がいること


【『マンダラとは何か』正木晃(NHKブックス、2007年)以下同】


 別の言い方をすれば、マンダラは、密教の修行のための道具ないし装置ということだ。

マンダラとは何か (NHKブックス 1090)

2010-07-25

ツイッターで見えてくる学会員の傾向


 ま、学会員ってのはね、ネットも使えないし、はてなも使えないし、ツイッターも使えないのが多いんだよ。


 たとえ、どんなにつまらないブログだろうと学会員であると表明することに対して、私は異議を挟むつもりはない。ブログは自宅みたいなものだからね。


 しかしながらツイッターで創価学会全開の連中は、完全に公共性を欠いていると思う。ったく、馬鹿丸出しだよ。多分、ツイッターという緩やかな発信ツールの意味合いも理解していないのだろう。宗教性や党派性を際立たせることが、どれだけマイナスに作用しているかわからない。


 組織内の延長線上でしか全てを捉えることができないところに、自我の肥大した人格障害傾向が見受けられる。


 確かに「私は創価学会員だ」と名乗るのは自由だ。その姿勢がアイデンティティを「所属組織」でしか語っていない事実に気づいてるのだろうか? 一体全体どこに自分があるというのだ? 「私は会社員だ」と言っているのと何ら変わりがない。しかも大半は「一人前の学会員」ではないときている。


 遠山清彦や竹谷とし子をフォローしている人を見ると、つくづくウンザリさせられる。

トルーマン・ドクトリン


 いわば、世界を自由主義(善)と共産主義(悪)に二分して、悪との対決を宣言したのです。

 これが「トルーマン・ドクトリン」と呼ばれます。「ドクトリン」とは、「理論」や「主義」という意味です。

 世界を善と悪に二分して、どちらを選択するのかと問いかける、極めて単純なこの論法が、アメリカ国民に受け入れられたのです。


【『そうだったのか! 現代史池上彰(ホーム社、2000年/集英社文庫、2007年)】

そうだったのか!現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

2010-07-24

ツイッター


 公明党議員のツイッターは奨励され、学会幹部のツイッターは皆無だ。インターネットのツールを政治性や宣伝性でしか考えることができないのだろう。あるいは、学会幹部に公共性はないものと考えているのか。つまり、「会員の声に耳を傾けよ」という指導性は、現場の中堅幹部に向けられたもので、学会本部としてはやる気がないってことを表明したも同然(笑)。


 実際に原田会長がツイッターを始めたとしよう。すると、山積している現実的な問題が津波の如きツイートとなって押し寄せるに違いない。結局こういうことを本部は恐れているわけだ。


 悪い幹部がいても叩き出すことができない。なぜなら情報漏洩(ろうえい)が懸念されるためだ。このようにして創価学会は着実に腐敗してゆく。ま、区長以上の正役職を担っている幹部は、「腐敗に目をつぶっている人物」と思って間違いない。

民間の石油会社や投資銀行、法律事務所がスパイの嚆矢(こうし)


 アメリカに中央情報機関が置かれ、世界の隅々にまでスパイのネットワークが張りめぐらされ以前、そのスパイたちの役割を肩代わりしていたのは、民間の石油会社や投資銀行、それに法律事務所などのエリートたちであった。アメリカは真珠湾で日本軍による攻撃を受けて第二次世界大戦に参戦するわずか半年前に、中央情報局(CIA)の原型にあたる情報調整局(COI)を設置したが、それまではスタンダード石油やブラウン・ブラザース・ハリマン商会、それにサリバン&クルムウェル法律事務所などの役員を務めるエリートたちが、国際政治の舞台裏で暗躍し、アメリカの対外政策に大きな影響を及ぼしていた。


【『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出〈すがわら・いずる〉(草思社、2002年)】

アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか (DVD選書) ザ・コーポレーション (DVD付) (アップリンクDVD選書)

2010-07-23

生きている意味


 ところで、生きている意味について話をするということは、そのときすでに、生きている意味がなんらかのしかたで問題化しているからです。生きている意味がはっきりと問題視されるとき、すでに生きている意味がどこか疑わしいものになってしまっています。けれども、人間として生きている意味を疑うと、絶望に至るのは簡単です。


【『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル/山田邦男、松田美佳訳(春秋社、1993年)】

それでも人生にイエスと言う

2010-07-22

国土交通大臣は「楽なポスト」


竹●次はいよいよ、叩かれるのが決まっている省庁を見ていきたいと思うんですが、まずは国交省。大臣は前原誠司さんですが、ここは何だか忙しそうですね。


先●厚労省と並んで、今回の官僚叩きの目玉ポストだからね。そりゃ、忙しいですよ。でも、昔は官僚が何でもやってくれて大臣の仕事があまりない「楽なポスト」として有名でね。自民党時代は、公明党の指定席だったんですよ(笑)。


【『鳩山由紀夫の政治を科学する 帰ってきたバカヤロー経済学高橋洋一、竹内薫(インフォレスト、2009年)】

鳩山由紀夫の政治を科学する (帰ってきたバカヤロー経済学)

2010-07-21

完全に裸で純粋な瞬間


 人生には、完全に裸で純粋な瞬間は、二度しかない。すなわち、生まれるときと死ぬときと。


【『重力と恩寵 シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄』シモーヌ・ヴェイユ田辺保訳(講談社、1974年/ちくま学芸文庫、1995年)】

重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)

2010-07-20

集団は大きくなればなるほど重力に服する


 おそらくみなさんは、シモーヌ・ヴェイユの有名でもっともすばらしい著作のひとつの表題が『重力と恩寵』であることをご存知でしょう……。シモーヌ・ヴェイユが【重力】ということで考えていたのは、下降していく、あるいは私たちを下降させるいっさいのもののことです。【恩寵】ということで考えられていたのは、上昇していく、あるいは私たちを上昇させるいっさいのもののことです。私としては、この二つの表現を借りて、あえてこう言ってみたいと思います。集団はつねに、そしてその人数がおおくなればそれだけ、重力に服するようになります。集団はあらためて下降することへと向かい、じっさい集団にとってもっとも重要なものである下位の秩序を優先するようになるものです。これが、優越のもたらす下降の論理です。ですが、個人のほうは、これとは別の価値や要求を、つまりは別の優先をもっています。


【『資本主義に徳はあるか』アンドレ・コント=スポンヴィル/小須田健〈こすだ・けん〉、C・カンタン訳(紀伊國屋書店、2006年)】

資本主義に徳はあるか 重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)

2010-07-19

感嘆符


 彼のことばはすべてスローガンだった。文の最後には常に感嘆符がついていた。


【『グラーグ57』トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳(新潮文庫、2009年)】

グラーグ57〈上〉 (新潮文庫) グラーグ57〈下〉 (新潮文庫)

2010-07-18

日本のTV報道がいかに腐っているか


 淡々としているが、実に内容の濃い議論である。


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「境遇」を同じくする人たちの集団


 他方、共通の体験という意味では、「境遇」を同じくする人たちの集団がありうる。階級もそうした「境遇」の一種であるが、「境遇」という概念を用いると、階級史観に対して、はるかに広い歴史を構想することができる。例えば、所属する階級、宗教国籍などのいかんを問わず、女性であれば、共感できる何かがあるのだとすれば、女性史のようなものも、いわば「女性」という「境遇」ないし「立場」を共有する人びとの歴史だということもできる。(川北稔


【『結社のイギリス史 クラブから帝国まで』綾部恒雄〈あやべ・つねお〉監修、川北稔編(山川出版社、2005年)】

結社のイギリス史―クラブから帝国まで (結社の世界史)

2010-07-17

南アフリカワールドカップ


 現地テレビでワールドカップ中継の前後に流されていた映像。ツイッターで知った。まるで『ジャングル大帝』の世界(笑)。


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人類の紐帯として宗教が重要


 モダニズムの文化的形態に抗するものとして私が求めているのは、過去とのつながりを保つ手段として、人類の紐帯として、および神秘的な超越的彼岸と関連する超越的属性を理解するものとして、宗教が重要であることを再び断言することである。


【『二十世紀文化の散歩道』ダニエル・ベル/正慶孝〈しょうけい・たかし〉訳(ダイヤモンド社、1990年)】


二十世紀文化の散歩道

2010-07-16

子供の声に耳を傾ける


 自分の子どもが何を望んでいるかを知るには魔法の呪文や精神療法が必要だと考えている世の中の親たちなど、ダンスに言わせればどうかしている。本当に必要なのは、質問をし、彼らの答えに注意深く耳を澄ますことだけなのだから。


【『ウォッチメイカー』ジェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳(文藝春秋、2007年/文春文庫、2010年)】

ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫) ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)

2010-07-15

ガンジーは敬虔無比なヒンズー教徒でカースト制度を肯定していた


 不可触性の不当、不正義、不平等、非合理を真に憎んだガンジーは、一方であくまで敬虔無比なヒンズー教徒であり、カースト制を否定しなかった。いやむしろ、その存在をインド社会の中心的柱として肯定(こうてい)した。しかも彼は聖者として崇(あが)められ、近代独立国インドの生みの親といわれている。

 ガンジーと近代の相克(そうこく)はまた、インドの矛盾、不可解さを解く鍵であるかもしれない。

 インドにみなぎるアンビバレンツの世界、そこから発生しているにちがいない深い生命の躍動――ステージやスタジアムで演出される種類のものとは異質な――感は、インドの絶望的深みにまで達している様々の矛盾を同時に表現しているように思う。


【『不可触民 もうひとつのインド』山際素男〈やまぎわ・もとお〉(三一書房、1981年/光文社知恵の森文庫、2000年)】

不可触民もうひとつのインド 不可触民―もうひとつのインド (知恵の森文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-07-14

うつ的思考になると急激に悩みが深くなる


 通常、私たちはある物事に対して、感情を働かせます。「小さい危険」には小さな不安、「大きい危険」にはそれなりの不安を感じるでしょう。それは個人差こそあれ、他の人とそれほど大きな差はないのです。

 ところが元気な人なら「小さい危険」と感じるような刺激でも、うつ状態の人は「たいへん大きな危険」と感じてしまうのです。

 ですから周囲にとっては、たいしたことがない出来事でも、うつ的思考の人にとっては、とても不安で、嘆き悲しむ出来事のように感じられてしまいます。些細なことでも今まで以上に過敏に悩むようになってしまうのです。さらに何の手立ても打てない自分に対し、自信が失われてきます。すると、また問題に対して不安が増大するという悪循環に陥るのです。

 うつ的思考に陥ると、外的な環境は何も変わっていないのに、悩みが急激に深くなっていきます。


【『相談しがいのある人になる 1時間で相手を勇気づける方法』下園壮太〈しもぞの・そうた〉(講談社、2008年)】

相談しがいのある人になる 1時間で相手を勇気づける方法 (こころライブラリー)

2010-07-13

光は時速10億8000万km


 献身的な実験物理学者たちによる1世紀近くに及ぶ努力で、比較の基準にかかわらず、あらゆる観測者が一致して、光は時速10億8000万キロメートルで進むと見なすことがわかっている。


【『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン/林一、林大訳(草思社、2001年)】


 煩悩の数と一致しているのが不思議。

エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する

菅首相、公明・みんなに連携打診へ


 菅首相は、与党が参院で過半数割れしたことを受けて、公明党とみんなの党に対し、国会運営での連携を求めていく方針を固めた。

 首相が12日、周辺に伝えた。当面、政策や法案ごとに賛成を求める「部分連合」を念頭に協力を要請するが、将来の連立政権参加も視野に入れている。首相は9月の民主党代表選までに政権安定の枠組みにめどを付け、再選を確実にしたい考えだ。

 参院選の結果、非改選を含む与党の議席は110議席となり、過半数に12議席届かない。首相は、安定政権を築くには、野党の中で比較的政策が近い公明党(参院19議席)か、みんなの党(同11議席)との連携が不可欠と判断したとみられる。

 首相は12日夜、首相官邸で記者団に、「野党の皆さんの主張を国会の内外でしっかりと受け止めて政権運営をしなければいけない」と述べ、野党との連携を重視する考えを強調した。

 首相はこの日、仙谷官房長官、民主党の枝野幹事長輿石東参院議員会長らと断続的に会い、今後の国会対応や党運営などを協議。首相は党内対立を回避するため、内閣改造・党役員人事を9月の党代表選後に先送りする方針で、落選した千葉法相も続投させるほか、今期で参院議員を引退する峰崎直樹財務副大臣も内閣改造まで続投させることを決めた。これを受け、民主党は12日夕、党本部で首相出席のもとで役員会を開き、執行部の続投を確認したが、小沢一郎前幹事長に近い議員からは参院選敗北にもかかわらず執行部が辞任しないという対応への批判が強まっている。

 こうした中、執行部は、菅首相の党代表としての任期満了に伴う代表選について、9月5日投開票とする案を軸に調整に入った。9月下旬から臨時国会を開くことを念頭に、9月最初の日曜日である5日に代表選を実施するものだ。ただ、臨時国会を早期に召集し、開会中に代表選を実施すべきだとの意見もある。


【読売新聞 2010-07-13】

2010-07-12

権利を無視されるパレスチナ人


『もし旦那さんも神さまの御配慮によって、もうすでにいろいろ事情を伝え聞いているなら、旦那さんが、“あいつを自由にすることでいったい自分に何の得があるのか?”って自問すれば、その答えは至極簡単、“無”ってことになるでしょう。なぜって俺は一票の選挙権も持たないんですからね。俺はどんな風に見ても国民の一人とは考えられていないんですから。国というものは、折おり国民にどうかねって様子をたずねてくれるもんでしょうが、俺はその国というやつと、つながりを持たされていないんですよ。俺は声をあげて抗うことも禁じられているんですよ。わめき声をあげる権利はねえんです。そうやることで、国はどんな得をするってんでしょうかねえ。何も得なんてありゃしませんよ。それじゃあ俺が錠をおろされて、とじこめられたままでじっとしていたとしたら、国は何か損をすることでもありますか? やっぱりどうってことはないでしょう』


【『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー/黒田寿郎、奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(河出書房新社、1978年〈『現代アラブ小説集 7』〉/新装新版、2009年)】

ハイファに戻って/太陽の男たち

2010-07-11

人間は人間を食いものにしてきた


 人間が人間に対して行なったことには限度というものがありません。人間は人間を拷問にかけ、火あぶりに処し、殺害し、可能な限りの方法で宗教的、政治的、経済的に食いものにしました。それが人間が人間に対して行なってきたことです。利口な人がぼんやりした人、無知な人を食いものにします。あらゆる哲学は知的ですが、それが故に全体ではありません。その哲学が人間を隷属させてきました。哲学は「社会がどうあるべきか」を考え出し、人間をその概念の犠牲にしました。すなわち、いわゆる思想家たちの理想が、人間を非人間化したのです。

 男性であろうと女性であろうと、他の人を食いものにすることが、私たちの日常生活の流儀であるように思われます。私たちはお互いを利用し、お互いがそうした扱いを受け入れています。こうしたお互いに利用し合うような特別な人間関係から、〈依存〉が生じます。依存には、それ特有のあらゆる不幸と混乱と苦しみが一緒になっています。人間は内面的にも外面的にも、自分自身に対しても他の人々に対しても、頼りないものなのです。このような情況にあって、どうして愛がありうるでしょうか?(15th May 1979


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】

学校への手紙

2010-07-10

見せかけの効率


 有罪となって死ぬことはもう避けられない。この社会のシステムはどんな逸脱も誤謬(ごびゅう)も認めていないからだ。見せかけの効率。それはここでは真実よりはるかに重要なものなのだ。


【『チャイルド44』トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳(新潮文庫、2008年)】

チャイルド44 上巻 (新潮文庫) チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

2010-07-09

一人ひとりが他人とは違う「角」を持っている


 私たちはみんな、ほかの人とは違う「角」(つの)を持って生まれてきました。「角」とは、自分が自分であることのシンボルであり、自分がうまれ持った生来の資質のことです。

 この「角」は、何しろひときわ目立ちますから、他人は真っ先にその「角」のことを話題にいてきます。動物としての習性からでしょうか、集団の中で「角」のためにつつかれたり冷やかされたりして、周囲から格好の餌食(えじき)にされてしまうこともあります。そんなことが繰り返されますと、いつの間にか「この『角』があるから生きづらいんだ」と思うようになる人も出てきます。

 自分が自分らしくあること、その大切な中心である『角』、それを自分自身で憎み、邪魔にして隠しながら生きるようになってしまうと、生きること自体が色あせ始め、無意味なものに感じられるようになってきます。生きるエネルギーは枯渇し、すべてが立ち行かなくなってしまいます。


【『「普通がいい」という病』泉谷閑示〈いずみや・かんじ〉(講談社現代新書、2006年)】

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

2010-07-08

戦略と戦術


 戦略の誤りは戦術では補えないといいます。


【『目からウロコのカウンセリング革命 メッセージコントロールという発想』下園壮太〈しもぞの・そうた〉(日本評論社、2008年)】

目からウロコのカウンセリング革命―メッセージコントロールという発想

2010-07-07

留守番の悲しい思い出


 昨日私は変わった。47歳になってしまった(笑)。年齢革命だ。あと3年で50歳だ。こんなに早く年をとっていいものだろうか? 矢の如き光陰は加速する。


 一昨日、一番下の弟からDVDが届いた。メールに「誕生日には間に合うと思います」と書いてあったから、プレゼントということなのだろう。兄弟からもらうのは前代未聞のこと。私が実家を飛び出した時、この弟はまだ小学生だった。再会した頃は既に高校生となっており、昔の面影は殆ど残っていなかった。私は思わず「お前は誰だ?」と訊いた覚えがある。この弟と一番下の妹の顔を私はいまだに覚えられなくて、幼い頃の顔しか思い出せない。


 本当は親父が死んだ時に書こうと思っていたのだが、いたずらに月日が流れてしまった。


 あれは私が初登山をした時のことだ。小野さん(※親戚ではない)のバアチャンの体調が悪くなったので、急遽代わりで私が行くこととなった。小野さんのジイチャン(当時、本部指導長)と二人っきりで。


 塔中坊(たっちゅうぼう)に近い宿泊所で個室に泊った。夜、小野さんのジイチャンに私は矢継ぎ早に質問を浴びせた。温厚篤実なジイチャンは懇切丁寧に答えてくれた。私は留守番ばかりさせられてきた少年時代の悲惨な思い出を語った。


 小学校に上がる前から我が家では、私が弟二人の服を脱がして夜の8時に寝るのが習わしとなっていた。脱いだ服を畳むのも私の仕事だった。これは私が小学6年になるまで続いたように記憶している。弟や妹が増えると、オシメを取り換えたり、哺乳瓶でミルクを与える仕事も加わった。当時はまだ紙オムツがなかった。


 両親は殆ど家にいなかった。ま、兄弟が多いので寂しい思いをしたことはない。それでも一度だけ困り果てたことがあった。


 私が6年生の時だ。突然、「ギャァァアアアーーーッ!」という叫び声が上がった。見ると、まだ1歳でやっと立てるようになった弟が、ワゴンの上のポットを引っくり返して、そのままポットを手で押さえていた(※昔は現在と違って、水差しみたいなポットしかなかったのだ)。私はすぐさま抱きかかえ、台所に行って熱湯を浴びた腕に水道の水をかけた。弟は泣きやまない。


 オロオロ度数は既に300%ほどに達していた。水道係を次男に代わってもらい、私は外へ出た。しかし、両親がどこに行ったのかわからなかった。家の前で行ったり来たりを繰り返した。そして諸天善神が現れた。顔見知りのオジサン(学会員)が通りかかったのだ。


 その後のことは何ひとつ覚えていない。この出来事は私の心の傷となった。自分のせいで弟が火傷(やけど)をしたと思い込むようになった。


 弟の腕は、肘を中心に3分の1ほどがケロイド状になり醜く引きつっていた。低温火傷は痕が消えないのだ。弟が長ずるにつれ、私は「火傷の痕が気にならないか?」と尋ねた。小学校の低学年までは「ウン、別に気にならないよ」と答えていた。ところが高学年になると、夏でも半袖を着ないようになっていた。私の胸に刺すような痛みが広がった。


 小野さんのジイチャンは、「妙荘厳王品」の故事を通して留守番の功徳を教えてくれた。私は頷かなかった。「だったら、どうしてヒロシ(弟)は火傷をしたのだ?」という疑念を払拭できなかったからだ。


 幼い子供がいるお宅を訪ねた際、私は必ず弟の火傷の話をした。「今でも自分のせいだと思っているし、親を怨む気持ちが心のどこかに残っている」と。


 昨年、父が倒れて実家に帰り、弟に「腕を見せろ」と言った。いやあ、たまげた。びっくりするほど火傷の痕が小さくなっていた。幼かった頃は30cmほどもあったのに、5cmほどになっていたのだ。30年以上も引きずっていた胸の痛みも小さくなった。


 はっきり書いておくが、私はいまだに「妙荘厳王品」に対して、「ふざけんじゃねえ!」と思っている。一度でも事故があると、かように不信が深まってしまうのだ。だから、幼いお子さんがいる家は、絶対に子供だけで留守番をさせるべきではない。両親のどちらかが家に残るべきだ。そうすれば、「妙荘厳王品」を素直に信じるいい子に育つことだろう。

戦場の最前線に立て


 弾雨下の先頭に立ち給え。もはや先頃のような行動をする時ではない。93年のようにふたたび長靴をはき、決意を新たにしなければならない。フランス人が君の軍帽の羽飾を前哨に見、最先に身を挺して銃火の下に立つ君の姿を見る時には、フランス人は君の思う通りになるであろう。〈44歳〉


【『ナポレオン言行録』オクターブ・オブリ編/大塚幸男訳(岩波文庫、1983年)】

ナポレオン言行録 (岩波文庫 青 435-1)

2010-07-06

オシム「家族の支えが、生きるための自信と目的を与えてくれた」


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 この動画を昨日見つけた。イビチャ・オシムは私が最も尊敬する人物の一人である。彼のニヒリズムユーモアに私は在りし日のブッダを思い重ねる。オシムもブッダも祖国の戦乱を経験している。


 ブッダは現在、金ぴかのニコニコ野郎に成り下がった感があるが、本当は違ったのではあるまいか。実際に行われていたとされる対機説法で、ブッダは「無記」といって沈黙を保つことがしばしばあった。つまり質問に対して何も答えないのだ。


 ニコニコ野郎が黙り込んでしまえば、それは答えを言い淀(よど)んでいるようにしか見えない。沈黙が多くの言葉を凌駕する静謐(せいひつ)へと至るには、圧倒的な複雑性や憂愁がそこにはあったはずだ。だから私は、オシムの表情に浮かぶ悲哀が刻まれたシワや、唇を歪めたような笑顔にどうしようもなく魅了される。


 今日は私の誕生日である。そう、サラダ記念日だ(笑)。誕生日の前日ということも手伝ってこの動画は私に感慨を抱かせた。


「私の場合、ラッキーだった。それは、家族が側にいたこと、それから離れて暮らしていた家族、仲間も全員駆けつけてくれたことだ」

「(子どもたちと)意図的にある距離を置いて生活をしていた。親の方から子どもを遠くに押しやった。しかし、私にとって大きな助けとなったのは3人の子どもがすべて、そこにいてくれたことだ」


 まるで死んだ父からのメッセージのようだ。「そんなものか」とも思う。だが人の感情というものは定規で線を引くように割り切れるものではない。


 感傷とは無縁の、弱さとは別の、目に見えない不思議な力を引き出す作用が「人間の存在」にはあるのだろう。引力磁力のように。

2010-07-05

松葉ヶ谷の草庵


 聖人が庵室を結んだという場所が現在の松葉谷のどの地点であるかは明らかでなく、また聖人もその住庵についてしばしば小庵という言葉を使っているが、松葉谷という地名は記していない。古くより庵室の跡といわれているものに妙法寺安国論寺長勝寺の3ヵ寺がある。


【『日蓮とその弟子』宮崎英修〈みやざき・えいしゅう〉(毎日新聞社、1971年/平楽寺書店、1997年)以下同】


 ただ古伝にいうごとく、松葉谷に庵室を構えたとしても、後に述べるように文応元年(1260)8月の夜討による消失、弘長元年(1261)より3年に至る間の伊豆流罪、あるいは文永8年(1271)より同11年に至る佐渡配流を考えれば、鎌倉に入って設けた庵室の場所は必ずしも一定したものではなかったのではないか。むしろ諸方にその場所があったとする方が自然ではなかろうかと考えられる。

日蓮とその弟子

2010-07-04

法律に額づく職業


 創価大学法科大学院の諸君に贈る――


 ある人類学者から聞いた話ですが、二、三千年前、ある政治家がこう言ったそうです。「これが最後の戦争になってほしいものだ」。しかるに、われわれはなおそれをしているのです。思うに、われわれは本当は武器を欲しているのです。武器や勲章、敬礼、飲酒、殺人といったすべてを慰み物にしているのです。なぜなら、われわれの日常生活がそうだからです。われわれは、自分の貪欲によって、搾取によって、他人を破壊に追いこんでいるのです。富裕になればなるほど、それだけ他人を搾取するのです。われわれはこういったすべてを好み、そしてまた富裕になろうとしています。兵士、警官、法律家という三つの職業が社会で幅をきかせているかぎり、文明は運命づけられるのです。そしてこれこそはインド、さらには世界中で起こっていることです。これら三種の職業はますます強固になりつつあります。皆さんは自分のまわり、および自分の内部で何が起こっているか、どんな破局を準備しているかご存じないのです。皆さんがしたいことはただ、その日その日をできるだけすみやかに、かつ愚かしく、またばらばらに過ごすことであり、そして自分の生の方向を政府、政治家、滑稽な人間たちの判断に委ねてしまうのです。


【『クリシュナムルティの教育・人生論 心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性』大野純一著編訳(コスモス・ライブラリー、2000年)】

クリシュナムルティの教育・人生論―心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性

2010-07-03

「狂信者」という信仰のかたち


 狂信者の野蛮は、これとはちがう様相を呈する。彼らには信仰は欠けていない。それどころか、彼らは確信と熱狂と独断で満ちみちている。自分たちの信仰を知と思いこんでいるのだ。彼らは、自分たちの信仰のために死ぬ覚悟も人殺しをする用意もできている。彼らには迷いもためらいもない。彼らには真と善がわかっているのだ。彼らには、科学も民主主義も必要ない。すべては聖典のなかに書いてある。あとは信じて従うだけだ。ダーウィンと「創世記」のあいだで、個人権利とシャリーア〔イスラム教における聖法のこと〕のあいだで、人民権利トーラーのあいだで、彼らはなんの迷いもなく自分たちのがわを選びとる。彼らは神のがわにたっているのだ。自分たちが誤っているはずがない。彼らが別のものを信じ、別のものに従うことなどあるはずがない。これが原理主義であり、蒙昧主義であり、テロリズムだ。彼らは天使気どりだが、じっさいにはけだものか圧制者になりさがっている。彼らは「黙示録」の騎士気どりだが、絶対的なものの近衛兵にすぎず、彼らはその絶対的なものをわがものにしたつもりでいながら、それを自分たちの良心というほかに類のないほどの狭歪(きょうわい)な次元に切りちぢめている。彼らは自分たちの信仰の囚人であり、神のあるいは自分たちが神の教えだとか掟だとかなんの証明もないままに思いこんでいるものの奴隷だ。こうした輩についてスピノザは、核心をついたことを述べている。「彼らが、一生懸命隷従するのは、いわばそこに自分たちの救いがかかっていると思っているからだ」(『エチカ』改訳下巻、畠中尚志訳、岩波文庫、1975年、136頁)。彼らは、進んで神に従いたがっているのだ。私たちの自由を侵害しないかぎりでは、彼らを好きにしておいてかまわないだろう。だが、彼らが私たちをも従わせようとしてきたら、話は別だ。


【『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル:小須田健〈こすだ・けん〉、C・カンタン訳(紀伊國屋書店、2009年)】

精神の自由ということ ― 神なき時代の哲学

2010-07-02

絶えざる葛藤


「いったいどういうことなのですか。人間は、洗練され、自らに教育を施し、技術面での専門家になったり、屁理屈を並べて議論に打ち勝ち、神や女神やあらゆるものを発明することもできます。にもかかわらず、世界中の人間には、環境や自らが選んだ政府との間だけでなく、古代の僧侶が考え出した教義との間でも、絶えざる葛藤があるのはなぜですか。なぜ人間は、生まれ落ちた瞬間から死に至るまで、各自が尽きることのないこの葛藤に生きるのでしょう」(X氏の質問、1985年7月7日)


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2010-07-01

世界は既に金融崩壊している


 実はいま、【もうすでに世界は金融崩壊しているのです。現象面だけ追っていても、この1年で世界中の株価の時価総額は3000兆円ほど減少しました。半減です。世界のGDPの6割がなくなってしまったのです。日本のGDPは500兆円ですから、日本の国6つが世界から消えた勘定です】。しかもこれは株式市場だけの話であって、住宅価格や商業用地の激しい下落とそれに伴うローンの毀損(きそん)、その他の経済的な損失は含まれていません。あっと言う間に失った世界の富はとてつもなく膨大な額なのです。借金は山のように膨らみ、その全容は全く見えていません。それが世界同時に発生しているという、まさに人類の歴史上なかったことが発生しているのです。


【『大恐慌入門 何が起こっているか? これからどうなるか? どう対応すべきか?』倉慶〈あさくら・けい〉(徳間書店、2008年)】

大恐慌入門 何が起こっているか? これからどうなるか? どう対応すべきか?

ホームグラウンドで戦う


 Jリーグで、良いプレーをすることだ。Jリーグでもっと走る。Jリーグでもっとリスクを冒す。そうでなければ代表だけが短期間で勇気を身につけることはできない。(オシム