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2011-02-28

学会員の思考回路


 矢島周平氏に関する以下のコメントに応答しておく。


「矢島氏非退転」について、実は、私も「創価学会の歴史と確信」を根拠に、最近までそのような認識を持っておりましたが、その記述内容も、よくよく注意して読むならば、戸田会長は「矢島氏退転」の有り様を「病めるウサギのごとく穴居」と表現しておりました。


 また、戸田会長は、別の会合において「幹部十九名ことごとく退転して退転しなかったのは私一人」を明言しております。こちらの発言は、お暇な時に『戸田城聖全集 第4巻』(聖教新聞社版)から探して見てください。


御意見番


早くも歴史修正主義か?」の記事に寄せられた声である。矢島氏が昭和18年の弾圧に屈しなかった事実は「戦時中の逮捕者について」で紹介済み。


 せっかく貴重な情報を寄せていただきながら、ケチをつけるのは片腹痛いが、ここは対告衆(たいごうしゅ)になっていただこう。


 私が問題視しているのは、なぜ事実を枉(ま)げてまで歴史を改竄(かいざん)するのか? という素朴な疑問に他ならない。


 戸田会長は矢島氏が後に出家したことを戦線離脱と考えたのかもしれない。とすると、矢島氏が学会組織の主要ポストから外れた途端、「退転しなかったのは私一人」という論法になったとしても、これは別におかしくはないだろう。あるいは、戸田会長による後継の覚悟を述べたものと考えることも可能だ。


 私が事実を示しているにもかかわらず、御意見番氏は「後から出したジャンケン」を信じ込んで、問題から目を背けている。彼(あるいは彼女)が行っているのは情報の取捨選択のみであって、弾圧に対する想像力が完全に欠如している。


 池田先生もよく「戸田先生の弟子は私一人だ」という。幹部はさもわかったフリをしながら、「先生がたったお一人で──」なあんて話しているわな。だったら、あんたや俺は必要ないよな? ってな論理になる。


 学会員の思考回路って、こんなもんだよ。都合の悪いことには全部目をつぶってみせる。じゃあ、どうしてそんな人物を戸田先生は理事長に任命したのだろう? 「病めるウサギ」のような者を理事長に据えたのは戸田先生本人なのだ。


 結局、大乗仏教特有の「勝てば正義」的発想が、組織の無謬生(むびゅうせい)をでっち上げようとする。


 矛盾や嘘を飲み込むことができる人は、虚偽と真実を見分けられない。説得力を欠いて、「と、先生が言っていた」「と、出版物に書いてあった」と平然と言ってのけるのだろう。


 宗教は「普通に考える力」さえ奪うことがよくわかる。

警察組織の強み


 犯罪の検挙率低下がいわれて久しいが、警察の能力を甘くみるのはまちがいである。構成員個々の質にバラつきがあるのは、どんな組織体も変わらない。だが優秀な警官は、じつに優秀だ。その部分だけにかぎれば、民間の優良企業以上かもしれない。なぜなら、一般企業に属する社員の場合、優秀であればあるだけ、すみやかに管理職に登用されていく。残った現場には、白紙の新人が注入されるからだ。新聞記者がいい例だろう。ところが警察では、しかるべきベテランがしかるべき現場に長期間とどまるケースが少なくない。べつの見方をするなら、とどまらざるを得ない体質を持っているせいかもしれない。


【『名残り火 てのひらの闇II』藤原伊織(文藝春秋、2007年)】


名残り火―てのひらの闇〈2〉 (文春文庫)

2011-02-27

「義」の字義


「義(ただしい)」は、犠牲として神に捧げる「羊」と、これを切る鋸(のこぎり)「我」の合体した文字。「義」には悲劇がつきまとう。


【『一日一書』石川九楊〈いしかわ・きゅうよう〉(二玄社、2002年)】


 再度掲載しておく。

一日一書

2011-02-26

アルゴリズムにしがみつくGoogleは明日の検索でピープルパワーのFacebookに負ける

 ピープルパワーもアルゴリズムである。Googleの機械的な基準が、人々の柔軟な動きに破れつつあるという指摘は重要。これは結局、民主主義のことを示しているのだ。創価学会が行き詰まったのは、組織と役職というアルゴリズムで動いてきたため。例えば、今から数年前に学会本部で大幅なコストダウンに成功し、主導した人物が絶賛された。しかし実は、このコストダウンのやり方は極めて稚拙で、後々コストが増えることが判明している。少なからず気づいた人はいたが、如何せんその声を上げるルートがない。次々と人を介して伝わるため、情報が遮断されてしまうのだ。こうして、「生きた意見」はどんどん学会本部から遠ざかってゆく。

ばあちゃんが新興宗教にはまった

 宗教の効用性。「必ず功徳がある!」というのは効用論だ。これが宗教のプラグマティズム。脳科学や宇宙論から考えると、美利善から真善美への揺り戻しがあってしかるべきだ。要は三国四師をどう捉えるかである。


 ま、創価学会流の教学だと四師をも差別主義で染め上げるわけだが、「俺の方が上だぜ」と日蓮が言い残した形跡はどこにもない。つまり、妙法という真理は不変だが、時代や社会に応じて表現方法が異なると考えるべきだ。


 もう少し突っ込んでおこう。時代や社会というよりも実際は、社会システムにおける権力システムのあり方→コミュニティの政治化→情報伝達の高度化→脳内神経回路の複雑化、といった具合だ。


 科学の発達に伴って新たな教義を示すことができなかったところに、仏教が衰退した最大の原因があるように思う。


 教義といっても情報である。宇宙も情報であり、「私」も情報なのだ。

Facebookが凄い

 数日前に中学時代の友達を見つけ、先ほどは小学校の同級生を発見した(笑)。ウェブ上で35年ぶりの再会を果たす。ネットは時空を超える。

貧窮極まる難民家庭のもてなし


 家に上がれと言うのでバラックの中にお邪魔する。台所に腰掛けて改めて話を聞いた。流しの上にはジュース一本と豚肉のペーストの小さな缶詰が三つ。

昼晩とこればかりなのよ。でも肉は身体が温まる。飢えと寒さにはこれが一番」

 そして客人にはまずこれを、と自家製のラキヤ(梅で作ったブランデー)を取り出しグラスに注いだ。バルカンホスピタリティーを凄いと思うのはこういう時だ。貧窮極まる民の家庭で幾度もてなされたことか。しかし、それが彼らにとっての尊厳なのだ。こういう時はありがたく頂く。一気に煽ると強烈なアルコールが胃壁にぶつかってくるのが分かる。


【『終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(集英社新書、2005年)】

終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ (集英社新書)

2011-02-25

大川きょう子氏の週刊誌報道について

 英語で「ハッピー・サイエンス」って言うんだね。いやあ大笑い。胡散臭い健康食品会社みたいだ(笑)。

キッシンジャーの怒り


 キッシンジャーはさまざまな場で、日本人の戦略不足を揶揄(やゆ)している。マイケル・シャラー教授(アリゾナ大学歴史学部)は、「キッシンジャーの側近によれば、キッシンジャーは『【日本人は論理的でなく、長期的視野もなく、彼らと関係を持つのはしい。日本人は単調で、頭が鈍く、自分が関心を払うに値する連中ではない。】ソニーのセールスマンのようなものだ』と嘆いていた」(出典・1996年の日米プロジェクト会議での報告書「ニクソンショックと日米戦略関係」)と指摘している。

 キッシンジャーは日本人を馬鹿にした発言をする。同時に、彼の対日観は屈折している。キッシンジャーにとって、人生最大の業績は1972年のニクソン大統領訪中であろう。

 キッシンジャーは隠密(おんみつ)外交を展開し、ニクソン訪中を実現した。しかし、米国内諸勢力の抵抗で、米中国交樹立は1979年まで実現しない。ニクソン訪中は、米国外交に反映できなかった。その中、田中角栄(かくえい)総理が72年9月、日中国交正常化を実現し、結果としてニクソン訪中の実を横取りした。

 キッシンジャーは、1972年8月の日米首脳ハワイ会談の直前に、バンカー駐南ベトナム大使と会談し、ここで日本に対する怒りを爆発させた。「裏切り者どもの中で、よりによって日本人野郎が景気を横取りした(原文略)」(2006年5月26日、共同通信が英文で報道)。こともあろうに、馬鹿にしている日本人に馬鹿にされた。キッシンジャーの怒りは凄い。


【『日本人のための戦略的思考入門 日米同盟を超えて』孫崎享〈まごさき・うける〉(詳伝社新書、2010年)】

日本人のための戦略的思考入門――日米同盟を超えて(祥伝社新書210)

2011-02-24

日本の既存メディア完全に統治の道具になっている


 ツイッター時代1:巨大メディアの存在の日本で、140字のツイッターが社交を越え役割があるか。既存メディア関係者はないという。140字で何が出来る。私は違う見解。日本の既存メディア完全に統治の道具になっている。政治面で、客観的事実を伝え、統治に疑問を挟む、この役目は期待できない。


孫崎享〈まごさき・うける〉】


 聖教新聞も同様だ。プロパガンダを目的とした機関紙という点では、「赤旗」と何ら変わらない。普通に考えてみよう。機関紙は会員のために発行するものだ。学会本部が多部数購読や贈呈に目をつぶっている以上、教団内の収益構造と考えてしかるべきだ。

モルモン教原理主義者は一夫多妻制を実践している


 モルモン原理主義者は、現代のモルモン教徒とちがって、聖徒には複数の妻をめとる神聖な義務があると本気で信じこんでいるのだ。モルモン原理主義者の信奉者たちは、自分たちは宗教上の義務として一夫多妻制を実践していると説明しているのである。


【『信仰が人を殺すとき』ジョン・クラカワー/佐宗鈴夫〈さそう・すずお〉訳(河出書房新社、2005年)以下同】


 テンプル・スクエアで真面目な若い宣教師たちが配っている教会の印刷物には、ジョセフ・スミス――いまも、教会の要となっている人物――がすくなくとも33人の女性、おそらく48人ほどの女性と結婚したという事実にはまったく触れていない。このなかでいちばん年下の夫人がちょうど14歳だったとき、ジョセフが自分と結婚するか、それとも永遠の断罪をうけるか、これは神が命じたものであると彼女に話したことも言及されていない。

 一夫多妻制は、事実、ジョセフの教会のもっとも神聖な信条のひとつであった。この教義は重要なものであり、モルモン教の初期聖典のひとつ『教義と契約』の第132章にあるように、長い間神聖視されてきたのだった。ジョセフ・スミスは、多妻結婚のことを「かつて男性に示されたこの世でもっとも神聖で重要な教義」の一部と述べていて、男性が晩年に「大きな喜び」を得るには、すくなくとも3人の妻が必要であると教えていた。


 モルモン教の正式名称末日聖徒イエス・キリスト教会という。キリスト教系の新宗教にあって、エホバの証人、モルモン教、統一協会は三大異端と呼ばれている。ジョセフ・スミスによって創立された。アメリカで一夫多妻制を法律で禁じたのは、何とモルモン教に対処するためであった。ユタ州に信徒が多く、現在でも原理主義者が近親婚を繰り返している。


信仰が人を殺すとき 上 (河出文庫)信仰が人を殺すとき 下 (河出文庫)

2011-02-23

諸法実相と本覚思想


 平安時代になると、「諸法実相」の考え方が発展して「本覚(ほんがく)思想」が生れた。これは人間はむろんのこと、山川草木(さんせんそうもく)を含むすべてのものが成仏するという考え方であるが、インドの仏教からすればかなりの変質といわざるを得ない。ネパールやチベットの仏教も「山川草木が成仏する」とはいわない。しかし中国仏教にはこのような考え方の芽がある。そのかぎりでは、中国仏教と日本仏教は近いといえよう。というよりもも日本仏教は、そのような中国仏教の思想を、日本の文化風土の合わせて導入したといった方が正確であろう。

 平安後期から末期にかけて勢力を得た「本覚思想」に対して、二つの方向からの批判が生れた。一方は法然(1133-1212)や親鸞(1173-1262)の浄土教であり、もう一方は道元(1200-53)を中心とする禅仏教であった。鎌倉仏教の主役であったこの二種の仏教伝統は、本覚思想が安易な現実肯定におち、悟りを求める実践の重要性を軽視していると批判した。


【『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社選書メチエ、1998年)】


 本覚思想とアニミズムは分けて考えるべきだ。編集者も見逃しているようで、危うい文章となっている。尚、本覚思想とアニミズムに共通する「安易さ」は、現代におけるスピリチュアリズムと同じ臭いがする。

最澄と空海―日本仏教思想の誕生 (講談社選書メチエ)

2011-02-22

「自由の叫び声」


 反政府デモが成功して、ムバラク大統領が退陣して、この歌が作成されました。デモや人々の場面はすべてオリジナルデモです。撮影地は注目のタハリル広場です。源氏物語をはじめとして色々翻訳したカイロ大学日本文学部のアハメッドファテヒ博士の­翻訳です。日本はエジプトから遠くて、いわゆる若者革命の情報がなかなか届かないと思いながら、­このビデオを日本人の人々に向けて日本語翻訳の字幕付きをアップロードしました。


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抑止論方便


 鳩山氏の態度変更にもかかわらず、鳩山氏の「抑止論方便」インタビューは極めて重要なポイント2つを示した。


 第一に日米同盟維持の要というべき抑止論が極めて危ういものであること、第二に普天間問題で総理の指示にもかかわらず、官僚機構は総理よりも米国の意向を重視して動いていることが明確になったことである。


 そして鳩山氏が普天間問題で急変したように、僅かの期間で方便説を急変させた。明確に圧力である。少なくとも表では主要メデディアが叩き、国会では狂ったように問題視し、首相以下一丸となり圧力をかけた。


「豹変」もさることながら、この圧力をかける異常な日本という社会を直視すべきである。総理経験者が米国の圧力について語ることはほとんどない。過去多くの総理が圧力を受けている。ほとんどの人が黙して語らない。


 細川元総理は米国から武村官房長官を切るよう圧力をうけ、結局官房長官を切り、内閣は自壊した。その事は小池百合子議員がブログで記載。それにも関わらず細川元首相は総理時代記録『内訟録』に米国の圧力の言及はない。あれだけ詳細に書きしかし言及できない位のものである。


 豹変したとは言え、鳩山氏は発言した。そして我々日本人はそれを見知ることが出来た。是非全文見て。


孫崎享

 孫崎の著書でも紹介されているようだ。

日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書)

小林多喜二


 一昨日は小林多喜二の命日(1933年没)。創価学会への弾圧があと10年早ければ同じ運命を辿ったかもしれない。小林は労働者のために戦い、創価学会は民衆のために戦った。いま我々は何と戦っているのだろう? 権力の恐ろしさを知る人は、権力者と戦った者のみである。小林の遺体を凝視せよ。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫) 小林多喜二名作集「近代日本の貧困」 (祥伝社新書122) 小林多喜二―21世紀にどう読むか (岩波新書)

樹との関係


 夕刻に向けて、西空が沈みゆく日の光を受ける頃、その樹はしだいにくすみはじめ、暗くなり、それ自体の中に閉じこもってしまう。空は赤、黄、緑と変わるが、樹は静まり、隠れ、夜の眠りに入る。

 もしその樹と関係を持てば、人間との関係も持てるだろう。そのとき、その樹に責任を感じ、世界中の樹に責任を感ずるだろう。しかし、もしこの地上の生きものとの関係をもたないなら、人間とのあらゆる関係も失われるだろう。われわれは決して樹の本質を深く掘り下げて見ない。われわれは決してほんとうにそれに触れ、その固さとその荒い樹皮を感じ、樹の一部であるそのひびきを聴かないのである。木の葉を通り抜ける風の音でも、木の葉を揺るがす麻の微風でもなく、それ自体のひびき、樹の幹のひびき、樹の幹の沈黙したひびきである。そのひびきを聴きとるには、途方もなく敏感でなくてはならない。このひびきは、この世の騒音でも、心のざわめきでも、人間の争い、人間の戦いの野卑さでもなく、宇宙の一部としてのひびきである。

 われわれが、自然や、昆虫や、跳びはねる蛙や、友を呼んで岡の間に啼くフクロウなどとの関係をほとんど持たないのは奇妙なことである。地上のあらゆる生物に対し、何らかの感情を持つようには決して見えないのだ。もしわれわれが自然と深く根づいた関係に入ることができるなら、食べるために動物を殺したりは決してしないだろうし、猿や犬やモルモットを自分たちの利益のために損なったり、生体解剖したりは決してしないだろう。われわれの傷や身体を癒す別の方法を見つけるだろう。しかし、心の癒しは何か全く別のものである。もしわれわれが自然とともにいるなら、樹の上のオレンジと、コンクリートを突き抜ける草の葉と、雲に覆われ、隠された丘陵とともにいるなら、その癒しは徐々に起こってくるのである。


【『最後の日記』J・クリシュナムルティ/高橋重敏訳(平河出版社、1992年)】


最後の日記

2011-02-21

薬物は快楽中枢ではなく、脳内の探索システムを激しく刺激する


 ところが、現在では、まったく違う考え方がなされている。コカインのような薬物が快感を与えるのは快楽中枢ではなく、脳内の探索システムを激しく刺激するからだという説で、その証拠は山ほどある。自己刺激をしているラットが刺激していたのは、好奇心/関心/期待回路だった。【それが】快く感じられるのだ。なにかに興奮して、起こっていることに大きな関心を抱き──「ハイになる」とよくいわれていた状態になる。

 この新しい解釈には、少なくとも三つの証拠がある。ひとつめは、脳のこの部分を刺激されている動物が、強い好奇心がように行動すること。ふたつめは、脳のこの部分を刺激されている人間が、楽しくて興味津々だと述べること。

 三つめの証拠は、決定的だ。脳のこの部分は、動物が近くに食べ物がありそうな気配を感じると活発になり、実際に食べ物を見ると活動が止まる。探索回路が活発になるのは、ついに食べ物を見つけたとき、あるいは食べているときではなく、食べ物を探しているあいだだ。探索に快楽を覚えるのだ。

 考えてみれば、それほど驚くことでもない。もっとも基本的なレベルでは、動物と人間は食べ物探しを楽しむようにつくられている。だから、狩猟家は、殺して食べ物を食べるわけでもないのに、狩猟を楽しむ。猟をすること自体が好きなのだ。人間は、それぞれの性格や関心によって、さまざまなものを探して楽しむ。のみの市で掘り出し物をあさり、インターネットで医学上の問題の答えを検索し、教会や哲学講座で人生の究極の意味を模索する。こういった活動はすべて、脳内の同じシステムで生じる。


【『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリンジョンソン:中尾ゆかり(NHK出版、2006年)】

動物感覚―アニマル・マインドを読み解く

2011-02-20

教団内の差別構造


 宗教社会学で「制度宗教」という言葉がある。一般的にはカトリック教会を中心とするヨーロッパ社会の伝統形成を示している……はずだ。多分。つまり広く受け容れられた宗教が、暗然と社会をバックアップすることで、我が世の春を謳歌しようとしたわけだな。


 社会制度は政治的・法律的・経済的関係性を規定し、宗教は善悪・正義・罪とを設定する。とすると制度宗教が形成されるや否や、外側(社会)と内側(内面心理)がシステムというロープでがんじがらめになる。


 インドにおけるヒンドゥー教も制度宗教と考えてよかろう。もちろん中東におけるイスラム教も同様だ。


 これら三つの宗教と地域に共通しているのは「恐るべき暴力性」といってよい。中世の魔女狩り、イスラム圏の女性差別、インドのカースト制度がその典型だ。


 制度宗教の前段階として組織宗教が形成される……と思う。教団の組織化は権力構造のシステム化であり、布教運動のシステム化と考えられる。ま、信仰の栽培みたいなものだな。


 システムにはルールが必要だ。では布教に意欲的な教団を見てみよう。創価学会エホバの証人を例に挙げる。伝統宗教から異端視されていることや、教義重視の宗教性が共通している。


 エホバの証人の場合、バプテスマという洗礼を受けると正式なメンバーとして認められる。それから半年を経過すると正規開拓者になることができる。正規開拓者には年間840時間(70時間/月)の証言活動(伝道)が課される。更に宣教者や特別開拓者に使命されると、月に130時間の証言活動を誓約する。

 創価学会の場合は入会後、勤行・唱題の励行、座談会・協議会・御書学習会への参加、聖教新聞の購読が会員としての活動となる。創価学会員は会員数が多いため、行政区単位で6層の組織構造(ブロック、地区、支部、本部、分区、総区)を形成している。真面目に活動をしていれば1年ほどで役職が与えられ、上がれば上がるほど忙しさが増す。幹部になると主要な活動は折伏・新聞啓蒙の推進、公明党支援、財務となる。


 フム、似ているわな(笑)。明らかなノルマ、明確な運動性、教団内での評価・顕彰。始めに指示・命令・要求ありき。


 厳密にいえばエホバの方がはるかに勉強している。創価学会にあるのは運動性だけだ。祈る行為すら運動と化し、時間を競い合っている。組織の成果はすべて「量」に換算され評価が決まる。財務は志よりも金額が重視される。


 教団は「第二の社会」となって別のヒエラルキー構造を形成する。そして内部における差別意識が実は運動の原動力となっている側面がある。


 社会という競争があり、宗教という競争がある。我々は「比較される対象」でしかない。人間の顔を失った布教は、単なる装置であろう。


 学会幹部が起こした事件の被害者に対して、ある副理事長は「学会に迷惑をかけるな、先生に迷惑をかけるな」と指導した。この言動に宗教性はひとかけらもない。一流企業の取締役みたいな発想だ。ま、我々の運動がビジネスであるとすれば、この野郎の話は腑に落ちる。


【追伸】日曜日だというのに立て続けの電話があり、中途半端な文章となってしまった。

香港のテレビ局による鳩山由紀夫インタビュー


 日本の報道とは歴然とした違いが見られる。涼しげな声でどんどん突っ込んだ質問をしている。日本のテレビは既に見る価値なし。


D

NY Timesが「Huffingtonリブログ」に負ける理由

 ウェブ2.0を理解できない旧態依然ぶりが一目瞭然。人と人とが様々な要素でつながるのがソーシャル・ネットワークだ。権威主義的な組織ほど横のつながり(※創価学会でいえば地域横断的な関係性)を恐れる。

運命


 運命は欲する者を導いて行き、欲しない者を引きずって行く。

  ──セネカ


【『恐慌の黙示録 資本主義は生き残ることができるのか』中野剛志〈なかの・たけし〉(東洋経済新報社、2009年)】

恐慌の黙示録―資本主義は生き残ることができるのか

2011-02-19

批判


 私が本気で批判をしていると思ったら大間違いだ。本気になれば、この程度では済むはずがない。大幹部の氏名を挙げて、具体的事実を列挙することもたやすい。批判を小出しにしているのは時を稼ぐためだ。私の子に該当する世代から本物が現れれば、私の役目は終わる。それは今の20代のメンバーである。更に付言すれば、学会員であるか否かを問わない。私は既に真剣を抜いたのだ。恩を知る人のみが恩を返すことができる。報恩の念を抑えいがゆえに諫言があふれ出てくる。この心を知る人がありやなしや。

将の能にして君の御せざる者は勝つ

 創価学会は君主が軍を御してきた。牧口初代会長の下(もと)にあっては戸田二代会長が将であり、戸田二代会長の下にあっては池田三代会長を中心とする参謀室が将であった。参謀室が廃止されたのは昭和40年代前半だと思う。最後の参謀室長は市川雄一氏である。つまり公明党結党の数年後だ。


 参謀室が結成された折、ラインとスタッフの役割の違いについて確認がある。しかしながら、これは一考を要する。なぜなら「将が能」であれば参謀室は将の下に設置されるべきであって、会長直属となる必要はないからだ。とすると、王を君と考えれば、参謀室は劉備玄徳諸葛孔明の権能を与えられたといってよかろう。


 ここにおいて国政における中央集権か地方分権かという問題と同じ次元に至る。組織とは権力である。だが統治法は一つではない。何にも増して「将が能」という保証はどこにもないのだ。


 宗教団体は極端に試行錯誤を恐れる。錯誤があっては信仰の絶対性を担保できないためだ。その臆病に創価学会一凶があったのだ。

知的な厳しさ


 だがそれも、ビル・ジェイムズが現れるまでの話だった。カンザス州の田舎に生まれた彼は、地元のリトルリーグの統計をとったり、食品工場でボイラーの火を見ていたほかに、人生でたいしたことはしていなかった。ところが暇にまかせて野球の統計を新鮮な目で勉強しはじめたところ、「古くからある野球の知識はほとんどがたわごと」であることを発見した。ジェイムズは野球というテーマに「知的な厳しさ」をもって取り組みたかったと書いている。


【『「ジャパン」はなぜ負けるのか 経済学が解明するサッカーの不条理』サイモン・クーパー、ステファン・シマンスキー/森田浩之訳(NHK出版、2010年)】


 宗教団体に欠けているのは「知的な厳しさ」である。このため宗教はいつの間にか従属・隷属の異名となってしまった。創価学会を見回しても、自分の頭で考えている人はまず見当たらない。組織で流通しているのは「指導の受け売り」だ。思考回路が閉ざされているので、時間を経るほど説得力が失われ、論理が破綻した飛躍が目立つ言動となる。その典型が「学会活動をすれば功徳がある」という論法だ。これは宗教行為が経済行為に堕している証左といえよう。


 あまりにも盲目な会員が多いため、はっきりと言っておこう。創価学会は政治にコミットした瞬間から、民衆を利用する団体となってしまったのだ。日蓮仏法標榜しながら、御書を学ぶのは1ヶ月でわずか1〜2行(座談会御書)という体たらくだ。


 唱題はノルマと化し、他人よりも多く行うことが奨励されている。学会活動はすべて数字に換算され、ランク付けが発表される。常に闘争心を駆り立てられ、競争へといざなわれているのが現状だ。営業マンとどこが違うのであろうか?


 心ある人々は組織や学会本部に問題があることを知っている。だが行動を起こす人は皆無だ。問題を指摘するだけなら小学生にだってできる。本気で解決しようとすれば、革命に等しい行動が必要なのだ。


「知的な厳しさ」という言葉を腹に入れておくこと。


 ビル・ジェイムズは野球において打率よりも出塁率を重要視することを明らかにした。また本書によれば、サッカーの国際試合を左右するのは「国の人口国民所得、国際試合の経験」であることが指摘されている。相関関係を科学的に洗い出す作業といえよう。

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

2011-02-18

民主有力幹部が菅首相退陣を打診 公明幹部に 退陣加速へ


 民主党有力幹部が公明党幹部に対して、菅直人首相の退陣を条件として、平成23年度予算関連法案に賛成してくれるよう打診していたことが18日明らかになった。

 関連法案の成立が危ぶまれていることなどから菅首相が退陣、あるいは解散総選挙に踏み切る可能性が指摘されていた。有力幹部による今回の打診が明らかになったことにより、首相退陣の流れが一気に加速しそうだ。

 これに関連、公明幹部は事実関係を否定している。


産経ニュース 2011-02-18

予言の自己成就


【予言の自己成就】

 個人が自己の予測や願望に沿うような行動をとった場合、社会現象としてその通りの結果が出現すること。

 すなわち、予言されることによって予言されたことが現実のものになり、人びとが自分たちの共有した知識に基づいて行動することによって、その知識が自分のものになって自己成就する。

★「地価は上がる」と人びとが信じることにより、実際に地価は上がり、「株価は上がる」と信じている限り、株価は上がり続ける。その逆もあるわけで、「銀行が倒産する」などと人びとが予測して、預金引き出しに殺到したり、購買拒否したりすれば、銀行や食品会社はあっという間に倒産してしまう。「思い込み」や「風評」の恐ろしさは他人事ではない。とりわけ、現代はインターネットの時代。サイバー社会の「予言」のスピードとパワーは半端ではないのだ。


【『世界は感情で動く 行動経済学からみる脳のトラップ』マッテオ・モッテルリーニ/泉典子訳(紀伊國屋書店、2009年)】


目次


 はじめに―「脳のトラップ」を知ろう


パート1 まずは心の準備体操

1.予言どおりに銀行は倒産した―予言の自己成就

2.つらい検査が快適になる方法―ピーク・エンドの法則

3.一ドル買うのにいくら払うか?―コンコルド誤謬

4.「まだ半分もある」と「もう半分しかない」―フレーミング効果


パート2 あまりに人間的な脳

5.表が出たら私の勝ち、裏が出たらあなたの負け―基準値の誤り

6.「ホットハンド」の持ち主を探せ!―大数の法則

7.マリアの職業を当てなさい―代表性のマジック

8.偶然にも規則があるはずだ―偶然に秩序をみる

9.「タバコはがんの原因になります」―原因と結果の相関関係

10.指紋もDNAも確実ではない―確実性効果

11.ショッキング度で決まる重大事件―統計より感情

12.バーゲンセールの「からくり」―アンカリング効果

13.見えてはいても、見ていない―注意力の欠如 その1

14.バスケットのコートにゴリラがいた?―注意力の欠如 その2

15.「あらゆる病気と事故のための保険」―注意の焦点化効果 その1

16.宝くじが当たった直後は幸せだけど―注意の焦点化効果 その2


パート3 集団のなかでの困った判断

17.他人には辛く、自分には甘い―帰属のエラー

18.うぬぼれ屋の言い訳―自己奉仕的バイアス

19.「愚か者の親玉」はリッチになる―集団の知恵

20.占いはどうして当たるのか―バーナム効果

21.そう考えない人はどうかしている―フォールス・コンセンサス効果

22.みんながやっているから―群れ効果

23.イラク戦争はこうして始まった―集団思考

24.こっちの仲間はダントツだ―集団規範

25.あっちのひとはすべて凡人―他の集団への偏見

26.高いワインのほうがうまいわけ―ハロー効果

27.ペニスは10人中9人が平均より長い!?―自信過剰

28.強く願えば実現する―願望的思考

29.正しい病名の診断は「あとから」つく―後知恵

30.目撃者の証言は「作られる」―偽りの記憶

31.いらない枠を作ってしまう―無意識のいたずら

32.発言するのは最初がいい? それとも最後?―順序効果


パート4 いざ、決断のとき

33.ダイエットは明日からはじめよう―プランニングの誤り

34.リターンを考えすぎる人、リスクを考えすぎる人―欲深と尻すぼみ

35.都合のいいことだけを覚えている―明るい記憶

36.今のままがいちばんいい―現状維持

37.読みたいように読んでしまう―先入観のトラップ

38.サルにならって取引をする―損失回避性

39.「あの飛行機に乗ってさえいたら」―後悔の理論

世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)

2011-02-17

群れの前を歩く


 群れの前を歩くことは、その群れの一部でなくなったということでは決してない。

(モーリス・ドリュオン『権力』)


【『世界毒舌大辞典』ジェローム・デュアメル/吉田城〈よしだ・じょう〉訳(大修館書店、1988年)】

世界毒舌大辞典

2011-02-16

Facebook


 今日からFacebookを試してみる。いつの日か訪れるであろうデモに備えて(笑)。

文庫化『増補 日蓮入門 現世を撃つ思想』末木文美士(ちくま学芸文庫、2010年)


増補 日蓮入門 現世を撃つ思想 (ちくま学芸文庫)


 日蓮の思想は、近代日本において超国家主義者に信奉されるなど、時に危険なイデオロギーとも目されてきた。だが、実際の著作を読んでゆくと、真の日蓮は一筋縄ではゆかない、実に多面的な思想家であることに気付くだろう。政治権力に挑戦する闘う思想家、孤独で内省的な理論家、ユートピアを思い描く夢想家、おおらかな現実主義者など。魅力的なその人柄に触れつつ、『立正安国論』『三大秘法抄』などの遺文をひとつひとつ読み解き、多彩で奥深い思想世界を探る。ちくま新書版に増補をくわえて刊行する。

学ぶことで世界は変わる


 僕はサリムにささやく。「おい、面白そうだからちょっと聞いてみろよ」

 サリムも壁に耳をつける。それから30分の間に、僕たちは天文学の初歩を駆け足で学ぶ。星座について、宇宙について、彗星について。大熊座と小熊座について。天の川と北極星について。土星の輪(ママ)と木星の月について。

 シャンタラムの話を聞いているうちに、僕の胸にこれまで知らなかった憧れがわき上がってくる。僕にも、惑星や恒星のことを教えてくれる父さんがいたらなと思う。それまでは、夜空なんてただ日が沈んで暗くなったあとの空だという認識しかなかった。それが短時間のうちに、驚きと発見に満ちた特別な世界に変わったのだ。


【『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ/子安亜弥〈こやす・あや〉訳(ランダムハウス講談社、2006年/ランダムハウス講談社文庫、2009年)】

ぼくと1ルピーの神様 (ランダムハウス講談社文庫)

2011-02-15

検索はまだ全然ダメだ

 Google批判。社会に与える影響が大きい巨大組織は必ず批判される。その意味で創価学会には「内外からの正当な批判」がなさすぎた。これが組織衰退の根本的な原因である。

「無縁社会」を恐れる損得勘定


 それだけでは不安な者の中で、さらに伝統宗教では物足りない者たちは、「会社」「新興宗教」「マイノリティ団体」といった(幻想かもしれないけれども)共同体に所属していった。労働組合や創価学会民団総連などの伸張は、日本人(および在日韓国・鮮人)が古い「縁」を忌避してきた結果でもある。


宮島理

コペルニクスに対する批判


 しかしニコラス・コペルニクス(1473〜1543)は「太陽が世界の中心であり、地球は太陽のまわりをまわっている」という「地動説」をとなえました。これに対し、当時の天動説の支持者たちはこう反論しました。「もし地球が動いているなら、地上から吹いている空気は止まっているはずだから、地上にはつねに強風が吹くはずだ」、「球を投げ上げたら、球が空中にある間にも地球は動くのだから、球は決して手元にもどってこないはずだ」と。


【『みるみる理解できる相対性理論 改訂版』ニュートン別冊/佐藤勝彦監修、水谷仁編集(ニュートン プレス、2008年)】


 科学に誤謬(ごびゅう)は多い。元々科学というのは化学(Chemistry)から始まった。その源流を尋ねれば錬金術(Alchemy)である。近代物理学の祖であるアイザック・ニュートン錬金術を研究していた。だが科学は実験・観察を通して常に修正し、時に捨てる。パラダイムシフトは「概念の劇的な変化」という意味で使用されることが多いが、本来は「科学革命」の意である。もしも宗教革命が成されれば、「宗教」という言葉のイメージは一変するはずだ。天動説と地動説ほどの相違があることだろう。そのためには、科学的アプローチで宗教を見極めることが求められる。ここにおいて信仰体験は斥(しりぞ)けられる。なぜなら体験は証拠と見なすことができないためだ。体験で正誤を判断するのであれば、マルチ商法の健康食品販売はすべて正当化されてしまう。それゆえ日蓮が説く現証は、「現実の証拠」ではなく「現実の事象」として捉えるべきだろう。

みるみる理解できる相対性理論 改訂版―特殊相対論も一般相対論も実はむずかしくなかった! (ニュートンムック Newton別冊サイエンステキストシリーズ)

2011-02-14

英国、教会での同性結婚式を容認へ、婚姻法改正を検討

 画期的なニュースだ。キリスト教は基本的に同性愛を認めていない。少し前にローマ法王が条件付きでコンドームの使用を認めたニュースも同様。基本的には避妊すら認めていないのだ。このためキリスト教原理主義のアメリカでは毎年のように、堕胎手術をする医師が殺されている。正義に取り憑かれると、必ず暴力が生まれる。

〈倫理的なもの〉はある種の命令を含んでいる


 ふつう〈倫理的なもの〉はある種の命令を含んでいる。キリスト教ではそれは〈神〉の命令だし、カントの道徳は、自分自身の格律からの命令である。また社会的な倫理は、大ぜいの他者からの命令である。ところでニーチェはこの〈倫理的なるもの〉の起源を、「疼(やま)しい良心」、つまり弱者のルサンチマンから現われ、それが内面化されたものだと看破した。


【『現代思想の冒険』竹田青嗣〈たけだ・せいじ〉(毎日新聞社、1987年/ちくま学芸文庫、1992年)】

現代思想の冒険 (ちくま学芸文庫)

2011-02-13

創価学会はニューエイジか?


 ヒーラスは固定的な団体もニューエイジの一部として理解し、事実、欧米の創価学会をニューエイジ団体の1つとみなしている。同様に、ベックフォードも創価学会をNRHMsの1つと考えている。一方、島薗は、すでに述べたように、創価学会などの宗教団体は「ニューエイジやその周辺の世界観と多くを共有しているが、かなり明確な教義や組織をもち、信徒に強いコミットメントを要求する」ため新霊性運動=文化からは除外している。このように、ニューエイジに特定の宗教教団も含むと考える者から、固定的な組織を除外する研究者までいる。


【『現代社会とスピリチュアリティ 現代人の宗教意識の社会学的探究』伊藤雅之(渓水社、2003年)】


 鎌倉仏教は最澄台密)と空海東密)による密教の系譜に連なっており、マンダラマントラ(呪文)が共通項だ。「祈りはかなう」という主張は科学的に立証することができないゆえ、密教系はすべてスピリチュアリズムカテゴライズされる。

現代社会とスピリチュアリティ―現代人の宗教意識の社会学的探究

2011-02-12

地球の陽子と中性子の総数


 10を9回掛けたものを簡潔に表すと10の9乗と。したがって、地球のおおよその人口は次の式で表せる。


 60億=6×10の9乗


 このとき9を指数という。

 ここに、もっと大きな数がある。地球による陽子と中性子の総数である。


 地球の陽子と中性子の数(概数)=10の51乗


【『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド:林田陽子訳(日経BP社、2009年)】


 短い表現形式が広略要の要である。それを突き詰めるとマンダラになる。

ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い

2011-02-11

時代錯誤


 時代錯誤とは、字義どおりには時代を錯誤することである。だが、時代が錯誤していることだっておおいにありうるのである。


【『貨幣論』岩井克人〈いわい・かつひと〉(筑摩書房、1993年/ちくま学芸文庫、1998年)】


貨幣論 (ちくま学芸文庫)

2011-02-10

宣伝工作


 少し前になるがツイッターで精神医学を批判しまくっている人を見つけ、早速フォローした。

 その直後、以下の記事を知った。

 直ちにフォローを解除した(笑)。サイエントロジーといえばトム・クルーズが有名だ。


 私の内側で残念な思いが駆け巡った。果たしてこれは何に由来しているのだろう? 彼は精神分析を批判することで、不特定多数の人々をサイエントロジーへ導こうと企んでいたのだろう。つまり彼の情報は「だし」にすぎなかったわけだ。


 しかも精神疾患宗教は親和性が高い。どちらも心の問題を扱っている。とすると、健康を標榜しながら商品を販売するマルチ商法と変わりがない。


 自分の所属教団を鮮明に打ち出すブログはすべて同じ臭いを放っている。結果的に教団の宣伝工作を担っているケースが多い。その胡散臭さが世間との間にある垣根を強固なものにしている。

私たちは「誰かが私を助けに来てくれる」と思っているので切迫感を持たない


 ジェイコブ・ニードルマンはサンフランシスコ州立大学哲学教授。


クリシュナムルティ●ごく単純にさせてみましょう。かりに、もし本もなく、グル(※導師)も教師もいなかったら、どうされますか? あなたは迷い、混乱、苦悶している。どうされますか? 誰もあなたを助けてくれる人はいない。ドラッグも、精神安定薬(トランキライザー)も、組織宗教もない。どうされますか?


ニードルマン●どうしたらいいか想像もできませんね。


クリシュナムルティ●そのとおり。


ニードルマン●たぶん切迫感が瞬間的に起こるでしょう。


クリシュナムルティ●そのとおりです。私たちは「誰かが私を助けに来てくれる」と思っているので、切迫感を持たないのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2000年)】

私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2011-02-09

「霞が関は政治介入嫌い」長妻氏 官僚との攻防赤裸々に


「つくづく、霞が関は“政治介入”が嫌いなのだなと思った」──。長妻昭前厚生労働相は、10日に発売する自著「招かれざる大臣」で、在任中に「政と官の新しい関係を作り上げよう」として、厚労官僚と繰り広げた攻防を赤裸々につづった。

「役所の執念を感じた出来事」として例に挙げたのは、社会保険庁廃止で官界から“追放”したはずの渡辺芳樹元社保庁長官が、昨年8月にスウェーデン大使として復帰を果たした人事。長妻氏は「閣議で承認する前日まで知らなかった」と明らかにし、「事前に情報が漏れれば、私が反対するかもしれない」との警戒感から役所が情報を遮断した可能性を示唆している。

 社会保障と税の一体改革に絡み、「消費税率とその使い道を明確に示し、選挙に挑むべきだ」と、衆院解散・総選挙で信を問うことの必要性を強調した。


47NEWS 2010-02-08

「業」とは行為の流れ


三枝●しかし、仏教の根本になるのはやはり「業」(ごう)の思想、原語はカルマと言いますね。そしてそれが輪廻思想をバックアップしている。


岸田●“女の業”だとかっていうやつですね。


三枝●業は【わざ】とも読めるように、本来は人間がなした行為のことです。そして、行為には必ず結果がある。


岸田●業績の業ですね。


三枝●ええ、業績があるわけです。極端な例を言えば、人を殺せばそこに死体がある、その死体はその人間の次の行為を縛る。死体をなんとかしなければいけないですから……。だから、その結果が結局、また原因になる。


岸田●それを「業」と言う。


三枝●ええ。「業」というのはそういう行為の一つの流れ、蓄積です。


【『仏教と精神分析』三枝充悳〈さいぐさ・みつよし〉、岸田秀〈きしだ・しゅう〉(小学館、1982年/第三文明レグルス文庫、1997年)】


 これは面白い考え方だ。「場」としての「業」。

仏教と精神分析 (レグルス文庫)

2011-02-08

Google Chrome

 ブラウザをGoogle Chromeに変えた。知らぬ間にJavaアプレットも見られるようになっていた。動画の表示が早く、信じられないほど軽快に動く。ウェブページの検索はドラッグ&右クリック。びっくりさせられたのは、PDFファイルの文字がコピーできること。こりゃ凄い。

名古屋市長選が示したこと


 愛知県は先の衆院選では、15選挙区で民主党が全勝した民主党王国という特異な地域である。言うなればホームゲームである。それが、同時に行われた県知事選でも、民主党推薦候補者は河村氏とタッグを組んだ大村氏に大差で敗れただけでなく、自民党推薦候補の後塵を拝したのであった。民心が、如何に菅政権から離れているかを、如実に示した深刻な結果なのだが、それが民主党執行部には理解できないようだ。


徳山勝

宇宙で絶対不変なものは光速度だけ


 アインシュタインがわれわれにもたらしたこの新しい相対的な世界において、絶対不変のものが一つだけ存在する。光の速度である。ほかのすべては、この究極の速度の見解を取りかこむ取り巻きにすぎない。空間と時間は一体化し、時空となった。光速の宇宙船で旅する双子の一方は、地球に残っている双子の片割れよりもゆっくりと歳をとることが証明された。物体の速度が光の速さに近づくにつれて、運動する物体は変化し、時間は伸びる。時間はゆっくりすぎる。相対論の禁ずるところではあるが、もしなにものかが光より速く動くとすれば、それは過去へ進むだろう。空間と時間はもはや固定していない──可塑(かそ)的であり、物体は光速にどれほど近いかによって変わりうる。


【『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学 アインシュタインと膨張する宇宙』アミール・D・アクゼル:林一訳(早川書房、2002年/ハヤカワ文庫、2007年)】

相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学―アインシュタインと膨張する宇宙 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

2011-02-07

因果律


 時間論から考えると因果律は過去が現在を支配していることになる。過去(原因)→現在(結果)という図式だ。とすれば、たとえ決意しようが妥協しようが、それ自体が過去に依拠していることになる。ここにおいて宿命論はキリスト教の運命論と完全に同じ内容と化す。神様が決めるか、自分の行為が決めるかの相違だけであって、決定論であることに変わりがない。


 真蹟因果倶時という言葉は見当たらない。


 蓮華と申す華は菓と花と同時也。


【「上野尼御前御返事」真蹟


 これは因果倶時と捉えて構わないだろう。


 本門にいたりて、始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる。四教の果をやぶれば、四教の因やぶれぶ。爾前・迹門の十界の因果を打ちやぶて、本門十界の因果をとき顕す。此れ即ち本因本果の法門なり。九界も無始の仏界に具し、仏界も無始の九界に備わりて、真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし。


【「開目抄真蹟


 これは思想におけるパラダイムシフトを示したものと考えることも可能だ。因果倶時は因果の否定である。従果向因(因果倶時)と従因至果(因果異時)とはベクトルが正反対となる。時間軸を逆転させることで久遠元初は尽未来際へと開かれるのだ。

 始成正覚とは過去である。過去を打ち破ることで久遠実成が顕れる。この久遠とは過去のことではなくして本来の意であり、過去の業を払拭した生命状態を指す。つまり本来の存在が瞬間瞬間湧き出る状態といえよう。


 法華経湧出品において、ブッダが大地を蹴って地湧の菩薩が陸続と登場した。この瞬間ブッダは過去から解き放たれたのだ。そして六万恒河沙の勇壮な菩薩たちは「我が生命力」を表している。


 過去の延長線上に現在を捉えるのではなく、未来のために現在を犠牲にするのでもなく、現在という一瞬の中に永遠を見出す姿勢が問われている。これが因果倶時である。

相関関係がいかに強くてもそれが因果関係とはならない


 相関関係がいかに強くてもそれがそのまま因果関係とならないことを、たいていの人は知っている。ところがこの事実は容易に忘れられる。傘を携えているからといって雨が降るわけではないことを誰でも承知しているのに、脳の中の何らかの生物学的マーカーと精神障害の間に相関関係があることが発見されると、このマーカーを障害の原因だと信じこむという落とし穴に容易にはまってしまう。脳がすべての精神的な経験において中心的役割を担っていることが知られていることがその一つの理由なのだろうが、論理的には、この関係は傘と雨の関係と変わりがない。人の精神状態や経験は脳に影響を与えうるし、逆もありうる。二つの事柄に相関関係があるとき、どちらが原因でどちらが結果であるか、自分でわかっているつもりになってはいけない。「原因」と「影響」が混同されやすい。また、二つのものに因果関係がなくても、大きな相関関係はありうる。たとえば、ほとんどの国で、名前が母音で終わる人は名前が子音で終わる人より、平均でみると、背が低い傾向が見られる。しかし少し考えてみればわかるように、最後の母音子音と背の高さに因果関係を想定すべき道理はない。


【『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン/功刀浩〈くぬぎ・ひろし〉監修、中塚公子訳(みすず書房、2008年)】

精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構

2011-02-06

民主支持層、8割が河村氏に投票=大村氏も6割獲得−名古屋・愛知両首長選


 6日投開票の名古屋市長選で、時事通信社が実施した出口調査によると、民主党支持層の76%が河村たかし氏に投票したと回答し、同党が擁立した石田芳弘氏は21%しか取り込めなかった。愛知県知事選でも同党推薦候補の御園慎一郎氏に投票したのは24%にとどまり、60%が大村秀章氏に流れた。両首長選で民主党は、有権者の既成政党不信を背景に地域政党を立ち上げ連携した河村、大村両氏に有効な対立軸を示せず埋没した格好だ。

 自民党支持層も、市長選では58%が河村氏に投票したと回答。同党が事実上支援した石田氏の34%を大きく上回った。知事選でも、48%は大村氏に投票したと答え、同党が擁立した重徳和彦氏は38%だった。

「支持政党なし」とする無党派層は、市長選では75%が河村氏、知事選では56%が大村氏にそれぞれ投票したと答えた。公明支持層の投票先は、市長選では河村氏53%、石田氏31%、知事選では大村氏69%、重徳氏19%だった。

 調査は、市長選が市内20投票所、知事選が県内38投票所で実施。それぞれ有権者1303人、2509人から回答を得た。


時事ドットコム 2011-02-06

盲目の自由人


 抜群の移動能力が世界へのハードルを引き下げていたことは確かだが、それもメイならではなお世界に対する態度があってこそのものだった。メイが行きたいと思う場所──というより、ありとあらゆる場所にメイは行きたかったのだが──に行こうとすれば、迷子になることを覚悟しなくてはならない。目の不自由な人にとっては、えてして考えるだけでぞっとする悪夢だ。しかしメイにしてみれば、迷子になることこそ、いちばん楽しい経験だった。「おれはとびきり好奇心が強いんだ。道に迷うのはちっともいやじゃない。ものごとを発見するのに欠かせないプロセスだ」と常々言っていた。どうやってそんなに上手に杖で移動できるのかと尋ねると、肝心なのは杖ではなく好奇心なのだと答えたものだ。


【『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン/池村千秋訳(NTT出版、2009年)】

46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生

2011-02-05

未知の種族を発見:アマゾン流域

 国家は彼らを虫けらのように扱う。ビジネスマンなら何かを売りつけようとするはずだ。そして信仰者は布教の対象として見つめるに違いない。おわかりになるだろうか? 「対象」として見つめる視線は、相手が同じ人間であることを排除している。つまり「コントロールするべき対象」として矮小化されているのだ。この眼差しを第六天の魔王と名づける。会員は結集数となり、友人は票と化し、戦いは自分がステップアップするための手段に変質する。組織の論理は宗教性とはまったく関係がない。

公明との連携、統一選前は困難 安住氏


 民主党の安住淳国対委員長は5日午前のテレビ東京番組で、2011年度予算案と関連法案に反対する方向性を打ち出した公明党に関し「長い自公政権の経緯もある。統一地方選を前にわれわれとの距離を縮めてもらうのはしいだろう」と述べ、4月の統一地方選前の連携は困との見方を明らかにした。

 同時に「政策的には折り合える部分もたくさんある」と指摘し、予算案や関連法案の修正協議に期待感を重ねて表明。関連法案が参院で否決された場合、衆院で社民党などの協力を得て再可決する可能性については「その後、参院で審議拒否され、ほかの法案が通らなくなる。あまり使わないほうがよい」と否定的な考えを示した。

 強制起訴された小沢一郎元代表の処分をめぐっては「何らかのけじめが必要であり、役員会で早く結論を出すべきだ」と述べた。


47NEWS 2011-02-05

自己を規定しているのは免疫系


 この(ウズラとのキメラ)ニワトリは、羽根を動かし、摂食し、正常に成長するが、生後3週から2ヵ月もすると、まず、羽根が麻痺してぶらさがり、歩行も摂食もできなくなる。やがて全身の麻痺が進行し、衰弱して死ぬ。

 ニワトリの免疫系が、ウズラ由来の神経細胞を「非自己」の異物として認め、拒絶するからである。ウズラ由来の細胞からなる脊髄部分に、ニワトリの免疫細胞が入り込み、神経細胞は破壊され脱落しているものがみえる。すなわち、いままで「自己」のものとして使われていたウズラ由来の神経は、「非自己」と判断され排除されてしまうのである。自然が、「種」というものを厳密に区別する働きをいかに大切にしているかを示す好例である。

 ところが、神経管移植の際に、免疫の中枢臓器である「胸腺」になる原基をウズラから取って、神経管と同時にニワトリ胚に移植しておくと、拒絶反応は起こらない。「胸腺」については、別の項で詳しく述べるが、ウズラの細胞を「自己」と認識するか、「非自己」と認識するかは、この「胸腺」が決めているわけである。ウズラの胸腺になる原基を同時に移植されたニワトリは、一生、ウズラ模様の羽根をつけたまま生き延びる。


【『免疫の意味論』多田富雄(青土社、1993年)以下同】


 しかし、ここではっきりしたことは、個体の行動様式、いわば精神的「自己」を支配している脳が、もうひとつの「自己」を規定する免疫系によって、いともやすやすと「非自己」として排除されてしまうことである。つまり、身体的に「自己」を規定しているのは免疫系であって、脳ではないのである。脳は免疫系を拒絶できないが、免疫系は脳を異物として拒絶したのである。

免疫の意味論

2011-02-04

削除


 創価学会公式サイトからムバラク大統領の記事が削除された模様。耐震偽装事件が起こった際に、創価大学公式サイトからヒューザー(卒業生の就職先)が削除されたのと同じ手口だ。捨閉閣抛(しゃへいかくほう)。

適当な距離、適当な尺度


 人間の顔の写真は適当な距離から眺めてこそ、つまり、適当な尺度の上に立って情報を取捨選択してこそ、最も望ましい情報が得られるのです。

 情報が【ありすぎる】ということは、情報の山の中から、「欲しい情報を【選び出さなければならない】」ということを意味しています。「欲しい情報を選び出さなければならない」という状態は、結局は情報が足りないという状態と同じことなのです。情報にこのような過不足をつくらない尺度が観測に最も適した尺度といえます。


【『生命を捉えなおす 生きている状態とは何か』清水博(中公新書、1978年)】


 すなわち「見ること」は「離れる」ことである。瞑想ブッダ)、止観(天台)、観心日蓮)、観察(クリシュナムルティ)……。

生命を捉えなおす―生きている状態とは何か (中公新書)

2011-02-03

善意は計測できない


1.今年も何とか100万円の財務ができた。【今月の給料で】

2.目標通り50万円の財務ができた。【年収200万円で】

3.訪れた友人が生活に困っていると言うので1万円を手渡した。【先週の競馬で100万円儲かったので】

4.ユニセフに1000円の寄付をした。【晩ご飯を抜いて】


 金額は計ることができるが、善意を計測することはできない。なぜなら背景が捨象されているためだ。同じ気温であっても秋は寒く、春は暖かく感じる。15度という気温は同じでも前提が異なっている。


 同じ会合で1と2のメンバーが活動報告をしたとする。明らかに参加者は1を称讃することだろう。この時、財務は喜捨ではなく経済レベルに堕している。謙虚な人ほど自分を語らないものだ。活動報告は既に功名心を競う自己宣伝の場と化している。抜きん出た結果は「俺の手柄」ってわけだよ。


 金額や数字に目を奪われるのは、心が貧しい証拠といえよう。我々は金額の多少にすら因果関係を付与し、勝手な解釈(物語性)を施す。だが真実を知れば、まったく別の物語が現れるのだ。


 1から4までをドラッグして反転させてごらんよ。やり方がわからない人は「Ctrl+A」。

恐怖の記憶実験


 詳しく説明する前に、そもそも恐怖の記憶実験を、ネズミを使って、どうやるのかという話をしましょう。

 ネズミをある箱のなかに入れます。箱の底には金属グリッドが貼られて、そこから電流を通すことができます。電気ショックです。私たち人間もそうですが、電気でビリビリするあの刺激は不快です。たとえば、ネズミにブザー音を利かせて電流を与えると、そのネズミは飼育カゴに戻っても、音を聞かせるだけで、ブルブルと震えるようになります。怖がっているわけです。

 これと似ていますが、もう一つの実験ができます。ネズミは先ほどの箱に入れますが、今度は音を与えないで、しばらくしたら突然、電流を与えます。そして、次の日、同じ箱に入れます。するとネズミは、箱に入っただけでブルブルと体を震わせます。

 音への恐怖、箱への恐怖。この二つの反応は一見よく似ていますが、脳内ではまったく違う動きによっています。音だけで体が震えるという恐怖記憶は「扁桃体(へんとうたい)」という脳部位が関係しています。一方、電流を受けたことのある箱に戻しただけでブルブルする恐怖記憶は、「海馬」が関係しています。


【『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二〈いけがや・ゆうじ〉(祥伝社、2006年/新潮文庫、2010年)】


 ここに宗教の原型(モデル)があると考えられる。つまり脳には、相関関係因果関係という物語に仕立ててしまう傾向がある。これを疑似相関という。動物の場合、こうした条件づけを書き換えることができない。

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (新潮文庫)

2011-02-02

新潮社側に33万円支払い命令=創価学会副会長の名誉毀損−東京地裁


 矢野絢也元公明党委員長を脅迫したように週刊誌で報道され、名誉を傷つけられたとしたとして、創価学会の谷川佳樹副会長が発行元の新潮社や取材を受けた矢野氏らを相手に、計1100万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が20日、東京地裁であった。浜秀樹裁判長は「記述の重要部分が真実と証明できていない」と判断し、計33万円の支払いを命じた。

 問題となったのは、2008年5月15日発売の週刊新潮が掲載した記事。矢野氏が月刊誌に寄せた手記について、学会員らが謝罪を求めた際、谷川氏が「人命に関わるかもしれない」と脅したと報じた。

 浜裁判長は「息子がどうなってもいいのか」という趣旨の脅迫があったと認定した一方、「人命に関わるかもしれない」との発言は「録音テープでも確認できない」と指摘。「殺人さえ想起しかねない印象的な表現で、この点について真実との証明がない」と述べた。


時事ドットコム 2011-01-20


 この裁判において、創価学会側の脅迫行為により、家族にまで危害が及ぶことを恐れ、評論活動を辞めることを余儀なくされたというのは「事実であるというべき」と判断された。

虐待児童の別の顔


 わたしは学校が大好きだった。学校に行けば、毎日何時間かは自分の好きなようにふるまい、おしゃべりできるし、陰湿なお仕置きを受けることもない。わたしは自由を謳歌(おうか)し、クラスの人気者だった。いつも大声で笑ったりはしゃいだりしているので、生徒からも先生からも注目を浴びていた。


【『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット/真喜志順子〈まきし・よりこ〉訳(ソニー・マガジンズ、2005年/ヴィレッジブックス、2007年)】


 ジェーン・エリオットは4歳の時から17年間にわたって義父から虐待され続けた。成人した彼女は勇気を奮い起こして義父を告訴した。懲役15年の判決が下った。個人的には拷問つきの死刑が望ましいと思う。

囚われの少女ジェーン―ドアに閉ざされた17年の叫び (ヴィレッジブックス)

2011-02-01

聖教新聞の配達


 配達員を長くやるべきではない。また60歳以上の人にやらせるべきではない。皆が考えている以上に交通事故が多い。死亡事故も決して珍しくはない。「やめたいのは山々だが後任がいない」という現実があったとしてもやめるべきだ。後任は幹部が考えることであって、あなたが決めることではないからだ。組織によっては「功徳があるから」「活動はしなくていいから」などと言い含めて特定のメンバーに負担を押しつけている。仮病を使ってもやめるべきだ。車にひかれて死んでもいいという使命感を持った人だけがやればよい。「配達くらいしかできないから」という人も多いが、あなたは何もしなくてよい。聖教新聞の配達は外部委託するか、デジタル配信にすべきである。


 追伸──文句のある奴は自分で配達しろ。で、10年経ったらその文句を聞いてやろう。

ネット情報は“悪意の病毒” 人民日報

 中国共産党と学会本部の親和性は極めて高い(笑)。特別な情報を共有できるのはヒエラルキーの上位者だけってわけだよ。

テロ、暗殺、拷問、無差別殺人 公開された「戦争の悲劇」

 アメリカが説く民主主義はこのようにして広められる。小沢問題の本質は、敗戦以降の対米隷属を維持するか、独立国家として多国間と協調してゆくかという一点にある。問われているのは「政治と金の問題」ではなく、「国家のグランドデザイン」だ。敗戦後、アメリカは官僚メディアをコントロールして日本を支配してきた。読売新聞の「中興の祖」と崇められる正力松太郎は「ポダム」というコードネームを持つCIAのスパイだった。日本で最初にテレビ放送免許を取得したのはNHKではなく日本放送である。これが見返りの一つ。その後も読売新聞はCIAの指示に従い、数々の世論工作を行ってきた歴史がある。

日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」 原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 (新潮新書)

あいまいさこそ自然の本質


 何だかいい加減なこと、あいまいなことだらけで、私たちが信じてきた「整然とした自然」とは正反対ですが、それが自然の本当の姿なのだと、量子論を築いた物理学者たちは考えました。量子論は、物質や自然がただ一つの状態に決まらずに非常にあいまいであることを、そしてあいまいさこそ自然の本質であることを私たちに示したのです。


【『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』佐藤勝彦監修(PHP文庫、2000年)】


 これも既に紹介したもの。ランダム性といってもいいだろう。アインシュタインの相対性理論がマクロ宇宙の絶対軸を破壊し、量子論がミクロ宇宙の因果を粉砕した。

「量子論」を楽しむ本―ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! (PHP文庫)