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2011-03-01

歴史をつくるのは誰か?


「歴史とは偉人たちの伝記である」と初めて言ったのは、イギリスの有名な歴史学者トーマス・カーライルである。そのように考える歴史学者にとって、第二次世界大戦を引き起こしたのはアドルフ・ヒトラーであり、冷戦を終わらせたのはミハイル・ゴルバチョフであり、インドの独立を勝ち取ったのはマハトマ・ガンジーである。これが、歴史の「偉人理論」だ。この考え方は、特別な人間は歴史の本流の外に位置し、「その偉大さの力で」自分の意志を歴史に刻みこむ、というものである。

 このような歴史解釈の方法は、過去をある意味単純にとらえているために、確かに説得力をもっている。もしヒトラーの邪悪さが第二次世界大戦の根本原因だというなら、我々はなぜそれが起こり、誰に責任を押しつけたらよいかを知ることができる。もし誰かがヒトラーを赤ん坊のうちに絞め殺していたとしたら、戦争は起こらず、数え切れない命が救われていたかもしれない。このような見方を取れば、歴史は単純なものであり、歴史学者は、何人かの主役たちの行動を追いかけ、他のことを無視してしまえばいいことになる。

 しかし多くの歴史学者はそうは考えておらず、このような考え方は歴史の動きを異様な形で模倣(もほう)したにすぎないととらえている。アクトン卿は1863年に次のように記している。「歴史に対する見方のなかで、個人の性格に対する興味以上に、誤りと偏見を生み出すものはない」。カーもまた、歴史の「偉人理論」を、「子供じみたもの」で「歴史に対する施策の初歩的段階」に特徴的なものだとして斥けている。


 共産主義をカール・マルクスの「創作物」と決めつけてしまうのは、その起源と特徴を分析することより安易であり、ボルシェビキ革命の原因をニコライ2世の愚かさやダッチメタルに帰してしまうことは、その深遠な社会的原因を探ることより安易である。そして今世紀の二度の大戦をウィルヘルム2世やヒトラーの個人的邪悪さの結果としてしまうのは、その原因を国際関係システムの根深い崩壊に求めるよりも安易なことである。


 カーは、歴史において真に重要な力は社会的な動きの力であり、たとえそれが個人によって引き起こされたものであっても、それが大勢の人間を巻き込むからこそ重要なのだと考えていた。彼は、「歴史はかなりの程度、数の問題だ」と結論づけている。


【『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン/水谷淳訳(ハヤカワ文庫、2009年/『歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか』早川書房、2003年を改題)】


 歴史年表は権力者の手によって綴られている。あなたの祖母や私の父がそこに登場することは決してない。創価学会の歴史が三代会長のみの事跡で綴られるとすれば、宗教性の意味はリーダーシップであり組織拡張が正義になることだろう。


 マーク・ブキャナンは歴史を「べき乗則」で捉え、複雑系で読み解こうとしている。


 例えばナシを壁にぶつけたとしよう。粉々になったナシの断片は明らかに大きなものよりも小さなものの方が多い。実は規則性があって、重さが2倍になるごとに、破片の数は約6分の1になるという。つまり、どの大きさの断片から見ても同じ重さの破片一つに対して、その半分の重さの破片は約6個存在することになる。


 おわかりだろうか? 断片がどんなスケールであろうと「同じ世界」が見えているのだ。世界はフラクタル図形を描いている可能性がある。多数の段階からなる組織もまたフラクタルであるといってよい。


 結構、小しい本なのだが、知的スリルは群を抜いている。


 話を簡単にしよう。ここに水という世界がある。鍋という宇宙によって形成されている(笑)。水世界を支えているのは、もちろんガスレンジだ。そこへ神である私がガスレンジのスイッチを入れる。水世界は熱せられる。人々(水分子のことね)の動きは活発になる。時間の経過と共に人々の運動は激しさを増す。


 そして水世界に21世紀が訪れた(人間世界の21分)。一人のリーダーが水世界を牽引(けんいん)し飛び立った。するとどうだろう。陸続とリーダーの後を追うように、鍋宇宙から彼岸へと去っていった。彼らは全く新しい時代と世界を築いた。


 ま、単なる沸騰の物語のわけだが(笑)、最初の水蒸気に注目するのが文学系物語思考で、熱力学的な圧力に注目するのが科学的分析思考といえる。


 つまり権力者やリーダー(あるいはヒーロー)という存在は象徴にすぎず、時代や社会を構成している人々の熱力学が歴史をつくっているのではなかろうか、ってな話だ。


 よく考えてみよう。歴史とは、歴史家が自分の好きなトピックを集めて勝手な物語を創作する作業だ。近代における戦争は国家元首同士の喧嘩ではない。そこには必ず国民の合意が形成されている。国民が戦争の被害者であるとする考え方は極めて無責任であろう。


 であるからして、歴史が変わる時には重要な出来事が同時に発生する。これは「対話で拓く」ような代物ではなくして、機根によって必然的に決定される。


 民の苦しみに応じて仏が出現するとすれば、困な時代になるほど賢人が現れることだろう。平和な時代には、ひたすら知的作業を推進するのが正しいあり方だと思う。

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) 歴史とは何か (岩波新書)

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