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2011-06-05

ニューエイジを定義する


 学会幹部の資質として「雄弁」が問われた。そう、昔の話だ。組織は既に指導者を必要としていない。このためリーダー役は打ち出しを正確に落とすことと、トラブルを未然に防ぐ調整能力があれば誰でも務まるようになった。ま、スポークスマンといったところ。あるいは町内会のまとめ役。


 書くことが億劫(おっくう)になってきたので、スピリチュアル系の情報を紹介しよう。彼らから学ぶべきことは当意即妙の言葉である。


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【ジョー・ヴィタリー「究極の質問」】


 早速私なりにニューエイジを定義してみよう。厳密にいえばスピリチュアリズム心霊主義を意味する。エソテリシズム(秘教主義)におけるグノーシス主義(1世紀)からカバラマニ教に至る系譜、更に魔術、占星術錬金術を網羅する流れがスピリチュアリズムであるというのが私の考えだ。


 一方ニューエイジはカウンターカルチャーの要素が濃い。そして自然や宇宙との一体感を説く教えが多い。すなわちニューエイジとは「教会権威に抵抗する形で現れた自然主義的かつ内道志向の宗教性」と定義することが可能だ(と思う)。


 これは仏教においても決して他人事ではなく、大乗仏教制作という歴史的事実は「教義の権威化」であり、「仏教における教会化」として捉えることもできよう。


 既に何度も書いているとおり、日蓮が権実相対を前面に出して法論を呼びかけたのは、対話のテーブル作りが目的であって、実大乗教である法華経を絶対視したものではないと思われる。もしも日蓮が現代に生まれたとすれば、多分「民主主義と自由」を語ったことだろう。


 話を元に戻そう。スピリチュアリズムにせよニューエイジにせよ、根っこにあるのは「教会権威に対する反動」であろう。人間は適度な束縛やストレスを望む一方で、行き過ぎると今度は自由を求めるようになるものだ。


 そしてアメリカ西海岸から発信されたニューエイジに決定的な影響を与えたのは「神智学協会時代のクリシュナムルティ」であったと私は見る。これこそがニューエイジの誤謬(ごびゅう)であった。日蓮が比叡山で学んだことの大半を批判しぬいたように、クリシュナムルティは心霊主義に鉄槌を振り下ろした。


 ただしニューエイジ的潮流を軽んじるべきではない。なぜなら、そこに世界中の人々が求める何かがあるからだ。


 図1 ニューエイジ度の尺度


            反ニューエイジ的←→ニューエイジ的

  世界観 二元論(善悪の対立、絶対者)←→一元論(自己変容)

     実践形態 厳格な規律、上下関係←→ゆるやかなネットワーク

担い手の意識 教祖や教義を崇拝、他者依存←→自立的、スピリチュアル


【『現代社会とスピリチュアリティ 現代人の宗教意識の社会学的探究』伊藤雅之(渓水社、2003年】


 このように比較するとニューエイジ的手法が社会の変化を表わしていることに気づく。創価学会がアンバランスなのは教義がニューエイジ的であるにもかかわらず、組織が反ニューエイジ的になっているためだ。


 そもそも選挙運動は宗教行動ではない。誰がどのような基準で決めたかすらわからない候補者を全力で支援するわけだから、完全に民主主義を否定している。簡単な思考実験をしてみよう。日本国民全員が創価学会員になれば、選挙をする必要がなくなってしまうのだ(笑)。この時点で政教一致は避けようがない(笑)。わかりやすくいえば学会本部が政治家を指名することになるのだ。


 与えて論ずれば、ニューエイジは神の僕(しもべ)=奴隷からの解放といえるかもしれない。

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