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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2011-06-28

六道


 ひとつわかった。六道とは社会を意味する。生産と消費に支配される世界だ。声聞・縁覚という生命状態は社会から離れている。微妙ではあるが何らかのスキルアップや資格習得を目指す勉強は声聞たり得ない。それは修羅であろう。本を読んでいる瞬間は六道という欲望から離れている。もちろん生命の境涯は瞬間瞬間揺れ動くものだ。それでも思索を巡らしたり、何かにはたと気づく時、そこに欲望や願望は影を潜める。


 既に紹介済みだが、元々声聞とはブッダ説法(声)を直接聞いた弟子たちを指した言葉であった。悟りなき知識が嘲笑の的となり、維摩詰ミリンダ王の物語を生んだのは明らかだ。


 菩薩はもっと微妙だ。成果目当ての勧誘が菩薩界であるはずがない。そりゃ餓鬼界だわな(笑)。祈りも同様で、学会員の場合は欲望を満たすことが目的になっており、完全に六道輪廻のリズムを形成している。

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