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2011-08-18

御影に関して


 私が東洋哲学研究所の学術大会で牧口常三郎について発表し、御影本尊論に言及したとき、出席していた篠原誠に、戸田城聖が御影本尊について何か言ってなかったかと質問したことがあった。すると彼は、池袋の寺院で戸田が住職も同席して青年部の幹部と懇談していた折、戸田が「創価学会の本尊には本当に功徳がある。」という話を強調していたので、創価学会の本尊も日蓮正宗の本尊も同じなのに不思議なことを言うなと思って、篠原がどういう意味かと尋ねたところ、住職に向かって、戸田は「お前のところの本尊はよく見えないじゃないか」と日蓮御影の陰になって、曼荼羅本尊が見えないことを指摘し、後に寺院から日蓮御影が撤去されたというエピソードを紹介してくれた。このエピソードは、戸田城聖日蓮御影を本尊とすることに対して無知だったわけではなく、否定的見解を持っていたことを示していると私は考えている。


漆畑正善論文「創価大学教授・宮田幸一の『日有の教学思想の諸問題』を破折せよ」を検討する 1


 この話は私も篠原誠参議から直接聞いている。「お前」と言われたのは常在寺の細井氏(後の日達)である。つまり日蓮正宗では御本尊の前に御影(みえい)を安置していたのだ。


【追記】読者からの情報によれば、妙蓮寺では長らく御影像のみを安置していたそうだ。住職は「御本尊は御影像の中に入れてある。マンダラだと誰もありがたがらないから、中に入れておけば御影像を拝むとき自動的に拝んでくれる」と説明したという。

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