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2011-09-30

武田邦彦「秋に歩行者の交通事故が多い理由」


 このような人間の五感の特徴が被害につながることもあります。その一つが秋に多く発生する交通事故です。人間の目は明るさの変化に弱く、日が落ちて薄暗くなる時に瞳孔が追従できません。たとえば6月、7月はドンドン日が長くなってくるので、暗さに慣れていた目はかなり暗くならないと「暗い」とは感じられません。


武田邦彦


D

仲間ではなく同一化


みんな同じものを嫌いでみんな同じものを好きな集団は、仲間ではなく同一化。こういう集団に長くいると、自分という存在を消滅させて集団に依存させて適応しようとし始める。常に自分の意見より集団の空気を優先する。
Sep 28 via HootSuiteFavoriteRetweetReply


 思想ではなく、反応の共有ということ。かような集団内においては強い同調圧力が働く。

思想や時代を読み解く知性


 実際、こういう宇宙的規模のコンセプトというものを描かせた法皇庁の力や、ミケランジェロの気迫といったものは、いまではもうどこでもだれによっても再現できないようなものです。なぜならば、もうそのような芸術を生み出していた社会的、文化的構造は消滅してしまったからです。古代ローマの栄光を受けつぎ、西欧文明の復興者になろうとしていたルネサンスの人文主義は消え、古代文明とキリスト教文明の偉大な統治を意図していた法皇たちの野心も消えたのです。ただ、残っているのは芸術です。

 この芸術のなかには、キリスト教がかかえている長大な時間や思想がつまっています。芸術を理解するには、その芸術が生み出された思想や時代を理解しなければならない。これはとてもはっきりしたことなのですが、忘れられがちです。芸術は感覚でつくられ、感覚で理解される感性の文化だと思う誤解がゆきわたっているからです。

 たしかにわれわれは一目でこの芸術に圧倒され、戦慄(せんりつ)さえ覚えるのですが、その理由を知るには知性を働かせなければならない。芸術にいちばん似ているのは人間です。人間を一目見ただけでその威厳や美しさに戦慄することはよくあることです。でもわれわれが戦慄したのは、その人間の目の光や、身振りや、いったことばやしたことのせいなのです。人間は外観であると同時に複雑な意味の発信体なのです。

 したがって、この芸術の常ならぬ偉大さは、その伝えている意味の偉大さに由来する部分がすくなくありません。ですから、ほんとうに芸術をわかるためには、その意味についても知らなければならないということになります。異なった文化を享受(きょうじゅ)するためには、異なった文化を理解しなければなりません。芸術とは、はっきりいいますが、つくるにせよ、享受するにせよ、きわめて思想的なことなのです。

(「ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画について」)


【『イメージを読む 美術史入門』若桑みどり(筑摩書房、1993年/ちくま学芸文庫、2005年)】

イメージを読む (ちくま学芸文庫)

2011-09-29

秩序の度合い


 この点を深く考察して、理論の初歩的な枠組みを作った人はランダウというソ連の理論物理学者です。ランダウによれば、相を特徴づける概念として「秩序」があります。相転移を一般的な立場から眺めたとき、相転移の前後で変化するものは要素の性質ではなくて、要素の集合状態の秩序の度合いです。


【『生命を捉えなおす 生きている状態とは何か』清水博(中公新書、1978年)】


 熱力学を無視して思いついたことを書いておく。創価学会総体としての運動はまだ秩序を保っている。しかし学会本部の人事および信賞必は完全に秩序を欠いている。ここに摩擦が生じる原因がある。摩擦は熱エネルギー(ま、怨嫉・文句・不平不満みたいなもんだな)となって運動エネルギーを失わせる。

生命を捉えなおす―生きている状態とは何か (中公新書)

2011-09-28

消えたトロツキー その二


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 共産主義と宗教に共通するのは「無謬神話」であろう。その無謬性が人間を軽んじ、過去を偽るのだと思う。

最も重要なのは戦争の「コンテクスト」である


 戦争理解するにはそれをコンテクストに当てはめて考えることが必要になってくる。軍事史と言うのは歴史のコンテクストの中の一部なのだ。

 ──ジェレミー・ブラック、2004


【『戦略の格言 戦略家のための40の議論』コリン・グレイ/奥山真司〈おくやま・まさし〉訳(芙蓉書房出版、2009年)】

戦略の格言―戦略家のための40の議論

2011-09-27

自由で斬新な発想や哲学が欲しければどうすればいいのか?

 全ての宗教者に突きつけられるテーマである。しっかりと眼(まなこ)を開いて読むべきだ。

本地垂迹という難しい問題


小林●日本人の宗教という問題で一番の困は、他の部門の文化と同様に、やっぱりその外来性にあるんだなあ。本地垂迹(ほんじすいじゃく)というしい問題に衝突してしまうところにあるんだな。

 素朴な宗教的経験のうちから教理が生まれ育って行くという過程がなく、持って生まれた宗教心と外来宗教のドグマとの露骨な対立、その強引な解釈というものがまずあった。そこから宗教の歴史が始まっている。


【『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』小林秀雄(新潮社、2004年)】

小林秀雄全作品〈26〉信ずることと知ること 信ずることと考えること―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 2巻)

2011-09-26

消えたトロツキー その一


 歴史の改竄(かいざん)はこのように行われる。演説をしているのがレーニンである。


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四姓平等


 このように「武士」「庶民」「奴隷」の上に絶対的権力をふるうこのカーストの最上位階級、バラモン婆羅門)というのは、中央アジアにおいて極めて少数であったこの「白色人種(アーリヤン)」は、圧倒的多数の「黄色人種」や「黒色人種」の先住民と混血して、完全に同化されてしまうのを極度に恐れ、「バラモンの村」という特別区域に居住していました。そして、彼らの持って来た民族宗教バラモン教」の神々を武士階級と庶民階級には強制的に信仰させ、また、奴隷階級がバラモン教にふれることは禁止して、その権威を保とうとしたのでありました。

 この白人支配下のインドに生れた釈迦は、この皮膚の色にもとづく苛酷な人種差別と職業差別とに反対し、「人間みな平等」(「四姓平等」)の立場に立って、かの宗教を創始したのでありました。


【『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士〈ほり・けんじ〉(第三文明レグルス文庫、1973年)】

仏教とキリスト教 イエスは釈迦である

2011-09-25

『公開問答10の破折 破綻した阿部日顕の教学』松岡幹夫(第三文明社、2011年)


公開問答10の破折―破綻した阿部日顕の教学


 正統教学、仏教思想、学術性の観点から法主絶対論などの邪義をことごとく論破――。20年に及ぶ著者と日顕らとの法論の要旨を公開した勝利宣言の書。

ピアノを弾く探偵


 タイマーが鳴る前に弾き終えたが、とくに終盤での速度が足りなかった。タオルで顔を拭(ぬぐ)いながら、その部分をもっと弾き込まなくてはと思った。だが、全般に、いい気分だった。今よりはるかにうまく、曲の核心に迫って弾いている。間もなく、曲を十分理解し、時計職人のように小さな部分を調整し、磨き上げることができるだろう。その時、音楽がわたしにもたらしたもの、わたしが音楽にもたらしたものが、指から紡(つむ)ぎ出されてくる。

 もう一度弾きたいと無性(むしょう)に思った。形を成しつつあるものが実際に姿を現すまで、何もせずに数日弾き続けたい。今のままでは、あっという間に曲が消え失せるかもしれないし、そうなるともう取り戻せないことがある。このソナタを弾く心構えができるまで何年もかかった。今さら、それを失いたくない。


【『ピアノ・ソナタ』S・J・ローザン/直良和美〈なおら・かずみ〉訳(創元推理文庫、1998年)】


ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)

2011-09-24

無辜の市民


 私は元々感情が激しいタイプなのだが、数年前からその度を増している。具体的には私より上位役職で善良そうな幹部を見ると殺意に近い感情が芽生える。


 大抵の場合次のようなやり取りとなる。「個人折伏は何世帯やってるんですか?」「完全に寝ている部員(未活動のメンバー)を今まで何人起こしてきましたか?」と尋ねる。で、私より少ないと、「お宅の活動には、さほど意味がないね」とため口モード全開。「戦っているフリしてもダメなんだよ」――後は推して知るべし。私は罵倒観音と化す。


「年のせいなのか?」とも思っていたが、どうやら違ったようだ。先ほどツイッターでやり取りしていて気づいたのだが、彼らに特有な「無辜(むこ)の市民」性ともいうべき性質が、私の逆鱗(げきりん)に触れるのだ。


 真面目で善良な人物ほど上の指示に従う。彼らは自分の頭でものを考えることがない。彼らが忠実に行っているのは「仕事の遂行」である。


 既に何度も書いているが、創価学会員の言動に説得力がないのは思想的格闘がないためである。最終的に「――と御書に書いてある」「――と代々の会長が言っている」以上、で終わる。結局、借り物の思想なのだ。


 ナチス高官であったアドルフ・アイヒマンは戦後に行われた裁判で、大量虐殺に加担した理由を「命令に従っただけだ」と主張した。彼は善良で真面目なナチス官僚であったのだろう。


 ハンナ・アーレントはこの無思想ぶりを「悪の陳腐さ」として炙(あぶ)り出した。


 羊千匹の存在が悪を助長させ、全体主義を加速させるのだ。


イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告

原子力の扉はこうして開けられた

 55年体制は自民党と社会党という枠組みではなくして、進駐軍なき占領体制と私は考える。戦後に構築されたシステムは今日に至るまで日本を支配している。沖縄米軍基地問題や原発問題を見れば明らかだ。官僚財界メディア連合国ルールに則って日本を動かしていて、属国以下の扱いをされている。日本は米国債を売ることができないし、金(ゴールド)の売買も自由に行うことができないのがその証拠である。岸信介と戸田先生との関係が気になるところだ。

強い精神は容易なことを嫌う


 詮ずるところ、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。(中略)制約も障碍(しょうがい)もない処で、精神はどうしてその力を試す機会を掴むか。どこにも困がなければ、当然進んで困を発明する必要を覚えるだろう。それが凡才には適わぬ。抵抗物のないところに創造という行為はない。


【『モオツァルト・無常という事』小林秀雄日産書房、1949年/新潮文庫改版、1961年)】

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

2011-09-23

歴史家の処理過程


 19世紀の事実崇拝は、文書崇拝によって完成され弁明されておりました。文書は事実という神殿にある御神体でありました。敬虔な歴史家は頭を低くして文書に近づき、恭々しい口調で文書について語っておりました。文書にあれば、その通りなのです。しかし、私たちが文書に手をつける時、これらの文書――法令、条約、貸附台帳、青書、公式書簡、私信、日記――は私たちに向かって何を語るでしょうか。どんな文書にしたところで、その文書の筆者が考えていたこと以上のものを私たちに向って語ることは出来ません――その筆者が起ったと考えていたこと、起るべきだとか、起るであろうとか考えていたこと、または、ただ、彼が考えていると他人に考えて貰いたかったこと、いや、ただ、彼が考えていると自分で考えていただけのこと、それ以上のものを私たちに向って語ることは出来ません。すべてこれらは、歴史家が文書の研究を行ない、これを解読するまでは、何物をも意味しないのです。事実というものは、文書に載っているにしろ、載っていないにしろ、歴史家の手で処理されて初めて歴史家が使えるもので、そう申してよろしいなら、歴史家が事実を利用するというのは、処理過程なのです。


【『歴史とは何か』E・H・カー/清水幾太郎〈しみず・いくたろう〉訳(岩波新書、1962年)】


 すなわち事実、経験、言葉は「解釈されるもの」である。脳が生きるのは「解釈世界」といってよい。歴史はおろか、法律や教義も解釈によって意味を書き換えることが可能だ。人の数だけ世界があるということは、同じ意味を生きられないことを示すものだ。これが世間(=差別)の義であろう。

歴史とは何か (岩波新書)

2011-09-22

米大統領、パレスチナの国連加盟申請に自重要請

 極端に単純化すれば、世界経済は石油と武器を中心に回っている。支払の大半はドルで行われる。ドルが基軸通貨といわれる所以(ゆえん)だ。アメリカは多民族国家であるが、メディア金融などはユダヤ資本が支配している。またユダヤ人人口は最大都市のニューヨークに集中している。米国全体に占める人口比は少ないが、強力なロビー活動で政治的成果を上げている。イスラエル問題(※パレスチナ問題ではない)はイギリスの二枚舌外交に端を発し、アメリカからの支援によって半世紀以上も続いている。1948年から今日に至るまで罪のないパレスチナ人が殺戮されている。イスラエル問題に言及しない平和活動は、ユダヤコネクションに連なるものと考えてよい。

アグロバイオ企業の世界戦略


 アグロバイオ(農業関連バイオテクノロジー〔生命工学〕)企業が、特許をかけるなどして着々と種子を囲い込み、企業の支配力を強めています。究極の種子支配技術として開発されたのが、自殺種子技術です。この技術を種に施せば、その種子から育つ作物に結実する第二世代の種は、自殺してしまうのです。次の季節にそなえて種を取り置いても、その種は自殺してしまいますから、農家は毎年種を買わざるを得なくなります。

 この技術は別名「ターミネーター・テクノロジー」と呼ばれています。『ターミネーター』という映画(1985年、米国)をご覧になった方もあるでしょう。(中略)次の世代を抹殺する自殺種子技術の非道さは、まさに映画の殺人マシーン〈ターミネーター〉と重なります。

 この技術の特許を持つ巨大アグロバイオ企業が、世界の種子会社を根こそぎ買収し、今日では、出資産業が彼ら一握りのものに寡占化されています。彼らは、農家の種採りが企業の大きな損失になっていると考え、それを違法とするべく活動を進めているのです。


【『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』安田節子(平凡社新書、2009年)】

自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)

2011-09-21

三世について


 三世とは過去世・現世・来世のことではない。意識上に現れる過去・現在・未来という概念である。時間論的地平から考えると一生成仏と即身成仏には整合性がない。早速調べたところ、やはり一生成仏は真蹟には1ヶ所もなかった。これは当然である。一生成仏という言葉は時間の支配を避けられないのだから。


 時間は直線的に考えられてきたが、現在の量子力学では点線と考える。これをプランク時間という(5.39121×10の-44秒)。要は中性子にしても同様だが「計測できない領域」は確認できないゆえ、「存在しない」という前提になる。


 すなわち空観(くうがん)とは永遠の領域にあるのではなくして、瞬間に具(そな)わるものだと私は考える。仏法と科学を横断的に捉えるのであれば時間論が一番手っ取り早いのだが、研究が進んでいるとは言いい。

まやかしではない本物の学


 でも私には、一種の信心深さや、身丈よりも高いところから自分たちの暮らしを見渡すような視点が必要だった。冷静に死と生を考えるために、まやかしではない本物の学を求めていた。母の介護体験を通して、それまでは考えたこともないようなことを考えなければならなかったし、それらを言葉にしたかった。


【『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子〈かわぐち・ゆみこ〉(医学書院、2009年)】


逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズケアをひらく)

2011-09-20

奇妙な形態のグルイズム


★1)「師」を盲目的に崇拝しないこと。これについては以前にも少し書いたことがあるが http://t.co/a8TQK9ia宗教学に限らず、現在の日本のアカデミズムは、奇妙の形態の「グルイズム」が至る所に蔓延する世界である。
Sep 19 via webFavoriteRetweetReply


★多くの研究者は、自身の学問上の師や、研究対象の人物を神のように祭り上げ、しばしば「疑似カルト」の様相を呈している。マルクス教、ニーチェ教、柳川教、中沢教と、数えれば切りがない。研究者がオウムを適切に批判できなかったのは、学問の世界がすでにカルト化していたからではないだろうか。
Sep 19 via webFavoriteRetweetReply


★若者が精神的な「師」に出会い、学びの心を触発されると言えば聞こえは良いが、むしろ日本的風土において往々にして見られるのは、必要な相互批判を欠いた「師弟の癒着」の構造である。こうした構造は実は、学問の着実な発展を大きく阻害してきたのではないだろうか。
Sep 19 via webFavoriteRetweetReply


★研究者は誰しも不完全な存在であるので、その業績や人格を盲目的に崇拝することがあってはならない。しかし、学問の水準や精度を高めてゆくという「未完のプロジェクト」だけは、見失われることなく継承されなければならない。私はそれが、学問的継承のあるべき姿ではないかと考えている。/終
Sep 19 via webFavoriteRetweetReply

イスラエル警察は罪もないパレスチナ人を殺している


 イスラエルの警官らが人種差別的な侮辱の言葉をアラビア語で言うのを聞いたムハンマドは、遮蔽物の陰から飛び出し、抗議しようとした。その瞬間、弾丸の雨に見舞われ、その場で亡くなった。遺体が病院に運ばれたあと、家族は息子の死の理由を明らかにするために検死を望んだが、イスラエルの所轄警察は家族に遺体を持って帰るよう命じ、検死は一切認めず、死亡原因を書いた死亡証明書を発行するのも拒んだ。(ムハンマド・ジャバーリーン、24歳)


【『シャヒード、100の命 パレスチナで生きて死ぬこと』アーディラ・ラーイディ/イザベル・デ・ラ・クルーズ写真/岡真理、岸田直子、中野真紀子訳(「シャヒード、100の命」展実行委員会2003年)】

シャヒード、100の命―パレスチナで生きて死ぬこと

2011-09-19

創価大学法学部の諸君へ


 矢野絢也著『闇の流れ 矢野絢也メモ』を読んで、法律を学ぶ立場からメッセージを発信すべきだ。公明党OBによる手帖強奪事件に関して他にも2冊の著作があるが、これ1冊で十分だ。『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』の増補版となっている。ちなみに地裁は公明党OBの勝訴で、高裁において逆転敗訴している。私も追々書いてゆく予定だ。


 また矢野氏が関西出身ということもあり、西口副会長と藤原副会長が様々な場面で登場する。関西の学会員も読んでおいた方がいいだろう。


闇の流れ 矢野絢也メモ (講談社プラスアルファ文庫)

行動


 先日、トップページにもリンクを貼っていたあるブログに「池田大作レイプ裁判」なる記事が書かれていた。名立たるブログで私は少し前から愛読していた。その人物が学会嫌いであり、なおかつ宗教否定論者であることも知っていた。


 早速メールを送った。信平裁判は判決で「訴権の濫用」とまで断罪された悪質な事件である。三度にわたって強姦されたとしているが、三度目は信平が60代に至っている。しかも男性が怯んでしまうようなご面相だ。


 私は静かに抗議をした。「創価学会が日本最大の教団であり、政治にもコミットしている以上、批判はあってしかるべきだ」とも書いておいた。


 先方からはその日のうちに丁重な返事が寄せられ、再びブログを覗くと記事は削除されていた。理解し合えることは幸福なことだ。


 私は組織からの指示がなくとも、自分で判断して速やかに抗議行動を起こす。出版社であろうと新聞社であろうとテレビ局であろうと一緒だ。


 私は自らに対して傍観者であることを許さない。

条件づけられた反応


クリシュナムルティ●私たちの反応が、どれほど深く条件づけられているかを、私たちは見てきました。関係を超えても〈私〉はあるのかという問いは、これらの条件づけられた反応から自由でないかぎり、思弁的なものになります――それがわかりますか。ですから、まず問わなければならないことは、「条件づけられた反応を超えても〈私〉はあるのか」ではなく、「あらゆる感情を宿している心が、過去である条件づけから自由になれるのか」です。過去が〈私〉なのです。現在に〈私〉はありません。心が過去のなかを動きまわっているかぎり〈私〉があります。心とはこの過去にほかなりません。心がこの〈私〉なのです。

 心があり、そして過去がある――数日前の過去であれ、1万年前であれ――と言うのはまちがっています。ですから、私たちはこう尋ねます――心は昨日から自由になれるだろうか。


【『自己の変容 クリシュナムルティ対話録』クリシュナムルティ/松本恵一訳(めるくまーる、1992年/新装版、2000年)】

自己の変容 新装版

2011-09-18

陰悪と陰徳


「籍沙〈せきさ〉さん、人にわかる悪や善については、わたしにもわかるような気がしますが、人にわからない悪や善については、どうですか」

「ふむ、さすがに介推は深みのある質問をするな。人にわからぬ悪を陰悪(いんあく)といい、人にわからぬ善を陰徳という」


【『介子推』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1995年/講談社文庫、1998年)】


重耳』(ちょうじ)の続編である。

介子推 (講談社文庫)

2011-09-17

鉢呂大臣辞任会見でヤクザ言葉を浴びせる記者


 既に時事通信社の鈴木隆義記者と判明している。権力に保護されている者は、かくも居丈高になることができる。たしなめたのはフリーの田中龍作記者。

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自己(セルフ)−体系(システム)の致命的ともいうべき欠陥


 他人に劣るところがあると気づくと、最悪の種類の慢性的危機感が形成され、それを意識の外に閉め出すことができなくなる。それは不安に悩むこと、恐らくそれよりいっそう悪性のもの、嫉妬に悩むことにほかならない。嫉妬が実のところ不安より悪性のものだとすれば。他人が自分に敬意を払わないのは、自分が見せている何かのためではないかという恐れは、他人と接触しているとき、つねに不安定でいるということにほかならない。この不安定感は、われわれの経験する大方の不安のように、得体の知れない何か正体不明の源に由来するのではなく、自分では処置しようのないものと分かっているものに由来するのである。それこそ自己(セルフ)−体系(システム)のほとんど致命的ともいうべき欠陥なのである。というのは自己は、「私は駄目な人間だ、だからみんなが私を嫌うのだし、私も彼らと一緒だと不安定なのだ。」という決定的な定式を、粉飾したり、排除したりすることはできないからである。(H・S・サリヴァン、精神科医)


【『スティグマ社会学 烙印を押されたアイデンティティ』アーヴィング・ゴッフマン:石黒毅〈いしぐろ・たけし〉訳(せりか書房、2001年)】


スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ

2011-09-16

参謀室に代わるシンクタンクの設置を


 参謀室に代わるシンクタンクが必要だ。それが学会の延命措置となる。そして全体主義と手を切って、諸子百家を輩出する土壌作りに着手すべきだ。

文化放送「青春対話 21世紀の主役に語る」


【毎週金曜日】19:15より(15分番組) 2011年10月7日(金)〜2012年3月30日

 首都圏はパソコンでも視聴可能だ。


青春対話―21世紀の主役に語る (1) 青春対話―21世紀の主役に語る (2)

戸田先生「おカネのないのが創価学会の自慢だ」


 私が入会した頃の創価学会は、おカネにはむしろ、恬淡(てんたん)としていて、おカネのかからない宗教だった。戸田城聖第二代会長は、「おカネのないのが創価学会の自慢だ」といい、「我が宗は賽銭箱(さいせんばこ)など置いていない。他の教団はおカネにまつわるトラブルが絶えない」と金権体質にまみれた他の新興宗教を公然と批判していて、おカネが一銭もかからない宗教でありながら現世利益がもたらされるというのが、創価学会だった。

 戸田氏が、1957昭和32)年3月本部幹部会で、次のように幹部を戒(いまし)めたという記録も残っている。

「宗教でカネ儲(もう)けするぐらい簡単なことはないのだぜ。お賽銭を上げろというのだよ。インチキ宗教のやり方は、功徳をもらうには元手がいる、だからカネを出して神を拝めば、倍にも3倍にもなって出てくるから出せ、出せというのだよ。そういうことをして信者を騙(だま)してカネを取る。

 このくらい、世の中に簡単なことはない。やりたければやってもよいが、必ず地獄へ行くから、やってみたまえ。それがいかんというのが、私の精神なのだ。

 そうすると困ることが一つあるのだ。仏教のうえからいって日蓮大聖人様の御書を読んでもはっきりするし、釈迦(しゃか)の学説を聞いてもはっきりするが、『お布施(ふせ)を出せ』ということがある。大聖人様は、お布施は出せとはおっしゃらない。

 しかし、法華経の行者供養(くよう)した者には功徳があるとおっしゃっている。そうすると、出さねばならないような気持ちが出てくる。どうだね。これが邪宗教の起こるもとになってくる。悪いことをするやつは、この原理だけ使うのだ。日蓮大聖人様でない者が、大聖人様のような顔してカネを集めるから邪宗教だろう」


【『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也〈やの・じゅんや〉(講談社、2009年)】

黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録

2011-09-15

BSジャパン「周恩来 日本を最も愛した中国人」


 2011年9月18日(日) 午後3時55分〜午後4時50分


 日中国交回復を果たした中国の初代首相、周恩来。彼と接した日本人が語る秘話と貴重な映像や資料等から、周恩来の果たした役割、日中友好にかける思いを紐解く。


【番組内容】様々な障壁を乗り越え日中国交回復を果たした中国の初代首相、周恩来。その政治手腕と人間性から、今でも中国国民に“国父”と呼ばれ尊敬されている。肉親、秘書、通訳、周と接した日本人が語る秘話と貴重な映像、資料等から、周恩来の果たした役割、日中友好にかける思い、日本への思いを紐解いていく。

  • 東京留学で出会った日本人、吉野作造
  • ピンポン外交の影役者、後藤■二(※金へん+甲)
  • 日中国交回復の信念を貫いた宰相、田中角栄と大平正芳外相
  • 日中国交回復を提言、中国人留学生を初めて受け入れた、民間外交池田大作

物事を見落とす


 物事を見落とす場合、それが余りにも小さすぎるために、かえって見過ごしてしまう場合がある。また逆に、あまりにも巨大すぎて見えない場合もある。


【『禅とオートバイ修理技術』ロバート・M・パーシグ:五十嵐美克〈いがらし・よしかつ〉(めるくまーる、1990年/ハヤカワ文庫、2008年)】


禅とオートバイ修理技術〈上〉 (ハヤカワ文庫NF) 禅とオートバイ修理技術〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)

2011-09-14

思考警察


 しかしパトロールはたいした問題ではない。〈思考警察〉だけが問題だった。


【『一九八四年』ジョージ・オーウェル/高橋和久訳(ハヤカワ文庫、2009年)】


 教団や党は思考警察として機能する。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)


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2011-09-13

国連総会


 ニューヨークで21日から国連総会が予定されているが、直前にテロが起こる可能性を指摘する声がある。既にアフガニスタンから訪米した人物がテロ容疑で逮捕された。どのような形の事件が起こるにせよ、首謀者はイスラエルである。言語学者ノーム・チョムスキー9.11テロについてもイスラエルの特殊部隊モサドが絡んでいるとしている。


9・11―アメリカに報復する資格はない! (文春文庫)

岐路


 ある功労者が学会を去り法華講入りしたことを伝え聞いた。私は物事に動揺することが少ない方だがこれにはショックを受けた。未明に目を覚まして吐き気を覚えたほどだ。


 既に過去の人物であるから組織的な影響は全くないと見ていいだろう。だが事の本質はそんなところにあるわけではない。


 古いスタイルの信心をしている学会員にとって、日蓮正宗が受け皿となり得ることを示唆する事件である。


 件(くだん)の人物を悪く言う地元組織の声も私は聞いていた。しかし広布第一章の功績は決して無視できるものではない。


 また、学会の税務調査に関する暴露本を矢野氏が出版するという動きもある。


 今、創価学会は岐路に立たされているのだろう。それを知る人間が果たして学会本部にいるかどうか。


 こうした一連の流れは「指導部解体」に端を発している。まともに家庭指導をしているメンバーであれば気づくはずだ。学会組織における致命的な失敗のひとつといってよい。


 小さな出来事が後々ボディブローのようなダメージを与える場合がある。気づくと足はふらつき、腰が落ちてしまう。


 私の耳には崩壊の音が聞こえる。これを食い止める人物がいるかいないかが厳しく問われている。

『仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解』植木雅俊(中公新書、2011年)


仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)


 インドで生まれ、中国を経て日本に来た仏教。サンスクリット語の原典から、漢訳ではわからないブッダの教えの真髄が見えてくる。

やる気をもたせない社会


 ホームレスは、個人が「やる気がない」から生じるのではなく、「やる気をもたせない社会」が生み出す構造的問題です。


【『インテリジェンス人生相談 社会編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)】

インテリジェンス人生相談 [個人編] インテリジェンス人生相談 [社会編]

2011-09-12

九識論について


 真蹟に九識という語は1ヶ所しかなく、阿摩羅識(あまらしき)に至っては1ヶ所もない。鎌倉時代唯識の議論が活発であったかどうかもわからない。


 というわけで――すまん、時間がないのだ――九識論は引っ込めるべきだと私は思う。


 Wikipediaによれば、「(※如来蔵)思想を止揚するため、天台宗華厳宗などの法性(ほっしょう)宗は、この阿摩羅識を加えて新たに九識を立てた」とのこと。


 そもそも八識に依存している点でダメだと思う。阿頼耶識(あらやしき)の向こう側に位置するのは諸法無我であろう。そこに阿摩羅識を立ててしまうと我(が)が延長されることになってしまう。


 すなわち真我(しんが)や大我(たいが)を立てることも仏法的には誤っていると思う。


「識」が認識作用を示しているのであればそれは知覚だ。つまり情報が入力される感覚器官を意味するわけだから、いくら上のレベルを設定したところで我から離れることはできない。


 これは多分、瞑想の段階を差別化したことに由来するのだろう。非想非非想処など。


 諸法実相の実相とは「我の完成」ではない。

インドの現実


 翌、私は一人だけで連れ出された。弁護士の姿はなかった。かわりに警官が増えていた。マヤディンの義理の兄で、近眼のマンスクがほかの村から連れてきたのだ。マンスクは警察に勤めていた。警官たちは、全部で10人以上いた。そのなかに太った警部がいて、わたしを見ると恐ろしいことを口にした。マンスクはわたしのほうをちらりと振り返り、それから言った。「このあばずれなら大丈夫だ。なんでも好きにやりな。この女は、なにも言わないさ」


 マンスクは正しかった。

 わたしはそれから三日三晩のあいだにその警察署内で行なわれたことを、だれにも言わなかった。それがあまりに屈辱的で、あまりにおぞましい出来事だったからである。そして、なにより怖かったからである。わたしは警官たちに、口外すれば家族全員を逮捕すると脅されていた……。(中略)

 だがそれも意味がなかった。かれらはわたしを連れていくことさえしなかった。平気で、その部屋のなかで、わたしに襲いかかり、サリーを引き裂き、ブラウスもペチコートも引きちぎったのである。父の目の前で、わたしは裸にされた。

 父は目を閉じ、彼のほうを向いていた。

 警官たちはわたしを押し倒し、殴りはじめた。

「おまえがやったんだな、そうだな? おい、白状しろっ」

 わたしはついに、かれらの望んでいる通りにこたえた。

「はい」

「強盗を働いたのはおまえだな?」

「もう、殴られて」

「やったと認めるんだな? おまえはダコイットだな?」

「はい」

 父は二重の恥辱に打ちのめされていた。両手で耳をふさいでいる。殴られているのはわたしだったが、泣いているのは父だった。父の肩は激しく震えていた。(中略)

 警官たちは、わたしの両手を椅子の足の下に差し入れた。太った警部がその上に坐り、残りの数人がふくらはぎの上をブーツで踏んだ。(中略)

「ここであったことをだれかに言ったら、おまえの家に火をつけるからな。それからまた連行してきて、たっぷり痛めつけてやる。それがいやならだれにも言うな。わかったな」


【『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ/武者圭子〈むしゃ・けいこ〉(草思社、1997年、草思社文庫、2011年)】


 これが非暴力主義を唱えたガンディーによって独立したインドの実態だ。警察官十数人に次々と強姦された。父親の目の前でだ。


 プーラン・デヴィは私と同年代の女性である。世界の現実も知らずに「世界広布」を叫ぶ愚か者が多すぎる。インドでは英語を話せる者しか創価学会への入会を認めていないはずだ。これ自体が権力者に対する配慮といえよう。我々は実現可能かどうかもわからぬ恒久平和を口にしながら、現実に暴力の犠牲となっている人々を無視している。生命尊厳を標榜しながら、暴力に関する哲学的アプローチが全くなされていない。


 プーランはその後、ダコイットと呼ばれる盗賊の首領となり復讐を遂げる。更に、投降〜服役後には国会議員となった。1999年には京都精華大学の招聘(しょうへい)で来日している。一度落選し再当選を果たすも、自宅前で何者かに射殺された。2001年のことである。

文庫 女盗賊プーラン 上 (草思社文庫) 文庫 女盗賊プーラン 下 (草思社文庫) インド盗賊の女王 プーラン・デヴィの真実


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2011-09-11

視覚はなんのためにあるのか?


 この問いに答えるためには、進化生物学に眼を向け、次のように問う必要がある。「視覚はなんのためにあるのか?」生物学的観点から得られる答えはきわめて明快だ。視覚が進化したのは、それが動物の適応度をとにかく高める――生存し繁殖する能力を高める――からである。自然淘汰(すなわち、集団内でそれぞれの個体がどの程度生き延びられるか)は、究極的には、動物が視覚を用いてなにをするかにかかっており、なにを体験するかにはよらない。したがって視覚は、進化という遠い時間の彼方で、生物の行動を誘導する方法として出現したのに違いない。


【『もうひとつの視覚 〈見えない視覚〉はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル、デイヴィッド・ミルナー/鈴木光太郎、工藤信雄訳(新曜社、2008年)】


開目抄」と「観心本尊抄」に共通するのは視覚的要素である。そしてマンダラはイメージである。木像であろうが画像であろうが本尊はイメージ情報を伝えるものだ。このあたりの研究がまったくなされていない。悟りは側頭葉の反応が顕著であるが、それを導くのはたぶん視覚野なのだ。きっと「見える」こと自体が一つの悟りに近い行為なのだろう。我々凡夫はそれを自覚し得ない。本覚論の脱構築が可能であるとすれば、ここにヒントがあると思われる。


もうひとつの視覚―〈見えない視覚〉はどのように発見されたか

2011-09-10

知識がなければ差が見えない


 知識がないと差が見えないのです。

 私のように好きで知っていると、後姿だけでフェラーリの型番がわかりますけれども、知らない人は単に、フェラーリだ、と思うだけでしょう。フェラーリとランボルギーニの区別さえもつかないかもしれません。

 リーダーは、高い視点から俯瞰することによって、各状況を認識する必要があります。認識する範囲を広くするために高い視点が必要です。

 けれども、認識自体は知識がなければできないのです。


【『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(PHP研究所、2007年/PHP文庫、2009年)】

心の操縦術 (PHP文庫)

2011-09-09

マスードは大の読書家であった


 Facebookに「尊敬する人物」という項目があるが、私はここにクリシュナムルティとマスードの名前を書いている。パンジシールの獅子は9.11テロの2日前に暗殺された。アフガン戦争を望むアメリカにとって目障りな存在だったのだろう。マスードによって、いよいよこれからアフガニスタンの民主化が始まろうとしていた矢先のことだった。陰影の濃い複雑な表情に惹かれてやまない。享年48歳。


 大の読書家で、1997年時には、寝る間も惜しみ読書に時間を割いていたため、1日の睡眠時間はおよそ2時間程度だった。1996年のタリバーンの攻勢により、事前に首都から撤退したが、その際マスードは約3000冊の蔵書を持ち出している。持ち出した蔵書は実家のゲストハウスの廊下に山のように積み上げられていた。その読書に対する執着ぶりは、夜間、発電機が止まり、あたりが暗くなっても胸からペンライトを取り出し、何事もなかったかのように読書を続けるほどであったという。(Wikipedia

マスードの戦い (河出文庫) 獅子と呼ばれた男―アフガニスタンからの至急報 マスード―愛しの大地アフガン 写真集 獅子の大地


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Ahmed Massoud r.i.p

わからないままやってみる


 考えてやっていると、見ていてわかる。次はああしよう、こうしようと考えながらそれを隠そうとしても100パーセント、隅から隅まで伝わってしまう。だから自分のやることに責任を持って。でたらめでもいいから。

 わかりました、何がわかったのか。そう言われると困るんだけれども、わからないままやってみる。わからないけれども感動した。そのために踊っているんですよ。だから、わかりましたと言われると困ってしまう。頭で考えるのもいいんだけども踊るときは、それを全部忘れてしまう。


【『大野一雄 稽古の言葉』大野一雄著、大野一雄舞踏研究所編(フィルムアート社、1997年)】

大野一雄―稽古の言葉

2011-09-08

マルクスの時代には10歳にも満たない少年が労働にかりだされることが日常茶飯事だった


「マルクスの根本的な考えは正義です。この理念は人類が存続するかぎり、なくなることはありません。マルクスの時代には10歳にも満たない年少者が労働にかりだされることが日常茶飯事でした。炭鉱の構内で連日働き、日曜だけ地上に出て太陽をおがめるといった子どもたちもいて、『日曜っ子』と呼ばれていました。時を同じくして、上流階級の人々はサロンで文化的な生活をしていました。そのサロンを暖かくした石炭が、子どもたちの過酷な労働によるものだとは上品な紳士淑女は考えもしませんでした。マルクスが目のあたりにしたのは当時のそのような社会状況でした。それを批判したのは正しいことです。マルクスの功績として歴史に残されることです。しかし、それと、なぜ彼の思想がうまくいかなかったのか、ということとは別問題です」


【『エンデの遺言 根源からお金を問うこと』河邑厚徳〈かわむら・あつのり〉、グループ現代(NHK出版、2000年/講談社+α文庫、2011年)】

エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社プラスアルファ文庫)

2011-09-07

TPP

 公明党は今のところ慎重な姿勢のようだ。

 TPPへの賛成は、戦後の枠組みである対米隷属を支持することだ。日本の預金を始めとする資産がアメリカへ流出し(輸出と同義)、日本にはアメリカから不況が輸入される。バブル崩壊の時と全く同じ構図だ。

歴史主義の貧困


 日本型システムが日本の長い歴史や文化に根差しているとの考えは、往々にして、「だから変えられない」という運命論に結びつきやすい。現存しているものが歴史的必然であるという「歴史主義の貧困」に落ち込む危険があるのである。


【『1940年体制 さらば戦時経済』野口悠紀雄(東洋経済新報社、1995年/増補版、2010年)】


1940年体制(増補版) ―さらば戦時経済

2011-09-06

ブッダと弟子たちは幸せだった


 ブッダとその時代の僧や尼僧たちは三着の衣と一つの鉢しか持っていませんでしたが、彼らはとても幸せでした。それは、彼らには最も貴重なもの――自由があったからです。


【『怒り 心の炎の静め方』ティク・ナット・ハン/岡田直子訳(サンガ2011年)】

怒り(心の炎の静め方)

2011-09-05

「田原坂」


 森昌子は16歳でこの歌唱力。


D

【森昌子】


D

【小沢千月】


D

【フォルクローレ・アンサンブル】


 雨は降る降る 人馬は濡れる

 越すに越されぬ 田原坂


 右手に血刀 左手に手綱

 馬上ゆたかな 美少年


 山にしかばね 川に血流る

 肥薩の天地 秋寂し


 草をしとねに 夢やいづこ

 明けのみ空に 日の御旗


 西郷隆盛 話せる男

 國の爲なら 死ねといふた


 田原坂なら 昔が戀し

 男同士の 夢の跡


 春は桜よ 秋なら紅葉

 夢も田原の 草枕


 泣いてくれるな 愛しの駒よ

 今宵しのぶは 戀ぢやない


 阿蘇の御神火 心に抱いて

 九州男兒の 血は熱い


 退くに退かれぬ 田原の嶮は

 男涙の 小夜嵐

北九州のクニは後漢王朝に遣使朝貢していた


 いずれにしても、紀元57年・107年のころ、北九州のクニが後漢王に遣使貢していたいことは確かであり、金印を与えられ、「生口」を160人も献じたという伝文には、それなりの信憑性がある。ところで北九州奴国などの後漢王との外交に、はたして文字が使用されていたのかどうか。上表文などの文書による外交があったかなかったか。それは初期王権の成り立ちと文字使用の有無を考える際の重要な問題となる。


【『古代日本のこころとかたち』上田正昭(角川叢書、2006年)】


古代日本のこころとかたち (角川叢書)

2011-09-04

師資相承による伝承と発展


臨済録』は、もともと臨済宗聖典なのではない。そういう宗とか派とかいったセクトとは全く無縁の書である。臨済禅師は唐代末期(9世紀)の人であるが、そもそも唐代禅には、6祖慧能〈えのう〉いらい、宗派の別によるセクト意識などは全く無かった。有ったのは、師から弟子への法の継承、つまり師資相承(ししそうじょう)による「家風」(宗風)の伝承と発展であった。しかも、その継承のしかたでさえ、「弟子の見識が師と同等では、師の徳を半減することになる。見識が師以上でなければ、法を伝授される視覚はない」とされ、「師の法をすべて肯(うけが)うことは、師を裏切ることにほかならぬ」とまで言われた。(解説)


【『臨済録』入矢義高〈いりや・よしたか〉訳注(岩波文庫、1989年)】


 とすると血脈相承は禅宗の流儀なのだろうか? 「御義口伝」というタイトルも同じ匂いがする。


臨済録 (岩波文庫)

2011-09-03

ハミルトンの神童ぶり


 アイルランドでも最も歴史遺跡の多いと言われる、ボイン河畔の美しい町トリムで、少年ハミルトンはすくすくと育ったのである。

 独特な教育観をもち、大学で古典を専攻したためか語学に達者なこの叔父の下で、ハミルトンは早熟な才能を発揮する。5歳までに、英語、ラテン語ギリシア語ヘブライ語を読解することができるようになったのである。神童の噂はすぐに小さい町に広がり、見物に来る大人達の前でハミルトンは、ヘブライ語の聖書やギリシア語のホメロスを呼んで、仰天させたりした。10歳までにはこれにイタリア語、フランス語ドイツ語アラビア語サンスクリット語、ペルシア語が加わる。美しい景色を前に、高揚した気分を表現するのに英語では不十分とみると、ラテン語で即興詩を作ったりする。10歳で10カ国語を読める、と息子自慢の父親はあちこちで喧伝(けんでん)する。ジェームズ叔父は学校の宣伝パンフレットに少年ハミルトンを紹介する。

 彼の途方もない才能とエネルギーは、この常軌を逸した言語修得で消耗したわけではない。暗算少年として名を馳せる一方、10歳でユークリッドの『原論』を読み、12歳でニュートンの『プリンキピア』を読み天文学に魅せられる。


【『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦(新潮選書、2002年/文春文庫、2008年)】

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫) プリンキピアを読む (ブルーバックス)

2011-09-02

Wikileaks米公電で詳細が明らかになったイラク駐留米軍によるイシャキ虐殺事件


Wikileaks米公電で、イラク戦争後の米軍の市民虐殺事件の詳細が明らかに。2006年3月15日にイラク中部イシャキで発生した民間人一家皆殺し事件で国連調査官による報告から米軍兵士が民間人10人に手錠をかけ頭部を銃撃、現場をヘリで攻撃し交戦中死亡を装った状況が記されていた。less than a minute ago via Janetter2 Favorite Retweet Reply


(続き)Wikileaks米公電で詳細が明らかになったイラク駐留米軍によるイシャキ虐殺事件について、米マクラッチー紙が報道。(遺体写真あり注意) http://t.co/TNlWm1Mless than a minute ago via Janetter2 Favorite Retweet Reply


(続き)米軍兵士は、生後5ヶ月の乳児、3歳の女児、5歳の男児、子供たちの両親(28歳と24歳)、祖母(74歳)、5歳の女児、3歳の男児、女性(23歳)、身元不明の女性の合計10人を早に急襲し現場で縛り「処刑」したと現場の報告。→ http://t.co/ezgRSi9less than a minute ago via Janetter2 Favorite Retweet Reply


 イラク戦争では自衛隊イラク派遣に賛成、2007年6月には改正イラク特措法(期限を2年間延長)の成立にも賛成した。なお、イラク戦争の開戦理由となった大量破壊兵器が存在せず、アルカイーダとフセイン政権(当時)が無関係とアメリカ自身の調査で証明されたものの、イラク戦争は(開戦当時の判断としては)正しかったとしている。(Wikipedia


 与同罪を免れず。

創価学会とプロテスタント


 創価学会とプロテスタントの類似性を調べれば、プラグマティズムで括ることが可能と思われる。そこから国家とプラグマティズムを論考すると見えてくるものがありそうだ。アメリカ建国と創価王国。それともう一つ。プラグマティズムと権力の移行についても考える必要がある。

末法と終末思想


 仏教の末法とキリスト教の終末思想の違いを明快に論じる学説・論文が必要だ。

介子推


 賎臣(せんしん)たちのなかで、声を放って笑った者がいた。介子推〈かいしすい〉である。かれは笑ったわけをきかれると、

「これが笑わずにいられようか。公子の開運は、天がおこなったことであるのに、咎犯(きゅうはん)は自分の功績だと訴え、とりひきをおこなった。こんな恥ずかしいことはあるまい。わたしは咎犯と行動をともにするのがいやになった」

 と、答えた。それをきいた同輩は、

「よくぞ、いってくれた

 とは、いわなかったが、介子推と似た心境になったことはたしかである。(中略)

 ――あんな汚い手で、自分の功績を認めさせるしかないのか。

 と、介子推は反発し、失望した。哀しくもあった。


【『重耳』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)】


 学会本部には介子推がいない。子路〈しろ〉もいなければ、晏嬰〈あんえい〉もいない。ゆえに凋落(ちょうらく)を避けることは困だ。介子推は後世の人々から神として祀(まつ)られる。

重耳(上) (講談社文庫) 重耳(中) (講談社文庫) 重耳(下) (講談社文庫) 介子推 (講談社文庫)

2011-09-01

ルワンダとベルギー


 フツ族に少なくとも地方自治は与えていた丘ごとの統治機構は組織的に解体され、ツチ族エリートにはフツ族の労働を収奪し、税を課すほぼ無制限の権限が与えられた。1931年、ベルギー人と教会は自立心が強すぎる王ムワミを廃し、従順さの観点から注意深く選んだ結果、ムタラ・ルダヒグワを新王に据えた。ムタラは即座にカソリックに改宗し、聖性を放棄して、全国に大洗礼ブームを引き起こし、ルワンダアフリカ一カソリック化された国にしてしまった。続いて、1933年から34年にかけてベルギー人は「人種」IDカードを発行するための人口調査を実施し、すべてのルワンダ人をフツ族(85パーセント)とツチ族(14パーセント)とトゥワ族(1パーセント)に分類した。IDカードによってフツ族がツチ族に変わるのは実質的に不可能となった。ベルギー人はツチ族優越神話に根ざした人種差別機構を完成させたのだ。


【『ジェノサイドの丘』フィリップ・ゴーレイヴィッチ/柳下毅一郎〈やなした・きいちろう〉訳(WAVE出版、2003年)】

ジェノサイドの丘〈新装版〉―ルワンダ虐殺の隠された真実

新首相は来年国会で立ち往生 公明党“総選挙勝利”の皮算用


「今年度第三次補正予算案には協力する。その後は白紙」(公明党幹部)

 超短期決戦で民主党代表選が終わり、ねじれ国会のカギを握る公明党が余裕の表情を浮かべている。山口那津男代表や井上義久幹事長ら執行部は、「既に合意されたことをキチンと履行してほしい」と菅直人政権で前執行部が決めた公明、民主、自民の3党合意の実行が最優先と、子ども手当の見直しなどを迫る。

 いまや公明党内で「民主党との連立」や「閣外協力」に踏み込もうという空気はほとんどない。新首相は、三次補正予算案が中心課題となる秋の臨時国会を乗り切れても、来年1月からの通常国会で立ち往生するのは避けられない情勢だ。

公明党創価学会が注視していたのは、民主党で小沢一郎元代表のグループと、主流派の前原誠司元代表のグループが連携するかどうかでした。幹部間で非公式に意見交換した結果、『小沢・前原が組めば挙党態勢で安定政権になる。閣外協力まで視野に入れて連携せざるを得ない』という結論でした。

 ところが、小沢一派と前原グループが全面対決の道を選んだため、全面協力の選択肢はなくなったのです」(政治部デスク)

 また、前出の公明党幹部は次のように打ち明ける。

「衆院解散すれば、わが党の議席が増えるのは間違いない」

 政権交代旋風が吹き荒れた2年前、公明党は“金城湯池”だった関西、大阪でも敗れ、小選挙区の当選者がゼロの結果に終わった。だから、次の総選挙では、「どんなに少なくても1〜2議席は増える」(同前)。つまり、解散総選挙を恐れる理由がないというわけだ。

「選挙の時期で一番いいのは、来年度予算が成立した後の2012年の春でしょう。統一地方選は今年やってしまったし、創価学会が神経をつかう東京都議選も再来年です。いわゆる『選挙疲れ』のない年に総選挙となれば、フル活動できる態勢が整います」(公明党関係者)

 自民党とは10年間、同じ与党で培った信頼関係があり、民主党で最も警戒する小沢氏に対しても、かつて「一・一ライン」で名をはせた市川雄一元書記長が常任顧問として目を配っている。

「いま21議席だが、30から40くらいはいくんじゃないかな」

 と、前出の公明党幹部は早くも皮算用している。


『週刊文春』2011年9月1日号


 支持母体の創価学会に依存する議員が一丁前の口を叩いているよ。公明党も随分と生意気になったもんだね。