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2011-09-12

インドの現実


 翌、私は一人だけで連れ出された。弁護士の姿はなかった。かわりに警官が増えていた。マヤディンの義理の兄で、近眼のマンスクがほかの村から連れてきたのだ。マンスクは警察に勤めていた。警官たちは、全部で10人以上いた。そのなかに太った警部がいて、わたしを見ると恐ろしいことを口にした。マンスクはわたしのほうをちらりと振り返り、それから言った。「このあばずれなら大丈夫だ。なんでも好きにやりな。この女は、なにも言わないさ」


 マンスクは正しかった。

 わたしはそれから三日三晩のあいだにその警察署内で行なわれたことを、だれにも言わなかった。それがあまりに屈辱的で、あまりにおぞましい出来事だったからである。そして、なにより怖かったからである。わたしは警官たちに、口外すれば家族全員を逮捕すると脅されていた……。(中略)

 だがそれも意味がなかった。かれらはわたしを連れていくことさえしなかった。平気で、その部屋のなかで、わたしに襲いかかり、サリーを引き裂き、ブラウスもペチコートも引きちぎったのである。父の目の前で、わたしは裸にされた。

 父は目を閉じ、彼のほうを向いていた。

 警官たちはわたしを押し倒し、殴りはじめた。

「おまえがやったんだな、そうだな? おい、白状しろっ」

 わたしはついに、かれらの望んでいる通りにこたえた。

「はい」

「強盗を働いたのはおまえだな?」

「もう、殴られて」

「やったと認めるんだな? おまえはダコイットだな?」

「はい」

 父は二重の恥辱に打ちのめされていた。両手で耳をふさいでいる。殴られているのはわたしだったが、泣いているのは父だった。父の肩は激しく震えていた。(中略)

 警官たちは、わたしの両手を椅子の足の下に差し入れた。太った警部がその上に坐り、残りの数人がふくらはぎの上をブーツで踏んだ。(中略)

「ここであったことをだれかに言ったら、おまえの家に火をつけるからな。それからまた連行してきて、たっぷり痛めつけてやる。それがいやならだれにも言うな。わかったな」


【『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ/武者圭子〈むしゃ・けいこ〉(草思社、1997年、草思社文庫、2011年)】


 これが非暴力主義を唱えたガンディーによって独立したインドの実態だ。警察官十数人に次々と強姦された。父親の目の前でだ。


 プーラン・デヴィは私と同年代の女性である。世界の現実も知らずに「世界広布」を叫ぶ愚か者が多すぎる。インドでは英語を話せる者しか創価学会への入会を認めていないはずだ。これ自体が権力者に対する配慮といえよう。我々は実現可能かどうかもわからぬ恒久平和を口にしながら、現実に暴力の犠牲となっている人々を無視している。生命尊厳を標榜しながら、暴力に関する哲学的アプローチが全くなされていない。


 プーランはその後、ダコイットと呼ばれる盗賊の首領となり復讐を遂げる。更に、投降〜服役後には国会議員となった。1999年には京都精華大学の招聘(しょうへい)で来日している。一度落選し再当選を果たすも、自宅前で何者かに射殺された。2001年のことである。

文庫 女盗賊プーラン 上 (草思社文庫) 文庫 女盗賊プーラン 下 (草思社文庫) インド盗賊の女王 プーラン・デヴィの真実


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