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2011-10-31

雄志


「ああ、平和は雄志を蝕む」


【『三国志』吉川英治(大日本雄弁会講談社、1948年/講談社文庫、1975年)】

三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33) 三国志 (2) (吉川英治歴史時代文庫 34) 三国志(3)(吉川英治歴史時代文庫 35) 三国志(4)(吉川英治歴史時代文庫 36)


三国志(5)(吉川英治歴史時代文庫 37) 三国志(6)(吉川英治歴史時代文庫 38) 三国志(7)(吉川英治歴史時代文庫 39) 三国志(8)(吉川英治歴史時代文庫 40)

2011-10-30

途方もなく巨大な建築物


 一度、とアウステルリッツは言い添えた。建築物の大きさの順に並べたリストを作ってみるといいのです、この国の建物でふつう以下の大きさのもの――たとえば野中の小屋、庵、水門のわきの番小屋、望楼、庭園の中の子供のための別荘(ヴィラ)――がいずれも少なくとも平和のはしくれ程度は感じさせてくれるのに、ひるがえってかつて絞首台が置かれていた通称首吊り丘、あそこに立つブリュッセル裁判所のような巨大建造物について、これを好きだという人は、まともな感覚の持ち主にはまずいないでしょう。驚くというのがせいぜいのところで、そしてこの驚きが恐怖に変わるのは、あともう一歩なのです。なぜなら、途方もなく巨大な建築物は崩壊の影をすでにして地に投げかけ、廃墟としての後のありさまをもともと構想のうちに宿している、そのことを私たちは本能的に知っているのですから。


【『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト/鈴木仁子訳(白水社、2003年)】


アウステルリッツ

2011-10-29

掃除をする少年


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 彼が片付けているのは親の内蔵かもしれない。

どうして自然をなにかにたとえようとするのか?


「もう一度だけ言っておきますが、自然は自然にしか似ていないのですよ。どうして自然をなにかにたとえようとするのですか」(「ミクロメガス」)


【『カンディード 他五篇』ヴォルテール/植田祐次訳(岩波文庫、2005年)】


 過去世や来世の物語は、動物や昆虫にまで人間の善悪を当てはめることで成り立っている。ちょっと考えればわかりそうなものだが、考える力を奪われている人々は死ぬまで気づかない。


カンディード 他五篇 (岩波文庫)

2011-10-28

戦略なき戦術


 我々は明日をあなた任せに生きている。それで何も不安も持っていない。組織の中の人間として、日々与えられた仕事をいかに完璧にするかに腐心する。戦術(戦争における戦い方)に特化している。ここでは世界に誇る「企業戦士」振りを示す。

 しかし、一番重要な「いかなる仕事を将来するか。そこに到達するために何をするか」という戦略部分は欠落している。戦略部分を他者に委(ゆだ)ねている。


【『日本人のための戦略的思考入門 日米同盟を超えて』孫崎享〈まごさき・うける〉(詳伝社新書、2010年)】

日本人のための戦略的思考入門――日米同盟を超えて(祥伝社新書210)

2011-10-26

正義の味方と悪玉の特徴


【正義の味方の特徴】1.自身の具体的な目標を持たない 2.相手の夢を阻止するのが生き甲斐 3.単独〜小人数行動 4.常に何かが起こってから行動 5.よく怒る  【悪玉の特徴】1.大きな夢や野望を抱いている 2.日々努力を重ね夢に向かって尽力している 3.失敗してもめげない 4.組織で行動する 5.よく笑う
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客引きに大切なのは声のデカさと強引さだ


「そう。客引きに大切なのは、声のデカさと強引さだ。奥ゆかしさだとかは、案内した先の旅館の従業員が心がければいいのだよ」

 了解した。が、広告業界はそれでオッケーなのだとしても、テレビ業界がそれじゃマズいだろ? 客引きがだみ声合戦を繰り広げるのは容認するにしても、肝心の旅館のおかみが、がさつ者ではいかんだろうが。

 ここ数年、テレビから流れてくるCMの半分は不愉快CMと言っていい。それも、あえて狙った神経逆なでCMだ。(中略)

 ってことは、結局、現状のCM界は、「振り向かせるためには何でもやる」素人の大道芸みたいな世界になっているわけだ。


【『テレビ標本箱』小田嶋隆(中公新書ラクレ、2006年)】

テレビ標本箱 (中公新書ラクレ (231))

2011-10-25

人種差別は同じ表情をしている


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 上はパレスチナ人の女性を中傷するイスラエルの若者たち。下は黒人として初めて登校したエリザベス・エックフォード(15歳)を罵ったヘイゼル・ブライアント(1957年)。この写真が有名になり、ヘイゼル・ブライアントは長く苦しむ羽目となる。そして40年後にエリザベス・エックフォードと再会することができ、心から謝罪した。


 学会員に取り囲まれた法華講員、あるいは法華講員に取り囲まれた学会員も似たような情況となることだろう。そう。我々は差別主義者なのだ。

野心的な人間は怯えている


 失敗してみたらどうですか。発見してみたらどうでしょう。ところが恐れている人はいつも「正しいことをしなくては。人から立派に見れらなくては。あいつは何者だとか、とるにたりないやつだなんて世間からばかにされてはならない」などと考えるのです。そういう人は実際、根底から怯えきっているのです。野心的な人間とは、ほんとうは怯えている人のことです。そして怯えるているものには、愛や思いやりもありません。それはまるでびくびくと家の中に閉じこもっているようなものです。


【『恐怖なしに生きる』J・クリシュナムルティ有為〈うい〉エンジェル訳(平河出版社、1997年)】


恐怖なしに生きる

2011-10-24

中国二歳女児交通事故


 乗用車とトラックがひき逃げし、18人の通行人に無視されて、まだ2歳だった悦悦ちゃんは9日後に死亡した(21日)。1台目の車は一旦停止した後、後輪でも踏みつけているため三度ひかれたことになる。トラックが両脚に乗り上げるところで私は動画を止めた。


 少し調べたところ、後遺症が残ると賠償額が多額になるため、二度三度とひいて完全に殺すケースさえあるという。中国ってのはそういう国だ。一党独裁の成れの果てがこのザマだ。


 悦悦ちゃんにこの曲を捧げる。「曇り空、ふたりで」SIONと福山雅治(ギター)。


D


東京ノクターン

言葉の枠組が変われば歴史も異なる


 そういう意味で人間は「言葉する存在」です。

 その言葉は、世界を切り取って名付けていく単語つまり語彙と、文体(スタイル)からなり、これらのあり方が人間の思考を決定づけています。文体というのは語彙を載せる船のようなもので、その船が思考の枠組みとして、あるいは文化として一番大きな力を持っています。われわれはその船を離れて思考することはできません。思考や行動は具体的な言語のなかに微粒子的に存在し、これと一体のもので、自分たちの文体のあり方をどのように変えていくかを考えないかぎり歴史が変わっていくことにはなりません。またこのことは、人間の歴史が、言葉(語彙と文体)から離れられず、したがって言葉の枠組が変われば、歴史もまた異なった姿であらわれる事実を意味します。


【『漢字がつくった東アジア』石川九楊〈いしかわ・きゅうよう〉(筑摩書房、2007年)】

漢字がつくった東アジア

2011-10-23

『戦後マスコミ裁判と名誉毀損』片野勧(論創社、2010年)


戦後マスコミ裁判と名誉毀損


 週刊誌・雑誌・新聞・テレビ等による名誉毀損とは? 報道する側の「表現の自由」と、報道される側の「人権=プライバシー」の衝突であるとの視点からジャーナリズムの在り方を考える。

パレスチナ人の虐殺は「単なる技術上の過失」


 多くの人は信じられない、と言うかもしれない。あのアウシュビッツを経験した人々が、他人にそんなひどい仕打ちができるはずがない、と。ましてユダヤ人が非武装のパレスチナ人を虐殺することなど想像もできないに違いない。しかし現実には、そうしたことがしばしば起こっている。1956年にカセム村のパレスチナ人47人がイスラエル兵に虐殺されたときは、命令を下した最高責任者は「単なる技術上の過失」を犯したとして、実に10円にも満たない形式だけの金で釈放された。


【『パレスチナ 新版』広河隆一〈ひろかわ・りゅういち〉(岩波新書、2002年)】

パレスチナ新版 (岩波新書)

2011-10-22

『乱脈経理 創価学会 vs. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也


乱脈経理 創価学会VS.国税庁の暗闘ドキュメント


 池田創価学会が震え上がった国税との攻防。91年から密かに始まった国税当局による創価学会への税務調査。私は現職国会議員として国税工作を命じられた。当時はまったく報じられなかった舞台裏を再現する。

2011-10-21

『地理思想と地理教育論』山口幸男(学文社、2009年)


地理思想と地理教育論


目次

第1章 社会科地理教育論の先駆者内村鑑三

第2章 内村鑑三の地理思想と国内諸地域論

第3章 牧口常三郎の『人生地理学』

第4章 牧口常三郎の地理教育論

第5章 内村鑑三牧口常三郎・宮沢賢治の地理思想

第6章 人間および人間社会の存在の風土性・空間性―和辻哲郎の風土論を基に

第7章 ラッツェルとブラーシュ

第8章 ヘットナー

第9章 シュプランガーと吉田松陰の郷土教育論

第10章 (補論)『社会科教育研究』誌掲載の地理教育的論考についての批判的考察

第11章 まとめ:地理教育の本質―地理の人間形成的意義・教育的意義

慢性ストレス


 生きていくために不可欠な生理的メカニズムであるストレスが病気の原因になる、というのは矛盾していると思われるかもしれない。この点を理解するためには、“急性ストレス”と“慢性ストレス”とを区別する必要がある。急性ストレスとは、脅威に対して即座に、短時間だけ起こる身体反応だ。慢性ストレスのほうは、ある人がストレッサーの存在に気づかない、または気づいても逃れようがないために継続的にストレスにさらされ、ストレス・メカニズムが長期的に活動を続けている状態である。


【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ/伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

2011-10-20

復興財源:公明、たばこ増税容認へ…民主と調整

 国内企業の2/3は欠損法人(赤字経営)のため法人税を払っていない。メガバンクも同様だ。庶民感覚は結構だが、いつまで経っても国家のグランドデザインを描けないような素人政党では困る。党利党略の本格化と私は見る。

ペルフェッティの指針


 認知運動療法に取り組む患者に向けて、ペルフェッティは「患者さんに守ってもらいたいささやかな規則」という指針を提言している。


 身体を動かすだけでは不十分です。感じるために動くことが必要です。運動というのは、自分自身あるいは外部世界を認知するためのものです。大きな力を要する運動、すばやく大きな移動を要するような運動の練習はあまり役に立ちません。

 脳は、あなたが世界を認知しようとして運動した時にもっとも活性化します。ですから、あなたは動きを「感じる」練習をしてください。感じるために注意が必要となればなるほど、脳のかかわり方が大きくなります。自分の運動や対象物との接触に、いつも最大限の注意を払ってください。目を閉じて身体を動かしてみるのもひとつの方法です。

 そして対象物との接触では、特に重量を認識する努力をしてください。あなたの身体やその部位にも重量があります。座っている状態で、あるいは立っている状態で、自分の腕、自分の脚、自分の体幹、自分の身体全体の重量を感じる練習をしてみてください。たとえば重量が身体の左側と右側に対称に配分されているかどうか感じてみてください。

 いろいろな運動をおこなったとき(ママ)に重量が身体内でどう変化するかも感じてみてください。誰か他の人にあなたの身体を動かしてもらうのもよいかもしれません。そうして、あなたは目を閉じて、自分の身体がどう動いたか、あるいは自分の身体に触れた対象物の特性を感じるために脳を使ってください。

 運動を始める前に、自分がおこなおうとしている運動について考えてみてください。自分の身体がどうなるかを考えてみてください。身体から、あるいは対象物からどういう情報を得ることになるのかを推測してみてください。そして運動をおこなった後で、事前に自分が予測したものと実際に感じたものが合致しているかどうかを考えてみてください。そして、自分の身体が動く感じを脳の中でイメージしてみてください。

 以上の規則を守ると、最初はゆっくりとしか動けなくなりますが、それは心配には及びません。規則を守れば、自分の運動を前より上手にコントロールすることができるはずです。そのうちにもっと早く動けるようになります。


【『脳のなかの身体 認知運動療法の挑戦』宮本省三〈みやもと・しょうぞう〉(講談社現代新書、2008年)】

脳のなかの身体―認知運動療法の挑戦 (講談社現代新書 1929) (講談社現代新書)

2011-10-19

『池田思想研究への道』神立孝一編(創価教育新書、2009年)


池田思想研究への道 (創価教育新書)


 世界に広がる創価大学創立者・池田大作創価大学名誉会長の思想研究の現状を概観する。研究例として、その人間主義哲学を、ゴルバチョフ対談、ペッチェイ対談を通して考察した。

週刊文春


 週刊文春10月27日号の見出し。


 衝撃スクープ

 担当していた元看護師が語る

 池田大作創価学会」名誉会長 「厳戒病室」本当の病状

 2カ所の脳梗塞、車イス、夜も病室の電気を消さない理由

商人の町は暴力団の町


 これらは、やはり土地柄によるところが大きいのだと思う。大阪はよく、商人の町と言われるが、社会全体が経済を中心に動く。そこには役所や暴力団などが、複雑に絡んでくる。また人種的な問題もある。同和団体や部落出身者、在日韓国・鮮人が多く、その影響力も強い。

 それだけに、大阪と東京では、警察だけではなく、地検特捜部の捜査手法にも同じような違いが出てくる。大阪では、特捜部といってお、大物政治家の疑獄事件を扱うことはほとんどない。ふだんの仕事で最も多いのは、むしろ暴力団関係の事件である。


【『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一〈たなか・もりかず〉(幻冬舎、2007年/幻冬舎アウトロー文庫、2008年)】

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)

2011-10-18

『時を超えた詩心の共鳴 ゲーテと池田大作』田中亮平(創価教育新書、2009年)


時を超えた詩心の共鳴―ゲーテと池田大作 (創価教育新書)


 文豪ゲーテに関する創価大学創立者・池田大作創価学会名誉会長の考察を通して、共鳴する両者の詩人と人間主義哲学に迫る。ゲーテの生涯と作品についても概説した。

密教は仏教のみに生まれたものではない


 後に述べるように、密教は仏教のみに生まれたものではなく、ヒンドゥー教ジャイナ教においても生まれた運動であるが、仏教の密教(仏教密教)に限っていうならば、大乗仏教において密教は生まれた。このことは密教の特質と深く結びついている。

 紀元前後に誕生した大乗仏教は、600年頃にはすでにその勢力を徐々に失いつつあった。というよりも、第四期に入る頃には、ヒンドゥー教の勢力が仏教のそれをしのぐようになっていた。


【『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社選書メチエ、1998年)】


 ヒンドゥー教の盛り返しに対抗する形で密教は生まれた。追々書くつもりであるが、私は仏教を逆に辿るべきだと考えている。大乗仏教運動や密教的要素は、悟りそのものではなくコミュニティ性に起因していると感じるためだ。歴史を従果向因的に見つめた方がブッダに迫ることができると思う。

最澄と空海―日本仏教思想の誕生 (講談社選書メチエ)

2011-10-17

米国は最も過激な宗教的原理主義文化の一つ


問●アラブ人は、定義上、必然的に原理主義者ですが、西側の新たなる敵でしょうか?


チョムスキー●もちろん違う。まず第一に、ひとかけらでも理性を持った人ならアラブ人を「原理主義者」などとは定義しない。第二に、米国と西側は一般に宗教的な原理主義自体に何ら反対はしていない。事実、米国は世界における、最も過激な宗教的原理主義文化の一つなのだ。国ではなく、大衆文化が。イスラム世界では、タリバンを別にすれば、最も過激な原理主義国家はサウジアラビアである。この国は、建国以来、米国の顧客国家(クライアント)である。タリバンは事実上イスラム教のサウジ版から生まれている。

 よく「原理主義者」と呼ばれる過激なイスラム教徒は、1980年代米国のお気に入りだった。手に入る最高の人殺しだったから。当時、米国の主要な敵はカトリック教会だった。教会は、ラテンアメリカで「貧者の優遇権」(1980年代に中南米で盛んになった解放神学の主張)を採択することによって極悪非道の大罪を犯し、そのおかげでひどい目に遭っていた。西側は敵の選び方において極めて普遍的、世界的である。判定基準は、服従しているか否かであり、権力へ奉仕しているか否かであって、宗教の如何ではない。このことを証明する例はほかにも数多くある。


【『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー:山崎淳訳(文春文庫、2002年)】

9・11―アメリカに報復する資格はない! (文春文庫)

2011-10-16

『絆 冬は必ず春となる』岩隈久志(潮出版社、2009年)


絆―冬は必ず春となる


「逆境のエース」復活を支えた師、家族、チーム、ファンとの絆。

教団は言語体系をも支配する


 そんなことがあるのだろうかと訝る人もいるかもしれない。しかし、私達はこうしたことを日常生活や職場、専門家集団において経験している。専門家はそれぞれの分野ごとに独特の言語と論理を共有しており、二、三の専門用語を話すだけで関連する事柄や背景的知識、問題の解決法まで頭に浮かんでくる。専門家集団といえば宗教集団も同じである。統一教会のような閉鎖性の強い集団に入るとなかなか抜けられなくなるのは、教団が物理的な紹介(見張りやスケジュール管理)を置くからではなく、認識の構造は言語体系までも統一教会独特のものしか使わないよう訓練してしまったために、外部の人達とコミュニケーションができなくなり、外へ出ることを信者自身がためらうようになるからだ。


【『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』櫻井義秀〈さくらい・よしひで〉(新潮選書、2009年)】

霊と金―スピリチュアル・ビジネスの構造 (新潮新書)

2011-10-15

三次補正予算案


 野党が足を引っ張るような真似をすれば、次の選挙で必ず敗れることだろう。東北は厳しい冬を迎える。もたもたするな。

『池田大作の事』千葉隆(飛鳥新社、2009年)


池田大作の事


 学会を遠巻きにして、異物を眺めるように見る状態は健全ではない。希代の悪党か、百年に一人のカリスマか? 誰も語らなかった池田大作がここにいる! 学会員歴47年の著者が批判的な世間の疑問に答えた創価学会の真実。

私たちの自分自身への関係が世界をつくっている


 あなた方と私がもつ関係の仕方――自分の脳に対する、自分の財産、お金、仕事、セックスに対する関係の仕方――これらの関係が、直接この社会をつくっています。60億の人々によって織り成される、私たちの自分自身への関係が、世界をつくっています。私たちめいめいの偏見の集合体が、私たちの分離の寂しさの集まりが、各人の貪欲な野心が、各人の身体的及び精神的飢餓が、私たちめいめいの中にあるあらゆる怒りと悲しみが――つまり、私たちが世界なのです。


【『人生をどう生きますか?』J・クリシュナムルティ/大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2005年)】


人生をどう生きますか?

2011-10-14

正しいから嫌われる?


「私は正しいことを言うから嫌われる」という人を見掛けるが、実際は嫌われている人が時々正しいことを言っている場合が多い。

多数派の鈍さ

 けれど、重要なのは、そのことではなく、「右きき」の人びとは、自分たちが「右きき」であることに無関心だということです。もしかしたら、「右きき」であることに気付いてさえいないかもしれません。それが「多数派」であることの意味なのです。


【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎(日新聞出版、2009年)】

13日間で「名文」を書けるようになる方法

2011-10-13

「穏健な多党制」への道筋を示せれば「民主・公明連立」による安定政権も夢ではない


 先の総選挙では小選挙区で全敗し、今後の生き残りが急務の公明党にとって、選挙制度の変更は生死にかかわる問題でさえある。公明党は七月、成田を招いて選挙制度の勉強会を開催している。二大政党ではなく、第三党以下も存在感を示せる「穏健な多党制」への道筋を示せれば「民主・公明連立」による安定政権も夢ではない――。これが成田を首相官邸へ送り込んだ第一の理由だ。

『中国の碩学が見た池田大作 その人間観・平和観』高橋強編(創価教育新書、2008年)


中国の碩学が見た池田大作―その人間観・平和観 (創価教育新書)


 池田大作の人間観・平和観に焦点をあてた3人の中国人研究者論文を紹介する。膨大な池田の書籍を読み取り、その世界的な行動の背景にある人間主義平和主義の思想を浮き彫りにする。

動作の同調


 共感とは、ごく簡単に言うと、ほかの人や動物の状態に影響される能力のことだ。だから、誰かの振るまいをまねるといった単純な動きも、共感と呼ぶことができる。相手が頭の後ろで手を組むと、つい自分も同じことをやりたくなる。会議では、脚を組んだりほどいたり、上半身を前に傾けたりうしろにそらしたり、髪を直したり、テーブルにひじをついたりといった行動が伝染することが多い。ことにこちらが好感を抱いている相手だと、無意識に動きを合わせようとする。長年連れそった夫婦が似たものどうしになるのも、物腰や身ぶりが同調してくるからだろう。こうした模倣の威力を逆手にとって、人間どうしの感情を操作することもできる。こちらの動作を忠実にまねる人と、いちいちちがう動作をする人――実験でそうするよう指示されているからだが――では、後者への好感度が低くなるのだ。恋に落ちるとき、「ピンときた」と感じるのは、脚を開く、腕を広げるといったボディランゲージで憎からぬ気持ちを発信するのに加えて、意識しないままおたがいの行動を反射的に模倣してきた結果だろう。


【『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール/藤井留美訳(早川書房、2005年)】

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源

2011-10-12

スティーブ・ジョブズ


 アップル社製品で作られたモザイク画像。スティーブ・ジョブズは仏教徒であった。


Steve Jobs for Fortune magazine


スティーブ・ジョブズ I スティーブ・ジョブズ II スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則 スティーブ・ジョブズ名語録 (PHP文庫)

教条の異なる他者への不寛容や加罰傾向


 教条主義のもとでは、教条の正しさの過大評価、教条の適応範囲の過大な解釈(たとえば、物理現象を宗教的原理で説明するなど)、教条の異なる他者への不寛容や加傾向が生じる。


【『権威主義の正体』岡本浩一〈おかもと・こういち〉(PHP新書、2005年)】

権威主義の正体 PHP新書 330

2011-10-11

『浜口直太のビジネス金言集』


浜口直太のビジネス金言集1 元気になれ (浜口直太のビジネス金言集 1) 浜口直太のビジネス金言集2 越えて行け (浜口直太のビジネス金言集 2) 浜口直太のビジネス金言集3 幸せの法則 (浜口直太のビジネス金言集 3) 浜口直太のビジネス金言集4 魂をみがく (浜口直太のビジネス金言集 4)


 現代社会は、ストレス社会と言われています。日常の生活に疲れたときや、仕事で落ち込んだとき、読むことで生きる力が湧いてくるビジネスメッセージ集です。コンサルタントである浜口氏は、多くのクライアントからの相談に答える中で、励ましの詩を添えて贈っていました。そして、クライアントから「これらの詩を本にして欲しい」という多くの声が寄せられるようになりました。本書はそういう声に押されて、誕生しました。困に立ち向かう人々に贈る応援歌、心のサプリメントです。迷ったとき、悩んだときに、何度でもお読みください。

不染世間法 如蓮華在水

 地湧の菩薩の荘厳な姿を見て、弥勒菩薩は驚きの声を上げた。「世間の法に染まらざること、 蓮華の水に在るが如し」と。「世間の法」とは義理人情や経済的関係性かと思いあぐねていたところ、以下のツイートが流れてきた。


256 成果を望む人は、人間に相応した重荷を背負い、喜びを生ずる境地と賞讃を博する楽しみを修める(スッタニパータ
Oct 10 via twittbot.netFavoriteRetweetReply


 ああ、そうかと納得した。成果・成功を望む人は競争に加担している。他人を蹴落とし、汚い手を使っても我々は競争に勝とうとする。マイ聖教を外部啓蒙にし、分世帯を新入会扱いすることも飯前だ。世間の法に染まってヘドロの如し。悪臭に気づかぬ鼻づまり幹部が多い。尚、ブッダの説く成果とは悟りのことであって、競争の結果を意味するものではない。


ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

大型ハドロン衝突型加速器


Large Hadron Collider (CERN)


 全長27kmの円型(山手線より少し短い距離)で、スイスとフランスの国境をまたいで設置されている。ここで素粒子衝突実験が行われている。なお実験によってブラックホールが発生する可能性を懸念する声もある。素粒子1個同士を衝突させると3万倍の物質が生まれることが判明している。

脆弱な良心


 このプロセス(※JOCの工程違反)で、「それは危険だ」と声をあげようとしてその勇気がなくてできなかった人や、声をあげたために地位や人間関係で不利益に耐えねばならなかった人たちが、幾人かいたことだろう。彼らが声をあげ、その声が聞かれていれば、あの不幸な事故は起こらなかったに違いない。彼らの圧殺された良心を思うとき、私は刺すような痛みを心に感じる。しかし、それでも酷なことを書くが、圧殺され表明されなかった良心は、究極のところ、存在しなかったのと同じである。

 脆弱な良心は良心たり得ない。


【『無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略』岡本浩一〈おかもと・こういち〉(PHP新書、2001年)】

無責任の構造―モラル・ハザードへの知的戦略 (PHP新書 (141))

2011-10-10

『信仰はどのように継承されるか 創価学会にみる次世代育成』猪瀬優理(北海道大学出版会、2011年)


信仰はどのように継承されるか−創価学会にみる次世代育成


 日本ではあまり研究されてこなかった「信仰継承」に着目し、日本最大の新宗教である創価学会を事例に、大規模な調査票調査、面接調査を実施。親から子へという個人的な信仰継承と教団組織による次世代育成戦略という複数の側面から、立体的に信仰継承の実態を分析する。


目次

序 章 テーマと構成  


第一章 信者と宗教集団の再生産 

 第一節 宗教集団、世代、家族 

     宗教集団  

     世代と家族  

 第二節 宗教集団の維持と変容  

     宗教類型論と制度化過程  

     教団ライフサイクル論と教団ライフコース論  

 第三節 世代間信仰継承  

     宗教集団と家族関係  

     社会的学習としての世代間信仰継承 

     世代間信仰継承に関わる課題  

第二章 創価学会について  

 第一節 創価学会の概要  

 第二節 創価学会の歴史的展開 

 第三節 創価学会組織構造  

 第四節 創価学会の教義  

 第五節 創価学会における信仰活動  

 第六節 創価学会に対する評価  

第三章 教団が提示する信仰継承のモデル  

 第一節 次世代への宗教的伝達  

 第二節 子どもの信仰モデル――「学会っ子」として  

 第三節 世代間信仰継承のモデル  

第四章 調査にみる札幌市の創価学会員  

 第一節 北海道における創価学会の歴史  

 第二節 札幌市における調査票調査の概要  

 第三節 信者の属性  

 第四節 信者の行動  

 第五節 信者の信仰動機  

 第六節 まとめ  

第五章 世代間信仰継承の要因と世代交代の効果  

 第一節 世代間信仰継承の要因  

     変数の設定 

     信仰継承率  

     分析モデル  

     分析結果  

 第二節 世代交代の効果  

 第三節 まとめ  

第六章 世代間信仰継承のパターン  

 第一節 信仰継承の具体相  

 第二節 信仰継承のパターン  

  〈パターン1〉 継続的な信仰継承  

   1-1 悩み解決目的  

     経済的問題  

     病気  

     人間関係  

     進路選択  

   1-2 人生の指針目的 

     生き方の指針を得る  

     人生修行の場を得る 

     生き方のモデルを得る 

   1-3 家族関係維持目的  

     肯定的な受容の例  

     否定的な受容の例  

  〈パターン2〉 離脱後の信仰継承  

   2-1 組織活動を重視する  

   2-2 組織活動からは距離を置く 

  〈パターン3〉 信仰継承をしない場合 

   3-1 学会員ではあるが活動していない  

   3-2 正式な脱会はしないが否定的にみている  

   3-3 正式に組織を離れ反対する立場をとる  

 第三節 親と教団組織の影響 

 第四節 まとめ  

第七章 未来部組織の変遷  

 第一節 未来部の歴史的展開  

 第二節 北海道未来部調査(一)――モデルを提示する機能 

     未来部活動の頻度・形式・内容  

     未来部担当者のモデル提示機能  

     男女の違い  

 第三節 北海道未来部調査(二)――未来部組織における変化  

     未来部活動の変化  

     会合開催状況の量的・質的変化  

 第四節 まとめ  

終 章 考察と結論 

 註   参考文献  

 あとがき 

 付 録 単純集計表

年金支給開始年齢 引き上げ検討へ


 厚生労働省は、年金の支給開始年齢について、急速に進む少子高齢化に対応するには、将来的に68歳から70歳程度へ引き上げることを視野に検討を進める必要があるとして、今週から本格的な議論を始める方針です。

 年金の支給開始年齢を巡っては、厚生年金について、男性は2025年度、女性は2030年度までに段階的に65歳まで引き上げ、基礎年金と合わせることがすでに決まっています。これについて、厚生労働省は、急速に進む少子高齢化に対応するには、さらに68歳から70歳程度へ引き上げることを視野に検討を進める必要があるとして、今週から社会保障審議会の部会で本格的な議論を始める方針です。具体的には、引き上げるスケジュールを3年に1歳ずつから2年に1歳ずつに早めて、65歳への引き上げ時期を前倒ししたうえで、基礎年金とともに、68歳から70歳程度へ引き上げる案などを示し、定年制の見直しなど高齢者の雇用対策も含めて慎重に議論を進めることにしています。一方、60歳から64歳で、年金と給料の合計が月額28万円を超えると年金が減額される、「在職老齢年金制度」の現在の仕組みについて、働く意欲を阻害しているという指摘があることから、厚生労働省は、減額の対象となる限度額を、65歳以上と同じ46万円や、平均的な給与水準に合わせた33万円に緩和する案などを示し、検討していくことにしています。


NHK 2011-10-09

モンティ・ホール問題の反響


 おおぜいのひとが雑誌に手紙を出して、マリリン・フォス・サバントはまちがっているといってきた、彼女がなぜ自分は正しいか、とてもていねいに説明したにもかかわらず、その問題について彼女のところに送られた手紙の92パーセントは、彼女はまちがっているというもので、その手紙の多くは数学者や科学者からのものだった、ここに彼らの意見の一部をのせる。


 わたしは一般大衆の数学能力の欠如を非常に憂慮するものである。あなたの誤りを公表して事態を改善して下さい。

【ロバート・サックス博士、ジョージ・メイソン大学】


 わが国には数学に無知な人間がおおぜいいる。このうえ世界最高のIQの保持者まで無知であることを世界に知らしめる必要はない。恥を知りたまえ!

【スコット・スミス博士、フロリダ大学】


 すくなくとも3人の数学者に指摘されたにもかかわらず、自分の誤りに気づかないとはなんたることか。

【ケント・フォード、ディキンソン州立大学


 あなたは高校生や大学生からたくさんの手紙を受け取ったことと思う。そのうちのいくつかの住所を書きとめておかれてはいかがでしょう。今後、コラムを書く際には彼らの助けが必要になるかもしれませんから。

【W・ロバート・スミス博士、ジョージア州立大学】


 あなたはぜったいにまちがっている……あなたの心を変えさせるのにいったい何人の怒れる数学者が必要なのでしょうか?

【E・レイ・ボボ博士、ジョージタウン大学】


 もしこれらの博士たちがみなまちがっているなどということがあるなら、この国に未来はないであろう。

【エベレット・ハーマン博士、アメリカ陸軍研究所】


 しかしマリリン・フォス・サバントは正しかったのです。そしてそのことを示すには二つの方法がある。


【『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン/小尾芙佐訳(早川書房、2003年/新書版、2007年)】

夜中に犬に起こった奇妙な事件


Marilyn Vos Savant 3

2011-10-09

明日というものは、平凡な仕事をしている無名の人たちによって今日つくられる


 1986年、76歳のときの論文集『マネジメントフロンティア』の序分、「明日は今日つくられる」で、ドラッカーはこういってくれた

「明日というものは、平凡な仕事をしている無名の人たちによって今日つくられる。この企業の社長、あの企業のマーケティング部長、あちらの企業の研修部長、向こうの企業の監査役によってつくられる」


【『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』上田惇生〈うえだ・あつお〉(ダイヤモンド社、2006年)】

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて マネジメント・フロンティア―明日の行動指針

2011-10-08

ローザ・パークスが歩いたバスの通路


Flatty from the back of the bus

ヘンリー・フォード・ミュージアムに保存されているバス】


 ローザ・パークスは当時42歳であった。「屈服させられることに我慢できなかった」と後に述懐している。彼女は常識に逆らって反逆した。以下、ツイッターより転載。


 ある本を読んでモンゴメリー・バス・ボイコット事件の本当の意味を知った。黒人公民権運動→一部の白人が応援→メキシコ系アメリカ人青年同盟結成→アメリカインディアン同盟結成につながる。この流れはアメリカ学生運動〜ベトナム反戦運動にまで拡がった。実にダイナミックな史観だと思う。


 ベトナム反戦運動から、ヒッピー・ムーブメント〜カウンターカルチャーまでつなげると、相当大きなテーマになる。南米のフォルクローレと日本のフォークを結ぶことも可能だろう。最大唯一の問題はドラッグニューエイジ思想である。

ヘンペルのカラス


 物語同様、推論はいつも帰納を用いている。個別事例から一般論を引き出すことである。たとえば何かが落ちるのを見ると、それはいつも下に落ちる。帰納を用いて一旦法則を立ててみよう。すなわち、ものが落ちるときは必ず下へ行くのであって、上ではないということだ。帰納は非常に役に立つ技法で、それに疑念を抱くと困ったことになる。(例:ヘンペルのレイヴンのパラドックス


【『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由 フェルミのパラドックス』スティーヴン・ウェッブ/松浦俊輔訳(青土社、2004年)以下同】


「すべてのレイヴンは黒い」という命題は、「すべての黒くないものはレイヴンではない」という命題と論理的には等価である。

 命題:すべての創価学会員は幸福である=すべての幸福でない者は創価学会員ではない


 この命題は一人の不幸な創価学会員がいれば成り立たない。では次はどうか?


 命題:100万遍の唱題をすれば祈りはかなう=祈りがかなわなければ100万遍の唱題ではない


 論理学および数学的なアプローチの前では、一念が強い弱いなどという言いわけは通用しない。

広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス

2011-10-07

自由と束縛


 自由を達成するためには、どんな組織にも、どんな宗教にも加入する必要はない。なぜならそれらは人を縛り、限定づけ、あなたに崇拝や信条の特定の型を押しつけるからだ。もしもあなたが自由に憧れるなら、私がそうしたように、どんな種類の権威に対してもあなたは戦うだろう。というのも、権威は霊性の反対物だからである。仮に私が今日自分を権威として用い、あなたがそれを受け入れるとすれば、それはあなたを自由には導かず、たんに他人の自由に従っているだけになるだろう。他者の自由に従って、あなたは自分をさらに強く限定の輪に縛りつけることになる。あなたの精神、あなたの心が、何か、または誰かに縛られることを許すな。もしあなたがそうするなら、あなたはもう一つの宗教、もう一つの寺院を建てるだけになる。一方で一つの信仰体系を破壊しながら、他方で別の信仰体系を作り上げることになるのだ。私は人を縛るあらゆる伝統、精神を狭めるあらゆる崇拝、心を腐敗させるあらゆるものに対して戦っている。もしあなたが、私がその道を指し示した自由を見出すつもりなら、私がそうしたように、あなたの周りのすべてに不満で、反逆と、内なる不同意の状態にあることから始めなければならない。あなたはよく次のような言い回しを使う。「私たちはリーダーに従うつもりだ」誰があなたのリーダーなのか? 私は一度もリーダーになどなりたいと思ったことはない。私は一度も権威をもちたいと思ったことはない。私はあなたに、あなた自身のリーダーになってもらいたいのである。


【『自由と反逆 クリシュナムルティ・トーク集』J・クリシュナムルティ/大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2004年)】

自由と反逆―クリシュナムルティ・トーク集


Jiddu Krishnamurti

2011-10-06

民主主義はギリシャの一地域の一時代に限られて行われていたことであった


 よく知られているとおり、民主主義の起源は古代ギリシャであり、民主主義(デモクラシー=民主政)という語の起源もまた、ギリシャ語の「demokratia」である。この語は、「demos」の「kratos」という意味で、そのまま日本語に訳すと、「民衆の権力」あるいは「人民による支配」となろう。その具体的なモデルは、アテナイ(アテネ)型の直接民主主義である。しかし、古代ギリシャでは民主政が一般的だったと誤解してはならない。むしろ、それは、一地域の一時代に限られて行われていたことであった。


【『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志〈やくしいん・ひとし〉(PHP研究所、2008年)】

民主主義という錯覚

2011-10-05

9月26日は法律の命日だ


 去る26日、陸山会事件の裁判で小沢一郎の元秘書・石川知裕被告ら3人に1審有罪判決が下った。これをもって法律が死んだといっていいだろう。証拠がなくても有罪にする道が開かれたのだ。法学部の教授や、法学部で学ぶ学生が抗議の声を上げているという話も聞こえてこない。ま、最初っから法の精神とは無縁なのだろう。同時に検察恣意的な捜査が許されたことを思うべきだ。

時間論的アプローチ


 なぜ時間論的アプローチが重要なのか。それは人間が「時間的な存在」であるからだ。死が消滅であることを我々は受け容れることができない。そのために大半の宗教が死後の状態を仮定したのだろう。地位・名誉・財産・家系などの全てが「我」(が)の延長を意図している。墓もそうだ。


 現代科学においては「心=脳」と考えられている。とすると、我も脳に収まっていることになろう。つまり脳が死ねば我も滅ぶのだ。多くの人々が認知症を恐れる理由もここにある。記憶喪失や重度の認知症を見ると明らかだが、過去の我は完全に消失している。なぜなら「私」とは「私の過去」であり、我の正体は記憶であるからだ。結局、「私」という過去ログがあるだけだ。


 生命論といえば聞こえはいいが、生命が何であるかは不明のままだ。我々が認識できるのは、生(せい)という現象・状態・機能だけである。

 三世を意識できるのが生きている状態と考えられる。

 よく考えると不思議なことだが、個性は独自パターンの繰り返しにすぎない。何にこだわるかが個性ともいえよう。

 因果の本質は時間である。過去(因)→現在(果)、あるいは現在(因)→未来(果)となる。


 宇宙全体が時を奏でながら諸行無常を繰り返す。だが時間や因果が崩壊する領域が存在する。それが特異点だ。死は特異点だと私は考えている。

 私の考えでいけば阿摩羅識(あまらしき)は存在しない。もし存在するとなれば、それは「空」(くう)でなければならない。

 死後に永遠はない。永遠は現在の中にしかあり得ないのだ。


 普通に考えればわかることだが、「生まれ変わり」を科学的に証明することは不可能だ。

感染現象


 これら三つの特徴――第一は感染的だということ、第二は小さな原因が大きな結果をもたらすこと、第三は変化が徐々にではなく劇的に生じるということは、小学校での麻疹(はしか)の蔓延や冬のインフルエンザの伝染の仕方と同じ原理に基づいている。この三つの特徴のうち、第三の特徴――すなわち感染の勢いはある劇的な瞬間に上昇したり下降したりすることがありうるという考え――がもっとも重要である。というのも、この第三の特徴こそが最初の二つの特徴を意味あるものにし、現代における変革がなぜこのようなかたちで生じるのか、その理解を深めてくれるものだからである。

 なんらかの感染現象において、すべてが一気に変化する劇的な瞬間を、本書ではティッピング・ポイントと呼んでいる。


【『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル/高橋啓訳(ソフトバンククリエイティブ、2007年/旧題『ティッピング・ポイント いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』飛鳥新社、2000年)】

急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫 ク 2-1)

2011-10-04

イスラエル軍はただパレスチナ人を殺した


 その時には、戦車はすでに村の全域を占拠していました。イスラエル兵士はモスクに入り、スピーカーを使って、アラビア語で外に出てくるように叫びました。我々は武器や銃は使わないとも言いました。

 人々は外へ出ました。東から37台の戦車、10台の装甲車、3台のバスが入ってきているのが見えました。

 次の瞬間、そのすべてが砲撃を始めました。女、子ども、犬も山羊も撃たれました。

 息子のハリードは足を撃たれました。まだ生きていたので、私は助けにいこうとしました。

 けれども私の目の前で、戦車が彼を轢いていきました。頭や顔や胸はすべて潰れ、道には跡形も残りませんでした。彼を助けようとして出て行った者は、容赦なく撃たれていきました。


 私は泣き叫びました。それを止めようとして走ってきた親戚も、撃たれて死んでしまいました。


 ムハマードは20発も撃たれましたが、まだ息はありました。けれども誰一人、彼を助けることも病院に連れて行くこともできませんでした。村の入り口はイスラエル兵によって完全に封鎖され、救急車だろうと何であろうと入れなかったからです。

 たくさんの人がケガをしましたが、輸血のための血液が足りなかったので、みんな死んでしまいました。


 ただ殺されたのです。私たちは兵士でもなんでもありません。

 ただ来て殺したのです。殺して出ていったのです。捜査などありません。


 ガザ南部から来ていたパレスチナ警察の幹部もその夜殺されました。彼はここで何がおきたのか見に来ていたのです。そして足を撃たれ、やはり病院に運べずに死にました。救急活動ができないので、足を撃つだけでも十分殺すことができるのです。


【『「パレスチナが見たい」』森沢典子〈もりさわ・のりこ〉(TBSブリタニカ、2002年)】

パレスチナが見たい


MIDEAST-ISRAEL-GAZA-CONFLICT-FUNERAL

【※参考画像】

2011-10-03

告別式


 18歳の少女を弔(とぶら)う。闘病10ヶ月。安らか、というよりは健やかな表情に見えた。彼女は必死で戦った。彼女は懸命に生きた。それだけで十分だ。お願いして頬を触らせてもらうと柔らかかった。よく頑張ったなMちゃん。偉いよ。実に見事な人生だった。


 帰る道すがら、スカイツリーが迫ってきた。画像は妻が携帯で撮影したもの。


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レヴォリューションを革命としたのは誤訳


史記』で次の「夏本紀」・「殷本紀」・「周本紀」・「秦本紀」が扱う時代になると、天子の位は「放伐」、すなわち追放や征伐によって奪い取られ、勝ったほうに天命が与えられ、負けたほうからは天命が取り去られる。これが本来の意味の「革命」で、「革」は「取り去る」という意味である。天が一度与えた、天下統治の命令を引っ込めることを「革命」という。現代日本語では「レヴォリューション」(revolution)の訳語として「革命」を当てるが、これは誤訳だ。「革命」の主体は「天」だが、「レヴォリューション」のもとの意味は「ころがってもとにもどること」で、人間界のできごとである。


【『歴史とはなにか』岡田英弘(文春新書、2001年)】

歴史とはなにか (文春新書)

2011-10-02

矢島周平という男


 戸田城聖から矢島周平に理事長職が正式にバトンタッチされたのは、昭和25年(1950年)11月12日、創価学会の第5回総会である。

 矢島の経歴については、さほど会内でも知られていたわけではない。

 信州生まれ。本籍地は長野県小県郡禰津村。共産主義にかぶれ、ずっと貧乏ぐらしの男だった。

 その矢島は、昭和10年の正月、親友に連れられ、牧口常三郎と会った。

「私は法華経の修行者で。もしマルクス主義が勝ったら、私は君の弟子となろう。もし法華経が勝ったら、君は私の弟子となって、世のために尽くすのだ」

 矢島は度肝を抜かれ、3日とおかず牧口宅を訪ねる。

 3カ月ほど続いたころ「恐れ入りました。長い間ありがとう存じました」。

 帰ろうとする矢島を「待ちなさい。初対面の時の約束を、よもや忘れはしないだろうね」と牧口は制した。

 矢島は学会員となった。

 それから間もない日、牧口は警視庁の労働課長と内務省の警備局長のもとへ彼を連れて行った。

 共産思想から転向したことを伝えてから念を押した。

「ご安心ください。今後、矢島君は、法華経信仰に励み、国家有為の青年となります」

 矢島は教員をしていた。

 教育県の長野では共産思想にかたよった教員らが数百人も検挙され、多くが教職を追放された。この「教員赤化事件」と呼ばれる騒動に連座していた。

 わざわざ警視庁と内務省にあいさつしたのは、そうした背景のためと思われる。

 思想犯のレッテルを貼られ、闇から闇へ逃げるしかなかった矢島。それを、ここまで牧口が治安当局のトップと話をつけ、日の当たる場所に戻してもらったのだから、ありがたい話である。


 しかし、これほど世話になったというのに、矢島は軍部政府の弾圧に屈した。共産主義を捨て、さらに恩師の牧口をも捨て去ったのである。

 そのまま学会と縁を切るかと思いきや、戦後は、戸田に拾われ、日本正学館で働き始めた。女性雑誌「ルビー」の編集長などをしている。

 これだけ変節を繰り返してなお、混乱のすきを突いて理事長になるとは、相当に抜け目のない人物といわざるをえまい。

 学会の青年部にも、彼なりの計算で取り入っていたようである。

 そのころを知る人物。「人に取り入るのが、うまかった。青年部は、よく相談していた。戸田先生は、おっかないから、矢島のほうが話しやすかったのだろう」

 物わかりのいい顔をして、若手の歓心を買う。いずこの組織にも、ありがちな先輩である。


 現実は暗転しつづける。矢島に追われるように、戸田城聖は西神田を去る。12月、大蔵商事の事務所が新宿の百人町に移った。

 現在の地図を見ると、新宿駅から山手線・西武新宿線が並んで北に延びていくが、やや北西にかたむく中央本線との間でVの字が措かれている。V字形の根もとあたりに事務所はあった。


百人町からの反転


 今、その界隈にはカフェやファストフード店が並ぶ。煮干し風味で知られる人気ラーメン店に行列ができ、往時をしのぶものはない。

 しかし、かつてガード下にはベッドハウスがぎっしりと並び、その日暮らしの労働者が身を寄せていた。たえまない震動と走行音がする。

 その一角のレンズ工場跡地に事務所を置いた。工場の主は戦後、戸田城聖から法華経の講義を受けながら後に離れていった男である。

 地肌がむき出しの土間。机と、それを囲むようにして長椅子が置かれているだけだった。梁に裸電球が、ぶらさがっている。

 出版界のメッカ神田にくらべれば、都落ちの感は否めない。社員も池田大作青年のほかに戸田の親戚が2〜3人しかいない。

 池田青年の日記も、こんな言葉で埋められている。

 「昨日まで、水魚の仲の親友も、今日は、腕を振るう敵となる。今まで、心から愛していた人が、夕べには、水の如く、心移り変わる。先日まで、親しく会話していた客人も、一瞬の心の動掘にて、血相を変えて怒る」(12月12日)

 親友が敵になる。には信じていた人が夕方に裏切る。うちとけていた客が一瞬で血相を変える。

 無理もない。

 新宿のガード脇にある小屋のような会社を見て、だれが将来性を信じるだろう。

 しかし、このどん底から反転は始まるのである。


 矢島にとっては一世一代のチャンス到来だった。

 百人町に移ってから、戸田城聖が西神田の本部に現れる回数も減った。それをいいことに組織の壟断をたくらむ。

 戸田に会うと「おお、これは戸田前理事長」と大仰に持ち上げた。

 口では「戸田先生」と言いながら、会合では同格の席次に並び、戸田が話している最中にも口をはさむ。さらに何人かの参謀格の手下に「矢島先生」と言わせた。

 だれもがあきらめ、傍観していたが、ひとり糾弾したのが池田青年である。

 矢島は、黒い噂の絶えない男であった。

 廃棄処分のチョコレートを会員に売りつける。女性会員に言い寄る。戸田城聖を慕う会員を切り崩し、自派に取りこむ。

 要するに、金、異性、権力欲が三拍子そろっていた。

 本来なら戸田が厳しく戒めるところだが、それどころではない。「おれの方には大作しかいなくなっちゃったな」とつぶやいている。

「誰も『戸田先生』と言わなかった時、私がひとり『戸田先生戸田先生』と叫んだ。叫び続けたんだ。師匠の名前を呼ぶ。叫ぶ。それが大事なんだ。『戸田先生』と叫ぶことで、私は学会を守ったんだ」(池田SGI会長)

 どこまでも師弟の道をゆくことを訴えた。

 もし専横を放置していたら、学会は矢島に乗っ取られたかもしれず、その結果として今とは似ても似つかぬ姿と化していたかもしれない。


 学会の機関誌である『大白蓮華』の巻額言。

 戸田理事長の辞任を受け、昭和25年の秋から、4回にわたり矢島が書いている。

 前の3本と最後の1本をくらべると、ある事実が浮きぼりになる。

 前者は、戸田城聖の話の受け売りであり、ほとんど盗用といっていい。苦境の戸田を守り、学会を支えるといった覚悟などまったくない。我こそ学会のトップと言わんばかりの論調になっている。

 ところが、後者では一転、さも戸田門下を代表するような物言いで書かれている。

 あまりに落差がある。

 その原因を探っていると、一会員が証言してくれた

「矢島? すごい理屈っぽい人。横柄で攻撃的だった。もちろん人気なんかなかった。とうてい信頼できる人じゃない。みな、これから、どうなっていくんだろうと心配だった」

 本人は、有頂天で多数派工作に熱中するものの、人望がともなわない。

 さりとて、矢島の増長をたしなめ、その暴走を食いとめる者もない。当時の学会首脳は、遠巻きにして洞ヶ峠を決めこむばかりである。

「私は創価学会を幾度も救った。まず戸田先生の事業の苦境。矢島の謀略」

 周囲の話を総合すると、この4本目の巻頭言も、池田青年が師弟を正したことで、がらりと内容が変わったものと考えられる。

 だれが本当の師匠か分からなくなっていた学会を一人の青年が救ったのである。


時代と背景

「この本を君にあげよう」。昭和28年の新春、恩師は1冊の本を愛弟子に手渡した。ローマを舞台にした大河小説『永遠の都』(ホール・ケイン著)。十数人を選び、回し読みした。

 裏切るな! 青年ならば! 四面楚歌の情勢下、革命児ロッシイ、ブルーノの同志愛を心に刻む。「嵐のような弾圧も、覚悟のうえで進む以外にない」(池田大作著『若き日の読書』)




 この連載は、戸田城聖第二代会長と出会った池田SGI会長が、恩師の膝下で送った青春の日々を取材。今回、初めて明らかになった秘話、エピソードを織り込みながら、不世出の民衆指導者の実像に迫るものです。

 原則として火、水、金、土曜の週4回掲載。執筆には、丹治正弘(本社編集局長)、大島範之(同局次長)をはじめ特別取材班があたります。


【「池田大作──その行動と軌跡 若き指導者は勝った」(第5回) 2009年1月10日付 聖教新聞


 2009年1月1日から始まった連載記事である。ネットで調べたところ、丹治正弘氏は2008年に学園総区副書記長でありながら副会長に任命されている。今は面倒臭いので何も書かないが、資料として保存しておく。なお矢島氏については以下の各ページを参照されたい。

 記事については、インドネシアのメンバーのサイトから拝借した。


若き指導者は勝った―池田大作-その行動と軌跡

日本は借金も多いが資産も多い


 ここで、この2つの記事の要点をつなぎ合わせてみる。

「国の借金は過去最高で、先進国の中で最悪の水準。しかし一方で、対外純資産は過去最高で日本は17年連続世界最大の債権国」

 つまり、日本は「最悪の借金を持つ国」であり、かつ同時に、「世界で一番の大金持ちの国」であるというのだ。


【『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ』廣宮孝信〈ひろみや・たかのぶ〉(彩図社、2009年)】

国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ

2011-10-01

「おまえは仲間かそれともアンチか」

「おまえは仲間かそれともアンチか」ってネ。まったく、冗談じゃねぇよって話しですよ。大切にすべき人間、生命、そしてそれの住まう環境を無視した排除の論理には僕は、それがどのような清き清しいスローガンを掲げるものだろうとも、賛同することはできない。それで苦しむ仲間もいるんだ。わかるか!
Sep 30 via ついっぷる/twippleFavoriteRetweetReply


集団が付与してくれるレッテルに依存する人々。自分の奴隷性には死ぬまで気づかない。 RT @ujikenorio: 大切にすべき人間、生命、そしてそれの住まう環境を無視した排除の論理には僕は、それがどのような清き清しいスローガンを掲げるものだろうとも、賛同することはできない。
Oct 01 via ついっぷる/twippleFavoriteRetweetReply


 私は「アンチ」である。全てに対して。組織、社会、国家、因習、道徳、歴史、文化、哲学宗教金融など、ありとあらゆる既成概念に対してアンチの立場を貫く。どこにいようともプロテスト(抗議)というスタイルを堅持する。異議申し立てが私の信条だ。


 集団というシステム機能は糾合と排除を併せ持つ。そして所属することは所有されることを意味する。


 アンチ丁寧語を今後は「御アンチ」と名づけておこう(笑)。ただし感情的なアンチはダメだ。話にならない。

男は再び走り始めた


 アダンの林が途切れ、白い道は松の防風林に入った。おれはとうとうそこで立ち止まった。しゃがみこんで、深いワークブーツの紐(ひも)を解き、最初から通した。足首をすっかり覆う一番上の穴まで靴紐を通し、きつく締めて足首を固定しようとしていた。もう歩くだけではどうにもならなかった。靴紐を結びながら、不意に耳元まで「戦いたい」という思いがこみあげ、紐を握った指が震えた。革ジャケットのファスナーも喉元まで上げた。歩は次第に早まり、奥歯に力がこもった。久しぶりに顔の筋肉がこわばっていく緊張を覚え、首の付け根のあたりから鳥肌が沸き立つのを感じた。おれの足が走り出そうとしていた。

「走るな」そう声にして自分へ言った。一度走り出してしまえば、どこへその道が通じているのかはわかりきっていた。ただつらいばかりで、報われることの少ないあの道へ、また戻るハメになる。古い血のシミが斑点(はんてん)の模様を創ったキャンバスと、逃げ場をさえぎるロープと、それ以外に何もない、ただ殺風景なあの場所へ戻ることになる。

 とうとう足は地面を蹴(け)りはじめた。すぐ息が上がった。水ぶくれのおれの体から汗が噴き出した。額から頬をつたってアゴの下へ汗がたまった。肺は水が詰まったように重かった。ただ走ることだけが、おれの唯一の避所へ通じる道のようだった。激しく体を消耗させることだけが、この信じられないことだらけの、ひどい夢のような現在(いま)を消すたった一つの方法のようだった。走れば走るほど時間が逆に流れ、4年位昔の、会長も彦兄(に)ィも元気でいた頃へ、おれのなかの映画のスクリーンのようなピンとこない風景が、まだ生き生きとした輪郭や輝きを備えていた頃へ、突然戻ってくれるような気さえした。長すぎる黒い夢が覚めるとしたらこの道を行くしかないようだった。


【『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(河出書房新社、1989年/リバイバル版 小学館、2000年/小学館文庫、2003年)】

汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)