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2008-06-05

『戦後青春 食わず嫌いのスーパースター』岡庭昇


「戦後青春」とは――


 著者は、“新生日本を生み出すエネルギーに満ちた時代”であり、“基本的に生き生きとした民衆たちが、困に耐えて身体(しんたい)からの自己表現に取り組んだ季節”と定義します。


昨今、「戦後」がまるで否定の代詞のように語られている


 戦後63年――ABE前総理などが「戦後レジームの清算」と勇ましくをあげていますが、格差社会という機能不全に陥った社会政治情況のいま、大きな境を乗り越えた「戦後」の価値を、もう一度見直すことにこそ味があるのではないでしょうか。


池田大作「から」日本戦後現代史を見る


 戦後数多く派生した民衆運動のなかで、一貫して自前の活動をこんにちも持続しつづけ、大集団を組織している「池田大作」を、なぜ私たちは評論しないのでしょう。本書はあえて、「池田大作」の存在を戦後史の中に位置づけました。


 1991年220日の「聖教新聞」に、わたしは門外漢なのに折からの宗門(出家)との軋轢(あつれき)にずうずうしくも発言した。「在家教団としての方向に学会は進んでもらいたい」と希望した。その原稿依頼自体が訝(いぶか)しいものだったが、職場にみえた編集長が切り抜きを持っていて納得した。それは70年代の「現代の眼」の切り抜きだった。

 わたしは当時、左翼誌の代表的な一つである同誌の常連執筆者だった。同誌で「週刊誌時評」を連載していたとき、週刊誌各誌にあまりにも「創価学会叩き」が多いのであきれた。いったいどういう事実を指して「批判」しているのか検討しようとしたが、これだけ登場しているのに証拠が分からない。その結論に誰が責任を持つのか。肝のことが不明なものばかりで、驚きかつあきれる他はなかったのである。その上、判で捺したように、結論は「ともかく否定」なのだ。いかに論拠が不明でも、創価学会はとにかく悪いのである。

 初歩的な報道のルールだが、報道する主体はこんなふうにあいまいなムードをまき散らすべきではない。そこでわたしは、創価学会に対するときマスコミは、基本的なルールさえも消滅させてしまうのかと「週刊誌時評」で書いたのだった。91年、わたしの前に登場した編集長は、客観的なことさえ書いてくれる人は少ない、うところを書いてくれないかとの仰せである。で、いかなる制約もなくうところを書いた。そういうことがあった。

戦後青春―食わず嫌いのスーパースター

2008-05-31

松本サリン事件を『週刊新潮』はどう報じたか


 続きまして、メディアによる人権侵害とその救済についてお尋ねしたいといますが、21世紀は人権の世紀と言われております。私ども公明党は、21世紀こそ個人個人として最大限に尊重される社会にしたい。私は、このような観点から、メディアによる人権侵害とその救済方法についてお尋ね申し上げます。

 今日のマスメディアの著しい発展には、明と暗の両面があります。すなわち、メディアによる正確な、またスピーディーな情報の提供は、国民の知る権利、表現の自由に資するとともに、健全な民主主義社会の建設に大いに貢献するところであります。メディアの明るい側面でございます。しかし、マスメディアが報道の社会的使命を忘れ、売らんかなの商主義に堕するときは、善良な市民の人権を侵害する凶器と化することになります。これは、メディアの暗い部分でございます。最近の裁判例では、この後者のケースが多くなっているようにわれます。

 私は、ここで、マスメディアの事実無根の報道によって著しい人権侵害を受けた二つの事例を紹介したいといます。

 その第一の事例は、本サリン事件の被害者であった河野義行氏に対する報道被害でございます。

 この事件では、被害者でもあり通報者でもあった河野氏が、マスコミから一方的に犯人扱いをされて報道されました。中でも週刊新潮の報道はすさまじく、「おどろおどろし「河野家の謎」「毒ガス事件」発生源の「怪奇」家系図」、こんな見出しのもとで、河野さんが犯人であるとの一方的な予断に基づいて、その家系図までさかのぼって報道しているわけでございます。河野さんは、その後、この報道については、無数の報道の中でこの報道が一番許せない、こんなふうに語っておられました。

 その第二の事例は、我が党の女議員に対する、これは全く事実無根の中傷記事でございました。

 平成11年1216日発行の週刊宝石は、大見出しにこう書いてあります。「スクープ! 元交際男が全告白」、もう私は余り読みたくないんですが、「美人国会議員の40万円買春SEX一部始終を暴露する!」こういう大見出しでございました。中見出しに、「元女優の美人国会議員が年若い男と肉体関係を持った。それだけなら独身の彼女だけに、問題はない。だが、その関係の実態はオトコの肉体をカネで買うという買春行為だった」、こう記載した上で、この国会議員の顔写真を大きく載せた報道でございました。

 この件は裁判になりまして、先ほど申しましたように、光文社は、大見出しで「スクープ! 元交際男が全告白」という、この人を証人に出すことができなかったんですね。したがって、この世の中にこの人が存在したかどうかもわかりません。その後、裁判の結果、光文社側が、本件記事が全く根拠のない虚偽内容であったと認めて、全面的に非を認めて、謝罪文の掲載と慰謝料の支払いをして終わった、こういう事件でございます。

 このような二つの事例、虚偽の事実を掲載した週刊誌が、それこそ日本国じゅうに何十万部も販売されるわけですね。そしてまた、この卑劣きわまりない週刊誌の大見出しが、新聞だとか電車の中づり広告という方法で何百万人という人の目に触れる。そういう味では、本当に強大なマスメディアの洪水が、ある日突然、抵抗するすべを知らない市民に襲いかかってくる、津波のように、洪水のように襲いかかってくる、こんなじがします。私は、この二人の中を考えると、本当につらかったろうなと胸がつぶれるいでございます。

 河野さんは、この誉回復に一年間かかりました。この間、私は御本人にお会いしていろいろ聞いたんですが、この週刊誌の記事を一方的に信じた一般の市民から、石を投げられて窓ガラスを割られたり、あるいは電話をかけられて罵倒されたり、また、はがきが来るんですね。どんどん来るんです。こんな内容が書いてあります。数多くの殺人を起こし弁解無用である、死をもって償え、こんな内容とか、殺してやりたいぐらいだ、早く日本国じゅうに自分がやったと言え、こんなはがきがどんどん来るわけですね。

 また、我が党の女議員も、その身の潔白を裁判で証明するのに8カ要しております。その女議員は、その間のしみを次のように語っておられます。裁判中、私の潔白を信じて私を支持してくださっている方々に対して、まだあんな議員を応援しているのかなどというない悪口を言う人がいたことが何よりもつらかった、また、私自身も、ある盆踊り大会で酔った男デマ記事に基づく暴言を浴びせられた、報道被害の恐ろしさです、これは経験した者でなければわかりません、こう述懐されております。最後に、議員は、今回の経験を生かして理不尽なペンの暴力から人権を守るために全力で取り組んでいくという決を述べて、結んでおられました。


公明党 漆原良夫第154回国会 予算委員会

2008-02-19

学会は民衆運動の模範


 池田先生は25、26の両日、第31回「SGIの日」記提言を発表してくださった。新聞各紙も日、産経、共同通信等が報じたのをはじめ、大きな反響を呼んでいる。

 先生は1983年以来、これまで24回の提言を発表。83年に提言された「米ソ首脳会談」は85年に実現。95年の「国際刑事裁判所」は2002年に設置で合。00年の貧困撲滅のための「グローバル・マーシャルプラン」は02年に「世界連帯基金」の設置で合されるなど、数々が現実となっている。

 要するに、ちっぽけな島国根の日本とはスケールが違う。歴史観、世界観が違う。

 本当なら政治家の仕事ではないか! どれだけ謝してもしきれない大ではないか!

 それを、やっかみ、焼きもちばかりで、あろうことか嫌がらせや弾圧まで仕掛けてくる。

 なんたる大非礼! なんたる不知か!


嫉妬の産物


 池田先生公明党を創立されたのも日本の低次元の常識を遙かに超越した「世界基準」の先見だった。こんなエピソードがある。

 米スタンフォード大学のネル・ノディング誉教授は、日本を代表する著な学者から“学会とは交流しないほうがいい”と訳知り顔で忠告された。理由を聞くと“学会は貧乏人と病人で出発した団体だから”だと言う。

 ノディング氏は「そうした庶民を救済するのが、まさに民衆運動の使命ではないでしょうか」と尋ねる。すると学者は、こうも言う。

“しかし今は政治的な力を持って、問題になっているのです”。ノディング氏は呆れた。

「庶民を糾合した団体が、社会的に大きな影響力を与えて、何が悪いのですか」と問い返した。学者は絶句してしまったという。

 要するに傲慢! 嫉妬! これが“日本”である。みっともない醜態ではないか!

 日本の愚劣な一部の政治家らが言う“政教一致”云々も、もとは共産系の宗教学者が最初に言い出した「嫉妬の産物」であり、日本だけの「島国根の産物」である。

 専修大学法学部の藤本一美教授は、諸外国での政治と宗教の関係を論じて結論している。

 米英でも「支持団体との関係を指摘して相手の政党を批判・攻撃する場面を目にすることはない」。むしろ「相手の政党の支持団体に対しては理解を求め、いかにしてその団体を取り込むかを考える」。当然の道理である。

 ドイツやイタリアに至っては「宗教政党が長く国政の一端を担い重要な役割を演じてきた」。しかし「支持団体である宗教団体との関係をことさら問題視し、これを批判したというを聞いたことがない」と断言している。

 要するに日本の一部の政治屋が世界から見て、いかに未熟で愚劣で低級かということである。

 藤本教授も厳しく糾弾している。

公明党とその支持団体との関係をことさら問題にするのは、憲法のいう政治参加の原則を理解していない誤った認識」であり、「政党政治のルール違反であり、厳につつしむべきである」と。

“政教一致”云々と言う輩は、己のバカさ加減、無知無能を晒(さら)すだけなのである!

 御書に嫉妬の輩の本質を「弥よ瞋恚を懐いて是非を糺明せず唯大妄語を構えて国主国人等を誑惑し日蓮を損ぜんと欲す」(1068頁)と。

 嫉妬のデマを受けることこそ「正義の証」である。嫉妬のデマを粉砕してこそ「正義の拡大」がある。

「破邪」ありて「顕正」あり、なのである。「断じて正義を守る」と弟子の一念を定め、圧倒的な大言論戦を起こそうではないか!


【秋谷会長の指導から/聖教新聞 2006-02-03】

2007-08-12

ベンジャミン・フルフォード


弓谷●デマといえば先日、アメリカの経済誌『フォーブス』(2004年96日号)が事実無根のデマ学会を中傷した。


野村●学会やアメリカSGI、それにアメリカ創価大学等について、ウソ八百の記事を並べ立てたんだ。


中島●アメリカの経済誌が、いったい何で学会の中傷記事なんて載せたんだ?(笑い)


弓谷●まったくだ。しかも記事の中身が悪辣千万。既に全ての裁判で「誉毀損にあたる」と明確に断罪された「東村山デマ事件」を蒸し返していた。あたかも学会が、東京・東村山の元市議の転落死に関与しているかのように書いていた。


原●バカバカしい! あの事件では、デマを掲載した『週刊現代』に200万円の賠償と謝罪広告の掲載が命令されている。また同様のデマで『週刊新潮』にも200万円の賠償命令が下っている。


野村●日本のマスコミ界でも知らない人は、いない。有な事実だ。


原田●それに問題の『フォーブス』の記事は、元市議の娘もコメントを載せているが、この娘も学会との全ての裁判で全面敗訴している。


弓谷●その通りだ。その娘は、自分が発刊しているデマのチラシでも、200万円の賠償を命じられ、学会への謝罪広告も掲載している。


秋谷●アメリカの雑誌とはいえ、全く事実無根のウソだらけの記事だ。学会、アメリカSGI、アメリカ創価大学の代理人であるバリー・B・ラングバーグ弁護士は先「27日、同誌の発行者らに文書で厳重抗議を行った。


原田●抗議書では、基本的な事実関係すら全くデタラメな記事の欠陥を厳しく指摘している。さらにまた、抗議書と秋谷会長の抗議文を同誌に掲載するよう強く要求。会長の抗議文については、すでに、その一部が掲載された。


秋谷●さっきも話が出た通り、日本の経済誌も謝罪した。今後とも、あくどいデマに対しては、法的措置も含めて、断固たる姿勢で臨む。手厳しく対処する。ハッキリ言っておく。


聖教新聞 2004-09-14】


 問題の記事を書いた人物がベンジャミン・フルフォードである。その後、フォーブス社を辞めている。検索すると公式サイトが見つかるが、日本のテレビ番組にも時々出演している。


 聖教新聞紙上座談会は、一見すると極めて攻撃的な印象を受けるが、外と個人を挙げることが少なく腰砕けのを拭えない。また、顔写真しか掲載されてないため、実際に行われているかどうかを怪しむまである。同記事を読んでいる会員は少なく、新聞啓蒙の妨げとなっているのが現実である。多分、聖教新聞社には反対見を言える人物が皆無なのだろう。

2006-04-05

元祖デマ男 藤原弘達の正体(下)



原田男子部教学部長●ところで前回、「元祖デマ男」藤原弘達(ひろたつ)の話が出た。


高木男子部書記長●藤原の出した学会中傷の本が、どれだけデタラメだったか。

 何しろ藤原は、学会にただの一度も取材せずに出版した。しかも、自分は書かずに、学生のアルバイトにまとめさせた。この一点だけでも明々白々だ。


佐藤男子部長●藤原が本を出したのは、昭和44年1110日だ。これが、どういう時期だったか。

 3週間後の122日、衆議院が解散し、同27日には衆院選が行われた。


森山学生部長●選挙の直前のタイミングに出版したんだな。


原田●当時の新聞等を調べてみた。この年は早くから「衆院の解散が5か年末にある」と取り沙汰されていた。

 7には都議会議員選挙があった。だから、5の解散がなくなった時点で「解散は11の佐藤首相(当時)の訪米後」という見方が強まっていた。


高木●829日には、佐藤首相自身が「12解散」を示唆した。マスコミが一斉に報じ、一気に年末選挙のムードになった。


佐藤●当時の関係者の話によると、藤原の本は7に出版企画が煮詰まったという。831日には全国に広告を出した。


原田●首相が解散を示唆した翌々日に広告を打ち、解散の3週間前に出版した。衆院選への流れと完全に動きが一致している。


竹内青年部長●とうてい偶然とは考えられない。藤原が「選挙の時期」を狙ったことは、当時の記録からも明らかだ。


森山●大体、出版の2ヶ以上も前から、全国に広告を出すなんて、異例中の異例だ。


原田●しかも藤原は、この本を2年前にできたばかりの出版社から出した。当時は誰も知らない会社だった。


高木●そういうところを使わないと出せない代物だったんだよ。


佐藤●その通りだ。まともな本を、まともに売るつもりなら、の知れた出版社から出せばいい。

 実際、藤原は当時、講談社や読売新聞社などから何冊か本を出していた。


森山●それだけじゃない。藤原は「初版10万部で出版する」と触れ回っていた。

 本の初版は平均で約8000部と言われている。それが10万部だ。


竹内●無の出版社しか出せないデタラメ本を「初版で10万部」か。誰がどう見ても、まともな出版じゃない。


高木●当時、評論家の大宅(おおや)壮一氏が鋭く指摘していた。

「(藤原の本は)選挙のドサクサを利用し、お買い上げ的な効果を狙って出したという風に、第三者が解釈しても仕方のない一面を持っている」

「場合によっては恐喝の一歩手前という格を持ってくる」と斬り捨てていた。


原田●他のマスコミも見破っていた。

「藤原は、本をまともに売ろうとしたんじゃない。初めから『学会の買い取り』を狙ったんじゃないか」

「選挙前に『さあ出しますよ』と宣伝すれば、出回らないように学会が買い取ると踏んだんだろう」と指摘する専門家もいた。


森山●大宅氏は、藤原の本の内容についても一刀両断していた。

「安易なプロセスによって書き上げられている。きわめてぞんざいな方法である。これではキワモノ出版といわざるを得ない」とバッサリだ。


竹内●書かれた藤原は大慌(あわ)て。狂ったように大宅氏を中傷しだした。

 大宅氏の評論を載せた雑誌にまで「マスコミ界の内ゲバ(=仲間への攻撃)」などと噛みついた。


原田●よっぽど痛いところを突かれたんだな(笑い)。


佐藤●前回も話したが、本の広告が出た後、学会の代表が藤原に会いに行った。

“学会に関する本を出すなら、極端な決めつけではなく、きちんと取材もして、事実に基づいて書いて欲しい”

“また、そのために資料も提供するし、どこでも案内する”と要望した。


高木●ところが藤原は、最後まで一度も取材せずに本を出した。

 それどころか、学会に「買い上げ」の図などないと知るや突然、“言論弾圧だ”などと騒ぎ出した。


森山●なぜ、大騒ぎを始めたのか。自分の本を宣伝しようという魂胆が見え隠れしているな。


竹内●他でもない、藤原本人が“騒いだから売れた”と白状している。

 本の初版は10万部だったが、藤原は後で「騒ぎにならなかったら、3万か5万しか売れなかったろう」と漏らしていた。


原田●要するに、「売らんがため」「金儲けのため」じゃないか。


佐藤●藤原は裏で特定の政治家と根深く結びついていた。「権力の側」の人間だった。

 本が出た後、与党の大物政治家が“よくやった”“頑張ってくれ”と藤原を激励していた。有な話だ。


高木●それだけじゃない。藤原はこの本を宣伝するために、長年「不倶戴天(ふぐたいてん)の敵」だった共産党とも手を結んだ。


森山●その通りだ。当時、共産党は機関紙で毎日のように藤原の本を大宣伝した。誰が見ても、一番の“大スポンサー”だった。


竹内●藤原本人が“共産党は、あれだけ宣伝してくれた。何百万円、何千万円の宣伝費かもしれない”と謝していたほどだ。


原田●だが、その直前まで藤原は共産党について、どう言っていたか。

「(共産党の)やり方はまことに卑劣でありしかも陰険でさえある。ヤミ討ちとか背信などは当たり前のことで、しかも常にカゲにかくれて、同調者を操る」

「日共の現実を知れば知るほど、幻滅は大きく、むしろ嫌悪の情さえおぼえる」等々、完全にこき下ろしていた。


佐藤●ところが、本の宣伝をしてもらった途端、コロッと変わった。その同じ口で「共産党を見直した」「高く評価したい」「謝している」などと持ち上げ始めた。


高木●「まことに卑劣」「陰険」で「嫌悪」してきた相手を、いっぺんに「見直した」「高く評価」か。馬鹿馬鹿しい!


森山●同の評論家からも笑われていた。

「藤原の態度は、どう見ても異常」

「本を売りたいという焦りで『赤旗』を利用したのでは、商人の立場と変わりない」等々、馬鹿にされ抜いていた。


原田●とにかく藤原という男は、病的な「無節操」「無」で有だった。

 経営評論家の三鬼陽之助(みき ようのすけ)氏も語っていた。

「調子がいいんだ。中国の人と話しているときには『佐藤内閣絶対反対』てなことをいってて、日本向けのわれわれの座談会になると『佐藤内閣支持』の立場でモノをいう」と証言していた。


竹内●その男が金儲けを狙って、「商人の立場」で学会中傷の本を書き殴った。これが真相だ。


佐藤●共産党も負けず劣らず、変節の狂態をさらした。共産党はそれまで機関紙で藤原を散々罵倒していた。

「低劣、野卑(やひ)」「(藤原の文章は)およそ低級で、ゴロツキ雑誌などに見受けられる古くさい『アカ』攻撃や中傷」「まじめに相手にする価値あるしろものではない」

藤原弘達なる人物こそ、時の権力におもねって『出世』することしか頭にない『保守的な人間』」(「赤旗」昭和42年227日付)等々、口を極めて罵っていた。


高木●ところが、藤原が学会中傷の本を出した途端に大応援。

 掌(てのひら)を返して、藤原を「正義の味方」「真実の友」などと持ち上げ始めた。藤原本人が、そう言っていた。


森山●共産党は藤原に取材し、衆院選投票日の10日前から機関紙に毎日、学会、公明党を中傷する記事を掲載。最後は号外まで出して馬鹿騒ぎした。


原田●「選挙狙い」「票狙い」の魂胆が見え見えじゃないか。


竹内●嫉妬だよ、嫉妬。共産党は公明政治連盟(公明党の前身)の時代から、国政選挙で一度も公明に勝ったことがなかった。


高木●その通りだ。公明党が衆院に初進出した昭和42年の衆院選挙でも、公明党は一挙に25議席を獲得したが、共産党はたったの5議席。全く相手にならなかった。


佐藤●まともに争ったんじゃ、逆立ちしても公明党には勝てない。そこで「低級で、ゴロツキ」の藤原のデタラメ本に飛びついた。藤原を使って、何とか学会と公明党に嫌がらせをしようと血眼(ちまなこ)だったんだ。


高木●あそこは今も同じだ。偉そうに「理論」だ、何だと言うが、本質は「謀略」「デマ宣伝」。体質が全然、変わらない。


森山●だから皆から、「進歩がない」と馬鹿にされている。


竹内●要するに、藤原のデタラメ本騒ぎは、「金狙い」と「票狙い」で起こしたものだった。


原田●馬鹿馬鹿しい。「信なき言論、煙のごとし」だ。

 今の学会を見よ! 池田先生の指揮のもと、世界190ヶ国・地域に隆々と大発展だ。

 公明党も連立政権参加7年目を向かえ、政界の要として力を発揮している。


佐藤●藤原は、“公明党が勝てば、学会が国教化する”などと馬鹿騒ぎをしていたが、全く逆だ。学会は「世界宗教」だ。今や世界の常識だ。


高木●藤原の末路は惨めだった。平成6年、反学会の宗教団体などがつくった「四会」に顧問として参加。だが、その直後から衰弱し、最後は表に出られなくなったまま、平成11年、病気で死亡した。


森山●四会も平成13年に空中分解し、崩壊した。


原田●戸田先生は、学会に対する、したり顔の浅薄な“評論”を笑い飛ばしておられた。

なぜ、学会は発展しているのか。「学会には信がある! 御本尊様がある! この御本尊功徳から、みな出たものではないか。それに気がつかない」。一刀両断に斬り捨てておられた。


佐藤●御書に「当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり」(1339頁)と仰せの通りだ。

 藤原なんか、「学会の信」を何一つ知らずに、デタラメを書き殴った。「習い損ないの学者」の典型だ。


高木●いまだに、その同類の輩がいるな。


竹内●学会は大発展した。戸田先生が指導された通り、「学会の信が正しい」証拠だ。

 そして、「学会の師弟」こそ、最高の正義である証だ。

 さあ、「5.3」へ! 「青年の拡大」を合言葉に、猛然と戦おうじゃないか!


【創価新報 2006-04-05付】

2006-03-15

元祖デマ男 藤原弘達の正体(上)


原田男子部教学部長●あの極悪ペテン師の山崎正友が、また裁判で断罪された。


高木男子部書記長●愛媛県の学会員の男が訴えた裁判だ。「山碕が書いたデマ本で誉を毀損された」と訴えていた。

 横浜地裁は227日、男側の主張を全面的に認め、山崎に対して110万円の損害賠償を命じた。


佐藤男子部長●いかに山崎がデタラメを書き殴ったか。判決は厳しく糾弾している。

「客観的な裏付けが欠ける」「真実とすることはできない」等とバッサリだ。


森山学生部長●そして「(山崎の)違法は決して低いものとはいえない」と断罪した。


竹内青年部長●これで山崎は、何と裁判で12回目の敗北だ。


佐藤●しかも今年に入って4回も断罪された。

 1.公明党の元町議を中傷した事件で17万円の賠償命令(113日、仙台地裁)。

 2.大阪の学会員を中傷した事件で30万円の賠償命令(118日、大阪高裁)。

 3.元部下の男デマで中傷した事件で80万円の賠償命令(123日、東京地裁)。

 そして先ほどの断罪だ。


竹内●たった2ヶで4回も断罪だ。賠償金も合計237万円にのぼる。

 この一点だけでも、どれだけ悪辣、愚劣か! 明々白々じゃないか。


高木●これが、嘘八百で学会攻撃をやってきた男の醜悪な正体だ。化けの皮は全部、剥(は)がれた。


原田●牧□先生いわく「愚人に憎まれたるは第一の光栄なり」だ。

 学会は愚劣な輩から幾多の嫉妬の中傷を受けてきた。それ自体が完璧な正義である証拠だ。


森山●藤原弘達という男がデタラメな本を出して、学会を中傷したこともあったな。


佐藤●昭和44年のことだ。僕も生まれていない昔の話だが(笑い)、デマの構図は今と全く変わらない。むしろ時が経って、より鮮明になる事実もある。

 我々も青年として一度、徹底的に検証しようじゃないか。


竹内●まず重大なことは、藤原は学会本部や公明党に全く取材をせずに本を出したことだ。


高木●何しろ藤原は、学会のことだけで300ページも書いた。それなのに、ただの一度も取材しなかったんだ。


森山●まったく信じられないな! 僕は聖教新聞の記者だったが、たとえ1行の記事でも当事者に直接、事実を確認した。そう教え込まれた。


佐藤●当然だ。それが物を書く人間の常識だ。最低限のルールだ。


原田●中身もインチキだらけ。実際に読んでみたら、一目瞭然だ。

 書きたい放題、デタラメを書いた揚げ句、肝な部分は「〜だろう」「だそうだ」「であろう」と逃げている。


竹内●最初から最後まで「といえるかもしれない」「という見方もできよう」「過言ではないようである」という調子だ。


高木●極めつけは「いるような気がする」「という側面があったことは否定できない」「というようにも理解することができよう」なんてものまである。


森山●馬鹿馬鹿しい。そんな書き方だったら、誰でも何とでも書ける。


佐藤●要するに全部、臆測。ゲスの勘繰りだけ。デマ本の見本だ。


竹内●その上、全くの間違いがワンサとある。

池田先生の青年部時代の役職を間違えるわ。学会の会員数も大幅に間違えるわ。「一事が万事」で、基本的な事実さえデタラメだった。


高木●そもそも編集のプロセス自体が、いい加減だった。藤原本人が白状している。

「私が書くんじゃない、学生のアルバイトを使って、整理して、それをテープで私の味を出すために読みあげるんだ」(『週刊現代』昭和45年122日号)と言している。


森山●メチャクチャだな!


原田●要するに、学生のアルバイトにネタを整理させる。それを藤原は読み上げるだけ。あとはアルバイトが活字にする――それだけで本にしたんだな。


高木●当然、評判は最低最悪だった。特に一流の評論家やジャーナリストは皆「最低の本だ」と馬鹿にしきっていた。


佐藤●たとえば、評論家の大熊信行氏。

「はっきりいって、あの文章からは研究のあとがなにひとつ見出せない。学問的な基礎もなければ、背景もない」とズバリ急所を突いていた。


森山●政治評論家の戸川猪佐武氏も“藤原氏の本は、事実を知らないで勝手なことをいう「軽評論」だ”と酷評していた。

 大評論家の大宅壮一氏は“中身がない。パンフレットを引き伸ばしたようなものだ”とバッサリだ。


原田●ゴミ同然の扱いだな。


竹内●そんな本が、なぜ売り出されたのか。

 当時、学会は池田先生の指揮のもと、大発展を続けていた。藤原の本が出た翌年(昭和45年)には「750万世帯」を突破した。


高木●日本中が学会に注目していた。妬みも凄まじかった。そこに目をつけて「学会のことを書けば、嘘でも何でも売れる」と踏んだんだ。


佐藤●戸田先生デマの本質について明確に教えられた。

「学会のことを書きさえすれば、本が売れるという考え方から、ほんとうの根本理を知らずして、書き殴る」と語っておられた。


原田●まさに藤原のことだ。「元祖デマ男」だ。戸田先生は全部、見破っておられた。


森山●いまだに、その残党が何匹かいるな。もう誰からもまともに相手にされないが(笑い)。


高木●だいたい藤原というのは、下劣千万で有だった男だ。

 毎日新聞の記者も「品下劣なやつだ」と吐き捨てていた。


竹内●藤原をよく知る大宅壮一氏なんか、ずばり「エロ達」と呼んでいた。


森山●彼は一時、教授だったが、そこでも評判は最悪だった。

 同僚も「学生にも評判が悪かった。学者としての人間、品に欠けるという評価が多かった」(平瀬己之吉教授『週刊現代』昭和45年49日号)と証言している。


高木●こんな事実もある。

 藤原はアフリカの旅行記を雑誌に書いた。ところが、その内容たるや、自分が黒人女を買春した話をはじめ、下ネタばかり。まるでポルノ小説だった。


森山●ローマに行った時も、現地の日本人に「ローマの女と遊びたいから案内してくれ」と頼んで、大顰蹙(だいひんしゅく)を買った。有な話だ。


佐藤●まだまだあるが、あまりに下品すぎるから、やめておこう。


原田●愚劣なやつ! そんなやつが、学会を中傷するデタラメ千万な本を出そうとした。発売の2ヶ以上も前から、広告まで出して大宣伝していた。


竹内●とにかく悪辣(あくらつ)な「言論の暴力」だった。

 中でも許せなかったのは、藤原が学会の婦人部、女子部を侮辱したことだ。


佐藤●その通りだ。藤原は、こう書いていた。

“キャバレーの女の子には学会員が多い”(『文藝春秋』昭和38年7号)

“学会の情報網は信者のキャバレーの女中やホステスが主で、その知的水準の低さは……”(『週刊新潮』昭和44年31日号)等々、まるで“遊女”呼ばわりだった。


高木●馬鹿馬鹿しい。「水準が低い」のは、確かめもせずに嘘八百を書き殴る、お前の文章じゃないか!


森山●当時のキャバレーについて、ちょっと調べてみた。

「(昭和30年代後半から)安キャバレーが次々と生まれた。お客とホステスは話がつけばホテルに行くようになり、キャバレー自体が堕落してしまった」(福富太郎著『昭和キャバレー秘史』)という実態だったようだ。


原田●藤原が本にも同じようにデタラメを書くのは明々白々だった。


竹内●だから広告が出た後、学会側は藤原に忠告した。代表が藤原に会いに行った。

“学会に関する本を出すなら、極端な決めつけではなく、きちんと取材もして、事実に基づいて書いてほしい”“そのために資料も提供するし、どこでも案内する”と要望したんだ。


高木●当然だ。それが言論人のルールだ。最低限の常識じゃないか。


佐藤●ところが、藤原は全く受け入れなかった。結局、最後の最後まで、一度たりとも学会に取材に来なかった。これが真相だ。


森山●このインチキ野郎!


竹内●藤原! こんな話もある。

 彼は戦後日本を代表する政治学者・丸山真男の“門下生”を売りにしていた。ところが、これもデタラメ。「詐称」だった。


原田●木物の「丸山門下」から“大嘘つき”と糾弾され、正休が暴かれた。

 寺沢一・東京大学教授(当時)も「(藤原は)丸山先生の直接指導を受けたといったようなことはまったくない」と断言していた。


佐藤●要するに、インチキ、女狂い、自己顕示欲の固まり。そういう男だ。

 その藤原が、まともな取材を全くせずに、学会中傷のデタラメ本を書き殴ったんだ。


森山●「どういう人間が」「どのようにして」書いたか。全部、明確だな。


竹内●更に「どういう時期に」「どういう目的で」書いたのか。この本をめぐる舞台裏も、明らかになってきた。

 これについては次回、語り合おう。


【創価新報 2006-03-15付】

2006-01-27

嫉妬のデマの典型「香典泥棒」


 ドイツの詩人ハイネは語った。

「人間が偉大になればなるほど、中傷の矢に当たりやすくなる。小人(しょうじん)には中傷の矢さえ当たらない」

 創価学会も偉大なるがゆえに、幾多の中傷を受けてきた。当然、どれも事実無根のデマであり、「いつ」「どこで」「誰が」という具体的な証拠が全くない「作り話」である。そのことは裁判等でも既に明確になっている。


 悪の作り話の一つに「香典泥棒」のデマがある。このデマが流され始めたのは、昭和30年代。学会が「75万世帯の達成」(昭和32年)、「池田先生の会長就任」(昭和35年)、「300万世帯の達成」(昭和37年)と、旭日の勢いで発展していた当時である。

 デマの火元は、他宗の坊主らであった。学会の折伏で、信徒を奪われ、供養が減ると恐れたのであろう。だが、正論では、学会に全くかなわない。昭和30年3の「小樽問答」が、その象徴である。

 そこで学会に嫉妬した一部の坊主らが、デマを捏造し、悪辣(あくらつ)な嫌がらせを企てたのである。

 当時、学会には「香典泥棒」の事実など一切ない。その証拠に、デマが流布し始めた当初から、全くの噂だけで、具体的な「事件」も「事実」も「証拠」も「証人」も何一つなかった。

 実は当時、このデマを掲載した新聞も訂正記事を載せ、学会に謝罪している。

「茨新聞」(当時「いはらき」)が昭和37年41日付に「信徒の家に葬式があると、親せき知己(ちき)から集まる香典はすべて創価学会支部が持ち去ることになっている」などと大ウソを書いた。

 学会側は直ちに抗議。その結果、同誌は“事実の確証はなかった”として同17日付の1面に訂正記事を掲載した。

報道のあやまりを認め、学会関係方面にご迷惑をおかけしたことを遺憾に存じます」と明確に謝罪したのである。


 しかし、こういう「決着済みのデマ」を蒸し返す輩が、いつの時代にもいるものだ。放置しておけば、毒気(どっけ)に侵(おか)される人々も出てくる。

 先日も、ある青年部幹部が知人から「香典が」云々のデマを聞いた。そこで即座に「証拠はあるのか。40年以上も前から、事実無根だとハッキリしているデマだ。場合によっては訴えるぞ」と一喝したところ、平身低頭で謝ったという。

 デマは見つけ次第、即座に打ち破る以外にない。

 さあ、「伝統の2」! 我らは一段と正義の炎を燃やし、破邪顕正の対話を縦横無尽に繰り広げようではないか。


【青木理事長/聖教新聞 2006-01-27】