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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2011-09-26

四姓平等


 このように「武士」「庶民」「奴隷」の上に絶対的権力をふるうこのカーストの最上位階級、バラモン婆羅門)というのは、中央アジアにおいて極めて少数であったこの「白色人種(アーリヤン)」は、圧倒的多数の「黄色人種」や「黒色人種」の先住民と混血して、完全に同化されてしまうのを極度に恐れ、「バラモンの村」という特別区域に居住していました。そして、彼らの持って来た民族宗教バラモン教」の神々を武士階級と庶民階級には強制的に信仰させ、また、奴隷階級がバラモン教にふれることは禁止して、その権威を保とうとしたのでありました。

 この白人支配下のインドに生れた釈迦は、この皮膚の色にもとづく苛酷な人種差別と職業差別とに反対し、「人間みな平等」(「四姓平等」)の立場に立って、かの宗教を創始したのでありました。


【『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士〈ほり・けんじ〉(第三文明レグルス文庫、1973年)】

仏教とキリスト教 イエスは釈迦である

2011-01-22

ブッダもイエスも宗教改革者


 ブッダイエス宗教改革者だった。ブッダは旧来のバラモン教を否定し、イエスもユダヤ教を否定して、それぞれ新しい教えを説いた。彼らの教えが後に仏教やキリスト教といった世界宗教に発展したわけだが、二人ともその本質は宗教改革者だったのである。それゆえ、旧勢力の人々の目には彼らは「魔人」と映ったに違いない。同様のことは、キリスト教徒にとってのムハンマド、カトリック信者にとってのルターにもいえることである。


【『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』一条真也監修、クリエイティブ・スイート編(PHP文庫、2008年)】


 古い常識にとらわれた人々の目には、改革者の姿がテロリストのように映ったことであろう。奇異なものを見るような眼差し。その瞳の持ち主は羊のようにヒエラルキーの中でぬくぬくと惰眠を貪る人々であった。ブッダもイエス(実在したとすればの話だが)も死ぬまで改革の旗を振り続けた。果たして創価学会は如何(いかん)?

世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本 (PHP文庫)

2011-01-10

ブッダは「修行する仲間」の一人であった


 釈尊には生涯を通して、自分が修行者の集まりのリーダーであるとか、帰依者たちの師であるとかの気持ちがなく、また、そのような態度で話すこともありませんでした。つねに自分は修行する仲間の一人という気持ちを持ち続けました。


【『人間ブッダ』田上太秀〈たがみ・たいしゅう〉(第三文明レグルス文庫、2000年)】

人間ブッダ

2010-12-30

勝利からは怨みが起る


201 勝利からは怨みが起る。敗れた人は苦しんで臥す。勝敗を捨てて、安らぎに帰した人は、安らかに臥す(ダンマパダ)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

2010-12-27

佛とは人非人の意


 こうした姿勢をもっともよく表すことばに「捨」(しゃ/ウペッカー、ウペークシャー)というものがあります。「無関心」という意味です。したがって、それは、「非人情」ということでもあるのです。釈迦はいいます。親や妻や子や朋友になずむな、と。

「仏」(正字で「佛」)という漢訳後は、「ブッダ」の音を写すために、漢訳にさいして新たに作字されたものです。しかし、じつは、音が写されているだけでなく、巧みに意味もそこに盛り込まれているのです。

 人偏はもちろん「人」のことです。「弗」というのは「非」と同義です。したがって、漢訳者たちは、目覚めた人、ブッダを、つまりは釈迦を「人に非(あら)ず」と解釈したのです。漢訳者たちは、「超人」という意味をまず第一に考えたのでしょうが、それだけではなく、「人でなし」「非人情」という意味をも考えたに違いありません。


【『仏教の謎を解く』宮元啓一(鈴木出版、2005年)】


 仏教が西洋でニヒリズムと受け止められたことには、また別な理由がある。後日、紹介する予定。尚、宮元の考えでは「人非人」となっているが、私の解釈では「非ずの人」と読む。ブッダは既成概念、社会通念を徹底的に批判し抜いた人であったからだ。

仏教の謎を解く

2010-12-02

提婆達多の真実


 通説によれば、釈迦を殺そうとした悪人デーヴァダッタは、最後には、生きながら火焔に包まれて、「無間地獄」へ落ちて行ったとされていますが、釈迦の没後900年頃、経典を求めてインドにおもむいた法顕(340?-420?)が、その見聞録(『法顕伝』)の中で、調達(デーヴァダッタ)派の仏教僧団がネパール地方にあったと述べており、また、玄奘(600-664)も、その著『大唐西域記』の中で、ベンガル地方に提婆達多派の仏教僧団があったと述べていますから、釈迦の没後の後継者争いに敗れたデーヴァダッタが、彼の僧団をひきいて辺境の地に逃れ、バラモン階級出身者の手にその主導権がにぎられた中央の『正統派仏教僧団』からの激しい迫害と常に闘いながら、かなり長年月の間、生きながらえて、強烈な感化を及ぼしたことも、充分に考えられるのであります。そして、この釈迦の正統な後継者と称する中央の仏教僧団への反抗が、釈迦への反感や軽侮を産み出したようであり、大乗仏教で、釈迦の在世中に直接釈迦から説教を聞いた弟子たちが「声聞」(sravaka シュラヴァカ)――釈迦の声を聞いた者――と軽侮されて、最下位に置かれ、誰の声も聞かずに、独自の方法でさとった者たちが「独覚」(pratyekabuddha プライエティカブッダ)と呼ばれて、その上に位置し、更に、その上に、仏陀の声を聞いてさとりを求める者としての「菩薩」が置かれているのもそのためであると推定されます。


【『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士〈ほり・けんじ〉(第三文明レグルス文庫、1973年)】

仏教とキリスト教 イエスは釈迦である

2010-11-30

本来の仏教をどこで捉えるか


 もっとも、本来の仏教といっても、それをどこで捉えるかはなかなかに困な課題である。私はむしろ釈尊やその人より、大乗仏教の言説の中に深い宗教体験と真実とを見たいと思っており、このことは従来しばしば述べてきたところである。決して釈尊に帰れということを、何の反省もなく主張しようとは思っていない。


【『仏教は本当に意味があるのか』竹村牧男〈たけむら・まきお〉(大東出版社、1997年)】

仏教は本当に意味があるのか