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2009-02-03

『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし


 昨年、玉野和志氏(首都大学東京教授)が『創価学会の研究』(講談社現代新書、2008年)を上梓。私は『東京のローカル・コミュニティ ある町の物語 1900-80』(東京大学出版会、2005年)を読んでいたので結構期待していた。一度メールのやり取りをしたことがあるので、あまり悪くは言いたくないが、はっきり言ってクソだった。その辺のオッサンが「趣味で写生をしております」ってなじのレベルだわな。大学生論文並み。創価学会アウトラインをなぞってみただけ。社会学的調査がデータを重んじるのは理解できるが、玉野氏の見識から下された判断がどこにも見られない。つまり、「絵が描けてない」んだな。

 そして玉野本で紹介されていたのが本書である。既に入手困となっているため、読みたい人は図書館で借りるといい。1963年415日の発行である。私が生れる3ヶ前だ(笑)。当時は知識人という知識人がマルクス主義になびいた時代であった(多分)。執筆者の一人はマルクス主義者であることを宣言している。「ケッ、赤かよ」と見下すことは簡単だ。しかし、本書のテキストには確かなが横溢(おういつ)している。そして恐ろしいことに、マルクス主義(全員じゃないかも知れないが)の懐の深さまでが窺えるのだ。自分達の思想のために創価学会を利用しようとする魂胆が全く見られない。そんなところから、彼等のが民衆を見据えていたことがわかる。竹中労著『仮面を剥ぐ 文闘への招待』(幸洋出版、1983年)と双璧をなす作品であると言っておこう。


 学会の用いる折伏は、単なる説得ではない。一個の人格を社会的、経済的、理的諸要素、それも主として弱点から攻撃し、批判し、いわば逆さにふって血も出ないところまで追いつめる激しさと執拗さをもっている。背後には確固とした対話の技術を準備している。

 このことは、伝統的に対話の習慣に馴れていない、“ものいわぬ”日本の民衆を、驚愕させ、呆れさせ、果ては反発させる。人生の途上に現れた異質の体験なのだ。(柳田邦夫


【『折伏 創価学会と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし(産報ノンフィクション、1963年415日)以下同】


 そうして、人間のに、自己の創り出した個人のタテマエとは別の、巨きな、安のできる、強いタテマエをとり入れていく衝動が潜在するようになってくる。強弱の差こそあれ、誰にでもこの衝動は存在する。そしてこの衝動をよりよくみたしてくれる条件は、そのタテマエに体系があり、実績があり、組織(仲間)があるということになろう。なぜならば体系がないということが個人的経験主義の限界であるからであって、体系のあるタテマエは、体系のないタテマエよりは、強靭で柔軟に富むはずである。そしてタテマエだけでなしに実績があるということは、そのタテマエの正当を合理的に納得せしめる上に重要な役割を果すのである。(森秀人)


 わたしはあるチンドン屋の娘を知っている。チンドン屋夫婦の子として生れ育ったかの女には大きな劣等が渦巻いていた。頭もいいほうではない。学校にも行けなかった。貧困が家庭を破壊していたのだ。くわえてかの女は弱身で蓄膿症をはじめいくつかの病気をかかえていた。わたしはそんなかの女と、ときおりあう。かの女は女中のごとく家の中のこまごまとした仕事やチンドン屋仲間の飯づくりに多忙であったが、映画や小説が好きで暇さえあれば楽しんでいた。

 わたしがそういう映画のをきいても、批評はおろかもいえなかった。ただ読み観るというだけの話だった。強い見があるわけでもないかの女にはそれが、他のふつうのひとたちと同様、とうぜんのことであった。

 しばらくわたしはかの女と会わないでいた。わたしはかの女の存在を忘却していた。ふつうの、平凡な、ありきたりの娘だったので、軽い同情があっても、忘れるのがあたりまえだ。ところがしばらく会わないでいると、かの女のほうから訪ねてきた。顔がいきいきとしている。さては、恋人でもできて劣等から解放されたのかな、とった。映画の帰りだという。そうしてペラペラと、その映画の批評をする。わたしはあっけにとられるいでかの女をみつめた。かの女は、その映画の主人公の生き方を痛罵しているのである。わたしは愉快になって、ひとつふたつ反問すると、まえにはわたしの説明を素直にきいた娘なのにむきになって、反論して、自説を固く守る。それでいて、つっけんどんな調子はまったくなく、柔軟な口調である。わたしはますます驚いた。劣等で口もきけなかったあの娘が、いま面前で、にこやかに微笑してい、自信をもって、映画批評をしている。ひらかれた瞳は、まっすぐにわたしの眼に注がれ、まばたきもしないのだ。

 かの女は、やがて平和であるとか、ふつうの日本人のまず口にしない言葉を平気で使いだした。使命というようなききなれぬ言葉も使った。そのときはそれでかの女は去っていった。わたしは間もなく、かの女が創価学会にすでに入会している信者であることを知った。入会前のかの女と、入会後のかの女の、その見事な変貌ぶりに、わたしはあらためて創価学会のちからを知った。まさにかの女は、ふつうの人から、信の人に、かわったのである。

 自殺でもしなければよいが、とわたしはっていた。そんなかの女が、見事に、自分を回復したのである。あの暗い、蔭のような存在であった日本の娘が、平和を説き、法を説くのである。わたしには法のことなど、どうでもいい、一人の日本の娘が、自分でちゃんと大地に立った、という事実が動をあたえるのだ。(森秀人)


 邪教であろうとなんであろうと、創価学会のいうとおり信すれば人間とその社会が幸福になるものならば、それはいいことだ。商人の口車にのって買った品物がよいものならばそれはそれでいい。そうして、現実に、創価学会に入って自信をもち、明るく、幸福そうになった多くの人間がいるのである。すくなくとも創価学会は、自殺王国の日本にあって、自殺者の数をできるかぎりすくなくした第一の団体であることに間違いはない。学会がファシズムにおもむくことを恐れるまえに、われわれは、われわれの喪失した人間の原理について、もう一度ふかく反省しなければならない。果してわれわれは、あの信者たち以上に生きているのであろうか。あの信者たちのように自信をもって、動し、欲求し、行動しているのであろうか。人間としてどちらが、解放されているのであろうか。戸田城聖ではないが、勝負してみなければならぬだろう。そうして負けたとったら一度は創価学会に入るべきである。負けぬとった者は、自分の考える〈創価学会〉を創るべきである。どちらでもない者は、黙って沈黙していればいい。それが自然の掟なのである。(森秀人)


 創価学会の運動は、進歩でもなく反動でもなく、現実の運動である。現代における、人間の欲望の表現である。現代という、怪物のごとき存在を、欲望の視点から人間化する、人間の営為である。したがって、創価学会の矛盾を指摘することなどは、無益である。なぜなら現代の矛盾をそのまま内包するのが学会だからである。創価学会は特殊なものではない。かくれた潜在的な現代潮を、学会は顕在化した。それはそれで、自動的に、新たな矛盾の世界を開拓していく。その矛盾の激化だけが未来にひかえている。(森秀人)


 かれらはもう〈ふつうの人〉ではない。ふつうの日本人ではない。ふつうの日本人とはまったく別な視角をもちタテマエで生きている。かれらは自分たち特有の規律をもち、それで日常生活をしている。大鵬のファンは信者にもいる。かれらだってテレビをみる。そうして大鵬が負けると「残だなあ、あいつが入信していれば負けんのに」と口惜しがるのだ。相撲解説者のいうことをそのままうのみにはしない。そういう味で、かれらはふつうの日本人の無に対応している一群の家である。(森秀人)


 古めかしい老人ばかりの共産党や社会党、それに反して、池田会長をはじめ全幹部中7割ちかくが昭和生れという創価学会。とくに池田大作昭和35年、34才(ママ/正しくは32才)の若さで会長になったとき、世間はアッといった。そうして100の理事の主な者は、昭和生れのさっそうとした若者でしめられていた。牧口門下生のロートルを、戸田門下の若手がしのいだのである。奇しくもこのころ、共産党では「10年以上の党歴」がなければ中央委員(学会の理事相当)になれぬ、という規約を発表している。

 この若さこそ、今日の創価学会の中、青年部90万(学会発表)という成果の主因である。(森秀人)


 高見順が創価学会に要求するもの(※『中央公論』昭和37年8号誌上で学会幹部と対談した/秋谷永、渡辺克、篠原誠、小林俊子)、それは一言でいえば、清く貧しく美しき宗教なのである。その宗教は寛容で、おおらかで、平和的なものでなければならない。作家・高見順のそれが〈宗教観〉である。しかし学会側がいうように、なぜ学会がそうでなければならないことがあろうか。そんな宗教は、高見順およびそれと同じ教養ある人々にとっては望ましい、というよりは安のいける宗教だからである。

 しかし創価学会は、むしろ、そうい精神主義的宗教と対立したが故に民衆をとらえたのである。対立したりケンカしたりすることを極端に忌み嫌う日本の風土ゆえに、ぎゃくに根を下したのである。高見は寛容というが、寛容を説くことが現代、いかに非民衆的なことかわかってはないのだ。権力を持ち、資本をもつ者のあのごうまんな非寛容は、まさに民衆の寛容と忍耐の上に成立しているのである。おおらかな気持、なんでも許しちゃう精神、清貧の、それこそもっとも望ましい、と考えるのは支配者のみである。(森秀人)


 わたしはそれほど多くはないが、学会の信者と交際した。座談会にも出席し、幹部とも話した。ある座談会で、わたしは一人の美しい女の信者と知りあった。美しいというのはなにも顔だけのことではない。

 わたしは無神論者で、彼女は様を信じている。これほど大きな違いはないはずだ。しかしわたしはそれが人間をほんとうにへだてるものではないということを知った。つまり、彼女は多くのふつうの日本女よりも鮮やかに生きていたのである、わたしにはそれがなによりも動的であり美しいことにえた。わたしは多くの工場、多くの農漁村を歩いている。日本の民衆を誰よりも知っていると自覚している。そういうわたしが、彼女のなかに、本来の人間をじた。人間の初じた。

 宗教は彼女を盲目にしなかった。宗教はぎゃくに、彼女の人間としての誕生をうながした。それは恐らく、彼女が入信してほどへぬ平会員であるということも影響していよう。たとえ下役でも幹部ともなれば、どこかしら人間的でない、悟ってしまった者の傲慢の影がある。それはどこかスターリンの横顔に似ている。自己のであらゆる事物を説明しうるという自負と自信が、その人間を盲目にしないはずがない。

 ところが彼女は、いつもせっせと折伏教典を読み、鉛筆をなめなめ考えているといったふうであった。わたしのひとひねりした問に、わからなくなると、素直にわからなくなったと笑って告げた。そうして、きっと支部長さんならわかるはずだと、自信をもっていう。そうしてわたしをある日、その信頼している支部長にあわせた。しかし支部長もついに私の地の悪い問を答えきれなかった。

 そんなことがあっても、彼女の信仰はすこしもおとろえない。彼女には信仰の正邪が問題ではなかったのだ。信じていることで、いきがいができている、そのいきがいを愛しているといったふうであった。彼女はわたしを折伏しようとはしなかった。話していても、ときおり信者であることをさえ忘れるほど、自由に彼女はあった。わたしはそういう彼女を信じた。わたしはいつも混迷のなかにいるけれども、ひとつそういう信仰によみがえるものがあった。恐らく、彼女はわたしの信仰を見抜いていたのである。彼女以上に、わたしが迷いかつ信仰していたことを。

 大衆は創価学会を恋しているのだ。わたしはこのとき以来、祈りを忘れた者らとは無縁でありたいと固くうようになった。そうして科学的合理的哲学への不信を深めていった。わたしはあるとき次のように書いた。「哲学の有効を一面的に過信するという現今の風潮下にあって、ひとびとはいたずらに精緻な哲学の創造と学習に余がない。哲学にたいするかかる迷信は、哲学の始源(ママ)をひとびとが忘却し、哲学の初を裏切るところからでてくる。〈正確な哲学〉へのこのような希求は、崩壊過程における現代人の悩みの表現である。ひとびとは真理を入手したがり、一刻も早く真理を入手して安したがっている。その衝動の底辺には、哲学的真理の有効へのやみくもな盲信がある」

 たしかに合理的は、歴史の一時期において有効であったことがある。だがその時期でも、合理は、今日のごとき傲慢さとは縁がなかった。人間の生きる味、生きていく悩、そうして生きていく美しさという問のまえに謙虚であった。現代の合理は、もはやそういう機能を失い、ひたすら頽廃の道を歩んでいる。そこでは人間的な動よりも、物質的利益をのみ追求する非美学が形成されている。

 創価学会に対する批判が、もしかかる合理のみによって行われるならば、わたしはむしろ学会の大衆の側につくしかないであろう。(森秀人)


 人間はひとつの世界観によって生きなければならないが、既成教は確固たる世界観をあたえてはくれない。いわゆる身延派のひとたちや旧信徒のように、信仰は何でもおなじだろうというような「根づよい保守的な態度とともに、宗教にたいして、よくいえば寛容、悪くいえば、だらしない態度」(小口偉一、佐木秋夫共著『創価学会 その思想と行動』青木書店、209頁)をゆるしておくようなニッポンの伝統的宗教からは、生きる世界観をみつけることはできない。創価学会はこのようなニッポン的風土にたいして宣戦を布告する。(しまね・きよし)


 信仰以外の具体的な対外的生活は、学会の責任ではなく、個人の責任であるという、いわば責任分限論は、天皇制識からはうまれてこない。天皇制は無責任の体系といわれているように、むしろ無限責任天皇をのぞいた各自・各集団が相互にもっている体系である。(しまね・きよし)


 原因はいろいろ考えられるが、やはり学会が折伏した人とされた人とのパーソナル・コミュニケイションを通した指導を中として座談会をひらいているのにたいし、共産党はむしろパーソナルな結びつきを拒否し、個人組織に解消してしまう形で、細胞会議をもっているからではないか。(しまね・きよし)


 ニッポンの庶民には、一対一で真理をかたる伝統がない。世間話はするけれども、面倒くさい理論的なはなしをする習慣をもっていない。したがって、創価学会が一対一で、真理を積極的に主張する風景は、一般庶民にとっては異様なじにうつることであろう。折伏が善良な庶民から好まれないのは、たんに折伏が「しつこい」からではなく、会話の内容を日常的なものから質的にかえなければならず、それが保守的な生活覚をもっている庶民にとっては、あまり望ましくないのである。(しまね・きよし)


 彼(牧口常三郎)の考えかたには、明治末から大正はじめに流行したウイリアム・ジェイムズのプラグマティズムの影響がある。(鶴見俊輔)


 山下(肇)の証言を私は素直に受け入れることができる。というのは、山下より2年遅れて、私が彼とおなじ中学校に入学することができたのは、戸田外著の時習館式(ママ)の国語ならびに数学の参考書に助けられたからだったので。それらの参考書は、受験勉強の書であるにもかかわらず、人生経験から勉強に入るように仕組まれていた。私は、小学校でビリから5番だった自分が、この参考書を与えられて急に勉強に対する欲の動き出したのをおぼえている。(鶴見俊輔)


 なぜ日蓮宗(※北一輝、石原莞爾、宮沢賢治、妹尾義郎、立正佼成会創価学会日本山妙法寺など)だけが近代日本において、としての活力を保ち得たのか。その答えは、ほかの教諸流派とちがって、日蓮宗が、外国人であるシャカから日本人である日蓮に、崇拝の対象を移し、日本の問題を宗教的関の中にすえたことにある。日本をどうやって救うか、それが宗教としてのもっとも重要な問題とされた。正しい方向から政府がそれた時には、政府をいさめ正さなければならぬ。国家をいさめ正すことを宗教者の任務とし、そのことに命をかけたところに、日蓮の本領があった。そしてこれは、近代の市民の政治的権利の自覚ときわめて近しいものなのだ。(鶴見俊輔)


 敗戦当時ただ一人の非転向信者しか残らなかった状態から、戦後18年目現在の信者数1000万人に、どうして飛躍することができたか。それは創価学会が、自民党、改進党などの保守政党にも増して、また共産党、社会党などの革新政党にも増して、また総評や日教組などの進歩的労働運動に増して、戦後の空白を埋めることに成功したからである。(鶴見俊輔)


折伏 創価学会の思想と行動

2008-11-03

イエロージャーナリズムにも良心は存在する


 埼玉県で起こった桶川ストーカー事件。ストーカー規正法のきっかけとなった犯罪である。容疑者を特定し、居場所までつきとめたのは写真週刊誌『FOUCUS』の記者だった。


 被害女は、両親を伴って何度も埼玉県上尾警察署へ足を運んで相談をしていた。ところが、刑事はけんもほろろの対応を繰り返す。そして女子大生は刺殺された。


『FOUCUS』の記者がこの事件を追い続ける。被害者の知人友人から取材をし、現場周辺で情報収集をする。そして遂に容疑者をつきとめた。記者はスクープを断し、上尾警察署に情報を提供しにゆく――


 いくらやっても私との距離をまるで詰めようとしない副署長。怒鳴っている私を無視して事務仕事に没頭する他の刑事や職員達。なんなんだここは。

 あの日、詩織さん達がここに相談に来て、絶望したのがよく理解できた。ここはまったくダメだ。「人間」がいないのだ。詩織さんは二つの不幸に遭遇した。一つは小に出会ったこと。もう一つは上尾署の管内に住んだことだ。


【『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』清水潔】


 後日、判明するのだが、上尾署は告訴状の調書まで改竄していた。更にあろうことか、被害女の両親には告訴を取り下げるようそそのかしていた。


 そうまでして守ろうとしたものは一体何であったのか。警察の体面、署内におけるヒエラルキー、公務員としての立場、老後の年金……。自分達の利益のために上尾警察署の警察官は、一人の女子大生を死へと追いやり、遺族の情をも踏みにじった。上尾警察暑に「人間」はいなかった。そこにいたのは「組織の奴隷」だけであった。


 記者の情報は一顧だにされなかった。それでも、記者はあきらめきれず、大手新聞社の知人を通じて警察に伝えることができた。一人の記者が調べられることすら、捜査本部は調べられなかった。実は調べる気もなかったのだ。


 私は全く知らなかったのだが、ストーカー行為をしたのはやくざまがいの男だった。手下まで使って嫌がらせを繰り返した。女にとっては、街でを掛けられ、カラオケに行ったことが人生の命運を分けてしまった。


 組織には人間をロボットにする力がある。そして、権力は人間を手段化する。悪は芽の小さいうちに、叩き破っておくべきだ。そうでないと、死人が出るということだ。

遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層 桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2008-08-02

『世界史の誕生』岡田英弘


〈狐〉が選んだ入門書』で紹介されていた本である。50ページほど読んだが、こいつあ凄い。まとめて入力するのが惜しまれるため、『青い空』同様、独立した記事として紹介しようとう。

世界史の誕生 (ちくま文庫)

2008-07-19

『ホテル・ルワンダ』『ルワンダの涙』


『ホテル・ルワンダ』は封切りで見た時と大きく所が変わった。「そんな生やさしい殺され方ではなかったはずだ」と。『ルワンダの涙』も同様。どちらも国連軍に守られたエリアからの視点になるので、“塀の外”で起こっている出来事を表面的になぞっただけで終わってしまっている。実際にあったことをフィルムに収めるともなれば、仮に100分の作品だとすると、1分間で1万人を殺す必要が出てくる。実際には100日間で100万人が虐殺された。辛うじて生き残った人々の手記を読めば、映画作品の中途半端さを否定できない。100分の1程度の真実すらないことだろう。

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション ルワンダの涙

2008-07-12

『溺れるものと救われるもの』プリーモ・レーヴィ


 3分の1読了。恥ずかしながらプリーモ・レーヴィの作品を読むのは初めて。15年ほど前に買った『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』も読んでなかった。ナチスものを読むには体力が必要だ。また、V・E・フランクルの『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』を超える著作はないものと勝手にい込んでいた。


 先日、研鑚板に「学会員はもっと自省的であるべきだ」と書いた。信仰とは“内省の力”といってもいいだろう。己への掘削力を欠いて、人生を潤す泉が湧くことはない。


 プリーモ・レーヴィの省察は読み手を震え上がらせる。行間はもとより文字と文字の間にまで、死の臭いが立ち込めている。彼が厳しく糾弾しているのは、ナチスの犯罪ではなく“人間の罪”だ。何よりも恐ろしいのは、死者に寄り添い、死者の代弁を行うことによって、自分が“生き永らえた事実”をも罪と自覚していることだ。


 レーヴィは、己を掘り下げるあまり、地中を貫いて底なしの深淵にまで辿り着いてしまった。ナチスが犯した罪は、ありとあらゆる善悪を飲み込むブラックホールだった。レーヴィが掘り下げた穴は、万人が抱える闇の領域にまで達した。


 イタリアのトリノから連行されたユダヤ人は600人。アウシュヴィッツから生還したのは、わずか3人だった。その一人であったレーヴィは、1987年411日、巨大な闇を胸に抱えたまま自宅のアパートから飛び降りて死んだ。


溺れるものと救われるもの

2008-05-25

『日本の税金』三木義一


 今後の政治テーマとして税金がピックアップされてくることもあり、読んでみた。著者は立命館大学の教授。文章がわかりやすく、質のよい市民講座を受けているような印象を受けた。税法の複雑と不公平がよく理解できる。ガソリン暫定税率にも触れており、「姑だ」とバッサリ斬り捨てている。「税制改正が法律改正であり、憲法問題である」との指摘に目から鱗が落ちるいがした。


 社会が二極化に進む中で、平均値の味がなくなりつつある。不公平を少なくするには、抜本的な税制改革しかない。所得の再分配という観点から、社会を再構築するほどの気構えが政治家になければ、二極化は加速度を増す。そもそも二極化とは、所得が一部の人に集中することを味している。これを再分配するに当たっては、雇用を創出できる事が望ましいとう。こうした背景があるわけだから、プライマリーバランスの黒字化よりも社会保障を充実させるのが先だろう。


 尚、赤字財政について勘違いしている人が多いが、単純に考えれば国が赤字ということは、民間が黒字という味になる。今、一世帯あたり1650万円ほどの財政赤字となっている。これは、一世帯あたりが国に貸している金額だ。つまり、日本という国家が潰れない限り、デフォルト(債務不履行)することはあり得ない。なぜなら、国家は紙幣を印刷することができるからだ。だから、一家の支出に例えることは適切ではない。アメリカを見れば一目瞭然である。アメリカが貿易赤字ということは世界が貿易黒字ということになる。また、ドルという基軸通貨によってアメリカは覇権を構築しているのだ。ブッシュ大統領から指しで「悪の枢軸」と言われた北鮮、イラク、イランの3ヶ国は、いずれも石油決済をドルからユーロに変えようと目論んでいた。現在、外貨準備高としてのドルを一番保有しているのは中国であり、その後に日本が続いている。この2ヶ国でドルを売りに出せばアメリカは崩壊する。その代わり、中国と日本も崩壊する。日本は立場上、絶対にドルを売ることができない。


 多くの人的控除が用されているが、この中でまず注目しなければならないのは「基礎控除」である。これは、憲法25条で保障されている生存権の反映である。生存権は一般に生活保護等の国の積極的な行為を求める権利として理解されているが、この権利は同時に、一生懸命働いて健康で文化的な最低限の生活が可能な所得を得た場合に、それに課税されない、という権利も保障しているのである。この権利を具体化したのが、所得税法の基礎控除である。すべての納税者に保障されているのである。これが本来の味での課税最低限である。

 しかし、この金額がわずかに38万円(2003年現在)というのはあまりにも低すぎないだろうか。1965年当時はこの基礎控除は13万円で生活扶助額より高額だったが、生活扶助が毎年改正されるのに対して、基礎控除の引き上げは数年に一度しか行われなかった。そのため、ついに1977年から社会給付と逆転しはじめ、今日では生活扶助基準額の50〜60%にすぎなくなっているのである。所得税の改革を考えるのであれば、何よりもまずこの点なのである。ドイツでは憲法裁判所が1992年に課税最低限と生活扶助基準の一致の必要を認め、生活扶助費を大幅に下回っていたドイツ所得税の課税最低限を違憲と判断し、そのためドイツは1996年改正で基礎控除を倍増したことにも留すべきである。


 雑損控除は災害・盗・横領に対象が限定されている。災害にあった場合は当然として、横領の場合は控除されるのに、詐欺にあった場合は控除の対象にならないことが、従来から疑問視されている。詐欺にあったのは本人の責任ということかもしれないが、両者の差は紙一重で、実際には詐欺被害者の方が悲惨である場合が多い。


 累進税率が高すぎると批判する評論家などが、このような誤解をしたままテレビ等で解説をする場面に出くわしたが、その計算方法はいわゆる「単純累進税率」で、世界の所得税が採用している「超過累進税率」ではない。超過累進税率というのは、課税総所得金額が1000万円の場合、最初の330万円の部分は10%なので33万円となり、次の900万円までの570万円の部分(900-330)は20%なので114万円となり、900万円を超え1000万円までの100万円部分に30%を適用し、税額はこれらの合計である177万円とする計算方法である。


 このような税負担をじることを「痛税」とか「税痛」というが、わが国の消費税は市民にもっとも強い「税痛」を自覚させ、子供にも消費税の前を知らしめた。なぜ、そうなったのだろう。消費のたびごとに負担しているからか、それとも消費税が高いからか。

 もし、ビールを買うとき、値段が180円と表示しているので180円渡したら、「180円に酒税140円と消費税16円の合計336円いただきます」といわれたら、あなたもビールの酒税がこんなにも高いのかを自覚し「税の痛み」をじるはずである。


 実に個人者の8割、法人を含めても6割の者が免税者なのである。にもかかわらず、消費者はあらゆる取引に際しておとなしく消費税分として負担してきているのである。


 数年前まで資産家が自分の子供をアメリカに数年住まわせることがしばしばみられた。留学のためではない。租税回避のためであった。(日本の贈与税は受贈者に課税する方式で、アメリカは贈与した者に納税義務があるため)


 1950年代の大蔵省(現・財務省)関係者の解説(例えば、三好寛『酒の税率』醸界タイムス社、1956年、70頁以下)によれば、ビールはその大半が家庭以外の料理店等で消費されており、そうした料理店に出入りできる層は社会的に裕福であることが高税率の根拠とされてきた。(高級酒という位置づけ)

 日本の税制には以上述べてきたような問題がある。今後の税制改正で、こうした問題がどう解決されていくのだろうか。毎年の税制改革に対するマスコミの取り上げ方は、税の財政面や経済面への効果ばかりに着目し、税制改正が法律改正であり、憲法問題であることを全く識していない。そのため、技術的な問題に目を奪われ、税制改革がもたらす私たちの生活への影響が憲法の理からみて望ましいことなのかどうか、ほとんど検討されてこなかった。その背景には、裁判所が租税立法に広範な立法裁量を認めてきたため、不公正な税制が放置されてきたことも影響しているかもしれない。


日本の税金 (岩波新書)

2008-05-24

『獄窓記』山本譲司


 予していたとはいえ、やはり『累犯障害者 獄の中の不条理』の後に読んでしまうと、インパクトの弱さが否めない。それでも、文章の上手さでぐいぐい読ませる。先に読んでいれば、それなりの衝撃を受けたことだろう。


 自伝的色彩が強く、菅直人氏の秘書になる件(くだり)から、秘書給与流用事件で実刑判決を受け、出獄されるまでの経緯が描かれている。山本氏の実刑判決は弁護士ですら定していなかった。それでも、敢えて控訴をしなかったのは、政治家としての責任からだった。潔い生き方である。


 本書で注目すべきは、辻元清美議員の秘書給与疑惑である。覚えている人も多いだろうが、当初辻元氏は高に「山本譲司さんと一緒にしないで欲しい」と強気の態度で臨んだ。実はこの二人、早稲田の同期生という縁があった。辻元氏はなりふり構わず、山本氏を貶(おとし)める戦法で「自分は違う」と強弁した。挙げ句の果てには「あの人(山本氏)の場合は、秘書給与を私的に流用していたが、私は違う。個人的な費用に使ったことはない」と言い出した。この時、「カツラ代」という言葉が飛び出したのだ。しかし、山本氏が秘書給与を私的に使った事実は全くなかった。


 獄中にあった山本氏は弁護士を通して反論を公表する。後に辻元氏は予算委員会参考人招致の際に、山本氏への謝罪を述べたが、弁護士同士が約束したものとは異なっていた。人気のみを頼りに突っ走る辻元氏のあざとさが浮かび上がってくる。


 黒羽刑務所に移送された山本氏は、「刑務所の掃き溜め」と言われる寮内工場の配役となる。身に障害のある収容者が集まる場所だ。そこで、ヘルパーさながらに収容者の面倒をみる。垂れ流された糞尿や吐瀉物(としゃぶつ)の清掃が日常活動だ。


 少し気になったのだが、山本氏はカッとしやすい格でありながら、直ぐ反省するような傾向が窺える。文章に比べると話し方が軽薄に見えるのも、同じ理由だとう。


 それにしても、障害者が置かれている惨状は目に余る。


「山本さん、俺ね、いつも考えるんだけど、俺たち障害者は、生まれながらにしてを受けているようなもんだってね。だから、を受ける場所は、どこだっていいのさ。また刑務所の中で過ごしたっていいんだ」

「馬鹿なこと言うなよ。ここには、自由がないじゃないか」

「確かに、自由はない。でも、不自由もないよ。俺さ、これまでの人生の中で、刑務所が一番暮らしやすかったとってるんだ。誕生会やクリスマスもあるし、バレンタインデーにはチョコレートももらえる。それに、黙ってたって、山本さんみたいな人たちが面倒をみてくれるしね。着替えも手伝ってくれるし、入浴の時は、体を洗ってくれて、タオルも絞ってくれる。こんな恵まれた生活は、生まれて以来、初めてだよ。ここは、俺たち障害者、いや、障害者だけじゃなくて、恵まれない人生を送ってきた人間にとっちゃー天国そのものだよ」


 フランス・ドゥ・ヴァール著『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』によれば、類人猿社会ですら障害を持った者に対しては、優しさを示すという。人間は合理を追求する一方で、自分の中に不合理な葛藤を抱えている。強者だけが生き延びるのが適者生存といがちだが、群れというネットワークで考えると弱者を切り捨てるのは「社会の弱さ」を示している。


 どのような問題も他人事で済ませられれば、い悩むこともない。考は停止させた方が楽なのだ。私の胸の中で、ナチス支配下にあったマルチン・ニーメラー牧師の言葉が谺(こだま)する。


 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安をじたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。

 それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。


【『現代政治の思想と行動』丸山眞男】


獄窓記 (新潮文庫 や 60-1)