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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-09-07

良書を読み抜き、自在の対話を


 ともあれ諸君は、「良書」を求め、読み抜いていただきたい。どこへ行っても、どのような人に対しても、自在に話を展開し、深い銘を与えるだけの力を培っていただきたい。青春時代の今やっておかなければ、必ず悔いを残すことになる。ゆえに私は、若き諸君に繰り返し申し上げているのだ。

 信仰者として、「御書」を肝に染めていくことを根本として、更に幅広い勉強が必要である。そうでなければ多様な現実の大地に生きる人々に、「妙法」の偉大さを理解させ、証明してゆくことはできないからである。

 私は、戸田先生のもとで「読む」ことを徹底して鍛えられた。「論語読みの論語知らず」であってはならない。

 教の教義しか知らず、あとのことは何も論ずることができないようでは、「法」まで偏頗(へんぱ)にしてしまう。法の序分であり、流通分である一切の「学問」も必要となるのである。


【静岡県青年会議 1990-01-21 富士宮国際文化会館


 今、つくづく読書の大切さをい知る。


 私の家には本棚が12本あり、それぞれの棚に前後2列ずつ本が並んでいる。その上、床には本の山が林立していて、ハードルみたいになっている。約5000冊所蔵。もちろん、全部読んだわけじゃない。20年間でこれだけ買ってきたのだが、随分と嗜好も変わってきた。


 10代の頃から毎年、100冊以上は読んできた。だが今にしてえば、2倍は読めたと反省している。所詮、「好き」という範疇(はんちゅう)では、守備範囲が広がらないのだ。大失敗。


 そんな反省から、今年は200冊ペースを維持している。幼い頃から読んできたものを含めると、多分3000冊は読んできているとう。一念三千ではないが、3000冊読んで見えてきたものがある。それは、知識が概にまで高められると、ものの見方が激変することだ。つまり、価値観がガラリと変わり、人生そのものが変化する。


 一冊、また一冊と読み続けるうちに、考の根は枝分かれを繰り返し、どんどん地中深く食い込んでゆく。樹木の大きさは根に等しい。地中には、木の枝と同じ幅の根が広がっているのだ。


 優れた人物との出会いを求め、私は今日も本を開かずにはいられない。

2008-01-21

「知の戦国時代」を勝ち抜け


 さて、今日も少々スピーチをさせていただき、大切な集いの義を刻んでおきたい。

 諸君は若い。今、頭脳に刻み、覚えたことは、生涯の血肉となり、生きた知識となる。

 しかも時代は、「知の戦国時代」の様相をますます深めつつある。知力なき人に勝利はない。

 その味からも、私は論じておきたい。ありとあらゆる歴史やを。

 そして諸君に呼び掛けたい。「頭脳」を鍛え、「知」を磨き抜けと――。

 そうした訴えが必ずや、後世への確かな光明となり、楔となることを私は確信する。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


「何ためのスピーチ」か――全て、後継者である青年部のためだ。それにしちゃあ、求道に燃えてるのが少ないね。見たことないよ。ひょっとしたら、絶滅危惧種になったのかも(笑)。


 1980年1120日以来中断していた『人間革命』第11巻の連載が聖教紙上で再開されたのは、1991年53日のことだった。僧・日顕による総講頭罷免から、わずか4ヶ後であった。その発表をにした時の震えるような動は今も尚、私の体内に脈打っている。「いよいよ、遺恨十年の恨みを晴らす時が来たのだ!」と拳を握り締めた。


 全学会員が貪るように読んだ。切り抜きを持ち合って学んだ。部長会や人事面接では、章のタイトルとナンバーが質問され、答えられないと大変な目に遭った(笑)。


 渇して水を求めるが如く、師の指導を吸収した。知らず知らずの内に、広布のリーダーとなっていた。無の庶民が将軍学を学び、次々と闘士に変貌した。


 革命には志と理が不可欠である。我々の志を高め、理を深めて下さるスピーチの数々は、むしろ革命そのものだった。昭和54年と同じ轍を踏むことは断じて許されなかった。


「我が青春に悔いなし」と言えば嘘になる(笑)。そりゃあ、悔いはあるよ。でもね、「先生と共に闘い抜いた」という歓びの方がはるかに大きい。

2004-10-29

頭に刻め生命に刻め


「私は、生きた学問を教えたいのだ」というのが、開講にあたっての戸田の言葉であった。

 戸田は、授中、ノートをとることを許さなかった。彼は、こんな話をした。

 ――ある蘭学者が、長崎でオランダ医学を学んだ。すべて書き取っていたため、筆記帳は行李いっぱいになった。ところが、海を渡って帰る途中、船が沈んで、筆記帳を失ってしまった。頭のなかには、何も残っていなかった。

「だから、君たちは、頭のなかに入れておくのだ。メモはだめだ」

 伸一は、毎回、生命に刻みつけるいで、戸田の授を聴いた。

 この講義は、戸田が他界する前年の57年(昭和32年)まで続けられたのである。

 戸田は、まさに全生命を注いで、伸一をはじめとする青年たちを育てたのだ。


【『新・人間革命』「羽ばたき」6 聖教新聞 2004-10-15付】


 この“戸田大学”に、私が知る先輩も参加していた。現在も、広布最前線で会員の激励に奔走されている。その揺るぎない信から、多くのことを学んだ。戸田先生池田先生の指導が、骨身に染み込んでいるかの如く、言葉の一つ一つに代々の会長の精神が漲(みなぎ)っている。それは過去に教わった知識ではなく、現在に生きる人々をも蘇生させる智そのものである。師匠と直結することによって、人生の荒波を乗り越えてきた草創の大先輩の後に続くを誓うのみである。


 この指導は、昭和40年代のスピーチでも紹介されている。


 ある教育者が、「学ぶということは、変わることである」と言っている。学ぶことによって蒙が啓(ひら)かれれば、進むべき道は広がる。戸田先生の胸の中には、「学ばずは卑し」「学は光」という牧口先生の教えが脈動していたに違いない。


 虫眼鏡などによって光を集中すると、高熱を発し紙が燃え上がる。人間も集中すれば、信じいエネルギーを発する。ベストセラー『頭の体操』で有な多湖輝(たご・あきら/千葉大学誉教授)氏がこう書いている。


(歴史上に登場してきた)天才のの中にひそむ、炎のような情熱と、創造への志は、それ自体ひとつの謎であり驚異であるが、これを、現実の偉大なる績に結びつけたものは、彼らの精神が持つ、極度の集中力であったことは間違いない。いわば“天才”とは、集中力の達人と言い換えてもよい。


【『集中力がつく本』(ごま書房)1981年】


 また、「集中力とは、孤独・内閉に向かう力だ」とも。対象と自分との間にピンと糸を張り詰めた状況が集中だ。


 祈りも集中だ。激励も集中だ。折伏も集中だ。御書講義も集中だ。


 釈尊は経典を文字として残さなかった。滅後に大勢の弟子が集まり、「是(かく)の如きを我聞きき――」と多聞第一の阿難が経を誦(じゅ)し、全員が「確かにその通りだ」と賛同するまで繰り返されたと伝わる。


 彼の千人の阿羅漢の事をひいでて涙をながし、ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と唱へさせ給へば、千人の阿羅漢の中の阿難尊者はなきながら如是我聞と答え給う、余の九百九十人はなくなみだを硯(すずり)の水として、又如是我聞の上に妙法蓮華経とかきつけしなり(1360頁)


 あらゆる経典の冒頭に、“如是我聞”の四字がある。天台大師は、「我聞とは能持の人である」と述べている。


 いつの日か我々も、涙と共に、「あの日、あの時、池田先生はこのように指導された」と語る日が来ることだろう。その時に、悔いを残さないためにも、今なされている指導を如是我聞しなくてはならない。