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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-05-13

小さな集いが偉大な歴史をつくる


 サーツ女史の牢獄は小さかった。しかし、そこで偉大な歴史はつくられた。

“小さな集い”が大切なのである。大きな会合で、大勢の人に拍手されて話すことが偉いのではない。人目につかない小さな集い――座談会が、また家庭指導が大事なのである。個人指導が大事なのである。

 大きな会合だけでは一方通行になる。それでは皆の本当の力を引き出すことはできない。

 一対一で、いい味のある対話ができ、人問味のある励ましで人を発させられる人が本物である。その発こそ長続きする。その決が起爆剤になる。

その「一波」から「万波」が広がる。丹に一軒一軒を回る。真で一人ひとりと語る。この労でつくった一波こそが万波に広がっていくのである。創価学会のこれまでの発展の秘訣もここにある。

 したがって、もう一度これに徹していけば、また再び「万波」を起こせる。そこに末法万年の広宣流布の発展の道が開かれていく。


【第6回本部幹部会 1996-12-16 牧口記会館


 ナターリヤ・サーツ女史は若き日に、何の罪もない夫をスターリンによって銃殺された。その後、女史自らも、言われなき罪をデッチ上げられ、5年間にわたって投獄された。絶望に喘ぐ人々を目の前にして、彼女は考えた。「生きる希望をなくした同室の人々が、どうすれば立ち上がれるか」と。そして、それぞれの持ち味を生かして、学び合う機会をつくった。暗く冷たい牢獄は、明るい学び舎(や)へと変わった。


 囚(とら)われの身となりながらも学び合う人がいる。自由な環境にいながら、学ぼうとしない人もいる。


 大きな会合となると、聞き手は否応(いやおう)なく、何百分の一、何千分の一の存在となる。そこでは往々にして、タレントやスターを求めがちとなり、大袈裟な話や誇張した表現が好まれる。こうなると、テレビの前に座る一視聴者と変わりがない。どんなに盛り上がっても、「とをざかりぬればすつるあり」(1544頁)となる傾向がある。


 人がを動かすのは、やはり、自分に向けて発せられた言葉である。否、その言葉に託されたである。が響き合い、そこに妙なる調べが生まれる。一人のために悩み、祈り、を砕き、を注ぐ――これ折伏なり。


 第2総東京の田代婦人部長が、昨日、御本尊送りをしたそうだ。率先垂範の姿が眩(まぶ)しい。


【※指導は、宮本さんの投稿より】