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2005-08-24

電話は立派な外交戦


 電話

 立派な外交戦だ。

 広布のために

 断じて勝つ!

 その明朗な一で語れ!


【「わが友に贈る」 聖教新聞 2005-08-15】


 911日は「公衆電話の日」。1900年明治33)のこの日、新橋駅と上野駅の構内に公衆電話が設置された戸田先生が生まれた年のこと。


 ベルが電話を発明したのが1876年(明治9)。翌年には、初の輸出先として日本に2台の電話機が送られている。それまで数百年以上にわたって、手紙が唯一の通信手段だったことを踏まえると、瞬時に“生の”を聞けることは、法に等しい衝撃があったことだろう。


 自分が実際に動ける範囲は決まっている。限られた時間の中で、一人でも多くの人とつながるためには、電話が最大の武器である。電話一本で指揮も執れる。電話一本で激励もできる。一本の電話によって、がつながり通い合う。


 しておきたいことは、相手が何をしてようと、こちらの電話がそれを中断させてしまうことだ。最初に、「今、よろしいですか?」という程度の礼節は最低限わきまえておきたい。また、必要以上の長電話は、相手の家族にまで迷惑をかける場合もあろう。まず、要件を簡潔に伝え、爽やかなやり取りを掛けたい。電話は、が直接に届くため、親密度が増しやすいともいわれる。普段、会える人でも、電話で話すと、一味違ったコミュニケーションになるものだ。


 今日は、先生の入会記日。1947年(昭和22年)から、58年間にわたる大闘争により謝し、後に続くを決す。

2005-05-09

外交のできない人間は、深い信頼はできない


外交のできない人間は、深い信頼はできない」――これが戸田先生の持論であった。

 特に、青年に対しては、万般にわたって、外部とのしのぎを削る打ち合いの中でこそ、人間の地金(じがね)が磨かれることを繰り返し教えられた。

 でき上がった組織の上に、呑気にあぐらをかいていて、人間が本当にでき上がるわけがない。そんな浮ついた者は、口ばかり達者であっても、いざという時には当てにならない。戸田先生はこのように、それは厳しく指導された。

 折伏・弘教、家庭指導、個人指導。そうした地道な瞬間瞬間の行動の中にこそ、人間としての厳たる勝利の基盤ができあがっていく。その労を避けて、表面の華やかな方向にばかりが向かったとしたら、その人の深く光輝ある人生勝利はありえない。

 先生は常に言われた。

「君たちはまだ若い。若い内に様々な労を買ってでもやっておくことだ。それが、全部生きる時がくるのです。労しない人間に、一体何ができるか。何でもやっておくことだよ」と。

 振り返ってみて、すべて先生の言葉通りになっている。


【第13回全国青年部幹部会 1989-03-04 創価文化会館


 事件が起こると、我がサイトはアクセス数がアップするようだ(笑)。


 今ラジオで元学会員による詐欺事件を知った。「創価大学迎賓館を建設する」と持ちかけて、みずほ銀行から、まんまと10数億円を騙(だま)し取った模様。悪いことをしでかす連中が悪いに決まってるが、それにしても、銀行側は無用が過ぎる。一本の電話確認で未然に防げたろうに。隙(すき)があったとしか言いようがない。


 あまりにも自明なことだが、容疑者が現役の学会員だとしても、学会の指示による犯罪ではない。学会が大きくなればなるほど、それを利用しようとする人物は、これからも現れることだろう。全学会員が厳しい捜査を望んでいるはずだ。


 これによって、ゴールデンウィーク中に数々の友人となされた対話はパアになった。私の信用まで潰れかねない。というわけで、「ご破算で願いましては」と最初っからやり直し。


 いよいよ、三障四魔が現れたと私は一人、奮い立つ。振り返ると、2004年711日に行われた参議院選の時は、512日に公明党党三役を始めとする年金未納が発覚。昭和31年78日に行われた参院選の際も515日、6に及ぶ大阪支部の学会員が逮捕されている。


 ここに、不議な軌道がある。少し頭を冷やして考えれば、直ぐわかることだが、これが来の半ば頃だったら、完全にアウト。取り返しようがないのだ。守られているとしか言いようがない。


 東京中が緊張に包まれていることだろう。本当の戦いは、ここから始まることを銘記し合いたい。


 今、必要な構えは、この指導に言い尽くされている。考え込めば、臆病なが頭をもたげる。勇んで打って出る時が遂に来たのだ。


 和泉覚さんが7日、逝去。老衰とのこと。初代、二代、三代会長に仕えてきた大先輩のご冥福を祈る。

2004-12-17

人間王者の外交


 戸田先生は「水滸会」など折々に、私たち青年部に対して、人間王者の外交のあり方を語ってくださった。

「どんな人とも、真っ向から、わたりあえる人間になれ!」

「どんな立場の人に会っても、学会の正義を堂々と語れ!」と。

 戸田先生から法の真髄を学び、指導者論の要諦を教わった「不二の弟子」の私である。

「さあ、来い! 私は創価学会だ!」――この気で望む。大誠実を尽くす。宝の友情を結びながら、人生の劇をつづってきた。(中略)

 どうか、勇気を持ち、誇りを持って、どんな立場の人に対しても、創価の正義を、人間主義の哲学を、堂々と語りぬいていただきたい。


【関東最高協議会 聖教新聞 2003-08-23付】


 ひとたび、学会の看板を掲げたからには、一歩もひいてはならない。途中で看板を降ろすようなのは弟子とは言えない。


「さあ、来い……」とは、これから襲ってくるであろう数々の迫害に屈しない決と、全責任は自分が担うという気迫の現れとう。決だけでは行動が鈍り、責任がなければ大誠実を尽くすこともできない。


 ただ、論破することだけではなく、堂々と正義を叫ばなければならない。立場を利用しただけでは「宝の友情」は結べない。日々の活動においても、決と責任を忘れずに臨んでまいりたい。


【宮本】 http://www.doblog.com/weblog/myblog/30152

2003-03-13

電話は最高の外交


 電話は最高の外交である。電話にしても、貫禄をもって、音豊かに、また、革命の吹きに満ちて、常に先駆をきっていくのだという気込みが大切である。


【『前進』1966-04号】


 これは本部職員に対する指導である。だが、全学会員する指導であると信ずるが故に掲載しておく。


 この勢い、この自覚、この襟度。その奥底(おうてい)にあるのは、どこまでも相手を大切にするであろう。


事をなす」(400/414/708頁)である。境涯はに表れる。はっきりしない話し方、すっきりしない、不明瞭な言葉遣いではいけない。


 私の父が支部長をしていた頃は、まだ、子機などがなかった時代であったが、風呂に入っていても電話が来れば、直ちに上がっていた。私は知らず知らずの内に「周公旦は浴する時は三度にぎり食する時は三度吐給う」(362頁)《周公旦(『史記』などにも描かれ、司馬遷が理の人物としたことで有)は客人が来れば、風呂に入っていたとしても三度髪を握って直ちに出迎え、食事をしている際は、口にした食べ物を三度吐き出して、待たせることはなかった》の御文を学んでいた。


 最近では、家にいても電話に出ず、携帯電話に掛かってきてから着信番号を見て、おっとり刀で出るようなのもいる。


 昔の幹部は、たとえ深夜で寝ていたとしても、直ちに受話器を取ったものだ。