Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

2008-03-14

波斯匿王のダイエット


 釈尊は友の悩や問題を直視し、ともかく、それを取り除くことに力を注ぎ、時には生活の指導もした。

 ある時、拘薩羅国の波斯匿王(はしのくおう)がやって来た。彼は美食家で、大食漢でもあり、体は、はち切れんばかりであった。その姿を見ると、釈尊は詩をつくって朗詠した。

「常に 注を怠らず

 適量知って 食する人は

 しみ少なく 老い遅く

 その命こそ守られる」


 それを聞くと、王は家臣に、食事のたびに、この詩を諳んずるように命じた。

 王は、食事時に必ず詩を聞いて、釈尊の注を守った。そして、肥満は解消され、健康を取り戻した。

 釈尊は、詩をもって友を励ます、「桂冠詩人」でもあったようだ。


【『新・人間革命』第3巻 「陀」】


 原典は以下の通りで、勝手に翻訳してみた。誤りがあればご指摘願います。


 雑阿含経 

 宋天竺三藏求那跋陀羅譯

(一一五〇)

 如是我聞。一時佛住舍衞國

 祇樹給孤獨園。時波斯匿王其體肥大。

 擧體流汗來詣佛所。稽首佛足退坐一面。

 氣長喘。


 ある時は舎衛国の祇園精舎にいた。ブクブクに太った波斯匿王が 汗だくの体での所へ詣でた。の足に自分の頭がつくぐらい深く頭を下げ、さがって法の座に座った。ゼエゼエハアハアをしている。


 爾時世尊告波斯匿王。大王身體極肥盛。

 大王白佛言。如是世尊。患身肥大。

 常以此身極肥大故。慚恥厭


 その時波斯匿王にこう言った。陛下は肥満を極められましたね。

 波斯匿王は言った。そうなんです先生、患い(病気)もどんどんひどくなる一方で。それもこの肥満を極めた体ゆえの事でして。恥ずかしくも情けなく、このしみどうにかならぬものかと。


 爾時世尊即説偈言 

 人當自繋毎食知節量

 是則諸受薄安消而保壽。


 そこでは偈を説いてこう言った。

「常にがけて 量を適切に知って食べる人は

 しみも少なく、老いも遅く長生きする」


 時有一年欝多羅。於會中坐。

 時波斯匿王告欝多羅。汝能從世尊。

 受向所説偈。毎至食時爲我誦不。

 若能爾者賜金錢十萬。亦常與食。


 このときウッターラという少年がその場に居た。

 波斯匿王はウッターラに言った。

 おまえは世尊の説かれた教えをしっかり聞いて覚えて、わしの食事の度にわしの為に唱えてきかせてはくれぬか。ちゃんとやってくれたら褒美に金銭を十万やろう。食事もいつも一緒にしよう。


 欝多羅白王。奉教當誦。

 時波斯匿王聞佛所説。

 歡喜隨喜作禮而去。


 ウッターラは王に言った。世尊の教えをしっかり受けて大王様の為に唱えます。

 波斯匿王のこの教えを聞き歡喜隨喜、(これでわしも痩せれるぞと物凄く喜び)にお礼を言って帰っていった。


 時欝多羅知王去已。至世尊前受所説偈。

 於王食時。食食爲誦。白言大王。

 如佛世尊如來應等正覺所知所見。

 而説斯偈

 人當自繋毎食知節量

 是則諸受薄安消而保壽

 如是波斯匿王漸至後時。

 身體■細容貎端正。

 處樓閣上。向佛住處。

 合掌恭敬右膝著地。三説是言。

 南無敬禮世尊如來應等正覺。

 南無敬禮世尊如來應等正覺。

 與我現法利益。後世利益。

 現法後世利益。以其飯食知節量故。


 大王が帰ったあとウッターラ少年は世尊の前に行き、所説の偈をしっかり受け、偉大なるブッダはその智見識からこのように説かれましたと、大王の食事の前に大王に唱えて聞かせた。

 かくして波斯匿王はしばらくして後、体はほっそりとカッコ良くなった。波斯匿王は楼閣に登ってのいらっしゃる方角に向かい、手を合わせ右の膝を地に付けて最敬礼して三度こう言った。

 南無敬禮世尊如來應等正覺。南無敬禮世尊如來應等正覺。

 様のお蔭で節制を知り、今はこんなにやせて未来も健康で長生きできる 全くありがたい功徳をいただいた。これからは自分もしっかり法で後世の人々を利益していこう。


覚え書き


 1.太ってきつそうな大王の姿()を、ブッダは見逃さなかった。

 2.「肥満を極めてますね」とユーモラスで人間味あふれる問いかけ。これが大王のを開いた。肥満を恥じている、後悔(自覚)している、しい情を吐露させた。

 3.「食べすぎたらダメ」と頭ごなしでなく、偈という詩的な表現で智を授けた。「理屈」ではなく「」。誦したとあるが、歌と言ってよいとう。

 4.「爲我誦不」私の為に唱えてくれないか? 強い命令口調ではない、大王の人となりが何となく見えてくる。少年に対し褒美の金銭拾萬、毎回食事を共に(わしと同じうまいもの食わせてやるゾ)、という太っ腹。少年にしてみれば褒美に関係なく、普通は大王の申し出を断れない。王法は賞

「汝能從世尊。受向所説偈。」少年に、「先生の今の話(偈)を、もいちどしっかり指導受けて覚えてきてくれ。」大王は物覚えが悪かったのか? そうではない。真面目な指導者というのは自分のことはそっちのけ、正直かまっていられない、覚えて帰る余裕もないというのが実像であろう。この偈が「詩」「歌」であれば、尚更一字一句違わず正確に、ということになろう。真面目な指導者ならそのストレスは並大抵のものではなかろう。その重圧が招いた美食・大食・肥満ではなかったろうか。


 雑阿含経は短編の経文集といった趣がある。この短い経文にも、ブッダと大王のすこぶる人間的なの交流がうかがわれる。大乗教の原型が垣間見え、人を触発する豊潤な世界がある。阿含部と言っても、決してお高くとまった所謂二乗丸出しのものではない。まぎれもなく人類の貴重な文化遺産である。五重の相対を振りかざして斬り捨ててそれでよしとしても、不毛なだけだろう。教判と言っても、根底は「人の振舞」にこそあるのではないか。


 問題はこうした文化遺産を、(バイブルもコーランもそうであるが)を日蓮法、創価からどう開いていくかだ。


【fwik】

2006-01-03

健康の本質


 対談集(『健康と人生 生老病死を語る』ルネ・シマー、ギー・ブルジョ、池田大作/潮出版社)で、ブルジョ博士は、健康とは「どこにも病気がない」状態や、「単に安定した状態」をいうのではない、と指摘されている。

 むしろ「健康とは、崩れやすい均衡状態と、その均衡状態をいつも確立しておこうとする恒常的なダイナミズムとの間の緊張状態である」と喝破されていました。

 少々しいかもしれませんが、病気がないことが健康ではありません。要は、生涯、何かに挑戦する。何かを創造する。前へ前へと自分の人生を開拓してゆく。この創造的人生こそ、博士のいわれる「ダイナミズム(活力)」であり、真の健康人生といえるのではないでしょうか。


【「生老病死と人生」を語る/第2回 法と医学 聖教新聞 2005-12-02付】


 ブルジョ博士の指摘は鋭い。例えてみるならば、平坦な道を歩むのが健康ではなく、片一方に谷底を見つめながら、バランスを保って崖っ淵を歩むのが健康であるということ。


 三木清がこう書いている。


 実際、今日の人間の多くはコンヴァレサンス(病気の恢復)としてしか健康をじることができないのではなかろうか。


【『人生論ノート』(新潮文庫)】


 確かにそうだ。人は当たり前のものには、中々謝しない。そうして、健全な身体に病んだ精神が宿るのだ。失って初めて気づく幸福といったところ。マイナスになって知る、ゼロのありがたさ。


 夫れ賢人は安きに居て危きを歎き佞人(ねいじん)は危きに居て安きを歎く(969頁)


 ブルジョ博士の卓見は、この御聖訓に迫っている。安全な時こそ、危機管理をすべきなのだ。そこに求められるのは、人生全般に対する像力であろう。


 人として生を享(う)けた以上、病は避けられない。生老病死、成住壊空が大宇宙のリズムなのだから。そうであれば、常に病気に備え、病と闘う覚悟が必要だ。


 南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや(1124頁)


 本有の病と達観すれば、いかなる病であろうとも、広布の使命の前に障害となることはない。


 家族の宿命を一手に引き受けて病気になることもあれば、組織に警鐘を鳴らすために病気になる場合もある。いずれにせよ、病気の方と同し、から励まし、祈り続けることによって、自分の病気の宿命をも転換していることを確信したい。


健康と人生―生老病死を語る (上) (聖教ワイド文庫 (038)) 健康と人生 下―生老病死を語る (聖教ワイド文庫 39) 人生論ノート (新潮文庫)

2005-03-19

ボケやすいタイプとボケにくいタイプ


ドクター部による視点


ボケやすいタイプ

 1. 自分中が強く、頑迷で人の見などを傾けようとしない人。

 2. 神経質で、いつもイライラ。気短(きみじか)で、自分のにそわないと怒鳴ったりする人。

 3. 趣味ももたず、遊びの余裕もなく、仕事一徹できたような人。

 4. 物欲が強く、何事もカネやモノと考える、人間不信の人。

 5. 一見、同調があるように見えても、ただ調子を合わせているだけであって、の底からは人の輪に溶け込めず、友達もできない人。

 6. 情緒や情に乏しい人。たとえば、喜びもなければ動もない、笑いもなければ、ユーモアを解することもないような人。


ボケにくいタイプ

 1. 新聞や本などをよく読み、常に頭を使っている人。

 2. 物事にくよくよしない人。

 3. 書き物をしたり、対話が好きな人。

 4. 利己的でなく世話好きな人。

 5. 喜びや情などの豊かな人。

 6. 自分なりの生きがいをもち、向上の強い人。


【第11回本部幹部会 1988-11-30 創価文化会館


 高齢者とは65歳以上の人を指し、人口比の7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、25%を超えると「超高齢社会」という。日本においては、2004年12現在で、高齢者が2500万人を突破し、既に20%の割合を占めている。予では、2013年に3000万人を超え、ピークを迎えるのは2043年で、3647万人となる。全人口の3人に1人が高齢者となる時代は、直ぐそこまで来ている。超高齢社会となるのは2014年。


 これは余談になるが、日本の場合、少子化が更なる問題を生んでいる。高齢化社会から高齢社会となるまでの期間は、フランス:115年、スウェーデン:85年、イギリス:47年、ドイツ:40年。これに対して日本の場合、わずか24年。


 年をとると身体機能が低下してくる。以前はできたことが、できなくなる。物忘れも激しくなる。こうしたことから抑鬱症状が現れる人も多い。成住壊空(じょうじゅうえくう)・生老病死が生命本然のリズムだから、まあ、しようがない。


 そこで大切になってくるのは、“第三の人生”をどう生きるかという点である。池田先生がこのテーマを本格的に取り上げたのは1998年。編まれた対談は後日、『「第三の人生」を語る 高齢社会を考える』(聖教新聞社)として発刊された。毎日新聞でも、1997年に「長命社会を生きる」と題した連載記事が掲載され、大きな反響があった。


 人間が「老い」や「病(やまい)」を忌避(きひ)するのは、迫り来る「死」を実せざるを得ないからだろう。死体の写真を見て、目が釘づけとなるなるのも、“モノと化した肉体”に対する恐怖の為せる(わざ)であると私は考える。


 老化現象や痴呆には、あたかも、自分が自分でなくなっていくような悲哀がある。戸田先生は、「どんなに若くて美しい娘さんでも、数十年も経てば、梅干し婆さんになってしまう」(趣)との比喩をもって諸行無常を説明された。これが現実である。


 その厳しい現実を受け入れ、上手に付き合ってゆくしかない。豊かな人生を送る方途は、第三の人生をどう過ごすかで決まる。男であれば、サラリーマンという鎧(よろい)を脱いで、何が残っているのか? その時になって、人生の目的と、人間とが厳しく問われる。


 ボケやすいタイプの内容が面白いのは、四悪趣の斬新な説明になっているところだ。妙とは、「開く」義であり、「蘇生」の義であり、「具足・円満」の義である。これらの義を日々示すことができなければ、信即生活とはいえない。