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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-02-05

権威の行き過ぎに対する最強の砦


個人が権威に対抗しようと考えるならば、最もよいのは、その集団のなかから自分のことを支持してくれる人を見つけるということである。お互い同士が手を取り合うということこそが、権威の行き過ぎに対して私たちが持ちうる最強の砦なのである」(スタンレー・ミルグラム


【『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス/野島久男、藍澤美紀訳(誠信書房、2008年)】

2008-08-10

庶民を見下す学歴至上主義は本末転倒


 先生は、こうも述べておられた。

「日本の教育の普及は、明治以降、急速に進んだ。

 戦後、大学も増大した。しかし、それが人間の幸せに本当にはつながっていない。

 大学生の数は増えても、人格も、智も、見識も乏しい人間が増え、学歴自体が目的になってしまった」

 本当に鋭い先生であられた。

 学歴史上主義は、人間を狂わせてしまう。

「いい大学を出たから、私は偉い」。そうやって庶民を見下すような人間を生み出すだけならば、何のための教育か、わからない。

 大学は、大学に行けなかった人たちのためにある――私は、この信でやってきた。庶民に尽くす指導者を育てるのが、真実の大学教育なのである。


創価大学創価学園合同研修会 2008-08-05 学会本部】


 創大生に対する破折だ。今は師匠がうるさく言ってくれるから、まだブレーキがかかっているといってよい。しかし、注する人がいなくなれば、釈尊滅後の二乗のような存在となりかねない危険をはらんでいる。


 具体的に書いておきたいことは山ほどあるが、私は慎ましい格なので控えておこう。ただ一つ本質的なことは、創大と信は何も関係ないということだ。もちろん、学歴と信も同様である。


 学会の人事学歴が考慮されるようになったのは、公明党が結成されてからのことである。

 しかしながら、人材育成に関する指導は一貫していて、大きくぶれることはなかった。

 気づいていない人も多いだろうが、聖教新聞紙上では既に学歴を紹介していない。原田会長が就任した時でさえ学歴は書かれていなかった。


 学歴よりも信があるかどうかである。頭の良し悪しよりも、現実に戦っているかどうかである。エリート識はあって構わない。だが、「誇り」となるか「慢」と現れるかは紙一重だ。創大生は絶対にい上がるな。21世紀の僧侶となる覚悟で身を慎み、民に仕える一生を選べ。

2008-02-26

学会は、ピラミッドではなく「同心円」の組織


 学会組織は、いわゆるピラミッドではない。全員が「妙法」の前に平等である。その上で、敢えて例えればかねてより申し上げている通り、中者を囲む“同円”といえよう。

 宇宙もまた、中を巡る無限の回転である。衛星は惑星の周りを、惑星は恒星の周りを回る。そして、多くの太陽系が集まり、回転して銀河をつくり、銀河は更に多くの銀河団をつくっていく。

「宇宙の法」にのっとりつつ、それぞれが、それぞれの立場と使命をもって、着実な運動を続けている。何一つ止まっているものはない。

 いわば学会は、大宇宙と同形の組織なのである。

 太陽系においても、太陽に近い惑星だからといって、自転も公転も止められるはずがない。むしろ、近いほど公転速度は速い。組織においても幹部となればなるほど、人一倍の自己研鑚と行動が不可欠となる。

 飛行機も飛んでいるからこそ安定している。止まってしまえば、墜落するのは人間も同じである。


 要するに、「全員が開拓者」であるためには、「全員が自己開拓、自己変革の人」でなければならない。

 常に自らの惰と戦う。常に何か、現在の自分の能力を超えた、手にあまる仕事に「挑戦」する。

 自ら「山」をつくり、一つまた一つ乗り越えていく。「河」を「海」を渡っていく。弾む命で、その「冒険」を喜びにじていく。

 そのようにリーダーが率先して動き、走り続けてこそ、自分も、また組織も勝利していく。


 官僚体質、権威主義の弊害は大きい。

 日本人の「独創のなさ」は、つとに指摘されることだが、むしろ「独創をつぶす」体質こそ、問題にすべきであろう。

 世界中、人間の創造に、生まれつき、それほどの違いがあるはずがない。問題は、独創の“芽”を摘む社会か、伸ばす社会かである。それは一国においても、あるいは地域、団体においても同じことがいえる。

 日本の「肩書社会」「事大主義」(事大=大きなものに事〈つか〉える)の病根は深い。

 自分が食べるもの、着るものすら、自分の本当の好み以上に、ブランド(銘柄)で決める。学歴のない実力者を締め出す。何かを学ぶにも、「原典」ではなく「虎の巻」に頼る傾向もある。自分の“目”を信じるよりも、“権威者”の解説の方を信じるわけである。安易であるばかりか、自分の頭脳で考え、探求し、判断する力が弱い。

 このように、「虎(権威)の威光」を借りるばかりとなっては、真に「新しいもの」や「創造的なもの」は伸びる余地がない。いまだ権威はないが、本当の実力ある者――その人を見抜き、育ててこそ、物真似ではない真の創造的「文化」も花開いていく。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 さすがの私も“支援の季節”になれば、本音を書くことができなくなる。だから、今の内にビシバシ書いておくことにする(笑)。


 エントロピーは増大する(熱力学第二法則)。大宇宙は諸行無常を奏でながら、成住壊空のリズムに則っている。完成されたもの、出来上がったものは必ず崩壊する。成長・発展が止まることは「死」を味する。


 組織の発展を妨げ、死の方向へと誘(いざな)う存在が官僚だ。人体であれば、コレステロールに例えることができよう。


 土地に呪縛された農耕民族型コミュニティでは、上下関係がそのまま「支配関係」になりやすい。一生懸命の語源が一所懸命だったことからも明らかなように、移動する自由が奪われているためだ。


 そもそも、職場が嫌になれば転職すればいいことだし、組織にウンザリしたら引っ越せばいいだけの話だ。ところがどっこい、そうは問屋が卸さない(笑)。なぜか? そこに私は農耕民族の遺伝子が脈々と伝わっているのだと考えている。


 だから、同じ創価学会でも日本の組織と海外の組織は全く違う。ノルマを課すような手法が通用するのは日本の組織に限られている。「お上に逆らわない」伝統が、権威主義を育む温床となっている。


 創価学会の目的は広宣流布である。であれば、最も広宣流布を推進した人がリーダーになるべきだ。個人折伏は当然のこと、折伏を推進する人材の育成をしてきた人が、より大きな責任を担うべきである。しかし、現実はそうなってない。ここに最大の問題がある。


 また現在は、半年、一年ごとの成果集計となっているが、複合的、総合的な視点も必要だ。例えば、5年、10年単位で折伏成果を平均すれば、全く違う結果が見えてくるはずだ。


 やたら「ゼロ地区」と騒いで、地区の人々をしめる馬鹿幹部もいる。こんなのは相手にしなくてよろしい。かような幹部がいればこそ、成果が出ないのだから(笑)。


 学会組織百年の大計をえば、この指導に基づいた具体的な組織改革が望まれる。「長の一念」という指導で、これからの若い人を納得させることはしくなることだろう。

2008-02-05

権力者は民衆を手段に


 要するに、悪しき権力者は必ずとなる。現実に私どもは、嫌というほどそれを見た。自分を守るため、また自分の権威を守るために、我々を“手段”とした。

 真の指導者は自分自身を捨てて、民衆を“目的”とし、民衆を守る戦いをする。の権力者は、「姿」は似たように見えても、根本的に「」が違っている。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 創価学会は、民衆救済のための組織である。幹部の功を満足させるための組織ではない。リーダーのひとつで、権力者にもなれば指導者にもなり得ることを銘記したい。


 末代に法華経を失うべき者はには一代聖教を知りたりといて而もには権実二経を弁へず身には三衣一鉢を帯し或は阿練若に身をかくし或は世間の人にいみじき智者とはれて而も法華経をよくよく知る由を人に知られなんとして世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失うべしと見えて候(6頁)


 この御聖訓は、「衣の権威」で学会員を足蹴(あしげ)にした日顕宗を示すものであるが、そこで索が止まってしまえば、「の外」に御書を置いていることになる。これからの「三衣一鉢」とは役職であろう。役職がどんどん上がっていって、信を失うことを指弾されたと拝する。周囲から「凄い凄い」とおだてられてダメになってゆくのだ。


 道修行の目的は「一生成」にある。であるならば、一生を通して見ないと、その人の真価は判らない。どんな紆余曲折を経ようとも、人生最後に勝てばよい。


 その味で言えば、事件のある問題を起こした学会員に自主的な退会を促しているような節があるが、私はおかしいとう。宗教団体なんだから、世間以上に敗者復活の余地を残すべきではないか。多くの会員に迷惑をかけたのであればともかく、個人的な過ちはもっと大目に見てあげるべきだと考える。

2007-12-13

指導者観の革命=“リーダーは、民衆に奉仕する者”


 ところで大聖人は、指導者が「親」として敬うべきものとして、「民」とともに、あるものを挙げておられる。それは「道理」である。

「国主は理を親とし非を敵(かたき)とすべき人にて・をはすべきか」(1524頁)――国主は「正しき道理」を親として従い、「あやまれる考え」を敵として排する人であるべきではないか――と仰せになっている。

 指導者は、人数の多さとか、時の勢いとか、ましてや自分の利害などを“親”として従ってはならない。それが正しい道理にかなっているかどうか、それを根本として現実を見極め、判断していくべきである。

 誰が何と言おうとも、非は非とし、「敵」として排除すべきである。絶対に従ってはならない、との指導者論である。


 ここには重大な味がある。すなわち、「民を親とする」民主主義の原則も、単なる“数の暴力”や、“権利の乱用”“自由の乱用”に陥っては、衆愚の社会となり、崩壊してゆく。

 社会の根底に、「正しき道理」に従うという大原則がなければ、“民主”を貫くことすらできなくなる。

 例えば、「言論の自由」にしても、その権利を正しき道理に基づいて使っていくのでなければ、人権を無視した「言論の暴力」がまかり通ることになりかねない。

 結局、ある人々の信用を失って、先人の尊(たっと)き血と努力の結晶である「自由」を貶(おとし)め、民衆の「権利」をも狭(せば)める口実を、権力に与えてしまう。

 自分で自分の首を絞(し)めているようなものである。また、親の築いた財産(権利)を守るどころか、それを浪費し、食いつぶしている子供にも例えられるのではないだろうか。

 あるいは、自分が努力してつかみ取った「権利」ではなく、いわば“与えられた自由”であるゆえに、大切にしないのであろうか――。


 ちなみに「権利」とは、本来「正しさ」という味に基づく。

 英語では「ライト(right)」、ドイツ語では「レヒト(Recht)」、フランス語では「ドロワ(droit)」が元の言葉であるが、すべて「正しい」ことを味する。

権利」とは、正当、すなわち人間としての「正しき道理」にのっとった資格であるという考えが、こうした背景にあるといえるかもしれない。

 ゆえに日本でも初めは、これらの語を「権理」と訳した。この方が元の味に近い。

 いつしか「権利」としてしまったところに、「正しさ」を無視して、私利をのみ主張する風潮が象徴されているようにもわれてならない。


 ともあれ大聖人の法は、こうした「道理に基づいた民主社会」の基礎を与えるものである。それは民衆を蔑視する「権力の」と真っ向から対立する。ゆえに、常に弾圧されるのである。

「権力の」については、生命論の上から、「他化自在天」「元品の無明」との関係など、いつか論じたいとうが、本日はただ、「人間をバカにし、子をバカにする、利用しようとする、それは権威と権力のに魅入られたである」とのみ言っておきたい。


 日本の卑屈な精神風土。その“根”は何か。どうして、そうなってしまったのか。

 様々な歴史的要因、また議論があろうが、端的に言えばそれは、民衆を自立させるべき「宗教」が、「権力」に取り込まれ、骨抜きにされてきた結果である。

 この一点を、特に青年部諸君は厳しく見つめていただきたい。日本において、宗教は常に権力の僕(しもべ)として、飼い馴らされてしまったのである。

 広宣流布の運動は、この忌まわしき“根”を断ち切り、民衆が厚き大地の殻を打ち破って、続々と立ち上がってゆく革命運動である。ある味で、法華経に説く「地涌」の姿どおりの実践である。

 ここに初めて、兆民の言う「哲学なき社会」を変革する現実の方途もある。一国の精神風土をも変えてゆく哲学とは、現実には民衆に根差した宗教による以外にないからである。


 この「地涌」の革新運動には、「指導者観の革命」を伴う。“リーダーは、民衆に奉仕する者”とのの徹底である。

 この指導者観の「文化革命」「革命」を広げ、定着させねばならない。民衆が賢明になって、決然と立ち上がり、指導者を厳しく監視し、変革させてゆく波また波を起こしていくべきである。

 それでこそ日本も世界も、初めて「民衆の時代」へと扉を開けてゆくことができる。

 また、広布の世界も、大聖人の御にかなった、麗しき「民主」の世界を広げていけるのである。

 戸田先生の「指導者は民衆の小使い」との指導は、こうした味で、文化史的、社会史的にも重大な義をもっていた。

 先の先まで見通した、本当に鋭き、偉大な先生であられた。この先生の遺言を今、私もを限りに叫びきっている。


 私どもでいえば、いわゆる「権威の指導者」であるのか、それとも「信の指導者」であるのか。

 また、組織の力に安住した「組織悪の指導者」なのか、それとも法の力を身に体した「法の指導者」なのか――自分に絶えず問いかけ、謙虚に自身を磨き、成長していかねばならない。

 また、他の世界の指導者も同様である。


 もはや、「権威」で人を引っ張ることはできない。そうした時代は終わった。また、終わらせねばならない。世界の大きな民主化のうねりも、独裁に対する、傲慢な権威に対する反撃であったと多くの識者は見ている。


 それでは何をもって人々を正しい方向にリードしていくのか。それは、「人間」しかない。指導者論も、要するにその人の「人格」に帰着する。

 それでは、「人間」とは何か。

 法の世界においては、その根本は子への「深き祈り」である。

 友に「本当に幸せになってもらいたい」「安穏であっていただきたい」「健康であり、長寿であっていただきたい」と、真から祈りに祈ってゆく。そして、行動してゆく。その「信」が、最高の「人間」であり、指導者の要件となる。また、その「信の深さ」が、自身の「福徳の大きさ」になってゆくのである。


【第23回本部幹部会 1989-11-18 創価文化会館


 薬害肝炎訴訟を見ていると、つくづく官僚主義の恐ろしさをじる。死人を出しても自分達の責任を回避する姿は、もはや人間ではない。組織の利益を守るロボットと化している。


 米国では1977年12にフィブリノゲン製剤が製造承認を取り消されていながら、どうして日本では1994年まで使用されていたのかという批判がある。1978年1の時点で、ミドリ十字には承認取り消しの事実が伝えられていたのだ。この点を究明しなければ、またぞろ薬害の犠牲者を出す羽目となるだろう。


 資本主義は経済効率を目指す。善悪を無視しながら。例えば、BSE(狂牛病)が発生したイギリスは、原因が肉骨粉にあることを知りながら、自国では規制した後も隣国へは輸出をし続けていた(『もう牛を食べても安心か』)。


 また、1999年のNATO軍(90%は米軍)によるコソボ空爆は、古くなった爆弾の在庫処分が目的だったという指摘もある。


 官僚主義は、人間から魂を奪う。


 学会の草創期は清流の時代だった。それでも官僚は存在した。参謀室の足を引っ張り続けた理事室である。『若き日の日記』をひもとけば、その一端が窺える。


 だが戸田先生は、若き先生を甘やかさなかった。


 午後2時より、輸送会議。最高首脳(理事)たちは、その実態を知らず、現場の青年のやりにくきことを配する。


 先生のおられぬ間の責任は、理事長であり、理事だ。怒りたいい、激し。


 夕刻、先生とお目にかかる。


「やりづらくとも、君たちが、学会を支えてゆくのだ」と、厳しき指導あり。先生の胸中……。


昭和33年118日】


 富士美術館や創価高校・大学をつくる際にも、最高幹部は反対した。挙げ句の果てには、坊主から言われるがままに師匠の首を斬ったのだ。


 そこで、私は敢えて官僚部門を設けることを提案したい(笑)。ブロックから方面に至る各組織に事務方のポストを用する。ブロック事務長とかね。この連中に、報告全般と打ち出し伝達を任せる。折伏も家庭指導もしなくていいよ。その方が、はるかにスッキリするとうんだけどねえ(笑)。本部職員で構成すれば、もっとスッキリするわな(笑)。給料が出ているんだから、文句も出ないだろうよ。


 そして、ラインにおいては「役職番付制」を導入する。これで完璧だ(笑)。

2007-12-12

権威への崇拝と盲従、現状容認と独立心のなさが日本の精神風土


「リーダーは、民衆の小使いである」との戸田先生の指導者論は、実は日本において革命的なものであった。

“お上には逆らえない”“長いものには巻かれろ”“寄らば大樹の陰”――。権威への崇拝と盲従、現状容認と独立のなさが、長き伝統に培われた、日本の精神風土だったからである。

 かつて、その卑屈な精神を撃ち、変革しようとしたのは、明治の啓蒙家達であった。いわゆる「官」(政府権力)と、「民」(民衆の権利)の争いである。

 福沢諭吉は言う。「官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂(へつら)い、毫(ごう/みじん)も独立の丹(たんしん/偽りのない)を発露する者なくして」「日本には唯政府ありて未(いま)だ国民あらずと云うも可なり(言うこともできる)」(『学問のすゝめ』)と。

 また、歴史についても、「日本国の歴史はなくして日本政府の歴史あるのみ」(『文明論之概略』)と断じている。

 明治日本を代表する啓蒙家・福沢諭吉。さすがに的を射た言葉とう。

 また、大学を創立する際など、彼が「私立」の語に込めたいは、「官」に対する「私」の独立――すなわち「独立した個人」の育成であった。

 それなくして、“一人の時には弱く、集団になると強い”精神風土を引きずっていては、「徳川の世」、封建時代と同じではないか、と。

「独立した個人」を育むことの弱かった日本。それは、世界へ向かう姿にも色濃く反映していた。

 かつて述べたこともあるが、戦前は軍事が先に走り、その後を人間がついていった。戦後は経済の後を人間がついていった。いずれも、「集団」や「力」が先行しての進出であり、「個人」、つまり「人間」は“二の次”にされていた。

 これに比べてヨーロッパの人々などは、是非はともあれ、まず「個人」である。「個人」が世界に飛び込み、道を開く。自らの信に従い、「個人」としての責任をとり、行動する。

 こうした精神が太く骨格をなしている。まことに残なことだが、日本にあっては、そうした志、人格、独立精神が深く根づくことはなかった。


 それではどうして「独立した個人」が出てこないのか。指導者の「悪」に従順な人間が多くなってしまったか。

“東洋のルソー”と呼ばれた中江兆民は言う。

「我日本古(いにしえ)より今に至る迄哲学無し」「其(その)浮躁(ふそう/浮かれ騒ぎ)軽薄の大病根(大きな病気の原因)も、亦(また)正に此(ここ)に在り(哲学がないところにある)」「一種小怜悧(しょうれいり/小利口)、小巧知(しょうこうち/小才子)にして、而して偉を建立するに不適当なる所以也(偉の建設に向いてない理由である)」

 また、「我(わが)邦人(ほうじん)は利害に明(あきらか)にして理義(道理)に暗(く)らし、事に従うことを好みて考うることを好まず」(『一年有半』)と。

「哲学」がなく、軽薄で目先のことのみを考え、「考えることが嫌い」なため、愚かな指導者におとなしく従ってきたのだ、というのである。

「哲学」なき人生は不幸である。「考えること」なき人は惨めである。私が現在、様々な角度から長時間のスピーチを行っているのも、一つには皆さま方に、この「考えること」の尊さを知っていただきたいからである。

 ともあれ、こうした文化人の努力も、それなりの義はあった。しかし、抜本的に日本の精神風土を変えるには至らなかった。――その一例が、“大東亜戦争”で権力の前に次々に転向していった文化人といわれる人々の姿であり、権力に迎合したマスコミであった。

 そして今尚、「地位」「人気」「富」にとらわれ、「利害に明るく、道理に暗し」という無原則な生き方をしている人があまりに多い。“あの人には地位がある、お金がある、がある”。だから“を惹かれる”。だから“ついていこう”等――と。しかし、地位や富があることと、人間的偉さとは全く別である。この点を一人ひとりがの眼を開いて、よくよく見極めていかねばならない。そうでなければ、日本自体が国際社会でも決して尊敬されないであろう。


【第23回本部幹部会 1989-11-18 創価文化会館


 哲学とは、物事の善悪を自分で判断する力のことだ。日本漢字能力検定協会が毎年暮れに発表している「今年の漢字」には「偽」の字が選ばれた。本年1の不二家に始まり、政治家の事務所費に至るまで、偽装のオンパレードだった。


 そこに見え隠れしているのは、「皆がやっているから大丈夫だろう」という甘え、「消費者にバレなきゃ構わない」という身勝手、そして、「上からの指示だから仕方がない」という無責任であろう。


 農耕民族は団体戦である。皆で協力しなければ生きてゆけない。波風を起こす行為が毛嫌いされるのは当然だ。こうして「村の掟」が出来上がる。それに従わない者は村八分となる。


 日本に「個人」という言葉が登場したのは、明治17年頃といわれる。それまでは、「個人」という概すらなかったに違いない。


「赤信号、みんなで渡れば怖くない」――これが日本人の精神風土である。「赤信号は危険だ!」と言う人物がいれば、「余計なことは言わないで、皆に従え」というのが世間のルールなのだ。


 大聖人は鎌倉時代にありながら、国主諌暁を断行された。この一事だけでも革命のに値する偉だ。例えば、100人以上従員がいる企で、社長を折伏できる青年部が果たして何人いるだろうか? その上、社長の誤りを指摘するのだ。


 日本の悪しき精神風土は、学会組織にも蔓延している。本来であれば、善悪の基準は御書であるはずなのに、いつの間にやら「組織の論理」がまかり通っている。


 悪いことに対して「悪い」とも言えず、おかしなやり方に対して「おかしい」と叫ぶこともできない人が殆どだ。判断力を失った人々は義務の虜(とりこ)となり、知らず知らずの内に生命力を失ってゆく。「動けば動くほど疲れる。ストレスが溜まる一方だ」――そんなあなたは退転というの崖っ淵に立っているのだ(笑)。


 我が地区、我がブロックに、大善の哲学を打ち込め。役職の権威を叩き伏せよ。

2007-12-11

幹部は“会員の小使い”


 今、世界を「民主」の風が嵐のごとく吹き巡っている。先日も「ベルリンの壁」の崩壊という象徴的な出来事があった。民衆を抑圧する権威や権力を打ち破り、“我らの民主の時代を”との潮流が渦巻き始めている。

「民主」とは何か。それを考えさせるこんなエピソードがある。

 アメリカの開拓時代のこと。ある蒸気船が出発しようとしていた。乗船のため多くの人が列をなして並んでいる。その時、一人の男が列を無視して船に飛び乗った。自分が先に乗るのが当然という素振りである。それは、ある州の議員であった。“何てやつだ”と多くの乗客が怒(おこ)った。男は威張った。「俺は議員だ! 『人民の代表』だぞ!」。人々は言い返した。「何を! 俺たちは『人民』だぞ!」(笑い)。

 議員は言葉に詰まって、並び直さざるを得なくなった――という話である。

「民主」主義である以上、民衆のために指導者がいるのである。指導者のために民衆がいるのではない。

 だが、この道理がいつの間にか転倒されてしまう。

 夏目漱石は『吾輩は猫である』の中で、猫にこんなことを言わせている。

「役人は人民の召使である。用事を弁じさせるために、ある権限を委託した代理人のようなものだ。

 ところが委任された権力を笠に来て毎日事務を処理していると、これは自分が所有している権力で、人民などはこれについてなんらの嘴(くちばし)を容(い)るる理由がないものだと狂ってくる」と。

 漱石は、こうした社会に充満する“狂った人”のことを「泥棒根」と呼んでいる。

「公僕」の自覚をなくし、本来、自分のものでもない権力(立場)を、私用、つまり自分のために使うのだから、「泥棒」と言ったのである。


 戸田先生は、こうした転倒の指導者に厳しかった。昭和29年3度の本部幹部会では、このように語られている。

「幹部は絶対にいばってはならない。抑えてはならない。支部長がどれほど偉いか。会長がどれほど偉いか。みな凡夫である」

「(ただ会長は)絶対の確信にたって、大臣がなにものぞ、天なにものぞという、天波旬も恐れない確信をもっているが、なにも偉くない。もし偉いというならば、それは力をもっているからである」

 そして、「会長は会員の小使いであり、支部長は支部員の小使いである」と。漱石の言う「役人は人民の召使」と同様の“民主の”である。

「小使い」「召使」という言葉は、時代を反映した表現であるが、その本は、人間は一切平等であるとの主張にあったことは言うまでもない。

 学会の幹部も、あくまでも「会員のための幹部」である。会員に奉仕し、献身する存在でなければならない。私も徹底して、この精神でやってきた。これこそ、どんな立場になっても、絶対に忘れてはならない学会の根本精神であると強く言っておきたい。


【第23回本部幹部会 1989-11-18 創価文化会館


 どんぴしゃりの呼吸。小野不一、1ポイント獲得!


 役人も学会幹部も勘違いしているのは、皆さんご存じの通り。


 政治家も官僚も世論には勝てない。世論が最も強いのだ。


 今日存在する最も強い政治力は、機関銃でもなく、銃剣でもなく、世論である。


【『クーデンホーフ・カレルギー全集 5』(鹿島研究所出版会)鹿島守之助訳】


 これは米国においても同様で、戦争を開始する際には、世論を誘導する大掛かりな情報操作を行っているのが歴史的事実である。9.11テロですら、そう見る識者が多い(米国の自作自演)。愛国を煽るためなら、自国の犠牲者も厭(いと)わないところに特徴がある。


 今求められているのは、「民主」から「衆賢(衆愚の反語)」へのステップアップである。一人ひとりが聡明になり、一方的に垂れ流されるメディア情報を賢明に読み解く作(情報リテラシー)が必要だ。そろそろ、義務教育から導入すべきであると私は考える。


 学会幹部は、おしなべて「広布の御用聞き」であれ。しっかりと掃除をして、どんな話でも真剣にを傾けよ。それだけで、人は育つ。