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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-05-10

名聞名利の人が仏法を破壊


 世間的に偉くなった人が、法・信を壊してゆく恐れがあることを注しなければならない。議員とか、社会的な地位を得た人が利に流されて、この美しい和合僧団を、令法久住の清らかな哲学を破壊してゆくのです。五老僧法を破壊した事実を、決して過去のこととして見過ごしてはならないといます。


【「創価学会座談会」/1968-01〜1969-04までの本部幹部会の指導を中に、まとめたもの】


 我慢とは元々法用語で「我、慢ずる」と読む。我(が)を誇って、他を軽んじる。これが、どうして辛抱の味で使われるようになったのかね?


 法は勝負、国法は賞、世法は評判である。世間で評価されると、自分が大きくなったような錯覚を覚える。周りの人も自分の言いなりになる。自分が他人をコントロールするのは快だ。そこでは、自分の人間は不問に付され、力の拡大が目的と化す。ここに権力の落とし穴があるのだ。


 一度でも権力の蜜を味わうと、真面目にコツコツやることが馬鹿らしくなる。だから、馬鹿らしいことを真面目に行う庶民を見下すようになる。


 成功した時、結果が出た時、功徳を得た時が一番危ない。は天界に住むのだ。世間でも“好事多し”というが如し。成功に酔った瞬間から堕落が始まっていることを知るべきだ。


 組織の中でも世法がまかり通っている現実がある。まだまだ、“幹部は偉い”というい込みがある。例えば、「座談会に入ってもらえますか?」と地区幹部・ブロック幹部からお願いすることはあっても、幹部の側から「入れてもらえますか?」と頼むケースは全くない。幹部が踏ん反り返っている証拠といえよう。


 最前線がまともなのは、地区幹部・ブロック幹部が動いているからだ。連絡・連れ出しなどの日常的な営みが、広宣流布覚を正常なものにしている。支部幹部以上でおかしいのが多いのは、動いてないからだ。広布のために、誰よりも早く目覚め、日々怠ることなく動いているのは配達員さんだ。自分の都合で適当な活動しかしてない副会長よりも、無の配達員さんの方が、信の位は上だ。

2006-04-15

師への裏切りから地獄の境涯に


 スバッタにとって、師の慈愛の導きも、ただの「束縛」にしかじなかった。要するに、わがままに好きなことがしたかった。既にの根は腐り、堕ちていた。

 堕落した彼には、師が教える「正法」への従順など、実は面倒この上ないことであった。厳しく正義を説く師の存在も、の奥ではうとましい限りにっていた。

そこで釈尊を「独裁者」のように批判した。すなわち、「法」の支配が嫌なあまり、それを「人」の支配であるかのようにすり替え、中傷したのである。

 それほど嫌ならば、やめればよいものを、釈尊が健在の時は言い出せない。ここに臆病の本がある。

 そして、釈尊が死ねば、もう怖いものはない。“さあ、やっと自由になれた!”。彼は卑しく喜んだが、その自由は、成への厳しき軌道から完全に脱線した。“無軌道の自由”であった。

 否、“地獄への軌道”をまっしぐらに下降していた。そのことに気づかないほど、慢という生命の毒は、人を狂わせる。

 ともあれ、釈尊のいる時といない時とで態度を変えてゆく。状況に左右される。それが、「法」を中としていない「慢」の生命なのである。


 釈尊の時代でさえ、人のはかくも恐ろしい。末法の今、少々の悪人が出ることも、ある味で当然かもしれない。

 私どもは、その本を見破り、将来にわたって絶対に悪のうままにさせない力を持たねばならない。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場


 先生の命を狙った事件があったことを、我々は絶対に忘れてはならない。

 その後、藤原行正は暴力団に金を払えず、逆に自分の命が狙われる羽目となり、国内を逃げ回った。オウム真理教は、司法によって厳しい断罪がなされたのはご存じの通りである。これぞ、還著於本人


 これからも、「先生さえいなければ、自分がい通りに創価学会を動かせる」と猛々しい妄を抱く人物が出てくることだろう。今はおとなしく、猫がネズミを窺うように、目を細めて機を狙っているに違いない。


 どんなに人柄がよくても、悪を見抜けないと幸せにはなれない。我々は、“いい人”であると同時に、“賢い人”、“強い人”でなけばならない。


 悪党は、その根が必ず諸法実相となって現れる。私の父が支部長の時、“御書を畳の上に直接置いた”という一点で、「原島教学部長はおかしい」と見破った。見る人が見れば、わかるものだ。


 官僚主義に毒された幹部を悠々と見下ろしながら、抑えても抑えきれない民衆の歓喜を爆発させてゆこう。

2006-04-14

師亡き後で変節


「法」にのっとり、「法」に従うことを嫌がるわがままな修行者は、いつの世にもいた。釈尊の時代も同じであった。

 釈尊が入滅した時である。スバッタという修行者は、その死を聞いて喜び、他の嘆き悲しむ弟子達にこう言ったという。

「やめなさい、友よ。悲しむな。嘆くな。われらはかの偉大な修行者からうまく解放された。〈このことはしてもよい。このことはしてはならない〉といって、われわれは悩まされていたが、今これからは、われわれは何でもやりたいことをしよう。またやりたくないことをしないようにしよう」(『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』中村元訳、岩波文庫)と。

 まことに人のは恐ろしい。この時、彼のあまりの暴言は人々を不快にし、経典に記録された。そして現代にまで伝えられ、当時の人間模様を生々しく証言している。

「正法」が永遠であれば、正法に敵対した「悪の言」も永久に伝えられる。そして時が経てば経つほど、その醜い根を後世の人々にさらし、正義の人が、正義ゆえに耐えねばならなかったの大きさを物語る確たる「証拠」となっていくのである。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場


 スバッタは、「須跋陀」か?」


 師亡き後、必ず変節する輩が出てくる。五老僧の如し。戸田先生が逝去された時も、次期会長の座を狙っていた人物がいた。広布第二章の途中でいなくなったけど(笑)。会長勇退の時も、先生を引っ込めようと躍起になった幹部がいたのだ。まして、創価学会がこれほど大きくなった今、虎視眈々とチャンスを窺っているような人物も、学会本部にいることだろう。“その時”が来れば、いつでも前を挙げて糾弾してやるよ(ニヤリ)。


 先日、「53日へ 私の希望」と題した高柳婦人部長の寄稿が掲載された。


 女には一途な純粋さがあります。それに比べ、典でも、御書を拝しても、男は、時に野や権力欲に結びつきやすい。師弟を引き裂こうとするがつけいりがちです。

聖教新聞 2006-04-13付】


 読んだ瞬間、「高柳、てめえ、なめたこと書いてんじゃねえぞ、コラ! “退転するのは女が先”と、相場は決まってるんだよ!」とったが(笑)、そうではない。ここに、先生の呼吸があるのだ。


 戸田先生の『人間革命』にこうある。


 嫉妬は女ばかりだとったら大間違いだ。男にも嫉妬がある。女の嫉妬はせいぜい家庭を壊すくらいだが、男の嫉妬は世の中を誤らせることが多い。嫉妬という字に、男偏があってもいいんだ。


 つまり、「男疾 男石」という文字になろうか(笑)。


 嫉妬が人を狂わせる。シェイクスピアは「緑の目をした怪物」といい、イギリスの詩人ドライデンは「魂の黄疸(おうだん)」と表現した。


 将来、学会が分裂するような事態になったら、何をどのように判断すればいいのか? さしたる情報もない中で、末端にいる我々は正しい判断をし得るのか? あの、昭和54年の会長勇退の時のように、またしても我々は弱い立場に甘んじて、沈黙を保つのか?


 悪を見抜くには、どうすればよいのか? 徹底した教学の研鑚と、スピーチを学び抜くしかない。大聖人と先生の“”を知ること以外に、その方途はないのだ。更に、広布最前線で必死の闘争を繰り広げる中でしか培われない“覚”、“嗅覚”を磨き抜くことだ。そうすれば、いかなる立場であろうとも、必ず正邪を峻別できる。


「幹部だから」というだけで尊敬してしまうような面々は、五老僧の後についてゆく結果となろう。


 今、我々に課せられているのは、“一人の弟子”として、どう生きるかである。社会において、組織において、“俺は、池田門下生だぞ!”という叫びが全身に脈打っているかどうかである。

2005-08-03

大事な時に正体不明の人は“五老僧の眷族”


 弘安7年(1284年)10、大聖人の3回忌の折にも、五老僧は誰一人として墓参にも来なかった。あまりにも不知の姿である。

 理屈はいくらでもつくれる。しかし、現実の姿が雄弁に真実を物語っている。いかなり理由を挙げるにせよ、墓参にも来ぬ姿を弁解することはできない。

 このように離反者は、何より一人の「人間として」まともでない。現代の“五老僧の眷属”ともいうべき退転者たちも、まず、人間として顰蹙(ひんしゅく)を買う行動があまりにも多かった。

 また、五老僧と同様に、大事な時に来ないで、陰で正体不明のことをしている人間は、必ず後でおかしくなっている。


【第4回全国青年部幹部会 1988-05-28 創価文化会館


 大聖人が四度の大に遭われた時、五老僧は何をしていたのか不明だ。そして、大聖人亡き後、間もなく変節したのは歴史の事実である。


 昭和33年(1958年)、ある男子部員が電車事故で亡くなった。この方の通夜が128日、しめやかに行われた。この日の先生の日記には以下のように書かれている。


 O君の通夜に、先生より哀惜の言葉くださる由……弟子をう師の姿に涙す。それを夕刻頂戴し、大森のO君の通夜に参列。


 幾人もの同志集う。同志や有りし。私が中になり、ねんごろに読経・唱題す。子供なく、夫人の姿、はじめて見る。


 最も、O君と関係のある、F君、遂に通夜に来たらず。無慈悲な男よ。彼の行動に、憤りをじ、彼のために悩む。人のは、大事のときに、明確になりゆく教訓を知る。


【『若き日の日記』(下)】


「F」とは、後年、都議会議員まで務めながら退転し、あろうことか池田先生の殺害を暴力団に依頼した卑劣漢・藤原行正である。部隊長の役職がありながら、後輩の通夜にすら駆けつけることのないデタラメな幹部だった。


 戸田先生は24日に、「小野君の死を悼む」と題した一文を認(したた)められている。内容から察すると、多分、隊長クラスの役職があったとわれる。


 先生が抱かれた杞憂は後に的中する。ここで、「なぜ、そんな人物を登用したのか?」という疑問が湧く人は、本当の味での人材育成を知らない人だ。問題があったとしても、相手の未来を信じ、後輩が成長するチャンスを常に与えるのが、学会の人材育成法なのだ。退転者・反逆者を、どれほど多くの幹部が守ってきたか計り知れない。その期待に甘え、裏切った連中を、我々が許すことは断じてない。


 連絡・報告に乱れのある人物は危ない。集まるべき場所へ、平然と遅れてくるメンバーも同様。生活が“広宣流布”になってない証拠だ。

2004-12-19

日興上人と五老僧


 日興上人は、師敵対の五老僧らの変節の姿を一面では嘆かれつつ、胸中では悠然と見下ろしておられた。そして、今日の世界広布の「時」を、はるかに遠望されていた。

 私どもは門下として、この偉大なる御境界を深く、また真摯に拝していかねばならない。この日興上人の御確信を仰いで、私も世界の広布に走った。御書の翻訳も厳たる軌道に乗りつつある。

 そして今、いかなる不議な約束であろうか、まさにこの時に、はるか世界の各地から、使命の若人たちが一時に集いきたった。日興上人の仰せを、そのまま実現するため、世界の広宣流布のために立ち上がった青年リーダーたちである。私は、その輝くばかりの凛々しき姿を最大にたたえたい。

 ご承知の通り、五老僧は権力の迫害を恐れ「天台沙門」と称した。天台宗の権威のカゲに隠れ、「私は天台の弟子です」と乗ることで、圧迫を避けようとしたのである。

 それは大聖人門下としての「誇り」を捨て去り、泥にまみれさせる背信であった。権力への卑屈な迎合による自らの「保身」である。退転者のこの本質は、いつの世も変わらない。

 大聖人の法は悪しき権威・権力と、真っ向から戦う民衆の宗教である。にもかかわらず、世間の権威にすり寄り、権力にこびへつらい、ただ見ばえと格好の良い方へと、信を捨て転身していく。その根底は卑しく、臆病な「保身」以外の何ものでもない。要するに、権威に弱い自らのに負けただけの話である。

 そうした“格好主義”の権威主義的な体質は、彼らの行動のいたるところに表れている。大聖人の御書の扱いにおいてもそうだった。

 五老僧は、天台宗の漢籍(漢文で書かれた書籍)を重視した。現代でいえば、殊更に“横文字”を重んじたり、しい哲学書を、わかりにくいがゆえにありがたかったり(大笑い)する態度に通じよう。

 そして、彼らは最も大切な師・大聖人の御書を見くだし、バカにしていった。特に大聖人が在家の門下のために、わかりやすい「かな文字」で書かれた御手紙に対する軽視と蔑視は、まことにはなはだしいものであった。

 彼らは、大聖人御直筆の御書をあろうことか、すき返して新しい紙にしたり、焼き捨てさえした。もしも後世に残すのならば、漢文に書きかえよとも主張した。

 何という増上慢であろうか。彼らの根底には、大ある師をも侮るがあった。御本に親しく教えを受けながら、その偉大さが彼らには全くわかっていなかった。哀れというほかない。

 次元は異なるが、かつて戸田先生の指導が、あまりにもやさしく、かみくだいて説かれているゆえに軽く見た人間もいた。五老僧らの慢に通じる姿であろう。

 そうした中、日興上人ただ御一人が、大聖人の御法門を完璧に令法久住せねばならないという大責任のもとに、懸命に御書の収集と筆写、保全に当たられた。また門下に御書を講じ、大聖人の正義を伝えきっていかれた。

 その日興上人の赤誠をも、五老僧らは「先師の恥辱を顕す」(1604頁)、すなわち“かな文字の御書を残すのは、大聖人の恥を顕すようなものだ”と誹謗する始末であった。

 まことに根底の「一」の狂いは恐ろしい。はじめは目に見えない、わずかな一の狂いが、やがて常軌を逸した振る舞いとなって、表面にあらわれてくる――。

 大聖人は「よくわかるように」「に入るように」と、庶民を抱きかかえられながら、かな文字を使い、わかりやすい言葉で大法を説き、残してくださった。

 その師匠の大慈大悲の御五老僧は踏みにじった。浅はかというには、あまりにも醜い根である。日興上人は彼らに巣食った「民衆への蔑視」を、また、その裏返しにほかならない「権力へのへつらい」のを厳然と破折しておられる。

民衆を守り、正法を守るためには、謗法とは一片の妥協も許されない。どこまでも、厳格な上にも厳格に処していかねばならない。

 それが日興上人の御精神であるし、学会精神である。要領よく妥協した方が、ある味で“利口”に見える場合も多い。しかし、信は信である。臆病なる妥協は、信の死を味する。

「民衆蔑視」と「権威へのこびへつらい」――五老僧を師敵対の転落の道に追いやったのは、他の誰でもない、彼ら自身であった。総じて、いかなるもっともらしい理由をつけようとも、退転は本人自身に原因がある。本人が悪いのである。

 にもかかわらず、自分の行き詰まりや不幸を、他人のせいにして、人をうらみ、憎んでいくのも退転者の常である。

 また、仮に退転や反逆の姿を現していなくとも、組織上の立場や、様々な権威を利用し、庶民を蔑視して、いばり、横暴に君臨していく――そうした行為そのものが、すでに五老僧に通じる「悪」であることを鋭く見抜かねばならない。そして芽の内に摘み取っておかねばならない。

 そうでなければ、いつしか組織の中でガン細胞のように広がり、その結果、本当に真面目(まじめ)で、純真な庶民がしんでしまう。指導者として、それは絶対に許すわけにはいかない。

 組織の拡大とともに、どの宗教もたどってきたであろう、こうした宿命的ともいうべき悪しき傾向に対し、私は身を挺して戦っているつもりである。

現存する大聖人の御書の御正本(しょうほん)には「ふりがな」がつけられている場合がある。その多くは日興上人が、門下が拝読しやすいようにと、御自ら筆を入れてくださったものである。

 五老僧と何と大きな違いであろうか。日興上人は大聖人の御を御とされ、世界の民衆のために、正しく、厳として大法を護持してくださった。

 そして「民衆のために『かな文字』で書かれた御書が、やがて必ず世界中の言葉に翻訳される。その時を見よ!」と大宣言しておられる。

 まさに今、「その時」が来たわけである。

 ともあれ、どこまでも民衆を愛し、「民衆の大地」に根ざしていく――これ以外に正しき広宣流布の大道はない。この大道こそが、大聖人の仰せである「一閻浮提の流布」へと真っ直ぐに通じている。

 かつて学会は「貧乏人と病人の集まり」と侮蔑された。しかし、実はそうした最もしんでいる“庶民の中の庶民”の海に飛び込み、傲慢な権威からの侮蔑を受けきって、民衆と共に走り抜いてきたからこそ、今日の世界的な、壮大な発展がある。

その歩みはまた、お一人お一人の人生の凱歌の歴史でもある。


【第7回本部幹部会 1988-07-26 創価文化会館


 この師ありて、大聖人の精神が現代に脈々と蘇ったことを、しみじみとずる。


 開目抄に云く、


 濁世の悪比丘はの方便随宜の所説の法を知らず悪口し顰蹙(ひんしゅく)し数数(しばしば)擯出(ひんずい)せられん(224頁)


 この「数数見擯出(さくさくけんひんずい)」という法華経の文は、開目抄だけでも3ヶ所にわたって書かれている。大聖人は伊豆と佐渡へ二度、流罪された。池田先生は二度にわたって日蓮正宗からを受けた。「少少のはかずしらず」(200頁)という状況だったことことは容易に像がつく。


 創価ルネサンスは、現代における大乗精神の復興であり、民衆が主役となる時代を開く運動であった。民衆という大地を離れた・運動は必ず衰退してゆく。民衆のを知り、民衆のを高め、民衆を蘇生させてゆくのが我等の闘争だ。民衆からの支持を失ったリーダーは、所詮、権威主義の虜(とりこ)であり、民衆を踏み台にして自分の地位を上げることに余がないのだ。


 だから、自分の見も言わず、じっと我慢しているような姿勢は、創価の精神ではない。波風を立てないことが団結だとったら大間違いだ。互いに腹蔵なく話し合って、時にぶつかり合い、誤解を乗り越えるまで話し合うのが本来の姿であろう。


 幹部におべっかを使う者、幹部がいると態度が変わる者は信用ならない。掌(てのひら)を返すようにコロコロとを変えるような手合いが、いざという時に後輩を守れるはずがない。


 五老僧の歴史はあまりにも重い。大聖人の側近中の側近ともいえる6の内、5人が信を全うできなかったのだから。実に17%という確率だ。


 先生は今、次の1000年をにらんで指導して下さっている。その指導をわかったような気になってたり、自分勝手に考えたりするようなことがあれば、五老僧になりかねないことを肝に銘じておきたい。