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2009-01-22

『人生問答』池田大作、松下幸之助


 富岡氏より以下の内容を送っていただいた。与えられる立場に甘んじる人が多い中で、貴重なテキストをお寄せしてもらい、より謝申し上げる。


闘の体験は


池田●青年に、未来への希望と行動の確信を与えるものは、どんな理論や高邁(こうまい)な教説より、先達の確かな人生体験にすぐれるものはないといえましょう。そうした味で、貴方がこれまでの半生で、最も労し、身を削られたという、闘の人生史の一ページを、お話しいただければ幸いです。いつ、どのような問題で格闘されたのか、また、そのさい、何をよりどころとし、信として打開されたかを、おうかがいしたいといます。


下●これまでの私自身の半生で、一番労したのはどんな時かというご質問ですが、実はこの種のご質問が一番お答え申し上げにくいのです。と申しますのは、正直のところ、自分の歩みを、今静かに振り返ってみて、あの時は非常にしかった、大変な闘であったというじがあまりしないのです。他人からみて闘とわれることはあっても、自分ではそのなかに常に喜びというか希望が輝いており、そのため労というじがなかったのかもしれません。

 ただ、私は幾分神経質なせいもあって、あれこれ考え悩んで一晩眠れないといったことなら、これは何度もあります。たとえば、こんなこともありました。

 私が事を始めてしばらくして、50人ばかり人を使うようになった時、そのなかに一人ちょっと悪いことをする者があったのです。それで、そんな人がいて困ったなとったり、その人をやめさせたものかどうか迷ったりで、一晩気になって寝られません。

 ところが、あれこれ考えているうちに、ハッと気のついたことがあるのです。それは、今、日本に悪いことをする人が何人いるかということです。そうすると、いわゆる法を犯して監獄に入っている人がかりに10万人とします。ところが、法にはふれずに、軽罪、微罪で見逃すという人は、その3倍も5倍もあるでしょう。50万人もいるかもしれない。それではその人びとをどうしているかというと、べつに日本から追放するでもなく、国内にとどめています。

 当時は戦前のことで、天皇陛下は神様のようなものでしたが、その天皇陛下の御徳(おんとく)をもってしてもそういう悪いことをする人を少なくできない。しかも、ごく悪い人は監獄へ隔離するけれど、それほどでもない人はこれを許しておられる。それが現実の日本の姿だとすると、そのなかで仕事をしている自分が、いい人だけを使って仕事をやるというのは虫がよすぎる。天皇陛下の御徳、御力をもってしてもできないことを、一町工場の主人にすぎない自分がしようとってはいけない。そう気がついたのです。そう考えると気分がスーッと楽になりました。そして、その人を許す気になったのです。それから後は、そういう考えにたって大胆に人が使えるようになりました。

 ですから、そういう悩みから、いわば一つの悟りをえたわけで、今となってみれば闘でもなんでもなく、あれもいいことだったなという慨が残っているのです。

 結局、私の場合、その日その日を精いっぱいに努力してきたということに尽きるようにわれます。そして、その過程のなかには、常に希望があって、それが労とか闘をじさせなかったのではないかとっております。


【『人生問答』池田大作下幸之助(潮出版社、1975年)】


 下政経塾出身の政治家は、創立者である下氏の魂を知れ。下幸之助は偉大な実家であった。とするならば、政治が虚であっていいわけがない。与野党が衆院選の駆け引きに終始している。国民を愚弄するにも程がある。

『新・人間革命』


 下幸之助と山本伸一が、互いの質問に対する回答を、ほぼ終えたころ、『週刊日』の編集者から、これを公開してはどうかとの話があった。下も、伸一も、もともと公表を図して始めたものではなかった。

 しかし、編集者の熱な勧めに従い、二人は了承した。

 編集者は、300の問いと答えのなかから、時局にふさわしいテーマを選び、1974年(昭和49年)1011日号から連載を開始した。そして、往復書簡は、75年(同50年)の627日号まで計35回、8カ半にわたって連載された。それでも、掲載された分は、交わした書簡の3分の1ほどであった。

 6の下旬、連載の終了にあたって、下と伸一は会談した。その折、『週刊日』には掲載されなかった、人生や人間などについて論じ合ったものなど、すべてを収めて本として残してはどうかということになった。

 そして、この年の10に、『人生問答』のタイトルで、上下2巻の単行本として、潮出版社から発刊されたのである。各質問と回答は、「人間について」「豊かな人生」「宇宙と生命と死」「繁栄への道」「宗教・道徳」「政治に望むこと」「社会を見る目」「何のための教育か」「現代文明への反省」「日本の進路」「世界平和のために」の11章に分類された。いかに多岐にわたる書簡が交わされたかが、よくわかろう。

『人生問答』は、伸一にとって、財界人との初の往復書簡集となった。これを読んだ学会員は、下の見が、法の考え方に極めて近く、多くの点で、伸一の主張と見事に共鳴し合っていることに嘆した。

 天台大師は「一切世間の治生産は皆実相と相違背せず」と述べている。治生産とは、社会生活や生産活動など、世間における人びとのさまざまな営みである。それは、法と決して別のものではないというのだ。

 ゆえに、社会の一流の人物の生き方、考え方は、法と響き合うのである。


【新世紀 52/聖教新聞 2009-01-22】


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