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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-07-12

創価学会・公明党問題の真の論点


【小林節(こばやし・せつ)】慶応大学教授。弁護士。日本海新聞・大阪日日新聞客員論説委員。1949年東京都生まれ。1977年慶応大学法学部博士課程修了。ハーバード大学客員研究員。法学博士。『憲法守って国滅ぶ』(KKベストセラーズ)、『そろそろ憲法を変えてみようか』(致知出版社)ほか多数。


 人間には皆、信教の自由が保障されている(憲法20条)。だから、誰でも自分が「正しい」とう教義を信じそれを実践する組織に参加する自由がある。それは、かつてのオウム真理教のような犯罪集団でない限り、各人の自由で、他者(特に国家)が介入すべき事ではない。


 だから、日蓮法(の現代版としての池田法)を信ずる人々が創価学会に集うことはその人々の自由である。


 そして、創価学会が、教義である立正安国(つまり、国家権力が正しい考え方に従ってこそ、国民が大切にされる平和な時代が来る…という考え方)を実践するための政党(つまり公明党)を作ったのも、その信者たちの自由である。


 その結果、公明党の候補者の選定から選挙運動に至るまでを創価学会が担うのは、信教の自由の一環であるとともに会員たちの参政権(憲法15条)の行使でもある。


 にもかかわらず、創価学会に批判的な人々は、同会と公明党の親密な関係を、あたかも重大な秘密(つまり悪事)ででもあるかのごとく指摘(つまり暴露)してみせる。それに対して創価学会は、そのような事実が現に存在しそれは上述のように何もやましい事ではないのに、あたかもそれを後ろ暗くっているかのように隠そうとする。


 また、一般に宗教というものは、本来的に堕落した存在である人間の人格の向上を助けるものであり、そういう味で、修行の手段、訓練として各人の「自己否定」を求めるものである。その点で、それが宗教政党であっても、議員という権力的地位を経験した者は、ともすると傲慢(ごうまん)になりがちで、その点を宗教上の指導者が厳しく指導することはあるだろう。それに対して、政治家が「信者」としての敬虔(けいけん)さを取り戻せばよいのだが、人間としてのプライドが先行して自己否定できず反発した場合には、宗教側は、原則どおり、退(ひ)くに退けない状態になってしまうだろう。


 だから、それが、「限度」を超えて法的紛争になってしまった場合に法廷で判断されるのは仕方ないとしても、そのような宗教的本質の紛争を、他党が党利党略から議場とマスコミを使って裁こうとすることは、慎むべきであろう。


 他党(特に野党)が公明党に問うべきは、「人権と平和」の公明党が政権に参加したことによりこの国が良くなったか?である。


【大阪日日新聞 2008-07-08】

2007-11-27

授業で聞いた正視眼の声


 願かなってこの4から、法律学を学ぶ大学1年生です。後期から履修している「憲法」の講義で、教授が発した言葉に驚きました。

 その教授は「自分は無宗教で、あくまでも私的見解」と前置きしたうえで、「わが国における力ある宗教が創価学会である。日蓮によって訓練、淘汰された信に基づく規範識は、法律学的観点から見て、非常に優れた宗教であると言える」と。

 さらに、「宗教的規範とは規範識の中で最も高次元のものであり、その優れた宗教規範を根幹として政治活動を行う公明党は、日本の政党の中において特に信頼に値する政党であるとう」と。

 池田先生学会に対する世界からの顕彰は、本紙や学生部の会合を通してよく知るところでしたが、身近な大学の教授が学会の理を正視眼で理解してくださっていることに大変激して、うれしくいました。(後略)


【「」三重県四日市市 板谷将志(学生)18歳/聖教新聞 2007-11-26】


 文中、「淘汰」とあるが「陶冶(とうや)」の聞き間違いであろう。

2007-10-29

『池田大作の軌跡』第2巻 


佐藤●今、発刊された、池田先生の評伝『平和と文化の大――池田大作の軌跡』第2巻(潮出版社)が好評だ。


金沢●その通りだ。各界も絶讃しているようだ。芥川賞作家の又吉栄喜氏も賞讃していた。「真剣に生きた人生はドラマになる。引きずり込まれるように一気に読みました。生きる希望を与えられた」と語っておられた。


河西●外務省元主任分析官の佐藤優氏も述べている。ロシアについて描かれた章を読んだ所だ。「池田大作氏が日ソ(露)関係でまさにキーパーソンとして重要な役割を果たしていた事実が明らかにされた義は、とても大きい。私自身が目撃証人であるが、1991年4ゴルバチョフソ連大統領の訪日は、池田氏の尽力なくして実現されなかった」。明確に証言していた。


聖教新聞 2007-10-25】

池田大作の軌跡 2―評伝平和と文化の大城 (2)

2007-09-24

コワレンコ氏(ソ連)


 コワレンコ副会長は、1974年に誉会長が初めてソ連を訪問し、コスイギン首相と会見した折の模様を述懐。

誉会長との会見の後、首相は『これほど賢明で、優れた指導者には今まで会ったことがない』と賛嘆し、『創価学会との友好交流が更に深まるよう、あらゆる努力を重ねていくべきだ』と語っていた」とのエピソードを紹介した。

 そして同副会長は、「この時から、ソ連は日本にとって一段と開かれた国となったといえるし、この時こそが、ソ連と日本の民間外交の原点ともなったとう」と述べた。


【コワレンコ・ソ日協会副会長と会談 1989-09-20 聖教新聞社】


 本当の前は「怖レンコ」氏である(笑)。その立ち居振る舞いは傲然+憮然。連載中の『新・人間革命』にも、ソ連訪問の模様が描かれている。当然ではあるが、書けないことも多い。相手は共産党宗主国の政治家だ。一筋縄で行くはずがない。


 我々は気軽に「人間外交」などと言っているが、我が身を振り返ると、仕事で付き合う人との友好すら困な有り様だ。


 大言壮語は控えて、まずは隣人を大切にしよう。

2007-08-13

SGIは「組織のための信仰」でなく、「個人のための信仰」が貫かれている


 世界各地でSGI創価学会インタナショナル)の運動が注目され、その卓越

が評価されている。そういう時代に入った。

 アメリカの著宗教ジャーナリストであるクラーク・ストランド氏も、創価の人間主義に期待する一人である。

 氏は最近も、こう語っておられた。

創価学会の創立によって、教の本格的な国際化が始まった。私は、そう見ています」

SGIは、驚異的で強力な組織を持っています。しかも、そこに属する会員は、

個人が高いレベルで自らの力を発揮しています」

 世界の識者は正視眼で評価する。

 一人ひとりが自分らしく力を発揮し、幸福になっている。ゆえに、SGIは世界中に広がり、強い組織になった。

 一人も残らず友を幸福に──ここにリーダーの責務がある。なかんずく最高幹部は、会員の幸福のために捨て身になって進んでいくことだ。

 さらに、ストランド氏は分析されている。

組織が人々を制限しすぎると、組織は発展しません。しかし、制限を取り払うと、組織は分解してしまいます。

 その点、創価学会は、絶妙なバランスを保持しているといます」

「そのカギは、組織がコミュニケーションを大切にしていることにあるのではないでしょうか」

SGIには、『組織のための信仰』でなく、『個人のための信仰』の実践が貫か

れています」

 だから、学会は伸びている。それがいかに至なことであるか。識者の目は

鋭い。

 その事を成し遂げる根本の力こそ妙法である。信の団結である。師弟の精神である。


【東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-16 長野研修道場


 勘違いしちゃいけない。SGIの話だからね。日本にそんな組織はないよ(笑)。


 日本の伝統を踏まえると、組織は家族中にした方がよい。日本人は自己主張が手で、議論が成立しない。つまり、「個人」が確立するまでには、まだまだ時間がかかる。


 ものは試しで、一家で座談会をしてみてはどうだろう? ま、お父さんの御書講義は、綺麗事だけじゃ済ませられないはずだ(笑)。


 今の青年部の力では、まともな人材育成は困である。親が、きちんと子を育てた方が手っ取り早い。で、時々、別の家族と交流座談会を行う。結構、盛り上がりそうな気がするね。


「本音を言わせない」、「本音も言わない」――そんな会合は出るだけ時間の無駄だ。途中で帰るべきだと言っておこう。

2007-06-13

パンディ副議長(インド国立ガンジー記念館)


 25歳の時、(パンディ)博士は師(ガンジー)の逮捕に抗議するストライキの指揮を執った。無抵抗で横たわる博士らを騎兵隊が馬で激しく踏みつけた。博士は膝を砕かれた。

「私はかつて権力に立ち向かい、投獄され、その結果、満足に歩けない身体となりました。だからこそ私には、池田会長のご労がよくわかるのです」

 海を越え、杖をつき、一歩一歩を踏みしめながら、はるばると博士は来日した。誉会長を求めて。


誉会長アルバム 対話の十字路 第63回/聖教新聞 2007-06-13付】


 私は弟子を乗っているが、先生のことをまだまだわかってないのかも知れない。学会という組織の内部では、それなりに戦い、結果も残してきたつもりだが、社会を変革するほどの結果は出していないのだ。

ゴルバチョフ元ソ連大統領


「私も、人の評価がどうであろうが構いません。それよりも、池田会長と共に仕事をすることができれば、それでいいとっています」




「今日は池田会長にお会いし、義深い語らいができ、本当に動しています。

お会いするたびに、会長のの深さと言葉の高みに動するのです」


【2007-06-11 東京牧口記会館

2007-05-28

安斎伸


教の普遍を現代に証明


◎卓越した指導で社会に有為な人材輩出

師の気高き信仰に賭けた半世紀

 池田誉会長は、創価学会を国内においてのみならず、SGI創価学会インタナショナル)として千波万波のごとく世界に拡大され、大宗教教団に発展させられました。しかも、創価学会SGIを一つの信共同体として一致結束せしめた、その指導力はまさに驚嘆に値するものです。


 なぜ、このような発展が可能だったのでしょうか。


 アメリカの社会学者・リースマンは、現代人をの故郷を失った「孤独なる群衆」と呼びましたが、現代における教団形成には、こうしたの故郷を失った現代人にの故郷を与え、理を持たせ、欲を喚起させ、信共同体を結成、拡大させることが求められているのです。そして、誉会長はこれらを見事に実現されたのです。


 更に教団形成には一致した教え、教義が必要ですが内に対しては日蓮大聖人の法を研究、理解、実践され、会員の宗教を高めるのみならず、現代日本において宗教の再生に貢献されました。


 また外に対しては、世界的な反核・平和運動をグローバルに展開し、教の普遍を現代に見事に開花されています。これらは誉会長の現代的な見識によってなされたものです。


 SGIは、また国際的な文化活動を積極的に展開しています。こうした学術・文化活動に対し、誉会長が国連平和賞をはじめ、各国、各大学から数多くの誉称号を受けておられるのは、その方面における貢献が高く評価されているからです。


 更に学問の振興と学者の育成にも力を注がれている点は注目されます。例えば東洋哲学研究所の発行する『東洋哲学研究』は、国際的にも高いレベルにあります。


 創価大学所属の研究者が国際学会において発表する機会も多くなっています。先、フランス・トゥルーズで行われた国際宗教社会学会においても創価大学教授、東洋哲学研究所研究員が活躍し、ポワイエ会長、ドベラーレ博士、ウィルソン博士、アイリンバーカー博士らからも高い評価を得ていました。


 また誉会長は自らも、世界的な歴史家トインビー博士、平和学の創始者ガルトゥング博士などの学者、文化人等との対話も重ねられ、数多くの対談集を刊行されています。これら多くの学者が誉会長に接し、創価学会を高く評価していることを忘れるわけにはいきません。


 誉会長の績はこれら様々な点から論じられますが、なかでも学会の将来を展望しつつ、青年、学徒の育成に情熱を注がれていることを見逃すことは出来ません。青年、学徒に期待し、彼らを育成する誉会長の熱は、青年に贈る詩、また近刊の『青春対話』などからも明らかです。


 時は過ぎゆくものであり、21世紀は現在の青年に託す以外にありません。誉会長が語るように青年を鍛えることが盤石な21世紀を築くことになるのです。その味でも、学会が優れた青年たちを世界に輩出していることは、頼もしいかぎりです。


 また青年だけでなく、一般会員の教学の深化にも力を注がれています。これは宗教として非常に大切なことです。ただ単に説教を聞かされるだけでなく、会員が自ら教学を研究するなかに、宗教にとって大切な個々人の新鮮な動が生まれるからです。しかもそれらは決して解な教学論ではなく、だれにでも理解しやすいものであります。


 注目すべきは、このような会員への指導を広く浸透させるなかで、創価学会における婦人層の活動を高められたことです。誉会長は折々の指導のなかで、広宣流布における婦人の使命と希望への道を示されています。


 誉会長のこれらの期待に応え、婦人が広宣流布に惜しみなく力を注いだからこそ、今日の学会があると言っても過言ではありません。これはまた、21世紀に更に学会が発展する大切な基盤でもあります。


 平和・文化・教育と多分野に及ぶ誉会長の50年にわたる広宣流布の努力を見るとき、それは戸田第二代会長に賭けた人生と見ることができるのではないでしょうか。


「信仰は賭けである」とは、フランスの哲学者パスカルの言葉ですが、“信仰に生きる”とはまさに一つの“賭け”であり、そこに一身を投ずることでしょう。


 誉会長の原点には、戸田会長と出会い、獄中でもなお屈しない、その人の気高き信仰に自らの人生を投じる19歳の青年の純粋な賭けがあったと私にはえるのです。


 生命を賭して、時の軍部政府に抗い、信仰を貫いた牧口初代会長。その志を継ぎ、戦後の荒野に一人立たれた戸田二代会長。そうした希有(けう)な指導者が賭けた信仰に、誉会長も賭けられ、その初、生き方を貫くことで信仰を深化させ、また深めていくことで揺るぎない信仰の基盤を築かれたのでしょう。


 それが誉会長の50年間の信仰を決定づけるものになっているのではないでしょうか。


 創価学会SGIの活動を実際に目にすると、その活動は非常に開放的であることがわかります。また世界の平和を訴え、各国の文化を尊重していることに気付きます。現代は多様化、多元化の時代です。誉会長自らSGI会長として他国の文化に深い理解を示すからこそ、各国が厚い信頼をSGIに寄せているのです。


 近年、創価学会は宗門と離れ在家教団としての道を歩み始めましたが、開放的、革新的な学会と、閉鎖的、保守的な宗門とを比べれば、これは避けがたい必然的な結果であったと私は見ております。


 平和・文化・教育の価値も理解できず、伝統に固執し、権威と力で信徒を押さえ付け、時代錯誤に陥った宗門。そこから独立しなければ、創価学会もやがては独善的、閉鎖的な教団として終わってしまい、未来も世界も絶たれていたことでしょう。


 この事実を日本の識者、ジャーナリストらは知らなければならないのですが、全く理解していない。宗門も然りですが、私はそこには一種の嫉妬があるからではないかと見ております。


 かつて私自身、「なぜ、創価学会を支持されるのですか」との質問を受けたことがあります。


「学会には倫理があるからです。を敬うがあるから、私は学会に惹(ひ)かれるのです」と答えました。


 宗教倫理なき時代に学会の果たす社会的責任はますます大きくなっていると申し上げたい。


 誉会長には、これまで通り、学会としての宗教を押し出しながらも、他国の文化を尊重し、これらと協力し、平和運動を進めていかれることを望んでおります。またこれを通じ、会員はもちろんのこと、日本人の宗教の育成につとめていただきたいと願するものです。(談)


《上智大学 安斎伸誉教授(あんざい・しん)/1923年生まれ。東京大学文学部宗教学科卒。ウィーン大学社会学科博士課程修了。主にキリスト教の立場から、宗教と社会の関わりなどについて研究を重ねてきた。著書に『宗教と社会変動』『南島におけるキリスト教の受容』等がある》


創価新報 1997-08-20付】


 清水紀行氏のサイトより転載させて頂いた。より謝申し上げる次第である。