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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-11-10

もう一歩の執念、粘り、努力、配慮


 さて、小堀遠州(えんしゅう)は、万事において磨きに磨き上げた完成品をつくり上げるまで、絶対に妥協しない人であったようだ。真実の信の人、また何事でも本物をつくろうとする人は、決して安易な妥協はしない。ここに世間でいう、いわゆる「一流」と「超一流」の違いがある。

 本当の本物をつくり上げるためには、もう一歩の「執」、もう一歩の「粘り」、もう一歩の「努力」、もう一歩の「配慮」が鍵となる。それはすべての分野においていえる。どうか、中部の皆さま方も、自身の人生の建設に、また地域広布の発展に、この「もう一歩」の努力を、最後まで忘れないでいただきたい。


【中部記幹部会 1988-03-28 中部池田記講堂】


 会合の前半で、「朝の敗北は一生の敗北に」と指導されている。


 古屋天守閣をつくり上げたのは加藤清正。そして、作事奉行が小堀遠州だった。遠州は後に、桂離宮などを設計。書や画、また建築や庭園なども含めた「総合芸術としての茶道」を確立した。遠州流茶道宗家第十二世の小堀宗慶(そうけい)氏は、何と先生のご自宅のお隣に住んでいるとのこと。


 人間革命とは端的にいえば、「できなかったことが、できるようになること」だ。スポーツに例えるとわかりやすい。捕(と)れなかった球が取れるようになった、打てなかったコースにスマッシュを決めれるようになった、などなど。


 芸術家やプロスポーツ選手は、縁覚界の衆生である。彼等の言葉が味わい深いのは、自分自身の限界を打ち破って、孤高ともえる境涯を獲得しているためであろう。これを法用語で“独覚”という。一流の職人にも共通する世界だ。


 彼等は、“ほんの少しの前進”を勝ち取るために、熾烈な格闘を続けている。才能+努力では足りない。それまでの自分を捨て去り、破壊するほどの覚悟がある。“積み重ねられた力”は、土を盛って少しずつ大きくなるボタ山のようなものではなく、破壊と噴火を繰り返すマグマをわせる。


 野球の場合、「あと一歩」の守備範囲が試合の勝負を決することも珍しくない。たった10cm、20cmの距離が、それまで積み重ねてきた皆の努力を木っ端微塵にするのだ。打撃に至ってはミリ単位である。


仏法は勝負」とは、法は戦いであるということだ。「頑張ったけど、負けました」――これは法に非ず。勝負を決する要素には、天の時、地の利、人の和がある。しかし、すべて我が一に収まっている。戦いが進んでゆくと、どうしても戦っていること自体に満足し、油断が生じる。勝利を見失う瞬間である。そこから、もう一歩戦い抜く。これが、人間革命だ。1時間の唱題をする。そこから、もう5分やり切る。これが戦いなのだ。


 是は御ために申すぞ古への御ざし申す計りなし其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりもつよかるべしとおぼすべし、例には他を引くべからず(1220頁)


 見えるところだけで戦っている内は、30点(笑)。

2005-07-16

執念が破竹の勢いを生む


 山本伸一は、戸田城聖のもとで、また、文京支部にあって、不眠不休の闘争を展開していた。

 そのなかで、男子部総会まで2週間を切った127日にも、再び伸一は、総結集を呼びかける檄文(げきぶん)を送った。

 その文面には、“全部員を義ある大総会に参加させたい。参加できずに、生涯、悔いを残させるようなことがあってはならない”との、情熱がほとばしっていた。

「残り13日、人生をかけた戦いをしよう!」

「自分の新しい歴史をつくる挑戦をしよう!」

 皆が発奮した。断じて勝つとを定めた同志の力はすさまじかった。全員が一騎当千の闘士となった。

 行き詰まっていた班も、次々と壁を打ち破っていった。それまでの2倍を超える結集の確認ができた班もあれば、弘教を実らせたメンバーが続出した班もあった。

 人間は計り知れない力をもっている。執がその底力を爆発させた時、破竹の勢いがつくり出されるのだ。


【『新・人間革命』「民衆」23 聖教新聞 2005-06-20付】


 今日は、大聖人北条時頼に対し、「立正安国論」をもって諌暁された日。


 現実を変革する力のない宗教は、形式を重んじるあまり、葬式教と化す。現実を打開する力のある宗教は、他者と関わり、社会と関わらざるを得ない。一人の生命を変革するその力は、政治・文化・教育など、ありとあらゆる人間の営みに発揮されるのは当然のことだ。ここに、我々が、政治と取り組む本質的な動機がある。


 東京議会選挙の投票日まで、あと13日と迫った日に、この『新・人間革命』は新聞に掲載された。師匠の大号令に震えるほどの激をもって立ち上がったのは、私だけではあるまい。もったいないことではあるが、今回の勝利は、先生の陣頭指揮による賜(たまもの)であることを痛した。また、“東京こそ主戦場”と、全国から多数の同志が駆けつけて下さった。中には、言うに言われぬ境にあった方も、いらっしゃったことだろう。一切を投げ打って、東京勝利のために奔走された数多くの同志に、から謝申し上げたい。


 我々在京のメンバーは、この大を絶対に忘れてはならない。そのためにも、下半期の戦いは、東京が先駆を切って参りたい。