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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2005-07-25

ドアの開け方ひとつで、その人の悩みがわかる


 法は最高の生活法です。戸田先生の質問会は、まさに庶民を救う“智の道場”でした。病気や失から借金、夫婦喧嘩まで、あらゆる人生の悩に、信の大確信でずばりと核を衝(つ)いた指導をされていた。先生の激励で、参加者はみるみる生気を取り戻し、勇気と希望に燃えて、立ち上がっていきました。

 先生は話されていた。

「歩き方、肩の怒らせ方、また、で、その人がわかるものだ。ドアの開け方ひとつで、その人の悩みがわかるものだ」と。

 それほど鋭く、深く、人々の生命状態を見抜き、悩みに応じて法を説くのが、法の指導者の力です。


【『法華経 方便品・寿量品講義 1』方便品 1995-09-20発行 聖教新聞社】


 慈悲は力である。この指導を拝すと、そうわざるを得ない。妙法に染め抜かれた生命は、人々の悩を鋭く察知する。菩薩が放つ言葉は、大いなる磁力で相手を包容する。人は、慈悲には逆らうことができない。慈悲は単なる気持ちなどではなく、力そのものである。


 悪いところを指摘するだけなら簡単だ。こんな簡単なことはない。その手前の段階でウロウロしながら迷っているような幹部は訓練不足。


 相手の一凶を見抜いた上で、どう励ますかが一番大切なのだ。一凶を注して終わっていれば、そりゃ、リーダーではなく、レフェリーだ。そんなことは、データを集めれば、コンピュータでもできるよ。


 この間、こんな話を聞いた。ある幹部に呼ばれて懇談。この幹部は、“力あるリーダー”と目されている人物。事前の情報収集は委細にわたり、相手の置かれた状況を丹に聞き出し、ズバリと踏み込んだ指導をする。信は強いが、人柄をやや問題視されている。


 この幹部、相手が抱えている悩みに対して、「よ!」と言い切った。そして、自分も大変な状況にあることを伝え、「私自身も宿命と戦っているのよ」と語ったそうだ。これは、致命的な過ちだ。同じ境にありながら、“あなたは”、“私は宿命”と差別を盛り込んでいる。なぜ、こうなってしまうのか? それは、自分の情報収集を過信するあまり、相手と直接、話をする前に結論を出してしまっているからだろう。


 幹部の簡単なチェック法を紹介しておこう(笑)。幹部が何を伝えようとしているのか、そこを理解すれば誰にでも簡単にわかる。

  • 「慢」――自分の言うことを聞け。
  • 利」――自分は凄い。
  • 「我見」――自分はこうう。お宅の見はどうでもいい。

 男子部の副部長となって初めて参加した総区の部長会でのこと。あることで私は気合いを入れられた。「申しわけありません!」と叫ぶと、シャラポワの10倍ぐらいので先輩は言った。「小野ぉーーーっ、何のために今まで話し合ってやってきたんだよ!」。この一言が、15年経った今でも朶(じだ)を離れない。恐ろしい先輩だったが、不議と何でも話せた。


 昨年、後輩を伴ってこの先輩を訪ねた。私は、自分が対処している問題を報告した。種々、懇談をした後で先輩は一言、私の後輩に語った。「今日は、小野の優しい一面を知ることができました。彼は男子部時代から、怖がられている存在でしたが、隠れた優しい部分を知ることができました」。私が格闘していたのは、長年にわたる組織悪の最たるもので、一歩間違えれば、引っ越した先の全幹部を敵に回しかねない問題だった。伸(の)るか反(そ)るかという熾烈(しれつ)な状況だった。だが、先輩は、私のの深い部分に秘めたいを見抜いた。私は泣いた――。


「士は己を知る者のために死す」という。それが、テクニックになると、あざとい情報収集で終わる。


 信の世界には、「わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない」という側面が少なからずある。その人の境涯次第で、目に映る世界は全く異なる。


 此の経の文字は皆悉(ことごと)く生身妙覚の御(みほとけ)なり然れども我等は肉眼(にくげん)なれば文字と見るなり、例せば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見る天人は甘露と見る水は一なれども果報に随つて別別なり、此の経の文字は盲眼の者は之を見ず、肉眼の者は文字と見る二乗は虚空と見る菩薩は無量の法門と見る、は一一の文字を金色の釈尊と御覧あるべきなり即持身とは是なり、されども僻見の行者は加様に目出度く渡らせ給うを破し奉るなり(1025頁)


 人をいやるには、相手が抱え込んでいる重い荷物を引き受けるだけの力が求められる。手を添えて、荷物の半分を支えてあげれば、悩に打ちひしがれている人のは軽くなる。広布丈夫(ますらお)の仕事は、“友の悩みの重量挙げ”といってよい。


 問うて云く何(いか)なる時か身肉を供養し何なる時か持戒なるべき、答えて云く智者と申すは此くの如き時を知りて法華経を弘通するが第一の秘事なり、たとへば渇者は水こそ用うる事なれ弓箭兵杖(きゅうせんひょうじょう)はよしなし、裸なる者は衣を求む水は用なし一をもつて万を察すべし(1051頁)