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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-09-29

多忙


 誰でもみんな忙しい。誰にも悩みはある。娑婆とは堪忍という味である。子供でも遊ぶのに忙しい。大変である。野球の選手にしても、応援団にしても、テレビのタレントにしても大変だ。病人は病人で大変である。忙しいからこそ、その中で信して大功徳があるのだ。


【『指導メモ』1966-06-01(聖教新聞社)】


「忙」も「忘」も“を亡ぼす”と書く。我々はともすると「忙しくて忘れた」と言いわけをしてみせる。のどこかで「忘れた自分が悪いわけではなく、多忙な状況に問題がある」と考えているのだろう。その深層には「こっちはお前みたいな暇人じゃないんだよ」という罵りまで隠されていそうだ。


 忙しいからこそ集中する。これがスポーツの世界だ。打つのが忙しくてサインの確認を忘れたというバッターはいない。左ジャブが忙しくてガードするのを忘れたというボクサーもいない。レシーブが忙しくてアタックするのを忘れるバレーボール選手もいない。いかなるスポーツでも攻撃と防御が瞬時に繰り返される。


 だから、きっと人間は忙しい方が生き甲斐をじるはずだ。確かに暇も魅力的ではあるが、如何せん暇な時はやることがない(笑)。少年時代の退屈をい出してみるがいい。何もやることがない状況はポッカリと空いた穴そのものだった。


 どんなに多忙を極めても、花に水をあげるゆとりを持ちたいものだ。しかしながら現実は、我が子の沈痛な表情にも気づかぬ人が多い。

2008-04-02

一日の生活は朝が勝負


 社会へ雄飛する諸君の将来にとって、「現実」の課題となる点を語っておきたい。

 それは第一に、会社勤め等にあって「遅刻をしてはならない」という点である。何回も話したことだが、簡単なようでしいことなので、改めて申し上げておきたい。

 私は10年間、戸田先生のもとで働かせていただいたが、先生も出勤に関しては厳しかった。私自身も激務の日々にあって、2〜3回体調を崩して遅刻した以外は、休んだことはなかった。

 一日の生活はが勝負である。遅刻をすれば負けである。毎、元気に出勤して「おはようございます!」という姿が大切である。まず人生、「に勝つ」ことが勝利の基(もとい)である。

 その点、結婚している人にとっては、夫を送り出す夫人の姿勢が大事となる。御書では、「夫」を「矢」に、「妻」を「弓」に譬えられている。弓が弱ければ、矢が遠くへ飛ぶことはできないのが道理である。

 戸田先生は、「寝坊は人生の敗北である。そうさせるのは、夫人が悪い」と厳しく指導されていた。

 また、「廷」(天子が政治をとるところ)という言葉があるが、この語の元々の味も、“に仕事(政務)をする”ということから来たとされている。

 同志を裏切り、退転したり、我々に迷惑をかけた連中のほとんどが、の乱れ、生活の狂いから堕落していっている。勤行をしない、何かと理由をつけて、出勤しない等々――不議と共通した姿である。

 ともあれ、毎日を清々(すがすが)しくスタートし、日々に勝利し、楽しくも晴れ晴れと人生に勝利しゆく一人ひとりであっていただきたい。


【神奈川県、青年・学生部代表者会議 1990-01-15 神奈川文化会館


 札幌でのこと。冬ではあったが地区で早勤行を行うことを決め、地区拠点をお借りした。当時、私は班長(現在のニューリーダー)。主要メンバーは3人で、活動家は10人ほどいた。ところが、実際にやってみると3人揃えばまだいい方で、一人ということも珍しくなかった。しかも、この一人が同じメンバーじゃないときたもんだ(笑)。わざわざ、よそのお宅での勤行をするってえのも、中々辛かったよ(笑)。そして、遂に悪夢の日が訪れた。誰も来なかったのだ。拠点の主から厳しく注された。「ストーブだって、タダじゃないんだよ!」と。い出だ。


 大きな闘争になると男子部はやたらと早勤行を行う。その図は「どうせ、普段やってないんだろう? だったら、皆で一緒にやろうじゃねーか!」という浅はかなものだ(笑)。典型的な暴走族型活動。一人になると全滅(笑)。


 上京してからは、寺でやっていたもんだから、もっと大変だったよ。


 男子部はとにかくが弱い。最大の原因は夜が遅いことにある。当たり前だよね。何となく帰りずらくて遅くなるメンバーや、ダラダラと話して皆を帰さない幹部は、流されやすい傾向がある。夜になればなるほど元気がいいのは、起きてない証拠だ。


 活動で遅くなるから、自宅で題目もあがらないし、勉強もできない。その悪しきリズムが、デタラメな幹部をつくる。


 毎、30分の余裕をつくりたい。例えば、30分散歩したとしよう。それだけで健康という財産を手にすることができよう。読書にいそしめば、ものを深く考える癖がついてくる。たった30分間が人生を大きく左右する。唱題や御書拝読と狭く考えると長続きしない。好きなことに挑戦すれば、持続しやすい。


 今日は戸田先生の命日。二代会長亡き後、池田先生は50年間にわたって、一人学会を支えてこられた。先生は戸田先生から10年間訓練された。先生から50年間も訓練を受けてきた我々の中に、本物の弟子はいるのかいないのか。「に報いる」と口で言うのは簡単だ。

2007-08-24

汝らの持場を守れ


「わがともがらよ、兄弟たちよ、汝らの持場を守れ」

 イタリア・ルネサンス期の大詩人アリオストの叫びだ。

 人間の尊厳のために、断じて守り抜くべき場所がある。

 正義の栄光のために、断固と勝ち抜くべき闘争がある。


【「世界の大学への道」11 イタリア ボローニャ大学/聖教新聞 2007-04-22】


 譲っていいところと、譲れないところが明確になっているかどうか。高貴なる魂は絶対に邪悪を許さない。傷つけられた人がいれば、瞬時に行動を起こす。これは、“考えて”できるものではない。


 闘争の基本は陣取り合戦である。


 第六天の魔王十軍のいくさををこして法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土をとられじうばはんとあらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵ををこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞくなし、しかりといえども弟子等檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転のあり(1224頁)


 我々の勝利は、民衆の連帯を築くことにある。その眼目は、リーダーの境涯を拡大することに尽きる。つまり戦いといっても、汝自身の胸中より始まり、汝自身の境涯によって決まるのだ。


 公明党が政権与党になってからしくなったのは、大義分がわかりにくくなった点である。ただ、それは世法のレベルの問題であって、法の大義とは別物である。


 複雑な社会の波が組織にまで及んでいる。その中で本物の池田門下生となるためには、正義の剣を抜いて戦うしかない。抜いたのはいいけど木刀だった――こんなんじゃ、しようがないよ(笑)。


 子を守るための力を蓄え、智を身につけることこそ、訓練の目的だ。


 今日は、先生の入会記日――。

2007-08-22

女子部・婦人部は速やかに帰宅を


 幸福の第一歩は

 つまらぬ事故を

 断じて

 起こさぬことだ。


 指導者

 そして男女を問わず

 幹部たちは

 女子部が

 そして若き婦人部が

 決して

 夜 帰宅が遅くならぬように

 教育指導していくべきだ。

 これが責任である。


 悪世の時代であり

 様々な事件がある世相だ。

 絶対に一人たりとも

 帰宅が遅くなって

 事故があってはならない。


 道理に反した生活はいけない。

 指導された通りの時間

 帰ることを

 厳格に実行していただきたい。


 自分の都合で

 引き止めるような幹部は

 解任されても仕方がない。

 首脳をはじめ

 指導幹部の方々に

 厳しく申し上げておきたい。


【「広宣流布に走る 若きお母様(ヤング・ミセス)に贈る詩(うた)」 2007-02-11 創価学会本部・師弟会館


 青年部時代、妹のように可愛がっていた女子部の幹部がいた。中々筋もよく、いつも懸命に戦っていた。唯一の問題は、帰宅が遅いこと。私がどんなに怒鳴っても言うことを聞かなかった。よく相談の電話をもらったが、早くて深夜12時過ぎ。遅いと2時ぐらいになることもあった。頑張っていることは誰よりもわかっていた。しかし、うら若き乙女が夜遅くまで、ほっつき歩いているような団体に、娘を預ける親はいないよ。


 八王子では、協議会が終わる度に「婦人部は残って下さい」と言う地区婦人部長がいた。一度、厳しく注をしたが効き目なし。「婦人部の大事な打ち合わせがあるんです」と開き直る始末。この幹部、個別で伝えるよう徹底されていることまで、皆を集めて落としていた。このため、壮年部、男子部よりも、婦人部の帰宅が遅くなった。


 特に独身の幹部は生活が欠けているので注が必要だ。例えば、家族の中に病人がいたり、受験生がいたりする方への像力が働かない。銭湯へ行かなければならない男子部だっていることだろう。


 夜、元気がいいのは、生命力が弱い証拠だ。活動が深夜に及ぶから、題目もあがらないし、研鑚する時間もない。次第にも起きれなくなる。悪しきリズムが生活を乱し、やがて信も狂ってくる。否、夜遅いということ自体が、信の狂いを示している。


 配達員さんについては、23:00までの就寝が徹底されているが、平気で23:00以降に電話を掛ける幹部もいる。非常識な行動は、多くの人々に迷惑をかけ、惑わす。


 最後に先生の指導を紹介しておく――


 今までうるさく言わなかったが、会合の後の打ち合わせも早く終えて、早く帰りなさい。その日のうちに寝なさい。これが大原則だよ。夜は帰ったら食べないことだ。そうしないと学会は潰れちゃうよ。




(会合終了後の打ち合わせについて)

 会合が終わってから、ダラダラと話が長過ぎる。だから帰りが遅くなり、寝るのが遅くなる。毎日のことだから、疲れを明日に残してはいけない。遅くまでダラダラしているのは、自分が酔ってしまっているからだ。が流されている証拠だ。「さあ、この辺で」と切り上げ、けじめを付けていかなければいけない。


【折々の指導 2003-12-28】

2007-08-20

仕事の姿勢


 戸田先生は、仕事や生活上のことも、よく指導された。

「職をよくよく大事にして、あらゆる索を重ねて、成功をするよう努力すべきである」

「自分の勤めに、楽しみと研究とを持ち、自分の持ち場をがっちりと守る覚悟の生活が大事である」

 多くの人生経験をもった先生の言葉は、深い説得力があった。信の大確信が輝いていた。

法に一番忠実であることが、世法の上でも最も強い」

 広宣流布に忠実に生き抜く人が、人生でも、社会でも、間違いなく勝っている。

 私が言うのではない。師の指導である。それにのっとるのが、一番正しい。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-18 長野研修道場


 仕事も信も一生にわたる問題である。だが、仕事の場合、その大方は本人にしかわからない。だから、自分でしっかり考えることが大切だ。


 仕事で行き詰まり、指導を受けることも多い。しかし指導する側が、あなたの生活を保障してくれるわけではないのだ。無責任な幹部の言動に振り回されるのは、あまりにも愚かだ。


 婦人部の指導を破折しておこう。頑強なまでに「仕事をしてはいけない」という指導が目立つ。関東のある地域では、「福運がなくなる」といって脅している。これは、戦力確保を目的とした組織主義以外の何ものでもない。時と場合によっては、そうした指導もあり得るだろうが、婦人部においては完全な教条主義と化している。


 そして最大の問題は、指導する側の幹部が比較的生活に恵まれている点である。以前、ご主人を亡くした夫人が仕事を始めた時に、反対した婦人部幹部がいた。これには底、驚かされた。


 生活がしくても、他人には中々率直に話せないものだ。「ちょっと大変なんです」と言いながら、食うにも事欠くケースだってある。そうした人のが、わかるかわからないかが大事だ。


 真面目な会員ほどしんでしまう現状が嘆かわしい。少しぐらい不真面目でも構わないから、伸び伸びと信して欲しいものだ。


 仕事や夫婦のことを理解するのはしい。一概にこうあるべきだとも言い切れない。だからこそ、人間学が求められるのだ。


 人口が減少している今、景気がよくなれば、女の労働力も求められることだろう。そうなれば、仕事の悩みに対応できるのは、ワークミセスの幹部となる。仕事や生活で労してない婦人部幹部の居場所はなくなるに違いない(笑)。


「文証無き者は悉く是れ邪偽(じゃぎ)彼の外道に同じ」(148頁)との御聖訓は、内外に通じるものである。おかしな指導をされたら、「御書で、そう説かれているのですか?」と質問すればよし。

2006-10-06

朝の会合は10時以降に


 それで今度は夜が早いと、頭のいい人は反対に「、早く集まろうではないか」(笑い)。そういうヘーゲルの弁証法が出る(笑い)。したがって、私はの会合がもしかあるような場合があったとしても、絶対に午前10時以前の会合はしてはならない。10時以降にしていただきたい。日曜日だけは、これは9時から会合をしてもよろしいのではないかと。早勤行等は一切、禁止する。全部、自分の家でしっかり勤行をすれば一切が含まれる。ただし、選挙戦が始まった場合には、また考え直して頑張りたいと、こういう考えですけれども、よろしいでしょうか。


【第46回本部幹部会 1964-02-27 日大講堂】


 そろそろ、「師匠から言われないと気づかない」という弟子の傾向を何とかしたいとうが、どうだろう?


 社会とは、生活の中で培われるセンスのことである。「常識」というのは、その最低ラインだ。信仰者である我々は、「良識の人」と輝いてゆきたいものだ。


 私が男子部の分区書記長となってからは、21:00を超える開始時間の部活動者会はやらせなかった。さまざまな理由があって「21:30からやりたい」というがあっても認めなかった。「いいか。お前らがよくったって、隣近所が迷惑するんだぞ」と。更に、「お前は集まらないと指揮を取れないのか」とも言っておいた。大体ね、集まらないなら、集めるのが戦いなんだよ。それをだ、集まらないと何もできないと中者がい込んでる時点で既に負けてるんだよ。暴走族じゃあるまいし……。


 21:00からの会合であっても、「泥棒のように、抜き足、差し足、忍び足で集え」と厳命した。いまだに私は、会館を出て直ぐに携帯で話している若造を見ると殺を覚える。


 23:00過ぎに広布が進むことは、断じてない。男子部はこれを肝に銘じてもらいたい。

2005-03-31

仕事も信心も逃げるな


 この日、私は23歳。ちょうど現在のヤング男子部の諸君と同じ世代である。

 師が、固く、深く、青年を信じてくださったように、私も青年の勝利を信じる。

 21世紀の広宣流布の全権は、諸君の双肩にかかっているからだ。

 ゆえに青年よ! 一日一日がすべて、一つ一つの戦いがすべて、自身を磨き、鍛え、大指導者となるための訓練と知ってほしいのだ。

 わが師は、仕事がいい加減な青年を、絶対に信用されなかった。

 青年部員の大半は、零細企に勤め、から晩まで汗にまみれる毎日であった。

 それでも早に出勤したり、夜中に職場に戻って働くなどして、必死に学会活動の時間をこじ開けた。仕事も、信も、逃げなかった。

 その真剣な姿に、上司も、同僚も、やがて信頼を寄せてくれるようになった。

 会合に向かう時は、開始時刻が迫ると、「遅れてなるものか!」と、誰もが自然に駆け足になった。

 遅れた分だけ、学会の怒濤の前進から外れ、師匠との呼吸がずれてしまうようにじていたからだ。

 いかに大変であっても、要領よく楽をしたいとは、誰もわなかった。

 それは、この一度しかない青春時代を、偉大なる師匠と共に、広宣流布の使命に生き抜けることを、最高の誇りとしていたからだ。


【「随筆 新・人間革命」 聖教新聞 2002-07-19】


「この日」とは男子部結成記日。昭和26年(1951年)73日である。沛然(はいぜん)たる豪雨の中、180の部員が師の下(もと)に集った。


 青年部を卒したばかりのある先輩に私は尋ねた。「青年部を卒して残っているものは何ですか?」と。その先輩は、一呼吸置いて答えた。「“何とかしよう”と頑張ったことが、今になって生きていることをつくづく実する。例えば、牙会の任務があるんだけど、どうしても仕事で抜けられない。そんな時、“何とかしよう”って頑張るじゃない? 何とかできたこともあれば、どうにもならなかったこともあったけど(笑)。だけど、その“何とかしよう”と頑張ったものが残ってるんだよね」と。


 これが、目に見えない戦いである。「仕事で参加できないとってたんですが、真剣に祈ったら、今日来ることができました」なあんてのは新入会のメンバーのレベルの話だろう。まして、不況になれば、仕事という理由に皆が理解を示すようになる。仕事を隠れ蓑(みの)にしている幹部も多いんじゃないか?


 御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の冶生産は皆実相と相違背せず」とは此れなり、かへすがへす御文のこそをもいやられ候へ(1295頁)


「仕事を御本尊え」との御指南。ということは、仕事をおざなりにしていれば、御本尊不敬に当たるということ。こりゃ、大変だ(笑)。随分と謗法を犯している男子部も多いんじゃないか?


 会合へ走って駆けつけている男子部こそ、学会の本命である。そのひた向きさ、真剣さ、求道が、いつの日か必ずや大いなる力となり、福運となって開花することは間違いない。