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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-08-10

「民衆に尽くす志」を受け継げ


 特に、若い皆さんに伝えておきたい箴言がある。

 イギリスの作家オルコットは、「人格こそは金よりも階級よりも知よりも美よりもすぐれた持ち物である」と綴った(吉田勝江訳『続 若草物語』角川文庫)。

 私も同だ。

 法の眼からみれば、人生の本当の勝利のために必要なものは、学歴でもない。社会的地位でもない。それは信である。信で人格も鍛えられる。それは人生にとって最大の財産となる。

 現在の創価学会をつくり上げてきたのは、尊き無冠の庶民である。学会は庶民のための組織である。

 私は日本国内だけでなく、世界各地の同志に喜んでいただけるよう、周りから「そこまで気を配るか」と言われるほど、細かいところまで力を尽くしてきた。

 だから創価の世界は強いのである。この「民衆に尽くす志」を、今、青年の世代の諸君に伝えておきたい。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 大辞泉には、「独立した個人としてのその人の人間。その人固有の、人間としてのありかた」とあり、使用例として「相手の―を尊重する」「―を疑われるような行為」の二つが紹介されている。前のものは滅多にお目にかかれないが、後ろのやつは日常茶飯事だ(笑)。


 頭の悪い幹部ほど、「幸せになりたくて信したのだから、活動するのは当たり前」とい込んでいる。会員に対する謝もなければ、敬もない。で、成果が出れば全部、自分の手柄(笑)。気揚々と活動報告する様が実に醜悪だ。特に婦人部。


 大聖人は無の信徒を、それはそれは大事になされた。池田先生も会員のためにを砕かれている。子を大切にすることもなく、役職だけで勝負しているような幹部こそ、大聖人が糾弾された「僧侶の姿」そのものであろう。


 私を育ててくれた先輩は、数百人に上る。その一人ひとりが、本当に私を大事にして下さった。随分と気合いも入れられたが、その瞳には「お前を信じているぞ!」という期待が光っていた。通りいっぺんの指導や、ありきたりの激励で済ませた先輩は一人もいない。


 しい中で格闘している時に、ない言葉を吐いた先輩が何人かいた。この連中は皆、後でおかしくなっている。


 人生の風雪に耐えて、人格は築かれる。「労知らずの幹部」は邪だ。どけろ!