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2009-11-14

人間革命


 我々はいつだって他人の人間革命には関を抱くが、自分の人間革命には興味すら持たない。


 幹部は会員に人間革命を要求し、会員は幹部の人間革命を願っている(笑)。


 人間革命は「自ら行う」べき挑戦であったのだが、いつしか「他人に説く」ものへと変わり果ててしまった。

2007-08-23

汝の原野に挑め! 時代を開け!


人間共和の理郷・岩手


「わたしたちは一層新しい、一層力に満ちた世界へ、変化した世界のうえに進出するのだ」

 これは、岩手出身の詩人・富田砕花(とみた・さいか)氏が訳された、ホイットマンの詩である。

「岸辺を下り、隘路(あいろ)を越え、山々の険峻をのぼって、

 未知の路をわたしたちは行きながら征服し、占領し、敢行し、危険を冒す、

 開拓者たちよ! おお、開拓者たちよ!」

 私も青春時代、この詩を、高鳴る鼓動をもって、幾度も詠誦したものであった。

 立春を過ぎてもなお、今は、北国の同志にとって、最も厳しく、辛い寒雪の季節だ。

 しかし、大変な時にこそ、「さあ来い!」と、満々たる闘魂を燃やして戦い勝ってきたのが学会魂である。

 これが、わが栄光の岩手の同志の気だ。


岩手岩手らしく、“希望と開拓”をモットーにして進もう!」

 昭和47年の714日――私は、記撮影会のために、盛岡の県営体育館に集った3600人の友に、万いで、こう呼びかけた。

 風雪に耐え抜いた岩手の天地から、21世紀の広宣流布の新しき流れを巻き起こすのだ。私は、この日、愛する大岩手の新出発が本当に嬉しかった。

「希望」は、いずこより来るか。

 それは「必ず勝つ」「必ずこうしてみせる」という強きーから起こる。自分のいこそが未来を創る。「未来の果」は、「現在の因」に納まっているからだ。

 そして「開拓」とは、自分自身への挑戦だ。

 人は、誰でも未踏の原野をもっている。それも、どこか遠い彼方ではなく、ごく身近にあるものだ。

 手だからと、つい避けてきた課題。先入観から「どうせだめだ」と諦(あきら)めてきたり、「いつかやろう」といながら、いつも後回しにして手つかずだった問題……。

 最も手強い壁は、実はの中にある。ゆえに、勇気をもって自分と向き合い、「自己拡大の戦い」「人間革命の戦い」を起こすことだ!

「汝自身の原野」に雄々しく挑め! その人こそ、最も勇敢なる開拓者である。


 わが岩手の同志は、「団結」の二字で、勝利の道を開いてきた。

 岩手には、大いなる「宇宙への窓」がある。

 国立天文台「水沢観測センター」では、電波望遠鏡を使って銀河系の三次元地図を作る「VERA(ベラ)計画」が進んでいる。

 望遠鏡のアンテナの直径(口径)は20メートルと決して大きくはない。だが、これを、小笠原の父島、鹿児島、沖縄の石垣島に同じく設置されたアンテナと組み合わせると、実に直径2000キロのアンテナに匹敵する結果が得られるという。

 その威力は、なんとの上に置いた「1円玉」が見分けられるほどで、これまでの100倍以上の精度で観測できるようになる。

 団結の力も、まさに、このようなものではないだろうか。それは、単なる「足し算」ではない。何倍何十倍にも威光勢力を増す「掛け算」なのである。

 蓮祖は「異体同なれば万事を成し」(1463頁)と仰せだ。

 決然と立ち上がった勇者の強き結合のなかにこそ、不可能を可能にする、驚嘆すべき未曾有の歴史も輝きわたる。

 自らも悩みと格闘しながら、友の悩みをわがとして必死に題目を送り、励まそうと、吹雪のなかに飛び出して行く――これが、岩手の勇者の熱き気であった。この精神こそが、固い固い同志の絆を育んでいったのだ。

 仲の良い、和気あいあいとした団結の姿は、それ自体、人間共和の縮図である。

 この団結のなかにこそ、「境涯革命」がある。利己主義や自分本の我見では、皆とを合わせることができないからだ。ゆえに、団結できるということは、自身のエゴに打ち勝った人間勝利の証なのである。


 昨年、皆様の祈りに包まれてオープンした、“みちのく記墓地公園”から望む水沢市一帯には、民衆の「団結」の歴史が眠っている。

 時は延暦8年(789年)のこと。豊饒なる東北に支配権を伸ばさんと、都の将軍・紀古佐美の率いる約5万3000人の大軍が集結した。

 この時、民衆の抵抗戦を指揮したのが、胆沢地方の族長アテルイであった。昨年は、彼の「没後1200年」にあたっていた。

 北上川に沿って攻め来る、選り抜きの戦闘部隊を迎え撃ったアテルイ軍は、わずか2000人。しかし、神出鬼没の猛攻で、敵の精鋭を蹴散らし、圧勝したのである。

 史書にを残す「巣伏の戦い」である。その古戦場は、私たちの水沢文化会館にも、ほど近いようだ。

 当然、地の利を活かした優れた作戦もあろうが、根本の勝因は、郷土を愛する勇者たちの「鉄の団結」ではなかったか。

 御書に引かれた、周の武王が800人の団結をもって70万騎の殷軍を破った故事を目の当たりにするような、赫々たる大勝である。都の傲れる貴族たちを、あっと驚かせたにちがいない。


 今や「6分県」に発展した岩手は、いわば「六頭の師子王」が一丸となり、師子奮迅の大力で驀進する。

 頑張れ! 全国の友が皆様の前進を瞠目して見つめ、圧倒的な勝利を祈っている。

 妙法の闘将たる我らの武器――それが正義の言論だ。

日蓮が一門は師子の吼るなり」(1190頁)である。

 悪は断じて責めねばならぬ。悪と知りながら目をつぶることは臆病であり、無慈悲以外の何ものでもない。

「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」(236頁)とは創価の父・牧口先生が常に語られた一節である。

 正義は叫び抜かねばならない。を大にして、も惜しまず、内にも、外にも、堂々と語るのだ。いな、師子吼するのだ!

 御本尊の大功徳を、広布の使命に生きる喜びを、わが同志の敢闘を、そして学会の正義と真実を!

法華経功徳はほむれば弥功徳まさる」(1242頁)と、大聖人は教えてくださっている。

 自分が叫んだ分だけ、幸福の拡大、友情の拡大、栄光の拡大があり、わが身に無量の大功徳が噴き上がるのだ。


 昭和35年、第三代会長に就任し、世界広布の戦いを開始した私と共に、わが岩手の同志たちは、一つに敢然と立ち上がってくれた

 それが「岩手支部」の晴れの出発であった。

 戦う勇気がある限り、不二の磁力で結合した師弟の魂は、常に一体である。広布を誓った共戦の師子の絆は、誰人も切ることはできない。

「諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ」(「生徒諸君に寄せる」)と、岩手が生んだ宮沢賢治は歌った。

 今、我らの陣列には、「新しき世紀」を創る、偉大なる熱と力が漲(みなぎ)っている。

 今日も、また明日も、同志と勝鬨(かちどき)をあげながら、共々に築こうではないか!

 強き民衆の岩手を!

 世界第一の理郷を!


【「随筆 新・人間革命」308/聖教新聞 2003-02-20】

2005-11-21

「才能」は静穏の中で養われ、「人格」は激流の中でつくられる


「才能」は静穏の中で養われる面が多い。黙々と努力して培(つちか)わねばならない。

 しかし、「人格」は激流の中でこそつくられる。

 自らの力で時代の激流の中へ、人間群の奔流の中へ飛び込み、抜き手を切って、立派に泳ぎ切っていく。その激しき「行動」の中で「人格」は練られる。

剣豪も、「他流試合」「武者修行」で鍛えた。内にこもっていては、人物は打ち上がらない。


「自分をつくる」のは結局、「自分」である。その「自分」とは、せんじ詰めれば「一」である。「一」とは、具体的には「祈り」に集約される。

 地涌の勇士としての「誓願の祈り」こそ、自己を限りなく向上させ、活躍させ、完成させてゆく原動力である。

 誓願――。尊き使命の我が人生、何を誓い、何を願って生きるか。その奥底の一通りに一生は展開する。他の誰のせいでもない。誰の責任にする必要もない。

 大聖人は「自体顕照」と仰せである。妙法の光は我が本然の姿を照らし、顕してくれる。輝かせてくれる。この「我が生命に生き切る」人生ほど、幸福な人生はないと私は信ずる。


【創立60周年開幕 記支部長会 1989-07-27 創価文化会館


「才」は頭、人格は「肚(はら)」という印象がありますな。戸田先生と親交があった子母澤寛の『勝海舟』(新潮文庫)にこんな件(くだり)がある。


「元々、才人は、才をたのんで赤誠の足りないものだ。自然、才に溺れて人を詐(いつわ)り人をだます」


 フウム、確かに。山崎正友が見事に証明してくれたよ(笑)。


 だが、私は個人的に“個なき人格者”が嫌いだ(笑)。人格者を装って、何もしないのも時折、見かける。愛はいいのだが、徹底してトラブルを避ける。こういうのを「商人御事」という。自分をよく見せようと頑張る「営」も目立つ。現場に直ぐさま反応しない「痺(しび)れた足」みたいなのもいますな(笑)。


 私がいる地域は会合がない(笑)。座談会と地区活動者会しかない。支部活動者会は3ヶ〜半年に1回。地区部長会は、大きな打ち出しがある時だけ。後は、分区で行う壮年の勤行会がに一度。分区の幹部会に至っては、衛星中継終了後の区長・区婦人部長の挨拶のみ。


 家庭指導三昧という状況はありがたいのだが、如何(いかん)せん、他の組織の状況が全くわからず、触発の場が全くない。


 ところが本部長以上の幹部は、やたらと忙しい。23:00でもつかまらないケースが殆ど。何をやってるんだか、さっぱりわからない。こんな時間だから、家庭指導をしてないことだけは確か。その上、先方から電話がかかって来ることも稀(まれ)だ。


 つまり、会員が指導を受ける態勢が全くできてない。何だか、大小相対ぐらいの懸隔がある(笑)。


 人格は外交戦の中で鍛え上げるしかない。折伏現場と家庭指導だ。それ以外の場所で、どんなに戦っても無駄だ。地道に黙々と歩く人が、最後は必ず勝つ。

2005-05-19

人柄は信心の純粋性に影響する


 時光の父の逝去は、入信してまだ1年ないし4年という短い歳であった。それにも関わらず、大聖人は「成」は間違いないとされ、その上で亡き人のよき人柄をしのばれ、また、家族をいやられて、その死を深く悼(いた)まれている(1510頁)。

 ここで、故南条兵衛七郎について「人柄のよさ」を言われたのは、「人柄」というものは、信の純粋に影響するとみられていたことが拝せる。この御指南を決して見逃してはならないと私はう。「人柄」は、その人のもつ人間の輝きであり、生き方の基本をなすものといってよい。人柄の悪い人は、一時は成功したようにみえても、結局は人々の信頼を失い、惨めな人生の結末を迎えることが多い。

 その味で、「人柄」というものは、まことに大切な実相である。特に青年部の若き皆さまは人格を磨き、「人柄」つまり「根」のよき人として、自身をつくりあげていただきたい。

 さて、故南条兵衛殿への大聖人の墓参が、胎児まで抱えた時光母子に、大なる励ましとなっている。その励ましは一見「小事」に見えるかもしれない。しかし、その「小事」が、特に時光にとって将来の大をなす「因」となったことを知らねばならない。まさに、「小事」は「大事」なのである。


【第2東京支部長会 1987-10-11 立川文化会館


 南条兵衛七郎が亡くなったのは文永2年(1265年)3。時光がわずか7歳の時だった。大聖人は、「故南条殿とは久しい間の交友はありませんでしたが、様々なことに触れて懐かしくわれる方で、大事な方とっておりました」(1510頁)と綴られ、墓参までされている。


 学会の幹部は人柄が悪いのが多い(笑)。多くの人間を見ているせいもあって、人を見抜く力が蓄えられてくる。特に、悪い部分を見抜くのが巧い(笑)。


 力があっても傲慢な幹部は人々から怖がられ、嫌われる。多少、力不足であっても、人柄のいい幹部であれば、どんなことでも話しやすい。


「人柄が信の純粋に影響する」という指摘は重要。昔は、人柄が悪くても、信が強けりゃよかった(笑)。だから、幹部という幹部は威張ってた。草創期から広布第二章にかけて、嫌ないをした人も多い。今でも、当時の情を聞かせられることがある。


 人柄のよき幹部は、一人を大切にする人だ。人柄の悪いのは、要求だけを突きつけて、自分ののままに皆を操ろうとする人だ。同じ行為や言動であっても、“自分のため”なのか、それとも“皆のため”なのかで天地雲泥の差が生じる。


 ただ、人柄のよさが弱さにつながってしまえば元も子もない。最前線を走る人々が幹部に遠慮していることが、学会の力を削(そ)いでいると私は実する。人柄がよくて、信も強ければ、ずばりと何でも言えるものだ。


 先日、北海道に4日間ほど行ってきた。昨日会った二人のおばあちゃんから、「お帰りなさい」と言われた。こういう一言こそ人柄そのものであろう。私は何とも状しい温かさに包まれた。また、母の日に私からプレゼントした一本のカーネーションを壇に飾っていたおばあちゃんもいた。その是非はともかく、「ああ、ここまで大事にしてくれてるんだな」と謝のが波のように押し寄せた。こういう方々と一緒に戦えること自体が、私の福運である。

2004-03-29

創造的生命


 私の胸にあふれてやまぬ“創造”という言葉の実とは、自己の全存在をかけて、悔いなき仕事を続けた時の自己拡大の生命の勝ちどきであり、汗と涙の結晶作以外のなにものでもありません。“創造的生命”とは、そうした人生行動のたゆみなき錬磨のなかに浮かび上がる、生命のダイナミズムであろうかとうのであります。

 そこには嵐もあろう。雨も強かろう。一時的な敗北の姿もあるかもしれない。しかし“創造的生命”は、それで敗退し去ることは決してない。やがて己の胸中にかかるであろう、爽やかな虹を知っているからであります。甘えや安逸には創造はあり得ない。愚痴や逃避は惰弱な一の反映であり、生命本然の創造の方向を腐食させてしまうだけであります。創造の戦いを断した生命の落ち行く先は、万物の“生”を破壊し尽くす奈落の底にほかなりません。

 諸君は、断じて新たなる“生”を建設する行為を、一瞬だにも止めてはならない。創造は、きしむような重い生命の扉を開く、もっとも峻烈な戦いそのものであり、もっとも至な作であるかもしれない。極言すれば、宇宙の神秘な扉を開くよりも、汝自身の生命の門戸を開くことの方が、より困な作、活動であります。

 しかし、そこに人間としての証(あかし)がある。いな、生あるものとしての真実の生きがいがあり、生き方がある。“生”を創造する歓喜を知らぬ人生ほど、寂しくはかないものはない。生物学的に直立し、理と知を発現しえたことのみが、人間であることの証明にはならない。創造的生命こそ、人間の人間たるゆえんであるといますけれども、諸君、いかがでしょうか。

 新たなる“生”を創り出す激闘の中にこそ、はじめて理を導く輝ける英知も、宇宙真理まで貫き通す直観智の光も、襲いくる邪悪に挑戦する強靭な正義と志力も、悩める者の痛みを引き受ける、限りない情も、そして宇宙本源の生命から湧き出す慈愛のエネルギーと融和して、人々の生命を歓喜のリズムに染めなしつつ脈打ってやまないものがあるからであります。

 逆境への挑戦を通して開かれた、ありとあらゆる生命の宝を磨き抜くにつれて、人間は初めて真の人間至高の道を歩みゆくことができる、と私は確信するのであります。ゆえに、現代から未来にかけて“創造的生命”の持ち主こそが、歴史の流れの先端に立つことは疑いないと私はう。この“創造的生命”の開花を、私はヒューマン・レボリューション、すなわち「人間革命」と呼びたい。これこそ諸君の今日の、そして、生涯かけての課題なのであります。


創価大学第4回入学式 1974-04-18 創価大学体育館】


 先生は、37日から413日までの約40日間にわたって北米・中南米を訪問。この日は帰国してから5日目で、時差などによる身体の変調を抱えての講演となった。冒頭では「そのため話に飛躍があるかもしれません。また、聞きづらい点があるかもしれませんが、ご了承ください」とわざわざ断られている。


 疲労をも超越しゆくあふれんばかりの生命力は、創大生への信頼と期待に支えられているような気がしてならない。ほとばしる言葉の勢いは、先生の枯れることなき生命の泉から生まれる。


 ともすると、「創造」という言葉は、縁覚界を中とした芸術の世界にしかないような錯覚を覚えがちである。その芸術の世界にあってすら、生涯にわたって「創造」の軌跡を描くことはしい。現代にあっては、いくばくかの財産を手にした途端、落ちぶれてゆく芸術家も数多い。


 先生は結論として、絶えざる生命の変革作こそが「創造」であると教えられている。「一年の決」でも紹介した牧口先生の座右の銘「日に新た、日に日に新た、また日に新たなり」(『大学』)が蘇る。我が生命を鍛え、眠れる力を発揮する中に「創造」がある。人生という与えられた時間の中で、齢(よわい)を重ねるごとに「私」という新たな作品をつくりゆくことが究極の「創造」である。ノミを振るう手を止めてしまえば、それは過去の作品になってしまう。


 新しい自分が、新しい勝利を手中にする。時折りしも「創価1000万」の大闘争である。いまだかつて成し遂げたことのない目標に向かって進むのみ。人生、最高、最大の「創造」に挑みたい。


 今日、ある幹部と話す。こらえ切れない悩みを、こらえ切らなければならぬ段階に入る。今はしい。いつの日か楽しく振り返る時が訪れることを信ずる。

2004-02-25

如実知見


 だれのせいでもない

 結局 自分なのだと

 自覚したときが

 如実知見である

 人間革命の第一歩は

 そこから始まることを

 忘れまい


【『日々の指針』 1974-12-16発行】


 私が小学校の時分、母は支部婦人部長(正確には総B)をしていた。悩んだ挙げ句、泣きながら電話をかけてくるおばさんがいたりして、「幹部にだけはなるもんじゃないな」と子供ながらったものだ。


 指導を受けに来る方々も多かった。母は、「うん、うん、そう。大変だったね」と相槌を打ちながら、じっと話を聞いていた。母が出す結論は毎回同じで、違った試しがない。最後に必ずこう言うのだ。「だけどね、全部、あんたが悪いんだよ!」。その言葉に込められた味を知るべくもない私は、「幹部の話は簡単でいいなあ」とい込んでいた。「小学生の俺にだって言えるぜ」ぐらいに考えていた。


 人間が情の動物である以上、人間関係の悩みは一生涯続くのだろう。多くの場合、他人による自分への関わり方を問題視する内容となっている。母が放った一言は、悩みに振り回される自分を見つめ直し、積極的に自分の方からもう一歩、深く関わっていくことを教えていたのだろう。


 周囲の環境を恨んでも何も変わらない。他人を問題視する姿勢は、自身の人間革命の放棄にもつながりかねない。自分の人生は自分で開く。自分の幸福は自分で勝ち取る。これが法の精神であり、この精神のあるところ、行き詰まることはない。


 一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする。


【小説『人間革命』第1巻】


 愚図愚図言ってる暇があったら、先生の後に続こう!

2003-03-17

変身


 都会では外で遊んでいる子供達の姿が消えて久しい。めだかをすくったり、トンポを追いかけることもあまりないかも知れない。


 幼い頃、見るもおぞましい毛虫が色鮮やかな蝶に羽化するありさまを見て衝撃を受けたものだ。

 話は変わるが、私が幼少の頃の“正義の味方”といえば、ウルトラマンや仮面ライダーだった。共通するキーワードは「変身」。小学生の時分は、級友達と「へんしんっ! トォオオオーーーッ!」と30cmほど飛び上がっただけで、力を得たような錯覚を覚えた。


 人は常に変化を求めてやまない。「変身」に動するのがその証左だろう。


 そうかといって安易な変身では満足できないのもまた確か。中高年の女が厚い化粧を施したところで動する人は少ない(ただし、学会婦人部を除く)。最近のうら若い女達の、ガングロとかいうやつや、光る鼻くそと見まがうばかりの鼻ピアスなんてのも変身願望の現われなのかも。


 一時期流行したコスチュームプレイなんぞは、手っ取り早い変身の最たるものであろう。これらいずれもが外面的な変身に過ぎない。


 一方、悪く変身するのは容易なことで、これまたするこができない。近所の高校生がグレたとかね(笑)。人の信用を裏切るのもそう。これは変身じゃなくって変わり身。


 誰もが小さい時に、『醜いアヒルの子』を読んで、何がしかの希望を抱いたこともあっただろう。生命の本然(ほんねん)にはよりよき変化を志向するリズムが隠されている。


 我々が目指す変身は内面的な変革であり、信の一の変革に尽きる。これを人間革命とづける。


 日日につより給へすこしもたゆむあらばたよりをうべし(1190頁)


 日々、々、年々に信を強くしてゆきなさい、との大聖人の御指南である。少しでも、「これでいいだろう」「もう大丈夫だろう」「取り敢えずは……」などと油断した瞬間から、生命はに巣食われていることを自覚したい。


 一に億劫(おくごう)の辛労を尽(つく)せば本来無作の三身に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり(790頁)


 億劫(おくごう)とは長大な時間を指す。「劫(こう)」とは四千里四方の大を芥子(けし)で満たし、100年に一度、一粒を取って、取り尽くしてもなお劫は尽きないとされる時間のこと。これの一億倍だから像を絶する時間である。一とは今この瞬間の我が生命のこと。今日という一日に永遠を刻み込むような真剣勝負の姿勢があれば、瞬間瞬間、の生命が湧き立ってくる。億劫という言葉は現代にあっては、「おっくう」と読まれる。「おっくう」な一であっては、変身は望めない。成長できない因を積んでいることになってしまう。


 何(いか)なる世の乱れにも各各をば法華経十羅刹助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(1132頁)


 不可能を可能にせんとの強盛な一が勝利を呼ぶ。今がどんなにしかったとしても、我々は大聖人の慈悲を仰ぎ、日蓮門下となった以上は、戦って、戦って、戦い抜いてゆく以外にない。生命を錬磨しゆく大闘争の暁(あかつき)には、見違えるような姿の同志と同志とが肩を組んで、勝利の雄叫(おたけ)びを挙げていることだろう。