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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-01-15

和泉副会長の思い出


 話は変わるが、和泉副会長がまだ20代の頃に、牧口先生と一緒に折伏に行った時のい出をうかがったことがある。

 当時、牧口先生は70歳前後であった。和泉青年が約束をとり、ある憲兵隊の将校のところに折伏に出かけた。ところが、せっかく牧口先生に足を運んでもらったにもかかわらず、その将校がいない。約束を破って外出してしまったようだった。

 和泉青年は、“牧口先生に申しわけない”と恐縮した。また、“約束の仕方が悪いからだ”と怒(おこ)られても当然だとった。しかし、牧口先生は何の文句も言われず、一言「向こうは逃げたのだから、こちらは勝ったのだ。それでいいのだ」と言って、励まされたという。

 牧口先生のお人柄と、指導者としてのおの深さがしのばれる話だとう。一生懸命に戦っている人に、何か不都合なことがあったとしても、決して叱ってはいけない。皆が楽しく張り合いを持てるようにしてゆくのがリーダーの役目である。大きな気持ちで励ましてあげることが大事である。特に幹部の方々は、後輩・同志が「自分は勝った」と言い切れる法戦の歴史を刻んでいけるよう、朗らかに、また毅然と指揮をとっていただきたい。


【第24本部幹部会 1989-12-20 創価文化会館


 適当なタイトルが浮かばなかったので、検索しやすいものにした。


 これも忘れられない指導。憲兵隊の将校は、現代であれば国会議員や上場企の役員クラスに匹敵する立場であろう。約束を取り付けるまでの労を、牧口先生は察したのだろう。


 学会員の悪しき傾向の一つに、「指導を教条主義的に受け止める」ことが挙げられる。この指導についても同様である。「そうか、友人にすっぽかされても注してはいけないんだな」と。底の浅い考は、必ずパターンに人間をはめ込むようになる。


 また学会組織は、成果を出す人は評価するが、真面目に戦う人を見下すところがある。民衆救済の組織でありながら、民衆を蔑視する――これが創価学会一凶であると私はっている。全幹部が会員に奉仕する姿勢に徹した時、師弟不二の血脈が力強く流れ通うことだろう。幹部が偉そうな顔をしている内は本末転倒だ。


 和泉覚さんは、昭和15年の入会。初代小岩支部長である。北条会長の体制になった時、理事長を務めた。入会の経緯や戦地での体験談は、小説『人間革命』第3巻に詳しく描かれている。だみでユーモラスな指導ぶりが落語家を彷彿(ほうふつ)とさせた。会場はいつも爆笑の渦となった。2005年57日、逝去。晩年になっても、夫人が先生につけなかったことを悔やんでいた。

2007-11-21

「謙虚な心」には余裕が、「傲れる心」には焦りが


 虚栄や策、慢を捨てた「謙虚」。これほど強いものはない。最終的に頼りになるものはない。

謙虚」には余裕が生まれる。「傲れる」には焦りのみが募る。

「余裕の人」は自分を客観視し、そこから知恵が生まれる。信頼と安を育む。ゆえに勢いが出る。「焦りの人」は正確に物事を見ることができない。愚痴と不安を育て、周囲には迷いばかりが増す。ついには自分をも見失ってしまう。自分が見えなくなった人に、本来の自分の力も、他人の力も引き出せないのは当然である。

 ありのままの自分となって、「十のものを十だけ出し切っていく」。その必死の「一人」に信頼は集まり、強固な結束が生まれる。そして、不敗の「勝利チーム」が形成されてゆく。

 だが、持てる「十を出し切る」ことは決して容易ではない。人間はどこかで力を抜き、余力を残しているものだ。それこそ命懸けの必死の戦いでなければ、本当の爆発力は出てこない。


 ある味で、信とは“手抜き”をしないことである。誰が見ていようといまいと、また、誰が何を言おうと、自分は自分らしく全力を尽くしてゆく。そこに信仰者の強さがある。今日の学会の発展も、全て「懸命な日々」の結実であり、勝利であった。

 私もこれまで「まず自ら動く」「ベストを尽くす」「寸暇を惜しんで働く」――率先してこの姿勢に徹してきたつもりである。

 策や要領のみの人生は、結局は行き詰まり、自ら墓穴に入るであろう。人生と一を真っ直ぐに広布に向け、ひたすら行動してゆくところに、最高の充実と満足がある。限りなく力が湧いてくる。

 ともあれ、本当の「自分」を発揮している人は美しい。輝いている。また、着実に勝利の人生を築いている。


【京都平和講堂落成祝賀 京都記幹部会 1989-10-18 京都平和講堂】


「傲慢」とは役職やキャリアなど、立場に固執する命のこと。「俺が上で、お前が下だ」という姿勢である。「謙虚」とは、池田門下生として同じ地平に立ち、スクラムを組む姿と言えようか。


 後輩からの相談を受けて、馬鹿の一つ覚えみたいに「とにかく、頑張ろう」「とにかく、お題目よ」と語る愚将が多い。「とにかく」の一言が、相手の状況を完全に無視している。悩みを解決しようとって先輩を訪ねたにも関わらず、悩みが増える羽目になることも珍しくない(笑)。


 幹部だからという理由だけで指導を受けると失敗するから気をつけた方がいいよ(笑)。今は、人を選ぶべきだ。では、どういう幹部が望ましいか? それは、「指導を受けている幹部」である。労している人は必ず先輩に体当たりで指導を受けている。だからこそ、人のがわかるのだ。トントン拍子で幹部になっている官僚は、往々にしてが浅い。


謙虚」といっても、相手の話にを傾けることに尽きる。学会幹部の多くは、病的なほど人の話が聞けない。

2007-09-22

幸福には「強さ」が必要


 幸福には「強さ」が必要である。勝利には「強さ」が不可欠である。個人も家庭も、団体や国家も、強くまた強くあってこそ、堂々と胸を張って幸福と繁栄の道を進める。弱ければ惨めである。

 強い人のみが、人々を守ることもできる。自分も楽しい。皆も安である。弱さは後退と敗北に通じる。頼りないリーダーには人もつかない。子を守りゆく使命も果たせない。

「道理」の上に立っての透徹した「強さ」。そこに信の表れもある。真実の信仰者の姿がある。学会も、経文と御書の仰せのままに、何ものも恐れず、「強く」「賢明に」戦ったからこそ“奇蹟”ともいわれる発展を実現できたのである。


【栃木県記勤行会 1989-09-18 栃木研修道場


「弱い」というだけで損をする。弱さそのものが不幸ともいえる。強くなるためには、鍛えることである。


 きたはぬかねはさかんなる火に入るればとくとけ候、冰をゆに入るがごとし、剣なんどは大火に入るれども暫くはとけず是きたへる故なり、まへにかう申すはきたうなるべし(1169頁)


 10kgほどの鉄の塊が、熱せられ、叩かれ、冷やしてはまた焼きを入れる。これを何度も繰り返すことによって、1kgほどの刀となる。ということは、不純物が90%もあることになる。我々だって、そんなもんだろう(笑)。


「不利な立場になることを避ける」「出る杭は打たれるからなあ」――これ、まさしく不純物である。根っこにあるのは、「自分さえよければいい」とする保身根だ。「身を保つ」ために平然とを死なせる。羊千匹グループに共通する質である。


 上の幹部と喧嘩のできないリーダーは革命児たり得ない。師のを見失った組織人など必要ない。有能な事務方を求めているのは“職場としての学会本部”であって、先生も会員もそんな人物は求めていない。


 私の先輩は一人の後輩を守るために、分区男子部長を率いて、時の男子部長に土下座したことがある。その事実を私は後で知った。後輩というのは、同じ部で戦ったメンバーだった。私はで泣いた。何とありがたい先輩だろう、と。


 その先輩は、学会本部で男子部長の机を蹴飛ばしたこともある人だった(笑)。


 これが私を育ててくれた先輩だ。私も同じ道を歩む。

2007-08-27

人間として心が通じ合うかどうか


 リーダーは、どこまでも同志のことを祈ってゆくのだ。

 具体的に祈り、誠実に尽くしていけば、必ず反応がある。法は「依正不二」なのだから。

 とにかく祈る。

 そして、じよく接してゆくことだ。

 自分の「大きい」ができ上がっていけば、自然と「大きい結果」が現れてくる。

 大事なのは、の奥で本当に信頼し合えるかどうかである。

「あの人は好きだ」「あの人となら一緒にやっていきたい」となっていかなければ、本当の異体同ではない。

 権力でも、権威でも、組織でもない。

 人間としてのが通じ合うかどうかである。

 偉大な御(ごぶっち)のままに、本当の人間の絆を学会の中に築いてきたのが、牧口先生であり、戸田先生であり、その直系の弟子の私である。


埼玉池田研修道場でのスピーチ 2007-05-08】


 牧口先生の価値論では、「好き嫌い」が最も低い価値観である。であればこそ、万人に共通する情といえる。友人から、「学会は素晴らしいとうが、お前は嫌いだ」と言われるよりも、「学会は嫌いだが、お前は好きだ」と言われるのが好ましい。


 昔は副役職の幹部が嫌われ役だった。長が言えば皆のが離れてしまうような厳しい指導をし、団結の要となっていた。


 今はどうだろうね? 「好きでも嫌いでもない」幹部が一番多いね(笑)。ま、「いてもいなくても」いいような連中だ。


 一方、人材育成に当たっては、まず相手を好きになるかどうかが決定的な要素となる。「生気だ」「顔が気に食わない」「なめてんのか、この野郎」なあんてっていたら、そりゃあ絶対にが通わないよ(笑)。っていることは、言葉の端々や、ふとした表情に必ず表れるものだ。


 例えば、訪問すると快く話ができるのだが、一向に活動しないメンバーがいる。よく見られるケースとしては、「貴様、このクソ忙しい時に時間を割いて足を運んでいるのに、どうして会合に出ないんだ?」とを煮やす人が多い。私はそのようにわない。話ができるのであれば、こっちの話次第だろう。会話が可能であれば、絶対に何とかする自信がある。ドアが開くだけでも御(おん)の字だよ(笑)。


「好きになる」とは、相手に興味を抱くことである。すると、自然に「相手を知ろう」と努力するようになる。妙なことだが、相手を知れば知るほど、向こうもこっちを理解するようになるのだ。


 仍(よっ)て法界が法界を礼拝するなり自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり云云(769頁)


 全幹部が会員を礼拝すれば、組織は一変する。今時ときたら、上には礼拝して、下には命令ばかりしているのが多い。

2007-08-25

人の苦悩に対して想像力を広げることから「同苦」は始まる


 題目をしばらく唱え、鈴(りん)を叩いて御観文に入ろうとすると、伸一の背中に、ゴツンと後ろにいた青年の頭が当たった。

 視覚に障害があることから、伸一との距離がつかめなかったのである。

 頭をぶつけた青年は、慌てて後ずさりし、恐縮して小さくなっていた。

 伸一は、メンバーの労を深くじ取った。そして、皆が一人ももれなく、信を根本に強く生き抜き、なんとしても幸福な人生を勝ち取ってもらいたいと、ひたぶるに祈するのであった。

 一つの事柄から、何をじ取るか。人の悩に対して像力を広げることから、「同」は始まるのである。配慮とは、人をいやる像力の結晶といえよう。


【『新・人間革命』宝塔43/聖教新聞 2007-04-24付】


 どんな団体であれ、組織が資本主義的な色を帯びるのは仕方のない側面がある。一つの目的に向かって「競い合う原理」が働かなくなれば、集まる味がない。


 だが、責任ある立場の人々が競争原理にどっぷりと浸(つ)かってしまえば、構成員は手段として利用される結果となる。我々の立場で言えば、「何のために広宣流布をするのか」ということが最重要となろう。


 先生の人間主義が、世界を潤(うるお)す時代となった。しかし、組織は悪しき成果主義に毒されている。皆、「おかしい」といながらも、沈黙を守っている。まるで、オメルタ(マフィアによる沈黙の誓い)のようだ(笑)。


 参院選挙の渦中、日新聞東京版に学会を批判する投書が掲載された。会館で行われた座談会の終了後に模擬投票をしたことを問題視する内容だと記憶している。投稿した方は、普段、活動してない会員で、講演を頼まれたと伝えられている。直後に何通かのメールが寄せられた。云く、「どうやって切り返せばいいんですか?」。


 これこそ、今の組織を象徴する問題であると私はじた。日新聞の政治的な惑は別としても、投書の内容は頗(すこぶ)るまともである。模擬投票という行為が、時に選挙権を侵害するケースも出てくることだろう。身内では“当たり前”とってきたことが、社会で通用しない場合もあるという好例である。このように、真っ当な見であっても、組織防衛の本能が優先的に働いてしまい、拒絶反応を示すのだ。


「上から言われることは正しい」とい込み、自分で判断することを怠ると、必ず誤解が生じる。先の問題は、「学会の成熟度」が問われているのではないだろうか。


 組織で打ち出しが多いのは、「指示を出さなければ末端は動かない」という民衆蔑視によって支えられている。利口な会員はロボットになる道を選び(笑)、器用じゃない人は大リーグボール養成ギプスを装着する羽目となる(笑)。


 学会は人間主義なんだから、人間で勝負しろ。

2006-11-04

いずこにあっても光る人に


 ともあれ、光っている人は、いずこにあっても光っている。誰が見ていなくとも、また、いかなる立場であっても、広宣流布への我が行動は、自分自身のが見つめている。御本尊がお見通しである。「冥の照覧」は絶対なのである。


【ブラジル代表協議会 2001-07-25】


 光りといえば誰もが真っ先にい浮かべるのが太陽。太陽の光りは、いつも同じようでありながら、新しくじるから不議だ。ひょっとしたら我々は、フレアなどの活動を微妙にじ取っているのかも。


 普段は目立たないものの、いざとなるといぶし銀のような光りを発する人がいる。反対に、眩(まぶ)しいばかりの光りを放っているように見えながら、何かが起こって急速にくすんでしまう人もいる。前者は、や蛍のようなタイプで、後者はネオンサインみたいなものだろう。


 石田次男、福島源次郎、原島嵩山崎正友――彼等は確かに、光り輝いていた時期があった。それは、現在の青年部幹部の比ではなかった。そんな彼等だったが、第一次宗門問題で黒い本を露呈した。彼等は皆、優秀だった。しかし、信がなかった。一種のタレントといってよい。


 そして時を同じくして、学会を取り巻く環境と、学会自体が光りを失った頃、突然、光りを放ち始めた人々がいた。どこの支部にも、どこの地区にも存在した。この方々は無だった。無であるが故により一層の光りを発した。こうした方々が、学会を築き、支えて下さっているのだ。役職の高かった幹部が、おしなべて宗門に屈した歴史を忘れてはならない。


法華経の行者」の身分証明書は三類の強敵である。坊主どもは、いつの時代も迫害に屈し、創価三代の会長は「強敵の科」(1589頁)を顕した。どうやら、“衣の権威”は身内にしか通用しなかったようだ。


 一方、我が組織にあっても、役職が変わる度に“光り方”が変化する人もいる。彼、あるいは彼女達は、自らの欲望を役職に反射させているだけである。つまり、高度に直截的(ちょくせつてき)な表現を許してもらうならば、「クソ野郎」ということになる。


 組織が人の集まりである以上、時に限界を覚えることもある。その最大の理由が“自分の役職”となっている時は――自分が光ってない証拠だ。


 譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし(1598頁)


 燃やすのは我が生命である。火を点けるのは、もちろん自分自身だ。速やかに発火点を目指そう。


 法華経の信をとをし給へ火をきるにやすみぬれば火をえず(1118頁)

2006-10-10

真面目の語義


 私は明年で入信40年を迎える。その間、実に多くの人生を見てきた。その体験の上から、一つの結論として確言できることがある。それは、人柄のよい“真面目(まじめ)”な人格の人こそが、結局、最後に人生の勝利者となり、幸福者になっているという事実である。平凡といえば、これ以上、平凡な原理もない。しかし、ここに最も重要にして銘記すべき一つの基準がある。

 どこの世界にあっても、真面目で真剣でなければ長続きしない。これが道理である。いわんや信仰の世界においては、の奥底に誠実な真面目さと、謙虚な実直さがなければ、生涯の信仰を全うできるものではない。

 また、「信」といっても様々な信の姿がある。“火の信”もあれば、“水の信”もある。格好のみの偽りの信もある。見た目の華やかさや、一時の活躍の姿だけではわからない。

 ゆえに極論すれば、信を抜きにしても、一個の人格として真面目な人であるかどうか――。そこにから信頼し、安して後事を託せる人物か否かの分岐点がある。根が真面目であり、その上に強盛な信が備わっていることが大切なのである。


真面目」の語義ならびに語源をみてみると――真面目味に主として、1.真剣な顔つきであること。真のこもった顔つき。2.真剣な態度。3.本気であること。真摯さ。4.戯(たわむ)れでないこと。誠実であること。虚飾がないこと。率直、実直、真実であること、などがある。

 また、その語源には諸説あるが、主なものに、1.マサシキ目(正しき目)の義、2.真子とシ目(真の目)の義、3.真筋目(真の筋目)の義、などが挙げられている。

 更に漢語の真面目(シンメンボク、シンメンモク)には、1.ありのままの姿。本然のままで偽り飾りのないこと。真相、実相、2.まじめ、実直、の義がある――。

 ここからいえることの一つは、やはり“目”がを表すということだ。落ち着きがあり、澄んだ“正しき目”でなければならない。

 また、偽りや虚飾は不真面目に通じる。口に美辞を並べながら、陰で要領をつかい、諸問題を引き起こし、人々をしめたりする人間は、この類いである。不真面目な人は、長い目でみれば、必ずといってよいほど挫折し、堕ちている。真面目な人は、一見、華々しくはみえない場合があるが、時とともに、にじみ出る人格の光彩がある。そこに人々は信頼を寄せてくるのである。

 更に、“真剣”でなければならないということだ。一流の人物は、例外なく陰で人の何倍、何十倍もの真剣な精進を重ねている。また、我が学会も、諸君のご両親等をはじめとする諸先輩方が、真剣の二字で築き上げたものである。

要するに学会は、真面目だったからここまで大発展を遂げた。このことを絶対に忘れてはならない。真面目さの中に凝結した自己の人格と一が、我が人生を飾っていくのである。


“悩み”のない人はいない。人生は悩みと葛藤の連続であるといってよい。しかし、悩みと労があるからこそ、成長も前進もあるのである。たとえ、いかなる煩悶(はんもん)があったとしても、「煩悩即菩提」の原理で、しみを成長と幸せへの糧としゆくところに、人間としての成長がある。その味から、労と葛藤こそ飛翔への原動力である。

 広宣流布の一切を後継しゆくのは、若き諸君たちである。今後、それぞれの立場にあって、全責任を担い活躍していかなければならない。それは、生死の大海に漂うしみの衆生を、妙法の大船に乗せ、三世にわたり真実の幸福の道へ導くための労作である。そのリーダーとしての立場が諸君である。

 その重大な責任は、青春時代の“労”と“鍛え”なくして、決して果たすことはできない。ゆえに、若き日の絶えざる精進を忘れてはいけない。


 やがて、皆さん方は、青年部から壮年部へと移行していくのは当然の姿である。人によって様々であるが、青年部時代の華やかな舞台から、壮年部の地味な活動の場へと進む場合もある。そのために若干のさびしさをずることがあるかもしれない。しかし、その時にこそ、信を深め、自身を磨いていけるか――ここに大きな分かれ道がある。

 人生は、マラソンレースのようなものだ。調子のいい時もあれば、悪い時もある。自分が評価される時もあれば、されない時もある。ともあれ、いかなる立場にあっても、「本有常住」の一を強く持って、自身の責任に全力で取り組んでいただきたい。その誠実と真剣の行動の中に、一切が開けていくことを知ってほしい。


 諸君は、若き日に広布を誓い合い、多くの同志とともに金の歴史を刻んでいる妙法の青年リーダーである。諸君にだけは絶対に退転してほしくない。信の挫折である退転は、いかなる理由があったとしても、自分自身を、そして、自身の青春の誓いを裏切ることになってしまうからだ。それでは、あまりにも惨めである。

 私も、師・戸田先生との若き日の“誓い”に、人生の全てを賭けてきた。あらゆるに耐え、信の道を進んできた。価値ある人生は、青春時代の“誓い”を、生涯貫くところに実現されることを確信していたからである。今は全く悔いがない。

 信仰の真髄は“生涯不退”にある。どうか諸君は、幸不幸の人生の荒波を経たとしても、どこまでも青春の誓いも固く、生涯、求道と不退の大道を歩み抜いていただきたい。


【青年部代表者会議 1986-12-17 創価学会新館】


 昭和61年の指導である。当時、太田青年部長・浅見男子部長という体制だった。会長勇退から反転攻勢に転じた歴史は、このお二方を抜きにして語れない。昭和56、57年(19811982年)と2年連続で「青年の年」と銘打ち、全国各地で文化祭が繰り広げられた。聖教新聞に先生の指導も掲載されるようになった。


 青年部長・男子部長の叫びが、全男子部を奮い立たせた。男子部が、あらゆる闘争の先頭に立った。先生の手づくりの青年部が誕生した。


 昭和54年(1979年)以降、会長勇退という事実が時間の経過とともに風化して、自然に盛り上がったわけではないことを、現在の青年部に知ってもらいたい。


 全国の青年が師の指揮を求めて懸命に戦った。しかし、再び障が襲い掛かった。昭和57年(1982年)1015、20、27日と、先生が検察側の証人として出廷することになった。東京地裁に向かう車の後を、右翼の街宣車が追いかけ、誹謗中傷の限りを尽くし、裁判所の前では待ち構えていた数十社のマスコミがフラッシュを浴びせた。


 札幌でも部長以上の幹部による唱題会が連日行われていた。しかし、師匠を晒(さら)し者にしてしまった。


「諸君にだけは絶対に退転してほしくない」――先生はどんないで、この言葉を発せられたことか。


 男なら力を示せ。力がなければ、師を宣揚することはできない。