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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-09-26

声と耳の関係


 さて、「事を為す之を称して経と為す」とは、私どもがしばしば口にする文である。法の大切な法義の一つを示す要文といってよい。しかし、聞いてわかったつもりでいても、自らその深い義を掘り下げ、自分のものとして理解している人は少ないのではないか。

 何事も、ただ鵜呑みにするだけでは身にならない。自分なりに索し、とらえ直してこそ、精神の糧・滋養としていけるのである。

 この「事を為す……」の言葉は、天台の「法華玄義」に弟子の章安が記した「序分」(玄義私記縁起)の一節である。

事」とは「の仕事」であり、人々を成へと導く働きを指す。

 また、「経」には、実に多くの義がある。

 元々、ヨコ糸(緯)に対する、「タテ糸」のことで、そこから「教えを貫く“基本線”」「古今を貫き変わらない三世常恒の真理」「(ヨコ糸と縫い合わせて織り包むように)あらゆる衆生をもれなく摂し包むこと」「聖人と口を経由してくる真理」、その他の味を表す。

 要するに、衆生をにするという「事」を行うために、永遠の「法」を正しく表現したものが「経」である。


 私どもの世界で「経」とは、広義の「」を中としたものである。御書には「此の娑婆世界は得道の国なり」(415頁)――この娑婆世界は(の働きが鋭く)法を説くを聞いて成の利益を得る国である――と。

 しかし、興味深いことに、他の国土(天体)では、必ずしもそうではないと説く。「法華玄義」では、「天衣身に触(ふ)るゝを以て即ち道を得(う)、此れ偏に触(しょく)を用(も)つて経と為すなり……衆香土の如きは香を以て事と為す。此れ偏に香を用つて経と為す」(巻第八上)と。

 ――天衣が身に触れて成する。これはひとえに「触」をもって経としている……衆香土のような国土では「香」をもって事としている。これは、「香」をもってひとえに経としているのである――。

 つまり、手ざわりや香りなどが「経」となり、衆生を成させてゆくことが説かれている(笑い)。

 しかし同時に、根は当然として、この娑婆世界では「経典の文字を見ること(眼根)」「法を惟(しゆい)すること(根)」で成することはあっても、他の器官では役に立たないと述べている。

 すなわち、「鼻に紙墨(しぼく)を臭(か)ぐに則ち知る所無く、身の経巻に触るゝも亦た解すること能はず、舌に文字をくらふも寧(いずく)んぞ是非を別(わか)たんや」。

 ――鼻で紙や墨の香りをかいでも知るところはない。身が経巻に触れても理解することはできない。舌で文字をなめても、どうして是非がわかるであろうか――。

 つまり、経巻を鼻でかいでも(鼻根)、身でさわっても(身根)、舌でなめても(舌根)、法のことは少しもわからないではないかと、道理に即して論じられている。

 これは、私どもの実からも、たやすく納得できるところである。


 私どもについては、とりわけ「根」が鋭いということについては、様々な例証がある。例えば、人間の五官の中では最も早くから、最も遅くまで活動する器官とされる。

 胎内の赤ちゃんは、ほぼ6ヶで聞く器官と神経ができ上がる。おなかの中で赤ちゃんは、じっと“を済ましている”。

 ゆえに、「生まれた時には、既にお母さんのを覚えている」ともいわれる。また、赤ちゃんにお母さんの臓の音を聞かせると、理的に安定したり、泣きやんだりするとの報告がある。更には、胎内で聞く、お母さんの音、血液が流れる音などを録音したレコードまで発売されている。

 赤ちゃんは、お母さんの唱題の響きも、ちゃんと聞いている。夫婦喧嘩のも全部、聞いている(爆笑)。

 初代会長の牧口先生は、「子供はお腹にいる時が一番の安住の所です。その時信することが子供にとって幸いになります」と指導された。赤ちゃんが胎内にいる時に唱題し、妙音を響かせてゆくことが、いかに大切であるか。

 これも、牧口先生の指導にいかに先見があったかの一つの証左とう。


 最後まで機能するのも、実は「」である。

 死が近づき、昏睡状態になっても、周囲の音は聞こえている場合が多いという。ただ、聞こえていることを周囲に知らせる力がないだけのことである。

 こんな笑えない実話もある。識不明の病人の枕元で、つい、本人の葬式の話をしてしまった。あとで、奇蹟的に一時、識が戻った時、ひどく恨まれたという(笑い)。

 また、ある植物人間化した壮年は、娘の「お父さん!」というにだけ、かすかに反応したという。この方の場合は、奥さんでは、どうも駄目だったらしい(笑い)。


 臨終の時に唱題のを聞かせてあげることにも深い義がある。

 日寛上人は「臨終抄」で次のように仰せである。

「已(すで)に絶へ切つても一時ばかりへ唱へ入る可し、死しても底あり或は魂去りやらず死骸に唱題の聞かすれば悪趣に生るる事無し」

 ――が絶えたあとも、しばらくの間(約2時間か)、に唱題のを入れてあげなさい。死んでも、生命奥底の識は残っている。あるいは、生命が死の状態に完全には移行してない場合がある。死を迎えた身体に唱題のを聞かせたなら、地獄・餓鬼・畜生・修羅界などの悪しき世界に生まれることはない――と。

 ここにも、「」と「」の妙なる働きが明かされている。


」は誕生以前から死に至るまで、常に“開いている”。目や口を閉ざすことはあっても、「」を閉ざすことはできない。しかもや音は、いわば直接、生命の深みに響き、影響を与えてゆく。

 その味で「」は、世界と宇宙に開かれた「生命の窓」である。また、そこから様々な音が真っ直ぐに“いのち”の奥底に入ってゆく「魂の門」である。

 ゆえに、「」にどのような「」と「音」を聞かせ、響かせてゆくか。ここに、生命と人生への重大な影響がある。

 絶えず、尊い英知と慈悲のを聞かせてゆくならば、その高貴な精神が、いつしか魂に移り、染まって、かけがえのない人間の向上をもたらすに違いない。よき師、よき指導者に出会い、教えを受けることの幸福がここにある。また、至高の音(おんじょう)である南無妙法蓮華経を唱え、響かせてゆくことが、いかに尊貴なことであるかを知ることができる。

 反対に、卑しい低俗な言葉ばかりをにしていれば、魂そのものが低下し、汚れていってしまう。例えば、人の悪口ばかりを口にし、悪の会話を好む人は、やがて自らその悪に染まり、卑劣な“いのち”となってゆこう。

 信の戦いも、ある味で「」の戦いである。広布を妨げる悪の「」に対し、いかに正義の「」で対抗してゆくか。

 激しく攻撃されながら、ただ黙っていれば、戦いは破れ、広布の前進は止まる。「」に対しては「」で反撃し、打って出てこそ、悪を破ることができる。一の暴言に対しては、十の正論で言い返してゆく。ともどもに、それぐらいの気概法の正義を高く主張し、広布の言論戦を堂々と展開してゆきたいとうが、いかがだろうか。


 さて、私どもに馴染み深い「聖」の字も、味の中は「」にある。「天のを聞き分ける」のがその本義である。

 また、「聡明」の「聡」という字も、「」が味の中である。「がよく通じている」、つまり“聞き上手”というのが原義である。

 すなわち、宇宙の森羅万象の「」をよく聴く力と徳を「聡」といい、その人を「聖」という。

「聞く」「を傾ける」ことが、いかに大切であるか。

 信仰の同志に対しても真摯にを傾け、言いたいことを聞いてあげることが、激励・指導の出発点である。ただ、ガアガアと(笑い)、しゃべってばかりいて、一向に人の言葉を聞かない幹部は、既にリーダー失格である。


 更に中国医学では、を人体の縮図として、の各部位が全身の諸器官に対応しているとする。興味深いことに、の形は逆さまになっている胎児の形とそっくりである。

 ちなみに喉には、人間の形をした「のどぼとけ」がある。

 また、日本語の「みみ」は、「身の中の身(身身)」、あるいは「実実」に通ずるとの説もある。

 古来、「根」が、一般にもどれほど重要視されてきたかの、ほんの一例である。


 宇宙の万物がをあげ、言葉を発している。宇宙の全体が、歌うたう大いなる生命である。

 これは、単なる詩的な直観にとどまらない。現代科学の最先端が明らかにしつつある新しい宇宙像でもある。

事を為す」――その深い義を人類が見直すべき時代に入ったといってよい。


 もちろん、中にはの不自由な方もいらっしゃる。しかし、大聖人法は結局、全て信の「」と「行動」がどうかで成が決まる。堂々と幸の大道を進んでいただきたい。

 ともあれ、「」を発すること自体が、生命の証の一つである。そして広布も、生き生きとした「」を原動力として進んできたことを忘れてはならない。


【第17回全国青年部幹部会 1989-09-24 埼玉池田文化会館

2005-09-30

「新しき生命」は「新しき声」を伴う


 さて、「事を為す」という。この「」という力用については、いずれ、じっくりと論じるつもりであるが、過日、創価大学大学院出身の優秀な記者が、そのことについて興味深い話をしていた。それは、次のような話であった。

 ――島崎藤村は、『若菜集』などをまとめた合本の詩集の序文に、「生命は力なり。力はなり。は言葉なり。新しき言葉はすなはち新しき生涯なり」と書いている。自分が本当に変われば、の響きが変わる。「新しき生命」は「新しき」を伴う。「人間革命」は「革命」を伴う。

 ある研究では、話し手のを伝える力の内、30%強が「の調子や話し方」によるという。話の「内容」とともに、「」そのものが多くを語っているわけである――と。

 全く正しく、真理を言い得ているとう。

 同じ指導でも、生命力のあるとそうでない場合とでは、相手への感応が全く違う。それは、の大小ではない。に表れた一の強さなのである。


 次のような指摘もある。

 ――学会の勝利は、ある味で「の響きの勝利」であった。座談会個人指導、会合、御書講義。そこに響き合う確信の、朗らかな、弾む、そして、信の叫び、慈愛の励まし。それらに惹かれて多くの人々が正法の門をくぐったのだ――と。

 は正直である。文章は嘘をつくが、はごまかせない。人々の「」を動かす真の「」は、強く清らかな「」の反映である。また反対に、虚ろな響きしか出ない「」の人には、自分に弱さ・複雑のある場合が少なくない。


【第14回全国青年部幹部会 1989-04-25 創価文化会館


 この指導の衝撃は今もって私の胸に余韻を響かせている。この後、続けて「ドゴール」の反転攻勢の人生を教えて下さった。


 文字は嘘をつける。だが、で嘘をつくことはできない。は“生命の反響”であるからだ。


 が弱々しい人、勤行に響きのない人は、人間革命でてきない人だ。これは断言できる。常に環境に振り回され、他人からコントロールされ、受け身の人生しか送れなくなる。


 生命の壁を破った人はが変わる。別人のように変わる。


 正論であっても冷たいであれば、相手に届かない。一言でも、に染み入るもある。に境涯が出る。


 私の依処ともいうべき草創の大先輩が、地区部長の面接を受けた際の話である。戸田先生が、「皆から、何かないか?」と尋ねられた。ある人が、おずおずと手を挙げ、「実は生活に困っております」と語った。その場に居合わせた全員が貧しさと格闘している最中だった。「そうか。でも、必ず何とかなるさ」――この一言を今もって忘れることができない。あの慈愛を忘れることができない。そう話されていた。


 自由な語らいがあるところには、賑やかながさざめく。幹部の一方通行がまかり通っているところは、沈黙が存在するのみ。きっと、別の場所で幹部の悪口が囁かれていることだろう(笑)。

2004-08-23

確信ある信心は勤行の声の響きに表れる


 確信ある信は、勤行のの響きや、歯切れのよい口調にあらわれてくる。が極端に大きかったり、その反対に、小さすぎたり、言葉が、はっきりしなかったりするのも、その人の信のあらわれである。全ての根本となる勤行は、常に正確に行わなければならない。


【『指導メモ』 1966-06-01発行】


 信は目に見えない。だが、勤行の姿に信の一切が表れる。


 猫背だったり、掌(てのひら)がピタッと合ってない人は惰の姿。が大き過ぎるのは火の信。周囲と音程やスピードが合わない人は我見。が小さいのは確信の無さ。御本尊に視線が定まらないのは格好だけの信。真剣なる祈りがないのは形式的な信の現れだ。


 唱題会などの座る位置にも信は現れる。前が空いているにも関わらず、中ほどに座る人は、その消極によって得られる功徳は少なくなるだろう。少しでも導師に近い位置に座り、しっかりと呼吸を合わせるのが正しいあり方だ。また、唱題会の最中に携帯電話に出るような幹部は、祈りが二の次になっている証拠。更に、必要以上に大きなを出す人は傲慢な傾向が強い。


 長年戦ってくると、勤行を見ただけでその人の信が手に取るようにわかってくる。


 何を隠そう私も高等部の頃、クセだらけの勤行をしていた。継ぎをする直前の経文を、異様なの大きさで発していた。母から注をされて、やっと自覚し、ちゃんと直るまでに3ヶを要した。


 勤行はカラオケと異なり、上手にやろうとってできるものではない。生命の実相が反映されるのだから、小手先のテクニックなどで容易に直るものではない。


 唱題は気魄(きはく)との響きが勝負である。の響きが弱い人は、自分の壁が破れてない人だ。「題目の響きが、はね返ってきて功徳となるのだ」という指導もある。


 最後に一点。ブロックや地区などの小単位で行う唱題会では、高齢者に配慮して、導師が皆に合わせるケースもあってしかるべきだ。


 皆、自分は間違っていない、とい込んでいる。これを我見とは申すなり。真剣に見直す気があるなら、勤行を録音してみることだ。また、勤行の姿を、後ろや横から写真撮影もらうことを勧めておく。そこまで、やらなければ、正しい勤行はできない。


 歌うようなリズムの勤行が100点満点だ。信してない人がにしても、「爽やかな響きだな」「地いい調べだな」と言われるぐらいが理だ。




 間違えやすい経文を以下に挙げておく。私の調査によると、正確な勤行ができる活動家は、20%前後といったところだろう。(わかりやすくするために「う」も「ー」とした)

  • 知見波羅蜜。皆已具足。
    • × ちーけんはらみつ かーいーぐーそく
    • ○ ちーけんはらみつ かいいーぐーそく
  • 阿修羅。皆謂今釈迦牟尼
    • × あーしゅーらー かーいーこんしゃかむにぶつ
    • ○ あーしゅーらー かいいーこんしゃかむにぶつ
  • 尽以為塵。一塵一劫。
    • × じんにーいちじん いちじんいっこー
    • ○ じんにーいーじん いちじんいっこー
  • 入於涅槃。如是皆以。
    • × にゅーおーねーはん にょーぜーかーいー
    • ○ にゅーおーねーはん にょーぜーかいいー
  • 皆為度脱衆生。或説己身。
    • × かーいーどーだっしゅーじょー わくせっこーしん
    • ○ かいいーどーだっしゅーじょー わくせっこーしん
  • 見於三界。如斯之事。
    • × けんのーさんがい にょーじーしーし
    • ○ けんのーさんがい にょーしーしーじ
  • 入於憶。妄見網中。
    • × にゅーおーおくそー もーけんもっちゅー
    • ○ にゅーおーおくそー もーけんもーちゅー
  • 以此事故。我作是言。
    • × いーじーしーこ がーさーぜーごん
    • ○ いーしーじーこ がーさーぜーごん
  • 薬発悶乱。宛転于地。
    • × やくほつもんらん えんでーうーじー
    • ○ やくほつもんらん えんでんうーじー
  • 或失本。或不失者。
    • × わくしつほんしん わくふっしっしゃー
    • ○ わくしつほんしん わくふーしっしゃー
  • 遥見其父。皆大歓喜。
    • × よーけんごーぶー かいだんかんぎー
    • ○ よーけんごーぶー かいだいかんぎー
  • 色香美味。皆悉具足。
    • × しきこーみーみー かーいーぐーそく
    • ○ しきこーみーみー かいしつぐーそく
  • 其諸子中。不失者。
    • × ごーしょーしっちゅー ふっししんじゃー
    • ○ ごーしょーしーちゅー ふーしっしんじゃー
  • 雖見我喜。求索救療。
    • × すいけんがーきー ぐーしゃくりょー
    • ○ すいけんがーきー ぐーしゃっくりょー
  • 我亦為世父。救諸患者。
    • × がーやくいーせっぶー くーしょーくーげんしゃー
    • ○ がーやくいーせーぶー くーしょーくーげんしゃー
  • 以何令衆生。得入無上道。速成就身。
    • × いがりょーしゅじょー とくにゅーむじょーどー そくじょーじゅーぶっ

しん

    • ○ いーがりょーしゅじょー とくにゅーむじょーどー そくじょーじゅぶっ

しん




 これも今となっては、既に過去のものとなってしまったよ(笑)。


2005-02-09

1989-06-26

随自意の声で名指揮を


 本日は、まず指導者の要件の一つである「」について少々触れておきたい。「事をなす」との義については、これまでも述べてきたし、更に、経論の上から、また、現代諸科学の上から、折を見てきちんと論じておきたいとっている。

 法では、この娑婆世界を「得道の国」と説く。「」を訊いて成する国土とするのである。

 目は使わない時には、つぶる。口も閉じる。しかし、はいつも開いている。人間に向かい、宇宙に向かって――。

 そのにいかなるを届け、入れてゆくか。そこに、あらゆる指導者のもあり、使命もある。また、勝利へのカギもある。


は第二の顔である」。これは、フランスの作家・ボーエルの有な言葉である。

 にも、それぞれの“相”がある。の特徴を分析した「紋」は、「指紋」と同様に個人差があるとされ、犯罪捜査にも利用されている。

 また、西洋中世の言葉に「人物を知るのに、ほど確かなものはない」とある。

 は鏡であり、その人の生命状態、境涯がくっきりと映し出される。はある味で、顔の相以上にその人の真実を雄弁に語る。

 話している人の生命力、説得力、成長ぶり、話している内容に裏づけと確信があるかないか、策か本か、を聞けば、大体わかるものである。


 天台大師は「上医はを聴き」(優れた医師はを聴いて診断し)と説いている(摩訶止観巻八の上、「病患を観ぜよ」)。

 には体調の変化も如実に表れる。発には、ほとんど全身の諸器官が関係するからである。もちろん、理状態も大きく反映される。

 ちなみに、天台大師は上中下と分けた医師の内、残りの中医と下医は、それぞれ「中医は色(しき)を相し、下医は脈を診る」(中ほどの医師は、表にあらわれた顔色や身体の様子を観察し、その他の下医は脈をとって診断する)と述べている。

 ドクター部の皆さまもいらっしゃるが、これは決して私が言うのではない(爆笑)。

 ともあれ、「」はそれほどデリケートなものである。


 の微妙さを示す、こんなエピソードを、ある人が話していた。

 森鴎外の作で有な『山椒大夫』の物語を映画化した時のことである(1954年)。

 主演は女優の田中絹代さん。彼女は、幼い姉弟、安寿と厨子王に生き別れする哀れな母親を見事に演じた。

 老い、疲れたしみの母という役づくりのため、彼女は撮影中、ずっと肉を口にせず、野菜中の食事を通した。

 撮影がやっと終わり、ホッとしてビフテキを食べに行った。その気持ちは、よくおわかりとう(笑い)。

 次は画面を見ながら「音()を入れる作である。ところが――。

「厨子王! 厨子王!」。何度やっても、溝口健二監督はオーケーしない。

にツヤがあり過ぎる。何かいいものを食べただろう!」と、見事に言い当てられた。このでは駄目だと、監督は首をたてに振らない。

 何と5時間、同じ場面を繰り返した。疲れ果てた頃、やっと許しが出たという話である。

 聞く人が聞けば、それほどは繊細なものであり、正直である。


 また、このエピソードは、何事も一つのことを仕上げるに当たっては、どれほどの労があるか、妥協のない厳しさが必要かを教えている。

 例えば幹部の指導も、何の勉強も工夫も祈りもない安易な話であってはならない。実際には内容の浅い話であっても、皆は一応、拍手をしてくれるかもしれない。しかし、それでよしと錯覚すれば、そこで成長は止まる。これが組織のもつ悪しき一面である。

 これは万般について言えることであり、「組織が偉大であるゆえに、それに甘えて、鍛えなき幼稚な人格の人となってはならない」と強く申し上げておきたい。


 ともあれ、一流の指導者は総じてがよい。明快であり、よく通る。説得力があり、人のの奥深くにしみ通ってゆく力がある。いわゆる「話のうまさ」は別にして、多くの人が納得できるの響きをもっている。

 秋谷会長や青木副会長は、その点、やはり立派とう。

 また、スピーチする場合、内容は当然として、私が最も気を配るのもである。先日もフランス学士院で講演したが、成否の大半はで決まるとを定めていた。


 勤行のも「すがすがしい」「さすがである」と言われる指導者であってほしい。勤行は御本尊感応しゆく荘厳な儀式である。それにふさわしい朗々たる響きのであっていただきたい。

 悪は地だから仕方がない(笑い)という人もあるかもしれないが、信の境涯の変化は、勤行のに最も端的に表れるのも事実である。


 様々ながある。

 お母さんのような「温かい」、非情な裁判官のような(笑い)「冷たい」。

 パッと惹きつけられる「明るい」、谷底へ落ちてゆくような(笑い)「暗い」。

「柔らかい」と「硬い」、「高い」と「低い」、「太い」「細い」、「重い」「軽い」、「豊かな」「繊細な」、「透明な」「濁った」、「落ち着いた」「迫力のある」。

 その他、黄色い(笑い)、金切り、とがった、つくり、裏、奇、蛮(ばんせい)、等々。まだまだあるとう。

 面白いことにこれらの多くは、物質の質を表す形容詞と共通している。すなわち硬さや明暗、重さ、色などを表す言葉である。

は、ある味で、一つの物質であり、物理能力を持つ”と著な演劇指導者は言う(竹内敏晴氏)。

 は、いわば肉体の一部であり、現実に波動があり、現実に力がある。

 を聞いて「腹にこたえる」「胸にしみる」「腑(ふ)におちる」などの表現も、単なる“たとえ”ではない。が自分の身体の中まで届き、入ってきた実を言った言葉である。


 人を励ます時、手で肩をたたく。それと同じく、で相手の肩をつかみ、揺さぶり、激励することができる。

 そうした真剣な、力のこもった庶民の「真」によって、今日の麗(うるわ)しい学会の世界は築かれてきた。一人また一人と、確信と勇気をもって立ち上がり、全世界への広宣流布の道も開かれてきた。

 反対に、子をしめ、幸福への直道から退かせてしまった、無責任で無慈悲な指導者のもあった。


 人の「生命を揺さぶる」。それは技術でも策でもない。まして、権威や立場とは無関係である。

 自分自身の生命の奥底から発する率直な、真実の叫びでなくてはならない。すなわち、ありのままの、強き「随自意」のこそが大切なのである。


 御書には次のように仰せである。

「人のを出(いだ)すに二つあり、一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがためにをいだす是は随他、自身の(おもい)をにあらはす事ありされば(こころ)がとあらはる法・は色法・より色をあらはす」(469頁)

 ――人がを出すのに2種類ある。一つには自分では、たとえそのつもりがなくても、(相手に自分のを偽って)だまそうとするためにを出す。これは随他である。

一方、自分のいをそのまま表したがある。この場合は、自分の中のとなって外に出ている。法、は色法であり、法から色法が表れる、と。

それ自体も生命の一つの実相であり、と一体となっている。つまり、が色不二をなしているがゆえに、真実のは相手のに響き、動かしていくことができる。しかし、「随他」は、自分のを歪(ゆが)めているために本当に相手を動かす力とはならない。


 ともあれ、というものは「生きもの」である。

 例えば、元気よく話すのだが、最後は必ずが「わあわあ」と散らばってゆく人がいる。そうした人は多くの場合、実は相手と本音で触れ合うことを恐れて、一方的に「を投げ出している」だけなのである。

 また、言葉の語尾を自分の口に飲み込み、引っ込めてしまう人がいる。この人もまた、自信がなくて相手から逃げようとしている。

 両者とも、相手と確信をもって本音で語り合うことができない自分の弱さを、ごまかして話している。これは先ほど申し上げた「随他」といえよう。

 表面上、うまく相手に安房得るだけの「タテマエ社会」もある。しかし、「随他」ばかりが通用するそうした社会は、表面がどれほど立派であっても、内側から白アリが食い尽くした家のように空虚である。

 信の世界もまた同じである。組織の上でいくらうまく立ち回ろうとも、法のため、広布のためという確信と「随自意」をもたなければ、精神的に空しくなり、人間の破壊へと進んでゆく場合があるだろう。


 語源的にも、「話す」とは、実は「放す」ことに通じている。

 自分のの中のいを率直に、ありのままに、相手に向かって真っ直ぐ「解き放つ」。「随他」に対して、これこそ「随自意」であるといえよう。「私は私の信のままに、全てを言い切った。何の悔いもない」――ここに自身の「解放」がある。

 ピシッと相手に届く、「ああ、確かにこの人の言う通りだな」と、相手の胸を揺り動かしていく――それは、誠実にして確信ある自身の深き境涯から生まれることを忘れないでいただきたい。


【第18回本部幹部会 1989-06-26 創価文化会館

1989-04-25

ドゴール


 先ほど、「」のもつ力について触れたが、ドゴールは、そうした「の力」の偉大さを最も鮮明に証明した人物の一人でもあった。

 第二次世界大戦のさなか、「戦いはこれからだ!」と彼は叫ぶ――それは、ラジオ放送を通じてのことだった。

 1940年6、ヒトラーのドイツ軍がパリを占領。世界の“文化の都”は、ナチスの軍靴に蹂躙(じゅうりん)され、凱旋門には鍵十字の旗(ハーケンクロイツ)が翻(ひるがえ)った。フランスの栄光は完全に地にまみれた。大敗北である。この時、誰が立ち上がったか――。時の首相・ペタン将軍は何と即刻、全面降伏を決定した。

「涙をのんで、フランスは戦闘をやめねばならない……」――首相のラジオ放送を人々は絶望のいで聴いていた。そのそばをドイツ軍のオートバイが、我がもの顔で走り抜いていく。屈辱が胸をかんだ。

 もはや、全てが終わったのか? このままヒトラーの野望の前に、フランスの偉大な歴史は幕を閉じようというのか? 誰も答えられなかった。

 しかし、ペタン首相の放送から約2時間後のことである。ある村の一人の若者が、家から走り出てきて、村人に叫んだ。

「おい、フランスはまだ負けてないそうだ! “戦え!”って言ってるぞ! 今、将軍がラジオ放送でそう言った!」

「将軍って誰だ」

「ドゴールって前だ!」

 ドゴールは呼びかける。

 ――諸君、フランスは戦闘に敗れた。しかし、フランスは戦争に負けたのではない、と。

 人々はラジオにを押し当てるようにして、この唯一の“希望の”に聞き入った。その日、こうした光景は全国で見られた。

 この時、ドゴールは49歳。ロンドンにいた。一般にはほとんど無の存在であった。

 彼は先輩の上官たちが、皆だらしなく降伏したことを知るや、急遽(きゅうきょ)イギリスに飛んだ。そして、ロンドンのBBC放送から、全フランスへ救国のを送り続けた。来る日も来る日も――。

「戦いをやめる? それは単なる降伏ではない。それは奴隷になることだ。手も足も出ないようになって、敵に引き渡されることだ」

「フランスの兵士よ! 今、君たちのいる場所で立ち上がれ!」

「フランスの士官、フランスの水兵、フランスの操縦士、そしてフランスの技師諸君、どこに君たちがいようと、“更に戦う”ことを望んでいる人々と協力せよ。団結せよ!」

「何が起ころうとも、フランスの抵抗の火は消えてはならないし、また、消えることは絶対にないだろう」

 この一言一言、ドゴールの魂からほとばしるに、レジスタンス(抵抗運動)の炎が、燃え上がっていった。

 ドゴールは一人で戦っていた。その懸命の一人の、魂から発せられた言葉だったからこそ、それを聞いた多くの人々が立ち上がった。人々のを真に共鳴させるもの。それは、口先の言葉や、格好のよさなどでは決してない。絶対の確信に裏づけられた「力の」なのである。


 有な作家モーリヤックは書いている。

「われわれの運命の最も悲惨だった時期には、フランスの希望は一人の人間にかけられていた。その希望はこの人物の――この人物だけのによって、表明されるばかりだった」(モーリヤック著『ドゴール』岡部正孝訳/河出書房新社)と。

 そして、地下に隠れ、頭上の天井をドイツ軍将校の足音が揺らすのを聞きながら、毎日、ドゴールの放送を待ち望んだ、と回している。

「われわれは受信機の前にいない家族の者たちの方へ走って行って、『ドゴール将軍が話をするぞ、彼の話がはじまるぞ!』と知らせたものであった」(モーリヤック著前傾書)と――。

 そのは、妨害電波網をくぐり抜けて聞こえてくる、かすかなであった。しかし、ナチス支配下の暗黒時代、このかすかなが、唯一の希望の光だったのである。

 ただ一人の、しかし確信に満ちた凛然たる“”――。その響きがどれほど力強く人々を励まし、に「希望」と「勇気」を与える源泉となるか。モーリヤックの回はこのことを如実に語っていよう。

 ドゴールの「」は、一歩も退かぬ彼の「行動」と常に一体であった。否、この時、彼にとって「」こそが、祖国のためになし得るただ一つの、全てを賭した「行動」そのものに他ならなかった。

「行動」と「責任」、そして、胸奥にあふれる「情熱」――。これらと一体となったやむぬやまれぬ「魂の叫び」から、やがて時代を動かす共のうねりが生まれていく。そこに、私どもの進める「対話」の真髄もある。どうか若き諸君は、透徹した行動と対話で次代の扉を開きゆく、深き信のリーダーと育っていただきたい。




 さて、先ほど述べたように、民衆は圧倒的にドゴール将軍を支持した。

 しかし、フランスのペタン政権は、政府の決定に従わない、この傲岸不遜のドゴール将軍に死刑の宣告を下す。

 そして、「下男根のフランスの新聞はこの首斬り人(ペタン首相)のために、彼(ドゴール)にありとあらゆる侮辱と嘲笑を加えつづけた」(モーリヤック著前傾書)のである。

 後にドゴールは語っている。

「私は、私と人民とのあいだに介入する傾向がある“選良(エリート)たち”よりも、むしろ人民の中に、今まで以上に支持を求めなければならなかった」(前同)と――。モーリヤックは、この言葉こそドゴールを解く「鍵」だとしている。

 結局、信頼すべきは無の庶民、民衆をおいてない。このドゴールの抱(いだ)いた慨に、私もまた私自身の経験から、深い共鳴を覚える。

 ドゴールは亡国の危機に一人立ち、「自由フランス軍」を結成。北アフリカ戦線、その他の戦いを重ねて、4年後の1944年8、ついにフランス本土を解放に導いた。

 まさに、「20世紀のジャンヌ・ダルク」の使命を果たしたわけである。


 ドゴールは夢家ではなかった。むしろ、全く逆に、透徹した現実主義者だった。それゆえに、「希望」のもつ現実的力を熟知していた。

 作家のアンドレ・マルロー氏とは私も二度対談を行なっているが、彼もまたドゴール政権下の閣僚を何度も務めた“右腕”であった。

 ドゴールはマルロー氏にこう言っている。

「行動と希望とは引き離せないものだった。希望はまさに人間にしかないものらしい。そこで、個人においては、希望の終りは死のはじまりといたまえ」(マルロー著『倒された樫の木』新庄義章訳/新潮選書)と。

 フランスの大逆転劇は、まさにドゴールによってもたらされた、民衆自身の「希望の力」の勝利だった。一人の無の将軍の戦いに呼応した民衆の凱歌であった。

 民衆の力ほど偉大なものはない。民衆の英知ほど鋭いものはない。民衆の力を知ることは、真の指導者の証といえる。

 そして私は、青年部の諸君こそ、民衆のを我がとして、壮大な妙法広布の流れをリードしゆく、使命の指導者群であると申し上げたい。諸君も民衆を軽蔑し侮辱する一切の勢力とは、断固として戦ってもらいたい。そこにこそ、揺るぎなき磐石なる勝利の歴史を綴(つづ)れるからだ。


 こうしてドゴールは、20世紀の歴史を飾る人物となった。

 だが、一体何が、彼にこれほどの行動力と影響力を与えたのか。そこには、ある種の謎が残る。

 イギリスに渡った時、ドゴールには何の権力もなかった。兵力も財力も、の力もなかった。 それどころか、本国から役職を剥奪され、「死刑」を宣告された“一兵卒”に過ぎない。異国にあって、よるべき土地もなかった。文字通り丸裸の中年男である。

 その彼が、イギリスのチャーチル首相、アメリカのルーズベルト大統領といった、当代きっての大物政治家を向こうに回して、“戦うフランス”への支援を取りつけていったのである。

 フランスの正式な政府の決定を差し置いて、たった一人、「私はまだ戦う」と言っている。この風変わりな男の、どこにそんな力があったのか。

 国際政治上の力学や、駆け引きは別にして、不可能を可能にしたドゴールの 強靭な人格の秘密について、マルロー氏は後にこう書いている。

「(ドゴールは)人々が国家の不幸に対して立ち向かわせることのできた唯一の人であった。それは彼が自分の中にフランスを抱(いだ)いていたからである」(マルロー著前傾書)

 ――「私がフランスだ!」。この確信がドゴールの力の源泉だったというのである。

 ドゴールは常に大いなる誇りをもっていた。「私のいるところ、そこにフランスの魂はある」と。


 次元は異なるが私もまた、「私の中に創価学会がある」との決で進んできた。

 胸中には常に「創価学会」を抱(いだ)き、戸田先生牧口先生の魂を抱いている。だからこそ私は強い。何ものも恐れない。また、何があっても変わることがない。

 諸君も、それぞれの立場で、「私が創価学会である」「私の中に創価学会はある」との自覚で、誇らかに、また縦横に活躍していっていただきたい。


 一説では、ドゴールという前は、それ自体〈フランス人〉を味するという。少年時代から、彼は自分の人生とフランスの命運とを一体視していた。

 フランスの栄光こそ、自分の人生の栄光であり、フランスの勝利のほかに自身の勝利はない、と。

 そして敗戦で、フランスの屋台骨が全て崩れ落ちた時、廃墟の中にこの一兵士が、一人でフランスを代表し、主柱のごとく立っていた。

 彼は、「誰かがやるだろう」などとは絶対に考えなかった。「誰かがやらねばならない。だから、私がやる」。この情熱と責任が彼の行動を貫いていた。


 徒手空拳の一亡命軍人が、祖国のためにただ一人、「不屈のフランス」を代表し、フランスの栄光を取り戻そうというのである。

 彼の情をう時、その悲壮と重圧は像を絶する。普通ならば、死刑の宣告を聞いただけでも、震え上がってしまうに違いない。

 また、客観的には、むしろ狂気めいた、滑稽な姿としか見えなかったかもしれない。しかし、彼は勝った。

 先に触れたように、彼には何も頼るものがなかった。丸裸で出発した。私はう。ある味で、だからこそ彼は強かったのだと。虚栄や虚飾が微塵でも指導者にあったならば、生命を賭けた力は出ない。本当の仕事はできない。

 学会もまた、歴代会長の全てをかなぐり捨てた「必死」の戦いによって、誰人も考えられなかった奇跡ともいうべき勝利を勝ち取ってきた。ただ一人の戦いが常に原則となっている。

 これからは諸君が、その力を証明する番である。これだけ多くの優秀な青年がいて、いかなる未来の結実をもたらしていくか。「世界」が見ている。「歴史」がじっと諸君を見つめている。青年らしく、学会っ子らしく、「次の学会をよろしく」と、私は諸君に託したい。


 ドゴールは「本国に入れないないなら、周辺から戦おう」と決めた。フランスの植民地であった北アフリカの諸地域を、一つまた一つ、味方にしていった。一歩また一歩、本国政府も無視し得ない勢力を築いていった。

 ある面からいえば、それは地を這うようなゲリラ戦であたt。その一方、国内のレジスタンスとも密かに連携を取り続けた。


 私はこの10年間、来る日も来る日も、友の激励に徹した。一日に何百人、時には何千人の友に、信からほとばしる「魂の」を送り続けた。そうした友と私との一対一のの絆によって、全ての情勢を一変させていった。単なる組織の力などでは決してない。

 これは自分のことになるが、将来のために、あえて言い残しておきたい。


 ドゴールはいかなる状況にも追随しなかった。反対に、自分に状況を追随させるために立ち上がった。

 彼は権威を全く無視していた。事実の上で、フランスのため、国民のために尽くす者だけを尊敬した。

 そして不敵に、剛毅に、胸を張って生き抜いた。


 それにしても、「負ける」ということは、まことに惨めである。敵はナチスばかりではなかった。大戦中、フランスは、イギリスからもアメリカからも、徹底して「敗戦国」扱いの侮辱を受け続けた。

 誇り高きドゴールは、しばしば激高(げっこう)した。「今に見よ!」。怒りを胸に刻んで、彼は耐え、時を待った。

 味方であるはずの英米にもなめられきったこの頃の屈辱を、ドゴールは終生、忘れなかった。

 戦後の彼の、いわゆる独自路線は、この体験を一淵源にしているといわれる。英米と手を結ばず、頼ることなく、フランスはフランスの道を行くと決めたのである。

“フランスはフランス人の手で守らねばならない。フランスはフランスの独立の力で、はじめて偉大であり、輝きわたるのだ”――これが彼の信条であった。

 頑固なまでのその姿勢には多くの批判もあったが、彼は「どこにも頼らず、頭を下げる必要のない力をもつ。そうすれば相手の方が尊敬してくる」と動じなかった。


 彼の政策の是非はともかく、その信には学ぶべき真理が含まれているとう。

 広布の前進にあっても、共と理解を広げに広げていくことは当然として、所詮は、誰人をも頼らず、民衆の団結の力で進んでいく以外にない。その奥底の覚悟が、学会を強くし、正法と広布の世界を厳然と守りゆく力となる。


 ともあれ、ドゴールの偉大さは、最も闇の深い時に、最も高く希望の火を掲げたところにある。

 フランスの夜明け前、太陽は既に彼の胸中に昇っていたのである。

「太陽の存在が必要であるのと同じく、世界のため、フランスのために、正義の存在が必要だ。いつか必ず正義がやってくる。それをもたらすものこそ勝利なのである」と彼は語っている。

“全滅”の状況の中で、彼のみが未来をあまりにも的確に見通していた。信じていた。

「フランスは必ず勝つ」。彼のこの確信を軸に、その後の歴史は回転していった。

 こうして一人の勇者のが、嵐も暗雲も吹き払った。これは厳たる歴史の事実である。


 私は多くを語りたくない。また、賢明な諸君にこれ以上、申し上げる必要はないとう。

 ただ私は、清らかな正法と信の世界を踏みにじり、占領しようとした狂暴な多くの悪と一人戦った。私にはドゴールの孤独と衷が、そして、不滅の誇りと喜びが、痛いほど伝わってくる。次は誰が立ち上がるのか。

 ゆえに私は重ねて、「広布の未来は一切、諸君たちの手中にある。その中にのみある」と強く申し上げておきたい。


【第14回全国青年部幹部会 1989-04-25 創価文化会館