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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2005-03-28

声は生命


“自身の(おもい)をにあらはす事ありされば(こころ)がとあらはるは色法より色をあらはす”(469頁)

 は生命である。人のの琴線にふれるような話をする人がいる。それは、言葉以外に、多くの薀蓄(うんちく)のあるがあるからだ。その言葉には、余韻をじさせるものがある。

 話には必ずホシがなければならぬ。話は言葉という形式によって表現されるから化儀である。その化儀を通して、言葉の奥にあるその人のなり、理を知ることができる。すなわち、それが化法である。形式的に言葉を並べたような指導であってはならない。人のを打ち、えぐるものがなくてはならない。


【『指導メモ』 1966-06-01発行】


 は見えないので法、は五で知覚できるので色法。色不二であるが故に、が現れる。


私がビデオを見る際、日本語吹き替え版を嫌うのは、このためである。


 嫌なとは、どういった種類のものであろうか? がさつな、ぞんざいな、取り繕(つくろ)った、媚(こ)びた、威張った、卑屈な、か弱い、ハッキリしない、冷たい、澄ました、おどおどした、暗い……。書いている内にが暗くなってきた(笑)。


 では、気分を変えて、好ましい


 朗らかな、豊かな、自然な、落ち着いた、温かい、響く、通る、ハッキリした、透き通った、明るい、誠実な、真剣な、優しい、爽やかな、親しみのある……。


 竹内敏晴氏が代表作『ことばが劈(ひら)かれるとき』(ちくま文庫)で、現代人はが出なくなっていると指摘している。建物がコンクリートで造られるようになった背景もあるが、最大の原因は、現代人の身体が歪んでいるところにあるという。竹内氏がいう「が出ている状態」とは、交通事故に遭いそうな子供に向かって「危ない!」と叫んでいる状態。と身体が一致して、対象に向かっていなければ、が出ているとはいえない。


 今時のミュージシャンは、その大半が泣きみたいになっている。薄気味悪くて仕方がない。


 私の個人的な研究によれば、笑いに人柄が出る。笑いは絶対に誤化すことができない。嫌らしい笑いに、境涯の低さが如実に現れる。裏表のある人物も、笑いでわかる。


 会合などで、必要以上に大きいを出す人は、虚勢を張っている場合が多い。自信のなさの裏返しだ。先日行われた座談会で、80代半ばの婦人部が活動報告をした。事前に2時間の唱題をして臨んだそうだ。そのハツラツとしたは、実に清々(すがすが)しく、が洗われるような銘を受けた。


 と共に、話し方も重要だ。間の取り方、メリハリのつけ方、内容の組み立てなど。こうしたことは、知の次元というよりは、聞き手に対する配慮ができるかどうかだとう。


 そして一番大事なことは、「今、信している」ことに対する激と動に満ちているかどうかである。聞く人をして電させるほどの大情が人のを動かす。言葉にを託して、対話の大波を起こして参りたい。