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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2011-09-09

マスードは大の読書家であった


 Facebookに「尊敬する人物」という項目があるが、私はここにクリシュナムルティマスードの名前を書いている。パンジシールの獅子は9.11テロの2日前に暗殺された。アフガン戦争を望むアメリカにとって目障りな存在だったのだろう。マスードによって、いよいよこれからアフガニスタンの民主化が始まろうとしていた矢先のことだった。陰影の濃い複雑な表情に惹かれてやまない。享年48歳。


 大の読書家で、1997年時には、寝る間も惜しみ読書に時間を割いていたため、1日の睡眠時間はおよそ2時間程度だった。1996年のタリバーンの攻勢により、事前に首都から撤退したが、その際マスードは約3000冊の蔵書を持ち出している。持ち出した蔵書は実家のゲストハウスの廊下に山のように積み上げられていた。その読書に対する執着ぶりは、夜間、発電機が止まり、あたりが暗くなっても胸からペンライトを取り出し、何事もなかったかのように読書を続けるほどであったという。(Wikipedia

マスードの戦い (河出文庫) 獅子と呼ばれた男―アフガニスタンからの至急報 マスード―愛しの大地アフガン 写真集 獅子の大地


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Ahmed Massoud r.i.p

2008-09-07

良書を読み抜き、自在の対話を


 ともあれ諸君は、「良書」を求め、読み抜いていただきたい。どこへ行っても、どのような人に対しても、自在に話を展開し、深い銘を与えるだけの力を培っていただきたい。青春時代の今やっておかなければ、必ず悔いを残すことになる。ゆえに私は、若き諸君に繰り返し申し上げているのだ。

 信仰者として、「御書」を肝に染めていくことを根本として、更に幅広い勉強が必要である。そうでなければ多様な現実の大地に生きる人々に、「妙法」の偉大さを理解させ、証明してゆくことはできないからである。

 私は、戸田先生のもとで「読む」ことを徹底して鍛えられた。「論語読みの論語知らず」であってはならない。

 教の教義しか知らず、あとのことは何も論ずることができないようでは、「法」まで偏頗(へんぱ)にしてしまう。法の序分であり、流通分である一切の「学問」も必要となるのである。


【静岡県青年会議 1990-01-21 富士宮国際文化会館


 今、つくづく読書の大切さをい知る。


 私の家には本棚が12本あり、それぞれの棚に前後2列ずつ本が並んでいる。その上、床には本の山が林立していて、ハードルみたいになっている。約5000冊所蔵。もちろん、全部読んだわけじゃない。20年間でこれだけ買ってきたのだが、随分と嗜好も変わってきた。


 10代の頃から毎年、100冊以上は読んできた。だが今にしてえば、2倍は読めたと反省している。所詮、「好き」という範疇(はんちゅう)では、守備範囲が広がらないのだ。大失敗。


 そんな反省から、今年は200冊ペースを維持している。幼い頃から読んできたものを含めると、多分3000冊は読んできているとう。一念三千ではないが、3000冊読んで見えてきたものがある。それは、知識が概にまで高められると、ものの見方が激変することだ。つまり、価値観がガラリと変わり、人生そのものが変化する。


 一冊、また一冊と読み続けるうちに、考の根は枝分かれを繰り返し、どんどん地中深く食い込んでゆく。樹木の大きさは根に等しい。地中には、木の枝と同じ幅の根が広がっているのだ。


 優れた人物との出会いを求め、私は今日も本を開かずにはいられない。

2007-10-26

「あの荒れ地の中に宝がある」


 こんな昔話がある。

 ――父の遺言で「あの荒れ地の中に宝がある」と、子達が聞いた。

 怠け者の子達だったが、“宝”が欲しいばかりに、毎日、一生懸命、荒れ地を掘った。人間は“宝物”に弱いらしい(笑い)。

 中々宝は出ない。しかし、真面目な父の言うことである。どこかにあるはずだ。

 こうして一年たった。いつの間にか荒れ地は立派に耕されていた。

 ある人がそれを見て、「こんなに見事に耕された土地なんてね、他にはない。どんな作物でもできるだろう。すごい財産だ」とほめた。

 子達は、初めて悟った。父親は、自分達に「労働」という“宝”を教え、土地を耕させるために財産の話をしたのだ、と。

 父の話は嘘ではなかった。探していた宝は、まさに“土の中”にあったのだ。

 父のがわかった子達は、謝しつつ、以来、いつまでも仲よく、栄えた――という物語である。


 この話からは様々な教訓が引き出せるとう。

 読書についていえば、“読む”ことも「を耕す鍬(くわ)」といえる。実は、本そのものの中に、知恵や幸福があるわけではない。本来、それらは全部、自分の中にある。

 しかし、読書という鍬で、自分の、頭脳、生命を耕してこそ、それらは芽を出し始める。

「文化」すなわち「カルチャー(culture)」の語は、「耕す」すなわち「カルチベイト(cultivate)」からきていることは有である。

 自分を耕し、自分を豊かに変えてゆく。そこに「文化」の基本がある。

 ともあれ、あらゆる賢人が読書を勧めている。人生の“実りの秋”に、大きな大きな精神の果実をつけるために、今こそ、あらゆる良書に“挑戦また挑戦”していただきたい。


【関西創価学園・第8回健康祭 1989-10-10 関西創価学園池田記講堂】


手塚治虫氏」に続く指導。


 先日、テレビでアジア学院のことが紹介されていた。アジアやアフリカから農村指導者を招き、有機農法を9ヶ間かけて実践的に教えている。そして、日本で学んだ彼等が、今度は祖国で農民に有機農法を伝えるのだ。それはもはや単なるノウハウではなく、“知恵”そのものである。


 空気が多く含まれるほど微生物が増え、土壌は豊かになる。堆肥やミミズも欠かせない。つまり、雑多な“生命の連環”が機能し始めて、豊穣な実りがもたらされるのだ。


 振り返ると、「昭和型の幹部」は農薬そのものだった(笑)。農薬幹部の指導が散布されると、微生物は死に絶え、害虫も近寄らない農作物は人体を侵(おか)した。見栄えのいい野菜は、おしなべて水っぽくて味が薄かった。そんな活動家が多かったよ(笑)。


 土壌が豊かな組織とは、端的に言えば「出たり出なかったりする人が、たくさんいる組織」だとう。内外に限らずだ。活動家と未活動のメンバーがきっちりと色分けされている組織は、“農薬&化学肥料型組織”といってよい。人間を2色にしか分けることができないのは、どう考えても不健康だ。白と黒しか存在しないのだから。色とりどりの人材群がいて、百花繚乱の功徳の花が薫るのだ。


 読書も同じだ。雑多な知識と小さな動が、自分自身の経験と複雑微妙に絡み合って“連環”を形成する。その積み重ねが、“魅力的な対話”という果実をもたらすのだ。人々の興味を掻き立て、目を集めることがなければ、ま、「雄弁」とは言えませんな。

2007-10-23

手塚治虫氏


 日本を代表する漫画家に手塚治虫氏がいる。「日本人は、なぜこんなにマンガが好きなのか?」と聞かれて、「外国には手塚治虫がいなかったからだ」と答えた人がいる。それほど手塚氏の「パイオニア」としての存在は大きかった。

 氏は、本年2死去。60歳であった。潮出版社の『コミックトム』にも、ベートーベンの電気をもとにした『ルードウィヒ・B』を連載中だった。

 彼は関西出身である。昭和3年、大阪の豊中(とよなか)市に生まれた。3歳頃、兵庫の宝塚市に移る。小学校は池田市の師範附属小学校。

 学園生にも電車通学が多いが、彼も宝塚から池田まで電車通学であった。その間、いつも本を読んでいた。

 彼はマンガも好きであったが、徹底した“本の虫”でもあった。文学の全集や科学の本など片っ端から読んだ。後年も、この“本の虫”は続いた。

 世界にを成した人の多くは、青春時代に読書にいそしんでいるものだ。彼の厚みのある作品は、こうした読書体験が背景にある。

 勉強も抜群の成績であった。大阪大学医学部を卒。医学博士でもある。

“マンガ”のパイオニアも、マンガの中から生まれたのではない。読んで読みまくった「本の世界」から生まれたのである。

 また、彼は小学生時代、マンガを読む時も、常に他のものと比較し、批判し、研究しながら読んだという。


【関西創価学園・第8回健康祭 1989-10-10 関西創価学園池田記講堂】


 豊中には、私がお世話になっている同志がいるので紹介させてもらった(笑)。


 漫画は私もよく読む。生まれて初めて買ったのは、『トイレット博士』である。小学校2年の時だった。さすがに、「『ハレンチ学園』を買って欲しい」とは母親に言えなかった(笑)。


 それ以降、『アストロ球団』、『おれは直角』、『男組』と成長の足跡を刻んだ。ストーリーを重んじる格なので、『爆風スランプ』の類いは読んでない。その上、小学生の頃から反権力的な体質が強かったため、漫画週刊誌は『ジャンプ』を避けて、『マガジン』『サンデー』を好んだ。


 高校生となり、私の歩みは少女漫画の山なみに向けられた。諸君、像して見給え。男子校の運動部に所属する坊主頭が、『別冊少女マーガレット』を真剣に読む姿を(笑)。くらもちふさこの『いろはにこんぺいと』が連載中だった。私はひと目で、クンちゃんとチャコの虜(とりこ)になった。


『ガラスの仮面』『生徒諸君!』『パタリロ』『エースをねらえ』も読み漁った。私の情緒の50%は、少女漫画によって形成されたものだ。


 漫画は日本の秀でた文化である。教育現場に、漫画とゲームの要素を取り入れれば、絶大な効果があることだろう。

2004-11-13

書評の勧め


 闘争の合間を縫って、先生の著作をひもとく学会員は多いことだろう。ページを繰るごとに、蒙が啓(ひら)かれ、迷いが払拭され、いつしか御本尊に相対する一がスッキリしている経験をされた人もまた多いに違いない。


 知らなかったことを知る驚き。ものの見方が豊かになる喜び。の変化が人生に光彩を与える。


 そこで、書評を書くことを勧めたい。先生の著作は既に膨大な量となっているが、Web上には驚くほど書評が見当たらない。


 文章を書くのは中々大変だ。私なんぞも、ダラダラと駄文を綴っているが、いばかりが先走ってしまい、後から読み直すと、あまりにも情的な内容に恥じ入り、穴があったら入りたくなったことも一度や二度ではない。


 最初から上手く書こうとすると文章が進まない。だから、初めはメモ程度でも構わないとう。書く作は、人を正確にさせる効用がある。


 更に、できることなら、誰に対してメッセージを送るのかをよくよく考えたい。同志が読むのであれば、「先生」という表記でいいだろうが、学会員以外の人々に対しては説得力を失うことを弁えておきたい。学会員である山中講一郎氏が著した『日蓮伝再考(一) 伝説の長夜を照らす』(平安出版)でも、これについて触れており、敢えて「日蓮」と記している。


 自分の動を堂々と綴り、それを目にした一人が、先生の本を買い求め、新たな動を広げてゆく。そうやって五十展転に至るほどの研鑚をしてゆきたいものだ。


 最後に、牧口先生の指導を紹介し、学会員諸兄の奮闘に期待するものである。

2004-02-23

長編の古典を読め


 戸田先生は厳しかった。「青年部員が、興味本位の低級な雑誌ばかり読んでいるようでは深き法は会得できない。またすべての事象を深く正しく見抜くこともできない。長編の古典を読め。歴史を学べ」と、よく叱られたものである。また「その根幹である御書を常に拝するように」と厳しく叱責された。これではじめて指導者に育っていくものだと、いつも厳しかった。


【伊豆広布40周年記代表幹部会 1987-11-23 伊東平和会館


「興味本位」というのは、覚や情に支えられているから、本能に支配された生命状態である場合が多い。


 この指導は何度も先生が紹介されているが、初めて読んだ時、戸田先生の大きさに頭(こうべ)を垂れた。学校教育でも、これぐらい骨太の指導がなされれば、子供達の未来も激変するに違いない。


 長編の古典で比較的読みやすい作品としては以下のものがある。

 などがある。