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2006-12-10

精神疾患に関する覚え書き

  • ギリシャ時代に「メランコリー」と呼ばれていた「うつ」は、19世紀に入ってから病気としての概が確立。
  • うつ病の発症には、その人本来の格や家庭・職場でのストレスなど、さまざまな環境が影響しますが、それ以上に大きな要因は、脳内の神経伝達物質が不足すること。
  • そう考えれば、「の病気」というよりも「神経の病気」と認識できる。
  • 不足している神経伝達物質を薬で補うことによって、症状は確実に改善される。
  • 2週間以上、落ち込んだ気分が続くようであれば、うつ病の可能が考えられる。さらに、落ち込んだ気分と同時に何らかの身体症状があるのも特徴。
  • うつ病の抑うつ気分や、欲低下の症状は、午前中に強く現れる。

【『けんこうさろん』NO.156 2005-04-20発行】

2006-12-05

精神疾患について


健康勝利の掲示板」で、ホストの薬王さんから、精神疾患について色々とご教示を受けた。大変、有益な内容とわれるので、ここに転載させて頂く。


小野不一


 私見ながら、「鬱病や心身症などの精神疾患は、多分、過去のトラウマ(心的外傷)から自分の心と身体を守っている状態のような気がする」とブログに書いたんですが、専門家の目から見ると、どうなんでしょうか?


薬王


「過去のトラウマ的外傷)から自分のと身体を守っている状態のような気がする」


 生きものの本能として、外からの攻撃(理的危機・ストレス・トラウマ等を含む)があった場合、逃げる・戦う・硬直する、と3通りあります。


 初めに、も身体も「柔軟」がある人はクヨクヨせず、どんなことも対処できます。多くの身症や精神疾患の方は、身体的にも理的にもこの「柔軟」が失われていることがみられます。


 まず、何かストレスを受けた場合、に余裕のある人とはサッと逃げれます。何事もなかったようにうまく逃げて、後に不安や不満・執着が残りません。泣くことも逃げになります。


 戦った場合は、その場で不満や恐れが発散できるので、これも後に残るのは少ない。


 最後に問題なのが、硬直(固まる)です。


 過去の出来事(ストレス)に対し、身体や神経は防御反応を示します。小野さんの言う通り、自分のと身体を守っている状態です。これは、当たり前といえばそうでして、本能がそうさせています。


 ただここで問題なのは、ストレスに対して、発散できず、我慢(硬直)した状態が長く続いた時です。これは抑圧エネルギーといって筋肉や神経系統に残こるのです。また、抑圧されたエネルギーは次から次へと噴出して、精神的変調をきたしてくるのです。


 我慢(硬直)=交神経の過剰刺激=自律神経失調=ホルモンバランス変調=だるい・つらい等、身体的にも変調が出てきます。色不二ですね。


 精神疾患の解決法は多種多様です。現在の理療法は過去を振り返り、原因を追求することに重点を置いているようですが、法の現当二世、未来へ希望を生み出す力は精神疾患の解決に重要かとっています。


小野不一


 やはり、餅は餅屋ですね。大変、勉強になります。


 逃げる・戦う・硬直する


 これは初でした。確かに動物の弱肉強食の世界では、よく見られる態度ですね。


 翻って人間の世界を考えますと、「逃げづらい環境」が束縛している側面が窺えます。職場でのパワーハラスメントを支えているのは、「賃金を失うことへの恐れ」→「生活への不安」→「忍耐=硬直状態」のような気がします。


 学会組織の場合、これが更に強く発揮されます。多くの善良な会員が、法の正しさと組織の無謬を混同しているためです。ゆえに、モラルハラスメントパワーハラスメントの被害は、より大きなものとなると考えます。


 勝手ながら、もう一つ質問があります。「精神安定剤は“ものを考えられなくするための薬”だ。頭が働かないようにして、自殺を防ぐものだ」と聞いたことがあるのですが、これは正しいのでしょうか? 多くの患者が「強い薬」と表現して、忌み嫌っております。人によっては、3〜4時間以上、何もできなくなるといいます。こうした理由から、服用すべき薬を捨てている患者も珍しくありません。また、先日私が激励した青年は、家族の介護があるため、服用したくてもできない状況にあります。


薬王


「精神安定剤は“ものを考えられなくするための薬”だ。頭が働かないようにして、自殺を防ぐものだ」と聞いたことがあるのですが、これは正しいのでしょうか?


 精神安定剤は脳内の神経伝達物質に作用します。医師ではないので薬学のことは詳しくわかりませんが、精神安定剤に限らず、薬とはなんらかの二次的作用(副作用)は必ずあります。


 多くの患者が「強い薬」と表現して、忌み嫌っております。人によっては、3〜4時間以上、何もできなくなるといいます。こうした理由から、服用すべき薬を捨てている患者も珍しくありません。


 薬を飲む側の価値観や空・観など、その人のの働き方により、「同じ薬」でも効果は大きく変ってきます。3〜4時間以上、何もできなくなるといっても、「鬱状態よりましだ」とう人には効き、「強い薬」の副作用に不安を抱えている人に効果は期待できません。


 また、先日私が激励した青年は、家族の介護があるため、服用したくてもできない状況にあります。


 青年が若ければ若いほど、家族を介護する、ということが気になります。


 人間が生きるための働きには、丈夫になりたいとうことから、病気が治りたい、健康でいたいなど頭で考えています。しかしその一方で、の根底には、事のついでに壊したい、壊しておきたい、身体の弱いことを知らしめたい、などの「の方向」が生じます。


 頭(理)では介護をしなければとわかっていても、青年の生きる要求は満たされていない。人は要求が満たされないと、そのエネルギーは他人(外)に当るか、自分(内)を痛める方向のどちらかへ向かうからです。


小野不一


 いやはや、凄い展開になってきました。本当に学ぶことばかりです。


 人間が生きる為の働きには、丈夫になりたいとうことから、病気が治りたい、健康でいたいなど頭で考えていますが、の根底には、事のついでに壊したい、壊しておきたい、体の弱いことを知らしめたい、などの「の方向」が生じます。


 とすると、精神疾患は「本人の絶望を表現している場合」があるということでしょうか? 生きるためにリストカットをする若者と同じように、自らを傷つけるケースがあるという理解で宜しいでしょうか?


 また、「薬を飲む側の価値観や空・観」が薬効に影響するとすれば、医師への信頼があれば、プラシーボ効果も望めるのでしょうか?


小野不一


 質問ばかりとなってしまい、まことに恐縮です。こうした機会は中々ないものですから、甘えさせてもらいます。


 以前からってたんですが、貧しい国に精神疾患は少ないようにじます。衣食住が満たされない生活環境では、確かな生きる志が育まれるようにもえます。この私のい込みが正しいとすれば、精神疾患は満ち足りた生活の後に襲われるストレスが原因と考えることは可能でしょうか?


 また、私が運動部出身ということもあり、「ものを考えられなくなるほど身体を動かせば、精神疾患になる暇もない」と考えているのですが、これについてはどうでしょう?


 ちなみに私の実家で引きこもりになったとしたら、多分、殴って治されたことは疑う余地がありません(笑)。


薬王


 とすると、精神疾患は「本人の絶望を表現している場合」があるということでしょうか? 生きるためにリストカットをする若者と同じように、自らを傷つけるケースがあるという理解で宜しいでしょうか?


 そうだといます。人は「我ここにあり」と存在の主張を示さずにはいられないからです。「俺はこんなに力があるんだ」しかり「私はこんなに傷ついているんだ」しかり……。


 また、リストカットは若者にはみられますが、大人がすることはあまり聞きません。これは、若い時は生きる力が強く、その奥には壊してもまた再生する力を持っていると考えられます。怖いところ、危険な場所へ行くことにワクワクしたり、また傷付けることに快すらじることもあります。


 また、「薬を飲む側の価値観や空・観」が薬効に影響するとすれば、医師への信頼があれば、プラシーボ効果も望めるのでしょうか?


 医師への信頼は、プラシーボ効果を増大させるでしょう。このプラシーボ効果を引き出すのも、あくまで本人の側にあり、いくら医師が人格的にすぐれていても、説明が上手でも、受け取る側のによります。「この薬は効くようだ」と、いったん空がはじまり、「何日後にはこんな状態になるかな」と、連が続くと観となります。この観は、本来のの働きではなく、別に作り上げたなのですが、こうしての方向が固まってくると、識では否定しても体は反応してしまうのです。


薬王


 質問ばかりとなってしまい、まことに恐縮です。こうした機会は中々ないものですから、甘えさせてもらいます。


 こちらこそ! 応えることで勉強になっております。


 以前からってたんですが、貧しい国に精神疾患は少ないようにじます。衣食住が満たされない生活環境では、確かな生きる志が育まれるようにもえます。この私のい込みが正しいとすれば、精神疾患は満ち足りた生活の後に襲われるストレスが原因と考えることは可能でしょうか?


 人でも動物でもはじめに「生きてゆく」という生命の要求あります。貧しい国ではまさに、生きるために生きているので、先進国よりもかえって、伸び伸びと生きているように私はえます。


 確か、動物実験だとったのですが、ストレスがまったくなくなると、死んでしまうようなんです。ストレスもひとつの刺激ですが、満ち足りた生活にはストレスや刺激が多少必要ですが限度もあり、それを転換して生きるバネに変えてゆきたいですね。


 また、私が運動部出身ということもあり、「ものを考えられなくなるほど身体を動かせば、精神疾患になる暇もない」と考えているのですが、これについてはどうでしょう?


 同です。体を動かすという点で、運動はエネルギーの発散で良いのです。あくまで程々に(^^)


 ちなみに私の実家で引きこもりになったとしたら、多分、殴って治されたことは疑う余地がありません(笑)。


 野的ですね(笑)。強い子(人)に育つわけです(^^)


小野不一


 いつも、本当にありがとうございます。モヤモヤした考えが、どんどんスッキリしてきます。


 魯の人改め、魯ひとさんが、書いたテキストです。

 http://karagura.blog01.linkclub.jp/index.php?itemid=17929


 ご存じないかも知れませんが、魯ひとさん自身が鬱病の経験をお持ちです。


 私はこの方の見識の深さ、執ともいえるほどの教学に対する姿勢を拝見すると、仰ぐようないに駆られます。


 ただ、この文章に関しては、どうもスッキリしないのです。私は、精神疾患は、どう考えても「の病」だといます。「身の病」であれば身体の部位を特定できるからです。


 私の考えでは、魯ひとさんとは全く逆で、健常者もみんな、「の病」に冒されているといます。格や分に始まり、何かしら社会やコミュニティー、他人に対する違和など、「の病」は枚挙に暇がありません。


「彼女が欲しくてたまらない」なあんてのは、「の病」以外の何ものでもありません(笑)。「恋の病」ってえのも、ありますな(ニヤリ)。女子部の皆さん、お気をつけ遊ばせ。


 つまり私の考えでは、「の病」は人類の宿なのです。療内科の医師も、これを避けることはできません。皆、病んでいるのです。だからこそ、反省し、決し、前へ前へと人生の歩みを運んでいる。


 宿命や環境に毒された生命――私はこれを「の病」とづけます。


薬王


 私は職柄(整体)、身体の側面から診る傾向が強いです。の働きは体に表れ、逆に体の働きがに影響します。そして、身体を診ながらとの関連をみて、その人がどんな反応・行動をするのかを観てゆきます。では、そのと体を動かしている大元は何かというと「生命」と考えています。


 一方、人は家族をはじめ、人との関わりなしに生きてゆけない、また社会や時代の流れに沿って生きているので、それを見過ごすわけにはいけない。 個人(一人)の体から出発して、その社会、時代の流れをみてゆきます。


 とすると、現代の「の病」は私も、人類の宿=生命の宿の表れとみていますが、それと共に、その影響は身体にも如実に表れています。


 ギスギスした生きにくい社会で、今の人は過度の緊張状態が抜けません。その緊張状態は、呼吸器や脊椎神経に表れ、硬直を生じ、頭(脳)の過敏としても出ています。その箇所を手技療法や運動動作・言葉かけにより改善してゆきます。


 緊張の抜けない人は、ちょとした刺激(ストレス)で過敏になり、すぐキレたり、怒ったり、些細な事柄を大きな問題に摩り替えてみたりします。また弾力を失い、体が硬くなると、考え方までコチコチで、集中力に欠け、ひとつのことにこだわったり、出来もしない事を考え続け、疲れ果てたりします。 このような体の状態が「の病」や今の「いじめ」に繋がっているとみています。


 私が懸するのは、鬱病という「病」が一般化し、流行(はや)りだしたことです。健全な人が少し、気分が落ち込んだだけで、鬱病という「病のイメージ」に結びつけてしまう。単なる気分の落ち込みを「かもしれない……」とい込みが強くなると、本当の鬱病に化けてしまうからです。まあ、鬱に限らず病気になる大半は、このようなものなのですが……。


薬王


 私も一つお聞きしたいのですが、「の病」の方が題目を上げると「症状が出るからやめたほうがいい」と、聞くのですがどうなのでしょう?


 7〜8年前、私の部員さん(男20代)で「の病」を持ち、その専門の病院に通っていた部員さんがいたのですが、よく一緒に題目を上げていました。その時、症状が出ることはなかったのですが、どうなんでしょうか?


小野不一


 また弾力を失い、体が硬くなると、考え方までコチコチで、集中力に欠け、ひとつのことにこだわったり、出来もしない事を考え続け、疲れ果てたりします。


 竹内敏晴氏が全く同じことを言ってます。身体がいびつになったため、が出なくなっていると。(『ことばが劈(ひら)かれるとき』ちくま文庫)


小野不一


の病」の方が題目を上げると「症状が出るからやめたほうがいい」と、聞くのですがどうなのでしょう?


 唱題自体に義務じたり、生命力が躁状態につながるためだとわれます。自然に発生した自分の志で行う場合は、問題がないとわれますが、「やらないといけない」というい込みがあれば、逆効果になるとわれます。


 私の経験から申せば、「本人に題目を唱えることを強要する」よりも、「お前のことは俺が祈っているから配ない」と言うのが適切なあり方だとじます。


 人間はともすると、問題があると本人に押し付ける傾向があります。それを自分の問題とするのが内外相対だといます。


薬王


 唱題自体に義務じたり、生命力が躁状態につながるためだとわれます。


 ありがとうございます。体験を通した答えに頭が下がるいです。


 追伸――「の病」の方が薬を飲むことに抵抗がある場合、下記の本が参考になるかも知れないので、ご紹介しておきます。

 低血糖症の症状が「の病」の症状を引き起こしている?とみているようです。


 HPhttp://www.shinjuku-clinic.jp/

 ブログ/http://orthomolecule.jugem.jp/?cid=7


小野不一


 溝口氏の書籍は知ってますが、まだ読んでおりません。


 食べ物の影響は大きいといます。ただ、個人的には、栄養面よりも食品添加物などの化学物質や化学肥料の影響の方が大きいようにじます。


 また、谷口祐司氏によれば、おむつの様変わりも赤ちゃんに深刻な影響を与えているようです。谷口氏によれば、紙おむつの登場以降、赤ちゃんが母親に噛み付くようになったと指摘しています。「キレる」状態といってもいいでしょう。


 内は兄弟が多く、下の3人は私が育てたようなもの。で、いまだに直らない癖があるんですが、赤ちゃんが泣くとおむつの中をさわってしまうのです(笑)。布おむつを使っていると、赤ちゃんは不快を訴え、泣いてそれを伝えました。おむつ交換が遅くなると、お尻にアカギレができました。おむつを交換すると、キャッキャッとを上げて喜んでおりました。


 つまり、不快を覚えることによって、快を知るわけです。紙おむつはこれを奪った。


 更に谷口氏によれば、若いお母さんが「オンブする姿」を嫌い、抱っこするようになったことも問題であると指摘しています。理由は、抱っこの場合、お母さんの身体と赤ちゃんの身体が逆方向に動くため。おんぶだと一体がある。


 そして、これは私の見解になりますが、幼児から「遊ぶ文化」が喪失したことも大きな原因だといます。ゲームなどを初めとする、屋内の遊びは、身体的な刺激が少な過ぎます。外で遊ぶことによって皮膚覚が研ぎ澄まされ、子供同士の社会が形成されます。私の世代(43歳)であれば誰もが経験しているといますが、初めて木登りをする時は年長者が手を貸してくれたものです。こうした行為を受け継ぐことによって、社会の基盤が形成されていたようにいます。


小野不一


 ヨガなんか効きそうですね(笑)。あと、平均台とか。キーワードは柔軟とバランス覚といったところでしょうか。


小野不一


「言と云うはいを響かしてを顕すを云うなり、凡夫は我がに迷うて知らず覚らざるなり」なのかな、といました。


 というよりも、「いが響かない身体」になってしまったということなんでしょうね。吹いても鳴らないラッパ状態です。


薬王


 つまり、不快を覚えることによって、快を知るわけです。紙おむつはこれを奪った。


 今の紙おむつは吸収がよく、赤ちゃんがオシッコや便をしても、快・不快をじにくい。赤ちゃんは言葉を話せないので快・不快、腹が減ったなどを泣いて訴えます。その点、布おむつの場合は不快をじやすく、親は「あっ、したな……」と分かりました。


 つまり、赤ちゃんは泣くことで親の注を引き、安を得るのですが、紙おむつというのは、不快が少ないので赤ちゃんも泣かない。すると親のほうも勝手がよく、無関になります。これが親と子の信頼コミュニケーションがはかれなくなる始まりといえるでしょう。


 はじめのボタンのかけ違いが、後々大きな問題になってゆくと考えられます。


薬王


 ヨガなんか効きそうですね(笑)。あと、平均台とか。キーワードは柔軟とバランス覚といったところでしょうか。


 脳味噌の、柔軟とバランス覚には任天堂の脳トレを(笑)。


 編集記――硬直した身体をほぐすために、一番重要なのは「睡眠」です。


薬王


 というよりも、「いが響かない身体」になってしまったということなんでしょうね。吹いても鳴らないラッパ状態です。


 師子吼して、ラッパを磨くしかないようですね。

2005-12-17

病院のお見舞いで注意すべき点

  • 訪ねる時間――午前中は、回診や検査があるので、午後2時から夕食前の5時ぐらいまでの間が望ましい。
  • 「短時間」、「少人数」を掛ける。
  • 「入院や手術の直後は控える」。「なるべく、子供は連れて行かない」。
  • 家族から聞いた患者さんの病状を、本人の前で無闇に話さない。プライバシーを厳守。
  • 見舞いに行った人同士のヒソヒソ話は、患者さんを不安にさせるので厳禁。
  • 「頑張れ!」、「早く、よくなって!」と一方的に言うだけでは、かえって傷をつける場合がある。安易な「頑張れ」は、患者さんを追い詰めることになってしまう。
  • 患者さんのしい胸の内を「聞いてあげる」ことが、何よりの励ましになる。
  • 癌の患者さんを抱える家族に対しては、「第2の患者」として接するべきだ、といわれている。

【「生老病死と人生」を語る/第4回 人間は「遺伝」で決まるか/聖教新聞 2005-12-17付】

2005-09-20

病気は大いなる境涯を開く突破口


 生命は永遠であり、三世を貫いていく。ゆえに一時期、病等にしんだとしても、その人の立場、立場で最後まで信を全うしていけば、必ずそれが次の生への大きな推進力となる。

 御書に、「病によりて道はをこり候なり」(1480頁)――病によって道を求めるは起こるものです――と仰せのごとく、病気が信の発の機縁となることも少なくない。また、そのしんだ経験が人格を深め、慈愛のを豊かに育んでいく。要するに、病気のしみに絶対に負けないことだ。それを、信で打開し、克服しながら、大いなる境涯を開きゆく突破口としていくこともできるのである。


【第4回全国婦人部幹部会 1988-11-24 創価文化会館


 戦いを終えた913日の早、新聞を開いて驚嘆した。たっぷりと勝利に酔い痴れていた私は、冷や水をぶっかけられたいがした。眼の前には「健康対話」の文字があった。先生は既に、新たな闘争を開始されていたのだ。

 対談内容は、今まで全く見落とされていた内容ばかりで、万人に開かれた組織となるための大事な課題ばかりだ。良識と社会を損なえば、どんなに正義を叫んだところで、“独善”の謗りを免れない。


 病気が治っただけの状態を我々は功徳と呼ばない。以前より、はるかに元気となって、人間革命が進んだ時、我々はそれを功徳と称し、報謝のの底から叫ぶのだ。


 人間には様々な悩みがあるが、病気が一番大変である。は“能奪命(のうだつみょう)”と訳されるが、その典型が病である。


「人間にとって恐ろしいものは、白血病でも癌でもない。生きる生命力のなくなった弱い自分なのだ」




「『死』の恐怖を乗り越え、病気と立ち向かう人生観を確立することが、健康な時になすべきことであるといます」


【『聖教グラフ』1988-09-21号】


 これは、若きドクター部の指摘だ。生と死の淵をさまよう多くの患者を見てきた医師の率直な実であろう。


 病を克服した人々の確信は深い。しんだ分だけ、健康に対する謝のいがある。信にブレがない。


 私は大病の経験はない。だからこそ、病気になったと聞けば、誰よりも真剣に祈り、ご祈を徹底して訴える。入院した方がいれば、真っ先に見舞いに駆けつけ、可能な限り何度でも足を運んでいる。こうした行為によって、私自身の病気の宿命転換が進んでいることを確信する。


 ある大先輩が、病と闘うメンバーに語った。


「病院は地獄界だ。健康な人間でも病気になってしまう。周囲は病人だらけで、同じ病室の人が亡くなる場合もある。その中で、生命力を奮い起こし、病を打破するには、徹底した唱題しかない。絶対に負けてはならない」


 病気のしみは、本人にしかわからない。しかし、一緒になって真剣に祈ってゆく中で、相手のしみを我が生命にじる瞬間が、確かにある。


 また、ウイルスや腫瘍などが、生命全体を損なわせることを考えると、やはり小事が大事であることを痛させられる。

2004-09-22

病魔


 3年前の秋、私は10日間、入院した。はじめてのことである。しかし客観的には、いつ倒れても決して不議ではなかった。入信以来、40年間、また戸田先生の遺志を継いで、30年近く、走りに走ってきたからだ。

“30までしか生きられない”といわれた弱い体で、働きぬいてきた。走りに走ってきた。常に嵐と戦ってきた――。

 入院の件はマスコミ等でも大きく報じられた。あらぬ憶測や、利害や惑がらみの姑な動きも数多くあった。しかし私は、それらのさざ波を達観していた。

 私は、この病は、の大慈悲であると深く実していた。もう一度、一人立って、真の総仕上げを開始すべき“時”を教えてくださったと確信した。

 今こそ、本当のものを語っておこう。後世のためにも、本格的に、あらゆる角度からの指導を、教え、残しきっておこう。そして創価学会の真実を、その偉大なる義と精神を伝えきっておかねばならない――と。

 それまで、学会も磐石にしたし、教えるべきことは教えたとも考えていた。

しかし、この病気を契機として、私はこれまでの10倍、20倍の指導を残そう。10倍、20倍の仕事をしよう、と決した(大拍手)。そして、以前以上に、いやまして真剣に走り始めた。これからも走っていく(大拍手)。

 ともあれ、これから諸君の人生にあっても、大なり小なり、労とは避けられない。 しかし、すべては諸君を大樹へと育てゆくの慈悲と確信してもらいたい。

 そのことを確信し、堂々と一切を乗り越え、あるごとに、いよいよ強く、いよいよたくましく、いよいよ朗らかに人生と広布を開いていく、「信仰王者」として生き抜いてもらいたい。


【第3回全国青年部幹部会 1988-04-29 東京池田記講堂】


 入院されたことは、創価班大学校生となった先輩から、ファミリーレストランで聞いた。今でも鮮明に覚えている。「お前、ここだけの話だぞ。今、創価班で先生のご健康を祈っているんだ。実は、入院されてるそうだ」と。私は唸(うな)った。先生は57歳だった。2年後の59歳となられた時、先生は「完全に学会の宿命を転換したと確信している」(「第2東京新春代表者会議」1987-01-04 創価学会新館)と宣言された。というのは、戸田先生も北条会長も58歳で亡くなられていたからだ。


 普通、高齢になって病気をすると別人のように元気がなくなるものだ。どことなく、個が薄らぎ、静かな佇(たたず)まいとなる人が圧倒的に多い。だが、先生は違う。病気を契機とされて、それまで以上の大闘争を展開されるのだ。年を経るごとに、右肩上がりの急カーブを描いてゆく。常人の千倍、否、万倍の仕事をされ、それでも満足することなく、次なる闘争に立ち向かうその姿は阿修羅の如き様相を呈している。


日日につより給へすこしもたゆむあらばたよりをうべし(1190頁)」との御聖訓そのものであられる。


 人は40代に差し掛かると、何となく倦怠期となり、新しい挑戦をしようとしなくなる。過去の績でよしとした途端、人間の成長は止まる。語る内容は常に過ぎ去った過去の体験を元とし、新たな発見や動が全くなくなってゆく。惰の波に飲まれた人物は、学会のスピードから遅れ、飾りみたいな存在となるのは必然。


 とは、死ぬ瞬間まで前へ前へと進みゆく人の異だ。戦って戦って戦い抜いた生命力こそ、の実体であろう。