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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-05-05

人間はどこにいるんだろう


 彼(※スタインベック)は旅立つ前、友人の政治記者からこんな期待を寄せられていた。その記者は、大統領の候補を民間人の中に探し求めていた。

 記者いわく、「今度の旅行で根のある人間に会ったら、場所をおぼえてきてもらいたいね。行って会ってみたいんだ。いまは臆病者とご都合主義者にしかお目にかかれないからね」。

 そして、「人間が必要だからね。人間はどこにいるんだろう」「2〜3人でもいいから探し出してきてもらいたいね」と。

 また、「民衆がどこへいったか、探してきてもらいたい」とも記者は言った。アメリカ独立宣言で言っている「民衆」、リンカーン大統領が言った「民衆」――それらは一体、どこにいるのか、と。

 記者の言葉には、アメリカの理と現状との間の大きなギャップ(へだたり)を前にしたしみが込められていた。

 彼が“根のある”本物の「人間」と呼ぶのは、たとえ多くの反対にあおうとも、自分の見を貫くことを恐れない人間のことであった。

 そして、本物の「民衆」とは、特権的な権威や専制を許さない、“歴史の主役”として戦う民衆のことであったに違いない。


【第26回本部幹部会 1990-02-07 創価文化会館


 ウーム。Googleのサイト内検索の結果が文字化けしてしまう。「創価系サイト検索」も全滅っぽい。を決して書こうとった途端、このザマだ。ま、直しようがないんで放っておこう。きっと、時間が解決してくれることを信じて……。


 さあ書くぞ。2008年10月26日以来だ。実はこの指導で止まっていたのには理由がある。「記者の発言」の出典を確認しようとったのだ。調べたところ、『チャーリーとの旅』は2007年に新訳(竹内真訳)が出ていた(「厳格な牧師」)。だが、私はこの訳が気に入らなかった。そこで今、大前正臣訳を読んでいる最中だ。ひょっとすると、『アメリカとアメリカ人 文明論的エッセイ』(サイマル出版会、1969年/平凡社、2002年)あたりかも知れない。見つからなければ、こちらも読む予定だ。


 実は、スタインベックが愛犬のチャーリー(プードル)とアメリカ大陸を旅していた頃、先生が訪米されていた。文豪と詩人は期せずしていて接近していた。


 それにしても記者の言葉は振るっている。社会というものは分によって成り立っており、ヒエラルキーを構成する。大衆はいつの時代も抑圧され、搾取(さくしゅ)されてきた。ヒエラルキー社会においては、権力者に従うことが得となる。この点ではチンパンジー社会と変わりがない。


 社会的な圧力がのしかかると、大衆の力は弱まってゆく。負荷を掛け続けられたバネが弾を失うように。大衆は時々い出したように怨嗟(えんさ)のを漏らすことはあっても、羊の如く群れに付き従う。


 学会は民衆の団体である。しかし、「たとえ多くの反対にあおうとも、自分の見を貫くことを恐れない人間」がいるだろうか? いないね。だって見たことないもん。「多くの反対」どころか、2〜3人の婦人部幹部から反対されただけで見を引っ込めるようなのが多いね。田舎になると、幹部に見しただけで破和合僧と考える者までいる。組織権威主義はセットになっている。それがいかなる組織であっても。


 我々は先生の指導をそのまま実践できなくなっている。例えば、地域活キーワードとして「よそ者と馬鹿者と若者」がクローズアップされたことがあった。では、この三者があなたの組織で上記の指導を実践したとしよう。一体どうなるであろうか? まず間違いなく村八分にされることだろう(笑)。学会組織の原則は「郷に入っては郷に従え」という雰囲気になっている。で、挙げ句の果てに「を積んではに引きずられる」始末だ。


 会合では本音を言うことも許されない。美辞麗句が飛び交い、皆が皆作り笑顔で相槌を打っている。数字だけが目立つ活動報告、決まり文句を繰り返すだけの幹部指導、師弟という言葉はあっても魂はどこにもない――誰がそんな学会にしてしまったのか?


 それは――あなたと私である。戸田先生池田先生とが命懸けで築いた民衆を、どうでもいいプレハブ小屋にした犯人は我々弟子なのだ。


 今日は「創価学会後継者の日」。嵐が吹き荒れる昭和51年(1976年)のこの日、関西戸田記講堂で行われた鳳雛会・未来部の記勤行会で制定された。私は中学1年生だった。この世代(戸田先生の逝去後に生まれたメンバー)が、真の池田門下生として立ち上がる以外に道はない。

2008-09-25

学会の発展は「一人ひとりを大切にしてきたから」


 昨年12中日友好協会の青年代表団の方々とお会いした。その際、“なぜ学会は発展したのですか”との質問に、私は「一人ひとりの学会員を大切にしてきたからです」とお答えした。すると中国の若き友人も、「やはり、そうでしょうね」と深く頷いておられた。

 学会員は尊い子である。善知識である。皆さま方は民衆と共に、更に我が同志と共に生き抜いていただきたい。これが、皆さま方が生きゆく大道であるからだ。間違いなき正道だからである。私は、このことを確信をもって訴え、お願いをしておきたい。

 同志を見下したり、利用するなど、とんでもないことだ。同志を軽蔑し、手段として自らの栄えを図ろうとした人間が、いかに哀れな末路の人生となっているかは、皆さま方がよくご存じの通りである。

 子である学会員を尊び、大切にしてこそ、広宣流布の発展があり、私どもの栄光の人生もある。私は会員の皆さまを守り抜くために、誰よりも非、迫害を受け、誰よりも戦ってきた。これが私の「魂の勲章」とっている。私は何ものも恐れない。これからも、大聖人の御遺命のままに、正法正義(しょうぼうしょうぎ)の道を進むのみである。


東京・小金井圏青年会議 1990-01-28 小金井池田文化会館


「一人ひとりの学会員を大切にしてきたからです」――この件(くだり)をにした瞬間、「中国に対する先生の指導だ」と私の下劣な直観が告げていた。中国は大きな国だ。中国政府が人口を掌握できないほどである。多民族、多言語でとても一つの国家とはえない。また、一党独裁のツケとして官吏の汚職がまかり通っている(今年310日の発表によると、過去5年間で21万人が摘発されている)。そして、人の命が軽い国だ。


 今再び読むと、「第2総東京に言われたのかな」ともう。第2総東京は東京を乗っているが、実は東京ではない。東京郡の三多摩地方である。その田舎度において、神奈川県を軽く凌駕している。つきまとって離れない劣等を払拭する目的から、創大・牧口記会館・富士美術館をテコに「今や世界広布の震源地だ」と勘違いしている連中が多い。こうした反応自体が田舎である有力な証拠となっている。ま、多摩ニュータウンの第1回目の入居が1971年だから、新興地域といっていいだろう。その中にあって八王子は古い地域であるため、新住民に対する閉鎖が強い。正真正銘の田舎だ。


 また、「本部長以上の幹部に言われたのかな」ともじる。本部長といえば、それなりに“偉い役職”だと末端会員は見る。本当は偉くも何ともないんだけどね。ただ単に会う機会が少ないから、“偉そーに”見えてるだけの話。でね、“偉そーに”振る舞っているのが多いんだよな。滑稽極まりない。本部長以上の役職で「一人ひとりを大切にしている」幹部は一人もいない。なぜなら、人数が多過ぎるからだ。とてもじゃないが、全員に会うことはしい。となると、“会った人”を大切にするしか手はない。しかし残なことに仕事量が多いため、その場限りのどうでもいい激励に終始しているのが実態だろう。


 このように考えること自体が、“己の外”に指導を置いている証拠であり、「信の評論家」に陥りやすい罠がある。ハイ、「信評論家・小野不一」です。


 人は、自分が大切にされた分しか、他人を大切にできない。「ここまで自分のことをってくれるのか」――その激が勇気に火を点け、猛然たる人間革命の闘争が開始される。子育ても同様であろう。親から蔑(ないがし)ろにされ続けてきた子供が、友達に優しく接することはできない。


「気になるか、ならないか」が境涯の分かれ目である。冴えない顔色、伏し目がちな表情、あやふやな言葉づかい――小さな変化を察知するレーダーを持つ幹部は少ない。だからこそ、自分が育て。理のリーダーに育て。

2007-08-10

「民衆に尽くす志」を受け継げ


 特に、若い皆さんに伝えておきたい箴言がある。

 イギリスの作家オルコットは、「人格こそは金よりも階級よりも知よりも美よりもすぐれた持ち物である」と綴った(吉田勝江訳『続 若草物語』角川文庫)。

 私も同だ。

 法の眼からみれば、人生の本当の勝利のために必要なものは、学歴でもない。社会的地位でもない。それは信である。信で人格も鍛えられる。それは人生にとって最大の財産となる。

 現在の創価学会をつくり上げてきたのは、尊き無冠の庶民である。学会は庶民のための組織である。

 私は日本国内だけでなく、世界各地の同志に喜んでいただけるよう、周りから「そこまで気を配るか」と言われるほど、細かいところまで力を尽くしてきた。

 だから創価の世界は強いのである。この「民衆に尽くす志」を、今、青年の世代の諸君に伝えておきたい。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 大辞泉には、「独立した個人としてのその人の人間。その人固有の、人間としてのありかた」とあり、使用例として「相手の―を尊重する」「―を疑われるような行為」の二つが紹介されている。前のものは滅多にお目にかかれないが、後ろのやつは日常茶飯事だ(笑)。


 頭の悪い幹部ほど、「幸せになりたくて信したのだから、活動するのは当たり前」とい込んでいる。会員に対する謝もなければ、敬もない。で、成果が出れば全部、自分の手柄(笑)。気揚々と活動報告する様が実に醜悪だ。特に婦人部。


 大聖人は無の信徒を、それはそれは大事になされた。池田先生も会員のためにを砕かれている。子を大切にすることもなく、役職だけで勝負しているような幹部こそ、大聖人が糾弾された「僧侶の姿」そのものであろう。


 私を育ててくれた先輩は、数百人に上る。その一人ひとりが、本当に私を大事にして下さった。随分と気合いも入れられたが、その瞳には「お前を信じているぞ!」という期待が光っていた。通りいっぺんの指導や、ありきたりの激励で済ませた先輩は一人もいない。


 しい中で格闘している時に、ない言葉を吐いた先輩が何人かいた。この連中は皆、後でおかしくなっている。


 人生の風雪に耐えて、人格は築かれる。「労知らずの幹部」は邪だ。どけろ!

2006-09-14

民衆よ黙するな


 民衆よ!

 君はなにゆえに

 の嵐をおさえて

 圧制の巌(いわお)の下のみが

 己の運命とっているのか!

 なにゆえに

 古い鎖を切り落とさないのか!

 君には

 死者の歴史より生者の歴史の

 主人公としての権利が あるではないか


 流された血は償うべくもない

 溢れた涙は返すべくもない

 ああ しかし――

 君よ 黙するな

 君よ 諦観してはならない

 君よ 倦怠してはならない

 ひとにぎりの権力者が支配する

 愚劣な歴史の反復(リフレイン)に終止符を打つために

 その哀しい啜(すす)り泣きに止(とど)めを刺すために

 民衆の群舞の波で

 未来の民衆(とも)のために

 勝利を飾らなければならない


 今こそ――

 権謀めぐらす元老や

 佩剣(はいけん)鳴らす将軍や

 きらびやかな貴顕富豪のみが往来する

 虹の劇の幕を下ろすのだ

 そして

 天を仰ぎ 地に転びながら

 君たちが舞台の主役となる

 もう一つの歴史の劇を作しゆくのだ


【「民衆」/1971-09-28】


 民衆を信頼し、民衆に敬を示し、民衆の背骨に筋金を入れる言葉の数々。師のから紡(つむ)ぎ出された言葉は、不軽菩薩が民衆を南無した姿を起させる。


【※指導は、近藤氏の投稿によるもの】

2006-06-10

民衆の声


 民衆のほど、強きものはない。

 民衆の怒りほど、恐ろしきものはない。

 民衆の叫びほど、正しきものはない。

 かのフランス革命も、ロシア革命も、不当なる権力、横暴なる支配者に対する民衆の怒りより発した革命であった。近くは安保条約をめぐって、岸政権が崩壊したのも、大いなる民衆の叫びがあったからである。また、韓国の学生の叫びは、それ自体が、今日の国際政局を左右する、原動力となっているではないか。

 実に、これら民衆のこそ、いかなる権力も抗しきれぬ真実のであり、歴史を変動する、偉大な力である。したがって、民衆のを度外視した、民主政治の存在はあり得ない。

 いまや創価学会は、その数、490万世帯の会員となった。この事実は、より正義を求め、かつ、永遠の平和と真実の幸福とを願って立ち上がった民衆のめざめであり、誰人も聞かねばならぬ民衆のであり、叫びであると確信する。

 しこうして、この叫びは、一波が二波に、また、三波、万波になるごとく、全日本、全世界の人々に動を与え、大平和運動が展開されることは必然であろう。

 御書にいわく「一身一法界に遍し」(412頁)と。いわんや、千万人の一身一が、異体同に繋(つな)がり、民衆の叫びとなって、全世界にとどろくことは、絶対に間違いない法理である。

 しかし、この民衆のが、日本の支配者には、聞こえぬのであろうか。まったく知らぬのであろうか。無慈悲なる権力者、慢せる評論家、頑迷なる宗教家、利己的な大資本家等々、いずれも責任ある地位にありながら、我らをいじめることは、不勉強きわまる姿である、と断ぜざるをえない。

 だが、いつまでも彼らが自己の安逸をむさぼっている時代ではない。やがて、彼ら自身の考態度を猛省すべき時代が到来するであろう。

 権力者は、権力によって滅び、財閥は金銭によって滅びる。有人は、有の二字が去ればなんの価値もない存在となる。栄枯盛衰は、世の常という。だがここに、永遠に栄えゆく法がある。すなわち、正法を信ずる、我ら創価学会員の姿がそれである。

 我らは、ただ御一人、真の民衆の味方であられる、日蓮聖人法を信じて前進するものである。

 我が同志よ、民衆とともに戦おうではないか。

 民衆とともに進もうではないか。

 そして、民衆とともに生きようではないか。

 一人でも、孤独になって、悩みしむ者があってはならぬ。民衆のなかにあって、ともに語り、ともに励まし、幸福を築き、社会に貢献していかなくてはならない。

 これほど清く、これほどたくましく、これほど尊い団体が、いずこにあろうか。これこそ広宣流布の実現の姿であり、本有常住国土の実相なのである。

 我らは、真面目である。誠実である。真面目であるが故に、悪に対しては激しいのだ。

 しかし、軍は、常にの軍に対し、誹謗し、軽蔑しきってきている。これこそ民衆をあなどり、自己の墓穴を掘るがごとき愚かな態度といわざるをえない。社会にあっては、我らこそ民衆の真実の味方であることを、誇りとすべきである。

 我らは、労働者だけの民衆でもない。政治家だけの特権階級でもない。また、資本家だけの集まりでもない。全ての階層の人々が入りまじっているのだ。そして、老いも若きも、男も女も、学者も学生も、農村、都会の人々も、全部、妙法の光に照らされて、自己にめざめ、個人の確立と、社会の繁栄と、世界の平和実現を目指して進むものである。

 かくして、正法によってめざめた民衆のは、新しい民衆の吹きとなり、大行進となって、永久に栄えゆくことであろう。

 御書にいわく「事を為す」(708頁)云云と。地涌の菩薩の言語音こそ、広宣流布への大原動力であり、これこそ、新しき時代の民衆のなのである。


【「民衆の」/『新時代』第3巻 1964-08-01】


 37歳の会長が書いた文章は、烈々たる気魄(きはく)に満ち、民衆を断じて守らんと仁王の如く立つ姿が浮かんでくる。


 此の四菩薩は下方に住する故に釈に「法之淵底玄宗之極地(ほっしょうのえんでいげんしゅうのごくち)」と云えり、下方を以て住処とす下方とは真理なり、輔正記に云く「下方とは生公の云く住して理に在るなり」と云云、此の理の住処より顕れ出づるを事と云うなり、又云く千草万木地涌の菩薩に非ずと云う事なし、されば地涌の菩薩を本化と云えり本とは過去久遠五百塵点よりの利益として無始無終の利益なり、此の菩薩は本法所持の人なり本法とは南無妙法蓮華経なり、此の題目は必ず地涌の所持の物にして迹化の菩薩の所持に非ず(751頁)


 これは、御義口伝巻上の最後に書かれている御文。地涌の菩薩は大地を破って下方から登場した。つまり、“生命の大地”を打ち破り、“民衆の大地”の中から現れたのである。


 人類の歴史を振り返ると、民衆は常に利用され、搾取(さくしゅ)され、虐げられてきた。戦争を始めるのは権力者だが、戦地で殺されるのは庶民だった。主権在民の世となってからも、権力は政治家どもが握ったまま手放そうとはしない。世界では、飢餓状態にありながら放っておかれている人々が8億人もいる。1日に2万4000人もの人が餓死し、実にその4分の3が5歳未満の児童だという。民衆は今も尚、不平等に喘ぎながら沈黙を保っている。


 その沈黙を破って、叫びを上げ、立ち上がったのが日蓮大聖人であり、創価学会なのだ。


 我々は無冠の民であることを誇りとしながら、民衆とスクラムを組んでゆく。忍耐強い対話によって、民衆の強固な連帯を築いてゆく。迂遠なようでも、一人の人間革命を通して、世界の平和を着実に推進する。それぞれの持ち場で友情と信頼の輪を広げ、偉大なる使命を果たしてゆく。


 えば、大聖人が認(したた)められた御書の大半も、市井(しせい)の庶民に与えられたものだ。重書中の重書である「開目抄」も「観心本尊抄」も、そうだ。多くの教団のリーダーが時の権力者に媚(こ)びへつらい、おもねる中で、大聖人は「立正安国論」をもって鎌倉幕府を諌(いさ)めた。


 総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦多宝十方の分身十羅刹も御守り候べし、其れさへ尚人人の御中は量りがたし(989頁)


 人のは計りい。学会に身を置きながら、権威主義に陥る者も多い。に背く罪は消せるものではない。己(おの)が生命に紅蓮地獄じて、永劫にわたる悔いを残す結果となるだろう。


 かかる悪所にゆけば王位将軍も物ならず獄卒の呵責にあへる姿は猿をまはすに異ならず、此の時は争か利我慢偏執有るべきや(1439頁)

2005-10-26

庶民と共に歩む指導者たれ


 革命の法理について一言申し上げておきたい。それは、真実の革命とは全ての虚栄や肩書をかなぐり捨てて、大地、庶民に根差したものでなければならないということであります。一切の草木は、全て大地に根を生やして生育しています。大地とは庶民のことであります。学会の姿は取りも直さず、大地に根差し、庶民に根差したものであります。古今の歴史に照らしても、上から押しつけられたものに、発展し、伸びた例は一つもありません。庶民から、下から勃興する革命こそ、真実の盛り上がる革命なのです。ゆえに、学生部諸君は生涯、決して利の指導者になってはならない。あくまで、決は庶民の一員として、庶民に根差した革命児とし、庶民と共に労してゆく、立派な指導者として進んでいっていただきたい。

 農民や労働者は、仕事をする時には作着を着て物をつくってゆきます。農民が、また労働者が仕事をするのに背広を着て働く必要はありません。私は農民のごとく、労働者のごとく、庶民として何の肩書もなく、誉も振り切って、ひたすら宗教革命の法戦に臨んできました。東西の歴史にを連ねる革命児も全て例外ではないといます。学生部諸君は、現在の無責任な知識階級と同じ轍を踏んではならない。庶民を愚弄したり、エリート識をもつような知識階級にはなってもらいたくない。そんな指導者や知識階級は、二流、三流の人物であり、結局は民衆から馬鹿にされ、いつかは孤独になり、社会から置き去りにされてゆくことになります。庶民と共に生きる指導者が出てこそ、民主主義の真実の姿であると私は言いたい。ゆえに、生涯、庶民と共に歩む革命児として、あくまでも新しい時代の庶民に直結し、慕われ、信頼された知識階級になっていただきたい。


【第10回学生部総会 1967-08-24 両国・日本大学講堂】


 退転者・反逆者の多くが「自分は特別だ」と錯覚していた。その代表が、五老僧であり、三位房であり、山崎正友原島嵩福島源次郎・石田次男・藤原行正といった面々である。特別だとい込んでた割には、彼等がいなくなっても、さほど影響がなかったのは、どうしたことか?(笑)


 広布最前線の現場に入らない幹部は信用するな。堕ちた幹部が口先だけの激励をしても、団結が乱れるだけだ。


 誇りと特権識は似て非なるものだ。微妙な一の狂いが、民衆を見下す結果につながる。特に昨今は、創大出身者・本部職員・外郭社員の一部に勘違い野郎がいるのは確か。役職が権威になっているのも多いね(笑)。私は、役立たずの副会長を何人も知ってるよ(ニヤリ)。


 地域柄、私の周囲には創大生が多い。若く純粋な彼等に向かって、私は口喧(やかま)しく叫ぶ。「創大が権威になれば、君等の負けだぞ!」と。「自分の信と人間の輝きをもって、創大を荘厳してゆけ」と。


 広布の舞台にあって、真っ黒になって、民衆と共に汗まみれで進む人が、本物のリーダーである。とはいうものの、本物はあまりいない。今では天然記物となりつつある。在来害獣はたくさんいるのだが(笑)。求道ある者は血眼になって、本物の先輩を探せ。

2005-08-01

インド仏教滅亡の要因は「民衆からの遊離」に


 日達上人は、“聞等の「二乗」の出家者は自己中であり、自分さえ救われればよいと考えていた。そうしたエゴによる和合は、利害で結ばれた派閥のようなものである”と指摘されている。

二乗”というのは、自分が一番偉いと慢する。そして、他の人への慈悲がない。だから、労が多い一対一の弘教や指導・激励などは要領よく避けていく。実際、民衆の中に飛び込んで、一人ひとりを正しく信仰させ、立派に成長させていく実践は、並大抵の労ではない。

 小乗教はもちろん、後には大乗教まで、次第に現実の社会と民衆から離れて、閉鎖的な集団をつくっていった。この「民衆からの遊離」にこそ、インド教の滅亡の要因があることは、かつて申し上げた通りである。

 中村元博士も、教団組織という側面から、「教教団は在俗信者のことをあまり問題とせず、強固な俗人信徒の教団組織を形成しなかった」点を、滅亡の一因と指摘されている。(『インド古代史』下/春秋社)

 つまり、インドにおいて教は、家庭、そして、生活に根ざして、信徒を積極的、組織的に指導することを怠った。そこに外敵によって、あっけなく滅亡した脆(もろ)さがあったというのである。

 こうした見解は、他の多くの学者も一致している。


埼玉霞圏幹部会 1988-05-08 創価文化会館


 二乗とは聞乗・縁覚乗のこと。聞界の生命は、人の“”を“聞”いたり、本を読んで人生の真理の一分を悟る。縁覚界は、“縁”に触れて“覚(さと)る”。つまり、何らかの行動によって悟りを得ること。聞は学者・知識階級で、縁覚は芸術家・音楽家。まあ、本当はそんな単純なものではないけどね。


 天界よりも上の境涯なんだから、幸せそうなものだが、釈尊からは最も嫌われた衆生だった。法華経に至るまで「成できない」と断じられた理由は何だったのか? 以下、やや我見を交えながら、考えてみたい。


 インドはカースト制度の国である。釈尊が生きたのは紀元前5世紀頃とされる。インドは既にカーストでがんじがらめになっていた。二乗の殆どはバラモン出身者であったとわれる。ヒエラルキーの頂点にいた彼等は恵まれた環境で育ったことだろう。


 彼等は、釈尊の智に目をみはり、慈悲に驚愕した。弟子となった彼等に対し、釈尊は徹底した戒律を課した。250や500もの戒律に耐えることができたのも、釈尊の人間的な魅力の為せる(わざ)だった。「世尊のようになれるのであれば!」と聞は勇んで戒律に挑んだ。


 スポーツの練習よりも厳しく、武道の鍛錬よりも激しい修行をこなし、彼等の覚は鋭く研ぎ澄まされ、今まで見えなかったものが見えるようになっていった。釈尊と同じ悟りを得ようと、彼等は一不乱に行と取り組んだ。


 こうやって像してみると、外にも彼等は立派だ(笑)。では、どこで道を誤ったのだろうか?


 二乗の面々は自分の悟りを追及するあまり、いつしか、同志を軽んじるようになっていった。「あいつになんか、負けるものか」「自分が得た悟りの一分は特別なものだ」――。


 更に彼等は増長する。「ひょっとしたら、自分は既に世尊と同じレベルに達したのではないか?」「世尊の悟りは偉大なものだが、どうも、やり方が気にいらない」「あんなに激しく悪を責めるのは、おかしい」等々。


 い上がるだけい上がった二乗は、釈尊を軽んじ、同志を睥睨(へいげい)していた。もう、全てが“わかった”気になっていた。聞は、釈尊の口真似をして威張り、縁覚は「世尊が説いた法の真はこうだ」と我見を吹聴した。カースト制度によって育まれた特別識が、戒律によって増幅された。


 その時である。「諸君は、になることができない!」と世尊の弾呵(だんか)のが轟いた。師の厳しき指導は、“人間を差別する”を衝いたものだった。


 とまあ、こんなじじゃないかしら(笑)。異論反論を募集!


 するってえとだ。彼等の行動自体は正しく崇高なものであったが、微妙な一の狂いが、灰身滅智(けしんめっち)に至らせたのだ。そりゃ、そうだろう。あらゆる欲望から離れようとするのだから、「になりたい」という欲望まで捨てなきゃならない。


 二乗戒律によって得たのは、小さな悟りと、大きな自己満足だけだった。だから、二乗は団結することがない。


 現代においては、二乗をエゴイズムとづけていいだろう。道修行にあって、利己と利他はタッチの差だ。


 地区リーダーをしていた時、私は面白いように折伏が決まった。B長の家に入決カードを持ってゆくと、「また、取ったの」と呆(あき)れた顔をされたこともある。向かう所敵なしという勢いだった。どこへ行っても、「俺は結果を出してるぞ!」と踏んぞり返っていた。そんなある日のこと、先輩からこう言われた。「どうして、折伏の楽しさを後輩に教えてやらないんだ! 貴様、自分さえ結果を出せばいいとっているのか!」――。頭から冷や水をぶっかけられた地になったね。先輩の顔は鬼の形相と化していた。その昔、徒党を組むことを嫌い、一匹狼で鳴らした人物である。「申しわけありません!」と応えると、一言の激励もなかった。私の内側で、何かが動いた。


 30歳になるまで、こんな訓練が続いた。私が青年部を卒する際、挨拶をこう切り出した。「振り返ると、前半は怒(おこ)られてばかりだった。後半は怒ってばかりだった」と。我々の世代が受けた訓練は、小さなプライドを木っ端微塵にするものであり、「お前なんか、大したことはない」ということをい知らされるものだった。たった一度だけだが、怒りのあまり返事ができなくなったことがあった。その時、先輩は私の鼻先に顔を突き出し、「バーカ!」と言った。絞り出すようにして小で、「すいませんでした」と言うのが精一杯だった。


 指導を受けなければ「増上慢だ!」と言われ、結果を出せば「いい気になるな!」と罵られ、後輩に何かあると「お前の責任だ!」と指摘された。時に、胃が痛くなるようないの中で、私は、訓練のハードルを一つ一つ乗り越え、鍛えに鍛えられた。


 そして私は、本物と偽者を瞬時に見分けることができるようになった。自分よりも上の役職だからといって、私がペコペコすることはない。私が敬を表するのは、信の清らかな人だけである。デタラメで無責任な幹部を見下ろしながら、身体を張ってでも我が組織を守ってみせる決は揺らぐことがない。