Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

2008-12-31

2010年までに各人が信心の総仕上げを


 まず、「2010年」の記事に目を通してもらいたい(※この行の右上にリンクがある)。


 先生は明後日のお誕生日で81歳となられる。2010年は、創立80周年と第三代会長就任50周年の佳節を迎える。


 明年は衆議院選挙と東京都議会選挙がある。で、選挙戦はいつだって組織を疲弊させる。と言われているが実際は違う。弱い組織が疲弊するのだ。強い組織はどんなしい戦いを強いられようと発展し続ける。


 先生が80歳になられてから、私は頭を抱えてしまった。「80歳になる師匠を戦わせてしまう弟子って一体どんな存在なのだ?」と。「いつまで経っても、先生からの激励がなければ戦えない弟子って何なのさ」と。


 もはや、「創価学会池田先生」ではなく「世界の池田先生」である。我々学会員は、いつまでも先生に甘えるのは間違っていると私は主張したい。


 振り返れば、先生はまだアメリカ創価大学にすら行かれていない。世界各国からの招聘(しょうへい)にも殆ど応じられていない。それをえば、「我が地域へ池田先生をお招きしよう」なあんてのは、単なる地域エゴに過ぎない。


 もうね、「会合だけで叫ぶ善悪」にはうんざりだ。「だったら、てめえが行ってケリをつけて来いよ」と私は言いたい。


 折伏精神とは闘争の異だ。戦う気概のない幹部が、学会の前進を阻んでいる。単なるスポークスマンやアナウンサーは不要だ。


 信とは立場でもなければ、キャリアでもない。闘魂をたぎらせて、師弟共戦の最終章に望みたい。今、千載一遇の時を向かえていることを忘れてはならない。


 それでは皆さん、この一年間お世話になりました。より謝申し上げます。

2006-08-03

お互いに、言いたいことは、はっきりと言っていく


 時代は大きく変わりつつある。少子化の進展も予以上に早い。日本の人口も減り始めたといわれる。

 さまざまな味で、組織を変革し、新たな時代への対応を考えていかねばならない。リーダーが、そういう識をもっていくことが大切である。

 ともあれ、学会は「率直」でいくことだ。

 変に気取ったり、格好つけたり、そんなことをする必要はない。

 お互いに、言いたいことは、はっきりと言っていく。これが大事である。

 そうして、皆の英知を集めていくのである。


【全国代表協議会 2006-01-27 創価文化会館


 2004年の合計特殊出生率は1.29である。長期的に人口を維持できる水準が2.07というから、このままだと21世紀末には、日本の人口が半分ほどになってしまう勘定だ。

 その上、高齢化に拍車がかかってくるのだから、大変な事態が定される。

 まあ、単純化してしまえば、働き手一人でもって、お年寄りと子供を養うような社会構造となる。どのような歪(ひず)みが現れるのか像もつかない。景気は上向きつつあるものの、税負担が大きくなることも予され、深刻なストレスが大手を振って歩き回るに違いない。


 人口が減少しつつある今、大事なことは「内部をしっかりと仕上げる」ことだ。今、デタラメな成果を出しているところは、必ず数年後にはツケとなって返ってくる。支部長以上の役職を担っている人であれば、「せめて一年間に一人は育てなさいよ」と言っておきたい。そんなことすら出来ない幹部は邪でしようがない。昔、戦ったから、幹部になったのだろうが、今、何もしてないのが多過ぎる。


 先生からこれだけの指導を受けている現在、昨日までと同じ戦いをしていれば、それは謗法である。「変わってない」という現実が、既に堕落している証拠なのだ。


 大聖人が身延に入られてから、日興上人は勇猛果敢な折伏を展開された。弘教の火の手は次々と燃え上がり、その中から熱原の三烈士が登場した。入信わずか一年あまり。文字すら読めなかったであろう農民信徒が、権力者の迫害に屈することなく殉教を貫いた。


 我々は歴史としては知っている。だが、実際の日興上人の激闘は知らない。首を斬られても尚、妙法を唱え続けることのできる後輩を育てた人なんて、いやしないだろう。自分だって危ないもんだ。しかも熱原の三烈士は多分、大聖人とお会いしてないとうよ。


 残された時間は少ない。我々が、日興上人の後に続くか、五老僧となるかの分かれ道に差し掛かっている。

2006-03-15

ポスト三代会長の基軸


 第58回本部幹部会(牧口記会館 2006-03-09)は歴史を画する会合となった。“創価の師弟”のあるべき姿を確認し、池田先生を中とする三代会長が“永遠の師匠”であることを宣言した内容だった。


 ここに正木壮年部長の指導を記し、「ポスト三代会長(三代会長以降)」の基軸を見失うことなく、“最後の池田門下生”として、使命の完遂を誓い合いたい。


壮年部長アピール


【正木壮年部長/聖教新聞 2006-03-04付】


 35日は、壮年部の結成満40年の記日です。戸田先生との師弟の誓いを果たすため、半世紀を超える激闘を続けてこられた池田先生があってこその学会であり、私たちです。今こそ弟子として、断固たる連続勝利の実証をもって応えていきたい。

 先生の今の戦いは、一言でいえば、「末法万年にわたる広宣流布の将来を見すえ、万代に揺るがぬ創価学会の基盤を確立する」との一点に集約されるといます。

その骨子は二つ。一つは、三代会長の師弟の魂を永遠の原点として残すことです。

 かつて先生は、“教がインドでなぜ、滅んだか”について索を続けたネルー首相が至った結論――“陀の神格化が行われたためである”――を紹介し、次のように語っています。

「本来、教は『人間の生き方』を説いたものであった。『このように生きよ』『人生をこう生きよ』と、我が身で教えた。そこには師弟の道があった。しかし、いつしか『人間・釈尊』は権威化され、人間を超えた神になっていった」

「『』とは、ありがたく礼拝する対象であっても、『その生き方に続く』存在ではなくなった。師弟の道も見えなくなった。教が『人間の生き方』でなくなったとき、インドでは、教は死んでしまった」

 広宣流布を目指す信仰と、ただ拝んで幸せになろうという信仰の違い、また創価学会日顕宗の根本的な違いもここにあります。

 創価学会は、を師弟の道でとらえた。師の生き方に続くのが、弟子の道です。釈尊との師弟、日蓮大聖人との師弟、そして折伏の闘将である三代会長との師弟の道の中にしか、生きた教は存在しないという信仰の根幹を自らのものとし、不二の実践を貫いていきたい。

もう一つの骨子は、新たな人材の育成です。

 年頭の全国総県長会議へのメッセージには、「『堅実な発展』を新しい合言葉として」「わが県は、これだけ堅実に発展したという勝利の実証を」とありました。

「堅実な発展」とは、何か。それは、新たな人材を育てることによって、広布を拡大していくことに尽きるといます。

 この戦いで、誰を育てるのか、どの人に壁を越えさせてあげるのか――その視点があるかないかによって、同じ活動をやっても、結果は全く違ってきます。

 先日、出席した東京・世田谷区の会合で、男子部副本部長の活動報告を伺いました。一昨年折伏した4人の友人と、その一人が折伏した友人の新会員5人全員が任用試験に合格し、さらに今年、二人が初めての弘教を実らせたという内容です。

 この7人の新会員の誕生で、地区の雰囲気が一変。勢いのある朗らかな前進をしているといいます。

 尊いのは、一人ひとりを大切にし、共に祈り、共に行動する中で、全員が任用試験に合格するまで育てた方々です。

 折伏が忙しいから人材を育成している時間がないという考え方は違う。むしろ、新しい人材の育成即広布拡大であるととらえ、「号令をかける人間が人材なのではない。人材をつくる人間が、人材なのである」との指導を肝に銘じて、新たな人材の育成に取り組んでいきたい。

 特に壮年部としては、近年、家庭訪問、個人指導の地道な実践によって、本当に、新たな活動者が数多く育っています。

 また、各地で太陽会の充実や、ヤング壮年育成の取り組みの素晴らしい伝統が築かれつつあります。

 さらに、「集う十勇士から戦う十勇士へ」とのスローガンのもと、聖教購読の推進に挑戦する地区も多く誕生しています。

 この「戦う壮年部」の素晴らしい流れを一段と強くし、壮年部の3モットーである「生涯求道」「職場で勝利」「地域貢献」を実践し抜く、力ある人材を陸続と輩出していきましょう。


第3回ドイツ最高会議


【ドイツ・フランクフルト近郊 1994-05-24


 偉大なる教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。

 ネルー首相は、教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。

 アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、索の結論を氏に語った。

 マルロー氏とは私も二度、対談したが、教に深い関を寄せておられた。ヨーロッパに将来、教を基盤とする文明が生まれる可能を否定できないとも語っておられた。

 ネルー首相の考察は次のようであった。

陀の天才は、あくまでも陀が人間であるという事実にもとづいていた。人類の生んだもっとも深遠なるのひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(そくいん=慈愛)の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」

「しかし陀の神格化が行なわれたとたん、陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」(アンドレ・マルロー著『反回録』、竹本忠雄訳、新潮社刊)


 釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。

 日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を「諫暁」なされている。神にすがるのではなく、“妙なる法”を持(たも)つ「人間」として、神を動かされたのである。


 本来、教は「人間の生き方」を説いたものであった。

「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。

 そこには師弟の道があった。

 しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。

 今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、あがめているようである。

」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、「その生き方に続く」存在ではなくなった。

師弟の道も見えなくなった。

 教が「人間の生き方」でなくなったとき、インドでは、教は死んでしまった。

 ――これがネルー首相の結論であった。

 今、宗門にも、「人間の生き方」としての教は、まったくない。彼らは、大聖人の法を、「人間はこのように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。

 自分たちの堕落を正当化するための手段にした。

 法の滅亡の姿である。


 そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、「教を人間化する」戦いであられたと拝される。人間の実生活から遊離していた教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。

とは、人間(凡夫)である」

「人間(凡夫)こそ、である」

 こう叫ばれた。

 当時、日本でも、阿弥陀とか、大日如来とか、「」を遠い、超越的なものとして説く教が流行していた。

 また法華経でのも、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。

 それらを大聖人は逆転された。

日蓮論”の的な義も、ひとつには「教の人間化」にあったと拝される。

 諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本ぞかし、は用(ゆう)の三身にして迹なり」(1358頁)――凡夫は本体としての三身であり、本である。は、(本体の)働きとしての三身であり、迹である――と仰せである。

 詳しくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「字究竟(みょうじくきょう)」も、「等覚一転字妙覚」も、「凡夫即極」も、「教の人間化」という観点から見るとき、その深義に、より迫れるかもしれない。

 妙法を信じ、行じる「人間」こそが「」だということである。妙法の「信」にこそ「界」はあるということである。


 それでは、どのような「人間」が「」なのか。どういう生き方が「」としての生き方なのか。

 日蓮大聖人が教えられたのは、「社会の中で三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。

 妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。

 そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。

 その道に続いているのがSGIである。皆さまである。皆さまこそ「」と輝く方々なのである。


 創価学会は、大聖人の御精神通り、法を「生活の中で」「人間の生き方」として実践してきた。

 大聖人が教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の法の信の原点に返ったのである。

「人間」に帰ったのである。

 あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」こそが、大聖人の法なのである。


第58回本部幹部会


【正木壮年部長/東京牧口記会館 2006-03-09】


 全国の戦う壮年部の皆さん、結成40周年を記する全国壮年部幹部会の開催、まことにおめでとうございます。

 池田先生昭和41年(1966年)35日、壮年部結成の際、「広宣流布の総仕上げに入った段階では、経験、年功、分別をもった壮年部の活躍が重要です」と強調されました。

 この“広布責任世代”のメンバーこそが「まことの時」ともいうべき今、続々と立ち上がり、池田先生との師弟共戦の誓いを果たすべく、全国、そして全世界190ヶ国・地域の地で戦っています。

 本日は、全国の壮年部同志のいを、そして、ここに集った全ての皆さまのいを込めて、学会の磐石な発展のため確認をしたいといます。


 創価学会は、三代の会長によって、根本的な広宣流布の土台ができ上がりました。この初代、二代、三代の会長が、永遠に学会の魂です。

 この三代会長の精神を、これからの代々の会長も当然のこととして、全幹部が受け継ぎ、世界の広宣流布へ邁進していきたい。これこそ創価学会の永遠の規範であると確信をします。

 えば、初代、二代、三代の会長が、日蓮大聖人の法の大精神を継承してきました。我々は全員、三代の師匠の弟子です。

 秋谷会長も当然のこと、これからの代々の会長も、この三代の師匠の弟子です。これが学会の方程式であり、この精神こそ戸田先生の遺言なのであり、学会としての根本の遺誡です。


 来るべき316日、この日は、学会の広宣流布の原点の日です。そして更に42日、53日へと続いていく。

 ここにおいて、何よりも師弟という学会の根本の精神の継承が最も大事です。

 316日は、青年部の永久の広宣流布の魂を継承する日です。42日は、戸田先生のご命日であり、全世界の会員が、更に広宣流布を深く誓い、師の遺言を果たすために、大前進を決すべき日です。

 そして、53日は、戸田先生の第二代会長就任の日であり、更には、直弟子である第三代会長・池田先生の会長就任の日です。

 最も師弟の精神が凝縮するこの時に、私達は我が生命に深く刻み付けたい。


 牧口先生戸田先生池田先生、この三代の会長によって現在の世界の創価学会の大基盤はでき上がった。そして、この偉大なる三代の師匠を、創価学会は永遠に根本としていく。

 三代の会長こそ、大聖人の法の証明者であり、この三代の精神に続いていくことこそ、師弟不二の道であり、最も大事な、最極の道であり、これこそが大聖人に直結する道であるからです。

 どんな時代が来ても、代々の会長が、何代、何十代と続いても、この三代の会長の指導通りに進めばよい。この三代の原点を忘れなければ、学会は永遠に栄え、また、最大に栄光と勝利の前進をしていくことができる。こう確信をします。


 私達壮年部は、“広布責任世代”の誉れも高く、敵に対しては、猛然と戦い挑み、断じて粉砕をしていきたい。そして、池田先生と行動を、世界に、万代に宣揚し、継承すべく、本日より怒涛の大前進を開始しようではありませんか。

2005-11-18

創立75周年から80周年に向けて


 今座談会で研究発表を行った。原稿の一部を紹介する。一部、メモ書き状態のものも含んでいるが、ご了承願いたい。手直ししようともったが、面倒臭いのでやめた(笑)。




 創立75周年から80周年に向かう現在が、どのような時なのか。学会の歴史を振り返りながら、確認し合いたい。今、大事なことは「学会の歴史」を語り、伝えること。なぜか? 既に宗門問題を知らない世代が青年部の殆どを占めている。学会総体として見た時、この世代に確かなバトンタッチができるかどうかで、令法久住の命運が決まる。

  • 2008年――戸田先生亡き後、先生が学会の指揮を執られてから50年。先生が80歳になられる。
  • 2010年――会長就任50周年。師弟共戦の最終段階。

学会の歴史を俯瞰


七つの鐘

【第五の鐘 昭和33〜40年】

 昭和35年 会長就任

 昭和36年 国士10万の結集

 昭和37年 「大阪事件」の無罪判決、11には300万世帯の達成

 昭和38年 世界一周指導、民音創立

 昭和39年 大客殿建立、公明党結党、創大設立構発表、高等部結成

 昭和40年 小説『人間革命』発表、第1回正本堂建設委員会

師の7回忌までに遺言を実現。寺院の寄進。




【第六の鐘 昭和40〜47年】

 昭和42年 クーデンホーフ=カレルギー伯爵と会談

 昭和43年 創価高校・中学が開学、日中国交正常化を訴える

 昭和44年 トインビー博士より書簡が届く

 昭和45年 128日に750万世帯達成

 昭和46年 創価大学が開学

 昭和47年 トインビー博士と対談、正本堂建立


会館建設に着手。学会における「多造寺堅固期」ともいえる。




 昭和41年の時点では、七つの鐘の総仕上げの目標として「1000万世帯の達成」が掲げられていた。→日顕によって阻まれた。


2050年までの展望として、まず、東洋広布


 アジアの人口は現在、18億2800万人。2050年には、20億8900万人になる予。世界の人口が64億8000万人=約30%をアジアで占めている。


 ゴールドマンサックス証券の調査レポートによれば、2050年の「世界のGDPにおける占める各国の予割合」は次の通り(GDPは景気の変動に左右されない)。


順位割合
1位中国24.1%(現在、5.1%)
2位アメリカ20.3%(現在、38.3%)
3位インド15.8%(現在、2.0%)
4位ブラジル4.0%(現在、1.6%)
5位日本4.0%(現在、15.4%)
6位ロシア3.1%(現在、1.6%)

【ヨーロッパの先進国は、2%台前半(現在、6〜7%)】


 戸田先生が、「世界は経済によって統一されるであろう」と予見されたが、21世紀半ばには、アジアが世界経済の中になるのは明らか。これを、みすみすヨーロッパのキリスト教国が見過ごすはずがない。だからこそ、先生は、先手を打って、急所ともいうべき人物や団体と交流を深めている。


 カレルギー伯爵、外交の術師といわれたキッシンジャー元国務長官、ローマ・クラブ、イギリス王室のチャールズ皇太子とアン王女、アメリカの石油王アーマンド・ハマー、サイモン・ウィーゼンタール・センターなど。これらの人々や団体は、実は全部つながっている。




 アジアと同時にアメリカが重要な広布の位置を占める。ご存じのように、アメリカという国は新しい国である。鎌倉時代には存在してない。法西還のゴールがインド〜ヨーロッパとするならば、アメリカは“世界の縮図”といえよう。北米は猛烈な勢いで折伏をし、南米では多くの小学校で創価教育を導入している。


2010年――大きく変わる日本


 高齢者とは65歳以上の人を指し、人口比の7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、25%を超えると「超高齢社会」という。日本においては、2004年12現在で、高齢者が2500万人を突破し、既に20%の割合を占めている。予では、2013年に3000万人を超え、ピークを迎えるのは2043年で、3647万人となる。全人口の3人に1人が高齢者となる時代は、直ぐそこまで来ている。超高齢社会となるのは2014年。ヨーロッパ諸国と較べると日本は急激な高齢化が指摘されている。


団塊の世代が2007年に定年退職を迎える

 より一層の高齢化が顕著に。まず、長年、企において大型汎用機などの基幹系システムを開発・保守してきたベテランが引退してしまい、今まで培ってきた技術やノウハウなどが継承されず、基幹系システムの維持が困になる現象が生じる。その一方で、2010年問題。2010年までに支払われる退職金の予は、150兆円。これによって倒産する企が出ることが予されている。超少子高齢化が加速。




 色々と述べてきたように、21世紀の前半は「世界地図が塗り替えられる」時であり、日本の社会も、いまだかつて経験したことのない構造となる。


「今までと同じ姿勢」では生き残ってゆけない時代ともいえよう。では、どうすればいいのか? 今こそ“創価ルネサンス”の原点に立ち返るべきである。創価ルネサンスとは人間復権の異。衣の権威にかこつけて、民衆を騙してきた聖職者から、日蓮法を民衆の手に取り戻した一大運動であった。


 振り返れば、法興隆の歴史は、常に激動の時代の中で、民衆の幸福を勝ち取ってきたものだった。大聖人は、公家社会から武家社会へと移り変わる時代であり、天変地異が相次ぎ、内乱や外敵に揺れた社会情勢だった。




 時代が大きく変わる時、伸びる人と、落ちてゆく人が必ず出る。社会が成熟する時、若者に対して甘くなる。

  • 高度成長期――学生運動
  • バブル――ギャル、子ギャルの出現

 では、75周年から80周年とは、いかなる時なのか?

 先生が80歳になられるのは、2008年。で、何をすべきなのか?

 創価ルネサンスが、人間復権であり、人間復興であるならば、現実に「一人ひとりが主役」という組織をつくり上げるしかない。そのためには徹底した家庭指導をするしかない。同志の絆を強靭なものとして、初めて広宣流布は進むことを銘記したい。

2005-11-17

創立75周年記念 本部・海外最高協議会


2005-11-11 信濃文化センター】


 1111日に行われたこのスピーチ(聖教新聞 1115〜16日付)が、今後、10年の指針である。この指導を一切の原動力にしながら、指導通りの自分と組織を築いて参りたい。読む度に、闘争が掻(か)き立てられ、じっとしていることができなくなる。


 師の戸田先生はよく言われていた。

「私は、学会員幸福になればいいのだ。我が同志の幸福こそ、私の願いである」と。

 私も師匠と「同じ」で生きてきた。


子”を、成果のための手段にするな。自分の役職の都合でものを言うな。




がなければきらびやかな表現も何の役にも立たない」(プーシキン)


 を深めゆく教学の研鑚、スピーチの学習が必要不可欠。“打ち出し”よりも自分のいを語り、押しつけではなく、皆が納得する話を。今日も、新入会の学生部と任用試験の勉強をしながら、私は語った。「に負担をじることは一切、拒否して構わない。長年、信しているこっちにとっては当たり前でも、君にとっては、そうじゃない場合もあるかも知れないから。俺に対しても、遠慮する必要なし」と。




「絶対無事故」が当然である。事故を起こせば、誰も得をしない。同志も皆悲しむ。

 特に、大きな会合の場合は、細にも細の注を重ねて、完璧な運営をお願いしたい。


 寝坊が事故の原因。否、寝坊したということ自体が事故と自覚したい。




 どうすれば、理組織をつくり上げることができるか。

その急所は何か。

 それは、リーダーが成長することだ。手を打つ人間が、人の何十倍もしみ、題目をあげて、考え抜くことである。

 会合でいい話をすることも大事だ。だが、それだけでは人は動かない。

一対一で語り、がつながってこそ、徐々に大回転が始まってゆく。

 改革は必要である。しかし、安直に進めれば、かえって混乱をもたらす場合もある。

 だからこそ、現場を聞くことだ。皆が納得して進んでいけるよう、よく打ち合わせ、対話を重ねることである。

 特に、若くしてリーダーになったならば、皆の見に謙虚を傾けねばならない。

労しなければ、人のはわからないものだ。

 また、挑戦のを失えば、硬直した官僚主義に陥ってしまう。

 格好はいいが、血が通わない。慈愛がない。いやりがない――そういうリーダーであったならば、皆がバラバラになってしまう。

「皆、大変な中、本当によく戦ってくださっている」――そう謝するがあるかどうか。ともに戦い、同するがあるかどうかである。

 どうしたら、皆が安して広布へ進み、勝利と幸福をつかんでゆけるか――その一点を、私は祈り、全魂を注いできた。そこに呼吸を合わせなければ、師弟は「不二」でなくなる。

 決して上から押しつけるのではなく、皆から「よくやってくれた」と言われる指揮を、よろしくお願いしたい。

 何でも言える雰囲気が大事である。そういう組織が伸びる。

 立場が上であるほど、自分から皆の話を聞いて、一つ一つ応えていかねばならない。疲れるかもしれないが、それが指導者の責任であるからだ。

 何も言えないような雰囲気では、最低の組織である。

 そうならないために、まずリーダーが真剣に、一生懸命戦う。たゆみなく人間革命してゆくのだ。これをに刻んでいただきたい。


 これ、末端幹部のを代弁されたものと拝す。これが、“民の”だ。




 これからの宗教のリーダーは、「二つの言葉」に通じていなければならない。


ドゥ・ウェイミン博士(ハーバード大学教授/中国研究の第一人者)の指摘。

  • 同じ信仰を持つ人々を結ぶ言葉
  • 世界市民としての言葉

創価学会が行われてている、普遍に根差す宗教の実践と、人類の存続を脅(おびや)かす諸問題への真剣な取り組みとの往復作は、非常に貴重です」(同博士)


 内にあっても、外にあっても言論勇者たれ。一方でしか通用しないのは、偏頗(へんぱ)な証拠。とは全体人間の異。満の如く欠けるところがなく、円融円満な人格の持ち主。




「指導の達人」「激励の人」であっていただきたい。


“会合の連絡屋”になるな。それすらしてないのが多いけど(笑)。




 真と誠のこもった「ほめ言葉」をかけてゆくところに、喜びの波動が広がる。


 一人を折伏し、一人を育てる労を知れば、同志に対する謝のが湧いてくるのは当然だ。ほめるのは技術に非ず。赤ん坊を見よ。這(は)えるようになり、やっと立ち上がり、歩き出すだけで、親は喜びあまって、ほめ言葉を乱発す。ほめることができないのは、後輩と“境涯の差”がないからだ。




 今日一日、何人の人に温かなをかけ、ほめることができるか。

 ここに指導者の重要な使命がある、と強調しておきたい。


 さあ、今日から皆で競争だ!




 見た目や格好ではない。我が内なるの生命を燃え上がらせ、戦うことである。


 諸法実相である。我が一に義務はないか? 「背く」がないか? に怨嫉あらば、裏口信だ。




 学会会館は「幸福」であり、「人間のオアシス」である。


 は壮麗だ。オアシスの水には人や動物が集まり、植物を生長させる。会館に来られた方々を、どう迎え、激励し、見送るか。集い合った全員が、「今日は来てよかった!」とからえるかどうかが勝負。




 日蓮大聖人は、「法華行者逢難事(ほっけぎょうじゃほうなんじ)」で、弟子たちにこう仰せである。

「おのおの互いに(この法門について)読み、聞いていきなさい。このような末法の濁った世にあっては、互いに常に語り合って、いつも後世を願っていきなさい」(965頁、通解)

この御聖訓の通りの実践が、学会の教学である。


法華行者逢難事」を参照のこと。




「学会がここまできたのも、真剣な御書講義と研鑚があったからだ。教学が広布の根源である。だからこそ、全魂を教学に傾けてきたのだ」

創価学会の使命は、広宣流布の推進にある。

そのためには、教学の振興が大事である」

先生は、幹部にも常々、こう語られていた。

「疲れ切った時にこそ、御書を拝読していけ! たとえ1行でも2行でもよい。御書を拝して、自らの境涯をもう一歩、開くのだ!」


 折伏によって成長し、功徳を受けるのは、折伏をやった本人だけだ。結果は出ても人が育ってない組織は、予以上に多い。人材育成の基本は教学だとう。私は青年部時代にスピーチ研鑚は人一倍やってきたが、御書の方はからっきしだった。今、壮年となって、の底から悔やんでいる。遅まきながら、毎週、ブロック唱題会で学んでいる。皆が本当に喜んでいる。




 私は若き日に、大聖人の「不惜身命」「忍弘通」の大闘争を学び、我が生命に刻みつけた。

 そして、広宣流布の大願に生涯を捧げ、師匠である戸田先生を守り抜くことをに誓ったのである。

「一切のの働きから、どうすれば師匠を守ることができるか」「どうすれば学会を守れるか」。そして、「どうすれば広宣流布を進めることができるか」――私は、ここに一を定めた。そして真剣に、具体的に祈った。

 祈りは具体的でなければならない。現実をどう変えるかという「具体」がなければ、祈りは空転してしまうからだ。


情だけ”、“観だけ”、“気持ちだけ”、“口先だけ”の師弟に対する破折。「私はこうだった。君は、どうなんだ?」との厳しい問いかけだ。それは、“祈りの中身”に対してまでなされている。本当に厳しい。だがそれは、大いなる期待の表れである。




 私は、その先生を支えに支え、阿修羅のごとく働いた。事の再建のために、昼夜の別なく奔走した。誰に対しても、誠実の行動を貫いた。


 先生はこの間、一年ほどうように学会活動もできなかった。それは、学会再建のためであり、戸田第二代会長を誕生させるためだった。戸田先生は、師子奮迅の力を発揮した先生を讃えた。だが、絶対に甘やかさなかった。その訓練はいじめ抜くほどのものだった。




 私は、先生が構し、言い残されたことは、全て実現してきた。

 先生は勝った。先生は幸福であった。弟子の戦いをから喜んでおられる先生の姿が目に浮かぶ。

 師弟というものが、どれほど深く、尊い、永遠の人間の道であるか。

 私は、戸田先生のもとで労し抜いた。「師弟不二」で戦い抜いた。だからこそ、今の私がある。


 当時の状況に比べれば、今は本当に恵まれている。

 もちろん、時代や環境は大きく違うかもしれない。しかし、自ら求めて労をしていかなければ、本当の指導者になることはできない。

 私は第三代の会長に就任してからも、あらゆる誹謗や中傷を一身に浴び、全同志の盾(たて)となり、学会の屋根となってきた。

 それこそ、全身に槍傷(やりきず)、刀傷を負うような時もあった。普通では耐えられないほどの迫害、また迫害の連続であった。

 それでも一歩も退(ひ)かずに戦い抜いてきた。だからこそ、今日の世界的な学会の発展がある。

 学会の一切を担い立つ人間には、あらゆるや迫害に耐え抜く覚悟がなければならない。決して簡単に考えてはならない。

 厳しいようであるが、学会の永遠の発展のために、あえて言い残しておきたい。


 何らかの“傷”を負わずして、本物にはなれない。“評判がいい”だけの幹部は、所詮、お利巧さんに過ぎない。




 グリルパルツァーは戯曲の中で、こう綴っている。

「わたしは一つの罪を知っている。その罪の黒さにくらべれば、ほかの罪なぞはすべて百合(ゆり)の花のように白く見えるほどだ。忘というのがそのだ」(実吉捷郎訳『ザッフォオ』岩波文庫)

 どんな罪よりも重い罪――それが「忘」だというのである。

 戸田先生も、「知らずが組織の中にのさばると、妙法の功徳は毒に汚(けが)される。功徳が消えるだけでなくして、物が動きはじめる」と厳しく言われていた。


 シモン・ボリバルは「忘は人間が犯すことのできる最大の犯罪である」と。“師の”をじる人は、“同志の”を知る人でもある。




「いかなる偉大な績も、ごくわずかな不撓(ふとう)の人々によって打ち立てられるものである。他の者たちは、なんとかなるだろうと考えている」(アンドレ・マルローの手稿)


「フランスの再建が実現した暁には、きょう、この場――ジャピー講堂に集った、あなた方のおかげであると讃えられるであろう。

 雪の中でも、(我々の主張を訴える)新聞を売っていった、あなた方のおかげであると」(同)


 学会にあっても“本物”は、ごくわずか。これが3分の1にまでなれば、舎衛の三億だ。3分の1の生命力で全軍を引っ張ってゆくのだ。本物の弟子は、誰も知らないところで戦っている。




 御書には、「日蓮の弟子の中に異体異の者があれば、それはたとえば、の内部の者がを破るようなものである」(1337頁、通解)と厳しく戒められている。

広布のを永遠ならしめるため、戸田先生は、昭和33年のご逝去の直前〜「3.16」の記式典を終えられた直後に、肺腑をえぐるように強く言われた。

「今後の学会は、腐った幹部を切らねばならない」

 正義のために戦わない。それどころか、私欲に狂い、尊き同志をしめる。こうした増上慢の人間が出たことは、皆さんがご存じの通りである。

 広宣流布を破壊する「師子身中の虫」は、将来のために断じて打ち破らねばならない。

 法は勝負であるからだ。との間断なき戦いである。

 また、先生はよくこう言われていた。

「滅びるか、それとも伸びゆくか。人間も団体も、二通りにわかれている。滅びゆく人生には絶対になるな! 伸びゆく人生であれ!」

 信は、無限に向上してゆくエンジンである。

 どこまでも「伸びゆく人生」のドラマを、晴れ晴れと綴ってまいりたい。


 若きナポレオンが世界史の表舞台に彗星のごとく登場した時、彼の行くところ、「前進、また前進!」のみずみずしい吹があった。

 戦いが窮地に陥ると、自ら先頭に立って皆を鼓舞し、勝利を切り開いた。

「私とともに進め! 私の後に続け!」と。

 戦いを終えると、彼は陣地を回って兵士たちをねぎらい、負傷兵をいたわり、皆と一緒に休んだ。皆と食事も一緒に分かち合った。

 兵士たちは、そんな彼を「小伍長」のあだで呼び親しんだ。

 そこには上下という識はなかった。古い権威や、虚栄とも無縁だった。

 愛する祖国を守り、フランス革命の理を確立しよう。そういういに皆が燃えていた。

 第一次イタリア遠征では、兵士たちの「ラ・マルセイエーズ」(フランス国歌)の晴れやかな歌がアルプスの山々に響き渡ったという。

しかし、やがてナポレオンの隊列から、こうしたみずみずしい吹も、一体も失われてゆく。

ナポレオン自身が戦場を駆け巡り、全てを自分で判断して、細かく指令を出していた時は、まだよかったが、軍隊の規模が大きくなると、ナポレオンの目も全軍に行き届かない。

 だからこそ、「ナポレオンなら、どうするか」と自分の頭で考え、行動する「不二」の人間が必要だったのである。

 しかし、ナポレオンの命令通りに動けば勝利が手に入った将軍たちは、いつしか、“自分で判断することができない”“指示を待って動く”という官僚主義に陥ってしまった。組織が硬直化していった。

 これが、ナポレオンの行き詰まりの大きな要因となった。


 ナポレオンの栄光は、わずか20年であった。

 100年、200年と栄えてゆく組織をつくることが、いかに至の事であるか。

いわんや、「末法万年尽未来際」の広宣流布に挑んでいるのが創価学会である。

 戸田先生は強く訴えられた。

組織を陳腐化させてはならない。官僚主義で機械的に上がっていくような、また、そつなくやっていればいいというような、退嬰(たいえい)的、保守的な組織になってはいけない。

 人材がどんどん抜擢されるような、生き生きとした組織でなければならぬ。

 学会は、人材で築かれた組織なのだ。

 広宣流布を唯一の目的とする一つの生命体だ。

 そして、日進歩、常に生々(せいせい)発展する生命そのものなのだ」

 今、各地で新しい人材が躍り出てきた。私は本当に嬉しい。

 次の世代がどうなるか――これは、今のリーダーの責任である。その決の深さで決まる。

絶対に若い人を上から抑えつけてはいけない。それでは、人は伸びない。この一点を間違えたら怖い。

「抑える」のではなく、「育てる」のだ。

 後輩たちが「本当にお世話になった」「厳しかったけど、楽しかった」――そうえるようなよき先輩であっていただきたい。皆が「張り合い」をもって進めるよう、励まして励まし抜いていただきたい。

 今、人材を育てておかなければ間に合わない。「次の50年」を担う青年の陣列を築き上げたい。どうか、よろしく頼みます!

 ともあれ、年配になっても、まで老いてはならない。牧口先生戸田先生がそうであられたように、は生涯、青年でなければならない。

 いくら年を重ねても、「さあ、やろう!」と気迫をもって進むのだ。

 命ある限り、「・日日」に、“広宣流布の生命体”である学会とともに、同志とともに、前進、また前進し続けてゆくことである。

 明年の「青年・躍進の年」とは、年配者も青年も一体になって、皆が青年の吹で躍進してゆく一年であることを、朗らかに決議し合って、記のスピーチとしたい。


 これ、指導の結論なり。師の憂慮が胸に迫る。「先生どうぞ、ご安下さい。私がおりますから!」――こう言い切れる弟子が果たして何人いるか。

2005-01-31

80歳(2008年)まで 世界広布の基盤完成なる哉


 かつて、30歳の誕生日を約一ヶ後に控えた、懐かしき日記に、私は、こう記していた。

「先生と共に戦い、進み、生きぬくこと以外に、私の人生はない。師ありて、われあるを知る」

 病弱のため、医師から、30歳まで生きられないだろうと言われたわが生命。

戸田先生はそんな私を誰よりも配され、厳愛の指導を続けてくださった。

 激しき法戦の明け暮れ。病にしみ、疲労困憊した私に、先生は言われた。

三障四魔との戦いだ。泣いて、御本尊にぶつかれ。そして、すべてを打開せよ」

「いつ臨終になっても、悠然と、従容(しょうよう)たる人生であれ、信であれ」

 生命を貫く、厳父の

また、ある時は、「私の命をやろう! 生きぬけ、私に代わって、断じて生き抜け!」とも。


 師に生命を吹き込まれ、病の宿命に打ち勝ち、迎える30歳。その慨を胸に、10年ごとの人生の来し方と未来の指標を、日記につづっている。


 10歳まで …… 平凡な漁師(海苔製造)の少年時代

 20歳まで …… 自我の目覚め、病との闘い

 30歳まで …… 法の研鑚と実践。病の打破への闘い

 40歳まで …… 教学の完成と実践の完成

 50歳まで …… 社会への宣言

 60歳 …… 日本の広布の基盤完成


 しかし、日記には、60歳から先のことは、触れていない。それ以上、生きぬけるとは、とうてい、考えられなかったからである。

 私が体調を崩し、検査入院したのも、師の逝去の年齢58歳が、目前の晩秋であった。


 先生がご存命ならば、間もなく98歳。先生の命を分けていただいての、わが「更賜寿命」の七十星霜なりと、しみじみう。

 かのユゴーは、70歳で小説『九十三年』の制作に着手。またトルストイは、70歳の頃、作『復活』の執筆に没頭した。

 牧口先生は、70歳になられてすぐ、機関紙『価値創造』を創刊。新しき言論戦の火蓋(ひぶた)を切られた。

 法悟空も、『新・人間革命』第8巻の執筆に余がない。間もなく、連載も再開となる。

 ここに、60歳以降の、わが人生の歩みと推測を記せば、たとえば、次の如くなる哉(かな)。


 70歳まで …… 新しき人間主義の哲理を確立

 80歳まで …… 世界広布の基盤完成なる哉


 このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決する。


【「随筆 新・人間革命」1 聖教新聞 1998-01-04付】


 今、学会は創立75周年(本年1118日)から80周年を目指して戦っている。その年頭に当たり、正木副会長が引用した(聖教新聞 2005-01-10付)指導である。


 第一回目の随筆ということもあって、内容は確かに覚えていたものの、“今”という時に際して、完全に失していたことを私は大いに恥じた。


 先生が80歳を迎えられるまで、後3年。2010年までは5年である。残された師弟共戦の時間をわずにはいられない。


 戸田先生の晩年の3年を振り返ってみよう。

 いずれの歴史も、若き先生が中となって、大いなる広宣の上げ潮を築かれた歴史だ。この時、先生は、27〜30歳である。


 我々の使命は明らかだ。正邪を決し、学会の力を満天下に示すことである。


 日蓮大聖人は国家を諌(いさ)めること三度(みたび)。悩に喘ぐ民衆を救済せんと、立証安国を叫びに叫び抜かれた。


 佐渡流罪が赦免(文永11年2)となってから2ヶ後の48日、大聖人は平左衛門尉と対面。「蒙古からの攻撃はいつか?」との問いに対し、「今年は一定」と答えた。この時、平左衛門尉から大聖人に対し懐柔策の提示があり、換算すると60万両(約300〜450億円)に及ぶ資金提供の申し出があった(評論家の中島誠氏による)。しかし、大聖人はこれを一蹴。威風堂々と三度目の国主諌暁を行った。


「君に過ち有れば則諌め、三度諌めて聴かざれば去るべし」(礼記)との故事にならい、大聖人は5に鎌倉を離れ、身延入りされた。だがそれは、世間的な隠居とは全く異なっていた。残された時間を、後継者育成のために捧げたのだ。


「学会は人材の城を築け」と、戸田先生師子吼した。今、喜寿を迎えられた先生の像せよ。から晩まで手を打ち、激励に激励を重ね、休みなく戦い続ける師のはあまりにも深い。


 勝って、勝って、勝ちまくる池田門下の陣列を完璧に仕上げて参りたい。

2005-01-03

変動する世界


【読売新聞 2006-01-03付】


2005日本の人口 初の「自然減」
2032年インドGDP 日本を上回る
2041年中国GDP アメリカ抜き世界一
2050年世界90億7000万人


 日本にとって、衝撃的な未来予測が相次いでいる。昨年早くも人口減を招いた日本が、巨大人口を背景に経済発展を続ける中国やインドに、遠からず経済力でも抜かれるというのだ。


 米ゴールドマン・サックス社の2003年報告書によると、中国は2016年にも国内総生産(GDP)で日本を追い抜き、2041年までには米国をも抜いて世界一になる。インドは2032年までにGDPで日本を上回る。


 また、「総合研究開発機構(NIRA)」の推計によると、2050年のGDPで、中国がアメリカの1.66倍、インドが1.5倍となる一方、日本は中印の1割台まで落ち込む。


 躍進するのは「BRICs」(ブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字)だけではない。ゴールドマン・サックス社の05年の予測では、インドネシア、パキスタン、バングラディシュ、ナイジェリア、メキシコを含む11ヶ国が、BRICs予備軍「N-11(ネクスト・イレブン)」になる。メキシコのGDPは50年に世界で6位、インドネシアは11位、ナイジェリアが12位になると予している。


ソフト大国


 インドのIT(情報技術)産は円換算で3兆円規模、GDPの4%を占める。人件費の安さと英語を武器に、ソフト製作の下請けやコールセンター務で績を伸ばした。映画製作も年間約900本で、米国をしのぎ世界一。ボンベイ(現ムンバイ)近辺にスタジオがあることから「ボリウッド」の異もできた。


 インドでトップ水準の病院は、「医療水準が高く、治療費も安い」と評判だ。04年には55ヶ国から15万人の患者が治療に訪れた。


消費大国


 米国の調査会社ニールセンによると、中国人が外国旅行に費やす買い物額は一人あたり987ドルで、堂々たる世界一だ。


 中国のネット人口は05年5現在で1億人を超え、1億6000万人の米国に次ぐ世界第2位。ブロードバンド加入者(3018万人)は、07年までに米国(約3400〜3900万人)を抜くとの予測もある。インドのネット人口は05年現在で約3700万人。携帯電話加入者は中国が3億3000万人を超えて世界最多。インドの加入者は5000万人だが、06年末には7000万人になると見込まれる。


 中国の外貨基準高(香港との合計)は、05年6末時点で8379億ドルに達し、日本(8340億ドル)を上回り世界一になった。ただし、宝飾用の金消費量はインドが世界一で、中国の2倍も消費する。


大国の重荷


 中国にもインドにも、人口大国ならではの弱点がある。


「毎年、関西電力1社分の発電量が増えている」。日本エネルギー経済研究所(東京)の本村多門さんは、中国のエネルギー消費急増が大きな足かせになると言う。「それを毎年作れと言われても大変。それが今の中国です」


 電力開発は長期計画が必要な分野。年平均9%の経済成長は、政府のあらゆる開発計画を上回った。04年には石炭を前年比2割近く増産し、5000万キロワット(東京電力の8割に相当)増やし、発電設備は米国に次ぎ世界2位だ。それでも、電力消費のピークの夏には、企を順番で強制的に休ませる「輪番休」を上海などで実施せざるを得なかった。


 インドに残るカースト制度も成長阻害要因とされる。社会的流動を奪い、労働力供給で問題を招く。男尊女卑も根強く、世界人口白書によると15歳以上の非識字率は男子27%に対し女子52%に達した。1日1ドル以下で生活している貧困層は現在約4億人と推計される。成長著しいIT産でも従事者は100万人しかいない。


イスラム伸長


 国連の世界人口推計では、イスラム圏の拡大が目立つ。中央・南アジアと西アジアの人口は2050年に約29億人(世界の32%)に達する。東アジア(日本を含む)は約16億人でほぼ現状維持。世界の人口構成は様変わりする。


 イスラムの人口拡大は、医学の発達に加えて、「子供は神からの授かりもの」とし、否認を敬遠する文化が背景にある。


 地政学的に最も大きな影響を受けるのが欧州。イスラム圏からの移民が続けば、21世紀に入って急増している摩擦が増えそうだ。イスラム圏の膨張は、近接する東アジアにも人口流入する可能がある。


一人っ子の闇


 1979年に始まった中国の一人っ子政策は、人口爆発抑制に一定の成果をあげた一方、弊害も生んだ。戸籍に未登録の「ヤミっ子」は全国で1500〜1700万人いるとされる。教育、医療、年金をまともに受けられないのだ。男女比は男児1.18対女児1まで拡大した。将来3000万人の男が結婚に陥るとされている。


 中国最速のペースで少子化が進む上海市の合計特殊出生率は0.96(2000年)。2030年には市民の半数が65歳以上という極端な少子高齢化になる。


2500年「日本の人口10万人」!?


 日本の2004年の合計特殊出生率は1.29。現状維持に必要とされる2.07を大きく下回る。社会保障・人口問題研究所(東京)の「総人口の将来推計(02年1調査)」によると、2050年の人口は現在より約2700万人も減る。最大3500万人も減る可能もある。


 NIRAは、出生率が低水準で推移し、外国からの移民もないと仮定した上で、「2500年の日本の人口は縄文時代と同じ10万人まで減少する」という推計をはじき出した。


世界の人口ランキング


順位195020002050年
1位中国5億6200万中国12億6200万インド16億100万
2位インド3億6900万インド10億200万中国14億1700万
3位米国1億5200万米国2億8200万米国4億2000
4位ロシア1億5200万インドネシア2億2400万インドネシア3億3600万
5位日本8300万ブラジル1億7500万ナイジェリア3億700万
6位インドネシア8200万ロシア1億4600万バングラディシュ2億7900万
7位ドイツ6800万パキスタン1億4100万パキスタン2億6700万
8位ブラジル5300万バングラディシュ1億3000万ブラジル2億2800万
9位英国5000万日本1億2600万コンゴ民主共和国1億8100万
10位イタリア4700万ナイジェリア1億2300万メキシコ1億5300万