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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2012-08-18

転居のお知らせ


 ウッカリしていた。はてなダイアリーに広告が表示されるようになったためブログを引っ越すことにした。っていうか既に引っ越し済みだ(笑)。


 今後は今まで以上に客観的に創価学会を含む仏教や宗教について、一般的な視点で綴ってゆく予定である。ダラダラと10年以上にわたって駄文を認(したた)めてきたが、私の実感としては創価学会員に特定してメッセージを発信することに意味を見出せなくなった。


「私は学会員である」という自意識に束縛されているため、学会員は党派性でしか物事を判断できなくなっているように思う。それゆえ言論の内容を吟味せず、単純に「敵か味方か」で判断する手合いが多い。


 ネット上では大した活動もしていない有象無象が徘徊している。


 ま、今更ではあるが少しばかり自己紹介をしておこう(笑)。


 私は個人折伏を10世帯やっている(全国制覇は4回)。完全に冬眠状態の会員を200人以上起こしてきた。メールのやり取りだけで本尊流布を行ったこともあるし、未活動のメンバーを活動家にしたこともある。言論部が立ち上げられた時、東京で一番最初に一般紙への投書が掲載されたのも私である。法華講との攻防についても詳細は書けないのだが、金星に等しい功績を二つ上げている。


 こんなものは自慢でも何でもない。結果を出すのは当たり前であるからだ。


 ネット学会員はネトウヨならぬネトガクに堕した感がある。不勉強を恥じることなく、堂々と「自分たちの正義」を語る臆面のなさ。彼らは他宗を罵り、他党を罵り、他の学会員を罵ることでしか自我を保つことができない。


 そんなわけで今後は宗教全般を通して世間一般に向けてメッセージを放つことにした。


 以上をもって、はてなは終了。

2012-07-20

『池田大作と暴力団 独占スクープと内部資料が明かす創価学会ヤミの裏面史+跡目争いの行方!』西岡研介、乙骨正生、森功、山田直樹(宝島NonfictionBooks、2012年)


池田大作と暴力団 独占スクープと内部資料が明かす創価学会ヤミの裏面史+跡目争いの行方! (宝島NonfictionBooks)


 オウム真理教事件が起こり、宗教法人法の改正で国会が揺れた1990年代半ば――永田町であるテープの存在が囁かれた。山口組直参後藤組の後藤忠政組長(2008年引退)と、池田大作名誉会長の“腹心”として学会の裏仕事を担ってきた藤井富雄・都議会公明党顧問(当時は都議)の密会テープである。このテープが永田町に流出。藤井顧問は後藤組長に対し、当時、自民党の組織広報本部長として反学会キャンペーンの先頭に立っていた亀井静香議員の口封じなどを依頼したという。果たしてその真相は?本書では“盗聴実行犯”と初めて接触し、生々しい証言の獲得に成功。「パンドラの箱」からは、驚くべき事実が飛び出してきた!


目次

INTRODUCTION


PART1 池田大作と山口組と謀略

 ▼創価学会&公明党に大型スキャンダル

 独占スクープ 盗聴実行犯、17年目の告白!

 後藤組組長/藤井都議会公明党顧問「密会テープ」の全貌!!

 池田大作の腹心が山口組本家にもちかけた頼み事   西岡研介


 ▼「学会ウラ部隊」謀略の真実!

 私は創価学会に盗撮され、通話記録を盗まれていた

 学会内部資料「諜報マニュアル」掲載   乙骨正生


 ▼反創価学会勢力潰しの「世論工作」と公明党の隠微な関係!

 告発スクープ 謎の調査会社JTCに流れた公明党の“政党交付金”   高橋篤史


PART2 支配されたメディア知識人

 ▼選挙の広告塔が密かに増殖中!

 創価学会の芸能界占領計画

 AKB総選挙でも学会票!? 芸能人の実名総まくり!   常田 裕


 ▼『公明新聞』だけでも年間7億2800万円!

 『聖教新聞』の印刷利権に牛耳られ、池田大作の“提灯記事”を載せる朝日・読売・毎日   黒薮哲哉


 ▼『潮』『第三文明』『灯台』『パンプキン』徹底リサーチ

 池田教の“広告塔”に墜ちた学会シンパの知識人リスト!

 田原総一朗佐藤優・山口二郎・雨宮処凛・茂木健一郎のありえない発言   佐々木奎一


 ▼覆面記者座談会

 創価学会系球団の御三家は「日ハム」「楽天」「巨人

 事情通がブチまける学会とプロ野球の知られざる関係   取材・構成=白城嗣郎


 ナンバーワンは『読売新聞』! 創価学会系広告出稿ランキング公表

 全国紙からブロック紙まで、ズブズブの関係を数値化してみた   佐々木奎一


PART3 池田大作なき後の跡目争い

 ▼信濃町コンフィデンシャル

 相続問題で国税当局に怯えて迷走する池田大作の“跡目争い”!

 検証! 長男「博正」をかつぐ御学友派vs現実路線の谷川グループ   山田直樹


 ▼本邦初の本格調査!

 池田大作なき後に残る「創価学会」の巨額資産を見積もる

 信濃町施設の資産価値から墓苑事業の収益、関連法人の財務内容まで!   高橋篤史


 ▼カリスマの潰えた野望

 池田大作ノーベル平和賞受賞」工作の軌跡   広岡裕児


 ▼金満教祖のルーツ「関西創価学会」の裏面史

 池田大作をトップに君臨させた高利貸し時代の営業力とカネ   森 功


PART4 池田大作なき後の日本支配

 ▼「東大法華経研究会」OBの進路実態

 財務省・経産省・外務省……

 日本の中枢に学会エリートはどれだけ浸透したか?   談=福本潤一 取材・執筆=石井謙一郎


 ▼国防の中枢に入り込み「主流派」の一角を占める非常事態

 政府秘密文書を本邦初公開! 創価学会「自衛隊折伏計画」の驚くべき真相   小和田三郎


 ▼「総体革命」はどうなるのか?

 総数20万人! 創価大学OBの“進路”に見る日本社会の“学会員浸透度”

 地方公務員1500人、公立学校教員6100人、大手上場企業も軒並み   乙骨正生


 ▼信濃町ウォッチング

 『聖教新聞』の広告クライアントに大異変!

 ゼネコン生保・銀行が激減、半数以上が通販広告のなぜ?   藤倉善郎

2012-06-10

鶴岡八幡宮の大銀杏倒れる


 2010年3月10日に倒れた模様(樹齢は推定800〜1000年)。私は大銀杏(おおいちょう)の存在すら知らなかった。奇しくも立正安国論を北条時頼に渡してからちょうど750年というタイミングで。もちろん偶然に決まっている。色々な物語を創作したい気持ちはわからぬでもないが。


 たぶん由比ヶ浜から若宮大路を吹く潮風の影響もあったことだろう。


 地図で見ると日蓮が辻説法をしたとされる跡は、鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)から目と鼻の先である。当時は武家屋敷があったようだが、幕府の目には挑発と映ったはずだ。ちなみに直ぐ上の妙隆寺は、鍋かむり日親が修行した中山系の寺である。

 創価学会では辻説法を否定し、「座談会方式であったに違いない」との見解を示しているが、現代の常識を鎌倉時代に当てはめたところで十分な根拠となるはずもない。日蓮がストリート折伏を行ったとしても別におかしな話ではあるまい。大道芸などの風俗を調べるのがよいと思う。



大きな地図で見る


2012-03-07

生命の因果ということ


 最近知り合った学会員から実に興味深い話を聞いたので、勝手に紹介させてもらう。


 彼のお母さんのエピソードである。学もなく、夜の仕事をしているというだけの理由で、支部・地区の人々から徹底的にいじめられたことがあったという。しかも、その状態が10年間に及んだ。


 彼が心配をすると、お母さんはこう語ったそうだ。「その人の怒りは、その人のもの。私のものじゃない。でも、その人も私の一心に収まっている。これが『妙』ということ。自分と喧嘩をするわけないじゃない」と。


 お母さんは全く動じることなく、「宿業が出た」などと言うこともなく泰然自若として折伏にいそしんだ。既に50世帯の弘教を成し遂げている。


 他にも面白い話があるのだが、明らかに悟っているような節(ふし)が窺える。


「生命の因果」ということがわかっている人物なのだろう。相手の生命の十界を厳然と見つめている。これが観心だ。

 話は変わる。私は実に多くの先輩方から訓練を受けてきたが、組織における正義の実現という点では、やはり父と男子部時代の先輩からの影響が強い。


 私を含めた3人に共通するのは「絶対に許さない」という一点である。寛容の精神は一かけらもない。純粋さは厳しさに直結する。このため暴力的な言動、行動をためらうことがない。冗談でも何でもないが、いざとなれば我々は人を殺すことができる。真剣さとはそういうものだ。


 ちなみに私の先輩は70世帯の本尊流布をしている。


 で、先ほど紹介したお母さんのケースに戻る。組織や集団には同調圧力が働く。

 そして人間には「同調する」という本能が備わっている。なぜなら集団に同調した方が進化的に有利なためだ。


 私の発想はこうだ。「別の誰かが同じように苦しむかもしれない」。つまり問題や事件は常にモデルケースとして受け止める必要がある。


 私なら、まず組織内の癌ともいうべき人物を探り、そいつを徹底的にやり込める。実際の私を知る者であれば、私が「やる」と言ったら、どこまでやるか見当がつくはずだ。退転するか、引っ越すまでやってやるよ。


 父が死んだ時に私は悟った。学会の組織で純粋に戦い続けてゆくと、純粋に暴力的な人間が出来上がることを(笑)。

2011-12-08

末法の定義


 以前、こう書いたことがある。


 これはまだまだ勉強不足であるが、末法とは「国家が民衆を隷属させる時代」と言ってもよいのではないだろうか。日蓮が過去世の物語に仮託したのは、この事実であったと私は考えている。


摂受・折伏に関する考察


 そこで末法の定義に挑んでみる。


 末法とは人類のコミュニティが国家化へ向かう時代であり、情報のネットワーク化によって一切が政治化する時代である。


 社会システムや建築様式はそのまま脳の構造を示すものだ。こう考えると化儀の意味は変わってくる。単なる儀式性というよりは、制度や組織を指すと思われる。


 では化儀の広宣流布が単一教団の組織拡張なのかといえば、私はそうではないと考えている。立正安国の精神を鑑みれば、当然「脱国家」「超国家」を目指すべきであろう。単純な組織拡大では帝国主義と変わらない。


 参考テキストを挙げておこう。


 社会は暗黙のうちに脳化を目指す。そこではなにが起こるか。「身体性」の抑圧である。現代社会の禁忌は、じつは「脳の身体性」である。ゆえに、一章で述べたように、脳は一種の禁忌の匂いを帯びる。禁忌としての「脳」という言葉は、身体性を連想させるものとして捉えられている。「心」であればよろしい。そこには身体性は薄い。性と暴力とはなにか。それは脳に対する身体の明白な反逆である。これらは、徹底的に抑圧されなければならない。さもなくば「統御」されねばならない。いかなる形であれ、性と暴力とは徹底的に統御されるべきである。それが身体に関する脳化の帰結である。

 脳化=社会が身体を嫌うのは、当然である。脳はかならず自らの身体性によって裏切られるからである。脳はその発生母体である身体によって、最後に必ず滅ぼされる。それが死である。その意味では、「中枢は末梢の奴隷」である。その怨念は身体に向かう。善かれ悪しかれ、そこに解剖学が発生する環境がある。解剖学の背景は単純ではない。

 抑圧されるべきものは、まだ存在する。ヒトの社会は、その成立の最初から脳化を目指していた。社会が支配と統御に尽きるのは、そのためである。それが言語であり、教育であり、文化であり、伝統であり、進歩である。そこでの問題は、自然対人間ではない。その段階はとうに過ぎてしまった。個人対個人でもない。そんな問題は、動物ですら解決している。さもなければ、動物も社会もここまで存続してきていない。資本家対労働者ではましてあり得ない。そうした思想は、すべてピント外れであることが証明されてしまった。

 脳化=社会で最終的に抑圧されるべきものは、身体である。ゆえに死体である。死体は「身体性そのもの」を指示するからである。脳は自己の身体性を嫌う。それは支配と統御の彼方にあるからである。自己言及性における、脳の根本的な矛盾は、論理にではなく、その身体性にある。脳に関する自己言及性の矛盾が、実際の論理的表現よりも強く意識されるのは、背後に脳の身体性が隠れているからである。個人としてのヒトは死すべきものであり、それを知るものは脳である。だからこそ脳は、統御可能性を集約して社会を作り出す。個人は滅びても、脳化=社会は滅びないですむからである。


【『唯脳論』養老孟司〈ようろう・たけし〉(青土社、1989年/ちくま学芸文庫、1998年)】


 現代人はじつは脳の中に住んでいる。それは東京を歩いてみればすぐわかる。目に入るものといえば、人工物ばかりだ。人工物とはつまり脳の産物である。脳がさまざまなものを作りだし、人間はその中に住む。そこには脳以上のものはないし、脳以下のものもない。これを私は「脳化社会」と呼ぶ。大霊界がはやる根本の理由はそれであろう。大霊界もまた、脳の中にのみ存在するからである。われわれの社会では脳の産物は存在を許される。それを信仰の自由、表現の自由、教育の自由、言論の自由などと呼ぶ。他方、身体は徹底的に統制される。だから、排泄の自由、暴力の自由、性の自由、そういうものはない。許される場合は、仕方がないから許されているだけである。なぜか。脳は統御の器官だからである。脳は身体をその統御下に置く。さらに環境を統御下に置く。そうしてすべてを統御下に置こうとするのである。


【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)】


 なぜ都市で、とくに時間が早くなるのか。もちろん、ハイテク化が進んで行くからである。それでは、ハイテク化とはなにか。コンピュータに代表されるように、それはまず第一に、情報化である。なぜ都市は、とくに大都市は、極端に情報化するのか。

 都市とはもともと、そのために生じたものなのである。都市には、予測不能なもの、ゆえに統御不能なものは、存在してはならない。それどころか、不測かつ統御不能という性質を持つものを排除した空間、そうしたものとして、そもそも都市が成立したのである。あたりまえのことだが、すべての予測は情報の上に成り立つ。一極集中がどこまでも進むことも、情報に関係している。入手が遅れた情報は、その価値を失う。それは、だれでも気づいていることであろう。


【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)】

唯脳論 (ちくま学芸文庫) カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫)

2011-09-24

無辜の市民


 私は元々感情が激しいタイプなのだが、数年前からその度を増している。具体的には私より上位役職で善良そうな幹部を見ると殺意に近い感情が芽生える。


 大抵の場合次のようなやり取りとなる。「個人折伏は何世帯やってるんですか?」「完全に寝ている部員(未活動のメンバー)を今まで何人起こしてきましたか?」と尋ねる。で、私より少ないと、「お宅の活動には、さほど意味がないね」とため口モード全開。「戦っているフリしてもダメなんだよ」――後は推して知るべし。私は罵倒観音と化す。


「年のせいなのか?」とも思っていたが、どうやら違ったようだ。先ほどツイッターでやり取りしていて気づいたのだが、彼らに特有な「無辜(むこ)の市民」性ともいうべき性質が、私の逆鱗(げきりん)に触れるのだ。


 真面目で善良な人物ほど上の指示に従う。彼らは自分の頭でものを考えることがない。彼らが忠実に行っているのは「仕事の遂行」である。


 既に何度も書いているが、創価学会員の言動に説得力がないのは思想的格闘がないためである。最終的に「――と御書に書いてある」「――と代々の会長が言っている」以上、で終わる。結局、借り物の思想なのだ。


 ナチス高官であったアドルフ・アイヒマンは戦後に行われた裁判で、大量虐殺に加担した理由を「命令に従っただけだ」と主張した。彼は善良で真面目なナチス官僚であったのだろう。


 ハンナ・アーレントはこの無思想ぶりを「悪の陳腐さ」として炙(あぶ)り出した。


 羊千匹の存在が悪を助長させ、全体主義を加速させるのだ。


イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告