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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2012-07-20

『池田大作と暴力団 独占スクープと内部資料が明かす創価学会ヤミの裏面史+跡目争いの行方!』西岡研介、乙骨正生、森功、山田直樹(宝島NonfictionBooks、2012年)


池田大作と暴力団 独占スクープと内部資料が明かす創価学会ヤミの裏面史+跡目争いの行方! (宝島NonfictionBooks)


 オウム真理教事件が起こり、宗教法人法の改正で国会が揺れた1990年代半ば――永田町であるテープの存在が囁かれた。山口組直参後藤組の後藤忠政組長(2008年引退)と、池田大作名誉会長の“腹心”として学会の裏仕事を担ってきた藤井富雄・都議会公明党顧問(当時は都議)の密会テープである。このテープが永田町に流出。藤井顧問は後藤組長に対し、当時、自民党の組織広報本部長として反学会キャンペーンの先頭に立っていた亀井静香議員の口封じなどを依頼したという。果たしてその真相は?本書では“盗聴実行犯”と初めて接触し、生々しい証言の獲得に成功。「パンドラの箱」からは、驚くべき事実が飛び出してきた!


目次

INTRODUCTION


PART1 池田大作と山口組と謀略

 ▼創価学会&公明党に大型スキャンダル

 独占スクープ 盗聴実行犯、17年目の告白!

 後藤組組長/藤井都議会公明党顧問「密会テープ」の全貌!!

 池田大作の腹心が山口組本家にもちかけた頼み事   西岡研介


 ▼「学会ウラ部隊」謀略の真実!

 私は創価学会に盗撮され、通話記録を盗まれていた

 学会内部資料「諜報マニュアル」掲載   乙骨正生


 ▼反創価学会勢力潰しの「世論工作」と公明党の隠微な関係!

 告発スクープ 謎の調査会社JTCに流れた公明党の“政党交付金”   高橋篤史


PART2 支配されたメディア知識人

 ▼選挙の広告塔が密かに増殖中!

 創価学会の芸能界占領計画

 AKB総選挙でも学会票!? 芸能人の実名総まくり!   常田 裕


 ▼『公明新聞』だけでも年間7億2800万円!

 『聖教新聞』の印刷利権に牛耳られ、池田大作の“提灯記事”を載せる朝日・読売・毎日   黒薮哲哉


 ▼『潮』『第三文明』『灯台』『パンプキン』徹底リサーチ

 池田教の“広告塔”に墜ちた学会シンパの知識人リスト!

 田原総一朗佐藤優・山口二郎・雨宮処凛・茂木健一郎のありえない発言   佐々木奎一


 ▼覆面記者座談会

 創価学会系球団の御三家は「日ハム」「楽天」「巨人

 事情通がブチまける学会とプロ野球の知られざる関係   取材・構成=白城嗣郎


 ナンバーワンは『読売新聞』! 創価学会系広告出稿ランキング公表

 全国紙からブロック紙まで、ズブズブの関係を数値化してみた   佐々木奎一


PART3 池田大作なき後の跡目争い

 ▼信濃町コンフィデンシャル

 相続問題で国税当局に怯えて迷走する池田大作の“跡目争い”!

 検証! 長男「博正」をかつぐ御学友派vs現実路線の谷川グループ   山田直樹


 ▼本邦初の本格調査!

 池田大作なき後に残る「創価学会」の巨額資産を見積もる

 信濃町施設の資産価値から墓苑事業の収益、関連法人の財務内容まで!   高橋篤史


 ▼カリスマの潰えた野望

 池田大作ノーベル平和賞受賞」工作の軌跡   広岡裕児


 ▼金満教祖のルーツ「関西創価学会」の裏面史

 池田大作をトップに君臨させた高利貸し時代の営業力とカネ   森 功


PART4 池田大作なき後の日本支配

 ▼「東大法華経研究会」OBの進路実態

 財務省・経産省・外務省……

 日本の中枢に学会エリートはどれだけ浸透したか?   談=福本潤一 取材・執筆=石井謙一郎


 ▼国防の中枢に入り込み「主流派」の一角を占める非常事態

 政府秘密文書を本邦初公開! 創価学会「自衛隊折伏計画」の驚くべき真相   小和田三郎


 ▼「総体革命」はどうなるのか?

 総数20万人! 創価大学OBの“進路”に見る日本社会の“学会員浸透度”

 地方公務員1500人、公立学校教員6100人、大手上場企業も軒並み   乙骨正生


 ▼信濃町ウォッチング

 『聖教新聞』の広告クライアントに大異変!

 ゼネコン生保・銀行が激減、半数以上が通販広告のなぜ?   藤倉善郎

2012-07-18

真言密教は最澄の法統を密教で換骨奪胎


 東大寺別当をかね、大僧正に補せられた空海は、最澄以上に官僚的な貴族僧で、彼が一宗として確立した真言密教の勢いは、高野山や東寺だけでは満足できず、日本天台の法城比叡山にまで深く食いこみ、『法華経』に帰依した最澄の法統を密教換骨奪胎し、のちの日蓮を激怒させた。


【『鎌倉佛教 親鸞と道元日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】


 視点の高さが概念を変える。ただし法統は思想に非ず。もちろん真理とも関係がない。

鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮

2012-05-05

旃陀羅とは


「旃陀羅」とは悪殺とか厳熾と釈せられ、古代インドにおける四姓より下の屠殺者の種族という意味と、法華経等に説く猪(豚)・羊・鶏・狗を養い、獣を狩り魚を捕る等の不律儀の殺生をもって生業とする者という意味がある。聖人は生家が漁夫の家であったら、その家業を表す言葉としてこの語を使ったのであろう。

 ここで留意せねばならぬことは、聖人が旃陀羅と、ことに身を下して自称するときには、必ず諸経中の最高、最尊の法華経を持(たも)つ法悦を、はかない凡夫の穢身に対比しているときである。


【『日蓮とその弟子』宮崎英修〈みやざき・えいしゅう〉(毎日新聞社、1971年/平楽寺書店、1997年)】

日蓮とその弟子

2012-02-17

五百塵点劫と三千塵点劫


 法華経迹門で三千塵点劫が示され、続いて本門で五百塵点劫が説かれる。時間的には五百塵点劫の方が昔だ。それも6倍ではなくして幾何級数的に古いとされる。数学次元で考えるとゼロ塵点劫はおろか、マイナス塵点劫まであり得る話だ。それゆえゼロ地点としての久遠元初を想定することには一定の合理性がある。


 ただし五百と三千との対比から浮かんでくるのは、大乗仏教派による政治的駆け引きに他ならない。資本主義経済との親和性こそ、大乗仏教がもつ最大の問題であろう。ここを解消できない限り、思想的には必ず行き詰まる。

2011-12-28

日蓮の反証可能性について


「智者に我義やぶられずば用いじとなり」を反証可能性とした場合、三証との位置づけはどうなるのか?


 不軽菩薩は所見の人に於て仏身を見る。悉達太子は人界より仏身を成ず。此れ等の現証を以て之を信ずべきなり。


 先づ唯真言法中の肝心の文あやまりなり。其の故は文証現証ある法華経の即身成仏をばなきにして、文証も現証もあとかたもなき真言の経に即身成仏を立て候。


 日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず。


 此れ等の文証と現証をもつてかんがへて候に、此の人は天に生ぜるか、はた又法華経の名号を臨終に二反となうと云云。

2011-12-25

創価学会員は教団を語るのをやめて仏法を語れ

 私が書いた「内部論理」の意味がまったく伝わっていない。彼女の論法は他宗でも可能だし、共産党でも、健康食品販売でも可能である。「創価学会員は教団を語るのをやめて仏法を語れ」と申し上げておく。組織における問題や矛盾を解決できる人でなければ、私が書いていることは理解できない。上記ブログ記事は「建て前ロボット」みたいな代物であり自分の言葉が一つもない。信仰心がイデオロギーに毒された結果であろう。恥ずかしげもなく綺麗事を綴る精神性が幼児性を示している。彼女(あるいは彼)が行き詰まるのは時間の問題である。実際の活動においては、年長者と話すのが苦手なことだろう。

2011-12-05

宮田論文に関する覚え書き 9

 この田中智学の議論は……理法=「爾前権迹共通の理円常住の法」、教法=「事円常住の妙法」と解釈すれば、理法よりは教法が勝れているという日蓮正宗と同様な立場である。


『本尊問答抄』について 5


「理法よりは教法が勝れている」ことなどあり得ない。普通に考えれば誰にでもわかることだ。なぜ日蓮系教団ではこんなことばかり議論されているかといえば、それは日蓮法華経と涅槃経を「法」と位置づけたためである。


 世間の人々は何れをという事をしらざる故に、或は千人のいうかたにつきて一人の実義をすて、或は上人の言について少人の実義をすつ。或は威徳の者のいうぎにつきて無威の者の実義をつす。仏は依法不依人といましめ給へども末代の諸人は依人不依法となりぬ。仏は_依了義経不依不了義経〔了義経に依て、不了義経に依らざれ〕とはせいし給へども、濁世の衆生は依不了義経不依了義経の者となりぬ。あらあら世間の法門を案ずるに、華厳宗と申す宗は華厳経を本として一切経をすべたり。


【真蹟断簡】


 依法と申すは一切経、不依人と申すは仏を除き奉りて外の普賢菩薩・文殊師利菩薩乃至上にあぐるところの諸の人師なり。


【報恩抄 真蹟】


 しかしながら法四依(ほうしえ/法に依て人に依らざれ、義に依て語に依らざれ、智に依て識に依らざれ、了義経に依て不了義経に依らざれ)との整合性が崩れる(「義に依て語に依らざれ」)。

 ゆえに事理を論ずるのであれば、まず言葉をどのように扱うかが問われる。


 その意味でウィトゲンシュタインの指摘が重要だ。「およそ語られうることは、明晰に語られうるし、語りえないものについては沈黙しなければならない」(『論理哲学論考』)。

 私は「語りえないもの」を懸命に語ったのが大乗仏教であると考えている。以前は、小ブッダともいうべき人々が次々と登場して、小乗〜大乗という思想的変遷を遂げたものと考えていたが、どうも違うような気がしてならない。なぜなら、新しい理論(後加文や偽書の類い)は常に教団同士の抗争から生まれているからだ。


 例えば論文で示されている田中智学の文章を読んで「ああ、なるほど」と思う一般人がいるであろうか? いるわけないよ(笑)。私ですら難儀しているくらいだ。このようにして宗教は「論理の罠」に囚われてゆくのである。


 そして教団が大きくなり腐敗してゆく過程で必ず原典主義、原理主義が台頭する。

 プロテスタントや創価学会が典型だ。その純粋性は言葉を絶対視するために、言葉の奴隷とならざるを得ない。であるからして教祖に額づくことが美徳となる。


 これが宗教であろうか? だとすれば宗教とはコピーにすぎない。パーマン2号が法主だ。

「前へ倣(なら)え」が宗教の根幹であるならば、宗教は軍隊なのだろう。十字軍、僧兵。


 長くなってしまったので、もうやめる。進化宗教学的見地では社会システムの変遷に伴って新しい宗教が誕生していることがわかっている。だから三国四師をありがたがる前に、時代背景や社会構造を検証するべきだと思う。始めに経典ありきじゃバイブルと変わりがない。


論理哲学論考 (岩波文庫) ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む (ちくま学芸文庫)