ที่ร้าง (Thee rang)

2006-08-31 ディズニーシー

 、新しいアトラクションがオープンした(する?)らしい。タワー・オブ・テラーという名前で、38mのフリーフォールという事で結構怖そうなので一度乗ってみたい。思えばもうずいぶん前からディズニーシーでそびえたつ高い建物が不思議だった。はじめは布みたいなものがかかっていてよくわからなかったが、そのうち布がとれてでっかいホテル型の建物だと分かるようになった。遠めにみてもかなり豪奢な建物*1で、最上階などはものすごくみはらしのよさそうなテラスが見える。中に入るのが楽しみだ。

 ディズニーシーだとかディズニーランドとかは結構好きなほうだ。

 忘れられない思い出としては、小学校三年生か四年生のころ生まれて初めて東京に来たときに、親に連れて行ってもらった事がある。舞浜のホテルに宿泊して、二日くらいかけて園内を回った。そもそもテーマパークというものにあまり行ったことがなく、あっても今は無き呉ポートピアランドくらいのものだったので、テーマパークは怖いというイメージがあった僕にはメルヘンそのものの世界で、園内で歩く一歩一歩がファンタジーの世界の冒険のヒトコマひとこまくらいに感じた。写真は数枚しか残ってないし、記憶も相当薄れてきてしまっている。が、おそらく小学校の頃の家族旅行の中ではダントツにはっきりと思い出すことができるイベントだった。

 二日目の夜、帰りの便が迫り園内も暗くなった頃、出口付近の花壇の横を通った。

 楽しかった旅行もこれで終わりかとおもうとガキながらに悲しくなり、ふと花壇の花をみるとものすごくきれいに咲いていて、ライトアップされていて、さらに向こう側にはシンデレラ城が浮かび上がって見えた。こんなきれいな光景は見たことないと感動しまくって、今でもその光景ははっきりと目に浮かべる事ができる。そのときの母の表情も、姉の表情も、はっきりと思い出せる。

 それから大分大きくなるまではもう来ることは無かったが、成人してから来てもなんか違うなあと思った記憶もある。もちろんオトナも楽しめるようにつくられているので楽しかったのだが、非日常的なわくわく感は、やっぱり子供にははるかに及ばないなあ、、、。ガキのころ死ぬほど乗りたかったホーンテッドマンションは結局そのとき乗れずに、10年以上たった2005年の秋?ごろに初めてのることができた。このときでもまだ頭の片隅にホーンテッドマンションという、ガキにはスペルはおろか意味さえも分からないであろう単語がこびりついていた程だ。ガキの頃に乗れたらすごく楽しかっただろうな、と少し悲しい気持ちでゆられて、眼下の幽霊ダンサーズたちを眺めていた覚えがある。

 新しいアトラクションは、きっとまた多くの子供達に大きな感動を与えるディズニーシーの象徴となるに違いない。火山やああいいったおどろおどろしい建物は、きっと僕のような悪ガキ好みだ。大きくなったときに僕のようにほんのり切ない気持ちでアトラクションに乗ることが無いように、小さい子供が乗りやすいようにスタッフや家族連れやバカップルが、それぞれ配慮の気持ちを少しずつ持ってほしいと思った。んで、日が暮れてから花壇の前で赤い帽子をかぶって青い半ズボンを着て固まっている目の細い小学生を見たら、また来れたらいいね、と一言声をかけてやってください。

*1:ここにもまた中に特別に部屋が用意されたりするのだろうか?今回のエントリは割りとガキんちょの頃の純粋な感性を呼び起こしてかいているが、少し前にディズニーランドにVIP用の会員制超豪華レストランがあると『いう噂』を聞いて少し凹んだ覚えがある。スポンサー関係者用の部屋とか、まあオトナの世界のメルヘンも楽しめる夢の国って事かな。ヤフオクでもJCBとかJAL以外のスポンサー特別待遇券が出回る事はめったにない。どんだけレアやねんな。

2006-08-30 海洋国家日本 (the sea country Japan)

 本は世界の主要国の中でもかなり小さく、ちっぽけな島国だなー、、、と思っている人は間違えている。僕も間違えていた。日本はある意味世界で第六位の大国だ。

 Wikipedia-排他的経済水域

 日本の国土・領海・EEZ面積は世界6位

日本の国土は約38万km2で世界第60位だが、領海とEEZを合わせると約447万km2で世界第6位となる。日本は漁業や海運などが盛んな海洋国家でもあり、狭い島国などと固定観念を抱いていたとしたらそれは間違いであると言っても過言ではない。

 上に書かれているように日本は海洋国家だ。日本人の伝統的な食事は米や魚だったことからも判るように海の恩恵というのを一心に受けた国家らしい。海の資源はどこの国にとっても非常に重要で、諸外国から明らかに岩だからあきらめろと散々いわれ、また日本人達もありゃ岩だわ、とか諦めているにも違いないであろう沖ノ鳥島を守るために滑稽にも思える護岸工事を施し、東京都の管轄から国の管轄*1へと移った事実からも判るとおりそれだけ海域というのは日本にとって重要な意味を持っているらしい。僕の好きな本で鶴見祐輔という人の「北米遊説記」というのがある。この話は、新渡戸稲造について渡米した後、主に大正時代、昭和初期に日本とアメリカを行き来し、二国の理解と友好をより深めようと精力的に講演活動を行った偉人がある北米遊説の際の事をつらつらとつづった名著だ。初版は1902年で、主立ってはその時代のBig Issueである排日移民法について述べられている。

 この本の出だしは海に関する一節から始まる。その文章が、海洋国家日本の代表的文化人にふさわしい流麗な文章なので、少し長いが引用する。最近美しい文章に触れていないという方にとっては何十と繰り返して読み荒れた読書眼を癒す麗文だと思う。*2(旧字体は現代漢字に置き換え、部分的に読み仮名を補足する。)

 黒潮の貫き走る太平洋という海が、日本の岸邊を淙々と洗つてゐる、といふことの深い意味が、近頃ますゝゝ強く、私に迫つてくるやうな気がする。

 私はこの大きい海を、色々のところから眺めた。太平洋上の十字街路といはれる布哇(ハワイ)の、ワイキーキーの碧(あお)い波も見た。やがては太平洋岸の紐育(ニューヨーク)になると言はれる、南加州ロースアンゲレスの港の水の温むのも見た。古今千年の夢を封ずるロマンチックな瓜哇(ジャバ)の島影の藍濤も見た。二十世紀の風雲を懐に抱くパナマの町のほとり、烈日の下にキラゝゝと輝く水も見た。しかし、何と言つても私は、太平洋は日本の海だと思ふ。

 一月の初めにも、青い葉陰に赤い蜜柑の香る伊豆半島から見た海路、桃の花の咲きこぼれる折、ぽかゝゝとした春の日差しを背にうけながら眺めた駿河灣の碧い水、太平洋の怒濤此処に眠る夏の濱名湖、絵描けるごとき宇和島の海、楠の大樹の影をひたしたまゝ汪洋とうねる土佐灣の海波、それ等の一切が、日本の太平洋である。北の方には鯡(にしん)を追い、南の方には鮪を漁(すなど)るのが、日本の太平洋である。夏は竹藪と芭蕉の林一時に茂り、冬は赤い蜜柑に雪の積もるのが、日本の太平洋である。駿河灣の波打際からすぐ一躍天に迫る一萬二千尺の芙蓉峰ともなれば、伊豆の大島から四五里にして、一落六千尋の世界第一の深い海ともなるのが日本の太平洋である。

 天はこの小さい島のうちに、寒帯と温帯と熱帯との動植物を與へ、海に近き最高峰と陸に近き世界最深海とを與へ、積雪五尺の寒威と五丈の竹藪を生ずる熱気とを併せ與へ、端西の風景に仏蘭西の気候を恵み、一つの民族を二千五百年の間閉ぢ込めて、全世界の国々の栄華の次ぎ次ぎとと絵蒔物(えまきもの)のように繙りつくさるゝ日までこの邦を保存してくれたのである。その一切の恩恵は、この太平洋という海の賜物なのだ。刧初以来、幾萬、幾十萬年、滔々とこの島根を洗つてゐた海の上に、とうゝゝ全世界の文化の中心が廻って来たのだ。

これほど日本人の心に海の意識は深く根ざしている。水についてのことわざも豊富で、『水に流す』、『水くさい』、『水入らず』、『水至りて魚行く』、『水を向ける』等等。よくよく考えれば、『水に流す』などは、日本の急な河川にひとたび物事を流せば程なくして大海に注ぎ、文字通り『海の藻屑』となってしまうという見事にイメージし易い絶妙な日本語のような気がしてくる。どこか別の国のある内陸地域では、数百年以上前の裏切り者の汚名を着せられた犯罪者が道端に座り込んでいる銅像に対し、いまでも通行人が唾を吐くという。『水に流す』概念のない大陸国家と一言で片付けてしまえばそれまでな上に別にどっちがいいとか悪いとかの問題ではないけれども、僕にとっては驚くべき発想だった。

 近年、日本を取り巻くトラブルでは当然のように海に関するものが大変に多い。

 記憶の新しいところだと、先日北海道で起こったロシア関連の痛ましい事件が真っ先に思い浮かぶだろうが、デリケートな問題だけにあまりマスコミには取り上げられないものの近隣の韓国、北朝鮮、中国などとの死人がでるレベルの海洋事件は決して珍しい事ではない。

 そういった事件の中で近年強烈な印象だったのが2001年の東シナ海における北朝鮮工作船侵入事件だ。日本のEEZ(排他的経済水域)内で不審な船を海保が発見・追跡し、最終的に工作船が沈没してしまった事件だ。こちらのホームページから緊迫した当時の状況がひしひしと伝わってくる気がする。

 この事件についてはまさに賛否両論といったところで、当然共産党の見解などは批判的なスタンスにたっている。個人サイトをリンクして引用することは避けるけども、他にも批判的な内容の意見は散見される。僕は平和を愛する人間なので、もちろんこの事件は大変に悲しい事件だと思っている。ただし、最終的に工作船が自爆*3し沈没して背後組織や侵入目的の調査が難しくなってしまった事と、その工作船の乗組員が死亡しいかなる証人も得られなかったに対して悲しんでいる。さらに政府はこの工作船を引き上げる決断を下し、実際に引き上げて慎重な捜査を進めたようだ。その後日朝国交正常化交渉*4は飛躍的に進んだが、この事件が関係あるかどうかはわからない。

 無論この事件だけでなく、台湾、中国、韓国、ロシアとの海洋資源をめぐる争いは全く解決の糸口さえ見出せない状況で、これからもそのようなものが見出せる可能性は皆無に近い。尖閣諸島近辺の地下資源採掘問題で政治ゲームが繰り広げられているが、中国の巧みで執拗な外交戦略に日本政府はなす術無しといった様相だし、竹島問題にしても韓国による実効支配をどうにかするわけでもなく、先日の調査船派遣問題で明らかになったように相互理解の道のりは遥か遠く道の彼方といった感じだ。ロシアとの北方領土問題などは言うに及ばない。

 マスコミが報じない『高度に政治的』な問題だからこそ、情報収集にインターネットは非常に有効な手段となる。無論日本側の情報ばかりを見ているのではアンバランスな気がするので、中国側のサイトや主張を覗いて見たいのだがどうにも中国語が読めないのでうまくいかない。海というのはもぐって魚や珊瑚礁をながめたり、サメを追いかけたりするだけのものではなく、こういったどろどろとした利権問題も絡んでいる、いや、その重要性の中に日本においてさえ戦争へと発展するほどの危険性を孕んでいるという事を認識することは、四国で育ってタイの国の美しい海に感動した僕にとっても大事な事だ。

*1:国土交通省 関東地方整備局 京浜工事事務所の海岸課というところが管理しているらしい。

*2:ちなみにこの文章は「太平洋時代の暗示」と題してはしがきとして上梓されている。長くないので前文掲載したいところだがやっぱりしんどくなってリタイア。しかしタイトル、内容ともになんという慧眼だろうと驚くばかりだ。これほどの学者は一体日本に現在何人くらいいるのだろうか。ちなみにこの鶴見裕輔は以前も書いたが、第一次鳩山内閣の厚生大臣として政治家としても活躍している。

*3:先でリンクしている人事院総裁賞のページに、「不審船は、原因不明の爆発の閃光を残して午後10時13分、あっという間に水没した。」とある

*4:なんのために?という素朴な疑問があるだろうが、なんとお上・外務省HP上にて回答がなされている。長いが興味深いので引用する。
『●Q.北朝鮮との国交正常化は本当に日本の国益となるのでしょうか。
 ●A.我が国が北朝鮮との間で国交正常化を行うということにはいくつかの側面があります。
第一に、我が国がかつて植民地支配を行った地域との関係を正常化するという側面です。我が国がかつて朝鮮半島を支配下に置いたこと、及びそこに住む人々が耐え難い苦痛と悲しみを感じたことは紛れもない事実です。こうした過去の歴史を直視し、朝鮮半島との関係を正常なものとすることは、我が国にとって歴史的・道義的な課題であるともいえるでしょう。ちなみに、国連に加盟している200近い国々の中で、我が国が国交を持っていないのは、我が国の目と鼻の先にある北朝鮮のみです。これほど地理的に近接した日本と北朝鮮が、半世紀以上にもわたりそのような関係のままでいること自体不正常なことであるといえましょう。
第二に、日本の安全保障に直接の影響を及ぼす北東アジア地域に平和と安定をもたらし、ひいては我が国の安全保障を高めるとの側面があります。特に、我が国を射程に収めた北朝鮮の弾道ミサイルは、我が国に対する直接の脅威であり、これを取り除く必要があります。そのためにも、日朝間に対話の場を設け、その脅威を小さくしていくことは我が国の安全保障上の利益になるものと考えます。
第三に、拉致問題などの人道問題をはじめとする日朝間の様々な懸案において、目に見えるような進展を得るとの側面があります。そのためには、いたずらに北朝鮮を孤立に追いやるのではなく、むしろ対話を進めていくことにより、これらの解決の糸口を見出していくほかはないと考えています。北朝鮮との交渉は容易なものではなく、決して焦る必要はありませんが、北朝鮮との間で対話に努め、これを1つ1つ進めていくことで、やがては信頼関係の醸成につなげていくことが大切だと思います。
以上に述べたような、幾つかの側面を踏み外さずに日朝間で国交正常化が実現すれば、それは我が国の国益に資するものと考えます。国交正常化という大きな目標に向け粘り強く取り組んでいくことこそが、日本にとって最善の選択であると考えています。』

2006-08-29 ラムネのススメ

 うも時代を先取りしたくさい。

最近のマイブーム
   森永製菓 ラムネ 



 というのも、僕が買い始めた数ヶ月前ごろはこの製品はコンビニに少し置いてあった程度だが、最近は在庫が切れたり、補充されたとおもったらものすごく量が入っていたりする。なのにすぐになくなる。これが隠れたブームでなくてなんであろうか。

 一般には通常のラムネ味とコーラ味が知られているが、WEBサイト(一体誰向けに作っているのか甚だ疑問だが・・・*1)を見るとしゅわしゅわりんご味というものが存在しているらしい。名前だけで垂涎もので、これを置いているコンビニを見たらまとめ買いしてしまいそうな勢いだ。

 これは非常においしい。しかも、会社で非常に役に立ってくれている。何がいいかというと、昼食のついでにコンビニで買って一粒一粒ちびちび食べていくとちょうど定時付近で無くなる。ご存知の通り主成分は(おそらく)糖分なので、頭を使うオフィスワークには非常に心強い見方になってくれる。しかも昔ながらのほのかな甘さが癒し効果となってストレスを軽減してくれる。チョコレートとかで散財しまくっているOLさん、ヒラ、中間管理職の皆様には是非ともオススメしたい一品であることは間違いない。

 気分がいい日、仕事が長引きそうな日は思い切ってラムネ味とコーラ味を二つ購入し交互に口に含める。なんともいえない多幸感に支配され気がついたら二つとも食いきってしまうという諸刃の剣。

 そして極めつけはこれ。このラムネによる造形美を見よ!なんという神々しさ。そのうえバックナンバーの充実振りが半端じゃない。純真な子供達の笑顔と作品をみて、幼き日の創意工夫の日々を是非とりもどしてビジネスにも活かしていって欲しい。こんなページとか企画を作る仕事ならサービス残業welcomeな気持ちになてしまいそうな気がする。しかもハッピーチとかいうピーチ味?みたいなんの画像があるし、、、詳細希望!!!!

*1:というのも、このおお菓子を買うようなガキんちょ層がWEBを見ようとするとは思えないし、かといってオトナがみる為のサイトとは思えないほどメルヘンな感じやし、、、多分こういう製品をかった子供の親がパッケージをみてアクセスして子供と見るという事を想定してるのかな。と思って今パッケージをみたがどこにもサイトのURLが書かれていない…一体誰がこのサイトを訪れるというのだろうか。

2006-08-28 壁紙 含 リアル

 スクトップの壁紙にものすごく凝るタイプだ。パソコンを買ったときからデスクトップの見た目にはこり続けてきたし、アイコンがマックの32bit*1のものが使えると知ってからさらにそれは加速した。僕はどんな環境のwindowsでも自分が使うものとなるとついデスクトップを整理してアイコンをでっかくきれいなのを配置して壁紙をかっこいいものにする。

 なので、僕はデスクトップには少なからず自信があったほうだ。世間を眺めてみると色々とややこしいソフトを使ってデスクトップを飾り立てるような輩もいるようだが、色々と僕も試したが大体において重くなったり逆に利便性がめちゃ下がったりしてどうもなじめない。軽いというのは利便性を超えてデザインに組み込まれるべき必須条件で、ただひたすらデスクトップの見た目をCOOLにしようというのではまるで見せ掛けだけの、高いブランド服を買って高いブランドのアクセサリーを買ってやたらと身に着けるけど全く似合ってない大金/小金持ちのような感じだ。

 そもそも、macがオシャレだから使っているという人達は結構いるけども僕がはじめてmacOSXのデスクトップを見たときはまったくかっこいいとは思わなかった(ただし、画像や文字がきれいだとは思った。)。自分でカスタマイズすればwindowsもそれなりの見た目になる。デフォルトのままMACを使っててwindowsなんてだせーとかかっこわるいとか言ってる人たちは、デフォルトマックに着られているのであって着ているのではないような感じ。まだカスタマイズなんて糞くらえ、使えりゃいんだよ、第一OS移行したりモバイル買い換えたりするときめんどくさいやん、壁紙もwindowsなら草原もしくはブルー一色、MACならデフォルトもしくはトラの皮柄で充分やんという人のほうが好きだ。

 サイトから写真を落として使う。自分でとった写真を加工して使う。イラストを描いて使う。サイトの画像を組み合わせて使う。パターンを使う。グラデーションを使う。文字を使う。線を使う。色々と楽しい。かっこいいのをここにアップロードしたいけどはてなのフォト機能だと解像度は小さくなるし、かといって別鯖にあげるほどの事でもないかなと思うので紹介は割愛。

 一回アクティブデスクトップを試して時計とかつけてみたけど、、、ありゃ重すぎるからあかんなー。

 関係ないけども

  かっこいい(リアル)壁紙屋を発見。

 B+N
 http://www.bnind.com/iconic.asp

 特に数字がちりばめられてるやつがかっこいーと思った。でもほしーけど無理やな。値段わからんし…汗

 

*1:すごくややこしい手順を踏んでwindowsで使えるようにした記憶がある。今やれといわれても忘れているかも。単純にコンバートするだけでは画像が荒くなったり透過が死んだりしてダメなので、あるソフトであるイレギュラー的な処理をしてコンバートしていた。

2006-08-27 映画のUDONを見てきた

 、めちゃめちゃおもしろかった。焦った。ちなみに以前讃岐うどんについて書いているエントリはこちら。しかし、細かい香川ネタが随所に盛り込まれすぎていてちょっと香川出身or香川在住じゃないと分からないだろうという笑が随所に。しかし館内の何人かはクスクス笑っていたのでそれに驚いた。多分僕でも気づかないポイントはたくさんあるやろうなあ…あんまり書くとネタバレになってしまうので、いくつか感想。

 一鶴の鳥が一瞬出てきたのには笑ったし、 ← これもこのエントリ参照

 小泉孝太郎とカップルでうどん屋にきていた藤澤恵麻ちゃんにはびっくりしたし、

 瀬戸○橋記念○園での、トータス松本とユースケサンタマリアの「バンザイ」には本気で感動してしまった。そのシーンでは、讃岐うどんブームとその向かうところがしんみりと描かれていて、その後にバンザイを歌って暗い話題に元気付ける、というようなシーンだった。一部しか歌うシーンは見ることができなかったけど、全部見たかった…DVD発売されたらそういうところ収めておいてもらえるかなあ、、、だとしたら100パーセント買うな

 ただ楽しいとか面白いとかいうだけでなく、いろんな感情を想起させる映画だった。僕はたまたま香川から出てきたので、物語の主題となるようなせりふはダイレクトに僕の心に響いて震えるほどの感動もあった。宇高連絡線が〜っていうセリフも、実体験があるだけに、まるで僕に語りかけているようなセリフだった。

 主題は言うまでもなく、讃岐うどんという香川県民のソウルフード笑。

 でもそれだけで終わる映画ではもちろんなくて、きっと、特に田舎から東京にでてきてオフィスビルで缶詰になって働いているほとんどの人に何かを思い起こさせるもっと大きいテーマを持っている。

 この映画で最も印象強かったセリフは「あいさつのようなうどん」。僕は大学生になって兵庫県西宮市で一人暮らしをしていたころ、実家に帰るときはいつも深夜のフェリーにのって、港においておいてもらった親の車にのって朝の四時ごろ車を運転して帰っていた。もちろん、必ず毎回車をとめて深夜でもやっているうどん屋にいって、あいさつをするようにうどんをすすって家に帰っていた。コシのあるめんに、ねぎをざっと載せて天かすをかけて、ゴマをふってしょうがをたっぷりいれて一気にかきこむ。汗だくになりながら、帰ってきたー!!という実感に浸ってから実家のベッドにもぐりこむのが常だった。

 きっと香川∽UDONだけでなく兵庫∽○○、北海道∽○○、青森∽○○、佐賀∽○○などといったようなソウルフードをもつ人々たちには感動できるテーマに仕上がっているはずだ。細かい香川ネタは別として、そういう人たちがこの映画を見て郷土を大事にする気持ちを強くして*1、ついでに香川の讃岐うどんにも興味をもって食いにきてくれたらうれしーなあと思った。

 追記:CGも新鮮でおもしろかった。NYの撮り方も凄くうまいと思った。映像面でも非常に楽しめる作品やと思う。

*1:ソウルフードは常に人の心の奥にある料理なのだろう。そこに国境とか人種の違いはないようだ。以前、何かのサミットで海外諸国から大臣クラスの来賓を招いてどこかの国で集まったらしいが、そのときアラブからきた豪族は専用のコックと専用の食材を持たせ、晩餐の際に他の来賓たちに提供された高級料理とは全く違ういつも食している料理を食べたという話をきいたことがある。このようなソウルフードについては、これくらいわがままでも全然いいと思う。僕はそういうのにわがままな人のほうがむしろ信用できる。

2006-08-26 神戸の記憶

 戸はものすごくいいところだった。自由な時間を作りやすい、大学生活の四年間を神戸の街で過ごせた事は僕にとってものすごくラッキーな事だった。

  • 海が近くて
  • 街がきれいで
  • 飯がうまくて
  • 店が洒落てて
  • 神戸弁が好きで
  • 地元に近くて
  • 六甲山に抱かれた

ところが好きだ。

 朝、おきてとりあえず着替えて三宮でもぶらぶらしようと考える。バイクでいくか、電車でいくか迷う。バイクでいくなら、適当なシャツきてそのままかぎもってヘルメットをかぶって、近所の自販機にいくような感じでバイクにまたがって、まず171*1を南に下ってニコク*2を西に曲がってそのまま直進。道々にあるラーメン屋も病院もマンションも民家も見慣れた並び。すぐ北側をみると、いつでも山に続く道がみえる。そしてJR三宮駅付近まで爆走したら適当な店にはいって飯。バイクおいたままぶらぶらして、たまには意味もなく港のほうまでいって海の匂いをかいで公園と商店街をあがって古着屋とか家具をみにいって、適当に自販機でいっぱいコーヒーのんでまたバイクにまたがって帰宅。

 美しい山と海に囲まれ、異国情緒も漂う街々は昔の震災の記憶からなんとか復興し、計画的に発展して行っている。神戸にすむ人たちは皆神戸が大好きな人たちばかりだ。神戸らしい男はおもろいし、神戸らしい女の子は元気がいい。

 街の石畳の坂道をたこ焼きつまみながら降りて、ふと前に目をやると眼下には瀬戸内海と街と港が青空に輝いている。それが僕の神戸のイメージだ。

 六甲商店街のあのうまいし安いたこ焼きや、まだあるんかな。。。

*1:国道171号線

*2:国道二号線

2006-08-25 便利に使わさせて頂いているソフト

 と使いやすいエディタを発見した。

NoEditor

 標準型、タブ型があるんやけどもタブ型便利そうやなー使ってみようかな…

でもタブ型のMEMO帳はうっかり×ボタンを押してしまってプログラムごと閉じてしまい勝ちやから、やっぱ標準でえーわ。ちなみにどこが気に入ったかというとデフォルトセッティングが僕の標準設定に近いことと、背景色(いくらでも変更可能やけど 笑)が薄いピンクなのが新鮮なところ。あと、メニューとかボタンとかがいちいちオフィス2003っぽいのもポイント高し。

あとフォルダ単位でGrep検索とか置換とかができるのが一番の決め手。と思ったら重複行削除とかの機能もあって感動した。

 会社で使う便利ソフトといえば、、、他には

  • ファイル名前後入れ替え
    ファイル名をまとめていじるとき判りやすくてCOOL
  • tbatta
    p2pファイル転送ソフト
  • Freemind
    タスクを整理したりややこしい事を考えるときに
  • 手前くん
    常に手前にしたいwindow処理
  • Rainlender
    かっこいいけど使いにくいデスクトップカレンダー
  • bluewind
    見た目さわやかなコマンド式ランチャ
  • Special Launch
    スーパー便利でcoolなボタンランチャ

くらいかな、、、全部普通やな(笑)

 あ、あと

  • Regnessem (偽メッセンジャー)
    いろんなアカウントにまたがって同時ログイン。RSS取得plgin便利すぎる。

2006-08-24 猿がバナナを食うまでの話

 ル山というのは階級社会らしい。やっぱ一人のボス猿がいて、その下に側近みたいなのがいて、その下にその他大勢の猿がいるんだろうか?

 ある猿山のボスは、側近に常に指令を出す。側近はその他大勢のなかから適当にかいつまんだやつらにその指令を実行させるよう伝えるとしよう。その他大勢の中の猿A、猿B、猿Cはよく働く猿だった。たとえばボスがバナナを食いたいと言っている、と側近猿から聞けばすぐに飼育係や観客のところに飛んでいって、バナナをおねだりした。それは側近に上納され、側近はいくらかを懐にしまいこんでからボス猿に数本手渡し、ボス猿からの評価を得る。

 ボス猿「うめー。バナナ最高!俺がひとたび指令を出せばすぐに側近が手下を使ってバナナをとってきてくれる。なんてボスは居心地がいいんだ。俺の手下のやつらはみんなよくできてるな。」

 側近猿「今日もちゃんと猿A達はいう事を聞いてくれた。私の指示した色、形、匂いのバナナを持ってきてくれた。おかげでボスからお褒めの言葉をいただいた。おこぼれにも預かれた。」

 猿A「今日も一日働いた。側近猿さまの期待に沿える働きをしただろうか。ボス猿さまは喜んでくれているだろうか。」

 またある日。

 ボス猿「このバナナ腐ってるぞ!?こんなもの食わせるなんておまえダボか!?全く約にたたねえ側近猿だ!!」

 側近猿「猿Aが腐ったバナナをもってきたおかげでとんでもないお叱りを受けてしまった…猿Aめ!私はどういう形のバナナをとって来いと指令はしたが、ろくにバナナの中身なんぞに興味はないので腐っているかどうかなんて分からなかった。私はそんなことまで面倒見切れないぞ、悪いのは…誰だろう?」

 猿A「側近猿様に怒られてしまった、、、側近猿様はちゃんとしたバナナをもっていった猿Bを置きに召してしまったようだ。側近様に見捨てられたら皆にいじめ殺されてしまう。なんとかとりかえさなきゃな。」

 ボス猿「体が痒いな。暖かい風呂にはいりてえなー」

 側近猿「風呂…?!こんな要求は初めてだ、どうしよう。とりあえず猿Aに命令しておけばなんとかなるだろうか。猿A、暖かい風呂を用意しろ!」

 猿A「難しい要求だ…でもいつもお世話になっている飼育員さんにお願いしたりいろんな仲間猿にきいたらなんとかなるかもしれない。やれるだけやってみよう。」

 ボス猿「いい風呂だ!やるじゃないか、側近猿。いや、猿A。おまえは前からよくやってくれている。それに引き換え側近猿、おまえは何もできなかったな、何のためにいるのか分からない」

 側近猿「ボス、あなたのお望みどおりにして差し上げる為に我々がいます。いや、あなた様が望む以上のものを提供するために我々がいるのです。」

 ボス猿「そうか。猿Aは自分でバナナをとってくる方法もしっているし経験も十分に持っている。それに、予測不可能な危機的状況になったときにも色々な経験を生かして切り抜けたこともある。だがおまえたちがいないといかに彼らがバナナを取ってくる手腕に長けていても私は満足できないという訳か。」

 側近猿「そうです。我々がうまく猿Aや猿Bどもに命令してやって、あいつらを的確に動かしてはじめておいしいバナナや暖かいお風呂などという結果につながるのです。あいつらはどういう風にあなた様の要望を聞いてどういう風に答えればいいか分かりません。私は、あなた様がバナナを食べたいといえば今現在のあなた様のおなかのすき具合や、前日に食べたバナナの種類や、あなたさまの志向を踏まえたうえでどういうバナナをとってくればいいか、を猿A、猿B達に指示してやることを存在意義としています。私は彼らの労働力を区分けし、細かく管理しています。どの猿にどういう指示をだせば最もあなた様の望むバナナが手に入るかを常に考えています。あなた様のご要望はあいつらだけでは充分に満たせません。私のような側近猿がいてこそ彼らの働きや才覚もあなたさまへの貢献となって実を結ぶ事ができるのです。予測不可能な事態が起こったとき、私にはあなた様に直接話をする立場としては責任がありますので、私のほうから無責任な命令を下すわけにはいきません。彼らの機転はあなたを満足させましたが、それはあくまであの時だけのもので、平時あなた様を満足させていくのは猿の組織を管理して運用している私の役割なのです。そして、その側近猿という役割は他の猿ではなくこの私だからこそ可能なのです。他にも側近猿を名乗るような猿はいるようですけども、私こそが側近猿に最適なのです。」

 猿A「これからもできるだけボス猿様に気に入られている側近猿様に気に入ってもらえるように頑張るぞ。でも、言ってる事が釈然としないなあ。あくまでバナナをうまくとれるのは僕であって側近猿様じゃないよね…いつか、彼らの無能さを証明して僕がボス様に直接お話できるようになるだろうね。今は、とりあえずバナナをとってくる技術を磨いていこう!」

 こんな感じの猿山が・・・あったら嫌やなー。





 そういえば、関係ないけども日本版CIAがまじめに議論されているというニュースを聞いた。先日のエントリじゃないが、志願できないかな、、、と思っていたら、やっぱりメンバーは外務省、とか防衛庁とか内閣情報調査室のメンバー+『民間の優秀な人材』らしいから、縁がないっちゃ縁がないんかな…笑 タイムリーだったのでとりあえず追記。

2006-08-23 The world is flat ... or NOT?

 題の本を読もうと思うが、手元には英語バージョンしかないので苦戦が予想される。まあでもいい勉強になるやろうしチャレンジしてみようかな…

 全く内容を読んでないのでどういう話かは知らないが、わずかに耳にはいってくるいろんな情報を元にした僕の先入観によると、テレビ会議とかネットワーク会議とかオフショア開発の隆盛とかで、とある企業は世界中の労働者特にITエンジニアを質毎に等価で雇うことができるようになるという様な事が書いてあるらしい、というか書いてあるのかな?という認識だ。はっきりいって人事じゃないので楽しみだ。日本語版はなんか上下に分かれている?とか聞いたことあるし、やっぱ頑張って原本を読み進めてみようっと。

 タイトルにor Notとあるのは、単純にそんな僕の先入観へ疑いを持っているからだ。ありていに言うとホントに世界はフラットになってんの??という印象を持っている*1。しかし僕は世界は全然FLATになってはないと考える。*2というのも、最近僕はこういう話に対して二つの体験があった。

■とあるブログにて書かれている独占の強みについてのエントリ

■日本で学び日本で働く実際の外国人から聞いた本音

 前者について、とあるブログとはこちら。

 分裂勘違い君劇場

 WEB2.0は自殺し、ゾンビーになって市場を徘徊する
 http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060810/1155167016

 結局、これは、独占による弊害と、独占によって生み出される富との、収支バランスの問題なのだ。

ソフトウェアに基づく産業というのは、(1)スケールメリットと(2)ネットワーク外部性が極端に大きくなる傾向があるために、独占による富の創出効果が、独占による弊害を上回りがちなのだ。独占が発生した方が、企業もユーザも得な状態が、一時的に発生するのだ。

つまり、ITビジネスとは、本質的に独占状態が発生しやすく、しかも、独占を防ぎにくいという性質を持っている。

 WEBを眺めていると、ぽこぽこ出てくるPHPやらxmlやらAjaxやらRoRやらの新技術、もしくはFrendstarやMyspace、greeやmixiなどのSNSという発想は本当に革新的だ。5年前にWEBの住人がこの技術、アイデアを見るとすっとんきょうな声を出すくらい斬新な技術だと僕は個人的に考えている。これらの技術を考え出したのは誰か?調べようと思えばすぐだと思うが、この場合は別に作者がだれであろうとどうでもいい。僕が注目したいのは、それがどのように活用されているかという事だ。結論から言うと、これらの技術によってのしあがった企業やブランドというのはあまり聞いた事がない。あるとしても営利目的の研究団体だったりオープンソースコミュニティだったりする。これらの技術を駆使して最も多くのユーザーに最も多大な恩恵をもたらすのは、所詮それまで市場を独占していた一企業に過ぎない。それはその企業の独占性の為せる業だ。

 このエントリを簡単にまとめてみる*3と、

1:自由市場主義には元々自殺癖があり、

2:その自殺癖とは自己矛盾と同義で、

3:その自己矛盾とは自由競争を勝ち上がってきた企業は市場を独占するようになり、そのスケールメリットの故に強大な支配を実現でき

4:自由競争が闊達に行われなくなる、という事だ。

5:しかし支配権力による不自由競争は、独占禁止法、公正取引委員会などの機能により防がれる。

が、

6:ITビジネスにそのような機能は存在せず

7:独占企業は莫大な富を占有しつづける。

8:それによって自由競争市場は死ぬ。

9:そして

ゾンビー市場とは、とっくに自由競争なんて無くなり、独占による搾取が行われている死んだ市場なのにもかかわらず、まるで健全に自由競争が行われているかのように錯覚される市場のことだ。(オイラが今、命名した)

10:権力は腐敗する。

 というような事になる。筆者の「分裂勘違い君」氏はヤフーオークションを例に挙げていて、確かにあてはまるなーと感動した。んー確かに、例えばマイクロソフトのWindowsによる支配に対し、不当な独占だーとかそういう騒ぎはあったけども確かに同種製品(アップルのマッキントッシュとかIBMの独自OSとか)にとっちゃあたまらない独占だった訳だがユーザーにとってはむしろネットワークやH/Wが規格化されてよりボーダレスに、世界をフラットにする都合のよい独占だったわけで他でもない購入者達がその独占を望んでいるという図式がある。つまり大衆によって求められる独占というわけで、デファクトスタンダードというプラスな意味合いを含む言葉は寡占、独占というマイナスイメージ溢れる単語をキレイに包むためのベールのようなものかもしれない。分裂勘違い君氏の挙げるヤフーオークションも同様でユーザーが増えれば増えるほど出品者、落札者供にうまみが増すのでういう意味でいうとヤフオクのネットワークの拡大は到達点に達し(市場の独占、自由競争の自殺)妙な理屈をこねくりまわしてどんどんヤフオク税(笑)が値上がりしていく事(権力の腐敗、スケールメリットの濫用、『ネットワーク外部性の生み出し続ける富』から来る慢心?)に対しても指をくわえて見ているしかないというのが現状だ。

 以上を踏まえて<市場ー独占企業>と<労働市場ー優秀な人材>という図式を考えてみると、技術革新による時差や距離の撤廃、ビジネスやコミュニケーションの規格の統一化は結局ごく一部の優秀な企業と人材が凄く稼ぐようになってその他大勢の労働者やそのような労働者を多く抱える貧しい大国に還元されるなんてことは考えにくいような気さえしてくる。つまりITビジネスという語感自体に世界レベルのフラットな公平性とか公平な富の分配は似合わないような気がする。なんとなく。分裂勘違い君氏は言う。

問題は、実際の原油や鉄などの鉱脈の発見が、そこから鉱石を掘り出し、人々に供給することにより、人々にもその利益が還元されるのに比べ、ITビジネスの独占における(1)スケールメリットと(2)ネットワーク外部性というのは、掘り出した人間が独り占めするだけで、世の中を豊かにすることに、使われないということだ。

 もちろん、その人間が掘り出さなければ、この世の中にそのサービスが存在することはなかったと言えるほどの、とてつもなく独創的なサービスなら、掘り出した人間は、人々の暮らしを豊かにしたことになる。しかし、ITビジネスの場合、その人間がそれをやったタイミングが、他者より少々素早かっただけで、その人間がそのときやらなくても、数年後には、結局が誰かが立ち上げたであろうサービスであることの方が、ずっと多い。すなわち、単にその山師は、椅子取りゲームにおいて、ほんの少しだけ他者よりも椅子に座るのが早かっただけなのである。そして、椅子取りゲームが得意な人間に与えられる報酬としては、その爆発的な富は、はたして、適正な報酬なのだろうか、という疑問がわくのだ。

 そして話をだいぶん戻して、後者の「日本で学び日本で働く実際の外国人*4から聞いた本音」については、シンプルだが以下のような主張だった。シンプルだが、どこかボーダレス化に伴い成長してきた/成長するであろう多国籍企業(IT関連企業を含む)の本質をうかがわせる気がする。

  • 日本人はずるい、何故なら適当に働いていると充分いい暮らしができる。
  • 私達の国はそうはいかない。必死で勉強して必死でいい企業で働かないと、いい暮らしは出来ない。
  • さらに、日本人はずるい。
  • どんなに私達が必死で勉強して働いても、上司はいつも日本人だ。

 こういう事を考えながら、しかし無心になって The World is flat を読もうと思う。楽しみだ!





ちなみにこの本。
 404 Blog Not Foundのエントリ
 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50591902.html 
↑詳しく解説されていて、9.11もフラット化に関係があるとか書いてある。やっぱり僕は凝り固まった考え方をしているようで、本書でしっかり筆者の実地経験に基づいた思考を理解しようと思った。


 関係ないけど、こうやって とある本を読む前/読んだ後 の思考をトラッキングできるってのはおもろそう。途中で飽きないようにがんばらねば…

*1:本文はThe World is Flatとは全く関係ない。以下はそのキーワードに付随する単なる僕の二つの偏見についての文章にすぎない。何せ僕はその本を読んだことがないので。僕は単にこの本に「これからは情報通信技術・インフラの発展によってボーダレスに労働と労働への対価が流通するようになる」とかっていうようなありきたりな話が書かれているのかな?と妄想しているにすぎない。もちろん、違うのは読む前から判っている。ちなみにもう一つの偏見とは、それへの疑い。

*2:繰り返すけども、書籍への反論ではない

*3:間違ってるかとか適切かどうかとかは知らないので、判断は前述のエントリを読んだ上での自己責任という事で…笑 僕はそれが合ってたらあー良かったと安心するだけで、間違っていたら僕がそれだけ無能だという事で…。

*4:彼女はとびきり優秀な人間だ。学力だけでいうなら東大のトップ層をさらに凌ぐであろうレベル。

2006-08-22 スパイ大作戦

 ブルオーセブン(007)といえばスパイ映画の金字塔だ。僕もジェームズ・ボンドが大好きだし、僕の親父も大好きだ。子供の頃はよく分からない映画だったが、成長するにつれガン・アクション、カー・アクション、格好良い演出などが楽しめるようになった。スパイものといえば映画以外には、ゴルゴ13などによく格好いいスパイが出てきて色々な国を舞台に任務を遂行しようと活躍している(だいたい主人公に殺されてしまうが…。)。

 こういうスパイっていうのはどうも漫画とか映画の中の話だと思いがちな平和なニッポンだが、そういう平和ボケした頭に現実的なニュースが飛び込んできた。韓国で北朝鮮のスパイが逮捕されたというニュースだ。

 →北朝鮮スパイ、韓国の原発爆破を計画 

 →「有事の際は韓国の原発を破壊し混乱させる」

 先日のエントリーで韓国はいまだに戦争状態にあると書いたがここまで効果的にそれを実感させるニュースはなかなか無い。リンク先をみていると、なにやらスパイは有事の際は韓国の原子力発電所を爆破するというとんでもない計画をしていた*1らしい。しかも犯人は色々な国の偽造パスポートを持っていたというから、これは完全に漫画とか映画のイメージどおりのスパイという事だ。○○号とかっていう単語も出てきて雰囲気も満点。とか行ってる場合じゃなく、韓国にまでこのようなスパイ行為を行っているならば当然日本も行われていると考えるべきで、北朝鮮は日本は100年来の宿敵とかいってるので、仮に戦争・紛争状態に突入したとしたら可及的速やかに確実に日本を滅ぼす手段を実行するはずだ。そのための下準備が着々と行われていると思うと怖いなー。

 先日の終戦記念日*2も微妙に通勤するのが怖かった。ロンドンでも爆発テロとかあったし、はっきりいって僕は今、朝の通勤トランザクションが最も激しい時間帯に日本でも最も主要な駅を通って通勤している。まさか満員電車でスパイと隣り合っていたとは思いたくないが、しかしああいう主要駅に午前八時過ぎとかに爆弾を仕掛けると、たくさん被害者がでるだろうなあ…。

 日本にはCIAとかモサドとかKGBとか、北朝鮮の工作員軍団とかそういった組織に対抗できるほどの情報力を持っているのだろうか?持っていたなら大国との政治ゲームに敗れて自国の水中資源が採掘されるのを指をくわえて見守る羽目にもならなかっただろうし、国連の常任理事国にはとっくに選ばれていただろうし、領土を不法占拠された上何人もの漁師を殺されたりはしていないような気もするが、防衛庁や外務省にそのような機関があるらしいし、内閣官房の内閣情報調査室というのはあるみたいだが、どういう行動をしているのか興味が尽きない。実はアメリカのCIAよりもすごい体制を強いていたとかならおもしろい漫画の題材になりそうなものだけどなー。日本の情報機関の一覧はこちら

 僕のキャリア・プランにも『スパイ』という職業を描いて見るのも面白いかもしれない。戦略的に、多角的にさまざまな情報を収集して分析し、国際社会という最大限に厳しいゲームの中で色々な駒を動かし、ルールを守り、時にはルールを作り、対戦相手を負かせる。こう書くとビジネスシーンとそんなに変わらなさそうやしなあ笑。リクナビからエントリーできるかな?笑

 ともかく、どこの国のスパイでも困るんだが、まあ日本は個人レベルから国家機密レベルまで、P2Pネットワークに大量に情報をばら撒くのが現状なのでそのあたりはスパイ以前の問題かな…。とりあえず今回逮捕された工作員には、せめてビシっとしたスーツに、甘いマスクで危険な香りを漂わせておいてほしかった。

*1:韓国で原子力発電所が爆発なんてしたら北朝鮮にも被害があるんじゃないだろうか…っていうのは素人考えなのだろうか。それにその後の展開として日本やアメリカと戦うというシナリオを想定していると発電所や港など韓国の主要施設は必要になってくるだろうと思うので、使える状態にしておきたいはずだと思うが…。

*2:中国、韓国では『光復節』という祝日である。

2006-08-21 デザインに触れる

 ザインはすばらしい概念だ。僕は専門家ではないし専門的にデザインを学んだこともないが、しかし親しい友人の一人がデザインの道を歩んでいることや、昔から落書きとかで絵を書くのが好きだったこともあり、今でもフォトショップで写真をいじったりイラストレーターで絵を書いたりと下手の横好きながらも地道に趣味としてデザインを楽しんでいる。

 町を歩いていると、さまざまなデザインが目に入ってくる。看板はもちろんのこと、道路標識、人々の服のプリント、形、景色、建築物、車、電車、、、それぞれをデザインとしてどうかという目でみていると中々楽しい。

 デザイン関連の書籍も、書店でみかけるとついつい手にとって購入してしまう。ああいうのは基本的にほとんどカラーで紙もいいものを使っているので値段が結構張る。なのでレジで金額をみて思わずクレジットカードをきってしまうというのを繰り返すことになる。

 社会人になって電車の中で広告をみて、一気に気に入ったのがNEUTRALという雑誌で、これは社内広告も誌面も非常に味のあるデザインで構成されており、内容も写真はもちろんのこと解説文やインタビュー、オサレフォントが満載で読んでいて色々な刺激を与えてくれる貴重な雑誌だ。特集がまたツボをついていて、一回目が「美しきイスラム」、「二回目が美しき人たちのルーツを尋ねて」、そしてその後は順に「美しき月をめぐる冒険」、「美しき世界の結婚観」、「美しき水を求めて 上」、「同下巻」、「美しきインドの心」と絶妙な特集の組み方だ*1。後になって有名なデザインユニット『SOUP DESIGN』*2の仕事だと分かったのだが、目がちかちかするとか騒々しいとかいう批判もきかれるがしかし遊び心あふれるデザイン、記事をおもしろく読ませようという構成に僕はハマっている。まだ見ぬ人がいたら是非書店で手にとって見てほしい。

 ほかに愛読している雑誌は『MdN』。これはプロかプロを目指すイラストレーターさん向けに色々と記事をかいていて、割と技術的なことや専門的な内容もあるのだがそれがまた違う世界を覗けて楽しい。それに最近のフォトショとかイラレってのは本当に発展していて、こういう雑誌で手法を吸収してみようみまねで試していけばその応用どころが色々と知らないうちに身についていって自然ときれいな絵がかけたり写真を仕上げたりできるようになるというすばらしい効用あり。

 僕のはてなの写真倉庫みたいな機能のところにもいくつかつくった写真をおいている。

f:id:solaponz:20060730231812j:image
↑とかははじめの自己紹介用につくった画像だが、これのポイントはカラフルなニューヨークの地下鉄のアイコンをあしらったプリントを引き立てて見せようとしてほかの部分を白黒であいまいに見せているだけというシンプルな手法。このNY地下鉄デザインは、実は僕がはじめてマンハッタンの岩の上にたった17歳のころに現地で一発で一目ぼれしたデザインで、初めて買ったのは白地にこのプリントがあるものだった。が、後に一人でマンハッタンを訪れた際このデザインの黒地バージョンを見つけたので、思わず購入してしまったもの。

 ちなみに僕が今使っているノートパソコン、IBM Thinkpad X41も非常に洗練されたデザインで、他メーカーのものと比べてもはるかに抜きん出ている。性能の話は置いておくとしてデザインだけで見るとまちがいなく最もシックでクールだと勝手に思っている。なんといっても真っ黒の地に赤のワンポイントのトラックポイント、エンターにさりげなく地味目なブルーをあしらった見た目はawesomeとしか言い様がない。

 デザインは万国共通で、言語はほとんど関係がない。僕の場合は目に入ってくる構成を、COOOOLに感じるか、SMARTに感じるか、CORNYに感じるか、MESSYに感じるか、ほとんどそれだけだ。僕が異国の地を歩くときもいろんな看板や書籍、新聞、企業広告などに注目しているが、タイのそれはだいたいにおいて日本より派手でインパクトが強い。また、日本は広告の中ではあまり技術やビジュアルを強調させずにシンプルにメッセージ性を持たせたりイメージ想起を狙うのがトレンドなのと対照的に、技術によってかなり派手に、美しく見せる広告がたくさんある。アメリカでは、僕がいったマンハッタンは世界でも有数の商業都市な上に有数の観光都市なので人種のるつぼといわず広告も色々なものがまじりあってるつぼと化しており、あるところではシンプルで北欧的なあっさりデザイン、あるところでは中華的で雄大なごつごつピカピカデザイン、ある所では前衛アーティストの理解不能なデザイン、ある所では若者文化を感じさせるグラフィティアート、、、と、街を歩いているだけで全く飽きないという楽しさがあった。

 日本の街は、特に東京は、画一化している。Tokyoの駅でおりても、Ikebukuroの駅で降りても、Shibuyaの駅で降りても、いやむしろ東京とでも千葉県でも兵庫県でも福岡県でも、目に入ってくる看板、広告はおなじみのものばかりだ。居酒屋チェーンの看板、消費者金融の看板、パチンコの派手な看板、けたたましい騒音、英会話スクールの看板、ファストフード店の看板、、、。街の色を感じようとするなら、少し歩いて路地や細道をいかないとその町の特色というのを感じる事はできない。まあ、地元(といってもほんのすこし住んでいるだけだが)と観光客として訪れた都市とを印象面で比較するのは乱暴だとは分かっていても、少し寂しい感じではある。

 そういえば、色々なサイトをみていると凄く斬新なデザインの椅子が色々とのっているサイトを見つけた。デザイン関係の企画の一部のページだが、是非リンク先に飛んで色々と見てほしいと思う。カリモクイームズだけが椅子じゃない、もっと座る事の楽しさの可能性を訴えてくる奇抜な、洗練された椅子を眺めていると新たなデザインの発想力を改めて感じさせる。このサイトは色々なデザインイベントや啓蒙活動を行ってるみたいで、なかなか興味深いところなので色々と回ってみるとおもしろい。

 →designboom International design competition

 →あとはこことか。http://www.designboom.com/history/easy6.html

*1:公式サイトのブログでは楽しそうな記事と写真が連なっているが、、、はやく次号出してください。でも、今ものすごくいいものができあがってきていると期待しております。

*2:フリーペーパー「R25」なども手がけている

2006-08-20 バイクをレンタル・レンタバイク

 ンタカーはよく聞くけどなんでレンタバイクってあんまりないんだろうか?海外じゃ割りとよく聞くし沖縄とかでも結構メジャーな移動手段だというのを聞いたことがあるし、都内でもやってくれりゃー使うのに…とか思って探してみたら、家からの距離を考えて二つほど使えそうなところがあることが判明したのでメモ。 

 二輪のほうがツーリングも楽しいし、渋滞が全く関係ないし駐輪にも困らないし、なんといってもかわいいあの娘を後ろに乗せて密着できるし…とかっていうニーズが結構ありそうな気がするんだが、こんだけしかないとは驚き!都内で雨後のたけのこのように走ってるビッグスクーターたちはどうやら全部持ちバイクらしい。みんな金持ちやなあ。バイト三ヶ月とかして貯金して買うてんのかな。こないだ家の近くのコンビにで立ちゴケするSKYWAVEを見て、1コケでカウルとかボディとか結構割れてしまうビッグスクーターの悲哀を目の当たりにしてしまった。*1その青年は最近はやり?の半ヘル*2をつけサングラスをしていたが、多分結構いいフルフェイスが丸々一個かえるくらいの修理費を払わなければならないのかと思って心の中で手を合わせた、晩夏の夕暮れ。

 夏も終わるし、せめて一回ツーリングに出かけたいもんだ。

 場所はどこでもいいけど、海が見える峠とかなら最高やなー!

 


 関係ないが、僕に、初めて海外に一人旅をする決心をさせてくれたある人の言葉。

「学生時代に40万あって、バイクを買おうか旅行に行こうか迷ったら何も考えずに旅行を選んで下さい。バイクは、盗まれたら終わりです。旅行に行った経験は、社会人になってしまったらとても40万円じゃ体験できない貴重な財産になります。」

 


 これも関係ないが、僕にバイクの免許をとる決心をさせてくれたのは古谷実の『グリーンヒル』



*1:僕は以前マジェスティに二年ほど乗っていた。レーサーレプリカも所有していたがマジェスティの圧倒的快適さにとりこにされてしまった。

*2:どう見てもかっこ悪すぎる。女性の方は誰かと二人乗りするのは結構だが、半ヘルしか持ってないような軟弱なバイク乗りと分かったら「ヘルメットも買えないのになんでこんな高いバイク乗ってんの?」とかって罵声を浴びせてやってください。

2006-08-19 そうだ、大韓民国の軍隊へ行こう!

 国といえば、焼肉。あかすり。ドラマ。靖国。キムチ。ワールドカップ。色々と思いつくだろうが、この日本の数少ないお隣さん国家についてどのような印象を持っているだろうか。もともと日本とは深い関わりがあり、1910年の韓国併合やその後の植民地統治の時代について現在でも韓国民と日本国民の間には少なからず軋轢が存在している。先日の小泉総理大臣による終戦記念日の靖国神社参拝問題などでかなり厳しい批判姿勢をとっており、それが日本の国民の感情を刺激して反韓感情を高めるといったひやひやする局面がまさに今の日韓関係の現実だ。

 そのような政府レベルでの話ではなく、民間レベルではかなりの文化交流が進んでおり、先の韓国ドラマ大ブームはもとより日本のアニメ、漫画やゲームは韓国の若者にも絶大な人気を誇る。そしてオンラインRPGという分野のネットゲームでは韓国メーカーの台頭が著しい。多くの韓国人は反日的な教育を家庭や学校で受けるが、若者は日本に対して柔軟な考えをもつ人も多く存在する

 というのは僕の韓国人の知り合い達から聞いた話。

 そしてこの国にはひとつ有名な制度が存在する。 徴兵制度だ。
こちらのホームページ(KONEST コリアンライフ)がものすごく詳しく解説している。簡単にいうと、韓国はいまだ戦争状態にある国*1なので、当然戦争を続けていく為の兵力が必須だ。しかし日本の自衛隊のように専門の集団を養うのは財政上難しく、結局安上がりな徴兵制度を取り入れ、19歳から29歳までの男子に二年間ほど軍隊で訓練を積むよう義務付けられている。それは、WBCやワールドカップの時に、決勝トーナメント進出とかベスト8とかで選手は兵役免除というのは日本のマスコミでも報道されていたがそれぐらいじゃないと免除されない厳しい「義務」だ。義務なので当然この兵役を終えていないと就職が不利だったりするし、そもそも社会で一人前の男としてみてもらえなくなる。

 この制度は僕らぬるま湯に漬かりまくってる日本の若者には全く想像できない制度だ。まったくリアルさがない。最近ちらほら話題に上る、主としてインターネットでしか気勢を上げられない戦争主義者達*2がいざこういう制度に放り込まれると何というか是非聞いてみたい。一国が戦争状態にあるというのはどういう事か、このような厳然とした現実が如実に物語っている。

 さて、韓国の友人達と話すときにやはり僕としては興味深いこの話題についてよく質問したりする。彼らは本当にいいやつらで、色々と答えてくれる。そういった中で個人的にこの徴兵制度について聞いた話をまとめてみる。

軍隊にいったらどうなる?

  • とりあえず恋人とは別れてしまう。

→若い恋人達にとって、途中で少しは休暇があるとはいえ二年間はあまりに長すぎる。皆様の周りで遠距離恋愛が二年以上続いたカップルはどれほどいるだろうか?そう、韓国の青年にとって軍隊に行くという事はそのまま彼女と別れるという事を意味する場合がほとんどで、その試練を乗り越えられるカップルはほんのわずからしい。そりゃそーだろなあ。

  • 勉強が遅れてしまう。せっかく勉強した事を忘れてしまう。

→もちろんやろうと思えばできるが厳しいしごきと訓練は勉強の大きな障壁となる。また、コンピュータの世界に生きる人にとっては二年間の空白は殺されるにも等しい。まじめに勉強してきた青年も、それまで積み上げてきた努力は音を立てて瓦解していく。学問を愛する青年にとっては死にも値する苦しみだろう。

  • いじめられる。そのいじめは半端じゃない。

→韓国はもともと儒教思想が色濃い社会な上に軍隊などなおさら上下社会だ。いじめで死亡したという若者もいる。そのしごきはひどいもので、定期的に暴力に晒されたり糞尿の入ったバケツに顔をつけされられるなど人格や人権を踏みにじる行為も行われているという。当然、それらを苦に自殺する若者も多く存在する。

抜け道は?

  • 医者にカネを積んで診断書を偽造してもらう。

→金持ちの子弟というのは全く得だ。医者にとってもいい収入源になるだろう。最近はかなり厳しくなったという話もあるが、依然として存在するのは間違いないという。

  • 医者にカネを積んで体のどこかにわざと検査で異常がでるように手術してもらう。

→最近人気らしい。ひざのあたりの、あってもなくても別に良い(ほんまに?笑)骨や筋を一つとってもらうと、検査のときに軍務不適格で免除とかになるらしい。冗談かと思って笑ったら逆にびっくりされた。

  • カネを積むか努力するかしてかなり楽とされるオフィスでの軍務につく

→軍隊にも色々あって、軍務にも色々とある。基本的には陸軍に行く人が多いだろうが、中には楽なオフィスワークも存在し、若者達の憧れの的となっているらしい。海外とやりとりをしたり、軍略などに関わる部門らしいが、どういう人がそれにありつけるか?一つに、卓越した語学能力や情報処理能力、成績をかわれるもの。そして一つに、金持ち、要人の子弟。以上。韓国は日本よりはるかに顕著な学歴社会で、色々な理由で子供に海外留学をやらせたがる親が多い。日本とは比べ物にならないほどの情熱をもって留学させようとする。なので、このオフィスワークに合格するにはネイティブ並みの語学力が必要となるらしい。





 というわけで以上いろんなことを書いてみたが、現実問題として兵役忌避は難しい。視力の悪さを理由にヨン様が免除になったりしてるらしいけれども、兵役を終えた韓国人男性はそれだけ国に献身してるということで僕は尊敬してしまう。最後に、上記サイトに書いてあったジョークがおもしろかった。『韓国人女性が嫌う韓国人男性の話題は?』『一位:兵役中の話』『二位:サッカーの話』『三位:兵役中にサッカーをした話』。*3

*1:え、どこと?もちろん、北朝鮮(韓国では北韓と呼ばれる)。

*2:「もう戦争しちまえよ」とか、「○○国はさっさと潰そうぜ」とか真剣に言う人達。日本には有事の際に国民を守るため戦ってくれる正義の軍隊が存在するのでなおさらリアルさは無いのだろう。

*3:タイの古典的ジョークを思い出した。タイにはhot, hotter, hottestの三種類の季節があるというジョーク。

2006-08-18 いろんな乗り物

 ていると、

  • ラジコンのヘリコプターにカメラをつけて、
     無線で映像をとばしてそれを見ながら操作する。
  • チャリンコにプロペラつけて空を飛ぶ。
  • バギーが水上でジェットスキーになる。
  • キャタピラつき一人乗り雪上バイク
  • 足にジェットエンジンをつけてスーパーマンのようにハイスピードで飛ぶ。
  • ゴキブリがロボットを操縦する。
  • 原付にジェットエンジンが載る。
  • 水面を歩く中国の少女。

以上全部どっかのブログに落ちてました。映像つきで。他も色々。

こういう乗り物ハック系はおもしろい。備忘録としてMEMO。

家にかえってから探してアップ!

2006-08-17 思考の体系?

 事に対峙してそれを見つめるときに、そして触れるときに人間というのはどうも見つめたり触れたりするだけではなくそれに対してなんらかのリアクションをとってしまう性質を持っている。それは大変原始的な性質で、例えばものすごく熱いものに少しふれたりしたら本人の意思とは無関係に身体がひいてしまうし何かものすごく痛い刺激をうけたらつい声がでてしまうのは人種や性格には全く関係がない。それと同じレベルではないけども、人はそれぞれ見たこと聞いたこと触れたことに対して精神的な不覚筋動というのを起こす。しかし脳は学習し記憶するので、例えばいま大気に触れているといった感覚、黒いキーボードに手をおいてゴム辺とプラスチックでできたキーをタイプしているという感覚などは全く刺激にならず危機も幸福もないので精神的不覚筋動によって選別され破棄されているにすぎない。

 ここで選別され破棄されない情報についてどういう処理をするかは千差万別十人十色でその処理の仕方によってその人の生き方や生活というのは大きく変わってくる。その処理が判断という結果を伴う思考というプロセスだ。

 僕がこの思考というプロセスを実感したのは恥ずかしながら大学を卒業する直前のことだった。僕が就職活動をする中で、社会で独立して生きていこうという意志を持って会社を探すなら、それを可能にする会社を探すためにも、またその会社に入るためにも思考するというプロセスは絶対に必要な要素だった。そのときに、思考には方法があることを学んだ。

 思考には方法がある。僕が初めて意識的に触れた思考の方法というのはまったく衝撃的なものだった。それはとあるセミナーで聞いた言葉で、3C分析という言葉だった。はじめその言葉と内容を聞いたときはフーンと思ったくらいだったが、よくよく聞くうちにその奥の深さに気づいてきた。詳細な説明は省くがこれは主に企業について分析するときに有効な思考法で、物事をおおまかに三つの要素に分けその分類された要素を構成する要因ごとに色々とみていくという手法だ。ここまでは普通なのだが、この考え方が応用できるという事に僕は衝撃を受けた。例えば何かになりたいという風な事を考えたときに、3つの要素をそれぞれ今の自分、理想の自分、そして外部的とでもいうようにしてそれぞれの要因について考えていくときれいに考えがまとまってしまう。そしてまた何かについて思考しようと意図したときに、三つの○が三つの直線で繋がっている金型のようなものを創造して、その思考の対象の上にボトっとおとして無理やり当てはめて考えてみたりできる。これは『フレームワークに落とし込む』という風に言われていた。この分析に基づいて要素と要因とそれぞれのロジックさえ大まかに頭にいれていれば何かを喋る必要が生まれたときも一文一文暗記して挑む必要など無く、要素と要素をロジカルにつなぐだけで説得力がうまれるんだよねとかなんとか言われたときにはひたすら感動したもんだ。

 他にも思考の方法というのは腐るほどある。そういうのはいわゆるコンサルタントさん達が手法として確立したりしてたりするのが常だったりする。はっきりいってすごいと思う。なぜなら、世の中には元々すごく頭のキレる人というのがいて、そういう人はものすごい思考をしていたりアイデアを持っていたりする。僕にとってそういう人たちは天性のひらめきとか感覚、センスとかそういうのの差を思い知らされる存在だったりするが、こういう『フレームワーク』とかいう思考方法を身に付けてトレーニングするとそういう人達に迫ることが出来る。人によっては伍して戦う事もできるだろうし、超える事もできるかもしれない。トレーニングさえ積めば誰でも身に付けられるという点*1は注目すべき要素で、なぜならこういう思考方法というのは人生設計、日常生活、ゲーム、人間関係、戦争、あらゆる場面で有効に働くからだ。そして、なにも道具がいらない。かつては一生追いつく事などできなかったであろう天才達への思考へ迫り、対抗する事ができる。非常に資本主義に適した手段だなーと思った。

 もちろんこういった思考方法っていうのは論理的に正しい思考ができていないと全く意味がないどころか害悪になってしまうわけで、論理思考というのは必須の条件だ。あくまで正しい道筋で思考する事ができて、はじめてそれを活かすためにスタート地点だとかゴール地点を定めるためのフレームワークを使う事ができるようになる。どんなにフレームワークを駆使して意見とか主張を喋っても、そこって論理的におかしいよねとか突っ込まれたらその努力は全て自分の愚かさを証明する最も効果的な成果だととられかねない。論理性というのは一見頑丈に見えてもその実ほころびやすいというものも多く注意が必要で、多いパターンでは例として『主張に根拠がない、もしくはズレがあった』『相関関係、因果関係を取り違えちゃった』『時間軸のブレを見落としちゃってた』というものが挙げられる。演繹的もしくは帰納的もしくはそれらを組み合わせ、全体の構造と各要素のボリュームを見誤らずに無理のないように積み上げていき結論を導くというのが論理的プロットの理想だ。難しいなー。

 まあ論理的思考、論理矛盾発見の姿勢をもってさらにこういうフレームワークを覚えているとミクロ(ビジネス案件)からマクロ(人生設計)まで自分なりの意見がつくれるわけで、さらに一貫性が伴うので説得力が増して他人の目に理解、共感されやすくなる。共感というキーワードで僕が思考したのは、きっと聖書、仏教の経典、コーランなど圧倒的な人々に支持されるいわゆる聖典というものはこのフレームワークと論理がものすごく強固なのだろうという事だ。うーんそういえばカリスマ経営者とかも神のように扱われてる事あるなー。常に筋の通った価値観を提供しているという意味で共通してるっちゃあしてるとこもあるなあ。

 哲学的疑問や苦悩からの開放にこれらの論理性、フレームワークはおそらく最適だ。僕は大学でキリスト教を勉強していた(などといったらきちんと勉強していた人達に怒られるくらい点数は悪かった)が、聖書を読んでいってその解釈をきいていると、たまに頭の中で絡まった糸のように引っかかっていた疑問や不安などが、一気にときほぐれるような覚醒感を覚える事があった。他にもそういう人はたくさんいるんではないだろうか?あれはおそらく聖書の中のとあるフレームワークにがっちりとあてはまる論理性を伴った法則が僕の頭の中の諸要素を整理した瞬間だったのだろう。実は聖書だけではなく、仏教に関連するとある本を読んでいる時にも同じような感覚に陥った事がある。まだ読んだことはないが、コーランを読んでいてもそういう感覚に陥ることはあるかもしれない。そういう意味でも、チャンスを見つけて是非コーランを読んでみたいと思っている。

 与太話だが、思考の体系は使用言語によって微妙に異なるという話をきいたことがある。ホントかどうかはわからないし、確かソースはWEB上の何かの記事だったような気がする。それをふまえて考えてみると、英語圏の人達の資本主義に合致した思考方法を日本語で育った僕が今「なんとか分析」とか「なんとか法」とかいうやり方で刷り込もうとしているんだろうか。

 僕がいま生きている日本社会のビジネスシーンでは思考の体系は時にクリティカルな状況を突破する最良の道標となるだろうし、また大きな敵を打ち破る強固な武器となる事もあるだろう。たかが思考、されど思考。よくわからない概念ではあるけれども量子力学的に言って思考によって人生が認識されはじめて人生の存在に収束すると考えたらとても御座なりにするわけにはいかないよなー、、、、そういう意味づけで思考を身に付けようとする僕はきっとまだ反射的に行動する事しかできないガキのままかな。どこかの世界的にビッグな会社は、『Think』という言葉を非常に重用している。どうやら創始者がなんかのインタビュー?でそういう事を口走ったかららしいけども、どうせ社会に出たら色々と考えなければならないものにぶちあたるわけで、考えるならうまく考えていきたいもんだ。

*1:方法論が体系的に確立されているってのはそういう事?でえーんかな。

2006-08-16 130円の晩御飯(晩飯1.0)

 昨日食った晩飯はなんと130円。総額。タイより安い。レシピは

出前一丁一袋 60円くらい

冷凍枝豆ふたにぎりほど 40円分くらい

チーズふた切れ 30円くらい

 これがまたうまい。

 出前一丁のスープと麺にチーズを絡めて食べるのはまた格別だ。さらに、枝豆の素朴な味わいと出前一丁の芳醇な香りが意外とマッチする。豪快に麺をすすり、チーズをかじり、しばし箸を置き枝豆をむさぼる。そしてまた麺をすする。

 味だけではなく、栄養面でもそんなに悪くない。チーズと枝豆でだいぶポイントを稼いでいるはず。

 学生時代はこれでもぜいたくのうちだったから不思議だ。あの頃は晩飯は食べないのがデフォルトだったので、秘蔵の出前一丁(ジャパンで5袋250円ほどだったような気がする)を一袋あけるというのは何かめでたいことや嬉しい事があったときだけだった。チーズなんかはそもそも高いので、あまり冷蔵庫でお目にかかったことがなかったくらいだ。昨日出前一丁の袋をあけながら、よくよくかんがえたら一袋60円であることに愕然とした。社会人というのは一晩に、まず飲み会で4000円、二次会も含めると6,7000円は使ってしまう事がある。それにくらべたらなんとかわいい贅沢だろう。枝豆も、近所の『肉のハナマサ』で、ふたふくろ189円という破格で購入してきた代物だ。これが意外とうまい。解凍も、ざるに入れて水道水のお湯をぶっかけるだけでいいしあとは塩を適当にふって軽くもんで出来上がりだ。およそ40円分の量で十分満足する。

 このように自らの嗜好と経済的事情をうまくマッチさせて安価に仕上げ、自らの舌でじっくりと嗜み腹を満たす晩飯を大学生の晩飯、晩飯1.0としよう。そして社会人になって行きたくもないのにいく飲み会でかまわず5000円札をぴらっと出してろくでもない飯や薄めたような酒しか出てこない上にガツガツ食べられないようなオトナ?の晩飯を晩飯2.0と呼ぼう。そしてもはやその目的は晩飯ではなくなっている。晩飯2.0において意味を成すものは晩飯の主体たる人間同士の交流だとか情報交換とかで、あたかもWEB2.0においてWEBにより万人が情報を発信し回線の向こう側と自在に商業的コミュニケーションをとれるようになった事でツールとしてのWEBの意味が強まってしまったというのに似ている。晩飯2.0において晩飯自体はあくまで前提であり必須のツールにすぎない。 

 無論晩飯2.0は悪だという認識は全く持っていない。むしろ僕がその晩飯2.0に触れられる環境にあるというのはいかに今の僕の状況が恵まれていて経済的にも精神的にも余裕があるかという事を示してもいるのだが、晩飯2.0はWEB2.0と同様大きな格差を内包する。晩飯2.0でも数万出せばいくらでも本当においしい料理を出す店にありつけたりする。別に数万でなく数千円でも、皆が知らないような店や皆が知りすぎていて予約もままならないような店であればそれも可能な事がままある。しかし晩飯2.0にはあくまでユーザーとしてしか触れ合うことの無い僕*1はいわば晩飯2.0世界における下層を形成する多数のうちの一人でしかない。つまり晩飯2.0の恩恵を最大限独占している層に貢献しているという形だ。無論、原因は僕の努力がたりないからで、僕の努力次第ではこの晩飯2.0の中でも上位層に食い込めることもあるかもしれない。が、そこまでする価値を僕はまだ見出せていない状況だ。まったくヘタレの典型だ。

 というわけでデジタル・デバイドならぬ晩飯デバイドに取り残されてしまった僕は、一人晩飯1.0をかみしめながら今日も床につくのだった。 了

*1:いろんな飲みを企画していたりそういう飲み会会場に異様に詳しかったり人的ネットワークでそういうところを自然と見つけてしまうような人達というのはむしろ例外だと思っている。

2006-08-15 大地震の恐怖

  震雷火事親父。僕の父親は、阪神大震災の朝にテレビをつけてそうつぶやいた。揺り起こされた僕は*1眠い目をこすりながらボロいテレビを覗き込むと、あわただしく喋るリポーターと、燃え上がる神戸の町が交互に映し出されていた。その日はそのまま起きていて、興奮した状態で学校にいって先生の話を聞いて事の重大さを理解した。

 日本は地震から永遠に逃れられない運命にある。別に地学を勉強していなくても誰でも知っている事で、環太平洋ラインの真上に位置するこの国では古来より人々の運命は地震と共にあった。阪神淡路大震災もそうだが、広島や福岡、新潟など近年でも大地震のニュースは毎度のことながら大きな犠牲を伴うし、世間を騒然とさせる。被害に遭われた方々には申し上げる言葉もない。

 そして、東京都下に住む僕として非常に心配なのがそのうち来る来るといわれていまだにこない東京大震災だ。僕が学生の頃、地学の授業で日本地図をだして最近の地震の記録などをたよりに、震源地を中心に地震の大きさに比例した大きさの円を書くといった作業をしたことがあった。結果は、恐ろしいもので、東京を中心とするところだけぽっかりとあいているのだ。明らかに、近年中に関東大震災が再び起こるという事を示唆しているようで背筋が寒くなった覚えがある。そのときの先生の言葉はこうだった。

「いつか、かならず東京を大地震が襲います。これは歴史的に見ても地学的にみても間違いの無い事実です。3分後にくるか、30分後にくるか、3年後にくるか、30年後にくるかはわかりません。ただ、300年もは待ってくれないでしょう。ま、あと数年で人生を終わらせる覚悟もあるなら東京の大学を受験してくださいね、みなさん」

 そしてどういうわけか僕はいま東京に住んでいて、東京のことがだいぶんよくわかってきた。はっきりいって、この都市で阪神大震災以上の地震がくれば時間帯にもよるだろうが想像を絶する大災害になるのは目に見えている。もちろん僕は素人だが、近所のコンビニから食料が消えてなくなるのは容易に想像がつくし、パニックになった大勢の人で治安が保てなくなるのも想像がつく。きっと、これだけの人数がいたら水などは一瞬で底をつくだろうし、それがもし夏であれば深刻な衛生被害をもたらすだろう。冬であればさらに厳しい寒さが人々を襲うだろう。もっともそういう事を心配する前に、多くの人たちは瓦礫の下敷きになるか火事の煙にまかれて命を落としているだろうが…。東京には多くの埋立地があり、その多くの土地に高層ビルや住居が立ち並んでいる。阪神大震災の時の神戸の埋立地の液状化現象はあまり大きくは取り上げられなかったが、しかしあれがこの東京で再現されるとなると考えるだけで恐ろしい。

 そういった被害ももちろん怖いがもっとも恐ろしいのは一時的にせよ政治的な機能が麻痺してしまうことだ。日本の中枢機関はほとんど東京の一地区に集中しており、内閣の決定機能や行政の支持機能が落ち込むとその分対応の遅れや誤りを招くことになる。東京がまったく無事だった阪神大震災でさえ、当時の村山内閣はなんせ社会党出身の首相だったので自衛隊を派遣するのを渋り、死者の増大を招いたといわれている。東京がそのような災害に見舞われた場合、はっきりとした支持体系を維持して自衛隊などを統制するための機能は整っているのだろうか?

 最近、震災時の帰宅マップというのがすごく売れているらしい。たしかに東京に住んでいる人は電車で移動することが多いので、地上を移動するときにどこをどう通れば安全に我が家にたどり着くのかわからない人も多いだろう。こういうのが売れるのは凄くいいことで、人々の危機意識も相当高いものだという事をうかがわせる。

 家に防災グッズをおいている家庭も多いだろう。これははっきりいって必須だ。一年に一度とりかえが必要なものもあるなどめんどくさい事だろうが、必ず準備しておいたほうがいい。万が一災害にあって一次被害を免れても、きるものも食べるものもないとなれば生き残る確率は格段に低下する。逆に、まとまった必要品が家のなかにあると確信がもてていればたとえそれが瓦礫に埋まっているとしてもひとつ見つければ全て見つかるわけだから生き残る可能性は高くなる。*2まあだけど、この過密都市でいくらかの食料や水を用意したところで、付け焼刃におわりそうな気はするが…。しかし、生き残る可能性が数パーセントでも上がる可能性があるなら努力するべきことだ。

 僕は幸いにして経験がないが、体験者たちの話によるとそういう生死の境目の状況に陥ったときに、たとえほんの0.1パーセントでも、少しでも生存確率をあげておくというのは非常に重要な事だ。

 そう、僕は大学生時代を関西で過ごしたので阪神淡路大震災を体験した多くの人から話を聞いた。

 家がぐちゃぐちゃに壊れてしまったので、夜は仕方なく車のライトをハイビームにして照明にして瓦礫の中から家財道具を探していたという話や、地震のおこる直前にちょうど早朝バイトへ行く途中で、歩いていると突然地面から青い稲妻のような光が上るのが見えたという話、その期の大学のテストがほとんど落とされなかったという話、大事な友人を亡くした人の話、普段はすごい悪いしバカそうでもどこかで震災があったと聞くとボランティアに飛んでいく奴の話、新幹線の高架や近所の国道171号線の高架が落ちて何ヶ月もそのままだったという話…。中でも、一番心をうったのは、これは直接聞いた話ではないがテレビの中でインタビューを受けていた親子の話だ。

 激しい揺れに目を覚まし、おきようとしても体は言う事を聞かない。結局一歩もうごけずにそのまま瓦礫が降ってきて死んだと思った。が、目を覚ましたらまだ生きていた。身動きはとれない。しかし呼吸はできるので、大声で隣で寝ていた母を呼んだが、返事はなかった。だめか、と思い諦めたところ、かすかに母の声が聞こえた。母は声が出せないようだった。出せないどころか、重いコンクリートの下敷きになって呼吸もままならない状況であることがようやく分かった。息ができない、苦しいと母はつぶやいてから、しばらくして「ごめんな、もうアカンわ」とつぶやいたのが聞こえた。

「おかん、なに言うてんねん。あと少しや、あと少しで救助の人たちがきてくれるし、頑張り!」

「あかんねん、どんどん苦しくなってきとる。このまま潰されて死んでまうから、お母ちゃんの事はもう諦め」

「おかん、がんばれ」

「あんたと過ごした時間は凄く幸せやった、ありがとな。お母ちゃんはもう息ができん、もう駄目やから、あんたはどうにか生き残って、元気にな」

 その後、母の声は聞こえなくなった。ふと、遠くで人の声が聞こえた。

大後で助けを求めた。

「人や、人がおるぞ」「どこや 埋まってしもとるやんけ ほんまにまだ生きとんか?」

「おかんが横の部屋でうまってる はやく片付けて助けてくれ!!!俺はあとでええ!!」

結局母親はかろうじて助け出され、本人の命も助かった。

「けど、あんときはほんまもう駄目かと思いましたわ… はは」

 

*1:無論親にではなく地震にである

*2:ここで、置く場所などについてもしっかりと考えておく必要がある。大地震に襲われた際に、部屋のなかはぐちゃぐちゃになり家具はひっくりかえる。絶対に埋もれない位置に、固定しておくのが大事だ。地震を体験した人の口から聞いたが、仮に懐中電灯を部屋の中においていても、絶対に元に置いた位置にはない。どかに飛んでいってしまっているらしい。どんなに部屋がぐちゃぐちゃになっても大丈夫な場所を作っておくことが肝要だ。

2006-08-14 Got a new Gadget !

 レイステーションポーダブル(PSP)を手に入れるチャンスに恵まれた。というか手に入れた。でもブツは手元にない。なんか金未払いで前のプロバイダから解約されて(未払いというか、払った日にちが一日期限を過ぎていたらしい笑)、秋葉原のヨドバシカメラを徘徊しているととあるプロバイダに加入するとPSPが1000円で買えるとかいうキャンペーンがあったので思わず話を聞いたら気がついたらそのまま契約してしまっていた、という話。

 んで、ブツが手元に届くのは開通してから金を振り込んで以降との事なので、おそらく九月後半になるといわれたんだが、待ちきれないなー、、、。

 実は以前からPSPは気になっていた。ニンテンドーDSを欲しい欲しいとかいっておきながらも内心ボタンの押しにくさと画面の粗さは若干気になる所ではあった。その点、PSPの画面のきれいさは申し分ないし、無線LANが搭載されているとかいうウワサやし、メモリースティックDUOも相当値段が落ちてきていまや1GBが4000円を優に切るという素晴らしい時代だし、ネット上を軽くなめるとPSPで動くオモチャがたくさん出てくるし、もちろんMP3もきけるしムービーも見れるしブラウザもついてるし画像ビューアにもなるし青空文庫のファイル形式にも対応したビューアはあるしで、想像するだけでわくわくしてしまう。無いのは電話機能くらいのもんだ。*1

 というわけであんなに欲しがっていたDSLなんかへの興味は一切消えうせ、今はまだ見ぬPSPとの対面を待つのみ。準備万端で出迎えてやろう…

 デカくて重そうなので、持ち歩く気が失せるのが一番の心配事やな…

 ↓PSPの期待を膨らませてくれるエピソードをいくつかご紹介*2

 以下、PSPコピペまとめサイト  より引用

#

とあるところに、すばらしい教養を持ち、人生を他人のために尽くし

すべての人にとって模範となるすばらしい人物がいた。

ある日、彼の前に天使が現われた。

天使はこういった

「君は今まで悪いことを何一つ行わず

私利私欲に惑わされることもなく、すばらしい人生を歩んできた。

そんな君に褒美を与えよと神が申されたので、それを伝えにきた。

全知全能の頭・永遠の美貌・PSPの中から一つを叶えてあげよう。

どれが希望だ?」

それを聞いた彼は、ためらうことなく全知全能を選んだ。

「よろしい」天使はそう言うと、稲妻が走る煙の中へと消えていった。

その場に居合わせた者が、かすかな後光に照らされる彼に話しかけた。

「なにか分かったのか?」

全知全能を得た彼は一瞬のうちにこの世のすべてを理解した。

そして、ひとつため息をつき、こう言った

PSPを選ぶべきだった

一言: 全くロジカルじゃないところが心にくい。場面ごとの光景が神々しい光と供に目に浮かんでくるなど、ゲーテの筆を思わせる良作。


#

「PSPのゲームはPS2みたいなのばっかり」って悪口で言う人がよくいるんだけど

半分当たっていて、半分間違えてるね。

何が間違っているかというと、それを悪口として言っていること。

PS2のようなゲームが多いのは、ソニーから僕達への提案。

街を歩く時も、そこがモンスターの狩場になったり、ゴルフ場になったり

あたかもゲームの空間がどこまでも広がったかのような感覚をもたらしてくれる。

ゲームだけじゃない。ときには映画のヒーローにもなれる。

お気に入りのBGMを流しながら颯爽と街をゆくこともできる。

ペンは剣よりも強しというけれどそれで縛り付けられるのはゴメンだ

誰もが望むのは、ペンよりも自由。

PSPは、ポケットの中にやってきた、自由と夢に満ちた宝箱だ

一言:ペンをアレに引っ掛けているところが小憎い。ただ、ことわざの引用が少し強引だった感あり。しかしそれを補って余りある詩的なメタファーに一層期待を膨らませられる。



N天堂はNintend*DSが新しいユーザー層を開拓したと主張している。しかしちょっと待って欲しい。Nintend*DSが新しいユーザー層を開拓したと主張するには早計に過ぎないか。N天堂の真摯な姿勢が、今ひとつ伝わってこない。例えばユーザーからはPSPはゲームのみならず、音楽、映像が楽しめるすばらしいハードだと主張するような声もある。このような声にN天堂は謙虚に耳を傾けるべきではないか▲ 思い出してほしい、過去にも何度もN天堂はユーザーの叫びを無視している。N天堂はPSPはゲームのみならず、音楽、映像が楽しめるすばらしいハードだというソニーの主張を間違いであるかのような発言をして、批判を浴びた。確かにPSPには一般層への浸透が薄いという問題もある。だが、心配のしすぎではないか▲ N天堂の主張は一見一理あるように聞こえる。しかし、だからといって本当にNintend*DSが新しいユーザー層を開拓したと主張できるのであろうか?それはいかがなものか。的はずれというほかない事の本質はそうではない。その前にすべきことがあるのではないか。 N天堂は、未来を担う一員として責任があることを忘れてはならない。 N天堂の主張には危険なにおいがする。各方面の声に耳を傾けてほしい。▲ N天堂に疑問を抱くのは私達だけだろうか。 Nintend*DSが新しいユーザー層を開拓したと主張したことに対してはユーザーの反発が予想される。 PSPはゲームのみならず、音楽、映像が楽しめるすばらしいハードだという主張を支持する声も聞かれなくもない▲ N天堂もそれは望んでいないはず。しかもNintend*DSはN天堂のソフトしか売れていないのである。 Nintend*DSは新しいユーザー層を開拓したと主張する事はあまりに乱暴だ。N天堂は再考すべきだろう。 繰り返すがNintend*DSはN天堂のソフトしか売れていないのである▲Nintend*DSが新しいユーザー層を開拓したと主張したことは波紋を広げそうだ。今こそ冷静な議論が求められる。

注:一部伏字にしました。

一言:某社社説風にきれいに仕上がっている。たかがゲーム機に社会風刺の風を吹かせた、時候柄混乱を極める政界に一石を投じる問題作。括目せよ。



少年は、勉強ができなかった。運動ができなかった。

ガキ大将からはいつもいじめられていた。

彼の元にやってきたのは、遥か未来で作られた青いペイントのロボットだった。

ロボットと少年は親友だった。いっつもささいなことで喧嘩をしてしまうけれど、

それでもやっぱり親友だった。

そんなある日のこと。

「ねえ、PSPを出してよぉ」

「だめだよ。きみはいっつもそうやって人にたよろうとする。

 そうしてるうちはPSPなんてあげられないよ」

「ケチ!きみなんかじゃなくてPSPが来ればよかったのに!」

家を飛び出してからどれだけの間、

一人ぼっちで空き地の土管の上に座っていただろう。

普段だったらすぐに探しにくるはずのロボットは、

とうとう陽が沈むまでやってこなかった。

時間が経つにつれ、

少年にはゲーム機程度でロボットを罵ってしまった自分が

なんだか悪いように感じられてきた。

「……ぼくがわるかったよ。さっきはごめん」

部屋の襖を開けながら少年は謝った。

けれど部屋の隅にいるロボットからは何の反応もない。

「なあ、つむじを曲げないでくれよ。

  ぼくときみとのなかじゃないか」

背中を向けたロボットに触れる。

ころん、と倒れると同時に丸い手からPSPが転がった。

「おい、どうしたんだよ。うごいてよ!」

何度揺すっても、ロボットは動かなかった。

 たちの悪い冗談ではないのはすぐに分かった。

PSPを抱いて少年は泣いた。あんなに酷く罵った自分に、

 青い色をした親友は最高のプレゼントを用意してくれていたのだ。





――どれだけの年月が経ったのか。

 とある小さな研究所で一台のロボットが横 たわっていた。

いまやロボット工学の俊英と呼ばれる男は、

青いボディと向かい合って一心不乱に工具を動か している。

「あと少しなんだ! このブラックボックスの部分が分かれば……」

何気なく辺りを見回して、あるところで目を留める。――PSP。

「まさか、ね……」

予想に反して、

黒いシックなボディは未来の技術で作られた回路の中にぴったりと嵌った。

モーターの動く音が響き、青くて丸い形をした躯体が、ゆっくりと身体を起こす。




「――やあ、のび*くん。宿題は終わった?」



髭だらけのかつての少年は、親友を深く抱きしめた。

ありがとう。持っててよかったPSP。

一言持っててよかったPSP。

*1:それも下手すればPSPでLINUXを走らせてSKYPEとかで実現するかもしれない。

*2:多分内容はでたらめ。

2006-08-13 WEBカルト

 日の自分のエントリの一部より

インターネットというのは便利だが、反面こういった社会的に殺された通念、意思の発露と集積という意味も持ち合わせている。それはwebで仲間を募って練炭で集団自殺するという事件が後を絶たない現実に容易に見て取れる不気味な現象だ。ひょっとするとこの先、webカルトというのも出てくるかもしれない。

 カルトは社会に潜んでいる。僕が小学校の頃の「オウム真理教」騒動はすごく強烈な印象だったし、今もニュースなどで信じられないようなカルトの報道がなされている。その「摂理」という名前のカルトの被害者の多くは大学生などで、しかも関西にある僕の出身大学にも拠点があったというから背筋が寒くなる。

 彼らがその勢力を伸ばし影響力を強める為の手段はマインドコントロールである。洗脳というよりはこちらのほうが適切だ。なぜかというのはwikipediaのマインドコントロール解説に詳しい。→ こちら。  マインドコントロールの恐ろしいところは、どんな正義感や強固な意志を持っている人にでも適用できる、という事にある。ここであるWEBページにあるひとつのコンテンツを紹介。実体験に基づいているだけにリアルで、現実味がある。「どんなに体を鍛えても癌からは逃げられないように、どんなに意思を強くもってもマインドコントロールからは逃げられない」という文章を読むまで、僕はマインドコントロールの本質について勘違いしていた部分がある。

マインドコントロールの実態 (刈人宗教解析倶楽部 より)

 このページによると、「強い心を持っていればかからないということは無い。 マインドコントロールは、誰もがはまり得る罠である。」とある。いかに一部を抜粋するが、『それと気づかぬよう特定の方向に重み付けをうながす』というところが怖い。

 人間の行動は、外部から与えられる事象と、自分の中に確立された価値の重み付けによって 決定されている。性格とか、信念とか、自己とかいうものはその重みづけのことだ。 重みづけのほとんどは、経験によって獲得されたものだ。行動とその結果によって、 人は重みづけを変化させ、新しい環境に適応してゆく。このメカニズムが無ければ、 成長は有り得ないし、未知の経験をした時に適応できずに心理的にダメージを受ける。

ここでもし、特定の方向に重みづけを促すよう、外部から与える事象を制御されたら。 しかも、それと気付かぬ程度に少しづつ。マインドコントロールの技法は、理屈よりも まず行動させ、その結果感じたことを内省的に分析させるものが多い。これは、この 重み付けのフィードバックループを加速させているのだ。そのこと自体は悪いことでは 無いが、そのフィードバックループが閉ざされた環境下で与える情報を制御しながら 行われた時、人の心は比較的容易に変化し得る。しかも、本人は自発的に変わったと いう意識しか持たない。

 さて、人間がこのようなマインドコントロールの過程(おおざっぱにいうと特定意思への認識→理解→疑問→確認→再確認→確信→・・・)を経て思想や性格を形成していくのは、なにもカルトだけではなく教育やマルチ商法などでも使われている手法だろう。その違いはメンターに悪意があるかないかくらいだ。悪意がない分、いやむしろ社会にとって有益なぶんにはいくらマインドコントロールされても構わない*1

 さて、冒頭の話に戻るがWEB上にはさまざまな意思や思考が転がっている。社会的なものから反社会的なものまで様々だ。その中に、冒頭の言葉のように社会的に殺された、もしくは風化した通念の発露と集積が見て取れることがある。昨日のエントリの全共闘や集団自殺にしてもそうだし、ほかにも例としてはインターネットで仲間を募集して窃盗や殺人などの犯罪行為を犯すという事例によってもそれは明らかだ。この性質は、明らかにWEBによるカルトをはぐくむ下地となるだろう。

 WEBカルトは、はじめはその姿を偽っている。善人顔で獲物を待つ。獲物を獲たら、そこからさらに獲物を網にかけるために罠をはる。罠にはまった人々は少しずつ価値観をずらされていく。次第に価値観が固まりながら、WEBにより関係を強固にしていく。WEBは国境を取り払うので、世界中に信者ができる。意思の伝達やお布施も全てWEBを介して行われ、信者は画面の向こうの主催者を誇大に妄想しさらに信心を強める。そしてその集団はある日突然社会に姿を現し、大きなインパクトを与える。すでに彼らの仲間は企業、政党、芸能人、軍人、スポーツ選手などあらゆる分野に進出しており、教義によって排他と布教を繰り返す。このとき、WEB上で人々は「WEBは1.0から2.0へと進化をとげ、今WEB3.0*2が誕生した」などといってはやし立てる。そして来るべきXデー、彼らはあらゆる国のあらゆる機関にテロ攻撃を仕掛け混乱の中で独立国を形成し、核と軍事力を保持する。

 なーんてのは筒井ヤスタカあたりが書き散らしてそうな三流妄想だけれども、実際日本には一日数千万アクセスを集めるサイトもあるし、WEB上のみの契約で生命を奪ったりできるのは証明済みだし、まんざらでたらめでもないかもしれない、、、。 

 とまあ、そういうくだらない言葉遊びはこのへんにして、忍び寄るマインドコントロールの脅威から身を守るには、社会との接点を維持すること、とか周囲の人の協力が必要、らしいのでとんでもない思想を植えつけられて周りに迷惑撒き散らさないためにもマインドコントロールについてのある程度の知識は持っていたほうがいいかもしれない。

*1:たとえばたばこのポイ捨ては悪だ、というマインドコントロール、部屋にごみがたまったら掃除機を使うというマインドコントロール、競争に勝って富を得たらそれを社会に還元しなければならないというマインドコントロール など。

*2:WEB1.0およびWEB2.0の定義はすごく曖昧だが仮にWEB1.0はサービスの受容、2.0はサービスの相互提供とかってするとじゃあ3.0は思想価値の創造だーーとかそういうノリ。

2006-08-12 政治的な話題

 んな人でも最近メディアの中で政治的な話題が多いなーと思う事があるだろう。それも無理はない、去る8月6日はヒロシマに原爆が落とされた日、8月9日はナガサキに原爆が落とされた日、そして来る8月15日はニッポンが戦争に負けた唯一の日だ。そういう理由もあり、8月のこの時期は、現代日本にとって非常に重要な意味を持つ時期だ。

 が、僕の体感として、現実問題として政治的な話題というのはあまり表に出てこない。

 学生の頃もそうだったし、社会人になった今もそうだ。国際政治の動向から支持政党の話*1まで、直に耳にする機会というのはあまりない。これを読んでいる人もそうだろうと思う。イギリスでは、政治の話は食事中にしてはいけないという事になっている。また、それをするという理由でアメリカ人を見下していたりする。同様に日本でも、いや和の精神を尊ぶ日本では余計にそうだろう。職場の人間で昼食をとっている際に、いきなり誰かが「先日の○○党の○○の意見には非常に共感したなあ、なぜなら〜」とか言い出してもいいようにあしらわれるのがオチだ。

 さらに、日本では以前学生運動がひどく活発化した時期があった。連日警察官と学生たちとの衝突の様子がテレビに映し出され、ヘルメットとゲバ棒*2、バリケードによってアイコン化された学生のたてこもる校舎への突入劇などはいまだに語り継がれる物語でもある。また、一部の残党は当初の目的を忘れ犯罪に走ったりテロに走った。多くの人命が失われ、また多くの財産が失われた。そんな苦い記憶もあってか政治的な話題、とりわけ強い主張などは現代日本社会では退けられがちだ。

 おもしろいものを見つけたので、あるブログ一部から引用。

うちのダンナは当時の仲間だったんだけど、結婚することになって、私の実家で親に会ったんだけど、その時の様子を再現すると...

父親「で、**君は将来、何になりたいと思っているだね?」

ダンナ「はい。職業革命家になって、日本における社会主義革命を主体的に担いたいと思います

こんなやつとの結婚を許したうちの親もたいしたものだと、いまになって思うよ。で、いまはダンナは「会社社長」。労働者搾取してんじゃねえよ、ボケ

神大じゃ、男子寮を襲撃してきた革マルを返り討ちにして殲滅したよ。

風呂場に革マルの死体が浮いていたらしい.....

 まったく、バイクでツーリングして、有馬温泉つかって、帰ってパソコンで東京の友人とゲーム*3をしていた僕の大学生活と比べると隔世の感どころじゃないなあ、、、笑

*1:僕は小さい頃、選挙について単純に親にどこに投票するのか質問したところ、「そういう事は人に言うことではない」といわれた事がある。思えばこれが僕の中に政治と社会の概念が生まれた瞬間かもしれない。親の言葉がどういう意味かについては色々と考えるところはある。

*2ゲバルト棒の略。「角材」ともいう。通常は材木屋から買ってきて、ヘルメットともにデモの際にはデモ隊に支給された。全共闘は金が必要だったのだ。この資金は大学から出る自治会費をあてるのが普通であった。安いものは、一回でも何かを叩くと、簡単に折れたりした。デモ隊が過ぎ去ったあとには、道にヘルメットとゲバ棒の山が築かれた。ゲバ棒の代わりに青竹を持った時期もあり、また、学生運動後期になると、先端に釘を打ち付けた角材も登場した。また、右翼との闘争や、内ゲバなどが盛んになると、竹やりもあらわれた。第一次羽田闘争時にプラカードを支えていた棒で機動隊に挑んだことから、角材で武装することが始まったともいわれる。つまり、角材はプラカードの進化したものである。 「全共闘時代用語の基礎知識」より引用。読み応えあり。ただ、今の社会には全くと言っていい程無駄な知識(笑)だが、万が一社会でも遭遇することがあるかも。インターネットというのは便利だが、反面こういった社会的に殺された通念、意思の発露と集積という意味も持ち合わせている。それはwebで仲間を募って練炭で集団自殺するという事件が後を絶たない現実に容易に見て取れる不気味な現象だ。ひょっとするとこの先、webカルトというのも出てくるかもしれない。

*3:お気に入りはMSNメッセンジャーについているソリティアショーダウン、Age of Empire2 や Age of Mythology など。

2006-08-11 MANGAあれこれ、漫画Are/Kore

 の愛読するとある方のWEBLOGにて
ヒカル、20年トリップ
http://komiyakou.blog69.fc2.com/blog-entry-13.html

 このようなエントリを発見してしまった。『漫画は間違いなく日本の最良輸出品だと思う。』との言葉が力強い。ここで挙げられている作品は「ヒカルの碁」という作品だが、僕も読んだ事がある。初めは碁も知らない主人公が大昔の碁の達人の霊に取り付かれて碁を初め、どんどん力をつけていくという作品で非常におもしろいし、プチ感動もある。無論海外でも人気を博している作品ではあるが、韓国で放送されたときに日本的な部分*1は全て消されたり覆われたりして放送されていたというのが一時期話題になった事もある。

 まあそれは例外としても、日本の漫画に世界が一目置いている事は多分事実だ。僕はそれを実際に認識したことがある。僕は海外に初めていった14歳のとき、うまれて初めて外国人という人種と会話をしたのだが、そのときのやりとりをおぼろげな記憶を辿って再現してみる。

At San-Francisco 20:00 sth

外人 "Hi! Kon-ban-wa!"

僕  "Hello... Kon-ban-wa"

外人 "u came from Japan?"

僕  "Yes. I am from Japan."

外人 "Dragon ball!! Goku! Kame-hame-ha!!"

僕  "....."

 と、こんな具合だ。いきなりだ。僕は緊張で何が起こったのか判らなかったが、とりあえず日本の漫画が愛されているというのは良く判った。このときの僕のイメージでは外人というのはみんな銃を持っていて*2、みんなアメリカ人で油断するとすぐに黒い車で海岸沿いの倉庫に連れて行かれるという酷いもので、この体験で一気に外人に対するイメージが変わったという印象がある。

 ここに一つ興味深いWEBページがある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Manga
漫画についてのwikipediaの英語ページだ。なぜ犬夜叉の画像があるのかは謎だがこのページを開いたとたんに予想以上の情報量に驚いた。あまりに多いのでexciteで日本語に翻訳して流し読みしようと思ったが、何故か翻訳できないページだと表示されたのであきらめてそのまま読んだら、さすが外国人からの目だけあってかなり俯瞰的に漫画が述べられている。mangaとは、という下りではなんと1771年までさかのぼって記述している。そもそもmangaとは日本語で「ざっくばらんな、きままな絵」という意味であるという説明から入る事にびっくり。いきなり手塚治虫について語りだすところも流石だが*3、彼の漫画手法について詳細に分析しまとめるあたり筆者は日本人にせよそれ以外にせよかなりの漫画通だと考えられる。なかなかおもしろい記事なので漫画好きの方はこの手塚治虫の所だけでも読んでみる事をお勧めします。

 Gekigaというカテゴリの説明も詳しい。まずは

there were two forms of comic serialisation. One, the manga format, was based on the sales of anthology magazines which contained dozen of titles. The other, gekiga, was based on a rental format of an individual manga "book" of single title.

ときて、さらに漫画と対比して

In contrast, gekiga typically had more complex and mature story lines, with higher production value per page. For this reason, gekiga was considered to be artistically much superior.

と説明されている。続いてGEKIGAのレンタル提供形式が終わりを告げ漫画がGEKIGAにとってかわったというような事を書いて、筆者はGEKIGA贔屓なのか?といぶかしむと案の定

The gekiga-style manga most famous abroad is probably Akira.

とある。(笑)海外でのAkira人気は相当なものらしいという話しは日本でも有名だ*4。続くくだりでは永井豪の「ハレンチ学園」、楳図かずお*5の「まことちゃん」などに触れるあたり、一体誰向けの文章なのかよくわからなくなってくる。

 そしてさらに色々と興味深い内容が続く。In economic terms, weekly sales of comics in Japan exceed the entire annual output of the American comic industry. とあるから驚きだ。次に漫画の手法についても詳細に解説が入る(なぜか画像は「マーマレードボーイ」)。と、きりがないのでこのへんにしとこうかな。

 驚くべきはDojinshiというカテゴリがある事だ。折りしも、今現在我らがニッポンでは「コミケ(コミックマーケット)」*6なるものが開催されている。有明かどこかでやっているらしいが、これに参加するために関西のある友人はしばらく家に泊めてくれと言ってきたが、申し訳ない事に都合により泊められなかった。が、もし泊められていたなら是非そのコミケの戦利品を少しばかり拝見させていただきたかった。この「コミケ」の為に、日本中からある種の漫画ファン達がお台場に集結するという。世のカップル達はこの時期、もしお台場でロマンチックなデートをするつもりならば来週以降に繰り越すほうが賢明だと思う。

 さて、ここからは僕の話になる。おそらく多くの日本人はおもしろい漫画を読みたいという願望があると思う。なので、その一助となれば幸いだが僕の大好きな漫画について軽くご紹介したい。これもとある友人に紹介されたものなのだがそのときの友人の台詞は「最近宇宙物にハマっててさー」というもので、彼的にベストな宇宙物の作品をいくつか紹介してもらった。『2001夜物語』『Moonlight Mile』『度胸星』という三つの作品だ。後に紹介してもらった『プラネテス』も良かったが、この三つは大きなインパクトがあった。

 『2001夜物語』(星野之宣)は20年近く昔の宇宙もののSF漫画なのだが、大変おもしろい。中学生には少し難しいかもしれないが高校生くらいだと充分に楽しめる作品だと思うので、世の高校生のガキどもは一度は目を通すべき良作だ。宇宙の神秘と地球の神秘、ヒューマンドラマ、科学的発想のどれをとっても一級品だ。さらにそれでけではなく、そこには哲学的な世界観や神話の御伽噺(おとぎばなし)を盛り込んだ巧みなレトリックがある。犬の名前一つとっても心憎い演出が凝らされていたりして、恐らく漫然と読むだけの漫画しか読んだことのない人には充分に読めない作品だろうが、それ故に日本の漫画史上でも燦然と輝く大作SFで、宇宙モノNo.1との呼び声も高い。漫画に単なるバトルやドラマを期待しているだけでは無い人は必読。

 『Moonlight Mile』(太田垣康男)は何故かマイナーだが、力強く精緻な描写は画力で人を圧倒し、また泥臭く人間味のあるストーリーは人の想像力を刺激し、涙を誘う。登山シーンから始まり近未来の宇宙開発で独走するアメリカ、それに対抗する中国の台頭などをリアルに描き、そういった情勢の中でキーとなる一人の豪胆な日本人を主人公としたもので、割と政治色が濃い作品でもある。政治的な背景をある程度知っていればさらに楽しめるだろう。本の中では「ブルーカラーのスペシャリストが宇宙開発で必要とされる様になる」という事や「宇宙でのテロは地上でのテロ以上に脅威となる」という独自の予測もおもしろい。個人的には、登山から宇宙へという冒頭のシーンに象徴される様に一貫して極地のロマンが作品を貫いている所が好きだ。

 『度胸星』(山田 芳裕)は『デカスロン』で一躍有名になった漫画家の作品だが、未完の大作としての評価が高い。(単に収拾がつかなくなった、打ち切りにあった、とかいうウワサもあるが。)これは火星探索をテーマとしたMANGAで、いきなり物理的に説明のつかない四次元のモノとの対峙から始まる。火星にて行方不明になった宇宙飛行士を救出するために火星探査に乗り出すというプロジェクトをNASDA(ちなみに改称していまはJAXAといわれている)が発表し、その日本人枠に入る根性をもった人材を募集する。登場キャラクター達は厳しい訓練に耐え宇宙飛行士となるまでの軌跡を描いた作品だ。衝撃的な物理概念が紹介され、読むものの化学的好奇心を刺激する。迫力のある太い線やおおげさな表情におもわずのめりこんでしまう。

 この三つは読んだことのない人には是非おすすめだ。書店では手に入りにくいだろと思うので、amazon等で購入することをお勧めしたい。*7

*1:着物だとか日本語だとか

*2:それを裏付けるかのように、アメリカに行って一日目に滞在したロサンゼルスのホテルで真夜中に外から銃声が聞こえた

*3:なんとDr.Teduka Osamuとある

*4:むしろ日本での評価より高い事で有名になった

*5:梅津ではないことに注意

*6:知らない人は無理にググらないほうがいいかもしれないです

*7:アフェリエイトみたいなヤツで、サイトで本紹介してかってくれたら金入るやつ、僕もやろうかな、、、

2006-08-10 国境無き記者団 vs 中国 

 境無き記者団(Reporters Without Borders)の存在をご存知だろうか。

サイト:http://www.rsf.org/

 彼らについての紹介はここに書かれている。

More than a third of the world's people live in countries where there is no press freedom. Reporters Without Borders works constantly to restore their right to be informed. Fourty-two media professionals lost their lives in 2003 for doing what they were paid to do ? keeping us informed. Today, more than 130 journalists around the world are in prison simply for doing their job. In Nepal, Eritrea and China, they can spend years in jail just for using the "wrong" word or photo. Reporters Without Borders believes imprisoning or killing a journalist is like eliminating a key witness and threatens everyone's right to be informed. It has been fighting such practices for more than 18 years.

 日本では報道の自由など当然の事だ。あまりにも自由なので行政、立法、司法のさらに上に位置づけられた第四の権力とも言われるほど力を持っている。アメリカにおいても同様で、ウォーターゲート事件などは国家権力をマスコミが動かした歴史的で象徴的な事件だった。しかしこれはどうだろう。全世界の人口の1/3以上は、報道の自由がない国に住んでいるらしい。さらに絶望的な事実として、ネパールやエリトリア、中国などではタブーの言葉、写真を使っただけでジャーナリストが牢獄で何年も過ごしているとの描写だ。かつて東ドイツの国民は西ドイツから入ってくるテレビの電波によりいかに西側が豊かな国となっているかをまざまざと見せ付けられベルリンの壁崩壊へと繋がったといわれているが、それはもう17年も前の話だというのに。

 無論、国家戦略や人道的措置としての報道規制というのは当然あって然るべきものだ。報道規制そのものが悪なのではない。ここは勘違いしてはならないところだが、報道規制により専制政治を助けたり限られた集団が私腹を肥やそうとしたり殺人を助長したり戦争を引き起こしたりという事が悪だ。弱者の口を封じ強者の弁だけをたれ流す卑怯な報道規制には、世界中のジャーナリストが立ち向かうべきものだと考えている。

 最近、中国においてyahooとgoogleが検索規制をかけているという話が持ち上がった。さらに中国は、国家が主導して特殊なファイアーウォール(通称、万里のファイアーウォール)や独自フィルタリングシステムが存在し、それにより中国で展開する企業などはメールのやり取りなどにも支障が出ているというほどの徹底ぶりだ。はじめ僕はネット上で「中国のYahooで『法輪功』、『チベット』などの単語を入れるとアクセス規制がかかる」というようなウワサを聞いたときはなるほどおもしろいジョークだなと思ったんだが、それが本当だと判った時はさすがに少し引いてしまった。インターネットは国境を取り払ったし、ネットワークの世界では人種や思想はもはや表層部分では問題にならなくなっている。例えば、モニターの向こうで英語でチャットしてるannyという女性が、キーボードを叩く姿がサリーを着ていようがチャドルをきていようが和服をきていようがチマチョゴリを着ていようが、受けて側からはあまり問題にならない、という様に。しかし特定国内において思想や統制の壁を打ち破るには至らなかった。ネット上を無数に行きかうパケットの特定パターンを排除しようという中国当局の執念は凄まじいとしかいいようがない。

 インターネットの自由度に驚いてそのツールとしてのPCに興味をもった僕にとって信じられないような話はまだまだ続く。コンテンツの内容に責任を持たされるのはISPでありWEBサーバの管理者であるらしい。チャットルームのログも含め、WEB上のあらゆる表現は60日間保存され、いつでも当局に提出しなければならない。グーグルのキャッシュは、その内容によって当局からの要請により選別削除されている。中国のISPは、『ビッグママ』と呼ばれる監視員を割り当てられていてチャットルームなどが随時監視されているという。生産と創造のアイコンであるママの名をこのような行為者につけるとはなんとも悲惨なブラック・ジョークだ。中国政府いわく、この2005年の9月に発表されたインターネット規制法は、国家機密を漏洩し、国家を転覆し、国家統一の破壊に与するような情報を禁止し国家の安全を危うくさせないように定めたという。ネット上の住人達は今度はP2P技術に目をつけ意見交換を実現しているという話だが、このようにいたちごっこが繰り返される中国の現状には体制の維持というものは凄まじいエネルギーが必要だという事を思い知らされる。そして、いつかそれが破綻する日の混乱を予感させる。

 さて、そんな中国はちょうど二年後に北京オリンピックの開幕を控えている。(余談だが以前話題になったとあるBLOGで、北京の「緑化政策」の一環として、枯れ草に緑のペンキを吹き付ける写真が合った。事実かどうかは知るところではないがかなりぶっとんだ発想である事は確かだなー、、、)。国境なき記者団はこのオリンピックに対しても警鐘を鳴らしている。

 http://www.rsf.org/article.php3?id_article=18483 にある

The Chinese police continue to jail, attack or intimidate Chinese citizens who talk to the foreign press. The most dramatic recent case was that of Fu Xiancai, an activist on behalf of people displaced by the Three Gorges dam. He has been left paralysed by an attack that took place after he left a police station where he had been threatened for giving an interview to a German TV station. The official enquiry into the attack concluded that Fu inflicted the injuries on himself in order to appear to be victim.

という記事はなんとも切ない気持ちにさせてくれる。言論弾圧の価値とは市民の命より重いらしい。

 さらに読むべきは国境無き記者団がIOCを初めとするオリンピック関係機関に提言する10の文言だ。

1. Release journalists and Internet users detained in China for exercising their right to information.
 中国で拘留されているジャーナリスト、インターネットユーザーをの情報に関する権利を認めて釈放すること。

2. Repeal article 15 of the Foreign Correspondents Guide, which restricts the freedom of movement of foreign journalists.
 外国人記者ガイドの15条を撤廃すること。15条は、外国人記者の行動の自由を厳しく制限している。

3. Withdraw censorship measures from the draft law about the management of crisis situations.
 危機的状況管理に関する法案から検閲基準を撤廃させること。

4. Disband the Publicity Department (the former Propaganda Department), which exercises daily control over content in the Chinese press.
 中国の言論を厳しく統制する宣伝部(プロバガンダ部)を解散させること。

5. End the jamming of foreign radio stations.
 海外のラジオ局の妨害をやめること。

6. End the blocking of thousands of news and information websites based abroad.
 国外にある何千ものニュースやWEBサイトの妨害をやめること。

7. Suspend the "11 Commandments of the Internet," which lead to content censorship and self-censorship on websites.
 ウェブサイト上でコンテンツを検閲させるような”インターネットにおける11の戒律”を停止すること。

8. Scrap the blacklists of journalists and human rights activists who are banned from visiting China.
 入国禁止にされている人権活動家とジャーナリストのブラックリストをスクラップにすること。

9. Withdraw the ban on Chinese TV stations using foreign news agency video footage without permission.
 中国の放送局において海外のニュースVTR、キャスターのビデオフィルムを許可なしで使用させないのをやめさせること。

10. Legalize independent organisations of journalists and human rights activists.
 ジャーナリストと人権保護運動家の独立機関を合法化すること。

 さらに、北京オリンピックをボイコットしようという運動も行われている。
http://www.rsf.org/rubrique.php3?id_rubrique=174

 スポーツと政治のあり方についてなど考えるべき事はあるだろうが、しかし一読の価値がある。日本では報道されない(なんせ愚かしい条約で取り決められている)が、中国は今後どうジャーナリズムやネット上の言論、内部の言論と戦っていくのか注目されている。

2006-08-09 東京証券取引所MEMO

 京証券取引所(TOKYO STOCK EXCHANGE)

 意外と知られてはいないが証券取引法で定められているので株式会社の形態だ。http://www.tse.or.jp/about/tse/index.htmlによると設立は昭和24年、従業員数は738名。業務内容は『有価証券の売買、有価証券指数等先物取引又は有価証券オプション取引を行うための市場施設の提供、相場の公表及び有価証券の売買等の公正の確保その他の取引所有価証券市場の開設に係る業務』。ロゴマークが結構かっこいい。簡易用語集株価指数グラフ簡易作成

 世界中での証券取引所の売買高ではニューヨーク証券取引所についで第二位。ちなみに三位はロンドン証券取引所で、四位はフランクフルト証券取引所。日本の三大証券取引所は言うまでも無く東京証券取引所、大阪証券取引所名古屋証券取引所。地方取引所としては福岡証券取引所、札幌証券取引所がある。新興企業向け証券取引所としてはJASDAQやマザーズ(Market Of The High-growth and EmeRging Stock )がある。他にも大証のヘラクレス、名証のセントレックスなどがある。

 TOPIXとはTŌkyō stock Price IndeXの略で、平均株価指数などと並んで日本の株式市場のベンチマーク的な役割を持っている。さらに東証のサイトに書かれているように、株式市場全体の成長度合のベンチマークなので、二つの投資信託を見比べる際、同じように利益を出していてもTOPIXが140%の上昇度合いの時に片方は130%、もう片方は150%になっていれば前者はいわば平均を下回っており、後者は平均を上回っているといえる。つまり、TOPIXがこんなに上がっている時に90%しか回収できずに「90%は元金を確保いたしました、次こそは利益を提供いたします」とか言われてもそれはTOPIXが上がっているから90%で済んでいるのであってもしも下がっていたら悲惨度はさらに増す。このように投資家の運用成績を見るのに欠かせない指数がTOPIXだ。

 というわけでMEMOでした。

このMEMOの動機

  • あらかじめ書いていたエントリを別のパソコンに保管していてUPできなかった
     やっぱ早くインターネット繋ぎ直さねば…
  • 東証の友人と一年ぶりに再会して呑んだ

2006-08-08 インターネットが壊れた

 りえないことに家のインターネットが壊れてしまった。PPPOE認証が突然通らなくなった。WEBも見れない、メッセも繋がらない。

 早速電話でプロバイダ?に電話すると、四月分の料金を頂いておりませんので解約させていただきましたとのこと。待てやと。ちょっと待てやと。この間3か月分まとめて払ったやんけ、と。確かに四ヶ月も滞納した僕もバカだったけども、銀行引き落としに対応してなかった御社にも非はあるんちゃうの?と。しかも途中から対応しやがって、でもそのためにユーザーIDとパスワードを再発行するのに500円かかるとか何やの?と。勝手に吸収合併とかして社名とか変わっといてそりゃ無いだろう、と。「じゃあ再契約という形になるのでしょうか?」って言ったら「そうですね。初期費用が6700円になります。しかも九月からのお申し込みとなります。しかも初期工事が必要です。」やと。500円ケチったお陰で6700円損する僕は何なんやの?と。じゃあ光にするからいいですって言いたいけど、配線引き込むにしてもオサレなデザイナーズマンションのせいで一面ガラスの壁に穴なんてあけられないしエアコンも埋め込みやからダクトに配線通すなんてこともできんし、つまり不可能らしいし。マンションで加入タイプとかローカルIPアドレスが割り振られるとか、悲しすぎるし。

ここで一句。

 突然に インターネットは 止まれども 久しく見やる 夏の夕暮れ

結論

 公共料金は銀行引き落としで。クレジットカードで払ったらポイントもついてお得!さらにマイレージとかもつけるとさらにお得!!



追記(08/11)結局その四月分の未払い料金って払わなくていいのか・・・?払ってないなら請求来るよなあ、、

2006-08-07 様々なWEBLOGを読む

 ェブログというものを甘く見ていた。

 実は僕がウェブログというのを読み出したのは自身が書くようになってからだ。つまり2006年の五月やそこらという事になる。それまでは他人のブログを読んだりコメントしたりというような事はほぼ一切無かったように思う。

 しかし、書き始めると参考にしようと思って色々なブログを見ていった。周辺の友人のブログを読む事から始まって、色々な人のブログやソーシャルブックマーク上のブログなどに手を出してみた。するとあるわあるわ。おびただしい数のブログが出てきて色々と読んでいくうちに、世の中にはすさまじいブログがたくさんあるんだなあと感心させられる。

 僕のブログは結構「長い」とか、「読むのに気合がいる」とか言われる事がある。僕もそりゃよくないな、と思って短めの文章にしたり改行を多く入れてみたりしてたんだが、そんな友人達の言葉などあざ笑うかのような凄まじい長さ・密度のWEBLOGがざくざく出てきた。

 遅ればせながらWEBLOGの爆発的普及の理由が判ったような気がした。

 んで、そういうBLOGたちは結構連携したりしていて色々なブログの意見を読んでコメントしたり、議論が交わされたりしている。自分がだれだれからこの文章を引用しましたよという情報をそのソース側の人に知らせるのを可能にしているのが「トラックバック」という技術らしい。このトラックバックは以前からよくわからない概念だったが、ようやく使い道が理解できた。

 しかし読んでいるとWEB上でタダで公開するのがもったいないようなおもしろいものがたくさんある。作者の素性が謎というのもおもしろさの要素だ。しかし、その人がどういった社会的地位でいてどういった本を読んでいてどういった生活をしているか・・・というのは文章の行間にじんわりと滲み出てくる。そういった人々が時には概念的なことについて、時には時事的な話題について色々と書いているのをリアルタイムにしかも無料で読めるというのは素晴らし過ぎる。WEB2.0とかって最近うるさかったりするがBLOGがその先駆け的なポジションだったりするのかな?トラックバックというのは相変わらず良く判らないので、色々な文章を引用するという事を僕もやってみようかと思う。でもこれって無断でやっていいものなのかどうかが判らないが…まあ公開してる訳やし悪くは無いわなあ。

 ただしかし大事なのはWEBLOGの姿勢ってやつで、おもしろいWEBLOGはことごとくその主張に一貫性を持っている。そして、色々な価値感を生み出している。この生み出すというのが大きなポイントで、何かを新たに生産しているという所におそらく読者が刺激されてブックマークをするのだろう。そういうブログを読んでいて驚かされるのはその文章の『意外性』『一貫性』『文章量』だ。僕はこのブログを備忘録的なメモ帳、たまに回想日記を含むかなくらいの位置づけで書いているので、これといってそれを変える訳はない。僕の文章は決して長くはないという事もわかってすこし安心したし(冗長じゃないかどうかは判らない)。そういうのが作りたいなら(作れるようになったら)全く新しいIDで始めるのが賢いかな。

2006-08-06 ラフティング体験記

 って詳細・写真を追加。

09:30

 真夏の日差しの下、5人の仲間が集まった。

 レンタカーを借り、僕の運転で第一の目的地である錦糸町駅へ。そこでさらに一人の仲間を拾い、6人が揃う。すぐにインターから高速道路に乗ったがあまりの渋滞に絶望。

11:10

 パーキングエリアに到着

 一本150円のやきとり三本を食う。

12:20

 ぁゃιぃラーメン屋到着。やっすいラーメンに一皿頼んだら三皿出てくる脅威の餃子に舌鼓。そのうちの一つがつぶれていたからといって新しく一つ餃子を提供してくれる素晴らしい心意気の大将に出会う。お冷をまとめて置いていてくれるのが客のニーズをしっかりと把握していてExcellent。

13:05

 目的地到着!

 アウトドアショップのmont-bellにて手続きなど。待合室がアウトドアな雰囲気でいい感じ。

14:00

 川へ。水遊びなどをしつつラフティングについての安全講習を聞く。けがや事故の話しを聞き少しびびる。このとき川の中にすわっていたのでズボンが苔だらけになってしまった。しかし水がなんともいえず気持ちよかった。そしてラフティングスタート。川の底がきれいだった。そして川の中が気持ちよかった。スリルのあるところもあったが基本的には穏やかな流れの中でまったりと楽しむ事ができた。

 雲ひとつ無く良い天気の中、しばし日常を忘れ木々の葉が映える緑の水面に遊ぶ。

16:00

 ラフティング終了。疲れる。何もやって無いにも関わらずやりきった感で一杯になる。温水シャワーで生き返る。

17:00

 バーベキュー開始。うますぎる。U&Kによる焼きソバが大変に美味。そして僕とK兇涼太呼祝いという事でプレゼントを授与される。K兇良屋はK靴鬚靴董無印良品のモデルルーム」と言わしめた程のさっぱりとした部屋だがその部屋の中で一番オシャレになるであろうアイテムに一同沸く。

18:00

 バーベキュー終了。素人だらけのリフティング大会が始まる。N氏が得意のブレイクダンスを披露しようと試みるも積年の体重増加の前に脆くも敗れ去る。その後素人だらけのフリスピー大会が始まる。

18:30

 帰路へつく。

20:56

 N家(新居)@駒沢大学前に到着。ThinkpadR51をサーバー機として靴箱に配置する発想に完敗。他にもマックブックの性能に見入ったりプロジェクタに感心したりする。彼の部屋はいつ訪れても物欲を刺激される。窓の外の東京タワーが夜に霞んでいた。

21:41

 出発。神奈川へ向かう。

22:50

 Uの部屋@厚木に到着。黒くて四角くて堅い物がたくさんある部屋だった。「積み上げたらいいのに。」心の中で考えた。素人だらけのUの部屋リフォーム大会もおもしろそうだと思う。

翌0:04

 出発。帰路へ。残念ながら車の中は相変わらずミスチルが流れている。

翌01:15

 わが家@錦糸町に到着。上の上の階に住むKと供に帰路につく。

翌08:00

 レンタカー返却終了(との報告)。

2006-08-04 ビアガーデンの夜 タイの映画館

 まれて初めてビアガーデンというものに行ってきた。行く前のイメージだと、いたるところでサラリーマンがネクタイ外してギャハハとか笑いながら飲んでるイメージだったが、行ってみると意外に女性が多いことにびっくり。女性だけのグループが大量にあって皆さん楽しそうにジョッキを傾けていて雰囲気が良く快適だった。

 今日は朝からすごく暑かったので、おそらく最高のビール指数だっただろうなあ…ドイツ産のなんとかとかいうビールをジョッキで3,4杯ほどかたむけるとなんともいえない幸福感だった。

 半月も見事で、月を見ながら酔うのもまた良し。




 明日は『K君が乗り遅れるラフティングツアー』というイベントがあるが、あまりのビールのうまさに帰ってきてから少し横になろうとしたらふと気が付けば二時。我ながらよく起きれたと感心するも、いそいで準備に取りかかる。

 明日は自然と戯れてくるのでこのBLOGが更新されない日だ。

 きれいな空気を吸って、きれいな写真を撮ろうと思う。




 酒がはいっていると目が冴えて仕方がない。

 ので、先日のThailand旅行での話でもしようと思う。

 僕は映画を見に行った。SIAM ParagonというBKK(Bangkok)でも1番か2番に立派なデパートの五階に、IMAXシアターができたというのでいってみた。ちなみにSIAMにあるPARAGONという名前のデパートで、SIAM(サヤーム)というのはタイの商業の中心地だ。日本でいうと渋谷+新宿みたいなもので、若者や外国人観光客に非常に人気の街だ。

 一つ気づいた事として、タイには有名な『カオサン通り』という主に東南アジアを回る(まともな)バックパッカー、ダメな沈没ファラン(farangというのは"見た目西洋人"という意味。)、ごく一部のダメパッカー向けの溜まり場があるが、そこから出てきたまんまの格好だと浮きまくるので注意が必要。

SIAM PARAGON 公式サイト:http://www.siamparagon.co.th/index2.html

 すごく豪華なホールを横切り、券を買って入場する。客席で目立つのはインドっぽい人たちだった。彼らはタイでは割とリッチな人が多いという印象がある。子供達をたくさんつれてきていたが、決してうるさくはなくきちんと躾がなっていると感心する。上映前の注意が口頭で行われる。3Dメガネをかけるタイミングだとかそういうのをタイ語とめちゃくちゃ難解な発音の英語で説明していた。そんな難解な発音に慣れてきた自分に拍手。

 タイでは、映画の上映前に国王のムービーを流し、その間は起立する。

 聞いていた話では起立している間は後ろを向くという事だったのだが、今回はそんなことはなく普通にスクリーンに向かってじっと耳を澄ます。

 着席すると映画が始まる。ここで注意する事がある。映画館の中は尋常じゃない寒さだ。外で半袖Tシャツを来て汗をかいた分、中でははっきりいって真冬の屋外で映画をみているような感覚に陥る。バンコクで映画を見に行く人は長袖Tシャツ持参は必至だ。

 僕にはもう一つだけ問題があった。すぐ隣はカップルで、すごく仲がいいみたいだった。映画の間もけっこういちゃついてたりしていた様だ。別にそれ自体は自然な事なのだが、衝撃だったのはどう見ても二人が普通のにいちゃんだった事だ。タイはオカマとかゲイが多いのは有名な話だが映画館で隣り合うというのはレアな経験をしてしまった。

 映画は『スーパーマン・リターンズ』。IMAXシアターだったので字幕がめっちゃ小さく見える。しかし画面はすごい迫力。この映画は3Dで表現される場面があり、しかもけっこう要所だったりするのでさらに興奮。内容ももちろんだが、3D映像と音の迫力は一見の価値有りと思う。後から知ったのだが日本公開が8月中旬頃らしく、少し得した気分になる。きっとこの映画は話題になるだろうなあ。ストーリーもおもしろく、大満足で映画館を後にする。

 時計をみると、もう深夜0時を回っている。

 バンコクの夜風は、排気ガスのにおいがした。

2006-08-03 経済的な大人の事情

 国済民とは言うまでも無く経済の事で、経済とは国を治めて人々を助けるという事をあらわす単語である。広辞苑を繙くと経済の項には「人間の共同生活の基礎をなす物質 的財貨の生産・分配・消費の行為・過程、並びにそれを通じて形成される人と人との社会 関係の総体。」とある。

 僕は文系の商学部という学部を出ているので、大学にはいった辺りから周りがこの経済についてごちゃごちゃとうるさくなった。経済オタクのような人達もぽつぽつと現れてくる。僕もそういう話が好きだったので教授たちと色々と話をしたし、経済の色々な事を勉強をしていた。何年か大学を過ごした後、就職活動をするにつけ同年代の仲間たちは次々と日経を取り始めたり、経済用語を覚えたりしていた。

 そして社会人になると、これはもっとエスカレートしてくる。日本経済新聞が教科書のように推奨されて、色々な人たちがやれ株式や証券会社やと話題にする。僕の経験だと朝、満員電車にのっていると隣り合った人間の誰か一人が日経を持ち歩いている確率は70パーセントはある。デイトレードやスウィングトレードが流行し、How To本が飛ぶように売れた。

 経済というのは非常におもしろい。
 讃岐弁で言うと、ほんまにおもっしょい。

 皆さんは日本の経済を眺めるとき、どういう観点から見ているだろうか?経済には経済を眺めるためのいくつかの指標が容易されておりそれに沿って眺めるのが一般的だろう。最も一般的なのは企業や銀行などを対象として調査をする日本銀行の「日銀短観(英語ではTANKANというらしい、ほんまか 笑)」だろうし、他にも同じく日銀の発行する『金融経済月報』、内閣府が発行する『月例経済報告』、などだろう。ニュースやらなんやらで「緩やかな拡大を続けている」だとか、「景気は回復している」だとかいうあれだ。他にも、民間の研究機関がこういった短観、リサーチを随時発表している。下記に一例を挙げる。

 これらを漠然と眺めるだけでおおよその景気の流れはつかめるだろう。が、これでは他人の言葉をまるまる呑んでしまうようでどうも釈然としない人もいるかもしれない。そんな人達の為に、日本ではざっくりとした統計調査からかなり細かい部分の統計調査まで色々なレイヤーで情報開示が為されている。インターネットの発達というのは本当にすごい事で、少しリンクをたどって数字を読み解けば色々な情報を瞬時に手に入れる事ができる。

 特にここはおもっしょい。『ポケット統計情報』。地味な情報が満載だ。日本に島はいくつあるか?答えは6852個とある。現在ニッポンの人口ピラミッドはこうなっている。日本の失業率は高い高いと騒がれてはいるがドイツ・フランスの半分以下だ。東京23区の人口密度をみると鳥肌がたつくらい異常に高い事も分かる。実質GDP成長率を見ると、嬉しいことに日本は堅調に推移している事もわかる。日本が長寿国だというのももはや過去の話だというのも見て取れる。

 さらにおもっしょいのは公定歩合の国際比較だ。アメリカはこの二年間で3→6とだいぶ引き締めてきているし、イギリス・ユーロ圏はそれぞれ4、1あたりで固定されている。日本に目をうつすと、ご存じの通り0.1で固定されている。このゼロ金利政策による量的緩和がいかに苦しい金融政策だったかが一目瞭然だ。先日この公定歩合がとうとう引き上げられるという事が大きなニュースとなった。ちなみにウソか本当か、それを決めた人たちは銀座で美しい着物姿の女性を相手にマスコミに言うよりも早く公定歩合引き上げを息巻いていたとかいなかったとかいう話もある。

 この金融政策という言葉は一見一般的な言葉の様に見えるかもしれないが非常に大事な意味をもっている。詳しくはこちら(http://www.findai.com/kouza/108fin.html)を参照するといいかもしれない。財政政策と金融政策の双方を理解することが経済政策を読み解く重要なカギとなる。「え、金融政策と財政政策ってどう違うの?」っていう人は、この機会に一度目を通しておいても損は無いかと思いますので是非。→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A1%E6%94%BF%E6%94%BF%E7%AD%96

 さて、以上のように経済的な視野から世の中の出来事を見てみると結構おもしろい事があったりする。おもしろいというのは別に学術的におもしろいとか投資に役立つからおもしろいとかではなく、競馬やマージャンと同じである程度の筋は通っているが結果としてこういう風になりましたよ、というのを見て納得ができるかできないかというレベルのおもしろさ、だ。

 先日母と電話する機会があった。母はなんと為替取引でこの一年で70万以上の利益を出していた(!)。どうりで20万のイスを衝動買いしたとか5000円もするうさんくさい?携帯の電磁波をカットするシールを買ったとか景気の良い事を言っていた訳だ。もちろん母に専門的な知識などは何もない。M1とかM2とかからマネーサプライを読み解いて国内消費の行方を推測するなど発想すらも無いだろう。しかし母は大きな利益を得た。ここで僕に出来ることは下手なアドバイスや素人短観ではなく、なぜ母が円をドルに替えてまた円に戻すだけでここまでの利益を出したのか、その理由をいくつか考えるだけにすぎない。

 そんなこと何の役にも立たない。けど、おもっしょい。

 折しも日経社員によるインサイダー取引がつい先日に明るみになった(その後の追求は一切聞かないなー笑)。投資ブームの中で証券会社に口座を開設した多くの人にとってはなんともやりきれない事件だったろう(なにせ彼らの取引で失われたカネが毎朝読んでいるバイブルを作っている社員のポケットに入っていたのだから)が、 電車の中で日本経済新聞を折り曲げて読んでいる人の中にも、母の見事な錬金術を見ていぶかしむ僕の様にほくそ笑みながら経済を楽しんでいる余裕がある人が多くいて欲しい。

 おもっしょい こともなき世を おもっしょく。

2006-08-02 小さな正義たち

 もが自分の行動に一定の規範を敷いていると思う。僕も敷いている。僕が思う行動規範とは、イメージとしては誰かが何かの行動に出ようとしたときに、頭の中でふと自分のもう一つの意思が囁くルールという感じだ。日々刻々と変わっていくし、突然変わる事もある。

 僕は昔から他人には親切にしなさい、迷惑をかけないようにしなさいと親に叩き込まれてきたので幼い頃から中学校に入るまでこの親から教えてもらった行動規範に非常に忠実に行動していた。机にすわっていて、二つくらいとなりの席でだれかがえんぴつや筆箱を落としたらすぐにいって拾ってあげたりするのは僕の中では鉄則だったし、男子も女子も絶対に呼び捨てにする事は無かった。勉強も、決められた時間に決められた分だけこなすことは義務だったし、その事を疑いようも無かった。

 が、中学校に入ったあたりからだんだんと自我が目覚めてくる。かなり荒れていた中学校だったので一年も経たない内に僕もそれにすっかり染まってしまった。小学校のころ培った行動規範なんてのは殆ど「メモ帳で開く→上書き保存」されていった。が、それはそれで仕方のないことだった。というのも、そうしないとあの学校では生き残っていけなかった。もっというと、まるで動物園のサル山のように、もしくは昔のアニメの世紀末のようにイジメや暴力が横行しており、それらは常に活発に矛先を探している状態だったからだ。どのくらい横行していたかというと、登校拒否者が最も多い時で7人居た。それくらいサバイバルなクラスだった。

 今考えるとひどい話だが、僕のクラスでは給食のときかならず学年団長、教頭レベルの人が2人くらい教室にきて給食を食べていた。そうしないと担任と生徒で取っ組み合いが始まるからである。運の悪い事に担任は23歳の新卒の女性教師だった。彼女はよく生徒と取っ組み合いをして、服を引っ張られ破かれたりしていた。ある生徒が、給食中にその担任の背中に(襟を引っ張り、首の後ろから)口にいれたパンを吐き出した事もあった。みかんが出された日には、窓ガラスという窓ガラスにクラスの悪ガキグループがみかんを投げつけ、潰れて広がるのを見て笑っていた。昼休みに担任が一人でその窓を拭いていたのを見たのを覚えている。

 彼女は本当に限界にきていたのだろう、数学の教師だったが数学の時間中に突然涙を流して泣き出し、うずくまって動けなくなった事があった。みんなはきょとんとしてそれを見ていたが、しばらくして教室を出て行き、戻ってきた頃にはいつも通りの表情に戻り、普通に授業が再開された。彼女は強い女性で、何も分からないながらも決して担任を放棄したりはしなかった。そこで成績もよく(幸運なことにまじめにすごした小学校時代のお陰で勉強は苦では無かった)、悪ガキグループとも仲が良かった僕に、よくグループのやつらや人間関係について尋ねてきて、どうやったらガキどもがおとなしくなるかアイデアを絞っている様だった。

 ともかくしてバカガキの仲間入りを果たした僕も、成長・進学してたくさん本をよんだりいろんな人と出会ったりする内に行動規範も修正されてくる。高校の頃は、厳しい部活で頑張ったのが行動規範を修正するのに役に立った。勝つためにはチームがまとまらなければならないし、キャプテンだったから自分の責任を果たさなければならない。後輩にはどんなに言っても口だけではナメられるので、行動とかプレーで示すしかチームをまとめる方法はなかった。行動とは規律を自ら守ること、プレーとは自らのプレーでチームを勝利に導く事だった。

 今の僕は、社会人としてまあまあの行動規範にそって行動しているんじゃないかなと思う事もたまーーーにある。例えばそれは電車の中だったり、駅を歩いているときだったりする。電車を待つのに並んでいるとき、電車が止まるか止まらないかのうちにドアの脇に立つために、平気で割り込んでくる人がいる。人が電車から降りてくるのを意に介さずに乗り込んで我先と席を探す人がいる。混んでいるのに優先席で漫画雑誌を広げる大学生、サラリーマンがいる。そういう人達を横目に、自分なりの規範で行動するのを徹底できていると我ながら満足感に浸れる。

 逆にいうと、なぜみんな少しのルールが守れないのだろう?とすごく不思議に考えてしまう事もある。前に、電車で立っていると駅に停車した際妊婦さんが乗ってきた事があった。つり革につかまって立っているが、一目で妊婦さんと分かるいでたちだった。しかし、目の前に座席に座っているサラリーマンはそれを見たはずなのに新聞を広げて席に座ったまま読み耽っている。どうしようか考えていると、端っこの席のおじいさんが立ちあがりその妊婦さんに声をかけ、席を譲った。このサラリーマンは、別にどこか身体が悪い訳でもなさそうで、東京駅でスタスタと歩いて降りていった。もちろん座席を譲ってくださいというのはルールとして強制されているわけではないが、彼の行動規範にはそのような思いやりの意思は無かったようだ。

 僕の頭の中で規範が語りかけてくるとき、親の顔や祖父母の顔、教師や尊敬する人、友人たちの顔が思い浮かんでくる。そうすると彼らに見られているような気がして、自らの規範にのっとって行動するしかなくなる。そうでないとすっきりしない。そういうシーンは一日のうちにたくさんあって、いちいち意識するのがうとましくなる事もあるがそれらを守る事はすごく大切な事だと思うので僕なりにそういう自己規範に従っているという事に自信を持っている。

 以上個人的な備忘録でした。にしても我ながら小さな正義だ。

2006-08-01 思い出に残るサイト 

 は今こうやってブログを書いているが、昔こういうのはテキストサイトという名前で結構はやった事があった。色々とおもしろいテキストサイトが現れては消えを繰り返したが、その中でも珠玉のサイトを思い出してみた。

侍魂

 このサイトがなければ日本のインターネット史は今とは違っていたであろうというすさまじい影響力を持っていたサイト。僕が最初にみたのは18歳の時だったのでもう6年前(!)にもなる。その頃すでにかなりの人気だった。「先行者」というのを最近の人はあまり知らないかもしれないが3,4年前にインターネットをしている人はおそらく半分以上は知っていただろう。今は更新も停止してしまい、管理人の「健」氏も家の仕事を頑張っているのだろうか。あまりの人気ぶりに一時期はラジオに出たりいろんなサイトでひっぱりだこになったりしていた。

 最初の頃のトップページの写真は確か坂本竜馬像だった。が、どこからかその写真の著作権?的に問題があると苦情が入り急遽新しいトップページの画像を募集していた。結局採用されたのは今現在の、妙にリアルな老サムライが何故かブラジャーをかぶっている画像に落ち着いた訳だが、大変味わい深い表情をしていらっしゃって笑える。他の候補の画像もかなりおもしろかった、懐かしい。

 個人的にはサラリーマンになった後のこの人のテキストを読んでみたかった。

ムーノーローカル

 侍魂と時を同じくして人気を博していたニュース系サイト。しかし若干読者層は異なる。管理人の「rhyme」氏の独特の語り口による日々のニュース解説コーナー「どうでもいいトピックス」は今読んでも痛快だ。しかも毎日少しずつ更新されるので、アクセスするのがすごく楽しみだった。一日一万ページビューがあるというモンスターサイトだったが、惜しまれつつもグランドフィナーレを迎える事となる。更新停止の瞬間をネット上の多くの人間が固唾を呑んで見守った。「もう僕にはブラウザは必要ないや。見ても意味がないです。あとは時間までここを更新しよう。」の名文は僕もいまだに忘れられない。終了時にはスタッフロールが流され、R.I.Pという三文字と供に更新は停止された。

 終了して公開された「解題 ムーノーローカルの作り方」にはどのような方針で管理人のrhyme氏がサイトを更新していたのか、という事や終了するべくして終了したのだというrhyme氏の思考がつらつらと述べられており感動した。

 ログサイトも消えたみたいだしInternet Archiverの中からも消えたようなのでもう読めないかな…記念Tシャツほしかった。

 万人が見守った、最後の更新は下記のようなものだった。

このページにはいろいろ思い出があります。2年半以上、このページを

開かなかった日はかなり少なかったです。

みなさん。

ありがとうございました。

もうすぐです。

もうこのページはなくなってしまいます。

お祝いしましょう。

おめでとうムーノーローカル!

さようなら!

いろんな気持ちが分かりました。これは書かないでおこうと思ったんですが、

僕はピチカートファイヴの解散ライブを見たんですね。

その時、最後に小西が一人でものすごい汗をかきながらDJをして、

客席ではみんなじっと食い入るように必死でそれを見ていたんです。

あのとき、小西はこういう気分だったんだと思います。

お別れです。

さようならです。

もう時間がありません。

サーバが重いです。

もうこの文章を読めている人がいるのかどうか、 僕にはわかりません。

こんなふうに終わっていくんです。最高でした。

皆さんのおかげです。

ありがとうございます。

どうでもいいことは、どうでもいい。

わけ知り顔の若年寄にケリを入れてバネをきかせて世界を変えるよ。

素晴らしきこの世界。

真心ブラザーズって、いいこと言うね。

俺はいつでもムキになる。つまらないことでもムキになる。

どうでもいいことならなおさらムキになる。

もう僕にはブラウザは必要ないや。見ても意味がないです。

あとは時間までここを更新しよう。

素晴らしい終わりをありがとうございました。

これは僕が作った終わりですが、

本当に僕にこれを作ってくださったのは皆さんです。

ありがとうございます。

電話になんて出ねえよ。

終わるんだ。

あと何回アップできるんだろう。

ありがとう。

最後の最後に本当のことがあったよ。

いろいろわかったよ。

あと一分だ。

さようなら!さようなら!

さようなら!