ที่ร้าง (Thee rang)

2006-10-31 ラマダンの終わり

 界のどこかの国のどこかの人々は、日中何も食わないという時期があるらしい。メシも食わないし、水ものまない。厳しい人は、唾液ものみこまないという。ラマダンという時期だ。どうやらラマダンというのは時期の名前であって、断食という行為自体の名前ではないらしい。そしてラマダンは純粋な太陽暦に従っているので、少しずつずれていき、33年で一年をひとまわりする。一人のムスリムは一生に二度、同じラマダンを経験するという。この神聖な行事の間、ムスリム達は敬虔に教義に触れ歴史を思う。(以上すべてwikipediaからの受け売り)。

 そして、ラマダンが終わった。僕がそれを知ったのはマレーシアの知人からのメッセンジャーで、だったが、身近に会話ができる人間がそういう異教徒の人間だというのを実感するのは今の社会環境ではなかなかレアだったので、すこしびっくりしてしまった。僕が今、仕事をしながら日中水ものめなくなったらどうなるだろうか?当然生産性は落ちると思われる。実際、金融市場でもラマダン時期はオイルマネーの動きが滞るので相場は静かに推移して、ラマダンが終わってから動きが激しくなるという現象がみられるらしい。おそるべし。

 僕はその間、惰眠をむさぼり、満員電車に揺られ会社に出社し、途中のコンビにで朝飯をかきこみ、1000円もする昼飯をかきこみ、同じくらいする晩飯をかきこみ、PSPに興じている。

 前から何回か書いた事があるが、時節柄僕はイスラム教に興味を持っている。一度コーランを読んでみたいと思っているのだが、今読んでいる本*1がどうもペースがあがらずになかなか次のステップに進めない。あいだあいだに文庫本をパラ読み*2するくらいしかできないので、少し読書の調子は悪いのが悩みだ。だれかこれを読んでいる人でコーランを持っている人がいたら、貸してください。(ただし日本語版希望)。やはり、異文化コミニュケーションは理解と会話だ。キリスト教、仏教、イスラム教、この世界三大宗教の中で唯一現在人口が増え続けているというイスラム教に対して理解が乏しいのはなんとなく寂しい話でもある気がする。

 皆様は、どれだけ、イスラム教の事について知っているのだろうか?僕はこのブログを読む人に対して、そのような文化について何も新しい驚きやとか価値観を提供することができない!未熟や。。。いつかコーランを読んで、色々と考えて異教徒なりに何か書けたらいいなー。

 とりえあず雑誌『NEUTRAL』の第一発目、"美しきイスラムの世界"という特集がものすごくよかったので、オススメしておきます。

*1:"The World is Flat"

*2:たまたまかばんの中に備えていたので、小宮隆太郎氏の『アメリカン・ライフ』を数回通読していたが、数十年前のアメリカの社会像は今の日本の社会像にマッチする部分が多々ある。当時、まだ日本が経済的に弱小国だった時代に筆者が目の当たりにした日本とアメリカの文化・経済の違いというのは非常な興味の対象となるし、カタログ通販の隆盛や閉鎖的経済社会の分析など読んでいて勉強になる事は多い。The World is Flatという本を読みながらかつてのFlatではないアメリカ社会についての本を読んだという事で頭の中で色々なアメリカ像が出来上がってしまった。余談だが、この文庫本は大学生協のバーゲンで50円で購入した。

2006-10-30 青木まりこ現象@世界中の美しいLibrary

 木まりこ現象いう現象をご存知だろうか?僕はインターネットをするようになってから初めて聞いた言葉なのだが、どういう現象かというと、端的に言えば書店や図書館など、たくさんの本に囲まれた場所にいくとトイレに行きたくなる現象の事だ。(原因についてはこのへんとかを参照)。

書店に長い時間いると便意を催す生理現象のこと。椎名誠氏が編集長を務める雑誌「本の雑誌」の読者投稿欄「▲窓口」にて、読者の杉並区在住の29歳会社員青木まりこさんが告白すると、多くの同経験が報告された事から、名付けられた。
はてなダイアリーのキーワード解説より

 幸いにして、僕は今割りと手軽に図書館に行く機会がある。(ものすごく小さい図書館だが、興味範囲がかぶっているので気にならない。)今日もふとした機会にふらりとその図書館に立ち寄ったが、一瞬にしてこの青木まりこ現象に襲われたのでおもろかった。ので、さっさと目的の本を借りて帰ってきた。

 僕にとって、図書館はおもろすぎる場所だった。僕は図書館で勉強をする人達が信じられない。なんであんなおもしろい場所にいって黙々と勉強を続ける事ができるんだろうか??昔、何回か友人と図書館に勉強しに行った事などもあったが、だいたい僕は勉強を始めてしばらくして飲み物を飲みにいったりトイレに席を立つとき、かえるときは本をいくつか抱えて帰ってきて勉強する友人を尻目に色々な本をめくって夢中になっていた。

 図書館には、普段お目にかかれないような豪華な紙質に美しくプリントされた写真やイラストが満載のゼイタク本がたくさんある。見たこともない写真がずらーっと並んでいて、いつまで見ていても飽きる気がしない。僕の図書館へ言ったときのお決まりコースは、まず席についてその席付近のおもろそうな本を探して、なければとりあえずこのミステリーがすごい!をとってきてパラパラとめくってから分厚い写真や資料集が並んだコーナーに向かっていろんな本をとってきて眺める、というもの。実家の近くに香川県立図書館があったので、昔から割合自然に本に親しむ事ができたのは本当に幸運だったと思っている。

 社会人になって、大きな図書館に行く機会が減った。

 ニュースを見ていると、都心では小説喫茶?やら執筆喫茶?やらが人気だというようなエントリーがあった。お手軽に図書館体験が出来るのだろうか、コーヒーでも飲みながら小説を読み流すというのは確かに洒落ている気がする。しかし、同時に大人になれば自然と図書館から足が離れてしまうという事の裏返しにも見える。本に親しむためには非常にいい試みだと思うのだが、よっぽど意識して行こうと決めないと多くの未知の図書に囲まれる機会がないというのは少し寂しい事だ。

 さて、図書館といえば壮大にならぶ本の姿が印象的なのだが、世界は広いもので信じられないくらい美しい図書館というものが存在する。そういうのを特集したWEBを以前見たのだが、URLを失念したので残念。見つけ次第リンクしてご紹介したいと思う。とりあえずFlickrの写真を、"Beautiful Labraries"で検索した結果を。→http://www.flickr.com/search/?w=all&q=beautiful++libraries&m=text

 ソルトレークシティの図書館、すごすぎる!他にもすごいきれいなのがあるので、適当にリンク。Flickrのリンクポリシーがよく分からないので、ただ写真を抜き出してくるのも悪いので写真をクリックすると、とりあえずそのAuthorのphotoに飛ぶようにしてあります。

 

北京の図書館らしい。やはりその国を代表する図書館というのはその国の建築様式(見た目だけでも)に従っているほうが美しい。その国の書物はつまりその国民の知識・歴史・文化の集積のアイコンであって、たとえばもしも日本文学だけを全て集めた日本文学図書館というのがあれば、その建築様式がヨーロッパ形式というのはなんともしまらない話だろうなあ笑。


"Another shot of the beautiful Library which I think is the most beautiful in the world. "と紹介されているのに恥じないほど美しい図書館だ。っつーか昼間の姿をみたい。


見た目だけで疲れそうになるくらい広い!これは完全に一日入り浸ってもまわりきれないんだろうなあ…。アメリカのスケールのでかさを感じる。中庭にパラソルがあったりしてまったりできそう。


なんともいえない不思議な空気が漂っている。"stunning,nothing but stunning."とコメントがあるがその通りやろうと思う。こういうところで読書をするとなるとついつい身の丈に合わない高尚な本を手に取ってしまいそうな気がする。


コインブラ大学というポルトガルの名門大学らしい。
名門の空気と伝統がこちらまで薫ってくるようだ。


 つーかflickrってすごいなあ、、、僕としてはyoutubeよりはるかに衝撃的だ。壁紙に堪えうるサイズの写真もたくさんあるし、回線速度とかサーバの能力さえ快適ならば(まあ今でもマシな方だと思うけども)いつまでもFlickr内をうろうろしてしまいそう、、、笑

2006-10-29 プレイステーション3

 プレイしてしまった。秋葉原の新しくできたビルの中二階?の吹き抜け部分で、何台もPS3がならべられ、迫力の大画面の液晶モニタでたくさんのゲームが動いていた。僕は『みんなのゴルフ5』というゲームを遊んだが、どうやら東京ゲームショウ用のシナリオらしく、3ホール回って終わってしまった。2バーディ。しかし、画面の中のあらゆる物体がリアルに映し出されていて感動した。ゴルフコース、周囲の風景はもちろん木々の一本一本や動植物の動きにまでこだわりがあるようで、素晴らしかった。横では、グランツーリスモの新作やらバーチャファイターの新作やらがゴリゴリ動いていて、テンションがあがりっぱなしだった。もう夕方過ぎで人も居なかったので割と自由に遊べる感じだったのだが、上野公園や動物園に行った後でかなり疲れていたのであまりやらずに帰ってきた。

 プレイステーション3は、発表当初値段が7万円を超えるような金額で、すさまじい非難を浴びた。折りしもニンテンドーDSが大流行した時期と重なったこと、ニンテンドーの次世代マシン『Wii』への期待の高まりもプレイステーション3の逆風となった。が、僕がプレーした感じやはりソニーのブランド、プレイステーションのブランド力というのは簡単に地に落ちるようなものではない。しっかりとしたゲームが出来上がってきていたし、やはりパンチ力のあるソフトはPS3で準備されているようだ。結局値段も最終的には5万円ほどに収まったようだ。

 さらに、性能的にもプレステ3は半端な能力ではない。搭載されているCellプロセッサは開発元のIBMのプロセッサの中でもPOWER6に次ぐ最新チップで、サーバーとしてCellが搭載されたマシンはようやくアメリカで発表されたばかりである。日本では、日本IBMによるCell搭載サーバーというのはいまだに発表すらされていない。このようなCPUが乗っているマシンが5万円ほどで手に入るというのは、たとえるならばソニーの最新のVAIOをはるかに上回る性能のコンピュータを5万円で手に入れるという事に似ている。 用途としてもゲーム機だけではなく様々な事に対応するだろうし、それこそブラウジングやメールなども出来てしまうのかもしれない。僕はPSPを、(980円で買えるというキャンペーンに乗っかったとはいえ)買ってしまった。まさかPS3には手は出さないだろうと思うが、まさかここまでのクオリティだとは考えていなかったので衝撃を受けてしまった。発売は年末あたりになるだろうが、色々とおもしろいソフトも出てくるようならばまずは友人の家の大画面プラズマTVで存分に楽しませてもらってから僕も購入を検討するようなことになるかもしれない。

 まったく、かつて『リッジレーサー』や『グランツーリスモ』のスピード感とコースのリアルさ、景色の美しさに感動し『バイオハザード』のリアルな恐怖感に沸いた僕らのゲーム時代からすればちょっとした隔世の感といったところだ。

2006-10-28 京都へ!

 に京都に遊びに行くわけではない。京都の思い出。

 僕は大学生時代兵庫県に住んでいたので、一時間足らずで京都まで行けるのでよく遊びや買い物に行っていた。そのうちのパターンをいくつか。

・大学の授業を朝からさぼって、起きてからすぐ阪急に乗って、西宮北口→十三→京都烏丸と移動。とりあえず烏丸でおりてみたものの何をして良いか分からず、とりあえず歩いて清水寺に向かうも意外としんどくて焦る。んで、とりあえず清水寺まで登ってすがすがしい思いで四条に戻る。古本屋がたくさんあったので嬉しくなって入り浸り、店のおばちゃんと色々四方山話に花を咲かせて、独りで町をうろうろして見つけたうまそうな定食屋で飯を食い、夜の四条を散策して帰宅。

清水寺より見下ろす



・東京からツレが来るという事で、レンタカーを借りて名阪を爆走して京都第一インターで降りる。そのまま京都駅付近に車をとめ歩いて五重塔を見に行き、地図をかって勢いで嵐山へ。道の細さにハラハラしながらようやくたどり着き、運良く見つかった駐車場に車をとめてのんびり散策。後は京都の市内をうろうろしながら見つけた西本願寺という寺に入ると、あまりにも快適すぎて長居しすぎてしまう。鳩やら人やらを眺めつつ、畳のしきつめられたものすごく広い部屋の外にある縁側?でのんびりとしすぎてしまう。西本願寺のリンク。



上の二枚は西本願寺にて*1



・バイク数台で大阪のツレを迎えに行き、そこからそのまま国道一号線を北上して京都駅にぶちあたるまでのんびりツーリング。そこから四条に向かい、鴨川沿いにバイクをとめ、石を投げて水切り遊びをする。んで、遠くのほうにあるビニール袋に一番最初に石を当てた人が勝ちとかいうゲームをしていて、川の向かい側にあるレストランから「私たちの店のガラスに石があたってはいけないのでやめてください」と直接文句を言われる。あたるわけないやんとか文句いいつつ引き上げて、清水寺を登ったり市内をぐるぐるしたりして大阪へ。途中国道1号線で渋滞でぴーぴーいうてる車をどんどん抜いていったので何台くらい抜いたのかなーと数えてみたらなんと270台以上の車を追い抜いていた。バイクは便利すぎる!


ツーリング出発前。関西にいる間に食った中で一番うまかったうどん屋

 あー、こういう天気の良い秋の休日は、スケッチブックでも片手に、西本願寺のお堂のようなとこでのんびりしたいもんだ…

*1:一枚傾いてるのはご愛嬌。写真補正できるマシンが現在offlineなもので…

2006-10-27 Flickr おためし

Flickrというサービスを使うことにした。理由は、さんざんこのブログで文句を言っている通り、僕がblogを書くために使っているはてなというサービスがあまりにも画像周りの実装がしょぼい為だ。以前僕がどこかでみたWEBLOGで、大変おもしろい試みとして、カバンにデジカメを取り付け、それを自動でFrickrに自動的にアップロードして、それをブログが自動で読みに行って更新するという物があった。つまり、そのカバンを持ち歩いていると周りの景色の様子がblogを通じて世界中に配信されるという仕組みだ。それを思い出して、僕もFlickrを使ってれば僕もそのblogの作者(多分女性だった気がする)のクリエイティビティとかのかけらでも味わえるかなーとか思ってしまったりして。

 なので、早速いくつか写真をアップロードしてみた。

 ↓最近みたWWFの広告?で、衝撃的だった作品をいくつか。






 いやー、前のエントリで書いたとおり、画像の情報量というのはすさまじい。環境保護に対して、聞き飽きた美辞麗句を100行並べられるよりも海亀が美しく水中をたゆたう姿をバックに"not save?"と問いかけられる方が、はるかに印象に残るっていうもんだ。しかし海がめと海の美しさは、写真よりももちろん生で観るほうがはるかに美しい。僕は幸運にもそういう体験がある。だから余計、文章よりもこの写真によって刺激される記憶だとか感情がハッキリしているんだろーなー。

 氷河にアイスの棒が突き刺さった画像はなんともポップだがシュールだ。こういうありえない比率のものを組み合わせて使うポスターは昔からあるが、こういうシリーズが大好きだ。

 昔、国語の時間に「木と家のある風景を書きなさい」という課題が授業中に出された事があった。たしか20分くらいもらって絵を書いた覚えがあるが、大半の人は家を書いて、その横に木を植えて書いていた。が、僕はちょっと工夫してやろうと思って、木の上に家が乗っているイメージの絵を書いて一人でほくそえんでいた。が、天才というのはいるものだ。その天才は、なんと、"エアコンの排気ファンまで精密に描かれた、長屋風の木造住宅の屋根にびしっと根が生えてそこからものすごく太い木が生え葉が生い茂っている"絵を書いて教師の度肝を抜いていた。まるで十数回も長屋風民家を観察してスケッチしてきたかのような卓越した画力を前提とし、奇抜でユーモラスな発想で彼の世界を一瞬にして築き上げてしまった。アレには、本当に衝撃を受けた。彼はその後医者の道へ進んだが、僕は才能の無駄遣いだと遭うたびに言っている気がする。彼なら、医者という肩書きはなくとも東京にでてきていくつか絵を書いているだけで、きっと有名になって大金持ちになれるだろうと僕は確信しているような天才。先祖もものすごく有名な人だったから、遺伝というのはあるんだなー。*1

 と、これからは、Flickr(フリッカー?フリックル?読み方が謎)を活用して、画像を積極的に使っていくようなブログにしよーっと。けどもちろん主目的は文章構成や読ませ方のリハビリ的BLOGなので、そこらへんはわきまえる感じで。蟹は自らの甲羅に似せて穴を掘るという先人の至言もある。

 自分で、たくさんの人に見られ鑑賞されたり感動されたりするに堪える写真を撮れる人が羨ましい。

*1:今はその天才にmixiの顔画像を書いて頂いている。感謝。

2006-10-26 トンパ文字の衝撃

 ールな文字を見つけてしまった。

 トンパ文字-wikipedia

トンパ文字(東巴もじ)とは、チベット東部や雲南省北部に住む少数民族の一つナシ族に伝わる、象形文字の一種である。1400の単字からなり、語彙は豊富である。現在世界で唯一の「生きた象形文字」とされる。

《中略》

世界の文字の中でも唯一色によって意味を変えうる文字であり、黄色はお金(金持ち)、黒は悪などの意味合いを既存の文字に色をつけて字の意味を広げていく。

《中略》

 トンパ文字一覧

 この文字は、象形文字を通り越してもはやスケッチ文字だ。しかも、いちいち表現がかわいらしい。どうやら雲南省のほうで未だに実生活で使われている文字らしい。僕が最高に気に入ったのはこの動物シリーズ。パンチが効きすぎている。(上記リンクより)

 

 どうだろう。鳥やニワトリもさることながらカエルのかわいさが半端ない。これは何がどうなってカエルなのだろうか?さらに、他の哺乳類もかなりCoolだ。なんといっても彼らのうつろな目がマヌケすぎて笑える。古くからある伝統の文字で、学術的にも風俗学的にも非常に多大な興味の対象でなるであろうこの謎に満ちたトンパ文字なのに、こんな笑いを誘うまなざしでみつめられたら脱力すること間違いない。

 尚、『トンパ文字変換』というサイトで、漢字をトンパ文字に変換できるようだ。(どこまで正確かは全く不明でもwikipediaに語彙は豊富だとあったので案外どれも正しいのかもしれない。1400ほどあると書いてあったが、日本の常用漢字がおよそ2000ほどなのでまあ6割くらいは網羅できていることになるのでお試しあれ)。僕もうれしげに本名をいれてみたら、結構かっこいい感じで笑えた。

 文字というのは本当に不思議だ。日本語やアルファベット、中国や台湾の漢字はもう見馴れたものだが、韓国のハングルやアラビア語などは字面だけ見てもさっぱり内容が検討もつかない。が、当然現地の人たちは生まれた頃からその言葉で勉強し、交流し、恋をして、子供を教育し、その言葉によって葬送される。彼の人生はその文字によって必然的にある定まったルートを生きる事が前提となる。不思議だ。以前、海外旅行において物理的な自分の世界より精神的な自分の世界のほうがずっと狭い事を実感したと書いたが、まさに言語が違えばそこはすでに僕にとって秘境だ。初めは、タイもそんな印象だった。バイクで走っていても看板がタイ語しかないところが結構あったので困った事も何回もあった。しかしこれも不思議なもので、タイ語を覚えていくにつれ割と自然に発音の推測ができるようになる。*1が、トンパ文字に至っては発音の検討すらつかない。言語学者でなく、有名なデザイナーがこの文字を日本に広めたというのも納得がいく。

 かといって用途があるわけでもなく、出オチ的な文字だったりする。が、世界のどこかにはこういうアジのある文字が行きかっている国があるという事は、この星くずの彼方、彩り豊かな地球に生まれてきた人生で、覚えておいてなんら損はない事だと断言していいように思う。

 最後におもろかった文字を二つ。

 

←「右」          「左」→

*1:しかしタイ語の発音は日本とは著しく異なるのであくまで”推測”の域をでない。カタカナで外国語の発音を想像してしまうのは非常に悪い癖なのだが、これは中学校の英語教師のせいにしたいと思う。

2006-10-25 便利につかわさせて頂いているSoftware一覧(ビジネス編)

 下の図が僕のショートカットプログラム一覧のアイコンなのだが、*1左上から順にご紹介したいと思う。

f:id:solaponz:20061025173708j:image

ちなみに、これは"Special Launch 4"という、優れた使用性とCoolでシンプルな外観を備えたランチャーソフトのスクリーンショットで、マウスを動かしてこのランチャを表示し、該当アプリケーションのアイコンをクリックするだけでアプリが起動できるという素晴らしいもの。コマンド式ランチャと供に愛用している。*2

  • ランチャの時計機能
  • Sleipnir
  • Sleipnir2
  • IE
  • Lotus NOTES
  • WebSphere
  • ?
  • Messenger Live
  • Regnessem
  • ?
  • ?
  • ?
  • ?
  • Hex
  • Non editor
  • Grep
  • Hidemaru
  • Em editor
  • Memo
  • Jpad
  • CMD
  • FFFTP
  • WNTIPCFG
  • Screen Lock
  • LhaPlas
  • Word
  • Excel
  • Power Point
  • Internet tools
  • sw10
  • WATOCHI
  • 窓の手
  • Daemon tools
  • Thinkpad 機能設定
  • ?
  • ?
  • PDF Reader
  • ?
  • 3DCC
  • Media player
  • Eagle Eye
  • Manga Miya
  • 秘書君
  • ?
  • 自作のパスワード管理アプリ
  • Mind Map
  • Idea Flag2
  • tbatta(1)
  • ポケットレコーダー
  • TN3270
  • Cygwin
  • tbatta(2)*3
  • colinux
  • UltraVNC Viewer
  • VNC
  • Putty
  • WinSCP
  • GIMP
  • WinShot
  • 赤外線デバイスマネージャ
  • P2P地震情報
  • ?
  • Google Desktop Enterprise
  • Negies
  • リサイズ超簡単!
  • サウンドとオーディオプロパティ
  • ?
  • DesktopCam
  • AVIutl
  • 翻訳の王様
  • WndFront
  • Paint
  • 電卓
  • Screen Keyboard
  • プログラムの追加と削除
  • 画面のプロパティ
  • ?
  • 2xExplorer
  • BlueWind
  • Winroll
  • FileRes
  • hc(Hash Calicuretor)
  • CdManipulator
  • Irvine
  • ?
  • 手前くん
  • コントロールパネル
  • JCFFont
  • ファイル名前後入替え
  • TextFileBinder
  • NT-MACRO

など。

 P2P地震情報は、PSP2で地震の情報などを発信してP2Pでの掲示板機能などを備えたおもしろいソフト。地震があったりしたら現地からの書き込みとか見る事ができておもしろい。あとは、仕事で使う系のソフトであれば便利なものは、・GREP、・テキストファイル結合、・NT-MACRO、・ファイル名前後入れ替え 等。

*1:一部諸事情により一部伏せor?有

*2:コマンド式ランチャは主にキーボードに手がある時に使いやすく、こういうGUIランチャはマウスを持っているときにアプリケーションを起動しやすい。使い分けるとめちゃくちゃ便利になる。

*3:P2Pのファイル転送ソフト。二つあるのは、バージョンの互換性がないため。

2006-10-23 Enjoy PSP TA-082 FW2.71 (including 1.50 Emulator)

SPにはファームウェアが存在して、発売以来常にアップデートを繰り返してきた。前にも書いたようにPSPというガジェットは直接USBでPCに接続できるという事もあり色々なハックが出回っているH/Wで、洋の東西を問わずソニーフリークはもとより一般的ゲーマー、PCユーザーにも人気のゲーム機だ。色々な人が素晴らしいアプリケーションを作っており、それらをPSPで自在に動かせるようになるという事がPSPがゲーム機以上の評価を得ている大きな要因だ。

 さて、当然誰かの作ったアプリケーションをPSP上で動かすとなるとPSPのファームウェアとの互換性の問題が出てくる。毎回ファームウェアが上がるごとに色々な人が努力してアプリケーションを対応させてきたのだが、ここにきてPSPの基盤が一新してしまい最近発売されたPSP本体のほとんどはこの新基盤に属するもので、これによる最も大きなダメージはオリジナルアプリケーションを動かせないという事だ。この新基盤はどうやら『TA-082』*1と呼ばれているらしい。

 が、当然ネットワークにより接続されたハッカーたちの情報伝達速度というのはすさまじいものがあり、あっというまに対策されてしまった。下記に、MEMO代わりに簡単に転載したいと思う。当然、このような記述によって発生するいかなる損害や不具合も責任をとることはありませんのであしからず。ファームウェアなどをいじったりするので、PSPが故障する可能性もありますのでご注意を。

 


  1. Get Below 2 binaries from Dark_Alex's repository.
    • Homebrew enabler for 2.71 (Revision B) with better binary loading
    • Devhook launcher port to 2.71 (now with support of 2.71 flash)
  2. Copy all files in MS ROOT directory except for "PSP" directory to MSDuo's root.
  3. Copy "PHOTO" directory from gotten file's "PSP" directory to ur PSP.
  4. Next, copy Devhook to ur PSP. First, open "MS_ROOT" and copy "dh" directory to ur MSDuo's root.
  5. Open "PSP/GAME" directory and copy only "DH_ENG" to MSDuo's root.
  6. Get 1.50 FirmWare
  7. Copy that to ur MSDuo's "/dh/150/". (Overwrite "flash0" "flash1" "reboot.bin") 8.Now start ur PSP, and select photo viewer and look "HENB" directory(U shouldn't enter that directory)
  8. If u succeed, ur PSP would reboot soon. If u fail, wait for a while. Ur PSP would end in 10 second or so.
  9. Select Devhook from MSDuo, and start that.
  10. Configure settings. Select 1.50FW.
  11. Okay, after all, u can enjoy ur 1.50FW life.
  12. Above description was written reffered to here. U can find anything u want in above from links of this web. (maybe including some files) *notice* u need to read some Japanese in the link.

*1:見分け方は、すこしUMDを入れるふたをあけて、右上にさかさまに”IC1003”とかいう文字列が見えればこの基盤に該当する、らしい。

2006-10-22 いじめという現象の体験と暴力

 くから問題視され、また最近特にいじめによる自殺者のニュースが多く、心を痛めている人が多いと思う。いじめについては色々な人がいろいろな経験をされている事だと思うので、100人いれば100の意見が出るだろう。そのうちの一つの意見として僕の考える事など。

原因

 様々なパターンがあるだろうが、大別して4つあるとする。

  1. いじめられる本人の特殊性によるもの。
  2. いじめる側の特殊性によるもの。
  3. 環境の特殊性によるもの。
  4. 以上のいずれかの組み合わせによるもの。

結果

 学童社会といえどもいじめによって、様々な状況が発生する。

  1. いじめられる本人の性格に影響を与える
  2. いじめられる本人の家庭に影響を与える
  3. 登校拒否、転校など学校に影響を与える
  4. 自殺や自傷など本人に身体的影響を与える
  5. いじめを克服する

対処

 当然このような問題には学校側や教育委員会の側からもなんらかの対処が下る。

  1. いじめを追及し原因を解決しようと試みる
  2. いじめる側を処分するか懲戒することで解決を試みる
  3. 双方の両親などと話合い解決を試みる
  4. 学童の責任者である担任などを処分する
  5. いじめの事実自体を隠蔽し問題を公にしないよう試みる


 と、大まかに考えてみた。解決策というカテゴリがないのは根本的にいじめは解決しないと僕は信じているから。ただ、当然対処療法というのは存在するもののケースによって最善の策を探るなどというのは難しく、多くの現場では生徒たちの自浄作用に期待するしかない状況になっているのが現実だろう。

 僕は、(僕も、か)中学校の三年間の間いじめの問題を常に目の前で眺めてきた。時にその矛先は僕に向けられることもあり戸惑ったが、しかし幸いな事に僕は体格も別に悪くはないし性格的にも言い返したりやりかえしたりできないタイプではないので、あまり問題にならないうちに自分の力で解決する事が出来た。具体的に言うと、僕がいじめグループにおちょくられるようになって一週間くらい経った時、掃除の時間に主メンバー二人をトイレの中でホウキで頭をしばく・ふとももの外側に膝蹴りを連続で食らわす(通称"ポンチョ")・という、ありていに言えば『暴力行為』によって解決した。別にグループで復讐されるという事もなかったし、これは決してベストではないのだろうが、しかしあの時に最も効果的な解決策の一つだったと今でも僕は考えている。それに、本当にいろいろな人に向けていじめが発生しまくっていたクラスで、たとえ主メンバーといえどトイレでしばかれたなどと分かると途端にいじめの対象にまわってしまいかねない状況だったので、そのような緊迫感も僕にとっては幸運だったようだ。

 が、誰もがそのように自分だけでいじめの対象から抜け出せるわけはなく、そこからは当事者となることはなくいくつものイジメを目の当たりにしてきた。僕のクラスは本当にひどいクラスで、一年間で6名もの児童が登校拒否になってしまった。そのうちの何人かはクラス替えにともなって復帰してきたようだったが、その後の消息をまったく聞かない児童も何人か存在する。転校したのかどうかさえ、知らない。

 こんな酷い状況をセーブできなかった僕は本当に情けない奴だったが、しかし僕もまだ子供だった。そして、担任は今の僕より年下だった(!)大卒の新人の女教師で、手に負えていないどころかガキどものいじめに遭ってうずくまって泣いてしまう様なタイプの典型的なまじめな教師だった。なので、逆にクラス全体のモラルの崩壊を助長してしまっていた。一度、彼女に頼まれてクラスのメンバー全員の名前とお互いの人間関係、力関係を表にして手渡した事があった。『こことここの二人を抑えれば、このグループはこういう風に動かせる、1,2週間でこういう風に変わるから次はこいつだけ呼び出して色々と話を聞いたら少なくとも女子と一部の男子の信頼は得られると思います』などと、当時横山光輝の三国志にハマっていたらしいイタイ助言を添えたりしていた。(その多くは僕にとって有利な勢力図にクラスをもっていくためのものだった)。いじめを問題なくかわした僕にとって、いじめられていた子達の気持ちは軽いものだったのだろう。部活もちょうど忙しくなってきた時期だった。いまだにあの頃の事を考えるともっと出来ることはあったと後悔してしまう。

 体験談だけで多くを書いてしまったので、一般的な問題に対する僕の考えはまた次の機会に述べるとして。今でも僕は、いじめは暴力によって克服することも一つの有効な手段だと考えている。なぜなら、いじめは感情や習性、本能の問題であって暴力もまたそのようなものだから、だ。醜悪でみっともなくて軽蔑さるるべき暴力だが、国家間のいざこざや警察による治安維持も暴力が最後の手段となっているのは厳然たる事実だからだ。しかしこれも最善ではない。いじめの仕返しに、相手をナイフで刺し殺してしまったという話は現実として存在する。いじめと同様に、感情に駆られた暴力は危険だが、感情に駆られないと暴力は脅威でないというジレンマもある。うーん。僕は野蛮なんだろうか?野蛮だった事は確かだ。

2006-10-21 バイクのメリット・デメリット

メリット

  • どこでもいける
  • 渋滞が関係ない
  • 車よりスピード感があって気持ち良い
  • 短距離でも気軽に使える
  • ツーリングに出かけられる
  • かっこいい
  • 2ケツできる
  • 車より事故率が低い
  • 春・夏・秋のバイク上の気持ちよさは言葉にできない
  • 峠を走っていて海が見えたときの感動:priceless

デメリット

  • これから冬なので、寒い
  • 雨の日はうっとおしい
  • こけたときのリスクが高い
  • パーツ・車体の盗難リスクがある
  • 駐輪場を探す手間&金がかかる
  • 手に入れるまでがメンドクサイ
  • 任意保険料が一年で5万弱


以上のメリデメを踏まえたうえで、…やっぱ買おーっと!


 僕がバイクに乗っていてよかったなーと一番感じた瞬間は、21歳の頃、初めていったタイで右も左も分からぬまま、バンコクで出会った旅人に名前だけ教えてもらったプーケット島にとりあえず行ってみたときに、1日150バーツ(450円)でレンタルしたバイクに乗っている時だった。手元には、いかにもタイ人的センスで書かれた適当な地図があるのみで、途中のダイバーショップでコンパスを、そしておばちゃんがやってるような店で水を2リットルほどかって籠にいれ、地形と地図とを頼りに島内を爆走していたときだ。

 熱帯雨林の森の中でゾウを見たときは感動だったし、牛も間近でみた。雨が降ると非常にすべりやすいプーケットの道路は怖い瞬間もあったが、丘をかけあがって見晴らしのいいところから眺める景色には、何者にも代えがたい程の感動を味わった。一直線に続く道路にぽつんとあったガソリンスタンドや、日本には無い形式の交差点で知らないままに信号無視をして警官に警察署に連れて行かれ適当な額の罰金を払ったのも今となってはいい思い出だ。

 土地の匂い、ほこりのにおい、木々のにおい、生き物のにおい、これらはバイクにのって直接空気に触れ合っていないとなかなか伝わってきにくい。水着のままタイの南国の島をバイクで失踪しているという実感を味わいながら、美しいビーチを見るなりすぐに飛び込んで泳いだり浮かんだりして、飽きたらまたバイクにまたがって次の場所を探しにいく。途中、フルーツなどをほおばってしばし休息をはさみつつ、僕はバイクによって異国を味わう事を知った。

 次の目標はシルクロードorルート66。どっちもサラリーマンしながらじゃ無理やな。。。。

 

 

2006-10-19 PSP has come

 SPは今家にある。これは思ったより優れたgadgetで、色々なことができる。以前の日記にも書いたことがあるが、PDFも読めるしテキストファイルも読める*1。そして無線lanが内臓されているのでインターネットでのブラウジングが容易にできる。表示も美しく、何をするにも大画面の美しい液晶モニタが素晴らしい性能を発揮してくれる。

 僕は2GBのフラッシュメモリ(メモリースティックデュオ)を一万円足らずで買ったので、つまり2GBぶん音楽を詰め込んで持ち歩くことができる。映像もしかり。僕のPCにはTVキャプチャボードがささっているので、例えば見たい番組をPCで録画予約して、それをエンコードしてPSPに詰め込んで翌朝の出勤時に電車の中で観るという使い方だとか、英会話やドイツ語会話のNHK番組を書店で買ってきて、それをエンコードしてつめこんで通勤電車や移動時間に見る、だとか、使い方は様々だ。圧縮形式にもよるが、おそらく2GBもあれば30分番組なら10本近くは入るだろう。iPODにも動画再生に対応したものは出ているが、しかし画面が小さく文字などをよもうとすると少し読みにくい。その点PSPは、液晶がものすごくキレイなのでTV番組の視聴にも充分耐えうる。

 さらに、通勤PSPとかいうソフトを使えば簡単にネット上の情報を自動収集し、それをPSPにダウンロードしてオフラインで閲覧できたりもするようだ。ネット上の情報とは様々なニュースサイトやweblog、さらには青空文庫の書籍までもが含まれるというから驚きだ。

 一時期、ニンテンドーDSとPSPはライバルだといわれた。しかし、ニンテンドーDSは売れに売れ、PSPは爆発的ヒットとは行かなかった。発売当初はこの構図が間逆だったのを考えるとおもしろいが、しかし僕が考えるにこの二つはまったくちがうハードウェアだ。ニンテンドーDSは、実に任天堂らしい、バーチャルボーイを考え出した故・横井軍平氏らしいゲーム機だ。まさに任天堂のDNAの結晶といってもいいと思う。ニ画面、タッチパネル、は新たな携帯ゲーム機のおもしろさと可能性を開拓し、そして評価された。PSPはいわば携帯ゲーム機の王道を行く製品で、ipodよりも先にITの先端を楽しむ人たちのニーズをとらえていたと思う。そもそもゲーム機を直接USBでPCにつなげることができるという時点で、いろいろなハックが出回るだろうなあというのは想像が出来たことだし、実際それでワクワクした人が何人いたことだろうか。ゲームの楽しさを追求したニンテンドーDS、ゲームの美しさや機能性、そしてハードウェアの拡張性を前面に押し出したPSP、単純に比べられる両者ではない。

 家でじっくりPS2をやるような機会が減った今だからこそ、こういう小回りの利くゲーム機を活用していきたいなー。2006年冬はPSPの冬や。持っててよかったPSP!

*1:しかし音楽をききながらPDF形式の楽譜を読むというのは残念ながらできないようだ。アプリケーションを動かしながら音楽を流せない。

2006-10-18 お酒に呑まれる人の話

 は仕事の関係で平日は毎日JR秋葉原駅を通って家に帰っているのだが、だいたい僕が帰るような時間ともなると多くの人でごったがえしている。そして大抵毎日遭遇するのが所謂酔っ払いというヤツで、これがなかなか性質が悪い。

 昨日見た人は、列に並んでいる時から大声で何かを叫んでいた。見ると、携帯電話を手に持って何かを打っているのか、もしくはゲームをしているのか、熱心にモニタを見つめ、時折激しく携帯電話を揺さぶったりその場の床を蹴って大きな音をだしたりしていて周囲の人たちも眉をひそめていた。

 他にも、床に座り込んで堂堂と酒を飲みながら周囲の人間にわめきちらす人、大声で歌を歌う人、さまざまな迷惑な人たちがいるが彼らを見ると一様に顔が赤い。つまり酒を飲んでいる状態だ。昨日見た人などは、見てくれは完全にそこらへんの普通のサラリーマンだ。特に服が乱れているだとか、おかしな髪型をしているとかそういうわけではなく、ごくごく普通の人のように見えた。おそらく彼は普段は僕が一緒に仕事をしている人たちとなんら変わる事はなく、周囲にいる誰しもに不快感をまきちらしているそのときの彼はたまたま酒が入りすぎていただけなのだろう。目はうつろで、足元はふらついていた。迷惑なだけではなく、大変に危険な状態だった。

 酒というのは本来嗜好品であり、コミュニケーションツールである。嫌なことがあったから意識を飛ばしたいから酒を浴びるだとか、単純に楽しいから酒を浴びて酔っ払うだとかいった目的で呑む輩は、麻薬中毒者となんらかわる事はない。いや、むしろ件数でいうと法による規制を考慮してもそうやって酔っ払った人たちによる罪無き人々への凶悪犯罪行為というのは、麻薬中毒者のそれとは比べ物にならないほど多い事は事実だ。これはマリファナを合法にしようという運動の根拠にもなる例で、つまり酒は一度酔っ払ったらそのままずっと酩酊状態が持続するのでその点ではマリファナのほうが健康的にも社会的にも安全だというのがその主張だ。そのこと自体は誰にも否定されようがないだろう。

 やはり、酒を愉しむというのは少人数でじっくりと話をしながら、とか、祝い事などのしかるべき時に皆で感情を共有するため、とかそういう風なときであるべきだ。そして、大多数の場で酒をコミュニケーションツールとして使用したい場合は、あくまで酒はツールとしての役割だと忘れないようにしてコミュニケーションのほうを促進させるべきだ。僕の好きな言葉で、「酒の席での友情は酒と同じで一晩しか持たない」というものがあるが、この場合目的と手段を混同しないことが大事やんなあっていう感じの話。

2006-10-17 タイポップスの記憶

 近とあるタイポップスにはまっている。別にそのバンドが特別好きだとかそういう訳ではないのだが、ふとした機会に耳にしたメロディが頭にこびりついて離れずに、どうしてもその曲がもう一度聞きたくなってタイ人にどんな曲かを伝えるためにメロディを口ずさんだら、すぐにわかってくれて感動したという曲だ。(決して僕の歌がうまかったという訳ではなく、特徴的なフレーズだったというだけなんやけど。。。)。そして、その歌の歌詞とコードが載っているサイトを発見したので以下にご紹介。

 รักเธอทั้งหมดของหัวใจ (for my brother) -pause
 http://www.kiteronline.com/indy/displaySong.php?id=331

実際に聴くことのできる(ぁゃιぃ)サイトも存在する。

 視聴

 さらに、コチラのほうで歌詞の読み方や意味を見ることができる。是非このサイトを参考に、人生初のタイポップスにチャレンジしてみて欲しい。キーが高すぎて歌いやすいという曲ではないが、胸にしみるいい曲だ。そして曲調どおりの歌詞なのだが、このpauseというバンドは僕もよくはしらないが色々といわくのあったバンドらしい。そこらへんを今度是非つっこんで調べてみよーっと。

 ちなみに僕がこの曲を聴いたのは、タイのパタヤーというビーチ沿いのバーだった。海風に吹かれながら、バンドの生演奏をビールを傾けながらまったりと聴くタイプのバーで、僕はそこで飲み物を飲んでいたわけではなく近くのタイスキ屋で贅沢にもタイスキやらアイスクリームやらをほおばった帰りだったのだが、ふと聞こえてきたバンドの演奏に足を止めて、まさにそのとき演奏していた曲がこのรักเธอทั้งหมดของหัวใจ*1だった。当然歌詞を聴いて意味が判るというわけではなかったが、演奏の合間が突然途切れて、よく伸びた声で『รัก(rak)・・・』と、サビの部分がパタヤの夜空に響く感じが心地良く、つい聞き入ってしまった。こうやって家に帰ってこの曲をきいたりギターで弾いて歌ったりしていると、異国でリアルにmusicに触れ合ってきたという感覚がよみがえってきて、聴覚に関連付けられた記憶っていうのは案外結構なボリュームだなあ、とびっくり。

 このメロディをきいていると、あのパタヤーの夜の湿度、温度、天気、道路、味、喧騒、寂寥感、開放感、におい、疲労、高揚感、ありとあらゆる感覚がありありと蘇ってくる。またいつでもいいから遊びに来いよ、といわれているような気がしてくる。

 僕が行った九月はパタヤは波が高く、きれいな海を見にパタヤのビーチではなくサメット島という所に車を2,3時間飛ばして死ぬほど揺れるフェリーを乗り継いで遊びにいったものの、海の上ではこけそうになるジェットスキーを必死で制御する事しかできなかった。隣で、ヨーロピアンの少女がものすごいスピードで爆走していったのに追い抜かれ、大学時代RGVガンマで六甲を走り、帰りは国道二号線を爆走していた僕は悔しくて仕方がなかった。今度は波のあまりない海面を、思いっきり2ストエンジン*2吹かして疾走したいなー と思っていたことも、思い出させてくれる曲のご紹介でした。

*1:rák ter táng mòt kŏng hŭa jai:「心から愛しています」とかそういう感じの意味

*2:ジェットスキーのエンジンの構造はなんと僕が乗っていたバイクと同じ2ストロークエンジンだったりする。

2006-10-16 秋の雲

 西臨海公園に行ったのだが、ふと上を見ると素晴らしく抜けた空とひつじ雲が水平のラインでしきられたような秋の雲を見ることができた。しばらく前に雨が続いたから空はこんなにきれいなのだろうか、思わず気持ちよくてしばらく横になっていたら今度は身体を冷やしすぎて体調を崩してしまった。

 天高く、馬肥ゆる秋というように、秋は空が高い、といわれる。確かに秋に空を見上げてみると、空の高さが高いような感じがする。秋に特徴的に現れる雲も高層圏に薄く広がり太陽の光を透過するので、透明感があるように感じる。(巻積雲-wikipedia)。空気が乾燥して水蒸気が水滴となる高度が上昇するためで、また水分の少なさにより分厚い雲ができずにこのような雲ができる。(こういう知識って中学で習うけど、大人になってからその重要性が分かるなー。例えばこういう雲の生成が分からなければ「空を描く芸術家」、「天気を読む詩人」、「アウトドアを楽しむ余暇」が充実することは難しいだろーなあ。)。

 ちなみに僕は完全に混同していたが、上記ページによるとひつじ雲、いわし雲は別物らしい。どうやら、雲のできる高度の分類*1によって巻積雲は『うろこ雲』『いわし雲』『鯖雲』、高積雲は『ひつじ雲』『まだら雲』『むら雲』などと分けているようだ。下記ページにたくさん写真があるが、どれもよくとれていてキレイだ。

 ひつじ雲の写真いろいろ☆

*1:高層雲と中層雲。wikipedia- 雲形参照

2006-10-14 師走

 外とはっきりとしていない。

師走は当て字で、語源は以下の通り諸説あり、正確な語源は未詳である。

師走の主な語源説として、師匠の僧がお経をあげるために、東西を馳せる月と解釈する「師馳す(しはす)」がある。

この説は、平安末期の「色葉字類抄(いろはじるいしょう)」に、「しはす」の注として説明されている。

現代の「師走」と漢字の意味も近く、古い説であるため有力に思えるが、「師馳す」説は民間語源で、この説を元に「師走」の字が当てられたと考えられる。

その他、「年が果てる」意味の「年果つ(としはつ)」が変化したとする説。

「四季の果てる月」を意味する「四極(しはつ)」からとする説。

「一年の最後になし終える」意味の「為果つ(しはつ)」からとする説などがある。

語源由来辞典より(http://gogen-allguide.com/si/shiwasu.html

 それはともかくとしても、師走は忙しい。なぜかいろんなイベントが大挙して押し寄せてやってきて、体力や財力が試されるシーズンだ。週末ともなるとだいたい予定はいっぱいで、その一つ一つを消化していくだけで目が回ってしまって他の事に気が回らなくなってしまいがちになる。誰かからか何かしらの嬉しいお誘いにも苦い返事を出すことが多くなるシーズンだ。また、「忙しいから」を言い訳にしてたとえば毎日のランニングやトレーニングであったり、または毎日の勉強であったり、または読書週間であったり、を放棄してしまいがちな時期でもある。

 そう、師走は忙しいだけではなく何もかも失ってしまう恐れがある。そもそも忘年会という行事も色々な所で開催され、とある人は11月も半ばをすぎると週に2,3度忘年会が入ってくるという過酷な状況になる。ちなみに、忘年会+二次会で平均一回あたり8000円使うとすると、5回忘年会に出席するともなるとそれだけで40000を超えることになる。また食事代だけではなく交通費や慶弔費、通信費等々も重くのしかかってくる事が多く、多くのリーマン達は12月のボーナスに期待を込めてただただ減っていく銀行の残高をみつめるのみとなる。

 そんな師走が、もうすぐそこまで来ている。

 可能な限り年末にするべきことの準備をするべきだし、可能な限り今たまっているタスクは今のうちに消化すべきだ。今年も師走がやってくる!そういえば、マラソンランナーはスタートからゴール地点への90%の所を折り返し地点だと考えるという話を聞いた事があるが、広島の田舎でコタツにはいってちゃんちゃんこを羽織って、甘い蜜柑をかじりながら厚いお茶を飲んで、ゆっくりと年を越すという今年のゴールまで、あと2ヶ月ちょっと…

2006-10-13 必死の朝

 床。

 「・・・!!!やばっ」

 「え〜〜・・なんで!?」

 時計の針は6時10分を指している。乗るべき電車は6時15分。家を飛び出し、駅までの道のりを猛ダッシュ。途中何度も息が詰まりそうになるが必死でもがき、走りながら財布からSUICAを取り出し改札にタッチ、そこからは階段ダッシュ。降りてくる人の波に一瞬動きが鈍る。足が動かない、針金みたいだ。あと一段で階段が終わるという所に、到達する前に僕は前を向くのをやめた。電車が走りだすのが目に飛び込んできたからだ。僕は絶望し、本当にその場にうずくまることしかできなかった。

 ・・・しかし僕は慎重派なので一つ遅いやつでも充分間に合ったので良かった。

 あの、起きた瞬間に全身の血の気が引く感触はいくら味わっても慣れない。僕はこの現象は社会的責任がはじめて伴ったアルバイト体験にてよく味わったが、社会人になってから味わうそれは比較にならないほどBig Waveだ。とくに今朝のように間に合うのか間に合わないのかイマイチ分からないというのが一番必死になる。一度僕は、仕事で約束の時間から二時間後におきたことがあるが、起きた瞬間あの嫌な感触はなく、ただ苦笑してしまっただけだった。その日の朝飯は上手かったし、歯はピカピカに磨いてやった。で、堂々と、しかし誠実に誤った。

 

2006-10-12 論理的である事は悪い事かもしれない

 もいえる。その逆も、言える。少なくとも、論理的である事が正義で、論理的でない事が悪だというのは間違いだ。このあたりまえの事実に僕はしばらくの間目をつぶっていた。

 社会では論理性が求められる。社会とは個と個と個と、あとはいくつかの体制が寄り添って作り上げられたかのように見えて実は何も作り上げられていない不確定な要素に満ち満ちていて、個はひたすらじっとしているわけにもいかないからとりあえず歩を進めようとする。そのときに出来るだけ信頼できる方位磁針を持ち、なおかつできるだけ遠くまで届く明かりを持った個は他の個よりも生存確率は高まる。ロジックとか論理とかっていうのはこの方位磁針と明かりの役割を果たすもので、論理を絶対正義だと捕らえるのは自らの持つその道具を絶対的に信頼することに相当する。

 さて、強力な方位磁針と明かりを手に持った個は、自信に満ちている。あまり正確でない方位磁針とか、鼻先くらいまでしか照らせないような明かりしか持たない個にとってそれはそれだけで魅力的な存在に映る。たまたま鼻先を掠めたどこぞの個がそれを持つと分かるや否や、その個が稀少で絶対的な真理に見えてしまい、その個の後をうすぐらい明かりで照らしながらぞろぞろとついていくことになるだろう。この現象の連続の色々な次元の集合がいわゆる「社会常識」や「良識」「どうとくのじかん」「芸術」「宗教」「ホロコースト」「テロリズム」というものになる。

 彼ら大多数の個は不安である。いつなんどき目と鼻の先を行く先導個がはぐれてしまうかもわからない。なので、彼らはおぼろげながらも彼らの方位磁針の針を固定し、少しでも手を伸ばして先まで明かりで照らそうとする。こうして彼らの不安は解消される。

 そう、「フレームワークに落とし込む」という表現は勘違いしやすい表現だ。これはもっと正確にいうと「フレームワークに落とし込まれる」だ。この作業は思考の枠を規定してしまう。つまりただでさえあやふやな自らの方位磁針を針金で縛って固定し、手を伸ばしても意味がないのに周囲を明るくしようというだけの行為にすぎない。○○フレームワーク、○○メソッド、○○分析、○○系、チョイ○○、それらはすべてこのような規定された落とし込みの罠と言える。響きがよく突飛な個ほど周囲が受けるインパクトは大きく、またその周囲のインパクトに対して第三者たる個が受けるインパクトはさらに大きいものとなる。

 そういう風にさまよえる個が何週も何周もぐるぐると徘徊しながら、くっついたり離れたりしている。

 だから戦争はなくならない。だから核実験はとめられない。だから裏金は絶やせない。だから密漁はやめられない。

 大切なのは、まず不満に思うことだ。欠乏することだ。そして、他の個のことを考えうらやんだりうらんだりするべきだ。その個のいる所へいきたいと思うことだ。もしくは、その個のいないところへ行きたいと思う事だ。できれば他の個がそのように考える事も考えることだ。正確な方位磁針とか、強力な明かりとかはその後に準備したり他人のものを奪ったりしたらいい。出発点と目的地、そして経過時間を念頭において、ようやく強力な道具が活きてくる。

 そう、そこまでして振り返ればあなたの後ろにはぴったりとくっついた個がうじゃうじゃとついて来るのが見える。

2006-10-11 肌寒い朝、蒸し暑い車内

 近朝起きると肌寒さを感じるようになった。この季節になるといつも冬の訪れを感じて冬物の準備や夏物の片付けを考えて憂鬱な気分になる。しかし、夏より内向的な自分と向き合いやすい冬の訪れをどこかで楽しみにする気持ちも滲んでくる。例年、この季節の朝は窓をあけて、息を思いっきり吸い込むのが日課だった。秋は、はかなく金木犀の香りがすることがあったり、さわやかな香りがあったりしてその日一日頑張ろうという気力が心底わいてくる。そして日が経つごとに、冬の匂いが濃くなってくるのが分かると、年の瀬を思って一年を振り返る。

 はずだった。

 今年は最悪だ。秋のさわやかな空気を吸い込もうにも窓の外には車がひっきりなしに往来して、四六時中年がら年中排気ガスのにおいがするのみだ。かろうじて通勤時に人気の少ない所を通り道の端の木々に秋を感じるのもつかのま、電車に乗ってしまったら夏の蒸し暑さに襲われる。四季が全く感じられない。これは意外と苦痛だった。

 四季を感じないというのは苦痛なものらしい。日本人は海外旅行が好きだというが、一年中夏*1のThailandなどに住む人はおそらく日本人以上に海外旅行や海外在住を望んでいる。友人は、タイにいると一年が非常に長いとぼやいていた。

 まあともかく、大学の頃の経験によると、四季を肌で感じる最もいい方法の一つはバイクでツーリングに出かける事だ。だがしかし、原付を置くことでさえ大家と管理会社三つ巴で喧々諤々の上ようやく隅っこのほうにおけることになったという絶望的な駐輪事情では、バイクを買おうという意欲はあるのだがもう少しのところでブレーキがかかってしまう。しかし最近はようやく前向きにメーカーと車種を吟味する段階まできている。バイクに関するエントリを書く日がくるのもきっと近い。

 ともかく、タイトルに書いた肌寒い朝と蒸し暑い車内のギャップには辟易している。都会の排気ガスの匂いがするベランダにも辟易している。少々高い金を出すとはいえ、きれいな空気を吸い込んで肌で四季を感じるために単車を購入する贅沢くらい、誰にもとがめられないだろう。とがめないでほしい。

*1:ただし季節を三分類できるという説もある。Hot,Hotter,Hottestの三季らしい。

2006-10-10 YouTubeにはなれない『はてな』

 てな*1が重い。重すぎる。今がサラリーマンが仕事を終えて家に帰ってしばし活字に触れられる貴重なブログライティングタイムなのはわかるが、つながらんとはどういう事だろう。やっとこさつながったと思ったらスタイルシートが無視されまくっとったり編集画面に必要なボタンが出てなかったり。創業者はアメリカに支店を作り世界進出と意気軒昂だがその前に国内ユーザーの事も思い出して、まずインフラを整えてくださいよと問い詰めたい。未だにに画像アップロード制限数が3MBて。gmailとか2GBまで使える時代にそりゃないやろ。ライコスのフリーメールなら添付ファイルのサイズも無制限で2か3GBやのに。3MBて。

 確かに文字は大きなコミュニケーションツールになるが、はっきりいって写真はその比じゃない。言葉の壁など一切ない。はっきりいってアフリカの1国1国のそれぞれの1家庭が1日1回自分の部屋の写真をアップロードして日時だけ書いてブログにしてくれれば僕はその全てを毎日見たい。それくらい画像というのは有無を言わさない説得力がある。(改変した画像ならそれはそれでおもしろい。)。単純にファイルサイズを見てみても分かる。画像は風景写真などであればまあ見れるかなという程度の画像は100KBほどであろうが、その容量だけ英文を書こうとすると10万字もつらつらと並べなければならない。この事実だけでも写真がどれだけの情報量を持つか分かる。

 また、今日のニュースで、Googleが大手動画配信サイトYouTubeを2000億円で買収したと発表した。二人のプログラマは、データサーバと少しのアーキテクチャを準備して、あとは世界中の数億人のユーザーがアップロードしてくれる動画を提供するだけで膨大な広告収入を手に入れて成長を続け、最終的にGOOGLEから莫大な金額を得られるまでに至った。まさにアメリカンドリームの体現者とでもいえる存在だ。かっこよすぎる。が、ここで重要なのは彼らは新しいことをしたという事だ。彼らは、動画のもつ多くの情報をより多くのユーザーに提供できるようなシステムを作り、公開した。画像だけでは伝わらない情報というのが世の中には腐るほど存在するのだ。そういう動画情報をナローバンドやあまり通信網の発達していない地域からでもアクセスしやすいようにしたというところに彼らのバリューがあり、つまりそれらは動画の持つ情報伝達力、動画によって得られる感動体験などなどに裏打ちされている。

 こんな風潮の世の中で、無料アカウントユーザは写真アップロードは3MBだけとか、全くナンセンスだ。わがままな僕としてはせめて300MBはないと、安心して画像をアップロードできないし、他の人が撮っているであろう素晴らしい写真達にめぐり合うことはできないだろう。それは「はてな」において表現や感動の幅を広げる可能性が少ないという事で1ユーザとしては残念だ。はてな代表の近藤氏は、アメリカンライフ満喫も結構なのだが、きれいなリビングにおいて英語ニュースで流れているであろうYouTube買収のニュースをどのように見ているだろうか。

 まあしかしそれ以前に重くてアクセスできないというのは論外だ。僕はものすごく長い文章をかいていて、プレビューしようとしたらサーバーに繋がらずエラー画面が出てしまい、1時間近くの努力が全部パアになってしまったという経験がある。悲しすぎる!今日もタイポップスについて書こうかと思っていたが挫けてしまった。。。そのタイポップスでも聞いて癒されるとしようかな。秋の夜長、液晶モニタとにらめっこだけっていうのは確かに寂しいしなー。

 やめたやめた!散った散った!お開きお開き!よいナイトライフを!

*1:今現在僕が利用しているこのblogを提供する会社のサービスの総称。このBLOGは「はてなダイアリー」というはてなのサービスを利用して書いている。

2006-10-09 現実的な核兵器

 前なにかのエントリ*1で、核兵器は世界のパワーバランスを一気に変える新たな抑止力となったと書いた事がある。核兵器の開発を切っ掛けとして世界の平和の実質的要素であるパワー・バランスの担い手は人間の手から化学の手に渡ったといえるが、パワーバランスはバランスが取れているから平和を生み出すのであってバランスのとれていない状況では現実的な脅威として平和の対極に現れる。

 僕らが考える核兵器というのは非現実的な核兵器だと考えて良い。僕が産まれてからたくさんの戦争が世界中であったが、実際に核兵器が使用された戦争というのは存在しなかったからだ。唯一日本だけが過去の戦争で核による攻撃を受け、僕の生まれ故郷である広島や長崎は阿鼻叫喚の地獄と化した。そういう意味ではおそらく世界中で最も核兵器を現実的なものとしてとらえられる国民は日本人だろうが、しかし非核三原則という大原則が厳然として存在し、まるで核・原子力といえば関係するものすべてを忌み嫌うべしという風潮の世の中で教育を受けた僕にとって、核兵器とは非現実的な兵器以外の何者でもない。

 しかしここ数日、現実的な核兵器の恐怖が鎌首をもたげてきた。そして、いよいよお隣の共和国が核を兵器として使用する実験をするに至り、一気にその全貌を表した感がある。通常のパワーバランスに組み込まれるのであれば、必然的にその核を使用したときがその国の滅ぶときという道理が成り立ち抑止力が働くわけだが、しかし国際的に孤立し様々なプレッシャーに晒された専制意欲旺盛な猜疑心溢れる支配者にその道理が通るだろうか?ほんの少し前、大量破壊兵器を保持しているという理由でとある大国に専制政治を粉砕された独裁者、独裁国家があった。後々この独裁国家に大量破壊兵器が本当にあったのかどうかが曖昧にならざるを得なくなり国民から批判の声が多くあがったその大国には、このように自ら諸手を上げて大量破壊兵器の保持と使用を宣言している国家はどのように写るのだろうか?マイケル・ムーアの次の出番はいつになるだろうか。

 もし東京で核兵器が使用されたらと考えると恐ろしい。何も、核弾頭はミサイルで飛んでくるとは限らない。船に乗ってやってくるかもしれないし、首都高の車に搭載された核爆弾が爆発するかもしれない。いずれにせよ、それが計画され実施された段階で日本は国としての機能を麻痺させてしまうだろうし、おそらく報復措置としてアメリカなどによって北朝鮮は火の海になってしまうだろうが、僕はそれを見ることはできなくなるだろう。

 いずれにせよ、核を非現実的兵器として考えてきたこれまでの日本の世論が、今後この現実的な核の脅威に対してどのようなリアクションをするのだろうか、早速日本を代表するとある大新聞社はデカデカと「核実験『成功』」などと大見出しに掲げていて苦笑するより無かったが、ここまで極端ではないにせよあれだけ核や原子力を徹底的に糾弾していた多くの団体には、ここぞとばかりに面目躍如の活躍を期待したいところだ。

 


 

OFF-TOPIC

つい最近腕時計がほしいとかいうエントリを書いたことがあるが、ギミック的にもデザイン的にもものすごくかっこいい時計を発見してしまった。時間の読み方が非常にすばらしいし、デザイン性にも優れている。URWERKというところから出ている時計で、市販もされているようなのだがメーカーサイト(ラインナップも見ることができる。いかにかっこいいか是非確かめてみてほしい)をみたところ、価格を見て愕然としてしまった。70万近い値段なので、しばらく縁はないかな、、、、でも、いつかほしい時計だ。

*1:2006年7月6日『さても不思議な抑止力

2006-10-08 Age Of Empires, and Mythology

 ーマーだった。相当ゲームが好きで、初めてスーパーファミコンを買った小学校五年生の頃の興奮は一生忘れ得ないほど大きいものだった。ソフトはロマンシング・サガ2という奴で死ぬほどはまった覚えがある。

 基本ゲーマー少年はゲーマーのまま成長するもんだと思うのだが、僕も大学にはいってPCを触るようになってからパソコンにゲームの主戦場を移した。といっても、流行のFPS(一人称視点で敵を銃でうちまくるようなゲーム)なんかは全然おもしろいと思ったことがなく、もっぱら掲題のAge of Empires|Mythologyというのにはまっていた。

 このゲームはマイクロソフト謹製でおそらく最も有名なゲームで、プレイヤーは一国の主となり、国を経済・軍事面から発展させていき、他国からの侵略を防ぎつつも時には他国への侵略者となって領地や経済を拡大させていき、最終的に全てのプレイヤーを征服するか決められた条件を満たせば勝ちという、非常に分かりやすいゲームだ。Age Of Empiresでは歩兵や騎兵、武装船、攻城兵器などを駆使していかに相手を出し抜くかというのがおもしろい。そしてAge of Mythologyでは、グラフィックがリアルで滑らかな3Dとなり、そういった兵や兵器だけでなく、神話上の神や怪物、天変地異の力を操って敵と戦うことになる。

 大学時代の1,2年間、連れと二人でこのゲームにハマってしまい明けても暮れてもひたすら対戦や協力プレイをしていたことがあった。戦いごとに相手の戦略と自分の戦略を推測し、勝因、敗因を明らかにしてそれについて研究してより戦略を磨くというようなことをひたすらやっていた。社会人になってネット環境が貧弱なのと、相手も忙しくなったという理由からあまりする機会はなくなってしまったが、久しぶりに誰かと対戦してみたいような気がする。

 僕の敬愛するMother2をプロデュースした糸井重里氏は、

ゲームのおもしろさって、ゲームの外側に山ほどつまってるはずで、
ゲームは、その宝物を掘り出すシャベルみたいなものなんです。

という名言を残している。

 ゲームを通して僕は色々なことを学んだし、幸いにして昔両親が危惧したように視力を失う事もなかった。かつてMANGAは日本の代表的な輸出品目だと書いたことがあったが、ゲームもそれに負けないくらいの日本の十八番だ。世界中で、いたる街角で日本のゲームメーカーのハードウェア、ソフトウェアを目にする。海外で日本の料理や日本の文化について何一つ語れないのは恥ずかしいことだとよく言われるが、同様にスーパーマリオやドラゴンクエストについて語れないのもイマイチパンチが効いていない。もっと言えば、ゲームはサッカーやテニス、ビリヤードとかと同じ並びで外国語の障壁を簡単に越えるコミュニケーションツールとなりうる。現に、外国人と日本人は掲題のAge Of〜シリーズでグループ間で結構交流があったりする。

 そういうふうに、ゲームもグローバルに楽しむ時代なのか。Age of Flattingな時代に、思いっきりゲームをできる少年時代をすごしたかった!!*1

*1:そしたら少しは英語とかも早くからなじめていたかもしれないので。。。笑

2006-10-07 エベレストの夢

 々の山嶺(いただき)という本がある。小説でも漫画でも出ているが、原作は夢枕獏で、漫画の作画は谷口ジローという人だ。登山家とエベレストの謎を巡る物語なのだが、これがなかなか読ませる。夢枕獏原作だけあって文章は雰囲気満点だし、作画も力強く緻密で臨場感がある。これを読んでいると、僕もすぐに登山を始めてみたくなる。自分の足で何時間もかけて山を登って、頂上についたときに来た道を振り返って空を仰ぐのはどれだけ気持ちの良い事なのだろう。

 山登りとは縁もゆかりも無いが、山登りをする人から話を聞くとその魅力は余計に伝わってくる。彼らは多くを語らないが、彼らの目は山の魅力を雄弁に語ってくれる。とても身近な趣味として、また健康維持の運動方法として登山という習慣は山ばかりの島国に住む日本人によく合うような気がする。

 しかしエベレストの頂を踏みしめる感情ってどんなもんなんだろうか?飛行機にのって下をみていた時に、アラスカの氷河の中に吸い込まれそうになる感覚におちいったことがある。飛行機はだいたい1万kmから1万3000kmを飛ぶと言われているので、エベレスト山頂とは1kmほどしか変わらない。恐るべき高度感だろうな。。。。現実的に、登山用具の研究、進化が進んだ現代においても一般市民がエベレスト登頂を成し遂げるのは非常に困難と言われている。それは主に費用面の問題からで、ハンパない金がかかる。http://www.kachispo.com/k/124/より。

ルートはネパール、チベットの二通り

それぞれで異なる入山料

 エベレストの位置するヒマラヤ山脈へは、ネパール側、チベット側といった二つの入山ルートがあり、どちら側からの場合も地元当局に入山料を納める必要があります。

 ネパール側からの入山料は2002年に大幅な引き下げが行われ、通常ルートから入山の場合は一人2万5,000ドル(変更前は7万ドル)となっています。料金の変更に伴い、16歳以下のエベレスト登山の禁止、現地ガイドやポーターまでへの保険手続きの厳格化など、いくつかの登山ルール変更が行われました。なお、通常ルート以外から入山の場合は従来通り一人7万ドルの料金が課せられます。

 一方、チベット側からの入山料は、10人までの1パーティで5,000ドル(以降、一人増える毎に500ドル)と、ネパール側よりかなり安価に設定されています。しかしながら、チベット側ルートは頂上付近の岩肌で約30mの懸垂上下降が必要となる事から、高度なクライミングの技術が要求され、ネパール側より難易度が高いとも言われています。


 僕の愛するシンクパッドはエベレストの頂上でwindows2000を起動させたことがある。『エベレストに登ったThinkPad』参照。そしてニンテンドーDSもエベレストに登った事があるらしい。『Exclusive: DS Heads to Everest Peak』参照。(ただ、壊れなかったらしいが頂上で起動という訳にはいかなかったようだ。)。こちらのページで、チャレンジャーのNeal Mueller氏の鼻息の荒いコメントを見ることができる。

How'd the Nintendo DS withstand the high altitudes?

We totally had so much electronic equipment, and I'd say the Nintendo DS held up the best of any of it...

We were using a CB radio to stay in touch and that would consistently go bad... then we'd bring it back to life...

It was because of the wind and the cold, we had a Dell computer that got fried, a Polytechnic screen that went out... we had three of the four MP3 players go bad....but the Nintendo DS units keep hanging in there...

And it was the Nintendo DS units that suffered the worst of it - they were constantly with us in our tents which were moist and cold... the were right there in our packs so they suffered a lot of wind blasts, they were dropped...

And the Sherpas would beat the (heck) out of them - they'd play with them in the kitchen where curry would get split on them, all these incredibly hot spices... and they kept on performing...

Believe me, if they went through the stuff that they went through (making the way up to Everest), I can guarantee a five-year-old can spill jelly on them and they'll still survive... (vs. PSP)

And we played a lot of Madden... Chris was often the winner of those battles...


 参考:以下のページにて、ヒマラヤの美しい山々を見ることができる。30年以上前の写真もたくさんある。

ドン加藤の世界(http://members.shaw.ca/donkato/index.htm

2006-10-06 Jaren Goh Designグッズが欲しい子

 Jaren Goh DesignがCOOLすぎる。昨日のエントリでご紹介した謎携帯電話についてなんとなく見ていたら、この携帯をデザインした人(たち?)のサイトを発見した。

Jaren Goh Design
http://www.jarengoh.com/

 ここのトップにでているモバイルは、engadgetによると今年の11月ごろに発売されるというウワサのあったものらしい。http://www.zenum.chにていくつか写真を見ることができるが、大層coolだ。電話代わりにつかえるんならマジで買うかもしれない。(買えるものなら。)

 このサイトの左中央のあたりに"Portfolio"というところがあるので、それをクリックするとこのデザイン会社の作品をいくつか見ることができる。PS3のデザイン案や、液晶モニタのデザインはかっこよすぎる。さらに、バイクのデザイン案もあって迫力がありすぎる。カードスキャナもかわいい。素晴らしい。Affiliationsにもやはりオサレサイトがあげられていた。→http://www.19blossom.com/index.phpなど。

 プロダクトデザインは素晴らしい。おもしろい。こういうサイトをめぐるのは、家具屋や怪しげな雑貨屋を巡るのに似た楽しみがある。僕の使っているThinkPadもドイツの著名なプロダクトデザイナーによって生み出された。シリーズの中には、あのMOMAに飾られているモデルもある程だ。

 上にあげた謎なモバイル(Engadgetの記事はこちら)の画像をご紹介。そしてスペックも。魅力しか感じない。するならするで早く発売して欲しい。

f:id:solaponz:20060924131648j:image

ZENUM Opus Operis

  • Microsoft Windows Mobile 5.0 Pocket PC Edition
  • QWERTY Bar type
  • OMAP 750 200MHz
  • GSM900/DCS1800/PCS1900
  • Speech services with EFR/FR/AMR
  • GPRS class 10
  • Internal antenna
  • Flash Rom 128 MB
  • RAM 64 MB
  • Mini SD 1GB
  • 2 Mega-Pixel Camera – Digital Zoom
  • 2.5’’ TFT LCD display with touch panel
  • Removable rechargeable Li-Ion battery, 1,250mAh
  • Audio/Video: MIDI, MP3, WMA, WAV, AVI, ASF, WMV
  • Bluetooth SIG version 1.2 compliant
  • IEEE 802.11b/g Wi-Fi security - WEP(64bit & 128bit), WPA
  • Infrared IrDA 1.2 SIR
  • Mini-USB connector<<

2006-10-05 携帯電話がほしい子

 帯電話を探している。今のやつはもう二年以上前から使っていて正直限界が近い。ジョグダイアルがついているソニーエリクソン製のやつだが、小さくてなめらかなフォルムが気に入ってしまい、どうしても手放す気になれない。ソニーエリクソンはなんでジョグダイアルを無くしたんだろうか。これだけでもう僕はソニーエリクソンの携帯を買う理由は一切なくなった。だから僕は電池蓋を固定するツメが折れてシールで本体とくっつけるしかやりようがない、この携帯を未だに使い続けている。

 といっても他のメーカーのに移すとなるとアドレスとか番号とかがちゃんと移行されるのだろーかと気になってしょーがない。それに画像をもってきたりいちいち調べたりするという気力も湧かないほど欲しい機種がなさすぎるので、久方ぶりの機種変更はやはりしばらく先になりそうな予感だ。

 ソニー・エリクソンで、めちゃかっこいい携帯がある。engadgetかgizmodか、どっか海外系のブログで見た事があるのだがスマートなフォルムでテカった外観がクールな縦長携帯。画像を2分ほど必至で探したが見つからなかったので終了。でもいまからちょっと探してみよーっと。っつーかなんでソニエリは海外で凄いいいデザインの携帯をたくさん出している癖に日本ではしょーもないようなデザインの携帯しか出さないのだろうか。なにかと規制が厳しいのか?海外ブログでソニエリの新製品が発表されるたびに大喜びで画像に夢をふくらませまくるアホGEEK達が羨ましい。


 というわけで、見つけた。こちら。あとこことか。うーんかっこよすぎる。V570を即買いしたように、これ店頭でみたら即契約やな。かっこよすぎるのでまたもや画像を無断拝借、そしてアップロード。

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 やべっす。別に日本語とか対応してなくてもいいから欲しい。

2006-10-04 腕時計がほしい子

 時計がほしい。父親から譲り受けたSEIKOの18金時計は、ビジネスにはいいにしても実生活で遣うにはしょうしょうイカツすぎるので、普段の格好でつけられる時計を探している。何個が持ってはいたのだが、なくしたり壊したりと結構ハードに扱う僕に長期間ついてきてくれる時計はあまりない。梅田でパチモンくさい時計をだまされていくつか買って以来、あんまり時計を買ったことはなかった。

 初めて手に入れた時計は今でも覚えている。アメリカでサッカーのワールドカップが開催された年に発売された、ワールドカップ記念G-SHOCKを誕生日プレゼントとして買ってもらったのだった。僕はうれしくてうれしくて、寝るときはかならず枕元において意味もなく翌朝にタイマーをかけたりしていた。黒くてゴツいデザインが高級感があって、当時の僕にはまさに宝物だった。アメリカワールドカップのマスコット?みたいなキャラの絵もかわいくて、文字盤もきれいで当然時間も正確で非常にいい時計だった。

 だが、別れは突然やってきた。家族でサンフランシスコを旅行していた僕たちは、突然の雨にどこかの家の軒下で雨宿りをすることにした。結構ぬれたので、腕時計をいったんその家の玄関の外の鉄の柵にかけて、身体をふいた。五分ほど話をしながらタクシーを待って、そのままタクシーにのったのだがタクシーの中で、先ほどの民家に時計をおきっぱなしにしてきたことに気づいた。一緒にいた母の友人が急いでタクシー運転手に"He lost his watch there!"とかなんとか言ってくれて(覚えているのは、ちょうどlostという単語を習ったばっかりだったから。)15分ほどで雨宿りした場所に戻ったが、時計は跡形もなく消えていた。

 アメリカワールドカップ限定G-SHOCKを、こともあろうにアメリカで無くしてしまった。

 まあそれはおいておいて、最近腕時計を探している。

 実はある程度狙いは定まっているのだが、それはシチズンの「アナデジテンプ」というやつで、四角い文字盤にデジタル時計、アナログ時計、温度計がついているという非常にツボを抑えたギミックとなっている奴だ。

 しかし世の中には色々とかっこいい時計があるようで、下記ページをみると色々な腕時計がほしくなって困る。

 WATCHSMOGALLARY

 かっこいい時計がめちゃいっぱいあるけど、メールしたら買えるんかな。。。気になる。

 ロレックスのこれとかめちゃ渋い。あと、音楽を愛する僕としてはこれなんかもものすごく興味をそそられる。作曲できそうやなこれ。あとは、渋いくせにかわいすぎるこれも気になるが、どっかにぶつけてとれてまいそうで怖い。こういうのも好き。コンセプトに共感できる。

 しかしこの中で一番ほしいのは、コチラ。デザイン、機能性ともに魅力的すぎる。しかもなんか宇宙の映画?で使われたとかなんとか。かっこよすぎる。The National Watch and Clock Museumのコレクションとか書いてあるのできっと買えたりはしないんだろうが、しかし少々高くても手に入れたいほどデザインに惹かれてしまった。あまりにもかっこいいので、画像をアップロード。

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2006-10-03 謝礼2

 万ヒット目となった。この場を借りて、読んでくださっている皆様に御礼を申し上げます。決してたくさんの方々に呼んでもらっているという文章ではないが、しかし一時クーデターの話題があった事もありこの駄文が多くの人の目に触れることになったことに感謝。エニシじゃけ。

  •  「ブログに書くネタになるかな」
  •  「忙しいかったから」
  •  「誰も読んでくれてないから」
  •  「飽きちゃったから」

 っていう言葉は吐かないように、これからも備忘録&ボケ防止にMEMO程度に続けよーっと。

 コメントとかトラックバックとか、リンクとかそういうPHPの普及に始まった相互コミュニケーションという意味ではWEB2.0のアイコンとして誰もが思い浮かべるであろう、WEBLOG的な要素を一切排除したこのblogは、個人的には昔作っていたWEBを思い出して気に入っている。初めてWEBを作った夜は、興奮して一人で何度もリロードボタンを連打した。IBM Homepage builderで雑に作ったページだったけれど、自分の考えや言葉を場所をかりて全世界に公開していると思うと、色々と書くのが楽しくてたまらなかった。

 そういうのがあたりまえになってきたからこそ、いや、そういう原始的なネットワーク(WEB1.0というのか?)の概念が古びてきている今だからこそ、そして仕事で日常的にネットワークを使っているからこそ、、、そういう時代のワクワク感って大事やな。

 2万回のうちの何回かをめくってくれた人たちは、覚えているだろうか、そういうの。

2006-10-02 雨の靖国神社参拝記

 国神社に初めてに行った。東京に来て一年半だがようやく一つ東京で行くべき所に行ったなーという感じがした。(ちなみに他は築地市場、東京タワー、上野動物園、古書街など)。まず地下鉄半蔵門線九段下を降り、エスカレーターで地上に向かう。初めて間近で皇居を仰ぎ見るも、その重厚さに圧倒される。しばらくテンションが上がってしまってデジカメで御堀の周りをとりまくる。ひとしきり落ち着いた後、北の丸に向かう。田安門の迫力に圧倒されつつも門をくぐると、武道館の威容が目に入る。吉川晃司(一発で変換できないIMEは本当にマヌケだとしか思えない)のライブをやっていたらしく、多くのファンが門前に列をなしグッズを買っていた。折からの雨が次第に強くなり、傘をさしていてもぬれねずみとなってしまう状況だったので、靖国神社へと急ごうと踵を返し皇居を後にする。

 門を出て渋い石畳の小道を歩き、歩道橋を渡り靖国神社の入り口へ。広い道幅とでかい鳥居、深い緑と正面に見える神門が雰囲気満点で、日本近代史に思いを馳せる。後で祖父に見せようと、意気込んで写真を撮るもデジカメの液晶モニタには雨の中で突っ立った自分に、傘に反射したフラッシュがかぶって不気味に光るのがが見えるのみ。九段に祀られた祖父の友人に笑われはしないだろうかと祖父に申し訳ない気持ちになる。

 そしてそのまま拝殿に進み、形式に沿って参拝を済ませる。

 笑顔で拝殿まで歩んできた他の参拝客も、拝殿に上がるや神妙な面持ちになり参拝を済ませている。少し物憂げなのは雨のせいだろうか、特に連れ立って話をするでもなくもと来た道をたどっている。横には生け花がいくつか飾られており、色鮮やかなものからはかなさを感じさせる秋らしい作品まで非常に楽しませてくれた。庇があったので雨にぬれることもなく、一作品ずつよく眺めては、中学校の頃に授業で生け花を習ったがまったくセンスがなくすぐに諦めたことを思い出した。肌寒い日だったが木々の葉はまだ緑の濃く、驟雨にしと濡れた枝葉から雫が落ちるのをみてまたも一層の感慨に浸る。

 僕は振り返って拝殿の写真を一枚撮ったが、これもまたピンボケしてしまった。


 植村眞久海軍大尉は僕と同じくらいの歳で特攻隊に志願し、戦死した。
 深い哀悼の念とともに彼の残した遺書をご紹介。

素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。

私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。私の写真帳も、お前の為に家に残してあります。

素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思ってお父様が考へたのです。 私はお前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのをみとどけたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても決して悲しんではなりません。

お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれぱ、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っている様な気がするとよく申されていた。

またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。

優しくて人に可愛がられる人になって下さい。お前が大きくなって私の事を考へ始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。





昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ

追伸、

素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。

だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教へて上げます。

神風特攻隊/植村眞久より引用

上記HPより後日談

戦後二十二年

父・眞久が散華してから22年目の昭和42年3月、素子さんは父と同じ立教大学を卒業。4月22日素子さんは靖國の社に鎮まる父の御霊に自分の成長を報告し、母親や家族、友人、父の戦友達が見守るなか、文金高島田に振袖姿で日本舞踊「桜変奏曲」を奉納した。舞い終わり友達から花束を受け取った素子さんは、「お父様との約束を果たせたような気持ちで嬉しい」と言葉少なに語ったという。

2006-10-01 東京弁

 、なかなか馴染めない。僕は関西に住んでいたときは簡単に関西弁になってしまうし、広島にいるときも二日もすれば広島弁になってしまうので東京弁も一緒やろうと思っていたらレベルが違って焦った。今日は10/01で、僕が東京にきてちょうど一年と半年が経った。しかし、僕は一向に東京弁が喋れない。真顔で「ジャン」とか「チョー」という自分の姿がどうも想像できない。

 やはり、西日本と東日本にははっきりと言葉の壁が存在すると思う。海外に行った際に電車やバス、建物の中で日本語を聞くとなんとなくドキっとするように、東京の電車の中で関西弁同じようにおっ!と思ってしまう。このイントネーションはあの辺りかな、とか懐かしいなーとかしょーもない話してんなーとか。関東に住む人も同じように、関西弁を聞くとうっとおしく思ったり逆にかっこいいとかかわいいとか思ったりするらしい。(単に話し声がデカいから耳につくだけだよと言う人もいた。なるほど。)

 以前、ガキの使いかなにかのトークで松本人志が「関西弁学校を作ったら、絶対儲かる」というような事を言っていて確かにそうかもと思った記憶がある。同じ日本語なので習熟速度はめちゃくちゃ早いやろうし、関西弁を自由に使いこなせるようになると何かと便利なこともあるような気もする。外国のBARや街角で、外人と英語で談笑するのがめちゃ楽しいように、東京の人が関西で関西人と関西弁で談笑するのはきっと特別な体験になる。間違いなく。

 東京で生まれ東京で育った知り合いが、大阪で仕事をしなければならなくなった時に言葉のことをものすごく気に病んでいた。あと、怖いとか言っていた。全く好き勝手なことをいう奴やなとおかしかったが、こっちの人の関西人のおおざっぱなイメージというのは「こわい、おもろい、うざい、チャラチャラ、調子がいい」というような感じらしいのでまあ不安にもなるわな。(もちろん実際にそういう事があるわけもなく、このなかで正鵠を得ているのはおもろいという一点だけだと思う。香川県人の僕が関西にいってびびったのは、関西人のおもろさだった)。

 ともかくも、実は僕は昨年7月に二ヶ月以内に東京弁マスター宣言をしたのだが、全く達成されそうにない。もっとも一番東京で仲のよい同期がバリバリの関西弁だというのも大きな要素だが、やはり西日本でトリリンガルとなった僕にとって少々ハードルが高めの目標だったかな。。。。あと一年もすれば自然と「ちょーうざいね」とか「○○してくれない?」とか「何をやってるんだよ」とか「言ったでしょ」とか「ホントあり得ないんだけど」とかそういう言葉が口をついて出てくるようになる・・・わけないか。*1

 

*1:これは中途半端が一番よくない。下手をすると、東京出身なのに関西弁をしゃべろうとするイタイ関東人みたいになってしまう。以前一度関西に戻ったとき、つい『〜だろ!』と言ってしまい総ツッコミを頂戴して「その後の会話には必ず『だろ』をつけるルール」を策定されるなどさんざんいじられた苦い記憶がある。関東弁をマスターするなら、英語と違って短期集中学習が望ましい。