【海難記】 Wrecked on the Sea

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text by 仲 俣 暁 生 Nakamata Akio (sora tobu kikai webpage)
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2009-07-02 Thursday

[]スタジオボイス休刊に思うこと

WebDICEと、それを参照したCINRAの記事が相次いで『スタジオボイス』誌の休刊を伝えている。WebDICEのサイトは、アクセスが集中しているためか、なかなかつながらないようなので、主要部分を引用する。

創刊32年でスタジオボイス、ついに休刊!

Twitterでつぶやき情報が廻って来たので、編集部に確認の電話をしたところ、松村編集長が電話に出て、「そうなんです、次の8月6日売りで休刊となりました。編集会議はこれからなので最後の特集はまだ決めていません」とのこと。

インファス・パブリケーションズの経営的判断ということです。

詳細は以下のサイトを参照のこと。*1

http://www.webdice.jp/topics/detail/1712/

http://www.cinra.net/news/2009/07/02/210754.php

これまで何度か、この雑誌の悪口*2を書いてきたけど、べつに恨みや悪意があるわけじゃない。書き手としても読者としても、自分にとっては十年以上前から必要のない雑誌になっていただけで、いまもこの雑誌を必要としている人のことまでを貶めるつもりはない。ただ、主要な書き手の顔ぶれも私が読んでいた頃からずっと変わっていないので、若い読者はあまりいないんじゃないかと心配していた。少なくとも私が大学や専門学校で教えている学生のなかには、『スタジオボイス』を読んでいる、という者はほとんどいなかった。

編集者のはしくれとして、雑誌が「雑誌特集」や「○○年代カルチャー特集」という企画をやり始めたら終わりの始まりだと信じている。だから、ずいぶん前から自己模倣(&自己伝説化)のスパイラルに陥っていたこの雑誌にどんな存在理由があるのか、私には正直いって、よくわからなくなっていた。若い人向けの啓蒙雑誌なのか、よくもわるくも「カルチャー業界」雑誌なのか、そのどちらかだとして、それにどんな意味があるのか。もし、この手のカルチャー雑誌に存在理由があると思う人がいるなら、あると考える人が自分で新しく雑誌を作ればいいだけの話である。その意味でも、今回の休刊決定は正しいことだと思う。

ところで、すでに休刊した『Title』や『エスクァイア日本版』もそうだったし、休刊が伝えられたばかりの『スタジオボイス』もそうだし、『ブルータス』でさえそうだが、ほとんどの雑誌が「特集」主義でつくられている。カバー・ストーリーがあるのはどんな雑誌でも当然だけど、ひとつのテーマで雑誌の大半ができている雑誌なんて、「雑」誌じゃない。特集内容によって、号ごとに買われたり買われなかったりする雑誌は、雑誌のようなかたちをしているけど、もはや実質的にはムック(つまり広告入りの本)であり、定期刊行物として受け取るべき理由は、読者の側には存在しない。

中味のよしあしに関係なく(それこそ、読まなくてもいい)毎号買ってくれるような、ロイヤルティの高い読者が一定程度いないかぎり、雑誌として出し続けること(=受け取りつづけること)には意味がないわけで、そのかぎりではいま、日本に本当の雑誌がどのくらいあるのかといえば、かなり疑わしいように思う。「雑誌を買う」という習慣を身体化している(つまり、買うのをやめるだけの運動神経のない)高齢読者が多いであろう『文藝春秋』や『週刊文春』ぐらいしか、男向けの活字系雑誌は存在していないんじゃないか。

でも、だからといって、これからは紙の雑誌はまったく成り立たなくなるとか、紙の雑誌というメディアが無意味になるとは私は考えていない。発行部数が多いか少ないかにかかわらず、読者層の顔立ちがはっきりしている雑誌、定期購読者がある程度確保されている雑誌であれば、まだしもやりようはあると思う。それほどたくさん売れないなら、季刊でも年刊でもいいから、必要なペースでのんびり出せばいいだけの話である。それでは儲からない、というのは作る側の事情であって、寄稿者や読者には関係のない話だ。

極端な話、雑誌の作り方をゼロベースから考え直すためにも、『スタジオボイス』だけでなく、「カルチャー誌」なる中途半端なジャンルの雑誌は、ぜんぶ一度なくなったほうがいいんじゃないかとさえ思う。日本における「カルチャー誌」の本質は、ジャーナリズムを排除した怠惰から生まれた、ただの手抜き雑誌でしかないと私は考えているので。

とはいえ、『スタジオボイス』には若い頃から何度か原稿を書かせてもらったことがあるし(ポケットマネーから原稿料を払ってくれたM編集長のことは、とりわけ忘れがたい)、ある時代までは大事な役割を果たした雑誌だとは思うので、最低限の哀悼の意ぐらいは示したい。少なくとも佐山一郎やコリーヌ・ブレが編集していた頃の『スタジオボイス』は、いい雑誌だったと思う。せめて最終号ぐらいは意地を見せて、面白い誌面にしてほしい。『エスクァイア日本版』の最終号はスマートすぎて、ジタバタした感じがないのが物足りなかった。イヤミじゃなくて、心から期待してます。

*1:読売新聞、msn産経、時事通信の各サイトでも報じられた。各種の報道を総合すると、1)休刊理由は「広告収入の落ち込みと部数減」、2)最盛期の90年代半ばで発行部数10万部、近年は3、4万部だった。実売は2万部台か。3)最終号は「カメラ特集の予定」(時事)。本当だとしたらちょっと残念。http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009070300473

*2http://d.hatena.ne.jp/solar/20061220などを参照のこと。



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