完全なる首長竜の日

【映画化】完全なる首長竜の日 (『このミステリーがすごい! 』大賞シリーズ)

【映画化】完全なる首長竜の日 (『このミステリーがすごい! 』大賞シリーズ)

このミス大賞作品。
私こと、和淳美は漫画家をしており、数年前に自殺を図って遷移性意識障害に陥った弟の浩市が唯一の家族。そんな私が画業を行いつつ、弟の元に通ってSCインターフェイスという装置で二人を繋げることで、弟の内面意識に入り、コンタクトをとる日々を送っている、という形で始まる物語。

意識を同期させて、相手の内面世界に入りこんでコンタクトをとる装置に、岡嶋二人さんのクラインの壺を始めとした作品群を想起させられます。特に物語が中盤にさしかかると、現実の私がしている回想の中にありえないものが紛れ込むようになり、実はそのシーンは現実ではなく装置に繋がった中で見ていた夢みたいなものであったという所に落ち着いたあたりからしばしば現実の酩酊があり、段々と現実の境界が怪しくなってきます。ただ、展開としては結構見慣れた部分があり、終盤に掛けても驚きという点はそこまで強調する部分ではないかなと感じます。
また、ストーリー的にはSFミステリと呼ぶよりはSFとしてもよかったんではないのではという気も。作中で大きな要素になる問いかけについて、濁したままなげっぱな部分もありますし。

一方で、冒頭に語られる南の島での弟と過ごした思い出、そこでの生活の細部に至るまでの細かい描写、今の漫画家としての生活描写、モチーフとなる赤い旗のついた柱や首長竜の模型の取り上げ方等々が非常に上手くて、読みやすく情景が目の前に浮かぶような作品でした。その日常の中に、異物が忍び込んでくる違和感、それによって引き起こされる自分や過去に対する不安なんかがキモになる作品だと思うのでとても良かったと思います。ラストシーンの暗転と乾いた余韻も、それがある故に素晴らしかった。物語の丁寧な構成と上手い描写といった点を特に推したい作品でした。自分という存在は、果たしてどうあれば存在していると言えるのか、現実とは何か。なんてお話が好きであればお勧めです。