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眠りながら歩きたい2 

2017-12-11

ZVP 予告

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岡部淳也の手になる、ファンムービー…とはいえ、プロによる仕事なのでその仕上がりは素人作品とは格段の差。このタイトルなので、もしかして…とは思うものの、まさか本当に!という驚愕と興奮。素晴らしいですな。お姫様の山本千尋の動きは、やはりすばやく華麗、菅田俊座頭市は、勝新と比較すると体が大きすぎるので、異形の物感が増幅されていてかっこいい。

今更遅いけど、こちらの予告も貼ってみる。ここに出ている俳優さんたちが、「ZVP」にも参加してるんだな。
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2017-12-09

「星空」 感想

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監督/トム・リン

あらすじ
両親の不仲に心を痛める少女シンメイ。ある日、彼女のクラスに転校生がやってくる。スケッチブックを片手にした少年ユージエのあとをつけたシンメイは、彼が画材屋で万引きするところを目撃。思わず自分も万引きしてしまう。勝手に抱いた共犯関係は、次第に彼への好意と変化していく。

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感想
権利関係のごたごたでなかなか公開されなかった、2011年製作の台湾(=中国)映画。ノスタルジックな雰囲気が濃厚なことに加え、原作がジミー・リャオの手になる絵本ということもあり、そのテイストを盛り込んだ内容で、実に可愛らしい作品になっていた。といっても、内容的にはシリアスな側面も抱えていて、単純に可愛いわけでもない。が、最終的には過去の話として処理されるため後味は悪くない。

以下、結末にも触れています。
冒頭、主人公のシンメイ(チュー・チャオ)が駅のホームのベンチに座り、ふと顔を上げると雪が降ってくる。雪は結晶の形で描かれており、それが彼女の頬に触れると、ポタリと滴が落ちる。実は滴は彼女の涙で、構内に降る雪は幻想だったと判るオープニングからして、空想癖のある少女という描き方がされる。が、何故彼女に、そんな癖があるのか。確かに、両親の不仲という現実はまだ中学生の少女には受け入れがたい現実であり、そこからの逃避のため、というのは判る。しかしそれが、絵本のような空想世界というのはどういう理由なのか。と、よく判らないまま見ていたのだが、シンメイの親は美術商だということを、映画を見終わってから知った。また、仲の良いお祖父さんも、趣味で人形や小物を作っているのではなくてアーティストだったことも。となると、彼女の空想癖の理由が、途端に明快になる。世界の名画のジグソーパズルが出てくるのは、そういうところに理由があるし、彼女には元々、育った環境的に空想を逞しくするための素養があるのだった。ここ、映画を見ているだけではちょっとわかりにくいと思うのだが、皆、理解して見ていたのだろうか。描いてあるのに見逃していたのかもしれないな…。

足が一本未完成の、お祖父さんの作ってくれた象のおもちゃ。入院したお祖父さんに会いに行こうとすると、大きな三本足の象が現れる。教室の掲示板コンテストのために折り紙を作ると、その折り紙の動物たちが列をなして、シンメイと転校生のユージエ(リン・フイミン)の後ろからついてくる。ユージエと共に、お祖父さんのアトリエに向かう列車の中からシンメイがみる、ジグソーパズルの「星空」(ゴッホの「星月夜」ではないの?誰もあまり言ってないようだが…。あえて言うまでもなし、ということ?)が世界一杯に広がる車窓の風景。単に逃避というのではなく、心が悲しいときや、昂揚するとき、それぞれにあわせて彼女の空想は大きく広がる。それを絵本のような幻想的なタッチで映像化しているところに、原作が絵本であることを、劇映画の中でどう生かすかとちゃんと考えているところに、作り手の誠実さをみる。

一方で、台湾の学校や日常の描写にはリアルな空気がある。ユージエが生意気だと言われていじめられるのも、いじめっこのいやがらせがエスカレートするのも、学校内のあれやこれやの空気には、生々しい現実の匂いがある。特に、ユージエの父親DVによる虐待を繰り返しているという話には、陰惨な印象は免れず、母親の物憂げな表情と合わせてなんともやるせない気持ちにさせられる。にもかかわらず、シンメイに対して次第に心を開いていくユージエの、その素直な表情にも胸打たれ、劇場の片隅でぐっとこみあげるものを押し殺すのである。

あるいは、シンメイが母親に誘われて外食に行き、唐突に母に踊ろうと言われる場面も印象的。ふたりして踊ると、最初は客たちも微笑ましくみていたのに、シンメイがやめてもひとりで辛そうに踊る母親の姿に、皆がなんだかいたたまれなくなる。そんな母の姿をじっと見守るシンメイ。なんともきまずい感じ。身の置き所がない感じ。つらい。

現実の生々しさを逃げることなく描くことで、青春時代の明るい面だけに光をあてず、迷い悩む内側の暗さにより重点を置いている印象。映画自体も思いの外、夜の場面が多い。むろん、「星空」に向かっていく物語なので夜は重要にはなるだろうけれど、シンメイの家の様子や、夜の街のひんやりとした空気感(夏なのだが)など、夜と闇が抱えている静けさや孤独感がひしひしと伝わってとてもよい。しかしその夜は、暗さで心を塗りつぶしてしまうのではなく、人々と寄り添うように描かれているところが美しいのである。

後半は、シンメイとユージエがふたりでお祖父さんのアトリエへ向かう。そこでみた星空を、ユージエにも見てほしいという思いからである。このふたりの道行の場面もとてもよい。シンメイよりもユージエの方が、相手を異性として意識しているよう。過去を離そうとしないユージエに、シンメイが、いじわる、けちんぼと言って、小川にさらした素足を踏むところ、胸がキュンキュンします。教会で着替えるところもよかった。字幕ちゃんとみました?「エッチ」ですよ、「エッチ」。なんかもう涙出る。お祖父さんのアトリエがまた可愛らしいインテリアでまとめられていて、素直に住みたい、と思う。深い森の中に、沈むようにひっそり建つ姿は、絵本の中の世界のようで、本当に素晴らしい。そうそう、このやさしいお祖父さんを演じているのは、ケネス・ツァンである。「男たちの挽歌」のキンさんだが、悪役も結構多い。が、ここでは孫娘が可愛くて仕方ないという感じで、ふたりのやりとりなどとても微笑ましい。

雨に打たれたために、熱を出してしまった中でシンメイがみる夢では、ユージエも、両親もジグソーパズルのようにばらばらと崩れていくのに、お祖父さんだけが彼女をしっかりと抱きしめる。現実としてまだ目の前にある友人や両親の問題は、しっかりと受け止めることが、今の彼女にはまだ出来ない。が、その焦燥感や絶望感は、今やこの世のいないお祖父さんが抱きしめて慰めてくれるのである。現実を受け入れようとしても自分の許容力が満たないために叶わず、それがパズルの崩壊という形で現れる。が、それは現実に向かうという意思の力があるからこその崩壊であり、決して逃げではない。これはシンメイの決意であり、お祖父さんはそんな彼女を救うために現れるのだ。お祖父さんの夢は、シンメイが望んだからだけでなく、アトリエに今もいるのであろう、お祖父さんの魂自身の願いだからこそのものだった、と思うのである。

何にもまして感動的なのは、無くしてしまった「星空」のパズルのワンピースが、どこかの誰かから封筒で届けられる場面。最後のピースがぱちんとはまったとき、シンメイはやっと、現実と折り合いをつけるのだ。だからこそ、ラストシーンでの、最後のピースがはまっていないパズルをみつけたときのシンメイの衝撃。その店のどのパズルも、最後のひとつが入っていない。「星空」の一番明るい部分が最後のピースだった。届けられたピースは、一番大切なものを、あなたに贈るというメッセージだったのだ。だから送り主の心には、ずっと穴があいたまま。その穴を、ようやく埋めるときがくる。そんなラストシーン、泣かずにいられますか。このエピローグ部分は、グイ・ルンメイが出演しているのもうれしい。

音楽が、world's end girlfriendだったこともうれしかった。好きなんですよ。映画音楽としては「空気人形」があったことも大きいんだろうけれども、ここへオファーしてくれたことがうれしい。

映画のエンドクレジットに、原作と思われる絵が登場するのだが、これによると絵本と映画とでは、結末の付け方が違うようだ。原作の方が、より厳しい…というよりも、自分の足で立つ、という意味合いが強そう(部屋の前に、何故か犬が捨ててある?贈り物かな?映像だけでは判らない…)。映画は、更にその先に結末を置いた感じもする。原作と比較すると、よりハッピーエンド要素が濃いのかも。いずれにせよ、ホッとするような結末になっている。

このエピローグ部分は、確か数年後という設定だったと思うのだが、ここを現在(2011年)とするなら、物語は逆算して5年前程度。だとしたら2006年あたりになるのだろうか。シンメイは7年生だが、(物語の最後で)高校生になるのは2009年になる。両親の離婚が2007年、母親が外国へ行って再婚し子供を産んだのが2008年とするのなら、その子は2011年でちょうどあのくらいの感じになるかな。となると、あの再会と思われるラストは彼女が18歳前後のときになるが、グイ・ルンメイはだいぶ年齢高いよね…と変なことを考えてしまう。いや、無粋なことなんですけども。

2017-12-07

「グレムリン」 感想

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監督/ジョー・ダンテ

あらすじ
チャイナタウンで買ってきた謎の動物モグワイ。「光に当てない」「水をやらない」「夜中の12時過ぎに餌をやらない」という3つの約束を守らなかったことで小さな町は大パニックに。

モグワイが一切映らない予告編。しょうがないけども。
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感想
久しぶりに見た。モグワイというかギズモの顔が、かわいいときと不細工なときがあって、そこがまたキュートなのがよい。中盤からホラー映画のテイストが強くなるところは、今見ても不気味でよろしく、クリスマスの夜なのに人影が消えてしまった町の様子には、ホラー的な詩情すら湛えた感じがあってとてもよい。

基本的に、救いのない悪意に満ちた物語になっているところに、単純なファミリー映画ではないブラックな味わいがあって、その毒こそが子どもには強烈な魅力になり得るのではないかと思った。クリスマス・キャロルになりそうでならなかったり、サンタが煙突内で死んでいるというグロテスクな話があったり、「ちょっといい話」に全くかすりもしない。

個人的に衝撃の度合いが結構大きかったのは、ザック・ギャリガンの父親(ホイト・アクストン)が、最初から最後まで全くのダメな大人としか描かれないこと。そもそものきっかけとして強引にモグワイを買い、3つの決まり事も後から説明し(カメラのフラッシュでギズモを殺しかける)、発明展みたいなのに出かけて行って、町が大パニックになっていることも知らずにふらふらとし、しかも何の成果も挙げられずに落ち込みながら帰宅するという、何一つとして、大人がするべきことをしないままなのである。完全無欠の無責任である。驚いた。

加えて、主人公や周辺の人間たちの、状況を甘く考えすぎなところにもびっくりする。危機に対する感覚が鈍すぎる。こういう大雑把さで物事を捉える人たちは困る。特にザックは、テレビで「ボディスナッチャー/恐怖の街」をみているのに。クリス・コロンバスジョー・ダンテも、オタクのはずなのにこの状況に対する無関心ぶりには納得がいかない…と思いながらも、オタクがその知識を使って敵に対抗するようになるのは、この後の時代だったのかもしれないな…という気もする。ザックが漫画好きという設定も全く生かされていない。

そしてこの映画の白眉は、中盤のグレムリンたちがバーで大騒ぎするシークエンス。特殊メイクのクリス・ウェイラス獅子奮迅の活躍ぶり。フィービー・ケイツが一人でグレムリン相手に奮闘する場面だが、非常に手間のかかった撮影であったろうことが判る手作りの味わいが素晴らしい。本当に原寸大のモデルを使ってスタッフが動かしているのがありありと判るアナログさ。当時よりも、今見た方が楽しい。懐かしいというのではなくて。当時はこの表現しかなかったから、こんなもんか程度に終わっていたのだが、今やCGが普及してなんでも見せられるようになったことで、人力の良さが、CGとは違う表現として理解できるようになったのではないかな、と思う。

今回の字幕(2017.11.28.(火)BSプレミアム)は古田由紀子さんの手になるもの。ヤムヤムはそのまま残っているが、やたらウンチと表記されているのがおかしかった。あと守銭奴のディーグル夫人のところにグレムリンが現れる場面の字幕、劇場公開時は「お迎えが来た、お迎えが来た」(2回繰り返したと思うのだが)だったのだが、今回は「地獄からの迎えが来たのね」だった。笑いという点では、前者の方が面白いと思う。「(あんなものが見えるなんて地獄からの)お迎えが来た」と、省略した形にしたことで緊迫した状態が表現されると同時に、唐突な言葉使いのおかしさが前面に出て、強烈に印象に残る字幕だったのだ。場内で笑っていたのは、わたしと友人だけだったけれども。

公開されてすぐに観に行ったのか、記憶が定かではないのだが、とにかく満員だったことは覚えている。梅田東映パラスだった。中盤でホラーテイストになってくると、まさかそういう映画とは知らなかったであろう年少観客が固唾を飲んで見ているのが微笑ましかったな。懐かしい。

2017-12-05

「バトルランナー」 感想

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監督/ポール・マイケル・グレイザー

あらすじ
西暦2017年(今年だったか…)。管理体制下におかれたアメリカでは、囚人や犯罪者を逃し、ハンターが追いかけてぶち殺す「ランニングマン」というテレビ番組が大人気。ベン・リチャーズ(アーノルド・シュワルツェネッガー)は、無抵抗の民間人に向けて発砲するのを拒否したために逮捕、投獄される。でたらめの罪を着せられたベンや仲間の囚人たちは、団結して暴動を起こし脱獄するのだが…。

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感想
公開時。バイト先で面白くないことがあり、その帰りにむしゃくしゃした気持ちを抱えて観に行ったところ、意外と面白かったなという印象だった。が、今振り返ってみると、シュワルツェネッガーのキャリア的には、あまり上出来とは言えない内容だったような気もしていたのだが、きちんと再見してみると(テレビの吹き替えでカット版だが)、やっぱり「意外と面白いな」という感想になった。期待値が低いせいもあるのだが、手堅いアクション映画になっているので退屈しないのである。ヤフェット・コット―が出ていたことなんてすっかり忘れていた。監督は、ポール・マイケル・グレイザーだが、今も映画やドラマを撮っているのかどうか、俳優業はやっていないのか。

製作当時よりもずっと酷いことになっている2017年なので、ディストピアものとしては、荒唐無稽な世界観とは言えどもうすら寒さ度は格段にアップしているのが、実におっかない。しかもその世界観が結構ぺなぺなの張りぼて風なのも、現実の薄っぺらさと二重写しになっている感じがあり、ますますげんなりとさせてくれる。

何より「ランニングマン」という番組が甘すぎる。現実のリアリティテレビのありようと比べると、殺人ゲームが現実になった時には、この作品程度の追い詰め方では視聴者は満足しないだろう。徹底度が甘っちょろい。また優勝者たちの死体が、すぐそばに捨てられているのもずさん過ぎる。危機管理がなっていないところにも、適当な番組作りで視聴者を辟易とさせる現実のテレビがダブってくる。さらに政府が人民の統制に一テレビ番組の力を借りているというのもぺなぺな過ぎるというものだが、愚かな政権の愚かな政治をみていると、持ちつ持たれつのしょぼい関係にも変なリアリティを感じてしまうのだ。捏造や偏った報道など、今や世界中で嫌というほど目にする現実である。観客や視聴者の調子のよさも現実世界の人々の熱狂とダブって見えて、よくある娯楽映画でしかなかったのに、意外と核心をついているのかもな、という気もしてきた。

映画自体は、思っていた以上に低予算らしく、こじんまりとした作りだったのも再見して判った。逃げる先が荒れた土地だが、出発してから、抵抗組織のアジトまでそれほど距離があるように見えない。ごく小さな地域でのやりとりにしか見えないところにもスケールの小ささが明白である。敵も軒並みしょぼい(手作り感はある)ので、あまり激闘という感じがなく、アイディアを駆使して戦うという趣向もなく、そのあたりはシュワルツェネッガーの筋肉による肉弾戦の面白さ重視になっているが、当時はそれが求められたので仕方がない。でも、敵が結構あっさりとやられていくのは、もったいないと思うのである。

以下、ちょっと長くなるが、面白いなと思ったポイント。それは、シュワルツェネッガーとマリア・コンチータ・アロンゾの関係。脱獄して弟の部屋に上がり込んだら、そこには今、マリアが住んでいた。弟は逮捕されたらしいのだが、入室する際のコードが変わってないというのは無理がある。いや、そんなことはどうでもいいのだが、シュワとマリアは、なかなか友好的な関係にはならないところがとても面白いと思った。前半では、マリアは人質としてシュワに利用されるだけである。その後、空港で獲っ捕まる際に、シュワが周囲の人々に銃撃して死亡者が出たというでっちあげのニュースをみて、マリアは初めてシュワの言っていたことを信じ始める。セキュリティの部署に忍び込んで、シュワが逮捕されるきっかけとなった無差別殺戮のオリジナルビデオを探すまでになるのだが(この部署のセキュリティが甘すぎるのも笑う。が、慢心しているとそんなことにもなりそうである)、かといってランニングマンに強制参加させられても、シュワとマリアの仲が深まることはない。シュワはマリアに対して口が悪く、扱いも乱暴である。一方のマリアもまるでシュワに心を許していない。ただ共に逃げるという関係だけなのである。逃げる途中で心が通い合ったりしない。無事に逃げおおせて、逆襲に転じる前になって、ようやく互いを認め合うことになる。最終的にはラストは二人のキスシーンとなるのだが、喧嘩しながらも惹かれ合うという繊細な描写は一切なく、心通わせるところも恋愛感情ではなく友情のように見え、しかし突撃直前の「がんばって」「そっちもな」のやりとりだけで恋愛感情を匂わせるという、一見、非常に強引な見せ方になっている。

が、シュワが反応したのは、戦うことを決意した女性、という見せ方になっている点に注目したい。彼は、現実を直視し戦う女性こそを対等な存在として認め、そういう女性にセクシャリティを感じるということである。彼女の本気が見えたとき、初めてシュワは反応するのだ。だと思えば、二人の関係の描き方にも納得がいかなくもない。戦う意識が見えない限り、どんなに美人でもシュワの興味の対象外。守られるだけの女性や美しいだけの女性ではなく、自立した女性こそが理想、という描き方は、政治家への野望を秘めていたシュワルツェネッガーにふさわしい描写だったと言えようか。

あと気になるのは、この作品の結末。これでは、あくまでもテレビ番組が崩壊しただけのようだ。民衆の暴動が起きるわけでもないので、なんとも中途半端な幕切れのように思える。が、それとも、洗脳されて政府にいいように御されている国民は、暴動も革命も起こせない、という皮肉なのかな…。

2017-12-01

2017年12月 BS放送映画(無料)のみたいもの

わたしがみたいものをピックアップしているだけです。

BSプレミアム
01(金) ナバロンの要塞
01(金) イースター・パレード(深夜)
04(月) 壮烈第七騎兵隊
04(月) トッツィー(夜)
05(火) ワイルドバンチ
06(水) 砂漠の流れ者
07(木) 大いなる男たち
08(金) ギャンブラー
08(金) グレートレース(深夜)
11(月) グランド・マスター(夜)
15(金) カラーパープル
15(金) マルタの鷹(深夜)
23(金) 黄金(深夜)
25(月) シザーハンズ(夜)
29(金) コンタクト

25日のクリスマスの夜に「シザーハンズ」というのは、ちょっと寂しすぎないかな…。

毎回書いているが、再放送多過ぎ。ハンフリー・ボガートをやるにしても「脱出」とか「潜行者」とか「俺たちは天使じゃない」でもいいんですけど。これらの放映権料がべらぼうに高いってこともないと思うんだが。来年は期待出来るのかどうか。受信料の一部を映画の放映権料にも割いてほしいものだ。

BS日テレ
02(土) ファミリービジネス
03(日) 太陽にかける橋/ペーパー・タイガー

BS朝日
01(金) バトルランナー
02(土) 香港国際警察/NEW POLICE STORY
08(金) タワーリング・インフェルノ
09(土) オリエント急行殺人事件

相変わらず「日曜洋画劇場」的なラインナップでうれしい。しかし「オリエント急行殺人事件」はまずくないか。リメイク版が8日から公開なのに。営業妨害に近いのでは。

BS-TBS
09(土) 弾丸を噛め
22(木) 狼の挽歌

BSジャパン
13(水) ジョーズ4/復讐篇
13(水) ウォーターワールド

なにゆえ「ジョーズ4」なのか。というか「87」ではないんだね。吹替での放送だが、ラストはどちらのバージョンか?ま、爆発する方だろうが。

BSフジ
10(日) マッドマックス
17(日) マッドマックス

BSイレブン
ガールズ&パンツァー劇場版

民放各局でも放送されているが、放送枠に少しは自由が利きそうなBSであってもノーカット放送は無理なのかどうか。

BSトウエルビ
02(土) 猟奇的な彼女
04(月) 時代屋の女房
11(月) 魚影の群れ

Dlife
10(日) ベイマックス

シネフィルWOWOW
03(日) 追撃者(2014)
03(日) シャッフル(2007)
03(日) 暗闇にベルが鳴る(深夜)

東映チャンネル
03(日) 昭和残侠伝

WOWOWプライム
02(土) スター・トレック(2009)

まだ他にも追加される可能性があるので、番組表は要チェック。地上波も忘れないように。