統一原理

真理はあらゆる根本問題を解決できる内容を備えなければなりません。それが「統一原理」です。この「統一原理」は文総裁が発表しましたが、文先生のものではありません。統一教会のものでもありません。天のものであると同時に、人類が行くべき理想的な内容を展開したものです。(文鮮明先生の御言葉 1998年2月1日)

「統一原理」がどこから来たものか。
「統一原理」は誰のものなのか。
「統一原理」の目的は何なのか。
重要な観点です。
今日、著作権とか所有権というものが問題になりますが、権利というのは属性の一つであって、本質が何であるかを忘れて論じてはいけないと思います。
そもそも何のためのものであったのかを忘れてしまっては、属性の持つ意義も価値も意味を失ってしまうでしょう。
文鮮明先生が聖和(逝去)された今、統一原理は天のものであり、人類の行くべき内容であるという視点を再確認することは重要なことだと思います。
そのうえで、文鮮明先生と私の関係、統一原理と私の関係がどのようなものなのかを考えてみなければならないと思います。
例えば、文鮮明先生の御言葉、統一原理を伝える「伝道」という行為も、それを何のために行うのかという動機と目的を明確にして取り組みべきです。
個人のみならず、教会組織における伝道の取り組みも同様です。
漠然とした過去へのノスタルジーや習慣性からではなく、明確な伝道の目的と方向性を立てたうえで再出発をすべきだと考えます。




御言葉を語られる文鮮明先生