2012-01-19 記録魔術
ウメサオタダオ展が本になっていた。
記録魔ウメサオタダオの膨大なメモを陳列したこの展覧会で 「はっけんカード」(京大型カード)に感想を書くコーナーがあったのだが、そのはっけんカードがドーンと掲載されている。 展示会来場者をしてウメサオタダオを知る。周りを囲む人により故人の形が浮かび上がるところが、なんだかお葬式っぽい。
ページをめくると私の一葉も掲載されているじゃないか。「質問しといて答えまで予測しているのはこのカードだけ。あっぱれ」と評されていて、照れにやり。うまく書けなかった落書きも本になれば偉そうなエヘン顔をしていた。
実際に展覧会に行った私は、ああこんにゃく気になるよね、そんな展示もあったか、と卒業文集でも見るように共感しながら読めるけど、行ってない人にはどうなんだろう。こんなメモリアル本をよく作ったもんだと思う。ウメサオに関わるとみな何やらおかしな記録魔術にでもかかるのだろうか。鳥の鳴き声の楽譜に感化され「すげー♪」を音符化した人、メモ呪術「こざね法」を真似ると宣言する人々…。すごい影響力である。
そして記録魔術は東へ。日本科学未来館でもウメサオ展開催されているそうな。
梅棹忠夫(1920-2010):民俗学者にして情報整理学者。あちこち行くのが好きな記録魔だから民俗学者と呼ばれ、メモがたまりすぎたから情報整理をせざるを得なくなった、とみている。
2012-01-14 アコーディオン新年会
ボタンアコーディオン教室の新年会兼プチ発表会があった。
大阪のダイニングバー貸切で、食事しながら くじ引きで順々に演奏するという優雅な催しだった。酒を飲みながら生演奏がきけるなんて貴族のパーティである。
私が弾いたのは「荒城の月」。おととし11月、自分の結婚式でも弾いて惨敗した曲だ。新郎が大分出身なので滝廉太郎の曲を贈るという趣旨だったのだが、司会者がその説明を失念してしまい、めでたい席で荒れた城は宙に浮いていた。
そんな苦い過去も今回報われる。さほど間違えなかったし、酒のおかげで少し抒情的に弾けたし、酔っ払いのおじさん連合から賞賛をあびたし、新年会の場にもふさわしかったようだし。
昨年3月の発表会で佐藤雅彦メドレーと称して「アルデンテの唄」と「だんご三兄弟」を弾いてこれまた惨敗したのち、アコーディオンやアルデンテの唄を見聞きするたび赤面し、忙しさを理由に随分とご無沙汰していたが、他の方の演奏も聴いて、またたくさん弾きたくなった。
かとうかなこ先生いわく「うまい演奏だからいいというわけではない。ウチもうまい演奏はしないように気をつけています。もちろん必要な練習はするけど、自分が楽しんで、聴いている人に楽しんでもらえたらいいと思っています」。しかり。
2012-01-01 大分のお正月
今年は大分でお正月を迎えた。 年明けてすぐ三社参りに詣でて、鐘をつき甘酒をのみおみくじをひいた。去年は白山ひめ神社で末吉で、読んでいる間にも夫のズボンが燃えたりしたが、今年は大吉。「何事も繁昌して心のままになる」なんともめでたい。
それから寝正月の夫に臼杵(うすき)石仏に連れて行ってもらう。石仏だし九州だし大陸風かと思いきや、平安末期〜鎌倉にはるばる都から仏師を呼び寄せたそうで、みやこ風。でもちょっとゆるい。上から彫っていったところ途中から粘土質が登場したため急きょ短足にされた仁王とか。おおらかだ。
なぜこんな詳しいかというとボランティアガイドさんに案内してもらったからだ。元旦から働くガイドさんはさすがに熱心で「雨の日は色がよく出るんだ、ほら見て」と沢山の写真を披露してくれたり、我らのよそ見や上の空に関わらず同意を求めたり「さっき言ったよな」と試したりした(3回に1回は言っていないことも混じっている)。ありがたい半面じっくり見られなかったので、出口までガイドさんを見送ったのち踵を返してもう1周。閻魔大王もいる裁判のシーンでは傍聴席の仏たちがそろってうす笑いを浮かべているなど、表情もよかった。
変に気をつかった見仏であったが、1〜3月のサザエさんのオープニング観光に臼杵石仏も登場するらしく、なんだか幸先いいのでよしとする。
2011-12-22 ゲストハウス双六
京都のゲストハウスというと、異邦人と交流とか町家風とかそれぞれ趣向があるんだろうけれど、1泊2千円の安さで選んだそこは元男子学生寮。廊下は体重によって浮き沈みし、階段のステップはスライドし、四畳半の部屋はそこはかとなく臭い。せんべい布団には虫が這っていた。21世紀 30代半ばになってこんな昭和フォークソング暮らしをするとは…人生すごろく何コマ戻ったのやら。あたたかなストーブと窓から見える比叡山が慰めであった。
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1週間が経過しいろいろと慣れた頃、隣室のイビキ氏から「灯油いりませんか」と声をかけられた。本日発つとか。はじめに大家さんから買った灯油は寒波のなか激減していたので、ありがたく頂戴した、18Lも。イビキ氏、すごい鼾をかくだけあって豪胆である。そんなヤミ取引を経て私は石油王となりあがる。
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滞在日も残りわずかとなって私は後継者に悩んでいた。残った灯油15Lを誰にあげようか。滞在者たちはあいさつもしないし、会えば虫のように自室に隠れてしまう。
乏しい候補の中から朝洗面で会う人を選んだ。はじめは「おはよう」と言っても返答なかったのだが、そのうち「オ、ハ、イ、オ」とたどたどしく返事してくれるようになった可愛い東南アジアの女性だ。しかし石油譲渡を申し出るとNoとの回答。彼女は京大に通う夫がいて今こちらに滞在しているが今週末には移るから、とのことだった(出身地や夫の素性があいまいなのは私の英語力のためである)。
そこで台所で時々会う イツモ・カレー君にあげた。カレー君は「まじすか」とたいそう喜び、私が灯油缶を持ってよろよろとスライド階段を降りるのを無邪気に眺めていた。彼は高校生で実家が海外にあるため普段は寮にいるが部活のためゲストハウスに滞在しているそうな(日本語ながら謎だらけだ)。
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ゲストハウスらしい交流もたしなみ ようやく元のコマに戻る。あわよくば妻への感謝喚起、という策略もあったのだが、逆に私がじぶんちと火と塩のありがたみを感じることになった。それにしても京都の朝はすばらしかった。
2011-12-21 木の名前
毎日 職場の庭を散歩している。「庭に出てはいけないのでは」という社員伝説のようなものによって、ふんわり裁判にかけられたりもしたが、はんなり無罪を勝ち取ってふらふらしている。どんぐりなどの木の実が沢山なるし、あかい葉も散っていき、おもしろい。
しかし木の名前がさっぱりわからない。このプチトマトのような実はなんだろうか。六花亭の包装紙の「はまなし」に似ているけど、十勝の六花がまさか京都にねぇ。お喋り好きの庭掃きのおじさんは「つばき」と言っていたけど、いやいやそれは違うでしょ。
本屋で調べても見当がつかず悶々とする日々の果てに、無口な庭師のおじさんに聞いてみたところ、造作なく「くちなし」だと教えてくれた。
くちなし---梅雨前に蜜女のように甘ったるい匂いを放つあの花? 身ごもったのか? むせかえるくちなしの匂いのなか生霊となったのは源氏物語の六条の御息所だったか。くちなしの実は、そんな狂気すら忘却の彼方然とした あたたかな秋の実であった。
そんなこんなで庭師のおじさんに教えてもらいながら、知り合いの木をふやしている。以前は名前を調べるため採取した葉をうっかりオフィスに落としては秘密警察を出動させていたので、おじさんに感謝である。(図鑑はこれがわかりやすい)
