冤罪を生む者

昨日、テレビ朝日『ドキュメンタリ宣言』「それでも僕らはやってない  〜収監その後…新たなる闘い〜」を放送していました。以前にも同タイトルで放送した、御殿場で起きた強姦未遂事件の続報です。
ちなみに先日の日記で取り上げたものはこちら。
2009-06-03 御殿場事件


足利冤罪事件の菅家さんもそうだけど、司法の前では個人というのは巨大な鉄の門の前でたじろぐ蟻のように弱い存在だと思う。その弱者の声をマスコミが拾って拡声器のように増幅させるのはすごくいい手段だと思うんだけど、今回の放送はまだ取材が足りないというか、放送するには早かったかなと思いました。重要な取材結果が得られたから緊急に続報を放送したというよりも、視聴者の反響に応えたという感じ。もちろん、忘れ去るよりは断然いいのですが、番組欄や告知のわりには内容が薄いじゃないかとなると、徐々に視聴者が離れて行くのではないかという恐怖もあるので。なんといってもこれはドラマの中の出来事ではなく、今現在も収監されている人たちがいるという事を忘れていはいけない。


今回の放送は、
被害者少女が被害に遭ったという日に、実は第三者の男性とデートしていた事が証明されたにも関わらず、更に少女側は「被害に遭ったのはこの日じゃなくて別の日でした。」と日にちを変更して再び訴え直したのですが、その訴因変更を認めた高橋祥子元沼津地裁裁判長への直撃取材でした。ただ、その前に書面で取材依頼を申し込んでいたけれど返答がもらえず、結果直撃取材となったそうなので、元裁判長はもちろん取材に協力する気などなく、「(訴因変更を認めた理由は)秘密だから言えない」(守秘義務があるって事?)など紋切型の答えしか貰えませんでした。


今回の場合は警察、検察側も故意に事実を歪めている印象があるので検察側にも問題があると思うけど、万が一にも本当に犯人だと信じて逮捕した人間が実は無実だという事もあると思う。そうやって間違えた人を逮捕してしまった場合、最後の砦として裁判所が毅然と、かつ冷静に客観的に正否を判断してくれないと、裁判所が存在している意味が無い。


苦労知らずで視野の狭い人たちは、自分のわずかな経験を基に「加害者だって自白をした責任があるじゃないか!本当にやっていないのなら、自白などしなければいいじゃないか!」と簡単にいうけれど、菅家さんのように気が優しそうなタイプの人だけでなく、この御殿場事件で加害者扱いされている元少年達のように、強そうに見える人たちでさえ自白してしまうんだから、相当精神的にも肉体的にも追いつめられるんだと思う。


ちなみに、Wikipedia情報ですが、同じように冤罪を疑われている袴田事件のページの“拷問”の欄に

袴田容疑者への取調べは過酷をきわめ、炎天下の中、平均12時間、最長17時間にも及んだ。さらに取調べ室に便器を持ち込み、取調官の前で排泄させるなどした。
睡眠時も精神異常者のとなりの部屋にわざと配置させ、一切の安眠もさせなかった。そして勾留期限がせまってくると取調べは過酷をさらにきわめ、朝、昼、深夜問わず、2、3人がかりで棍棒で殴る蹴るの取調べになっていき、袴田容疑者は勾留期限3日前に自供した。wikipedia袴田事件より

とあります。ちなみに、先日ドラマで放送され、高視聴率を記録した平塚八兵衛氏も拷問のような尋問をする事で有名な人でした。


そんなふうに警察が証拠探しよりも自白に頼るのは、裁判所が自白に重点を置くからで、色々な細かい要因はあるものの、冤罪が起きる最大の要因は裁判所にあると私は思う。弁護士側の要求はマスコミが騒がない限り(騒いだとしても)認めないし、全然“法の番人”になってないもん。


足利の冤罪事件は、DNAの鑑定ミスという確固たる証拠があったから菅家さんは釈放されたけど、本当はその前から、犯人が被害者の少女と歩いていた姿を目撃した人の証言と、警察が把握している菅家さんの行動に明らかな相違点があったのに、警察はDNAと自白ありきで目撃証言の方を変えてしまったのです。しかもDNA鑑定だって、マスコミはやたらと「DNA鑑定は現在は4兆7千億人に1人まで特定できる程精度が上がっているが、菅家利和さんが逮捕された当時は1000人に1人は他人でも一致してしまう場合があった。」と、あくまで精度の低さを問題視しているけれど、足利事件に関しては、菅家さんは運悪く真犯人と同タイプのDNAを持っていたわけではなく、当時の鑑定人が鑑定結果を間違えていたのです。つまり、あの当時でも優秀な鑑定人、もしくは警察側が慎重に複数の人間に鑑定を依頼していたら、菅家さんの無実は証明されていたのです。その事を明白にせず、あくまで精度が悪かったかのように印象づけるテレビの報道姿勢、そのくせ、菅家さんをスタジオに呼んだり中継でつないで同情して見せたりするキャスターや番組制作スタッフの白々しさ。


当時事件を担当した、巡査部長を含む8名は、菅家さんの逮捕後に表彰されている。それがどれほどのものだったかはわからないけど、謝罪と同時にそれを返還するべきだと思う。先日、栃木県警石川正一郎本部長が菅家さんに謝罪している様子が御丁寧に何度も放送されていたけど、あんな若い人がどう考えても当時の事件の捜査に深く関わっていないでしょう(捜査を指揮する立場にいないのは確実)。でも、今にも泣き出しそうな声で絞り出すように本部長が謝罪する姿を放送し、それでも菅家さんが「謝って済む問題じゃないんだよ!」と恫喝していたら、きっと今度は菅家さんに批判が集中していたでしょう。北朝鮮拉致被害者のご家族が、訪朝を終えたばかりの小泉首相(当時)に対して非難をする姿ばかりを放送した時と同じように、マスコミの報道はそれを狙っていたかのようにも見える。改めて思うけど、こんなに悪や権力の手先にしかなれないのなら、本当にニュース番組なんていらないです。


DNA鑑定によって道を狂わされた菅家さんだけど、冤罪が証明された今、皮肉な事に、「DNA鑑定が間違っていたから無実でした。」という確たる証拠があって良かったなぁという側面もある。御殿場の少年たちだって、未だに「彼らがやったのではないか?」と感情論で疑う人がいるのも確かだし、実際に裁判によって冤罪が証明された人でも、真犯人が逮捕されていない事から、釈放後も近所の人たちや世間から「でも本当は・・・」と噂されたり警戒されたりして、住む場所を変えざるを得なかった人もいるのです。法の上での冤罪を生むのは警察や裁判官、無能な弁護士だけど、精神的な冤罪を生んでしまうのは私達の心にもあるのかも知れない。釈放後に彼らを二度目の冤罪被害者にしないためにも、報道や他人の意見に惑わされず、今度は私達が冷静で客観的な目を持つ事を要求される番なのでしょう。