情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


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14-08-23 22:40

[][]タモリが自分と麻雀について書いた「タモリ流ダジャレ麻雀」(プレイコミック、1977年) タモリが自分と麻雀について書いた「タモリ流ダジャレ麻雀」(プレイコミック、1977年)を含むブックマーク タモリが自分と麻雀について書いた「タモリ流ダジャレ麻雀」(プレイコミック、1977年)のブックマークコメント


 秋田書店プレイコミック、1977年4月28日号に掲載されたもの。


 1977年というのは、麻雀劇画ブーム真っ盛りで、大人向けの漫画雑誌には麻雀作品が載り、麻雀記事が載り、麻雀劇画専門誌が複数存在していました。

 そんな中で、プレイコミックでは毎号、有名人に麻雀についての1Pエッセイを書いてもらう「個性派麻雀」という記事ページがあり、そこでタモリも登場していたわけですね。


 『タモリ学』連動企画 大タモリ年表#2 | Matogrossoを見るに、丁度レコード「タモリ」が出た直後でもあり、それにあの「四か国語麻雀」が収録されていたことから、執筆依頼に繋がったのかもしれません。

 タモリ



 この時期にタモリ本人が書いたものって、探してみれば結構あるのかもしれません。発掘は運だよりかもだけど。

 後の発言とは微妙に違ってるところもあったり、え、そうなのというのもあったりします。


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個性派麻雀 タモリ流ダジャレ麻雀



祖父から麻雀を教わった


 僕が麻雀を覚えたのは、中学の一年の頃である。

 おじいさんが、日満麻雀連盟(日本と満州)の3段という事で、教えてもらったのである。

 十二、三歳という年にしては覚えがよかったせいか、最初から面白いと感じたものだった。その頃から現在まで、年数だけを見れば十七、八年ということになり、長いことは長いわけである。

 でも、実際は、中学後半から高校まではズーッとやらなかったし、浪人の時に友達が来てチョコチョコやっていた程度である。大学に入ってからは、マジメな学生、というわけでもなかったが、麻雀は週1回ぐらいのペースであった。だから、特に凝った時期というのはない。

 いまは、ほとんどやらず、月1回ぐらいである。嫌いなのではないが最近は忙しくて、なかなかやる機会がないのである。



下宿での麻雀体験と天和


 大学時代、下宿していたが、その時のエピソードがある。

 下宿のおばさんが、ある日、

「あんた、麻雀できるの?」

「できますよ」

「やろう、やろう」

 ということで、一緒に下宿している人達と麻雀をやり始めた。点数も賭けずにその後も何回かやっていた。でも、そのおばさん、昔はそうとうやっていたらしく、そのうち我我相手ではもの足りなくなり、近所の麻雀仲間を集めてやるほど凝り始めてしまい、夜中に帰ることも度々であった。

 そんなふうにして、近所の人を呼んで、僕も一緒にやった時のこと。僕は配牌を見ながら、親だから早く切らなくちゃ、と思い、一索:麻雀王国に手をかけると、対子になっている。

「なんかへんだなあ〜?」

 と思ってよく見ると、切る牌がない。そう、アガっているのだ。まぎれもない天和だったのである。

 その時はビックリしたのなんのって、大変なものである。でも、天和なんかアガると身内に不幸がおこるゾ、などと言われたんで、厄ばらいの意味で、その日は下宿の娘さんやみんなを連れて、パーッとおごったりした。結局は、役満のアガリ損といった感じである。




性格と勝負ごとと


 僕の麻雀の特徴は、あまり辛抱強くないことだ。

 自分がいい手だったりすると、わき目もふらずに強引に勝負に出ていってしまう。また、牌の流れに逆らわないように、と思うのだが、ついつい強引な手づくりをしてしまうことが多い。

 まあ、これは誰でもそうかも知れないが、ツキ出すとすごいもので、どんどんアガれるし、当たり牌もバチッと押えられる。とにかく、ツカない時の辛抱が出来ないのだ。

 好きな手というのは特にないが、だいたいテンパイするとリーチをかけてしまうほうだ。

 そんなわけで、麻雀に限らず、僕は勝負ごとには適していないなあ、と思う。だから、競馬やその他のギャンブルも、やったことがない。




とにかく楽しく


 楽しみながらできる麻雀、これが一番いい。

 僕が勝負ごとに向かない、ということもあって、冗談でも言い合いながら、和気あいあいとやる麻雀が好きである。それに、酒でも飲みながら、リラックスしたムードであれば最高である。

 時には、誰か相手を決めて、わざとケンカをしたりすることもある。冗談のつもりで、徹底的に反抗しながら打っていると、相手は本気になって血相を変えて真剣になったりするので、面白いのだ。

 あとは、テンパイ待ちのヒントというのもやる。例えば三萬:麻雀王国六萬:麻雀王国待ちなら、宮沢賢治(風の又三郎)といったたぐいだが、これでうまいヒントをだし、しかも誰にもわからなかったら一翻増しのゴホウビがつくのである。

 正月にマチャアキとやって、彼が3回ともトップ。彼が勝つなんて珍しい、と皆がいうほどのツキだった。あとは、いつも麻雀の約束をしながらお互いに忙しくて流れてしまう、井上陽水さん、今度はぜひ、対戦を実現させましょう。




 少し後の単著と違って、いかにも本人が書いてるかのような文体なのですが、語りからおこしたものなのか自分で書いたものなのか。

 タイトルがちょっと盛り気味なのだけど、文語体ではあるしなあ。


 「日満麻雀連盟」についてはタモリの発言は出てくるけど、他の情報が見つからないので、麻雀の歴史探索として調べてみたいところ。


 下宿のおばちゃんエピソードは、いい話なのかひどい話なのか微妙だ。


 この前後の時期を探ってみれば、堺正章や井上陽水による、タモリと麻雀を打った話ってのが見つかるかもしれませんね。


 プロフィールは



タモリ

 異色のタレント、コメディアンとして話題の人。

 「うわさのチャンネル」「オールナイトニッポン」に出演、活躍中!



 となっていて、「知る人ぞ知る」から一気にメジャーに駆け上がっていった頃だというのがわかります。

 忙しくなって卓を囲む機会はどんどん減っていたのでしょうが、一緒に打ったことがある人の話を聞いてみたいものです。

 最近はどうなんだろう・・・。


 といったところで今回はここまで。


 タモリ読本 (洋泉社MOOK) タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?



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