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移転しました。
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懲りずに行ってきた。給油を済ませ、まずはベイビーザラス。彼女の妹の娘へのお土産を購入。近くのサミットで2リットルのお茶、マックでポテトLを買い、クルマの中で食べてから、ようやく出発。
国立府中ICから八王子ICまでは中央高速。今日はいつもと逆で、南側から奥多摩周遊道路に入っていき、奥多摩湖へ抜ける道。だから、本当は上野原ICまで行った方がよいのだが、八王子からは別料金なので、一般道で行く。国道20号は高尾山付近でちょっと混んでいたけれど、それ以外は順調。ただ、上り車線の渋滞は凄かった。特に高尾山付近と相模湖付近。
上野原から山道に入り、奥多摩周遊道路を目指す。途中の標識を見ると、19時だと思っていた閉鎖時間が、冬期なので18時とのこと。少し焦ったが、何とか18時までに走り抜けることが出来た。途中、事故ってパトカーが来ている場所がありちょっとびびるも、それ以外は遅いクルマもおらず順調そのもの。今日は僕自身の調子も良く、クルマの運転に関して、ちょっとだけ開眼したような気がする。が、まあ気のせいだろうな。
帰りはいつもの滝山街道。ここも順調。八王子から中央高速にのって、石川PAで休憩。ココアを飲む。
夕食はレバニラ炒めを作るつもりが、遅くなったので結局、道とん堀でお好み焼き。前回と比べてタネと卵の黄身が少なく、お好み焼きのまとまりが悪い。2度と来るかと悪態をつきながら食べたのだが、それでもやはり家で作るよりは美味しいことを認めざるを得ない。
ドラえもん好きの彼女(全45巻を繰り返し3回くらい読んでいる)は衝撃を受け悲しがっていたが、「5人の平均年齢は60代後半」だからねぇ。仕方ないだろう。
とにかくTahiti80がやったリミックスが2曲入っているんだけど、これが爆裂に素晴らしい。こんな音さえ鳴っていれば、後は何もいらない。本当に。
僕も4年くらい前にたまたま買ったのだが、確かにこのタヒチのリミックスは素晴らしゅうござんす、ええ。早速、明日iPodで聴こうと思ったのだが、PCのCDプレーヤが壊れているためMP3にエンコードできず。困った。オクノ総研の影響を受けて、僕もそろそろ家のCDを全部MP3化する作業を復活させようと思っていたのに。
ところで、nowhereというのは、昔ジョニ夫とNIGOがやっていた店の名前から来ているのだろうか。"nowhere"でもあるし"now here"でもある、なーんて彼らは言っていたような気がするが。
1ヶ月程前にインストールしたのだが、これはやっぱり便利だ。ただ、思いもかけないファイルが意図せず見つかってしまう可能性があるので、僕のように家族と共同でPCを使用している場合は、注意が必要である。ってそんなのは俺だけか。
「舞姫」は文語で書かれている故、すごく読みにくい小説だったが、短いので目で追うくらいは出来た。まあ、ひどい話である。ただ、明治のエリートが現地で恋人/愛人を作って捨ててくる、というのはよくあったらしいが(というのを小谷野著で読んだのだが、どこに書いてあるか見当たらない。僕は十数冊彼の本を読んでいるので、探すのが大変なのである。おまけに索引がない本もたくさんあるし。本が電子データ化されて、Googleで全文検索できるようになることを切望している)。
収録されている他の短編はあまり読む気がしなかったのだが、巻末の年譜を見たら、これが面白かった。僕が改めて言うまでもないのだが、鴎外というのはエリート中のエリートであることが良く分かる。
しかし、僕が一番気に入ったのは以下の記述である。
いよいよ最後の買い出し。今日もICI石井スポーツ。giroのヘルメットFUSEと、CW-Xのパンツ(プロモデルロングの保温タイプ)を購入。あとは柏木義之のDVDも。そして、前回作成したインソールを受け取る。なお、インナーシャツであるが、アンダーアーマーが圧倒的に売れていると聞いて欲しくなってしまった。最近では野球選手がユニフォームの下に着たり、NFLでも着ている選手が多いとのこと。余計なことを聞いてしまった…。
松屋デパート地下のキャンティで、電話で取り置きしておいたケーキ「ガトー・フレーズ」を受け取る。
再び折り返して信濃町。「めし処 あいざわ」にて夕食。駅前の本屋で「中央公論」(切込隊長の記事あり)と「論座」(上野千鶴子の対談あり)を買って帰る。
柏木義之ハイスピードカービング[DVD]」(技術戦4回優勝のスターである。特に高速ロングターンは素晴らしい。フリースキーでは頻繁にリズムを変える滑りをしているのが特徴的だった)ここ1ヶ月程、火を噴いたプロジェクトに入れられて忙しかったのであるが、今週で抜けられる予定であった。それが、プロジェクト自体の延長と共に僕の参加も延長されてしまい、またしばらく川崎詣がつづくことになってしまった。使える奴だとは思われたらしい。頑張りすぎたか、というのは冗談だけど。しかし、それはそれで嬉しいことではあるのだが、僕ごときが評価される会社って…
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
帰るところにあるまじや
IT業界でも、コーディングをしたくない人というのがいると思う。例えば、コンサルティングファームに入るような人はそうであろう。コーディングなどというのものは、僕みたいな三流大学を出た一生うだつの上がらぬ人間もしくはオタクが安月給でやれば良いのだ、とまでは思っていないかもしれないが、まあ近いものがあると思う。
しかし、仕事でコーディングをしたい人というのもいる。例えば僕だ。なぜか。端的に言って、コーディングは楽しいからだ。しかし、ここに1点問題がある。それは、コーディングという仕事は基本的に給料が良くない、ということだ。しかしまあ、考えてみれば当然かもしれない。楽しい仕事→みんなやりたがる→給料が安い。プロジェクトマネージメントのように辛い仕事→誰もやりたがらない→給料が高くなる。
そんなわけで、僕はお金の方を取り、コードを書かない人間になってしまった。社会人に成り立ての頃はコードだけ書いていれば良かったのに。あれは楽しかったなぁ。
そして今、協力会社の社員がEclipseなどというものを使ってコーディングしているのを見ると、僕は二度と戻れない時代を思い出してノスタルジーにかられるのである。そして思い出すのは上に書いた室生犀星の詩だ。故郷という概念は「上司は思いつきでものを言う」にもあったような気がするけれど。
いつからか、僕には悩みというものがなくなってしまった。学生の頃は悩みしかなかったのがウソのようだ。今でも弟や妹は日記で悩みを吐露しているというのに。まあ、(自分のことはさておき)世の中にバカが多いのが悩みの種ではあるが、それは普通悩みとは言わないであろう。
しかし、悩みがないとはどういうことか。思うに、それは完全に自己を肯定している状態である。これは気楽ではあるが、実は怖い。反省もなく、自分を批判する声に耳を傾けない、ある意味天上天下唯我独尊状態だからである。
そんな僕に言われたくはないだろうが、最近(と言ってもしばらく経つけれど)流行りの「癒し」というのは、僕は「自分を肯定して欲しい」という欲求に支えられていると思う。そしてそれ故、僕は「癒し」があまり好きではない。これは強者の理論ではあるかもしれない。心底傷付き、何度も自殺寸前まで行っているような、本当に癒しが必要な人も当然いるだろう。がしかし、これだけブームになると誰でも安易に癒しに逃げ込めるようになってしまう、と僕は思うのだ。
まあ、僕には言われたくないだろうが、しかし、これは自分に対して言っているようなものである。宮台真司ではないが、強度を持って生きろ、と。
インターコース―性的行為の政治学」/アンドレア・ドウォーキン(アメリカのラディカル・フェミニストである。未だ読んでいないが、多分今の僕の考えはこの本の主張に近いのだと思う)
女であることの希望―ラディカル・フェミニズムの向こう側」/吉澤夏子(上の本に対して、それはあまりに絶望的すぎると訴える本。ちなみに「恋愛の超克」で一番最初に名前が出てくるのが吉澤夏子なのであるが、僕はこの名前からなぜか美人を想像してしまうのである。「澤」という字がそういうイメージを喚起するのかもしれない(「沢」ではダメである)。ちなみに以前、僕の妹は「芹澤」という名前に惹かれると言っていた。まあ、そんなことはどうでもよいのだが、「恋愛の超克」において小谷野敦は「吉澤に多くの人が騙されたとすれば、それは吉澤が抜群に文章が上手かったからである。むろん、文学的に言うならば、それは「美文」に過ぎないのではないかと思われるかもしれないが、単なる美文の域を超えて吉澤の文章は上手かった」と書いている。僕はこれを読んで非常に興味を惹かれたのである。ちなみに、彼女の夫は大澤真幸である(また「澤」だ!))
livingstone
2004/11/20 15:15
協力会社さんのcvsからプロジェクトをチェックアウトして眺めてみるのはどうでしょう>Eclipse。ユニットテストが組んであれば、勝手にリファクタリングしてテストしてコミットしてしまったりとか。。嫌がられそうですね(笑)。
sota-k
2004/11/22 09:25
迷惑がられそうですねぇ(笑)。まあ、今回、開発は別の場所でやっているので、ソースを見る事もないのですが。
おいおい。まあ、僕は買わないから良いけれど。
男性が女性の体臭をさほど嫌がらないのに比べ、ほとんどの女性が男性の体臭を嫌がることに尾本さんらは注目。
僕は男でありながら、男性の体臭は大嫌いである(女性のはよく分からない。なぜなら、体臭を漂わせているような女性は日本にはほとんど居ないからである。余談ながら、この前クラブで久し振りに白人女性とすれ違ったが、やはり彼女達の匂いは日本においては異質である)。だから、
というのは、ホントかな、と思う。
ついに来ましたか。
昨日も書いたが、この本は素晴らしい。何をおいてもこの本を読まねばならない(これは浅田彰が「「逃走論」」においてドゥルーズ=ガタリ「リゾーム」を評して言った言葉のパクリである)。今日はちょっと引用する。
宮崎哲弥は、いまフェミニズムが言うべきなのは、セックスなんかしなくていい、マスターベーションだけしていればいい、そして性欲なんか早く枯れるべきだ、ということだ、と言っているが、論理的には正しいと思う。
僕が夢想するのはここで述べられているような性欲が枯れた社会である。
おそらく、「性差別」こそが男の性欲を支えていたのであって、その性別差別がなくなれば、男の性欲自体も衰える。(中略) いま必要なのは、恋愛からの解放であり、恋愛しない自由なのである。
mooh
GT4買わないの?ネットワークアダプター買ったのにな…。といっても、米国版の発売は3月になったみたいで、こちらもしばらくお預けですが。
sota-k
買いますよ。ただ、時期はスキーが終わった後です。米国は3月ですか。ひどいですな。
mooh
了解。てか、最近はスキーでも一般人がヘルメットってかぶるもんなんすか?昔は違ったような気がするけど。…ボクもGiroのヘルメットを買おうかな…もちろんバイク用だけど。
sota-k
アルペンレーサーは必須(アマも含む)。デモでも、技術戦に出るような人もかぶっている割合が高いと思う。それ以外の一般スキーヤーはまだ少ないかな。もちろん、ボーダーは結構多いが。
恋愛の超克」 以前、僕にはちょっと難しすぎると書いた本だが、思うところがあって読み返してみたら、これが面白いので驚いた。以前よりは理解できるようになっているのは、俺も少しは賢くなっているのかと錯覚できるので嬉しい。
山形浩生によるCUT書評:恋愛教からの解放から資本主義否定へ。 (ただし、僕が注目しているのは山形氏が触れている最後の部分ではない)
成熟と喪失―"母"の崩壊 講談社文芸文庫」/江藤淳(これもさんざん小谷野著に出てくる本。上野千鶴子はこれを読んで涙したらしい)
宮下征樹in a Natural Stance[DVD]―様々なシチュエーションを滑るために」(また買ってしまった宮下征樹。僕はこの人の滑りが好きなのだ)以前から計画していた友人とのドライブで修善寺まで行って来た。やっぱり伊豆スカイラインは最高! あと、修善寺では「朴念仁」で蕎麦を食べてきた! この店の店主は僕のバイブルである田中康夫「
いまどき真っ当な料理店」に載っている神田「いし井」を営んでいた人物である。
詳細は週末に加筆する。
(2004.11.20)という訳で、以下加筆。
待ち合わせは9時に海老名SAだったのだが、道が空いていたため8時15分頃到着。友人は1人なので、運転中の彼に下手に電話するわけにもいかず、パンとコーヒーの朝食を摂りながら9時を待つ。ここにあるパン屋はあまり美味しくないことが良く分かった。池西の地下にもある店なんだけど。
9時に電話して合流し、まずはターンパイク入り口を目指す。30分くらいで到着。ちょっとだけ休憩し、料金所を抜けて上を目指す。が、休日なので仕方ないのであるが、頂上までずっと遅いクルマにつかまったままだった。スッキリしないので、金魚まで下りてもう一度上がってくることに。下りはさすがに空いていたが、今度は僕の運転技術の制限であまりスピードを出せず、スイフト・スポーツに乗る友人は余裕でついてくるのであった。
金魚で休んでいたところ、道路整備のクルマに乗った係の人に「今下りてきたけど、もう一度上に上がらないように」と注意されブルーになる。ローリングは禁止らしいって当たり前か。が、お構いなしに上を目指す。でも、結局上りはすぐに遅い車につかまってしまい、ダメだった。
頂上で一旦休み、今度は伊豆スカイラインを目指す。伊豆スカイラインでも僕はそれなりに頑張ったけど、スイフト・スポーツは余裕でついてくるのであった。後で聞いたら、直線では離されるけど…、とのこと。直線だけ早くてコーナーで遅いとは、下手なドライバーの典型である。お恥ずかしや。
冷川で伊豆スカイラインを下りて、修善寺を目指す。目当ては蕎麦「朴念仁」。店までクルマで行こうとしてちょっと迷ったので、手前の有料駐車場にクルマを停めて歩いて向かう。店の前には行列が出来ていたので少し驚いたが、聞いてみると18人の団体とのことで、待っているのはその一組だけだった。そして、そんなに待たずに入店。中は思ったより広くて快適。古い旅館を買い取って店にしているらしい。メニューを見る。天せいろがおいしそうだったのだが、2千円と高かったので普通のせいろを注文。彼女と友人はごま汁蕎麦。しばらくして供された蕎麦は極細であった。味はもちろん美味しかったけれど、僕はある程度以上のレベルの蕎麦は優劣が分からないので、どれくらい美味しいかは判断できず。次回は天せいろか、そばを追加で注文したい。
友人のお守りを買うため、近くの修禅寺に行ってみる。がしかし、本堂は改修工事中。残念。友人は交通安全祈願のお守りを購入。
そして、時間はちょっと早いけれど、今日はこのまま帰ることに。沼津ICから東名に乗るルートである。東名の足柄SAまでは、B4は彼女に任せ、僕は友人のクルマのナビシートに乗って行き、クルマの話などをする。運転はちょっと荒いかな、という気はした。僕が助手席に乗っているのでかなり緊張したらしいけれど。足柄SAで休憩して、解散。そこからは思い思いのスピードで帰る。友人はシーズン中は毎週欠かさず滑るというスキー狂なので、次回はスキーに一緒に行こうという話になった。それも楽しみである。
評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に 平凡社新書 247」/小谷野敦(最近よく出す小谷野氏の新刊。当然、月曜日には読了。ただ、あとがきで本人も述べているとおり、これまでの著書と重複する部分はかなりある)
阿部一族・舞姫 新潮文庫」/森鴎外(最近も朝日の一面を飾っていた森鴎外。文学的評価はさておき、「舞姫」の主人公がろくでもないのは間違いない。当然、森林太郎のことである。Amazonのレビューでのnaccyちゃんなる人物のように「恋と出世の間で、揺れている心の描写が「あぁ男の人って....」と思うような話です」などと呑気なことを言っている人がいるのは僕には理解できない。大体、そうやって男を甘やかす女がいるからいかんのである)まず自分のことは棚に上げておこう。僕は言葉の使われ方が非常に気になる人間である。
ふと思い出したのは、最近接続詞として文頭に使われることの多い「なので」。例えば、「明日はすでに予定が入っています。なので、来ていただいてもお相手できません」のような使い方である。本来、「なので」は接続詞ではないので、文頭ではなく、「明日は早起きするつもりなので、今日は早く寝ます」のように使うものだ。
僕は上に書いたように接続詞として使うのが嫌だったので、避けていた。代わりに使っていた言葉の1つは「ですので」。ところが、今日調べてみたら「ですので」などという言葉は辞書に載っていないのである。恥ずかしい…。知らぬは一生の恥という言葉を久し振りに思い出した。
さて、接続詞として本来使用すべきは、「だから」、もしくはそれを丁寧にした「ですから」、「したがって」、「それゆえ」くらいである。が、ちょっと固い感じがするのは否めない。なので、上のような用法が生まれてきたのであろうが。
ちなみに英語では"so", "therefore"に該当する。
参考リンク:
最近、肝に銘じている言葉である。
おおよそ、土踏まずくらいの荷重ポイントからターンを始動し、ターン中盤から後半にかけて徐々に踵寄りにポイントを集めていきます。なぜなら、ターン後半の強い外力を受け止めるためには、重心を斜め後ろに引かなくてはならないからです」(「宮下征樹フィーリングレッスン[DVD]」より)
最近、家を朝8時に出て、1時半に帰宅する日々が続いている。それでも、自分が参加しているプロジェクトの中では労働時間は短い方だ。みんな元気すぎるよ。まあ、僕も家と会社が10分くらいしか離れていなければ、もっと働けるのだが。
これは僕も前々から思っていることである。現状、買ってきたCDからMP3に変換する作業は、世界中の各個人がそれぞれのPCにリッピングソフトをインストールして行っている(盗人は除く)。1枚のCDを挿入してからエンコード終了まで、僕のPCだと10分くらいかかる。タグがCDDB(これは素晴らしい共有財産だと思う。極論すれば世界で最初に1人だけ手入力を行えばよいのである)から取得できない場合は、手で入力するのでもっとかかる。これをCDを買ってくる度に世界中の各個人が独立して行っているのである。時間と労力、そして電力やCPUパワーの無駄以外の何物でもない。
頼むからMP3形式のファイルをCDに添付してくれ。もしくは、CDを買った人間はWebからダウンロード出来るようにしてくれ。ホント、頼む。ビットレートもエンコーダも適当でよい。それでも、素人がやるよりは大分ましだろう。どうしてもこだわりがある人間は自分でやればよいのである。余談になるが、所詮ポータブルプレーヤで聴く分には、それほどこだわっても詮方ないと思う。